リィンカーネーションダービー ‐新人トレーナーがんばる‐ 作:烏賊メンコ
ウララがフェブラリーステークスで勝利した翌日。
俺は朝からコンビニで買ったスポーツ新聞を広げ、部室でコーヒーを飲んでいた。レースがあった翌朝のルーティンと化しているが、自分が育てるウマ娘が走った結果を客観的に見られるというのは大きい。
だが、今日のスポーツ新聞は普段と違い、少しだけ分厚かった。それが何かと思えば、新聞の間に号外が挟まっていたのである。
――スマートファルコン、サウジカップで2着に敗れる。
そんな見出しと共に、スマートファルコンがゴールを通過する瞬間の写真がデカデカと載っていた。
サウジカップが開催された時、日本は土曜の深夜……というかもう、日曜の午前2時前だった。おそらく朝刊の印刷には間に合わず、こうして月曜日の分に差し込まれたのだろう。
あるいは、テレビやネットでニュースとして扱われたり、レース直後には速報としてすぐに情報が出回ったのが原因かもなぁ……それでも既に出回っている情報の記事を号外として差し込むあたり、スマートファルコンの2着という結果が世間でも大きいのだと思う。
俺はコーヒーを飲みながら、まずはスマートファルコンの記事に目を通していく。しかしテレビのレース映像で見た以上の情報は載っておらず、俺が知らないことと言えばスマートファルコンが今日にも帰国してくるという話ぐらいだ。
それを見た俺はテレビをつけ、リモコンを操作して今日の番組表を確認する。
「おー……さすがに扱いが違うな」
番組表を見てみると、テレビ局のいくつかがスマートファルコンが空港に降り立つところを生中継するための特番を組んでいることがわかった。
あとは……ん? 今、昨日のフェブラリーステークスに関して番組があるな。ぽちっとな、と。
『……というわけでして、昨日の東京レース場にはなんと20万人を超える観客が集まっていました。レース場に入れなかったファンも含めればその数は25万人とも言われています』
『それってすごいんですか? 去年のジャパンカップや有馬記念は50万人を超えるウマ娘ファンが集まったって聞きましたけど』
『芝のGⅠならそこまで珍しくはないんですよ。ただ、昨日のフェブラリーステークスはダートのGⅠですからね。近年……というか、過去のダートレースを含めてもここまでの人気が出るのは初めてのことです』
そう話すのはスーツを着た中年男性と、若い女性アナウンサーだ。女性アナウンサーが疑問を呈し、中年男性がそれに答えるという形で番組が進んでいるようである。
テレビ局のスタジオでは大きなテレビで昨日のフェブラリーステークスのレース映像が流れているし、説明に使うために用意されたホワイトボードには書き殴ったように『25万人超え!』と書かれていた。
『そうなんですねぇ……やっぱりアレですか? サウジカップで2着になったスマートファルコンさんの影響ですか?』
『
『1着は1000万ドルですもんね……あれ? それもあるってことは、他にも理由があるってことですよね?』
『はい。それがこの……』
そう言いつつ、中年男性が何かを取り出す。ピンクの髪にピンクの勝負服姿の可愛らしいウマ娘をデフォルメしたぬいぐるみ……というか、ウララのぬいぐるみだった。
『ハルウララさんの存在ですね。あ、これは先日発売されたグッズです。私物ですが丁度良いので持ってきました』
『私物』
女性アナウンサーが一瞬真顔になる。そんなもの持ち込んだのかアンタ、みたいな顔だ。
スタジオに置かれていたテレビの画面は昨日のフェブラリーステークスから切り替わり、ウララの姿が映し出された。昨日レースで勝った直後、大喜びで両手を突き上げぴょんぴょんと跳ねていた時の映像である。
『この子がハルウララさんです。昨日のフェブラリーステークスで勝ったことでGⅠ2勝目、これまでの戦績は13戦6勝ですね。6勝の内4つのレースでレコードを記録したことからレコードブレイカーとも呼ばれています』
『うわぁ……可愛い子ですね。勝負服も可愛らしいし、笑顔も可愛くて……まるで
『ええ、実に可愛らしいウマ娘です。でもこの子、強いんですよね』
『そうなんですか? 13戦6勝ってことは、7回は負けてるんですよね?』
女性アナウンサーは不思議そうな顔する。ただ、どこか演技っぽい感じだ。多分だけどウマ娘のレースに詳しくない視聴者向けの演出みたいなものだろう。国民的娯楽といえるウマ娘のレースだけど、当然、興味ない人は興味ないからなぁ。
