第七十二話
001
壊理の救出、保護が無事に終わったとて、決してヒーローの仕事がなくなるわけもない。
彩織も例外ではなく、むしろ活動範囲を広げることになり、必然響香の連れ回される距離も伸びた。
閑話休題。
場所は、埼玉県川越市、とある高校。
千葉に留まることが難しくなった際、真っ先に向かったのは彩織の地元である川越だった。
その高校では、度々ヴィランの集団が学校周辺に現れて通報が相次いでいるらしい。
「ま、主な原因はカインなんですけどね」
「……は?」
彩織が語るには、そのヴィランというのはカインに恨みを持つ者がほとんどらしい。
「ここは私とカイン、あとまぁ私の双子の姉の母校なんですが、その頃からこういう状況は出来てたんです。卒業すれば無くなると思っていたのですが……」
「なんか、大変そうっすね」
死穢八斎會の時に持ってきていた大剣は置いてきたらしくコスチュームに手ぶらできていて、響香も落書きされた校門を思い出しながら呆れた表情を浮かべる。
「ええ、全くです。小、中とほったらかされたイジメ主犯格が、私たちに撲殺されなかっただけのアホが……」
「今、ナチュラルに撲殺とか言いませんでした?」
二人が歩いているのは、高校の廊下。彩織を招いたという、元担任の元へ向かっている道中に、彩織は足を止めて壁を見つめる。
そこには、一枚のポスターが貼られている。
――イジメ撲殺委員会
A4のコピー用紙に手書きで、女子らしい丸っこい字で書かれた適当なポスター。
「そういえば、剥がすの忘れてましたね」
「なんすかこれ……」
ため息を吐きつつも再び歩き出した彩織に響香も追いかけながら突っ込んだ。
「何って、チームの前身ですよ。無個性でイジメにあった私や、無個性と刺青でイジメにあったカイン、その二人と仲良くしてた私の姉の三人で、生徒会、教師会と交渉の末に立ち上げた委員会です」
「まさか、イジメっ子を片っ端からマジで撲殺したとか……」
「そんなわけないでしょう、言葉の綾、文字の綾です。イジメ現場に警察を連れ込むのが主な活動でしたよ」
撲殺というか、陰湿なだけの殺戮だった。
「イジメ当事者全員に同情します」
「被害者の方々からは泣いて喜んでおられましたよ」
「で、今日はその被害者に土下座するために来たんですか? ……なんすかその不思議そうな顔」
先導していた彩織は首を傾げながら振り向く。
「いえ。――お久しぶりです、藍華」
002
響香は自分ではなく、さらにその後ろを見ていることに気がついて振り向く。
「藍華先生ですよ、彩織さん」
「私はもう社会人です」
「老害やクソガキでも恩師には敬称をつけますよ」
藍華と呼ばれた、先生を自称する女性は、しかし彩織よりも若く見える、いっそ幼く見えると言ってもいい小柄な少女だった。
「恩師は己が恩師であることを強要したりしませんよ。だからあなたは藍華なのです」
「私の名前を愚の骨頂のように言わないでください」
「愚の骨頂だなんていています思っていませんよ。愚の象徴だと崇拝しています」
「やめてください。愚の骨頂でいいので私を神のように崇めるのは本当にやめてください」
「おやおや、とおりゃんせ二世の名を捨てる気ですか?」
「名乗った覚えはありませんしそれ妖怪じゃないですか!!」
ここ、川越は確かにとおりゃんせ発祥の地ではあるが、当然この少女に関係は一切無い。
「まあいいです。で、そちらの学生さんは何方ですか?」
「私のもとにインターンで来た、イヤホン=ジャックです」
彩織が響香の肩に手を当てながら紹介する。
「いや……? あ、外人さんでしたか! えっと、はろーえぶりわん、ないすチューみーツー?」
響香も彩織とのやりとりを見て薄々感づいていたが、藍華という教師らしき少女は外見同様に可愛らしい人らしい。
「や、普通に日本人っすよ。雄英高校ヒーロー科一年、耳郎響香です」
「え? あ、そうでしたか! えっと、あれですよね? ヒーロー名ってやつ! ヒーロー志望の方とはあまりご縁がないもので、あはは……」
「私はヒーロー志望だったはずですがね」
「彩織さんはただの進路放棄だったじゃないですか……。あ、私は
「藍華は私やカインの担任を三年間していたんです」
「めちゃくちゃ凄い人じゃないですか。恩師どころか大英雄では?」
「響香あなた、私たちをなんだと思ってるんですか」
「ヒーロー界隈の問題児だったじゃないですか」
「彩織さんとカインくんは本校の生徒だった時から問題児でしたよ」
「藍華、あなたまで言いますか」
「もう彩織さんは生徒ではないですから。何を言っても問題はないんですよ」
「仮にも恩師を自称する教師の言葉ではありませんね」
「私ですから」
