リィンカーネーションダービー ‐新人トレーナーがんばる‐ 作:烏賊メンコ
3月最後の日曜日。
この日は阪神レース場において、第11レースとして大阪杯が行われる日だ。芝2000メートルのGⅠレースにして、春のシニア三冠の出発点に当たるレースである。
去年ライスが挑み、そしてトウカイテイオーとメジロマックイーンに敗れたレースでもある。
『ごめ……なさっ……おにい、さま……ライス、勝てなかった……勝てなかったよぉ……ライス、チームキタルファの、リーダーなのに……』
そう言って、ライスが涙を流してもう一年の時が過ぎたのか、なんて思う。
俺はトレーナーとして2年目だが、今年度担当ウマ娘を走らせるのは大阪杯が最後のレースだ。もうじき新しい年度が訪れ、俺もトレーナーとして3年目になる。
来年の今頃も、こうして大阪杯に挑んでいるのだろうか。それともキングを別のレースに出しているのだろうか、なんて思う。
前日から現地入りし、キングを休ませつつ調子を見ているが絶好調と言える。仕上がりも万全で、ライスとの併走ができないためスタミナの伸びは大きくないが、ウララと併走させたことでスピードはしっかりと鍛えられていると言って良いだろう。
あとは本番のレースを走らせ、どんな結果が出るかを待つぐらいしか俺にできることはない。
ただ一つ、予想外なことがあった。
(ミークが大阪杯じゃなくて高松宮記念に出るとはなぁ……)
全距離走れるミークが、大阪杯を回避して高松宮記念に出るというのだ。いや、高松宮記念もGⅠだし、大阪杯を回避っていうのもおかしな話か。故障していない有力ウマ娘の多くが大阪杯を狙うと判断し、高松宮記念を狙ったのだろう。
その証拠に、というべきか。春のシニア三冠の出発点にも拘わらず大阪杯はフルゲート16人に満たず、出走するのは12人だ。逆に高松宮記念は出走するのがフルゲート18人……というか、出走を希望するウマ娘が多すぎて何十人も
また、3月後半に行われる他の重賞……GⅡの阪神大賞典や日経賞に挑むウマ娘が多く、大阪杯を回避しようと考えるトレーナーやウマ娘が多かったようだ。
そう判断するのもおかしくない、仕方ないと思える面子が揃って大阪杯に出る。しかし、先日届いた出走表を見た俺は口の端が吊り上がるのを止められなかった。
(まさか、本当に出てくるとはな……)
元々警戒していた有力ウマ娘に加え、俺としては油断できないウマ娘の名前が二人、出走表にあったのだ。
アンチェンジングと、リボンマズルカ。
同期が育てているウマ娘で、かつてはライスの担当を引き受けて一ヶ月程度の時期に開催した模擬レースでも走った子達だ。
二ヶ月ほど前に同期の重賞勝利を祝って飲み会をしたが、その時の主賓とも言えるトレーナー達が育てたウマ娘――すなわち、重賞を勝ったウマ娘である。
アンチェンジングはGⅢの中山金杯を、リボンマズルカはGⅢの愛知杯で1着を獲ったウマ娘なのだ。
加えて、大阪杯ではないが高松宮記念にはユイイツムニとブリッジコンプが出る。更にGⅡの阪神大賞典にインペリアルタリスが、同じくGⅡの日経賞にはソールドアウトが出走表に名を連ねていた。
つまり、3月後半に行われる各レースでは俺も含めて同期達若手トレーナーで殴り合うことになる。先輩方のウマ娘が勝つのか、有力チームのウマ娘が勝つのか、俺達若手トレーナーのウマ娘が勝つのか。
「あなたがそんな顔をするなんて珍しいわね」
阪神レース場に向かう道すがら、俺の顔を見たキングがからかうようにそんな言葉をかけてくる。それを聞いた俺は、思わず笑みを深めてしまった。
「そうかい? いや、そうかもな……普段から同期連中とはうちのウマ娘が強い、うちのウマ娘の方が可愛い、なんて煽り合ってるもんで、こうして公式戦でぶつかるとなると……うん、滾ってくるものがあるわ」
