(尚、内容は予告無く変更になる場合がございます)
さて諸君。私はトレーナーである。トレーナーとはつまり、ウマ娘を育てるプロだ。そして私は、生涯無敗な三冠馬を育て上げた名トレーナーだ。嘘だと思うなら月刊トゥインクルを読むと良い
そんな私の相方と言えば、そう。天下御免のアグネスタキオンだ。白衣を着た悪魔……と言えば大体分かるだろう。分らなければ月刊トゥインクルを……って前に書いたなこれ
兎に角。そんな私の相方だが、人を実験材料にすると言う、少々……と言うか随分な問題行動をする。今がまさにそうだ。彼女の実験室に呼び出されたと思ったら、突然赤い薬品を飲まされ、髪がゲーミングヘアに大変身。土曜の夜がフィーバーである
しかし今回は文句を言わない。何故なら、私も彼女に用事があるのだ
「ねぇ、タキオン」
私は優しくタキオンに聞く。が、タキオンは手元のパソコンから目を離さず、無視を決め込んでいる
「ねぇねぇ、タキオンってば」
机を揺するが、タキオンは微動だにしない。暫しの沈黙の後、タキオンは此方を見て驚いた表情を浮かべた
「おや驚いた。まだ居たのかい?モルモット君。今日分の実験は終わったから帰り給えよ」
「お?人の話は丸無視か?」
なんて奴だ。自分は実験するだけして、用が済んだらそれっきり。天上天下唯我独走状態、こんな奴に誰がした。私か
「だ〜か〜ら〜!タキオンの力を借りたいんだって!」
「結論はさっき告げた筈だ。私の回答はNOだよ」
タキオンはそう言い、パソコンを閉じて立ち上がった。フラスコに入ったカラフルな薬液をカチャカチャとかき回し、溜息と共に更に告げる
「君の友人の憑き物落とし……そんなもの、私である意味が無いだろう?」
「え〜?」
そうだろうか。私はタキオンがベストな選択だと思ったのだが
「憑き物落としなんて物は、私よりカフェやフクキタルにでも頼む方が正解だろう?」
うっ。それはその通りだ。マンハッタンカフェは「視える」事で有名であり、マチカネフクキタルは……なんと言うか、まぁソッチ系のウマ娘として(色んな意味で)有名である
「でも、マンハッタンカフェはイギリスに心霊スポット巡りに行ってるし、マチカネフクキタルは担当トレーナーとパワースポット探しに行ってるよ」
「……ではシャカール君だ。彼女も私と同じ理論派だが、頭の切れ具合で言えば―」
「エアシャカールは誰かさんのせいで近づく事すら許されてないじゃん」
「おや、そうだったのかい?」
トボけた表情のタキオン。しかしコイツのせいである
「兎に角。今の私に頼れるのはタキオンだけなの!だから……お願い!」
私はそう言って、両手を合わせて祈る。再び流れる沈黙。タキオンが薬液を混ぜ合わせる音だけが研究室に響く。そして
「……はぁ、仕方無いねモルモット君。この薬品を―」
眼の前に置かれた、黄色と赤と青が何故か混ざらない不思議な薬品を、私はすぐさま飲み干した。なんとも名状し難い味が喉を伝うが、そんな事はどうだって良い
「の、飲んだよ……!」
「……トレセン学園に居る、ダイワスカーレット君に渡して欲しいと言うつもりだったんだが……」
そうだったのか。なら早く言って欲しかった。と、今度は内からパワーが溢れる様な感覚と共に……なんと掌が真紅に輝き始めた。私の右手が真っ赤に燃える。憑き物落としをしてくれと喚き叫ぶ
「……まぁ良いさ。今回の副作用も見れた事だし、君に付き合ってあげよう。あぁ、ダイワスカーレット君には少し遅れると言っておいてくれ給え」
そう呆れ半分でタキオンは言い、白衣へいくつかの薬品を差し始めた。これは昔から変わらない外出前の合図である。つまり
「行くのか」
「行くのだ」
「行こう」
「行こう」
そう言う事になった
「で、一体何時着くんだい?その……ピンゾロ村ってのは」
「氷加羅村ね。もうすぐもうすぐ」
府中にあるトレセン学園を出、車を走らせる事2時間程。山を切り開いた所にその村はあった。人口は100人程だろうか。東京に近いとは思えない、長閑な村である
流れてゆく景色には、随分と岩が多い。近くに火山があるからだろうか。まぁ、死火山なんだけど
