芸術家の英雄教室   作:那由多 ユラ

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第三十四話 被救者の院内救済と人造姉妹

001

 

 

 

 合宿襲撃から二日が経った。

 黄彩や響香、他にも要救護者達は合宿場近くの病院に運ばれ、まだ眠ったままの者もいる中、黄彩は目覚めた。

 

「うにゅ……、ここ、びょーいん?」

 

「おはようございます、黄彩ちゃん」

 

「……やぁ、ラストおねーちゃん」

 

 目を覚ました黄彩の顔を覗いたのは、メイド服姿のラスト。顔が近づくと、目のレンズが動く微かな音が聞こえてくる。

 

 黄彩は身体を起こし、手足を見渡すようにして感触を確かめる。当然だが、戻していないので女体化したままだ。

 水をラストから受け取り飲み干すと、ベッドから飛び降りた。

 

「と、っとと。さすがに二日も寝ると、ダメだね。ウフフ、骨が鉛になったみたいだ」

 

「まだ寝ていなきゃダメですよ。病人なんですから」

 

 ふらついている黄彩を倒れないように支えながらラストが言うが、黄彩は首を横にふる。

 

「ウフフ、ラスト姉さん。……響香ちゃんはどこかな? 無事だろうね?」

 

「ええ。黄彩ちゃんと同様、ガスに侵されて眠っていますが、身体に別状はありません。いずれ目を覚ますとのことです」

 

「……そう。とりあえず会いに行きたいんだけど、案内してくれるね?」

 

 関節をほぐすように全身を動かしながらそう言った黄彩に、ラストは渋々頷く。

 

「――傑作No.15《ボク》再製作(リメイク)、うん、ボクはもう全快だぜ」

 

 明らかに痩せ我慢にしか見えないし、そう都合の良い個性ではないことはわかっているが、ラストはこれ以上は無粋だと判断した。

 

「黄彩くんには戻られないのですか?」

 

「いまボクはあっちで作業中でね。このボクは完全にボクだけなのさ」

 

 キャルルン☆、とでも擬音がなりそうなポーズをしながら黄彩が言うと、ラストは目を見開く。

 

「ま、まさかこの二日間ずっと、ですか?」

 

「ボクだけならまだしも、響香ちゃんにまで手を出そうとしたんだ。許すわけないじゃん?」

 

「……響香ちゃんの元に案内します」

 

「よろしく頼むよ、ラスト姉様」

 

「ええ……」

 

 

 

002

 

 

 

 黄彩とラストが響香の眠る病室に着くと、偶然にも相澤が見舞いに来ていた。

 

「やぁ、イレイザー・ヘッドくん。ボクはほとんど寝てただけだけど、何やら大変だったみたいだね」

 

「……有製か。そっちは、ご家族の方か?」

 

「ええ、まぁそんなところですね。黄彩ちゃんと響香ちゃんのお姉さん的な人、ラストです」

 

「申し遅れました、相澤消太です。この度は、」

 

「いえ、いえ、そういった礼儀じみたものは不要ですよ。私たちは響香ちゃんに会いにきたのだけなので」

 

「……そうですか」

 

 ラストが微笑ましいものを見る目で見ている方を見れば、黄彩は響香のベッドの近くの椅子に座り、眠ったままの響香の頬を撫でていた。

 

「有製、耳郎の二人はヴィラン殺し、アンチヴィラン。本名、巻解使駆という男に運ばれてきたそうだ」

 

 相澤は報告書を読み上げるような口調で言うと、黄彩は一切疑問を浮かべるでもなく、さも当然であるかのように微笑む。

 

「へぇ、使駆くんが。多分ママの仕業だろうねぇ。ラスト姉ちゃん覚えてる? ほら、小学校でロリコンぶっ殺して退学になった彼」

 

「面識はありませんし、その頃私は生まれてもいませんよ」

 

「あれ、そうだっけ」

 

 黄彩が戯けるように笑う。

 

「お前の母親とその男は面識があるのか?」

 

「ボクのお友達だからね。同じ釜で煮られる仲だよ」

 

「同じ釜の飯を食う、だろ」

 

「ウフフ、うん、そうだね。……さぁラスト姉様、ボクらはもう行こうか」

 

 満足したのか、黄彩は席を立った。

 

「もうよろしいので?」

 

「あんまこうしてると、どうしてもうにゃいからね。いつでも来れるんだし、今日のところはこんなところで、って感じかな。あと普通に眠い。さすがにちょっと疲れちゃったよ」

 

「有製、変なことは考えるなよ」

 

「ウフフ、このボクは響香ちゃんのことしか考えてないぜ」

 

 歯の浮くようなことを平然と言う黄彩に、相澤は思わずため息をつく。

 

