001
やっとのことで行動を開始した彩織と響香は、ひとまず彩織とカインが通学に使っていた道から、他の通学路に使われる道を巡り始めた。
「卒業してからまだ一年も経っていませんが、歩いてみるとなかなか感慨深いものですね」
「てか、高校は千葉じゃなかったんですね」
「まあ地元ですしね。襲ってきた不良の財布くらいしか収入源ありませんし、流石に一人暮らし、二人暮らしは無理があったんです」
「ちなみに、アルバイトとかは?」
「私たちにそんなことできるはずないでしょう。顔面刺青に銀髪ですよ」
「自覚あったんすね……」
響香は妙に汚れたガードレールを見つけて、肩を震わせながらぼやいた。
「バイト先に襲撃されても面倒ですしね」
「面倒で済むあたり、彩織さんですよね」
他愛のない雑談をしつつ、薄暗い細道を注視したりしながら、彩織の実家、白神家まで到着した。
樹生の研究所のように真っ赤だったり、巨大な洋館やお城だったり、日本家屋だということも無く、閑静かつ端正な住宅街に佇むただ普通の一軒家だった。
「普通だ……」
「よく言われます」
家に上がるつもりはないらしく、家を通り過ぎて、ちらほら空き地や空き家の見られる方へと向かって行った。
「家族に会ったりしないんですか?」
「今はいないでしょうね。姉は大学生ですし、ママは仕事です。私だけが違うんですよ」
「……ママ?」
「なんですか?」
「や、なんでも無いっす」
詳しい説明を聞くまでもなく面倒くさそうな気配を察し、響香は黙った。
その面倒くさそうな気配というのが、より濃い濃度で現れることになる。
002
一時間程度歩き回り、コンビニで軽食を食べ終えて探索を再開して、数分後。
響香は頬に生温い水滴が落ちる感覚がして、ふと空を見上げた。
「雨? ……は!?」
血柱、とでも言えばいいのだろうか。ここからそう遠く無い場所で、滝をひっくり返したかのように赤い水の柱が天へと伸び、飛沫がそこら中にも飛び散っていた。
「急ぎますよ。アベルはおそらくあそこにいます」
血柱はすぐに収まったが、彩織はそこへと走り出す。道路や住宅、響香に気遣い速さは加減しているが、それでも響香はなんとか全力疾走で並走する。
「ちょっ、アベルってあんなになるほどやばいの!?」
「いえ、アベルでもヴィラン連合でも死穢八斎會でもなる時はなるのが今のこの街です」
「ウチらがいるの本当に日本っすか!?」
「ヴィランとヒーローがいるのがこの国ですよ!」
土地勘のある彩織に響香がなんとかついて行くと、一分もかかることなく血柱の発生地点に着いた。
そこにあったのは、いつか見た光景によく似ていた。
死体の山。血の海。積み上げられた負傷した男達は皆々呻き声をあげており、山の麓には腕や足だけが血の海を漂っている。
「あ……あ……」
「あーあ、まったくもうだよ、本当にもう」
他に居合わせていたのは、学校でいつの間にかいなくなっていた神先と、手に付いた血をウェットティッシュで拭っている、彩織とよく似た顔つきの、黒髪の少女。
「大丈夫? みさきちゃん」
「し、っしし、しお、せん……」
地面に座り込んでしまい制服を血で汚した神先は、血を拭い綺麗になった手を差し伸べられたが歯をガチガチと言わせて、白魚のような手は視界に入ってすらいない。
「殺してはいないでしょうね」
「はあ、はあ、はあ、……とりあえず、危険は無いってことでいいんすか」
「え、彩織? なんでいるの?」
どれだけ器用に戦ったのか、肌は血で汚しても服には一滴も血がついていない少女は彩織の名を呼び尋ねる。
「ヒーローとしての仕事ですよ。そこで山になっているヴィラン、通称アベルの駆除です」
「彩織がヒーロー? うわっ、似合わな〜」
血で真っ赤に染まったウェットティッシュを山へと放り投げ、もう一枚取り出して次は顔を拭いながら、彩織を笑う。
「うるさいです。連行は警察に任せるつもりでしたが、こうなると面倒ですね……」
「あ、そっちの子はあれだよね! 雄英の、えっと耳の子!」
「じ、耳郎響香です。インターンで彩織さんのとこに来てて、……えっと、もしかして彩織さんのお姉さんですか?」
彩織が電話で話しているのを尻目に、少女は響香に目をつけた。
「そうそう! 私は
どうやらインターンを知らない人間はインターネットのことだと勘違うのが普通なことを、響香は理解した。
「まぁよろしくね、響香ちゃん」
