001
「うにゃぁ」
「うな〜っ」
場所は千葉県、樹生第二研究所。
川越市から帰還した響香は、我が家のように寛いでいた黄彩に覆い被さるように抱きつきながら寝そべった。
「何をしてるんですか、響香」
後から入ってきた彩織は、呆れた目でじゃれる二人を見た。
「おかえり、彩織お姉ちゃん」
「ええ、ただいま帰りましたよ、壊理」
荷物を下ろして服装も私服に着替えてきた彩織は、駆け寄ってきた壊理を抱きとめる。
「帰ったか、リーダーよ」
壊理の後に、和菓子を山のように積み上げたお盆を抱えながら七七七がリビングに来る。
「カインのやつは今夕飯を作っておる。それよりも面白いことになっておるようだぞ」
響香と黄彩がじゃれているソファの隅に腰掛けた七七七は、和菓子の山をテーブルに置いてテレビを付けた。
「面白い、ですか?」
「クフフ。ああ、まったく。妾が行かなくてよかったわい」
テレビに映るのは、ニュース番組の生中継。映る場所はつい数刻前まで彩織達もいた川越市。上空からヘリコプターでカメラを回しているが、あちこちに戦争が起きたような惨状ができていた。
「リーダーの姉君とアベル、魔女と魔法少女。そして平和の象徴達と殺人鬼達。クフフ、まだまだ続くぞ。
羊羹を齧りながら嗤う七七七に、壊理は「私……?」と首を傾げる。
「壊理ではなく
「反逆期、と言っていいかもしれんの。元々傷の舐め合いではなく塩の塗り合いで出会ったようなものだし、距離を置いて戻ったとも言えるか」
「私が望んだことですが、まさかここまでとは想定外ですねぇ。なるほど、確かにこれは面白い」
七七七の持ち込んだ大福を摘みながら、彩織も口元を笑わせる。
「響香。明日、もう一度川越に行きますよ。黄彩も来てください」
「え……」
「うにゃ、いーよー」
響香は黄彩を胸に抱きながら絶望の表情を隠さず見せ、黄彩は胸の内から了承する。
「美少女たる依璃は、孤立体質の多いチームで唯一の群体体質。私が相手になる以上、こちらもそれなりの仲間が必要です」
「カインさんとかでいいんじゃ……」
「カインも可思議もきっと依璃側ですよ。恋人、家族であれども、喧嘩となれば進んで敵対します」
「じゃあ詩織さんは……」
「アレですがアレでも一般人ですよ。もちろん巻き込みますし引き込みますが、それでも数が足りません。もう少し誰かこっちに欲しいですが、まぁ現地調達ですね」
目が遠足前日の子供のように輝いた彩織に、響香は怖気付いた。
002
川越の観光地、蔵造りの街並み。江戸の景色を保存した街並みは観光客で賑わっていて、あちこちに和服を着た外国人が見られる。
そんな危険とは相反する地域に、二人の殺人鬼がいた。
「使駆くん! 『いもどうなつ』ですって!」
「まだ焼き団子食い終わってねぇだろうが」
「もう買っちゃいました! 紫いもまんじゅうも要ります?」
轢殺専門の殺人鬼、巻解使駆と刺殺専門の殺人鬼、渡我被身子はレンタルした着物で着飾り、純粋に観光を楽しんでいた。
「団子持ってるこの手が見えてねぇのか? 刺すぞ」
「刺すのは私の仕事なのです」
「仕事じゃねぇだろ」
「そうでした。ただの趣味なのでした」
クッキー生地に芋餡の入ったドーナツに頬張りながら、被身子は自答する。
「それにしても、本当に電柱がありませんね」
「電線は地下に通ってるらしいぞ」
「……鳥は全部ドローンで、電線から充電してるっていう、とんでも陰謀論を思い出しました」
「この街には住めねぇな」
「住みにくい世の中で、私は辛いです」
「殺人鬼の住みやすい世界なんざ、生きにく過ぎて死にたくなるぜ」
「確かに、かぁいい子はいなさそうですね」
ベンチを見つけ、二人は座って食事と雑談を続ける。
「お、近くで事件が起きてるらしいぜ。食い終わったら土産買って、どっか別のとこ行くか」