響香は藍華が三年間担任を続けられた要因を察しながら、長々と続く立ち話の終わりを待つ。
003
立ち話が五分ほど続くと、授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、彩織と響香は藍華に引きずられるように少人数教室に連れ込まれた。
「いいかげん、本題に入りましょう。事前にお伝えしていた通り、打倒祈和歌夢を掲げたヴィラン集団、通称アベル。彼らの駆除をお願いしたいんです」
「いつの間にそんな洒落た通称が付いたんですか。しかもアベルって、最初の殺人被害者のことでしょう」
尚、旧約聖書のカインは最初の殺人加害者である。
「気に入りませんね。ヴィランのくせに、カインを悪者扱いですか」
「現状、被害者が出ていないことから警察も積極的には動いていません。せいぜい、警備の強化くらいで」
「なるほど。下手なヒーローではなく私を選んだ理由が分かりましたよ」
「ええ。川越にももちろんヒーローはいますが、ヴィランらしい罪を犯していないアベルに関しては警察に任せるの一辺倒でして」
「で、罪状問わず叩きのめす私を選んだと」
「叩きのめす? いえ、駆除してくださいと、確かに私は言いましたよ」
藍華の見せる笑みは、彩織の敵前で見せる笑みによく似ていた。
「あの日の戦争の日のように。いつの日かの内戦の日のように。かの大戦争の三日間のように。どうか今日も我が校を救ってください」
藍華の顔を鏡に写すように、彩織も笑みを浮かべる。
「暴力を殺戮よりも嫌ったあなたが、武器を兵器よりも嫌ったあなたが、喧嘩を事件よりも嫌ったあなたが、私たちに命令したあの日を思い出しますね」
「私はもう彩織さんに命令を命じられる愚か者ではありません」
響香は察する。チームは異質な人間の坩堝だったが、この藍華という合法ロリ教師もあれらに負けず劣らずの、怪人と言っても差し支えないような人なのだと。
「ならば、愚かでないと己を称するのなら、あなたが私達に何を言えばいいのか、二年前のあの日よりあなたは分かっているのでしょう?」
彩織が煽るように言うと、藍華はスッと笑みを収め、何か大切なものも吐き出すような深呼吸をしてから、響香と彩織に見開いた目を向ける。
「薙ぎ払いなさい。切り捨てなさい。殲滅し虐殺し絶滅しなさい。潰して均し、地を血で固めなさい。斬って刻み血と肉の雨を降らせ、骨と臓物の国を築き上げなさい。――私たちを害する全てを駆除し、躊躇情けの一切も無く私たちの生徒を救いなさい」
強かな力溢れる命令の言葉とは裏腹に、藍華の表情は突けば泣き出しそうなほどに張り詰めていた。
命令された彩織は先の笑みを優しいものに塗り替え、藍華の頭を繊細な物を触れるように撫でながら返す。
「ええ、ええ、分かりました。分かりましたとも。愛しの藍華の命令とあらば仕方ありません。四万だろうと四億だろうと四兆だろうと、私の名は白神彩織。九の因果を身に宿し、私の使命を執行しましょう」
彩織の柔らかな笑みに、藍華もつられるように、頬を吊り上げてた。
「というわけで行きますよ、響香。戦争の時間です」
「えっと、どういうわけっすか?」
「藍華が私達に命じた。ならば私達は持てる全てを駆使して命令を完遂します」
彩織から天使の輪と翼を幻視するほどに、その表情は明るい。
「なんか、楽しそうっすね、彩織さん」
「ええ、それはもう。可愛いは正義という私の正義、お付き合いください」
ルンルンという足音が聞こえそうな歩みで、彩織は教室を出た。
「えっと、じゃあウチも行きますね」
「はい。彩織さんをよろしくお願いしますね」
キャラ紹介
29歳、女性、独身。
童顔、低身長、アニメ声と三拍子揃った合法ロリ教師。
――社会科教師
――イジメ撲殺委員会顧問
小柄な身体とは裏腹にピカピカパワー溢れる、生徒教師問わず好かれる人気教師。
三年間彩織とカインの担任を務めたという偉業を成し遂げているが、その三年間は教師の身に余る、人間の身に余る壮絶な三年間だった。
彩織、彩織の双子の姉、カインの三人を中心に作られたイジメ撲殺委員会の顧問を今も務めており、部員は藍華の命令にのみ従い、イジメを撲滅する。
彩織の《可愛いは正義》はその委員会活動で出来上がった正義で、当初は彩織に命令を強要されていた。
本質的、根本的に温厚極まる人格の持ち主で、命令の文言は彩織に言わされていたものの受け売り。彩織達と関わることがなければ、命令なんて言葉が藍華の辞書に記載される未来はおそらく無かった。
イジメ撲殺委員会の会員はイジメ被害者が多いため、彼ら彼女らからは密かに女神と呼ばれており、彩織は天使だった。
――人間寸前の銀翼天使。