「気をつけたほうがいいですよ。詩織はバカでアホですがクズではありませんので、うっかり拒否反応を起こしかねます」
「彩織ぃ? 今私を病原菌の特効薬みたいに聞こえたんだけど、気のせいかな?」
「貶して無いんだから別にいいでしょう」
「待って。その理屈だとウチがクズみたいになってます」
「所詮人間なんてゴミ屑の集合体がほとんどですよ。詩織や黄彩みたいな純粋培養がむしろレアなんです」
差し詰め、血生臭いあの山はチリの山ということかもしれない。
「ずらかりますよ。警察もじきに来るでしょうが、その前に掃除屋に仕事してもらわねばなりません」
詩織も神先も「掃除屋?」と疑問符を浮かべているが、引き摺られるようにその場を離れた。
003
時刻は移ろい、放課後と呼ばれる時間。
一度白神家に招かれ、詩織と神先はシャワーを浴びてから、高校の少人数教室に詩織を含めた四人と藍華が集まった。
「えっと、とりあえず、みなさん無事で良かったです。……で、なんで詩織さんがいるんですか」
「なんでって、後輩の女の子が男の人に襲われてたら助けるのは普通のことでしょ?」
「あれは助けるなんて綺麗なものではありませんでした! ただの殺人事件です!」
藍華が教卓の上に座り、彩織達はそれぞれ適当な机の上に座って話し合いが始まった。
話し合いと言いつつ、最も似合う優等生がすぐに叫んだのだけど。
「えっと、……彩織さんまたやったんですか?」
ビシッと、藍華は指し棒を彩織に向ける。
「証言あっても証拠なし。ついでに死人がいなければ死体もなし。明言は避けたいところですね」
手慣れたように、いつものことのように、藍華の返事はため息だった。
「とりあえず、アベル構成員の殆どは今、病院か警察です。残党がいないとは決して言えませんが、元々集団でしか動けず、群れなければヴィランでいることすら出来ない、単なる害悪。どうせその内、ヴィラン連合にでも率いられるでしょう」
掃除屋からの報告をスマホで確認しながら彩織は語る。
「ヒーローのことはあまりわかりませんが、あの、それでいいんですか? ヴィラン連合って、有名なテロ組織、みたいなところなんですよね?」
「ゴキブリ百匹にアリが十匹、二十匹加勢したところで、一網打尽にする手間は大差ありません。一般人に戻るならそれで良し、ヴィラン連合になるならそれでも別に。藍華が心配する必要はありませんよ」
「はーい、質問」
藍華が彩織の言葉に不満げな表情を浮かべていると、詩織が右手を挙手した。「ん」と、喉を鳴らしながら藍華は指し棒を向ける。
「びらんれんごーって、なに? 今日のとは別の彩織の敵?」
「詩織。あなたはインターネットなんて贅沢は言いませんから、テレビくらいは覚えてください」
「見てるもん」
「見てるのはアニメだけでしょう。どうやって大学に入学できたんですか」
「えっと、話し合い?」
「「「「それは多分大学入試じゃない」」」」
「えー? 藍華ちゃんまで言うの?」
「私は大学に受験する際に話し合いなんてしませんでしたよ」
「私はしたもん」
「……それ、詩織先輩を受け入れるかどうか試験官が話し合ってたのでは無いですか?」
死体の山の前で狼狽えていた時よりずっと落ち着きを取り戻したようで、神先は冷静に挙手しながら言った。
「え〜」
「私の知る詩織先輩は悪意無しに人を苦しめるお方でした」
「え〜!?」
「お姉ちゃんは昨今のアニメでよく見られるダメなタイプのお姉ちゃんですよ」
「こんな時だけお姉ちゃんって呼ばないで!」
「……彩織さんってたまに可愛いですよね」
「ええ。うちの生徒だった時なんてもう、毎日がこんな感じで」
「こんなの、私が知ってる前会長でも先輩でも無い……」
これにて一件落着。……となるはずもなく、川越には大戦の火種が集まりつつあることを知るものは、しかし少なかった。
用語紹介
ヴィラン集団――アベル
カインへの嫌がらせから肥大化しすぎてできた、言ってしまえば不良グループ。構成員は男のみで、見つかっていないだけで女性被害者は少なからずいる。
神先みさきも、今話での被害者であり、暴行を受ける前に通り掛かった詩織に、一応救出された。
アベルは救出という名の虐殺に遭い、千葉から駆けつけてきた掃除屋によって処理された。
動機に同情の余地はなく、根っからのいじめっ子体質の組織。むかつく、生意気、気に入らない。その程度の理由でカインは被害にあっていた。
――赤信号、みんなで壊せば、ただの道。