「そう言えばさ、なんで帽子被ってるの?タキオン」
私は少し前から気になっていた事を聞いた。今日のタキオンは普段のぶかぶかな白衣の他に、随分と可愛らしいキャップを被っているのだ。しかも、ミミが出ない人間用の奴にである
「それだとミミ痛くない?」
「いや、場合によってはこの方が良いのさ。府中と違って、必ずしもウマ娘を歓迎する訳じゃないからね」
そう言うものなのか。ウマ娘では無い私には分からないが、そう言う事もあるのだろう
と、そんな話をしている内に目的地に付いた。結構大きめな古民家で、一階の部分がレストランに改装されている。もっとも、まだ改装途中であるが
大きな柘榴の木の横にある看板には「レストランクベーラ」と書かれており、その前に一人の女性が立っていた
「お待ちしてました」
「遅れてゴメンね、マナ。少し渋滞しててさ」
車を駐車場に停め、彼女に近寄る。彼女の名前は野崎マナ。私の旧来の友人だ。と、彼女の視線に気付いた私は、タキオンの紹介をする
「あ、マナ。紹介するね、こっちが私の―」
「”同僚”のタキオンだ。私に憑き物を落とせるかどうかは解らないが、少なくともコレに頼るよりは確実だろうね」
いきなり私の事をコレ扱いしおったコイツ。と言うか「同僚」と言う言葉に含みを感じる
「あ、そうだったんですね。てっきり、ウマ娘さんが来るものだと……」
「それよりも、さっさとその憑き物とやらを教えて欲しいのだけど」
「あ、はい!御免なさい。その為に来て下さったんですものね。外で話すのもアレですから、中でお茶とかお出ししますね」
そう言い、店に入って行くマナ。それについて行こうとするタキオンを、私は無理矢理止めた
「ちょいちょい、タキオンさんや。余りにも不遜過ぎやしませんかね」
「そうかい?割と初期の君との会話と変わらないと思うが」
「あ、あの……」
そんな風に顔を突き合せていると、余りにも入って来ない私達を心配したのか、マナが暖簾から顔を出していた。仕方無い。色々と不安だが、タキオンに任せてみよう
「単刀直入に言いますと……この家、呪われてるかも知れないんです……」
お茶を飲みつつ、マナはそう言った。呪い。よく聞く言葉だが、現実感の存在しないワードだ
「呪い……ねぇ」
「具体的には何があったの?」
タキオンは何かを考えている表情を浮かべている。仕方無い、私が話を進めておこう
「私の彼氏が……発狂……みたいな症状で入院してしまったんです。その少し前から「この家はおかしい」「人の声や妙な物音がする」って言っていて……」
「ほうほう」
急にホラーじみてきた。発狂。マジか
「私一人になってからも、確かに妙な物音……家が軋む様な音とか、何かが動く様な音とかがするんです。聞いた話だと、昔から神隠しが多いとか……」
マジでホラーな方向に来だした。背筋がゾクゾクする。本当にマンハッタンカフェに頼むべきだった……そんな風に後悔していると、ふとタキオンが立ち上がった
「どしたの」
「いや何、何となく気付いたんだがね?あのピアノは誰のだい?」
タキオンはオサレなアップライトピアノを指差し、マナを見た。マナは直ぐに返す
「あ、彼のです。彼、絶対音感を持ってて、凄い耳が良かったんですよ。だから幻聴なんて……」
「ふぅん……そうかいそうかい」
そう言い、タキオンは店の奥に向かう。突然の奇行だが、まぁタキオンならいつもの事だから仕方無い。その後ろをついて行くと、突然私達の動きを制した
「少し静かにして、動かないでくれ」
それに従うと、タキオンは思いっきり木の床を蹴った。普通の靴では無い、ウマ娘用の蹄鉄の付いた靴。当然滅茶苦茶大きな音が部屋に響く
と、私は見た。キャップに隠れたミミが、ピクピクと小さく動いたのを
そして、それを何回か……店の奥から順に行い、母屋を抜け……最後に裏口から出て、すぐ眼の前にある山を見た。岩だらけでゴツゴツとした、随分と殺風景な山である
「ほうほう……なるほどねぇ……」
タキオンはそう呟き、何かを考えているポーズをとった。そして、マナに向かって指を指す
