芸術家の英雄教室   作:那由多 ユラ

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第七十八話

 

001

 

 

 

 平和の象徴と殺人鬼の戦争と同時刻。

 未だ物語に全く顔を見せていない二人の魔女は、包丁のように大きなナイフを二本携え、口元を血と油で汚した少女と接敵した。

 

「最端の魔女――オートゥイュ・ペスカロロだ」

 

「最端の魔女の弟子、異端の魔女――コンスタンタン・ペスカロロ」

 

 呼びにくい名前の魔女の師弟コンビに、少女の肉を上品に貪る殺人鬼は微笑んだ。

 

「何かな、黄金の国の魔女さん達。あたしは樹生のりんごだよ」

 

 リンゴのように赤い口から出た言葉に、魔女は笑う。

 

「アッハハハハハハハ! オイオイオイオイ! 見たか聞いたか私の弟子!! 純粋な殺人鬼も淡白な食人鬼も私は初めて見たぞ!」

 

「うっせぇよ師匠。見りゃわかる」

 

 りんごを指差して爆笑している女の魔女――オートゥイュと、煩わしそうにしている、男の魔女――コンスタンタン。

 

「あたしの名前は樹生りんご――九の使命を禁忌して、あたしの使命を執行するね」

 

 少女の遺体の顔面を半分程度食べたりんごは、魔女達に襲いかかる。幼い容姿からの印象に反し、その足の速さは弾丸のよう。

 

「アッハハハハハハ!! あんたは私たちを知らなすぎるっ!! ――ロックバレット」

 

 弾丸のような速さの殺人鬼に対して、オートゥイュは五つの銅色の指輪が嵌った右手を差し出すように向け、岩の弾丸を打ち放つ。

 

「まぁ、師匠に任せっきりは不味いか」

 

 コンスタンタンは、長身のオートゥイュに肩を並べてこそいるものの、背丈は遥かに低い。大人用のローブの中では足が浮いている。

 そんなコンスタンタンの頭上に、無数の魔法陣が重なり、光の球体になる。

 

「エアバレット――ファイアバレット――マジックバレット」

 

 オートゥイュの放った弾丸と合わさり、弾幕となってりんごに襲いかかる。

 

「アッハハハハハハハハ!!」

 

「アッハハハハハハハハ!!」

 

 オートゥイュが笑いながら、放つ弾丸の数を増やすと、りんごは同じく笑いながら、岩や炎、空気の弾丸をナイフで切り捨てながら、光る弾を回避しながら、勢いを止めず接近する。

 

「アハハハハハ!! アハハハハハ!!!」

 

 物量をものともせずに襲いかかるりんごに、次なる手が発動する。

 

 文字通り、手だ。アスファルトを突き破ってきた土の手が、りんごの足を掴む。

 

「アッハァ!! ――殺戮演技、踏殺劇」

 

 足を止められたりんごは笑みを収めず、浮いた右足を力任せに叩きつけた。まるで踏み潰された虫のように、土の手達は潰れて止まる。

 

「ハハハッ! アハハハハハハハ!!! ちゃあんと美味しく食べるからねっ!!」

 

「こんのっ、バカが!!」

 

 迫る眼球に迫ったナイフを交わしたオートゥイュは、全ての指に指輪を嵌めた両手を握り、りんごの顔面を殴り、殴り、殴る。

 

「スチールローズ!」

 

 三度顔面を殴られ、鼻血を流すりんごに、土の手が突き破ってできたアスファルトの穴から伸びた、鋼鉄の薔薇が巻きつく。棘がりんごの足に浅い傷を無数に作り、りんごは足を止めた。

 

「痛いっ! 痛い痛い痛い痛い痛いぃ!! とってとって! これとってぇ!」

 

 りんごはもがきながら、ナイフで薔薇を切り取ろうとするも、鋼鉄の薔薇は傷ついても切れることはない。どころか、もがく程に足の白い部分は赤く染まっていく。

 

「よくやった、私の弟子」

 

「とっとと殺そう。殺人鬼でもガキが泣いてるのは見ててしんどい」

 

「ッカー! 相変わらずやさしぃねぇ私の弟子は」

 

 オートゥイュはコンスタンタンの頭を撫でながら、しかし止めを刺そうとする動きを止めた。

 

「でもだめだ。殺すな」

 

「……んでだよ」

 

「……痛い。痛いよ……」

 

