001
建物の屋上に移動させた核爆弾の前で、ヴィラン役となった黄彩は既に満足げな表情で、玉座に腰掛けていた。
『オールマイト先生に代わり、私こと八百万百が審判を勤めさせていただきますわ。……それでは、開始!』
「作品No.73《媚術館》」
「もう大丈夫! 私が来たぁ!!」
「……屋上まで飛んでこないでよ。一階から作品にしたんだから。ちゃんと見て来てよ」
観戦用のモニターには、屋上で顔を合わせているオールマイトと黄彩の他に、様々な裸婦像が展示されている光景が映っていた。数名の思春期真っ只中が歓声を上げている。
「覚悟しろよ、ヴィラン!」
「ボク、ちょっと怒ったんだからね。作品No.6《苦難の左手》」
「
屋上の床から黄色の巨大な左手が現れ、拳を握りオールマイトをぶん殴った。
対抗するようにオールマイトは両腕を十字に組んで突進しクロスチョップを放つも、左手が砕けると同時に進みを止めてしまった。
「イッツー……、6ってことは、初期の作品でこの威力かい!?」
黄彩とオールマイトの最初の攻防は一見互角のようだが、玉座に座っているだけの黄彩に比べて、オールマイトは少なからず両腕を負傷していた。
「むしろ繊細さも精度も足りてない頃の作品だからね。……ボクの個性は材料さえあればなんでも作れる。効果範囲は五感で把握している空間全て。ほぼ同じ個性のパパはせいぜい四畳程度だけど、頑張ったボクは雄英の敷地くらいは余裕で射程範囲。ここはもう粘土板の上だよん」
「……流石だよ、化け物め」
「芸術家だよっ! 作品No.7《裕福な右手》」
次に現れたのは巨大な右手のビンタ。
「パワーは文句無しに私の全盛期クラス。しかし動きが単調だぞ!」
「ウフフ、何言ってるのオールマイト。ボクの作品は量産可能なんだっ!」
「ナニー!?」
周囲の建物やアスファルトから、次々と右手が作られて飛来してくる。
文字通り、防戦一方。空中に退避しながらなぎ払うように作品を破壊していくも、同じペースで右手が湧いてくる。
「キリがないな!
強力なパンチを繰り返すことで、右手やその破片を丸ごと黄彩の方向へと吹き飛ばした。
「さすがにそれ直撃したらボク死ぬんだけど……。作品No.58《従順な大英雄》」
玉座に腰掛ける黄彩の前に跪きながら現れた全身黄色の骸骨が現れる。
骸骨はすぐに立ち上がり、無い目で飛んでくる右手や破片を視認し、肉のない拳と脚で脅威を退ける。
「比較的最近に作った舞台用の自動演武人形だけど、強いよ、それ」
空中から降りて来たオールマイトに、黄色の骸骨が立ち向かう。
「今更だけど壊しても器物破損になったりしないよね!?
「富士山が噴火しても誰の責任でもないよね!」
オールマイトの全力のストレートパンチに、骸骨は為すすべなく、見た目通りの耐久性のようで粉々に砕け散った。
「さあ! もう策は尽きたかな? 有製少年!」
「まだまだネタはいっぱいあるけど、本幕はこれで締めかな! 作品No.73
開始前の準備時間中に黄彩が作り出した大量の裸婦像たちが壁を突き破り、空中を飛び、屋上に着地。石像とはいえ裸体の女にはオールマイトも耐性は欠けていたようで――
「いやいやいやいやいやいや! 十八禁は禁止だったんじゃないの!?」
戸惑っているうちにオールマイトは大量の裸婦像に囲まれ、凹凸ある肉体の群れに包み込まれた。
「裸婦像は別に十八禁じゃないよ。何言ってんの?」
「……理不尽な気がするが、気を害したのなら謝ろう。降参だ。強いな、有製少年」
「ボクだもん。楽しかったよ、オールマイト」
『ヴィ、ヴィランチームの勝利です!』
石像の群れの隙間から顔を出したオールマイトが降参を宣言すると、八百万の明らかに驚愕した様子の声が響き渡る。
「そういえば、名前……」
「うん?」