「野崎マナ君。君の彼氏は何処で寝ていた?」
「えっと……そこの客間です。私は2階でしたけど、彼は和室が良いって言って……」
マナはそう言って、一階の端を指差した。と、タキオンはニヤリと笑う
「全ては解決したよ、諸君」
「先ず聞こう。この辺りは死火山の溶岩で出来た地形……なのだよね?」
「え、えぇ」
さっきまでの雰囲気とは違い、幾分楽しそうなタキオン。テーブルを挟んだ反対側では、マナが若干押され気味に答える
「で……昔から神隠しが多い……と。なら簡単さ。この下に、空洞がある」
「空洞……?」
「その通り。空洞だ。正確には、溶岩洞と言う奴だね」
溶岩洞。それなら聞いたことがある。富士山とかにあるやつだ
「それがこの家の下に……?」
「あぁ。さっき音の反響を聞いてね。間違いなく、この下には巨大な空洞がある。そして、それが君の彼氏が精神を病んだ理由でもある」
マジか。タキオンは頭が良いと思って居たが、こんな素早く全てを解決するとは
「空洞になっていると言う事は、音が反響すると言う事だ。当然、同じ溶岩洞の上に別な建物があれば、その建物の音も内部で反響する」
タキオンはそう言い、暖簾の先を指差した。そこには別の民家が
「もしかして……人の話し声って」
「そう。溶岩洞で反響した生活音だ。絶対音感の持ち主であり、耳が良かった君の彼氏はそれを聞いてしまった。ヨリにもよって、一階の空洞の真上にある和室で寝ていたんだからね。しかもはっきりとでは無く、小さくボソボソと……夜になればこの辺りは静かになる。だから余計気になるだろう。それはノイローゼにもなるさ」
成程、確かにその通りだ
「溶岩洞がある事の証明として、この辺りでは神隠しが多いと言う話が上げられる。溶岩洞のポッカリと空いた穴に足を滑らせれば、そりゃ探しようもない。家の軋む様な音は、家鳴りと言って古い家なら大体起きる自然現象だ。どうだい、解決しただろ?」
タキオンはそこまで言うと、お茶を飲み干した。マナは完全に目を輝かせ、両手を叩いて喜んでいる
「す……凄い……凄いです!まさかそんな理由でノイローゼになっていたなんて。お話の通り天才です!」
「何、簡単な事さ」
そう言い、タキオンは椅子に座り直す。と、一瞬だが白衣の下で尻尾が嬉しそうに動いているのが見えた。褒められて上機嫌らしい。分かりやすい奴め
「あ、そうだ!解決して頂いたお礼に、私の得意料理であるハンバーグを御馳走させて頂きますね」
「あ〜、マナのハンバーグ美味しいからね〜」
思い出しただけでお腹が空いてきた。と、タキオンは少し不満そうな表情を浮かべる
「”同僚”君。私は多忙なのを知っているよね」
「え〜、でも」
「帰る。仕事は終わった。そうだろう?」
そう言って、タキオンはマナを見た。マナは驚いた表情を浮かべていたが、直ぐに手を打って言う
「あ、それなら……」
厨房に消えたマナは、何かが入ったビニール袋を持って出て来た
「これ、この辺りで取れた柘榴です。折角ですから持って行ってください!」
「うん、ハンバーグ食べれなくてゴメンね」
私はそれを受け取り、タキオンの代わりにマナに言った。と、マナは首を横に振り、笑顔を返してくれる
「いえいえ。私の方こそ御免なさい。忙しいだろうにこんな事でわざわざ呼んでしまって」
別にそんな忙しい事は無いのだが、タキオンが何故か臍を曲げたので帰る他はない。レストランが完成したらまた来ると約束し、私達は府中に帰った
それで終われば良かったのだが
次の日。タキオンの研究室に行くと、何故か大量の本の山が出来ていた。今までもそんな事は度々あったが、今回は少し違う。全て民俗学や宗教学、建築学に関する本なのだ。つまり、彼女の得意とする化成学とは真逆の文系の本である
「なしたのタキオン。珍しい」
「おや君か」
本の山を掻き分けると、インド哲学の分厚い本を読んでいたタキオンがいた。その顔は何処か、焦っている様な感じである。珍しい
「私はとんだ勘違い……いや、この場合は推理違いをしていたらしい」
そう言い、タキオンは新聞を投げて来た。えっと、何々……?