「イベントなら参加はしないんですか? 使駆くんなのに」
「ヒーローが向かってんだから、わざわざ行く理由もねぇだろ。別に俺は戦闘狂じゃねぇんだよ」
「バーサーカーなのにですか?」
「俺はライダーだろ、どう考えても」
「私はきっとアサシンですねぇ」
「はっ、似合わねぇ」
「英雄のクラスに殺人鬼が入ろうというのが、そもそも烏滸がましいのです」
「お前から言い出したんだろうが」
戯言に戯言の応酬。観光地に来てまですることではないが、二人にとってはもはや日常。
そんな日常は、この川越ではそう長く持たなかった。
妙にサツマイモ関係の多い土産を買い込み、日が赤らんで来た頃。あるいは、彩織と響香が高校を出て帰り始めた頃。
最後に『時の鐘』を見て出発しようと思った二人は気がつく。
「誰もいねぇな」
「気配は皆無、人影は絶無です。怪しいですね」
使駆は警戒しながら球体関節の具合を確かめ、被身子は帯に隠したナイフに手を向ける。
人のいない江戸の街での沈黙。あちこちから暗殺者でも出てきそうな雰囲気の中、突如使駆はスイッチを入れた。
「ノーマルモーター、ウエストアクセルッ!」
モーター音を鳴らしながら、腰を回転させて放つ平手打ちが何かを叩いた。
ベキ、バキ、ボキ、と、硬い棒が幾つもへし折れる音が静かな街に響いた。
「ヌオッ!? っく、やるな不良少年!」
奇襲を仕掛けてきたのは、金髪で巨漢の男。平和の象徴オールマイトだった。音の割にダメージは受けていないようで、むしろ使駆の方は面食らっていた。
平和の象徴――悪の敵を名乗る使駆にとって、同一線上の極端と極端のように思っていた相手。別段ファンというわけでもなかったが、敵対するというのは予想も覚悟もしていない事態だった。
「オイオイ、何しょっぱなからヘマってんだよ、先輩」
オールマイトと、もう一人。
同じ平和の象徴として君臨する、髪から爪先まで金色の少女、神刺裂那。
被身子のナイフを平然と袖で抑え、使駆に叩き飛ばされたオールマイトをせせら嗤う。
「んー、なんで刺さらないんでしょう」
チクチクと、大した抵抗もしない裂那に被身子はナイフを刺すも、表皮一枚すら刃が通らず血も流れない。
「オレは
ダメージはなくとも鬱陶しかったのか、被身子の腕を払いながら裏拳を頬に当てる。
「ハッハッハ! いやぁ、久しく現場から離れていたからかな。感覚が戻らなくってね」
「肋を五本程度へし折ったと思ったんだが、あの音でノーダメかよ」
「ダイラタンシー、とか黄彩くんは言っていたな。なるほど確かにダメージは少ない」
オールマイトは、胴以外に手足にも肋骨のような凹凸のあるコスチュームを撫でながら言う。
「黄彩だぁ? あー、ったく。そいつぁ非道卑怯にも程があるってもんだぞ、オールマイトよぉ」
「すまないが、私も身体にはガタが来ていてね」
「ダチの作ったもんだとぶっ壊せねぇじゃねぇか。顔面吹っ飛ばすのは趣味じゃねぇし、ヒーローと殺りあうのは主義に合わん」
「君がヴィランしか襲っていない というのは知っているさ。だが、だからといって見逃すわけにもいかんのでな」
「トガヒミコ、テメェには見逃す余地もねぇよ」
「見逃される奇跡なんて望んでもいないのです」
話し合いを提案したのに拳を構えている裂那に、被身子はニヘラっと笑いかける。
「オレはヒーローじゃねぇが悪の敵。……敵対の意思は欠けらもねぇが、自己防衛はまぁなんだ、許せ」
「以下同文。殺せる気はしませんが、裂那ちゃんがかぁいいのが悪いです」
前代未聞、と言うほどでもないが、ヒーローから仕掛ける異例事態。高みからの見物に気付かぬまま、戦争は始まった。
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