 だんだんと、りんごの声は弱々しくなっていき、薔薇を切ろうとしていたナイフの動きも止まる。痛ましいその姿に、しかし魔法を解くわけにもいかないコンスタンタンは思わず目を逸らし、師を睨む。

 

「後先考えろって教えたろうが。この殺人鬼の死に場所はここじゃないし、死に時は今じゃない。……おい、樹生さん家のりんごちゃん。私らをもう襲わないと誓え。そうしたら解いてやる」

 

「わかったっ! わかったからぁ! 痛いの!」

 

 叫ぶりんごは食い込んだ棘の痛みに涙を流し、血で染まった口元に肌色が戻る。

 

「じゃ、解いてやれ。私は薬局で薬と包帯買ってくる」

 

「……おう」

 

 

 

002

 

 

 

 川越駅へ向かう電車で。

 彩織に連れられてきた黄彩は、朝早くの出発に耐えられず、響香の膝枕で眠っていた。

 

「人、全く居ないっすね」

 

「今、川越市には完全避難勧告が出されてますからね。この電車も無理言って出てもらったわけですし」

 

 彩織がアベルを叩きのめしに行った日を含め、三日が経った今日。川越市の各地で起きている戦闘被害に、ついに避難勧告が出て、現在川越市には市民が存在しない。市の境界にはバリケードが張られていて、警備ロボットも配置されている。電車も一部は停止になるはずだったが、チームが無理を言って早朝に一本だけ走らせているのが現状。

 

「響香、予め注意事項を話しておきます。……依璃について」

 

「チームの人、なんですよね」

 

「依璃本人に関しては、それほど注意は必要ありません。言ってしまえば無個性の一般人と大差はありませんので」

 

「でも、もうかなり人が死んでるんですよね」

 

「ええ。依璃は率いるのが得意ですから。七七七曰く、優秀変人誘引体質、並びに、種別不問誘惑魅了体質、と言いましたか。あるいは主人公体質とも。例え宇宙人や異世界人、殺人鬼であっても、依璃は魅了して味方にしてしまう。あなた達の友人や学友が今日に限り敵対しても不思議はありません」

 

「……美少女って聞きましたけど、そこまでなんすか」

 

「私の家族ですよ。人類最賢や文豪、メイド長と同格の美少女ですよ。普通のままで居られるはず無いでしょう」

 

 彩織は窓から、静まりかえった街を眺める。

 まだ薄暗い早朝で、街頭は一つも灯っておらず、どころか何処の照明も灯っていなくて、夜と見間違うほどに街は暗い。

 

「少なくとも、カインが敵にいる。それだけで、下手をすれば川越市どころか埼玉県が海に沈むことになりかねます」

 

「それ日本の大半が沈んでません?」

 

「日本だけで済めばいいですね」

 

「なんでそんな重大なことにウチを連れてきたんすか!?」

 

「喧嘩は私と詩織、それと黄彩がいれば十分ですから。……響香、貴女には依璃に近い才能があります」

 

「はあ……」

 

 美少女に近い才能、と言われてもピンとこない響香は、熟睡している黄彩の頭を撫でながら首を傾げる。

 

「敢えて柔らかい言い方をするなら、誰とでも仲良くなれる才能です。いえ、この言い方では語弊がありますけど。……そうですね、敵と仲良くなる才能、と言っても、やはりこれも違いますね。……ヒーロー志望でありながら、殺人鬼やヴィランの友人を持ち、社会不適合者ならぬ、社会不適格者である黄彩と長年の交友を続けている。これは十分に驚異的な才能です」

 

 使駆や被身子、最近だとりんごのことだと、響香は察する。

 

「勿論、勇者と魔王に手を組ませるような依璃ほど異常ではありませんが、それでも十分に異端な人間です」

 

「ウチは、そんなんじゃ全然無いっすよ。ただ、黄彩と一緒に居たらいろんな奴が近くにいたってだけで」

 

「犯罪者とて、かつては誰かの隣人であり、クラスメイトであり、時には同僚だったりします。しかし彼らが犯罪者となって尚、友好な関係を続けることのできる人間というのは稀少です。誇りなさい、響香。それは頂点に立つにふさわしい才能ですよ」

 

「いや、ウチそんな野望みたいなの無いんすけど」

 

「おや、黄彩の作品群の頂点に立つのでしょう? 中には心を抉る悍ましいものもあるのだとか。それら全ての上に立つのなら、それくらいの度量は携えておきなさいな」

 