「キャンプ場で一家四人が丸ごと行方不明……一家心中も視野に入れて現在捜査中……これがどうかしたの?」
私が聞くと、タキオンは驚いた表情を浮かべた
「なんだい君。前々から阿呆だとは思っていたが、本当にモルモットレベルの知能しか持っていないとは」
なんだと!?
「良く見給えよモルモット君。その一家が最後に確認されたキャンプ場の場所を」
「場所……あ」
カラーで小さく描かれた地図。現場のキャンプ場のすぐ横には、見覚えのある地名が書かれていた
「……氷加羅村の隣だ」
私の呟きに、タキオンは満足げに頷いた。そして手にしていたイン哲の本を閉じ、何時もの白衣に袖を通す
「では行こうか」
「現場に?」
「そんな訳無いだろう。警視庁府中署だよ」
驚いた。タキオンの口からそんな単語が出るなんて
「やっと自首する気になったんだ」
「違う。情報収集だ。大体なんだい、私の事を犯罪者呼ばわりかい?」
「え、違った?」
少なくとも薬事法か何かには抵触しているはずだ。トレセン学園時代は独立自治の関係で大目に見てもらっていたが、今はそうじゃない筈だ
「兎に角さっさと車を出し給えモルモット君」
そう言うとタキオンは、さっさと部屋を出て行ってしまった。なんて奴だ
府中署に着くと、タキオンは受付で何やら話を始めた。暫くすると、スーツを着た刑事さんが迎えに来る。一体タキオンは何故こんな事が出来るのか。後で徹底的に問い詰めてやる
「そこで待ってい給え」
そうタキオンは言い、刑事さんと個室へ入っていく。大丈夫だろうか、刑事さん。タキオンに妙な薬でも飲まされないだろうか
暫く待つと、ドアが開いてタキオンが出て来た。何処か満足げである。ふと気になり中を覗くと……中で刑事さんがうつ伏せになっていた
「タタタタタタタキオン!!?」
「あっはっは」
タキオンは楽しそうに笑っている。しかもよく見たら、タキオンの白衣の試験管が一本足りない。盛りやがった。刑事さんに一服盛りやがったコイツ
しかも何故か早足で外へ向かう。ヤバいヤバい。私も急いで車に乗り込んだ
「刑事さんに薬を使うなんて……もしかして自白剤とか……?」
私が聞くと、タキオンはニヤリとする
「自白剤なんて便利な物は、この世界に存在しないよ」
「そうなんだ……」
「あるのは極微量の筋弛緩剤と睡眠導入剤と、それから多幸成分を含んだ調合薬だ。飲むと夢見心地になり、色々聞き放題だよ」
「盛ったんか!盛ったんか貴様それを!!」
薬事法とか関係無しに、一発御用案件まっしぐら。逃げる様に車を出して正解だった
「いやいや。私だって刑事に一服盛る程阿呆じゃないよ」
「んじゃ、なんで刑事さんが」
「その調合薬はウマ娘の、ともすればすぐ緊張して故障の原因になる筋肉への負荷を減らす為のものだ。そのまま飲むと美味しくないから、普段はお茶に混ぜるんだが……不幸な事に彼と私の茶器の見た目は同じでね。間違えてしまったんだろうさ」
つまり飲ませたのか、それを。とは言え生命に関わる様なヤバいものではなさそうなので安心した。と、タキオンは少し浮かない様な表情をしている
「んで、何か分かったの?」
「一応……ね。ただ、そうなると……」
タキオンはそう言い、白衣のポケットをゴソゴソする。そして、大きめの綿棒を取り出した
「モルモット君、あ〜んだ」
「あ〜ん」
しまった。普段の癖で口を開けてしまった。タキオンはそんな私の口に、その綿棒を無理くり突っ込んだ
「な、なにひゅんの!!」
「静かにし給え」
私の綿棒を取り出して特殊な小瓶に入れたタキオンは、小難しそうな表情を浮かべて考え出す。そして、こう言った
「……二〜三日時間が欲しい。そしたら、全てが分かるからね。本当の憑き物落としはこれからだ」
