週刊っ!英雄追跡譚・蒼穹新聞   作:エスカルゴ・スカーレット

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2週目:貧乏神と父上

「みなさーん!蒼穹新聞ですよーッ!山の英雄が、遂に貧乏神にも手を出しそうになりましたよー!」

 

 幻想郷の空を亜音速で飛行しながら、穹は新聞を灰を振り撒く花咲か爺さんの如くバラ撒いていく。新聞が父の目に留まる可能性もあったが、それでも折角の新聞(さくひん)だからと穹は興奮が抑えられなかった。

 

 

 ◆

 

 

 里の片隅で、貧乏なオーラを纏った青髪ロングの貧乏神……依神紫苑は今日も今日とてひもじい思いをしながら、お椀を構えて物乞いをしていた。

 するとそこに山の英雄ことエスカルゴがたまたま通り掛かった。以前から紫苑とエスカルゴとは多少関わりがあったので、紫苑は、彼にひもじい思いをどうにかしてもらおうと縋る事にした。

 

「あ〜エスカルゴだぁ」

 

「ん?……おぉ紫苑、どーした、またそんな隅っこで縮こまって」

 

「ひもじいよ〜……ご飯食べたーい……」

 

「あー?またかよー……どっか、定食屋とか行くか?ばんきちゃんの所は連れて行かねぇけど……」

 

「もう何処でもいい……食いっぱぐれないならもう、私、だけのお兄さんの女になる……」

 

(う……それは困るな……)

 

「おにーさんー……?」

 

「んっ?あ、あー……えっと……俺の女になる……って言ったっけ。でもなぁ〜……んんんー……」

 

「貧乏神はダメかぁ……差別だ差別〜」

 

「うぐ……。じゃあ……俺の女になりたいんならまずその身体を差し出してもらわないとなぁ?」

 

「え……ヤダ……」

 

「んん?それじゃあダメだなぁ」

 

「えー?そんなぁ〜……でも食いっぱぐれないんなら吝かじゃないけどねー」

 

(頼む諦めてくれ……!紫苑の能力は制御不可能だ、もしも関係を持ったら俺の世界(ハーレム)が終わる……ッ!)

 

「ねー、どうする?身体、差し出してもいいけど」

 

「う……ん…………よし、そう、だな…………試しに何かヤッてみようか?」

 

「ん……キス?美味しいご飯の為なら……いーよ?」

 

「……っ」

 

 エスカルゴはちょっと震えつつ紫苑の顎を掴み、頬に唇を押し付けてみる。紫苑は表情をほぼ変えずその時間を過ごしていた。

 

「……これでご飯、奢ってくれる?」

 

「…………ああ。それだけだぞ。俺の女には……まぁ、しないけど」

 

「えー……食いっぱぐれないと思ったのに……」

 

「また食わしてやんよ。そん時はな」

 

「……まーいっかぁ、神だから本当には死なないし」

 

 それを見ていた穹は、慌てて写真を撮り即帰宅。数分後には原稿にペンを走らせて、天狗の里にある印刷工場に新聞の原本を超速で持っていく。

 

「こんにちはー!」

 

「おう、お嬢!どうした?」

 

「印刷お願いします!!」

 

「あいよっ!エラく急いでるね、号外かい?」

 

「っ!……号外、でもいいんですけど……それはまた次の機会にします!でもでもっ、早く新聞って形にしたくって……えっと、そのー……っ」

 

「ハッハッハ、分かった!オジサン頑張るぞ!号外並みに急いでやるよ!」

 

「ありがとうございますっ!」

 

「さお前達ッ!新人記者さんの熱意に応えてやろうじゃないか!!」

 

「「「オッスッ!!!」」」

 

 穹は、吸血鬼の血を継いでいるだけに他の鴉天狗より圧倒的に長命である。しかしそのせいで成長が極めて遅い。同僚の朱美や弥生が、外見では人間の15歳やその辺なのは周知の通りだが、穹は人間での10歳程度。身長や体格においては、レミリアなどと大差無いのである。

 けれども、その幼い外見なだけに大抵の男の事は外見で堕とす事ができるのである。とは言っても、ハニートラップやその類の事はしない。男衆とて、穹に手を出す=死であるのは分かっているからだ。

 山の長、天魔から目を掛けてもらっている幼女。山の英雄たるエスカルゴの三女。それだけで十分に手を引っ込める理由になるというものだ。

 

「……あ!終わりましたか!?」

 