『ウマ娘のレースは1着以外は負けですから、7回……半分以上が負けというのは珍しくありません。というか、無敗で現役生活を終えるウマ娘なんて少ない数のレースで勝った段階で引退した子がほとんどでして……何勝もした上で現役を退いたウマ娘は近年だとマルゼンスキーさんぐらいですよ』
あとは少し前の世代ならトキノミノルさんやクリフジさんですね、と中年男性は言う。
『そうなんですね……それで、そのハルウララさんは本当に強いんですか?』
『ええ、これを見てください』
そう言って中年男性がホワイトボードに大きな紙を貼る。そこにはウララのこれまでの戦績を細かく記載した情報が載っていた。
『ハルウララさんはメイクデビューでこそ9人中9着でしたが、それはアクシデント……最終直線で先頭に立つ直前、目に大量の砂が入ったことでその順位になりました。しかしそれ以降は毎回着順掲示板に載っている……つまり入着しかしていません。1着6回、3着4回、5着2回です』
『すごい……んですよね? それがハルウララさんの人気の秘訣だと?』
『いえ、違います』
『あ、違うんですか』
女性アナウンサーは肩透かしをくらったような顔になる。
『ハルウララさんは強いというのもありますが、レースでの走り以上に普段の振る舞いが人気なんです。レースを見る人に元気を与える、彼女の笑顔が好きだというファンが非常に多いんですよね』
そう言いつつ、中年男性が何やら手元のリモコンを操作していく。すると、スタジオのテレビ画面が再度切り替わった。
『これ、昨日のフェブラリーステークスでスタートする前……ゲートインする前の映像なんですけど、見てください。観客席のファンに向かって笑顔で手を振っているでしょう?』
『うわぁ……笑顔もそうですけど、仕草も可愛いですね』
『そうなんですよ。でも、ゲートに入ると……』
そう言いつつ、映像が早送りされる。そこにはそれまで笑顔で手を振っていたウララがゲートに入り、一度目を閉じたかと思うと真剣な表情に切り替わるところが映っていた。
『あっ……なんというか、すごい……雰囲気が変わりましたね』
『ええ。普段の無邪気な笑顔も良いんですけど、このギャップが良い、というファンも多いんです。レースには真剣で、でもどこか子どもらしい無邪気さがある。以前はレース中でも笑顔を浮かべていることがあったんですが、こうやって真剣な姿を見ると成長していってるんだなって思うんですよね』
だからこそ、と中年男性は力を込めて言う。
『応援したくなる魅力があるんです。ダートレースを主に走っているウマ娘の中では最も人気がありますし、芝を主に走っているウマ娘を含めても今のシニア級の中ではトップクラスの人気がありますよ。先日発売されたグッズはすぐに完売して現在増産中とのことです』
『すぐに完売……お持ちのそれは?』
『インターネット上で予約できるようになった瞬間、即予約しました。そのあとアクセスが集中して予約サイトが数時間ほどつながらなくなったんですよね。ちょっとしたニュースになったんですが知りませんか?』
え? マジで? それは知らなかったわ。俺は立ちあげていたパソコンで検索をすると、たしかにウララのグッズが即完売していたことがわかった。うーん……グッズの製造メーカーの担当者からは滅茶苦茶売れ行きが良いとは聞いていたけど、ここまでだったのか……。
ちなみにキングも割と売れ行きが良いらしく、初期ロットの6割方が売れてしまったらしい。もうちょっとしたら品薄になる前に増産をかけるようだ。
なお、チームキタルファの3人でグッズが一番売れているのはライスである。これは当然というか仕方ないけど、さすがのウララもGⅠ6勝やら何やらの記録を持つライスには勝てなかった……が、売れ行きの初動では勝っているため、将来的には越す可能性もゼロではない。
グッズが作られるぐらいレースで優れた実績を出しているのに、いざグッズを出したら売れないなんてこともあるらしい。製造メーカーの担当者さんが煤けたような声色で語っていたから、多分本当なんだろう。
俺は集中が妨げられない程度にテレビの音量を落とすと、今度はスポーツ新聞に目を落とす。スマートファルコンの号外は読んだが、本文に目を通していなかったのだ。
『ハルウララ、ダートGⅠ2勝目!』
『シニア級GⅠ一番乗りはハルウララ!』
『スマートファルコン効果か!? 東京レース場に25万人の人出』
そんな見出しやら煽り文やらがデカデカと紙面に飾られている。新聞にはカラー写真でウララがゴールを通過した瞬間、それとウイニングライブを踊る姿が掲載されている。
あとは白黒写真だけど着順発表直後、苦笑している2着のスレーインや3着のミニデイジーに肩を叩かれている写真なんかも掲載されていた。チャンピオンズカップではスレーインに負けたし、今回のフェブラリーステークスは上出来といえる結果だろう。