「名前だよ、私の。覚えてくれたみたいだね」
「ボクだって喧嘩の相手にくらいは敬意を払うとも。楽しかったし、これからもよろしくね、すじ肉の人!」
「せめて、筋肉の人にしてくれないかい?」
「ウフフ……。やーだ」
002
「きょーかっ、きょーかっ! 見てた? 見てたよね! ボク勝ったよ!」
「うん、見てたよ」
「ウフフフフフフフフ、あ〜あ、楽しかったなぁ、いい感じにお腹すいたなぁ」
「うん、帰りにどっか寄ろうか」
勝利した黄彩は作った作品達を元の形に戻し、オールマイトと共にクラスメイト達の元へと戻っていった。
「さあ、最後の講評を始めようか。……いや、私たち二人は、どちらかというと反省かな」
「オールマイトが、反省だと!?」
皆驚くなか、爆豪が代表する形で叫ぶ。
「勝ったボクが反省するようなことなかったと思うけど?」
「いいや、あるとも。……私たちは揃って戦闘に夢中になり、核爆弾という文字通りの爆弾を見逃し、捕縛テープを巻きつけるという勝利条件も忘れていた。正直、爆豪少年と緑谷少年に強く言えないな」
「それってつまり、オールマイト先生がそうなるくらい、有製が強かったってことっすか?」
切島が挙手して質問すると、オールマイトは笑いながら答えた。
「そうだとも。始める前、私は加減すると言ったが、しかし始まってみれば私に手を抜く隙は無かった。まあ、入試実技を満点合格という偉業を為した時点で、戦闘能力がずば抜けているのは分かっていたんだけどな!」
「ボクも手は一切抜かなかったよ。ボクはヒーロー志望じゃなくて芸術家。踏ん反り返って作品を披露するのと、作品を作るのがボクの戦いで、みんなみたいな近接戦闘こそ最大の手抜きなんだ」
「おいクソガキィ!!」
「ん、なに? 爆発の人」
床に正座して、投げ捨てたエプロンを畳み始めた黄彩を、爆豪が胸ぐらを掴み持ち上げた。
「爆豪勝己だ覚えろぉ!!」
「で、なに。防空壕くん」
「爆豪だぁ!! 次は俺と戦え!! オールマイトに勝ったテメェをぶっ殺せば俺がナンバーワンだ!」
「殺す? ボクを? ……実行できないことを有言するものじゃないよ、可愛くないから」
「うっせぇ殺すぅ!!」
「んー、防空壕くんに限らず、みんなの考えてることなんてわかるよ。概ね『作る暇もなく接近して近接戦に持ち込めば勝てる』、みたいなことでしょ。作品No.13《若者》」
胸ぐらを掴まれ持ち上げられた姿勢のまま、両腕の手刀が爆豪の首にチクリと触れる。
「て、テメェ……」
「ボクの個性は創造の人みたいに生物、非生物の縛りはなくてね。近かろうと遠かろうと、ボクの射程範囲にいれば関係なく作品にできる。将来芸術品になりたいなら、お友達価格ってことで安く引き受けるよ」
「やめろコラ」
へにゃりと笑みを浮かべた黄彩を爆豪が思わず下ろすと、すぐに響香が抱き抱えてそのまま去って行った。
003
「なあ! 放課後は皆で訓練の反省会しねぇか?」
「それいいじゃん! やろうやろう!」
「お、いいな。参加するぜ」
「あ、俺も」
下校時間となり皆が帰る準備をする中、切島が大声で呼びかける。すぐに芦戸が諸手を挙げ、多くが参加することになった。
「ウチも参加したいけど、……黄彩」
「うん、いいよ。急ぎの仕事はないし、いつもボクがわがまま言ってばっかりだもんね」
「ありがと。ってことで、ウチらも参加で」
そんなこんなで、反省会が始まった。教室でただ騒いでいるように見えるが、実際は一人を除いて訓練を振り返っている。
「それにしてもよ、最後のオールマイトと有製の試合は当然として、第一戦も凄かったよな!」
「緑谷はまだ保健室だしな。あいつ大丈夫なのか……」
緑谷の右腕は個性に耐えきれずにボロボロになり、左腕は爆豪の爆破で火傷と裂傷、こっちもボロボロである。