「いや、もう少しだ」

 

 控え室にて穹がお茶を飲みながら待っていると、工場長が現れた。終わったかと訊ねると、まだだ、という返答。穹は浮かしかけた腰をストンと落とし湯呑みに手を伸ばし、再び茶を啜る。

 

「なぁ、お嬢よ。流石に今回の記事はちとまずいんじゃ〜ないか?」

 

「え……?そう、ですか?何でそう思うんです?」

 

「何でって……そりゃあ、相手が悪すぎる。英雄サマだけならまだ分かるさ、他の女でもネタにはなる。だが貧乏神というのはなー……」

 

「やっぱり無理ですかね……?」

 

「まー印刷はしてるがよ、どうなんだろうなぁ……と思うワケだ。もしウチの印刷工場がヤラれたなら、あの貧乏神のせいにしちまうぜ」

 

「ヤラれるって……誰に?何にですか?」

 

「それはわからん。ただの勘さ。オジサンの勘だ」

 

「……もしそうなったら私のせい、ですね……」

 

「んん?いやぁ、そうは言わねーさ。そうだろう?発行を決めたのはこの俺。工場長だ。……ただなぁ、記者を続けるのならこれだけは覚えておけ。ネタにしていい人物とネタにしてはいけない人物がいる

 

「……!」

 

「お嬢よ。お嬢は自分の父親をネタにしているな。前回は駒草太夫との夜の密会だったか」

 

「ッ!?ど、どうして相手が駒草太夫だと……!」

 

「んん?何年山で生きてると思ってる?工場に渡す写真の修正が甘かったんだ、衣服がチラリと見えただけでも分かっちまうってモンさ」

 

「……そう、なんですね……」

 

「山の妖怪だからこそ、だがな。麓の巫女だとか、まぁとにかく山以外のヤツなら分からないだろう。だからこの前は、念の為に修正を強めに掛けて発行させてもらったよ。駒草太夫としてもあんま周囲にバレたくないだろうからなぁ……」

 

「……すみません…………お手数お掛けしました」

 

「イイって事よ。……話を戻すが、英雄サマはあんまネタにしない方がいい。いつか、痛い目に遭うぜ」

 

「弥生にも、似たような事を言われちゃいました。身内を探ると……と。ですが皆さん、父上が私に何かするとでも思っているのでしょうか?……」

 

「お嬢を手に掛けるのが英雄とは限らん。例えば、極度の恥ずかしがり屋さんとかな。お嬢から新聞のネタにされたくない奴が居たら……もし俺なら先手を打つだろうなぁ。口封じとまでは行かずとも、力を行使してお嬢に圧を掛けてくる事もあるだろうな」

 

「ッ……」

 

 山の英雄ことエスカルゴはハーレムの主。つまり関係を持った女性の多さは誰よりも多い。中には、工場長の言ったような「極度の恥ずかしがり屋」が居ないとも限らない。

 如何なる超スピードを持つ穹でも完全な不意討ちなんかには対応ができない。

 単に不意討ちなら兎も角、完全な闇討ちをされる自分を想像して、穹は思わず身震いしてしまった。

 

「だからまぁ、気を付けろ。俺からは、そうとしか言えねぇ」

 

「……気を付けます……」

 

「つっても、お嬢の好奇心は赤子並みだ!きっと、言っても無駄かもしれんがなぁ!ガッハッハッ!」

 

「本人を前にして言わないで下さいよぉ!」

 

「ハッハッハッハッ!」

 

 余談だが、穹が「お嬢」などと呼ばれているのはある種の皮肉である。

 繰り返しになるが、穹は、天魔と拳、そして刃を交える仲であるエスカルゴの娘。天魔直属の部下の犬走ヒビキの姪。公には出世などしていないものの天魔の側近にも近いくらいに優遇されている射命丸文の娘。つまり穹は、山社会においては良家の娘と言える。

 しかし射命丸文は元々平の鴉天狗と変わりない。だから、成り上がりのような視線で見られがちだ。それを皮肉っての「お嬢」だが、穹が鈍感でそれに気付いていないのが何よりの救いだろう。

 アダ名や二つ名というモノは、誰かが呼び出して自然と周囲に浸透するか、または本人が名乗るかの二通りの生まれ方が主である。穹の場合は前者で、父親の二つ名の一つの「山の英雄」と同じように、周囲が勝手にそう呼び出したというのが「お嬢」の由来だった。