『今日のレース……ファル子ちゃんが出てたら、わたし、勝てたのかな?』
レース後、そう尋ねてきたウララのことを思い出す。スマートファルコンが出ていたとしても勝っていたと俺は思うが、ウララは心底から納得していたのか、どうなのか。
(帝王賞でリベンジしたいが……どうにもズレた感じがするし、無理矢理にでもこっちから
ただ、仮にサウジカップに出たのは賞金狙いだった場合――言い方は酷くなるが金目当てだった場合、2着の350万ドルがあれば引退してもおかしくはない。
俺が見た感じ、スマートファルコンは金目当てでレースを走っているわけでもなさそうだから、いらない心配だとは思うが……。
(そのあたりは担当トレーナーとどう決めるか、だな)
外野がとやかく言うことでもない。ただ、ウララのライバルだと思っているスマートファルコンに何かあるのなら、出来る限り助けになってあげたいとは思った。
そしてその日の昼休憩。
出前で頼んだ弁当を食べながらテレビでニュースを見ていた俺だったが、朝方見ていた中年男性と女性アナウンサーの二人が昼のニュースでも原稿を読み上げているのを見て、チャンネルを固定する。ウララを褒めてくれたし、しっかりとニュースを聞いておこうと思ったのだ。
だが、急に中年男性の表情が引き締まったかと思うと、これまた真剣な表情で口を開く。
『ここで速報が入ってきました。先日サウジカップに出走したスマートファルコンさんが空港に到着したようです。いったん現場の中継へと回したいと思います』
「お……」
弁当を食べる箸を止め、俺はテレビの音量を上げた。そしてテレビに注目していると、画面が切り替わって空港のロビーが映る。
『ご覧ください。先日サウジカップで2着になったスマートファルコンさんが空港に到着されたとのことで、ここ、羽田空港のロビーには多くの報道陣が集まっております』
現場の男性リポーターがそう話しているが、たしかに多くの報道陣が詰めかけているのか、テレビカメラや記者の姿が画面にも映っていた。
(うーん……2着でもこの扱いか……GⅠでもないのにさすがサウジカップ。世界最高額の賞金がかかったレースは伊達じゃないな)
サウジカップはそれぐらい注目度が高いレースで、なおかつ2着になったのだ。それもクビ差という、
また、スマートファルコンの走りがそうさせたのか、昨日のフェブラリーステークスはかつてないほどの大賑わいだった。だからこそこうして大勢のテレビカメラや記者が集まっているのだろう。
(サウジアラビアから日本までは……16時間ぐらいだっけ? 香港辺りで飛行機を乗り換え飛んでくるだろうから……昨晩はどこかしらで泊まって、朝一の便で帰ってきたのか)
そんなことを考えつつ、俺はキングがバレンタインデーにくれたコーヒー豆で淹れたコーヒーを飲む。そして思わず眉を寄せてしまった。
「ううむ……やっぱりキングが淹れた方が美味いんだよなぁ……」
俺もそこそこ上手にコーヒーを淹れられる方だとは思うが、キングにはどうしても勝てない。あの子、良いところのお嬢さんだしね。なお、キング以上にお嬢さんのはずのライスはコーヒーは淹れられない。苦いから苦手らしい。
『あっ、来ました! スマートファルコンさんの姿が見えました!』
男性リポーターがそう言うと、テレビ画面が一瞬真っ白になるほどカメラのフラッシュが焚かれる。あ、これ目によくないやつや。
そんなことを考える俺だったが、テレビの画面越しでもそんな風に思うというのにスマートファルコンは揺らがない。カメラのフラッシュを全身に浴びながら、にっこりと微笑んで小首を傾げている。
『こんにちは、スマートファルコンです』
(……ん?)
なんか、雰囲気が違うぞ……猫を被ってるだけか?
『ふふっ☆ ファル子って呼んでね?』
と思ったらカメラ目線で何やらポーズを取るスマートファルコン。その姿をカメラに収めようと再びフラッシュが焚かれるが、スマートファルコンは笑顔を浮かべている。
『あのっ! スマートファルコンさん! 少しお話よろしいでしょうか!?』
『もっちろん☆ ファル子のために集まってくれたんだから、いくらでも――って言いたいんですけど☆』
そこまで語ると、スマートファルコンは申し訳なさそうに胸の前で両手を合わせた。
『空港で働く人や利用者に迷惑がかかっちゃうので、少しだけ……ですよ?』
『ありがとうございますっ! では早速ですが、サウジカップで2着を獲られたご感想をお聞かせ願えますか!?』
今一瞬、ピク、とスマートファルコンの眉が動いたような……?