本当の憑き物落とし。どう言う事だろうか。あの謎解きは間違いだったと言うのか
私のそんな疑問とは別に、タキオンの表情は険しくなっていた
三日後、タキオンに呼び出されて研究室に向かうと、彼女は駐車場で待っていた。その横には、見た事の無いスーツの……頭の辺りが不自然な男が一人
「タキオン、その人は……」
二人が乗り込んでから私が聞くと、助手席のタキオンは薄く笑って教えてくれる
「あぁ、彼は警視庁捜査一課の矢部謙三警部補だ。今回の件は、最早私達の手には負えなくてね」
「えぇ、どうも。ワシは警視庁捜査一課の矢部”警部”です。そんなに頭をジロジロと見んといて下さい。これは頭皮から直に」
「さぁ、行こうか」
タキオンはそう言って、キャップを目深に被った
タキオンが指定したのは、レストランクベーラ。つまりはマナの家だ。気になったのは、道中に村人を見なかった事である。こんなに静かな村だったろうか。至る所に生えている柘榴の赤い実だけが、妙に視界に入ってくる
「んで、なんでワシを呼んだんや嬢ちゃん。ワシは捜査一課のエリートやさかい忙しくて」
「育毛剤」
「この矢部謙三、嬢ちゃんの為に粉骨砕身の覚悟をですねぇ」
「着いたよ」
クベーラに着くと、タキオンは颯爽と降りて店のドアを開けた。田舎の家は鍵を掛けないとは聞いていたが、まさか本当だったとは
「あれ?マナは……」
後を追って入ると、中は誰もいない。と、タキオンは喋りだした
「……モルモット君。黄泉竃食ひって知ってるかい?ペルセポネの冥界下りでも良いが」
「ペルセポネは知らないけど、あれでしょ?あの世の食べ物を食べたら帰って来れないって……」
宗教の話なんて。ロジカルなタキオンにしては珍しい。と、満足げにタキオンは頷いた
「黄泉竃食ひの逸話において、伊邪那岐命は黄泉の竃で煮炊きした物を食らったから帰って来れなかった……では、何を食らったのか?」
そんな事を言いながら、タキオンは蹄鉄で床をコツコツとやりながら歩き回る。何をしているのか分からないが、少なくともタキオンは全てを把握している様だ
「時にモルモット君。鬼子母神の逸話は聞いた事はないかい?」
「えっと……人を食べていた鬼子母神を、お釈迦様が鬼子母神の子供を隠して諌めたって話だよね」
昔お寺か何かで聞いた覚えがある。と、タキオンは立ち止まり、厨房手前の壁を軽くノックした
「前回来た時から気にはなっていたが……ここか」
そう呟いて、タキオンはその壁を―押した。音も無く開いた壁の向こうには、何処かへ続く暗い坂道が
「黄泉比良坂へようこそ、だ。さぁ、黄泉下りだよモルモット君」
タキオンはそう言うなり、懐中電灯を取り出して坂道を下り始めた
「猪肉の別名、分かるかい?」
「え?」
坂道の途中、タキオンはそう言った。と、カツラを直していた矢部警部が答える
「んなもんお前、猪言うたら牡丹肉やろ。後鶏肉は柏肉、鹿は紅葉肉言うなぁ」
そうなのか。髪が薄いのによく知っている
「では柘榴肉と言えば?」
柘榴……?聞いた事がある様な無い様な。警部を見ても、首を横に振るだけ
「なんの肉なの?」
「……じき分かるさ」
そんな話をしていると、眼の前に大きな鉄の扉が現れた。タキオンはそれを躊躇なく開く。溶岩洞の真っ暗な口がポッカリと開いた
地下と言うだけでは無い冷気がする。と、中から妙な匂いがした。それは、何処か甘いと言うか鉄っぽいと言うかなんと言うか……
私は、少し先に何かがぶら下がっているのに気付いた。なんの気無しに懐中電灯を向けると―
「……え」
それはどう見ても人の―
「それが柘榴肉の正体だ。モルモット君」
「に、肉てお前!人間の腕やないか!」
「そうさ、柘榴肉は人間の肉の事を指す隠語だ。鬼子母神が釈迦に、人間と同じ味がするからと言う理由で貰ったのを始まりとするらしい」
