芸術家の英雄教室   作:那由多 ユラ

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第七十七話

 

001

 

 

 

 叩けば地が割れ、振るえば天が裂ける豪腕が、故障知らずの球体関節の肉体に衝突する。

 人体とは似ても似つかず、金属にも樹脂にも近い身体は砕け散ることなく、ただ石の地面に叩きつけられる。

 

「ギャハッ、ギャハッハハハハハハハ!! ギャハハハハハハハハ!!」

 

「……何がおかしい」

 

 人間らしからぬ、機械じみた動きで立ち上がった使駆はスイッチを切り、舞うように笑う。

 

「お前はヒーローだが俺の敵になったわけだっ! こいつが笑わずにいられるかよ!! ギャッハハハハハハハハハ!!! ――あー、面白くねぇ」

 

 使駆はピタリと止まり、スイッチを入れる。オールマイトを静かに睨む目元の、歯車の刺青が回転し、モーター音が周囲に鳴る。

 

「……プラズマダッシュモーター」

 

 静かな物言いとは裏腹の、目にも移らぬ急加速による、ただの体当たり。

 自分の肉体を弾丸としか思っていないような、不自然な姿勢での体当たりは、オールマイトを巻き添えに電柱へとぶつかった。

 

「い、いっきなりだな!!」

 

「仮にもヒーローなら俺の敵に回ってんじゃねぇよ。俺がヴィランみてぇじゃねぇか」

 

 使駆はモーターを止めず、蝋細工のような指でオールマイトの首を掴む。

 

「ぐっ、離したまえっ」

 

 気管を閉めているのではなく、モーターの放熱を手から浴びせる。オールマイトは使駆の腕を両手で掴み、引き剥がそうともがくも、力を込めれば込めただけ使駆も力を込め、オールマイトの首が締まっていく。

 

「一体俺が何をした。善良な一般人を一人でも殴ったか? 店で物でも盗んだか? 誰かに迷惑でもかけたか?」

 

「警察は、君の犯罪に心底迷惑しているさっ」

 

 使駆の言葉に、オールマイトは熱に耐えながら答える。

 

「だったらなんだ、俺がぶっ殺したおかげで助かった奴らは五万と居る。そいつらが犯される方が、クソ共が死ぬよりマシだってのか?」

 

「……そうではないさ。……少年の犯行で救われた者を否定はしない。手の届かなかったヒーローを代表して謝罪と礼を裁判所で言うのも吝かではない。……だがルールは守らねばならない。誰かを助けるためには」

 

「ルールが人間縛って死ぬならそんなルールはただのクソだ。ルールを作る偉いやつの臭いクソだ」

 

 オールマイトの首元が真っ赤になると、使駆はスイッチを切った。

 

「おいオールマイトぉ!! お前の仕事は人を守ることか!? それともルールを守ることか!?」

 

 熱が引いたかと思ったら、今度はオールマイトを持ち上げた。痩せ型でオールマイトより遥かに小柄な使駆が、巨漢のオールマイトを持ち上げている光景は、天秤よりも不安定だ。

 

「ルールに則り人を助ける。それがヒーローだ」

 

「はっ! やっぱオレはヒーローなんか向いてねぇわ。法定速度も守れねぇ俺じゃぁ、なっ!!!」

 

「ぬおっ!?」

 

 と。使駆はオールマイトを、まるでボールのようにぶん投げ、速度標識にぶつけた。

 

「ギャハッ! 俺はこれからもルールを無視して人を救うぜ! 嫌なら俺をぶっ殺せ!!」

 

「そうはいかないさ。何故って? ――立ちはだかるのは私だから、さ……」

 

 速攻で殴って終わらせようと構えたオールマイトだったが、自身の肉体でへし折れた標識の数値を見て思わず足を止めてしまう。

 

――30

 

 時速30キロ以内で走れというルールは、しっかりとオールマイトを縛り付けた。

 

「マジかよ……」

 

 本来車両の速度を制限する物であるはずのそれを、人間だからといって無視していい物でもない。破壊力、危険度に大差はないのだから。

 

 

 

002

 

 

 

 幾人もの血を啜った二本のナイフと鍔ぜりあうのは、牙のように白い刀。しわだらけの手に握られる柄も白く、鍔も白い。シルエットだけならどう見ても日本刀なそれを、しかし被身子の目にはどうしても日本刀には見えなかった。

 

