芸術家の英雄教室   作:那由多 ユラ

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 一部除いた人達と黄彩くんの関係がどうなるのか、その辺作者が思いつくまでが夏休み篇になります。


第四十一話 メイドの接客事件と黄金姉妹

 

001

 

 

 

「いらっしゃーっセッ! ご主人様ぁ!! 私は自由に仕えるメイド喫茶のメイド長こと、神刺刹那と申します」

 

 某県、某市。

 

 ヒーロー殺しステインの影響を受けたものの、あまり強くない個性を持った、ヴィランにも成れない半端者の集団の前に、メイドが現れた。

 

 ただのメイドじゃない。利便性を捨て、着心地を捨て、耐久性を捨て、萌えという歪なレンズを通り抜けたメイド服を纏ったメイドだ。

 

「……どこの誰だか知らねぇが、なんの用だ」

 

 廃校になった高校の、おそらく教室だったであろう部屋。前も後ろも壁を壊し、一つの巨大な部屋になっている空間にいるのは二十名。

 

「あははっ、どこの人間でもないし、誰でもないよ。ただちょっと、迷子でね。なんとなく邪魔だから、君たちを目印にしに来た」

 

 メイドが拳を握り、臨戦態勢に入ったのを見て、半端者達は慌てて臨戦態勢に入る。

 

「アッハハハハ! 遅い遅い! そんなんじゃ数いても意味ないゾ!」

 

 いわゆるヤクザキックというやつだ。一番近くにいたというだけで狙われた男が驚きながら回避を試みるも、胸元を思い切り蹴られ、地面に叩きつけられる。

 

「増強系の個性か」

 

「おい、誰かこいつがどんなヒーローなのか知ってるやついねぇのか!?」

 

「メイド服着たヒーローなんて目立つに決まってるだろ! こいつはヒーローじゃねぇ!!」

 

 一人蹴り倒されただけで、半端者達は慌てふためきながら阿鼻叫喚する。

 

「ヒーロー? ないわぁ……。私はメイドだよ? そんな変な体質、こっちじゃ個性なんだっけ? そんなのも持ってないし」

 

 事実。神刺刹那には、個性も体質もなく、魔法使いでも魔女でも魔法少女でもなく、普通の人間だ。普通の才能だけがずば抜けた人間だ。

 

「月の重力は地球の六分の一っていうよね。そんなところで全速力で走るためには、どうしたらいいと思う?」

 

 メイドはクラウチングスタートのように姿勢を低くし、爪先で床の感触を確かめる。

 

「答えは簡単。六倍重く走ればいいのさ」

 

 次の標的と目をつけた女性目掛けて発射されたメイドは、目にも止まらぬ速さで急接近し、腹部に拳をめり込ませる。

 

「グッ――!!」

 

――堪えた。

 体内の空気を強引に吐き出させられて苦しそうにしているが、目立つダメージは無い。

 

「およ、変な感触。ゴム殴ったみたい」

 

「ええそうよ!! 私の個性はゴム! どっかの漫画のせいで変な期待だけされて、でもこんなゴミ個性でヒーローなんて出来るわけないじゃない!」

 

「ふぅん。まぁ、同情はしないでもないけどさ、努力くらいはしなよ。こんなところで、遊んでないでさっ! ――武器術、重操初歩、音無」

 

 音もなく、周囲七人が倒れた。ゴムの個性の女も、一切の抵抗なく崩れ落ちる。

 

「あはは、柄にもなく、未来の英雄かもしれない君たちに教えてあげようか。これは重操術って言って、重力を武器にする技術だよ。武器術っていう、私が編み出した接客用護身術の第一作目だね」

 

 武器術――あらゆるものを武器として戦う、いつ何が襲いかかるかわからないメイド喫茶に伝わる、黄金の国最強の武術。剣や槍、銃はもちろん、こんにゃく、シャンプー、萌やしだって、刹那に持たせれば核兵器にも匹敵する兵器に成り上がる。

 

 神刺刹那は黄金の国最強のメイドだ。故のメイド長。メイド喫茶のアルバイトにして、メイド長。

 

 そこらのチンピラ集団に勝ち目なんて、欠片も無かった。

 

 

 

002

 

 

 

「やっと見つけたぞ、姉貴」

 

「おはよう裂那。……もうこんにちはかな」

 

 二十人を山にして腰掛けていた刹那のもとに、全身黄金の少女、裂那がやってきた。

 

「お前が居ると何が起きるかわかんねぇ。だから帰れ」

 

「あっはっは。帰れと言われて私が帰れたことがあると思う?」

 

「……嘘でも『帰せると思うな』くらい言えよ」

 

「言ってもいいけど、裂那が私に勝ったことなんて一度もないじゃん」

 

「じゃあ言い方を変えてやる。帰らなくていいからどっか別の世界にでも飛んでけ」

 

「私、空なんて飛べないし、ここにだって来たくて来たわけじゃないんだよ? 引き寄せられたというか、おびき寄せられたというか」

 

「知るか帰れ消えろ。お前が居ると地球丸ごとぶっ壊れかねないんだから」

 

「ぶっ壊さないために私が居るとも考えられるけどね。いや、まじで知らないけどさ」

 

