芸術家の英雄教室   作:那由多 ユラ

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神野事件篇
第三十六話 黄金人の活動機録と殺戮美術


 

001

 

 

 

 お昼が過ぎ、三時の病院。合宿襲撃の件で相変わらず静かに騒々しい中、黄彩は八百万のいる病室にやってきていた。

 

「創造の人、いるー? てか起きてる?」

 

「……ここに響香さんはいませんわよ」

 

 身を起こしながら八百万が疲れた表情で応じる。頭に包帯を巻いているのがすぐに目に入った。

 

「うにゃ……、頭、大丈夫?」

 

「いきなり罵倒ですか。……あいも変わらず、私のことは嫌いですか」

 

「普通に怪我の心配しただけなんだけど、大丈夫そうだね」

 

「まさか、本当にお見舞いに? ……それでしたら、大変ご無礼を……」

 

「余ってた黒糖チョコレート持ってきたけど食べる?」

 

「やっぱり貴方、私のこと嫌いですわね!? チョコレートはしばらく勘弁です!!」

 

「いらないならボクが食べるけど」

 

 黄彩は心配する様子を見せず、椅子に座ってチョコレートを開けた。

 

「あの時何が起きてどう終わったのか、聞きに来たんだけど、いい?」

 

「貴方ほどの方に私がお教えできることなんて、とてもあるとは思えないのですが……」

 

「ボクもきょーかもガスですぐリタイアしちゃってね。何が起きたのか、ほとんど分からないんだよ。ヴィラン連合の仕業ってことくらいしかね」

 

 飽きという言葉を知らないのか、散々合宿中に食べていた黒糖チョコレートを美味しそうに食べながら、黄彩は聞く姿勢に入った。

 

「……私も、全てを把握出来ている訳ではありませんが、警察の方や先生のお話も交えて話させていただきます」

 

「うん、よろしく」

 

 

 八百万は真剣な痛ましい表情で、事件の詳細を話す。

 

 限りなく本物に近いコピーを作るヴィラン、青い炎の個性を持つヴィラン、蜥蜴のようなヴィラン、刺殺専門の殺人鬼、爆豪を攫ったマジシャンのようなヴィラン、ガスを操る銃使いのヴィラン、猟奇殺人犯の脱獄囚、脳無、アンチヴィラン。

 多数の生徒達から事情聴取することで得たヴィランの情報と、その行動経路、受けた被害を話すときは今にも泣き出しそうな顔をしていた。

 

「うぅ、泣かないでよ、ほら、チョコ食べる?」

 

「結構ですわ……」

 

 あたふたと、黄彩はどうしたものかと慌てていると、病室の扉が開かれた。

 

「八百万、話があってきた」

 

「邪魔する、……有製。来ていたのか」

 

 入ってきたのは、切島と轟だった。

 

 

 

002

 

 

 

「受信機を、作って欲しい?」

 

 切島と轟の用件は、八百万が脳無に仕掛けた発信器の電波を受信する受信機を作って欲しい、ということだった。目的は当然、さらわれた爆豪を救出するために。

 

「……少し、考えさせてください」

 

 彼らの語る計画は、学生の領分を越えたものだ。警察に見つかれば犯罪となりかねないものだ。たとえそれが学友のためであろうとも、やって良いことと悪いことがある。

 

 強制はできないと、八百万が表情を暗くすると二人はすぐに病室から出て行った。

 

「……有製さん、私は、どうしたら良いのでしょう」

 

「ウフフ、ここで判断をボクに委ねるようなら、ボクは君を見限るよ。嫌ってなんてやるもんか。……好きなようにやりなよ。本当に君がヒーロー志望なら、やりたいことが悪いことな訳ないんだから」

 

 黄彩は黒糖チョコレートの包み紙を折り紙のように折り曲げ、何かの像を作り上げた。

 

「法を犯すやつが悪いんじゃない、人に迷惑をかけるやつが悪いんだよ。ヒーローだって人の為なら法を犯す。スピード違反とか、器物破損とかね」

 

 チョコレートを最後の一枚まで食べ終えると、ゴミを捨てながら黄彩は立った。

 

「ボクはもう行くよ。きょーかのとこにも行きたいしね」

 

「……ありがとうございます。響香さんにもお大事にと、お伝えください」

 

「ウフフ、まだ寝てると思うけど、わかったよ。今度喧嘩しようね、創造の人」

 

 返事を聞くことなく、黄彩は病室を後にした。

 

 

 

003

 

 

 

『この度、我々の不備からヒーロー科一年生に被害が及んでしまったこと、ヒーロー育成の場でありながら敵意への防衛を怠り、社会に不安を与えたこと。謹んでお詫び申し上げます。誠に申し訳ございませんでした』

 

 夕方。黄彩が帰宅しようと病院を出た時間。

 雄英は記者会見の場を設け、全国生放送で謝罪会見を行う事態となっていた。スーツ姿の相澤、根津校長、ブラドキングが大勢の記者の前で頭を垂れていた。

 

『現在も捜査中で詳細を申し上げることが出来ないこともありますが、可能な限り説明させていただく所存です』

 

 そんな様子を、裂那とラストは黄彩のアトリエで、テレビ越しに見ていた。

 

 会見は支障なく進行していく。その場の誰よりも優れた頭脳を持つ根津が、合宿所の場所を変更した経緯から、襲撃時の状況、対応などを説明しているが、爆豪の救出、ヴィランの捕縛に繋がる内容は聞くからに避けられている。

 求める情報を聞けないことに記者達は苛立ちを隠さないが、それでも根津達は無視を決め込んでいる。

 