試合後すぐに保健室へ運ばれたが、未だ戻って来ていない。
「戻ってこなかったら皆で医務室に見舞いにでもいってやろうぜ! そんでオールマイトと有製のバトルだけどよぉ、スゲェじゃねぇかオールマイトに勝っちまうなんて! 凄すぎて何やってんだかわかんなかったけど、どんな個性なんだ?」
「マジそれな! 昨日は異形型かと思ったら今日は色々作ってるみてぇだったし、八百万と似たような個性との複合型か?」
切島の言葉に上鳴が続いて言った。
黄彩の個性の話題は昨日からずっとあり、その誰もに謎であった。
「黄彩の個性は『図画工作』、材料を切ったり曲げたり塗ったりを省略できる個性」
その謎の答えを響香が、騒ぎの輪から外れてペンを走らせてる黄彩を見守りながら言った。
「おいそれ、勝手に言っていいのか?」
「本人が隠してないし、てか言いふらすし、あとネットで調べれば本人直筆のプロフィールがすぐ出てくるよ。名前に個性、ペンネームに誕生日、スリーサイズに趣味嗜好まで」
「スリーサイズって、黄彩くん男でしょ?」
「黄彩、個性で女になれるし、そもそも素で可愛いから男女両方からそれなりにモテるよ。あと自分の彫像を作ってもらうためとか言って、スリーサイズと自分の3Dデータ公開したの、あのバカ」
「うわ、究極のナルシストだ」
「てか女になれるって! まさか女湯入り放題か!?」
思春期の悪夢(黄彩命名)、峰田の発言に響香以外の女子が顔を歪める。
「最低ですわ……」
そのうちの一人、八百万は黄彩から渡された自分の絵を眺めながら言った。
「確かにそうだろうけど、そもそも黄彩はマジの風呂嫌いだから多分しない。濡れたくないとかシャンプー苦いとか」
「ま、まあ、濡れたくないはともかく、シャンプーは誰しも経験するよな」
「甘いシャンプーとかあれば少しは好きになるんじゃない?」
「……三奈、アンタ天才?」
「え、そ、そうかな〜やっぱ」
「ねえ黄彩、どう思う?」
芦戸の言葉に目を輝かせた響香が黄彩に尋ねる。
「きょーかの耳にスパコン繋いで高速演算とかできたら面白そうだよね」
「うん、話し聞いてなかったならそう言って。あと何それ面白そう」
ちなみに帰ってからパソコンで試してみたが出来なかった。スマホも同様。
「つーかさっきから何書いてんだ?」
「メスガキー」
「じゃなくて落書き、ね」
「人間国宝の落書き……」
黄彩が赤のボールペンで書いていたのは、クラスメイト達が仲睦まじく騒いでいる、正しく今の教室の様子で、窓からは雄英教師の幽霊のようなものが見守っている絵だった。
全員「まさか!?」と窓の方を見るが、当然そこには誰も居ない。
誰もがその絵に関心しているが、数名は何か違和感を感じていた。
落書きには、相澤や校長、プレゼント・マイクらしき幽霊がいる中、ただ一人オールマイトが居るべき場所に居なくて、代わりに見慣れない、異様に痩せ細った不気味な(幽霊な時点で不気味だが)男が、誰よりも熱い目で生徒達を見ていた。
「ラクガキでこれかよ……」
「これでも売ったら200万くらいにはなるよ」
響香の言葉に誰もが慄く。
「別に、ただのラクガキだよ」と言いながら、黄彩はラクガキをグシャっと丸め、ゴミ箱に放り投げた。
「200万が!?」
翌日早朝、相澤がゴミ箱から黄彩の絵を保護してしまい、校長室に展示されることになった。
「きょーか、そろそろボクのお腹が大変だよ。朝もお昼も食べてないの思い出したら急に食欲が発情期」
「え? あー、ごめん。ウチらそろそろ帰るわ」
「そっか。つーか俺らも帰ろうぜ。あんな絵見た後で夜道歩きたくねぇだろ」
切島の言葉に、主に女子達の顔色が一段と白くなった。
「ねえ黄彩、あの絵なに?」
「落書きだよ。言ったでしょ。ただの、落書きだよ。作品じゃない」
「ふーん、そう」