「それでは相澤先生、私が言うのはなんか可笑しいですが、黄彩くんと響香ちゃんのこと、よろしくお願いしますね」

 

 ラストがメイド服に似つかわしいお辞儀をする。

 

「はい。我々教師一同、誠心誠意お守りいたします」

 

「ウフフ。じゃあまたね、イレイザー・ヘッドくん」

 

「ああ、風邪引くなよ」

 

 ラストと手を繋いで、黄彩は病室を後にした。

 

 

 

003

 

 

 

 翌日、黄彩は一通りの検査を受け、退院することとなった。

 響香の病室に寄ってから病院を出た黄彩は、ラストの運転する車で自宅の方向に向かっていた。

 

「ラストねぇね、ボクが病院に運ばれたって聞いて、心配した?」

 

「まさか。黄彩ちゃんのことですから、ついに響香ちゃんとの子を授かったのかと思いましたよ」

 

「嘘だね」

 

「ええ、嘘ですとも。お母さまから聞いて、アトリエを飛び出たんですよ、この姉さんが。心というものがこれほど強制力あるものだとは思いませんでした」

 

 ラストのハンドルを握る手に力が入る。

 

「……ボクさあ、珍しくボクがボクに譲ってくれたと思ったら、何にも出来なかった。ガスも山火事もヴィランも殺人鬼も、ボクならどうにかできたと思うんだよね」

 

「黄彩くんと黄彩ちゃんは別ものですよ。黄彩くんにしか出来ないことがあるように、黄彩ちゃんにしか出来ないことも沢山あるでしょう?」

 

「うにゃー、そうじゃなくてねぇ。あの時、ガスが見えた時にはボクはボクと変わってれば、もっと結果は変わってたと思うんだよ」

 

 黄彩は窓から顔を出しながら、後悔を滲ませる。

 

「きっと変わりませんよ。仮に、現場に黄彩ちゃんも黄彩くんも響香ちゃんもいなかったとしても、あるいは林間合宿が別の場所で行われたとしても、ヴィランが襲撃するというイベントは起き、二人がベッドに運ばれたでしょうから」

 

「えっと、なんだっけ。バックパズルだっけ」

 

「バックノズルです。物語に逆らおうとイベントを回避しても、いずれ絶対に起きるという理論ですね」

 

「そう、それそれ。でもさぁ、物語に逆らい続ければいつかは変わると思うんだよ。桃太郎だって、鬼退治を拒み続ければ浦島太郎になれる可能性だってあるわけじゃん?」

 

「それはジェイルオルタナティブです。万人には代わりの誰かが存在するという理論」

 

「いるのかなぁ、ボクとかボクの代わりになれる人間なんて」

 

「いてたまるか感半端ないですが、いてもおかしくはないでしょう。全知全能の人間がいたって不思議じゃない世の中です」

 

「全知全能を全知全能と定義してる時点で不思議な世の中だけどね。ラスト姉が全知全能になったら、何する?」

 

「かわいい人工女の子を量産してハーレムを作ります」

 

「欲望丸出しだね。人工って、……意外とコンプレックスだったりするの? 自動人形って。あるいは人工物って」

 

「世界に自分と同じ存在が一人しか居ないというのは、人間には分からない感覚だと思いますよ。疎外感と優越感と全能感が悪い感じに入り混じって、私はここに居ていいのだろうかって常々思ってます」

 

「常々思ってるんだ」

 

「ええ、常々。だから早く響香ちゃんとイチャイチャして、お姉ちゃんの癒しになってください」

 

「ラストお姉様にそこまで言われちゃ、仕方ないね。響香ちゃんと楽しく死ねる世の中にしないと」

 

「ずっと生きててほしいんですけどね、お姉ちゃん的には」

 

「ラストねぇさんは死んだらどうなるんだろうねぇ。ボクや使駆くんとは同じ釜に入れないだろうけど」

 

「それ、やっぱり言い間違いじゃなかったんですね」

 

「ボクだって結構殺しちゃってるからねぇ。響香ちゃんと同じ釜ってわけにはいかないだろうよ」

 

「姉様にしてみれば、見知らぬ誰かが死のうとそこらの虫が死のうと、どうでもいいんですけどねぇ」

 

「ボクだってそう思うよ。でも、そう思えないのが人間ってやつでねぇ。全く、面倒極まりないぜ」

 

「そうですね。あ、そろそろ着きますよ」

 

「ボクらしくもなく変な緊張してきたぜ。引きこもってるボクが羨ましいよ全く」

 

 

 ラストの運転する車は有製家、耳郎家の間あたりに停められた。

 

「心配おかけしたのですから、盛大に抱きしめられてきてください」

 

「ボク、抱きしめられてばっかりだな。別にいいけど」

 

 黄彩は有製家ではなく、耳郎家の扉を開けた。

 

 

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