「ハッ、要はあれだ、ブラフなんだろこいつらは。ヒーローが動き出すのはこのタイミングって訳だ」

 

「では、こちらも動き出すのですか?」

 

「んまぁ、タイミングがあればな。ラスト、車出せ」

 

「可愛い妹の頼みですからね、分かりました」

 

「ふざけろ殴るぞ。オレのが歳上だ」

 

「……ちっちゃくて可愛い子が妹でないわけがないでしょう?」

 

「なんかラノベみてぇだし全国の合法ロリに土下座してこい」

 

 ラストはテレビの電源を切り、車のキーを、作品が並ぶショーケースから取り出す。

 

「……なんでそんなとこに鍵置いてんだよ」

 

「他に置く場所がありませんので」

 

 車の鍵を開け、裂那は助手席に乗り込む。搬出用のシャッターを開け、ラストも運転席に乗り込んだ。

 車が発進すると、シャッターは自動的に閉まっていく。

 

 

 

 一方その頃、黄彩は相澤達とは別の場所で取材を受けていた。

 

 否、取材というには、その光景は異様。記者達の感覚では尋問に近い。慣れない状況に記者達は顔色を青白くさせ、黄彩はいつになく無表情で語る。

 

――母校の中学校でクラスメイト三十九名を殺害、警察に圧を掛けヴィラン襲撃事件とすり替えたというのは真実なのでしょうか。

 

 発端はネットに流れた、ごく一部の人間以外知り得ない情報からだった。

 黄彩が雄英に入学する前、とある中学校の生徒が斬殺される事件が起き、当時大きなニュースになった。当時は侵入したヴィランによる犯行だと報道されたが、真犯人が人間国宝の芸術家、シトリング=ラフィこと、本名有製黄彩だという情報が証拠映像とともに流れた。

 

 なんでも、黄彩が斬殺する光景を偶然にも、被害者のスマホが撮影していたらしい。

 その映像の真相は黄彩を痛ぶる光景を撮影しようとした結果録れたものだが、それがどのようなルートを辿ったのかは不明である。

 

 謎の集団に駆けつけた警察に手錠をかけられ、ヴィラン用の拘束具に縛り付けられた状態で黄彩は顔色を変えずに答える。

 

「うん、殺したのは本当。だって殺されそうになったからね。仕方ないでしょ? 正当防衛ってやつだよ。そして、警察の方は知らない。ほっといたらなんかそうなってた」

 

――遺族の方の前でも同じことが言えますか。

 

「もちろん言えるよ。全員の家を巡るのは面倒だからここで言っちゃうけど、……ボクを殺そうとした奴らが悪い。命を粗末にさせるな」

 

――あくまでも正当防衛だと? 過剰防衛に思いますが。

 

「屋上で逃げ場は塞がれた状況で、切るか折るか曲げるかしか出来ない個性で対抗するとして、殺さないなんて難し過ぎるよ」

 

――自身に罪は一切無いと、つまりはそういうことでしょうか。

 

「ヒーロー科で殺さない方法はバッチリ勉強してるよ。そういう意味では全く反省してないってわけじゃ無いし、そんなことを言うつもりは無いよ」

 

――アンチヴィラン、ヴィラン殺しと交友があるとのことですが、そのことについてどうお考えでしょうか。

 

「確かにそうだけど、それが何? 犯罪者の友達は犯罪者、犯罪者の息子は犯罪者、みたいな、そういう理屈? バッカみたい。ボクの友達だけど、別に一緒にゲームしたりするだけだよ」

 

――件の雄英襲撃事件、合宿襲撃事件、ともに情報をヴィラン連合にリークしたのでは無いか、と噂されていますが、それは事実なのでしょうか。

 

「……ボクが何のためにそんなことしなきゃいけないのさ。違うよ」

 

――殺害事件を隠していた件、ご家族や友人はきっと悲しまれると思います。どのように説明するおつもりでしょうか。

 

「いや、聞かれたから普通に言ったけど。殺されそうになったから殺して逃げたって」

 

――芸術家として、ファンを裏切る行為だとは思わなかったのでしょうか。

 

「仮にボクが百万人殺した殺人鬼になったとして、ボクの作品全てが血に濡れると思う?」

 

 

 記者は我先にと順番も礼儀も配慮もなくされる問いに対して、黄彩は火にガソリンを撒くような発言を繰り返す。

 

 その後もしばらく質疑応答が続き、だんだんと顔色を悪化させ、囲む記者の数が減ってきた頃。黄彩は拘束具を煩しそうにしながら言う。

 

「ボクをどうにかしてヴィランにしたいっていうのなら無駄だよ。ワンピースの海楼石みたいなやつでも無いと、ボクを縛ることは不可能だからね」

 

 増強型や異形型でも傷一つ付かない拘束具が、黄彩が身動きをとるまでもなく引きちぎれて地面に落ちた。

 拘束具を押さえ、拘束した気でいた警察が驚愕の表情を浮かべる。

 

「平和に暮らしたいなら余計なことしないでボクをヒーローにしてよ。ボクは必要であれば必要以上に殺せる人間だからね」

 

 緩んでなお纏わりついた拘束具を払い落としていると、「キュイー!!」という、聴き慣れない動物の鳴く声をマイクが拾った。

 

 体育祭を見ていたものなら誰でも知っている。黄彩の《道徳的な龍》が天より飛来してきた。

 

「いっぱい喋って疲れた、帰る」

 

 黄彩の首元を咥え、背に乗せながらその場を飛び去っていく。

 

 記者のカメラには、天へと飛んでいく道徳的な龍の後ろ姿が映されていた。

 

 

 

 

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