「犬歯の魔女――リリィ・スミス――殺してしまってよいのよな、平和主義者?」

 

 黄金の国(ハートフルピースフル)、裂那が連れてきたのは、刀を腰に下げた老婆だった。

 

「できれば殺すな。こいつは悪党だが悪とは別もんだからな」

 

「承知。……さぁ、試合おうぞ、殺人鬼め。不味そうだが喰ってやる」

 

 老いを感じさせぬ気迫を放ち、しわを濃くさせて笑みを浮かべる老婆――リリィ。

 

「おばあちゃんの血は美味しくないから、気分が乗らないのです」

 

 言いながら、被身子はナイフで襲いかかる。相手が老婆だからといって、躊躇い手加減一切なし――女子供でも容赦しないどころか、むしろ好んで殺しにかかるが――顔面狙いのナイフは、刀の刃が食い込んで止まった。

 

「……ふっ」

 

「うわあ!?」

 

 老婆は達人のような早技で刀を振るい、被身子のナイフ二本を切り捨てた。

 

「日本刀程度の強度はあったはずなんですが」

 

「それがどの程度の刃物か知らぬが、私は犬歯の魔女。硬いだけのものを噛みきれぬほど、鈍ってはおらぬのでな」

 

 犬歯の魔女――リリィ・スミスは齢300を超える魔女である。

 多くの魔女が老化を止めて生き長らえている中、素の身体機能のみで人智を超えた長寿を誇る魔女であり、二十人核の一、《一匹大神(ワンワン)》であり、黄金の国の和菓子屋店主。

 

 魔導士、二重人格、飲食店。三つの勢力に属する唯一無二の人間だ。

 

「オレも忘れてんじゃねぇぞ吸血鬼!」

 

「殺人鬼です!!」

 

 予備のナイフを右手に持ち、刀を受けながら裂那の拳を左手でいなす。

 

「ふんっ、意外とやりおる。歳が歳なら弟子に欲しいくらいだのぅ」

 

「殺人鬼の部下なんざいらねぇよ」

 

「転生の奴なんか似たようなもんだろうに」

 

「……わからない話は退屈でつまらないのです」

 

「そいつぁ悪かったな!」

 

 裂那の拳を躱すかいなし、リリィの斬撃はナイフが切られないように弾き返す。その技術はリリィから見ても大したものだが、しかし防戦一方なことに変わりない。

 

「ちっと黙ってなぁ!!」

 

「あっ」

 

 二人はだんだんと被身子を見極め、刀を弾きながらはいなせない方向から殴り、意識を飛ばした。

 

 

 

003

 

 

 

DETROIT(デトロイト) SMASH(スマッシュ)!!」

 

「プラズマダッシュモーター、パンチアクセル」

 

 被身子が気を失った頃。

 オールマイトと使駆の戦いも佳境に入っていた。お互い観光地に気遣ってか、周囲に損壊を齎さぬよう気遣いながら戦っていたため、全力の殴りあいとはいかなかった。

 

 拳と拳が激突する。空気が爆破し、砂埃が舞う。

 

 衝撃に負け、吹き飛ばされたのは使駆の方だった。

 上空へと打ち上げられた使駆は、そのまま重力に従い落下してくる。

 

 ぐちゃぐちゃ。

 墜落した使駆を見たオールマイトの感想はそんなところだ。腕も足も、首も指も、本来曲がっていい方向ではない方向に曲がっていて、さしものオールマイトでもこうなったら即死かもしれない。

 

 が、使駆の肉体は特別の中でも特別。身動きが取れないながらも、意識は失っていなかった。

 

「ギャハハ……。あー、まいったまいった。流石にこれじゃ動けねぇ」

 

「……ここまでになっても意識は飛ばないか」

 

「ギャハハ。構造からちげぇんだよ。この程度なら曲げ直せば治る」

 

 オールマイトは使駆の言葉に返さず、腰あたりを肩に担ぎ上げた。

 

「おい、俺をどうする気だコラ。オレも被身子も、喰っても大して美味くねぇぞ」

 

 裂那も気を失った被身子を横抱きに持ち上げていて、犬歯の魔女は姿を消している。

 二人は一切会話することなく、使駆と被身子を運ぶ。

 

「おいコラ離しやがれぇ!!」

 

 使駆は叫ぶも、腕も足も動かず、オールマイトも動じない。

 

 殺人鬼二人は、次の戦場へと運び込まれる。


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