『んー……ファル子、残念。あと少しで勝てると思ったんですけど、ギリギリのところでかわされちゃいました☆ あの差し足、まるでウララちゃんみたいだなって、ビックリしちゃったんですよー☆』
『ウララちゃん……まさかそれは、ハルウララさんのことですか?』
『はーい、そうでーす☆』
そう答えつつ、ポーズを決めるスマートファルコン。今日は私服姿だが、そのポーズも妙に様になっている。
『ファル子が負ける相手がいるとすれば、ウララちゃんだけだと思ってたんですけど……世界は広いなーって☆』
そう言ってにこやかに微笑むスマートファルコン。ずいぶんとまあ、ウララを持ち上げるようなことを言っているが……。
『ハルウララさんと言えば、昨日のフェブラリーステークスで1着を獲られましたよ』
『あ、そうなんですね。ファル子、飛行機の中だったからレースを見れなくて……疲れがあったから、ホテルでもすぐに休んじゃったんですよね。でも、ウララちゃんならきっと勝つって信じてました☆』
スマートファルコンの言葉を聞いて、ウララが友人だと判断したのだろう。記者の一人がウララがフェブラリーステークスで勝ったことを伝えたけど、スマートファルコンの反応は……うーん……やっぱりなんかこう、違和感があるなぁ。
俺はそう思いつつ、テレビを眺める。
『次のレースの展望などはありますか?』
『そうですねー……まずはサウジカップの疲れを取って、そこから、ですねー☆ あ、レースじゃないですけど、路上ライブなんかもやってるんで、良かったらファル子を見に来てねっ☆』
そう言ってテレビカメラに向かって投げキッスをするスマートファルコン。レースの展望に関しては何も言っていないに等しいが……本当、この子どうするつもりだろう。
『出るとしたらやっぱり帝王賞ですか? 先日のフェブラリーステークスでは25万人もの観客が東京レース場に集まりましたが、スマートファルコンさんとハルウララさんが激突するとなるとそれ以上のウマ娘ファンが集まりそうですが』
『へー……25万人』
僅かにスマートファルコンの声が低くなった。しかし表情は変わらず笑顔のままで、質問してきた記者をからかうように微笑む。
『もうっ、記者さんったら☆ 帝王賞が行われる大井レース場だとさすがに25万人は厳しいですよっ☆ でも――ウララちゃんと
『え?』
『ファル子、そう思いますっ☆ あっ、さすがにこれ以上はご迷惑をかけちゃうんで、続きは別の場所でお願いしますねー☆』
そう言うなり、スマートファルコンは笑顔で手を振ってその場を離れていく。たしかに他の空港利用者のことも考えれば、そろそろ限界だろう。
『えー……現場からの中継でした。スタジオへお返しいたします』
スマートファルコンの背中をテレビカメラが追っていたが、現場のリポーターがそう言うなりテレビ画面が切り替わる。そして先ほどまで話をしていた中年男性や女性アナウンサーが映り、それぞれ話を始めた。
『現場からでした。いやぁ、すごい数の報道陣でしたね。世間の注目が集まっているのがよくわかりますよ』
『本当にそうですね。スマートファルコンさんも可愛らしいウマ娘でしたし。ただ……』
女性アナウンサーが言葉尻を濁すように言う。そして視線を彷徨わせるが、それを見た中年男性が首を傾げた。
『どうかしましたか?』
『……いえ、なんでもありません。ファンサービスも熱心にされている方なんですね。それでは次のニュースに――』
そう言って苦笑するようにして次の話題に切り替えた女性アナウンサーの姿に、俺はテレビを切った。
(ウララと勝負する時に、か……ズレた分、向こうから飛びついてきた感じがするが……帝王賞はまだまだ先だ。どうしたもんかな……)
ウララとスマートファルコンの関係も気にかかるが、フェブラリーステークスが終わった以上。トレーナーである俺には注力するべきことがあった。
(キングの大阪杯まであと一ヶ月ちょい……ライスの回復もまだ時間がかかるし、できるのはこれまで通りトレーニングだけか)
中距離以上が苦手なタイキシャトルはともかく、オグリキャップも長期療養で離脱しているのだ。エルコンドルパサーも海外への進出を表明しており、トウカイテイオーやメジロマックイーンといった面々はドリームシリーズに進むと言っている。
それでもまだまだ多くのライバルがいるため、油断することなど到底できない。
俺は止めていた食事を再開しながら、大阪杯までのキングのトレーニングプランの再検討を始めるのだった。