タキオンと警部の言葉が、何処か遠くから聞こえてくる。そう。連れされていたのは、どう見ても人間の腕だった。腕だけが四組八本。しかも長さから見て、どう考えても家族で―
気付くと、私はへたり込んでいた。手から懐中電灯は落ち、呼吸もままならない
「モルモット君モルモット君モルモット君!落ち着き給え。君が動揺しても、あの家族が元に戻る訳ではない」
「家族て……あの行方不明の!」
そうか。あの新聞の家族か。そう思った時、後ろで扉の開く音がした。そして、洞窟中に響く聞き覚えのある声
「なんだ、気付いちゃったんだ」
「ま、マナ……」
振り向くと、マナがいた。マナは呆れた顔をして此方を見、溜息を付く
「なーんだ、桜肉も食べれると思ったのに……」
「おい!お前!!お前が殺したんか!!」
警部の叫びに、マナは頷いて話し始めた
「あの家族、どっかの溶岩洞の入り口からここに入り込んで来て……だから」
オニクニシチャイマシタ。マナはそう言って、楽しそうに笑う。違う、違う、違う違う違う違う違う、違う
マナじゃない。こんなの、私の知っているマナじゃ
「残念だが、あれは君の紹介してくれた野崎マナに相違無い。あれの彼氏は柘榴肉に含まれるプリオンにやられたらしいが、あれは適応した様だ。即ち、黄泉竃食ひに成功したと言う事だね」
「お前!一家殺人及び死体損壊罪で逮捕―すんません何でも無いです」
マナに近付こうとした警部に、マナは大きな鉈で威嚇した。刃の部分が赤茶色に染まっている。そして、ゆっくりとコチラに近付いて来た
「仕方無い……知られちゃったからには、貴女達もハンバーグにするしかないか……カツラも一緒に」
「いやあのこれは頭皮から直に生えてるもんでして」
あぁ、殺される。今迄一度だって感じた事の無い恐怖が、私を駆け巡る。と、タキオンがそっと耳打ちして来た
「……モルモット君。君の好きな特撮の必殺技は?」
「ま、マイティキック……」
こんな状況下で何を。そう思った時、タキオンは突然試験管のアンプルを飲み干した。随分と見覚えのある色をしていて、案の定タキオンの足が赤く光り出す
「君が前に間違って飲んだ薬だが、あれは一時的にジャンプ力を強化するものでね。何故か君は手に効果が反映されたみたいだが……」
「四号!」
タキオンはそう言いながら、見た事のある構えをとった。そして、右足を地面と擦り合わせ―
「おりゃッ!!!」
「ガハッ!」
空中で一回転し、ドロップキックをマナに打ち込んだ。マナの白い服に蹄鉄の跡がくっきりと残り……
「ボ!ボソ!ボソグッ……」
そう叫んで、マナは倒れた。直様警部は駆け寄り、手錠を掛けてサムズアップした。いやお前が一条枠かよ。私はそんな事を考えながら、次第に意識がフェードアウトするのに任せた
「落ち着いたかい?」
私は気付くと、タキオンの研究室のソファの上に居た。どうやらあの警部が送ってくれたらしい。渡された紅茶を飲むと、やっと身体中に暖かさと平穏が駆け巡る
そして私は、タキオンからあの後の事を聞いた。マナは逮捕され、あの溶岩洞は警察が抑えたとか。そして私はほぼ一日、タキオンの研究室で寝ていたらしい
「……夢じゃ……無いんだよね」
「当たり前だとも」
タキオンはそう言って、夕日の差し込む窓に背を向けた。逆光でその表情は伺い知れないが、笑っている。いや、この顔は……謎が解けた時の物だ
「じゃ、本当の憑き物落としを始めようか」
本当の憑き物落とし。タキオンはそう言った。しかし
「え?でもマナは捕まったし、憑き物なんて……」
「居るだろ?一人。憑き物落としが必要な哀れな存在が」
少し考える。誰だ?タキオンは憑き物なんて無いし、あの警部は頭に付いてるけど落としちゃ駄目だし……