 ふと、響香は眠る黄彩を見た。

 贅沢に座席いっぱいに足を伸ばし、さらに贅沢に女子の腿を枕にし、もっと贅沢に臍に顔をを押し当てる、白髪ツインテールの少年。

 

「……黄彩がウチと一緒にいるのも、それなんすかね」

 

 そんなことを考えた途端、胸に何かが刺さるような痛みが走った。

 

「才能をそう嫌悪するものではありませんよ。黄彩はただ響香を好いているからこそ、そうしているのですから。……魅了と催眠、洗脳は違います。悪意と下心、色欲は違います。誰にだって好き嫌いはありますから」

 

 彩織は腕を伸ばし、響香の頭を方に乗せるように抱き寄せた。

 

「すぐ近くに凄まじい人材がいることの劣等感は私にもよく分かります。貴女に黄彩がいるように、私には七七七や可思議のような天才児がいますから」

 

 響香が動いたからか、黄彩が身動ぎした。

 

「そんな私からのアドバイスです。――とっととキスでもプロポーズでもセックスでもしてしまいなさい。――才能には努力では追いつけない境目があります。私たちは追いかけるのではなく、捕まえてしまうべきなのです。常識という壁を突き破り進む天才を。そして何よりも、諦めて、罪悪して、遠慮して、言い訳して、離れようとする己を」

 

「ちょっ、ちょっと待ってください。急にんなこと言われましても」

 

「人間寸前の人でなしからの、実体験に基づくアドバイスです」

 

「やったんすか!?」

 

「ヤッてやりましたとも」

 

「いや、そんな面白い冗談ではなく」

 

「面白くも無いでしょう。別に性的に抱く必要はありませんよ。要は、家族になってしまえばいいのです。仲間や友人であるのに理由は必要かもしれませんし、才能や努力が必要かもしれませんが、家族が共にあるのに理由も才能も努力も必要ありません」

 

「あ、そういう」

 

「別に今日会ったヴィランとキスしろなんて言いませんよ。ただ、ちょっと友人になれそうならなってしまいなさいというのがこの話の本題です。……まぁ、貴女と黄彩の関係は見ていて背中が痒くなるから、さっさと結婚しなさいという話でもありますが」

 

「やめてください、なんか恥ずかしいです」

 

「式には呼ばなくても結構ですよ。未だにカインと結婚できてない私が嫉妬で暴れない保証がありませんから」

 

 彩織とカインは、法的にも結婚できる間柄である。それなのに結婚しない理由は、誰も知らない。二人に結婚に対して思うところがある、というわけでは無いらしいが。

 

「分かりました。彩織さんたちと、あと結婚願望のある独身だけかき集めますね」

 

「サバトでももう少し健全ですよ」

 

「とりあえず、ミッドナイトとプッシーキャッツのピクシーボブは確定ですね。あとクラスのやつ何人か……」

 

「……少なくとも、ウェディングドレスが無事で終わる未来はなさそうですね」

 

「その頃にはウチも全盛期っすから、負けませんよ」

 

「別に私、結婚願望が強いわけでは無いんですけどねぇ。カインとは結構一緒なことが多いですし、結婚したところで何が変わるというわけでも無いですし」

 

「じゃあなんでしないんすか?」

 

「ま、法的な縛りの問題ですよ。結婚はしない方が都合のいいこともあるんです」

 

「……さっき結婚しろとか言った人のセリフじゃねぇ」

 

「とっとと縛り上げなさいと言ったんですよ」

 

「大して変わらないじゃないっすか」

 

 と。

 血生臭い恋話のような何かを語らっていると、なんのアナウンスもなく電車は停止した。

 何も鳴らずに停まり、不意に扉が開く状況に困惑しつつも、二人は黄彩を起こして電車を降りた。

 

 駅もやはり照明は灯っておらず、エスカレーターも止まっている。

 

「なんか、人のいない駅って不気味っすね」

 

「……うにゃ、なんか、ホラゲーの舞台みたい」

 

 眠そうな目を擦りながらの黄彩の言葉に、ホラーの苦手な響香が思わず肩を震わせた。

 

「とりあえず私の実家に向かいましょう。詩織が待っているはずですので」

 

 三人は機能していない改札を素通りして、駅を出た。

 

 そこに広がっているのは、摩天楼のように立ち並んでいたはずの建物たちが完全に溶け固まり、歩道橋の階段半ばまでが埋まっている惨状だった。

 

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