 姉妹とは言っても、仲はよくないのだろう。あからさまに裂那の機嫌は悪いし、刹那はどこかもどかしそうに窓の外を伺っている。

 

「方向音痴の私がどこに行くのかなんて知ったこっちゃないけどさ、なんかあったら来てよ。問題を木っ端微塵にする程度には助けてあげるからさ」

 

「ありえねぇ。そもそも、今日会えたのだって偶然も偶然なんだ。次はねぇ」

 

「あっはは、まるで主人公を見逃す殺人鬼のようなセリフだね。次会うのは殺されちゃう時かな?」

 

「殺したってあの世から迷い込むだろお前。一生引きこもってろよ」

 

「黄金の国に引きこもってたはずがここにいるんだから、仕方ないでしょ?」

 

「仕方ないで異世界転移がまかり通ってたまるかぶっ殺すぞ」

 

「その時は異世界転生してまた迷うさ」

 

「……そこは死ねよ。地獄めぐりでもしてろよ」

 

「閻魔様にご迷惑かけるでしょうが、ぶっ殺すよ?」

 

「気遣うなら閻魔の仕事増やしてやるなよ」

 

「仕事があるのは幸せなことだよ? メイド長の私が言うんだから間違いない」

 

「ハッ、一番仕事増やす元凶が何言ってんだ」

 

「元凶ってすごい言葉だよね。元気が凶がるんだよ?」

 

「そんな意味はねぇし曲がってんのはお前の人生そのものだ」

 

「曲がってるんじゃなくて、ただ道が多いんだよ。重なりすぎて自分でもどの道に従ってるのかわからなくってね」

 

「……地獄にも辿り着けなさそうだな」

 

「三途の川渡る途中でアマゾン川横断することになるかもね」

 

 

 

003

 

 

 

 後日譚。

 裂那があの場で刹那と出会ったのは本当に偶然で、裂那の目的は複数のヒーローと手分けしての、ステインの意思を継がんと集ったヴィランの鳴り損ないを相手に更生を促すことだった。

 が、刹那がいくつかある集団の中でも頭一つ抜きん出て大規模だった一角を潰してしまったため、彼らは反抗。ヒーローと現地の警察の活躍により無事逮捕された。

 

 刹那は当然のように行方知れず。裂那に呼び出されたのではなく、道に迷い偶然この世界に迷い込むほどなのだから、まだこの世界にいるのかさえ怪しいものだ。

 

 

 

 ともあれかくあれ、刹那の事はさておき、裂那のことだ。

 

 裂那はヒーローを同行させることで、今回のような戦闘や人死にの可能性が少ないことに限り参入できるようになった。

 普通の人間なら、ヒーローであるための免許が必要だが、あくまでも裂那は黄彩に作られた人工物。

 戸籍に名はなく、代わりに黄彩の作品リストの中に名を刻んでいる。一応どころか、そこらの人間よりよっぽど注視される存在だ。何かをすれば、嫌でも目立つだろう。

 

 

 

 

 




キャラ紹介
神刺(かんざし)刹那(せつな)

 ちょっと前に紹介した気がするが、もう一度改めて紹介させてもらう。

 黒髪黒目で、髪型、色以外は裂那と似ている。
 髪は腰まで伸ばされていて、手入れは念入りに施されている。

《メイド喫茶のメイド長》《次元規模の方向音痴》《兎算》《月の兎》《最新の偉人》などと、様々な異名の付けられた、英雄の域に立つ者。

 最新の偉人、月の兎は月面を徒歩で一周したことでついた異名。
 兎算は、十万の悪を鼠算式に蹴り殺したことでついた異名。
 次元規模の方向音痴は言わずもがな、異世界に迷い込むほどの方向音痴であるが故の異名。
 メイド喫茶のメイド長は、そもそも黄金の国で飲食業を営むというのは、つまり世界の危機や人類絶滅、宇宙人の侵略に立ち向かうことを意味し、そのメイド喫茶で最強であるが故の異名。


 戦闘手段には、専ら独自の武術である、武器術を用いる。
 重力に始まり、肉、骨、血、剣、槍、弦、シャンプー、リンス、コンディショナー、育毛剤、こんにゃく、豆腐、野菜各種、砂糖、塩、酢、醤油、味噌。他にも色々と、ありとあらゆる物品を核兵器クラスの武力として使いこなす。

 尚、重力を武器にする《重操術》は、裂那が宇宙飛行士のころ、月を全速力で走るために編み出された。これが武器術の始まりである。


 その経歴は劇的どころではなく、放浪者に始まり、旅人、宇宙飛行士、宇宙人、大泥棒、名探偵、トレジャーハンター、海賊、詐欺師、魔法使い、博士、そしてメイド長と、履歴書が混沌に包まれること必至である。

 黄彩が作った黄金の国で生まれた人間だが、裂那とは異なり、偶然生まれた存在。完成品である裂那よりも強力であり、あらゆる物事に方向音痴という性質上、誰にも制御ができない。

 じっとしているのも苦手で、本人曰く、十二時間以上同じ場所に居ると死ぬらしい。

 世界を旅している(迷っている)だけあって、人当たりは基本よく、オールマイトや死柄木、囚われたオールフォーワンに北極と南極の氷の食べ比べをさせるなどして、ヒロアカ世界を満喫している。

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