「……もしかして、私?」
「大正解だよ、モルモット君」
タキオンはわざとらしく大仰に頷く。だけど何故。私はあくまで持ち込んだだけで……
「最初に違和感を持ったのは、君が依頼を持ち込んだ時だ」
私が考えていると、タキオンはそう言った。どうやら憑き物落としが始まったらしい
「君が何故私に依頼を、しかも憑き物落としなんて物を依頼したのか」
「あの時言ったじゃん。マチカネフクキタルもマンハッタンカフェも、エアシャカールだって……」
「では、マヤノ君は?」
そう言われた時、私は心臓が止まるかと思った。マヤノトップガン。聡明なウマ娘の一人で、探偵役を任せるなら適任である。そして、ここ一週間程はオフで―
「トレーナーである君がそれを知らないとは思えない。フクキタル君やカフェの事を知っていたからね。だから私は考えた。逆に、一体何故私を選んだのか……と」
「そ、それは……私が貴女のトレーナーだから……」
「話を続けよう」
私が口籠ると、タキオンはそれを制して話し出す
「次に感じた違和感は、君がマップもナビも使わずにオカラ村」
「氷加羅村ね」
「訂正、氷加羅村に辿り着いた事だ。しかも、一見ただの古民家にしか見えないあのレストランに、道を聞いたりする事なく一発で到着している。そして最後。依頼解決した際にハンバーグを奢ると言う話になった時、君はなんて言ったか覚えているかい?」
そう言われ、私は思い返す。マナがハンバーグを御馳走してくれると言った時、私は―
「……マナのハンバーグ、美味しいからね……」
「”美味しそう”では無く、過去形の”からね”。つまり君は一度あの村のあの店に行き、ハンバーグを食べたのではないか。そう結論付けたんだ」
絶句、である。その通りだ。隠し通した筈だったのだが、タキオンは予想を越えて来た
「となれば、何故私に依頼したのかも自明の理だよ。君は鬼子母神の逸話を知っていた。と言う事は、柘榴肉が人肉を表すのも知っている……そう考えると、とても簡単なんだよ。君は全てを察し、こう考えた」
自分ハ、人ヲ食ラッタカモ知レナイ、ト
タキオンは私の後ろに回り込み、耳元でそう囁く。反論しようとしたが、まるで縫い付けられた様に身体が動かない。汗だけが滝の様に流れている
「そう思ってしまった。だから君は私に依頼したんだよ。全てを解いた後、自分に関する事は黙っていてくれるかも知れないと思ってね」
その通り。エアシャカールやマヤノトップガンは、間違い無く”全て”を解き明かして全てを伝えてくるだろう。私がマナのハンバーグを食べた事も、そのハンバーグが柘榴肉かも知れない事を
そう思っていると、眼の前に一枚の紙が出て来た。そして背後から、呆れた様な溜息が聞こえて来る
「安心し給え、モルモット君。君の口腔内からはプリオンは検出され無かった」
「え、じゃあ……!」
私がそう言うと、タキオンは頷いた。と、急に肩の荷が降りた様な、そんな爽快感に包まれる
「君も大概、碌でもない事に巻き込まれる。君は私を、実験と走り以外に突き合わせるという冒涜的な事をしている自覚はあるのかい?」
そんなタキオンの皮肉も意に介さない程、私は清々しかった。これが憑き物が落ちた、と言う事だろうか。そう思ってタキオンを見ると、少し自嘲的に笑って溜息を付いた
「やれやれ。これにてアグネスタキオンの憑き物落としは終幕さ」
数日後。新聞の一面を飾ったのは、あの氷加羅村の住民全員が消失したと言う事だった。郵便配達員が気付いたらしく、数日程各メディアをセンセーショナルに彩っていた
タキオン曰く、「昔から多かった神隠しの正体は、つまりそんな所だろう」と。どんな意味だか知らないが、タキオンはそこまで予測済みだったらしい