 どうも妖怪の山に住まう妖怪達は、「山の○○」という呼び方を好むようで、穹の「お嬢」も元々は

「山のお嬢」だった。それを略して──または皮肉という意味を強めて「お嬢」になったのだった。

 工場長は、穹のそのアダ名の由来を知っている。新聞の印刷といった仕事をしていれば、ただ仕事をしているだけで勝手に情報が入ってくるからだ。

 しかし、由来が由来だけにもし由来を知れば穹が悲しむのは明白だ。そこで工場長や工場の面々は、せめて俺達だけでも良い意味で────工場の癒し(マドンナ)という意味で、穹をそう呼んでくれている。

 当然、穹はそれすらも知らないのだが……。

 

「────いいか、お嬢。よく聞け。世の中には、

『知らぬが仏』なんて言葉もある。余計な悩みとか増やす事はねェんだ。父親をネタにしていくなら、いつかきっと、父親の負の面が見えてくる事になるだろう。それによってお前が傷付く事になってもな、俺達じゃあ、お嬢の助けになれないかもしれねェ。だから……知らない方がいいなと思ったら退散しろ。それは『逃げ』じゃねェ。自己防衛だ。自分の心を何よりも優先しろ」

 

「……心……」

 

「好奇心を満たす事、じゃねェぞ。心の平穏、だ。それが無くちゃあ、活動は続けられねーものだぞ。俺ァ、こんな職業だからよ。そういう記者を何人も見てきてンだよ。記者っつーのはどいつもこいつも好奇心旺盛でな。だがそれ故に知らなくていい事を知っちまう事がある。そんでもって心が折れて筆を折る。……片手?いや、両手両足では足りない数だ。とにかく大勢見てきたんだ。俺も、俺の部下達も」

 

「……」

 

「お嬢はまだ若い。俺からしちゃ子供どころか赤子みてェなモンよ。だからこそ常に平和に、明るく、元気で居てほしいよ。新聞に携わる者として、筆を折ってもらいたくねェ。だからよ、俺も部下達も、お嬢に対しては口を酸っぱくして『気を付けろ』と言うんだ。分かってくれるか?」

 

「……」

 

「お嬢が嫌いだから注意してるんじゃない。寧ろ、大好きだと言ってもいいよ。まして俺らからしちゃ注意してるつもりもない。怒ってるワケでもない。ただの『忠告』さ。だってよ…………そうだろ?自分の好奇心で自分の心を殺してちゃ、まるで意味が無いじゃねェの。心の自殺だよ、そんなの。だからよ、お嬢。話は長くなっちまったがよ…………とにかく……とにかく!ネタ集めする時は気を付けるんだぞ!」

 

「っ……はいっ!!」

 

「っと……な、泣いちまったか……?す、すまねぇ、別に泣かせるつもりは……」

 

「いえっ……感動、みたいなものです……!そこまで言われた事、無かったので……。母上にも父上にも、そこまで真摯に言われた事、無かったなと思って……つい……えへへ……」

 

「……そうかい。まっ、何かあったらいつでも俺達を頼って来いや。号外でも何でも俺達にできる事なら全力で助けてやるからよっ!何なら匿ってやるぜ?誰かに追われてる時はよ!」

 

「!」

 

「見返りは……そうさなぁ…………。これからもウチの工場をご贔屓にしてもらおーかねェ♪」

 

「勿論です!ありがとうございますっ!!」

 

 膝に額を打ち付ける程に深々と頭を下げたまさにその瞬間。工場長室の扉が開き、部下の男達がゾロゾロと満面の笑みで入ってきた。

 

「工場長ッ!お嬢ッ!刷り終わりましたぜ!!」

 

「でかしたお前らァ!さぁ、お嬢、確認してくれ!配る準備も始めやがれィ!」

 

「はいっ!皆さん、ありがとうございました!!」

 

 誤字脱字などを工場の者と穹の全員で確認して、やがて穹は大量の新聞を抱え飛び出した。貧乏神と父親の逢瀬未遂の記事を配る準備を整えて──。




皆で同じ注意をするというのは、穹がそういう面で危ういのが誰から見ても明らかだからですね。
文はもう何年も穹に言い続けてるので諦めていて、エスカルゴは新聞制作にはほぼ関わっていないので注意すらしないという。
それに加えて、「親じゃない人」に言われてやっと気を付けるようになるっていうのは、ある意味では子供あるあるじゃないかなと思います。
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