私が気になった事は一つ。マナが捕まる前に言った一言
「桜肉も食べれると思ったのに」
柘榴肉の正体は人肉だったが、桜肉とは何の肉なのか。知りたい様な知りたくない様な……そんなモヤモヤだけが私の中に残ってしまった
「と、言う話なんだよシャカール君。どうだい褒めたくなって来ただろうそうだろう」
「なって来たよ首を絞めたくなぁ。と言うか、またテメェは自分とこのトレーナーを妙な事に巻き込みやがって……」
「それは誤解だねシャカール君。今回は彼女が巻き込んで来たんだ。寧ろ私は被害者だよ。そうは思わないかな?シャカール君」
「おぉそうか。所でテメェにピッタリの物件を紹介してやるよ。なんと三食付いてセキュリティ完備だ」
「最高の物件じゃないか。抑えておいてくれ給え」
「んじゃ府中署に一報入れとくぜ」
「んで、だ。気になったんだが……」
「何かな?」
「オレの専攻は数学だから分からなかったんだが……プリオンってのは口腔内検査で分かるのか?」
「いいや?そんな訳無いじゃないか。食べて直ぐならいざ知らず、何日も経ってたら判別不能さ」
「なッ……!テメェ!詐欺じゃねぇか!!」
「はっはっは、私は事実しか言ってない。”君の口腔内からはプリオンは検出されなかった”……とね。だから詐欺じゃないよ。強いて言えば、聞かれていない事は黙っていただけさ」
「……っとにテメェ……一回死んどけよ」
「おいおいおいおい、そんな事をしたら世界的な大損失だ。何故ならこの天ッ才アグネスタキオンが居なくなる訳だからね」
「何が天才だ、天災の間違いじゃねえか……」
「所で、だ。シャカール君。私は君と漫才をする為に電話をしている訳では無いのは承知しているね?」
「……さっさと要件を言えよ」
「あの村……氷加羅村と言ったかな?あの村の住民が全員行方不明なのは知っているね?」
「そりゃ、あれだけ大騒ぎすればな。本当に全住民が行方不明になったのかよ」
「ではここで地質学だ。溶岩によって作られた土地では、どんな作物が出来る?」
「……不毛の地だろ?普通……は……」
「おや、気付いたかい?」
「……もしかして……全住民が……」
「溶岩洞は、一年中気温が変わりにくくて貯蔵に向いている。そして、あの辺りは神隠しの伝承が伝わっている。もしかしなくても、だ」
「クソッ!!そういう事かよ!」
「だから、だ。だから君に動いて貰いたい。探偵エアシャカール君」
「俺は……探偵じゃねぇ」
「何でもいいさ。兎に角、全住民を今すぐ探し出し給え。手遅れになる前に。彼等は……桜肉を待ち望んでいたよ」
「……ッ!」
「懐かしいねぇ、桜肉。あれは私達がまだトレセンの高等部一年だった―」
「分かった分かった分かった!分かったよクソッタレ!調べ上げて一人残らず逮捕してやる!」
「あぁ、頼んだよ。名探偵のシャカール君」
「クソ野郎、地獄に堕ちろ」
そう言い残して切った通話相手の写真を見、タキオンは小さく微笑む
「全く……シャカール君は良い奴だよ」
タキオンの手元には、各地の神隠し事件を纏めたマップが握られていた――
このシリーズの続きとか読みます?
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タキオン主役なら
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タキオンじゃなくても
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ホラーじゃなければ
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読まない