走るのはキングで、レース中に俺にできるのは見守ること、応援することだけだ。しかし、ウララ風に言えばワクワクする気持ちが湧いてくる。
「……強いかどうかはともかく、可愛いかどうかでも張り合ってるの?」
「もちろんだ。1月にやった飲み会でもお互い散々自慢し合ったからな。俺のキングの方が強いし可愛いって」
あれ? あの時は可愛いって言ったのウララだったっけ? でもまあ、キングもウララに負けず劣らず可愛いし、嘘じゃないな、うん。
「最強のステイヤーはライスで、最強のスプリンターはキングだって宣言しといた」
「…………」
「でもまあ、今日の大阪杯は中距離だ。油断せず、キングは中距離でも強いってところを見せてやらないとな……キング?」
キングから返事がないため視線を向けて見ると、キングは何やら顔を赤くしてそっぽを向いていた。
「……おばか」
そして、キングに尻尾でふとももを叩かれる。俺がそれに首を傾げていると、隣にいたライスからも尻尾で太ももを叩かれたのだった。
阪神レース場に到着した俺達は、入場を済ませてキングを控室へと送る。そしてパドックへ足を向けると、遠目に同期のトレーナーがいるのが見えた。
向こうも俺に気付いたのか、視線がぶつかる。普段なら気軽に声の一つもかけにいくところだが、今日は敵同士だ。
それでも距離がある状態でお互いに笑い合うと、俺はパドックの最前列へと向かう。この場にいるトレーナーは俺や同期だけじゃない。チームスピカの先輩やチームカノープスの先輩、他の先輩トレーナーもいる。
お互いに認識しつつも、声はかけずに視線をぶつけ合うだけだ。スピカの先輩だけは軽く笑って手を振ってきたため、一礼を返しておくけど。
そうやってパドックで待つことしばし。お披露目が始まってウマ娘達が姿を見せる。
『2枠2番、ナイスネイチャ』
内枠の枠番として姿を見せたのは、ナイスネイチャだ。キングの、というより元々はライスのライバルの一人だが、今年もシニア級として走るらしい。
ナイスネイチャは今年でシニア級3年目……つまり、ウマ娘としては現役5年目になる。それだけ長く走れる体の頑丈さがあり、第一線で走り続ける実力は警戒の対象だ。
今年に入ってからは1戦しているが、1月後半のアメリカンジョッキークラブカップに出て7着と着外に終わっている。しかしパドックに出てきたナイスネイチャの体付きを確認した俺は、思わず眉を寄せていた。
(良い仕上がりだ……気合いも十分。調子は良さそうだな)
ナイスネイチャの怖いところは、仮に着外になっても大崩れはしないところだろう。それでいてマークを外せばするりと上位に食い込んでいるような、そんな怖さがある。
『3枠3番、リボンマズルカ』
続いて出てきたのは同期が育てているリボンマズルカだ。栗毛で外にくるっとはねたショートボブで、勝負服は水色と緑色が基調になっている。肩出し、へそ出しの緑色のトップスに、水色の短い上着とミニスカート。そこに足を覆い隠すような緑色のタイツ。
(調子は良さそうだな。仕上がりは……タイツで隠れてて足がチェックできねぇ……)
むぅ、と俺は声を漏らす。足回りのチェックができないが、雰囲気だけで判断するならしっかりと仕上がっている感じがする。GⅠに出てくる重賞ウマ娘だ。油断はできない。
『5枠5番、ビワハヤヒデ』
そして、次にチェックしたのはビワハヤヒデだ。
(……こいつは、なんとも……)
パドックに出てきたビワハヤヒデを見た俺は、思わず内心だけで呟く。
今のところGⅠでの勝利はない――が、この子を警戒し続けているのは、その恵まれた体格があるからだ。
GⅠでの勝利はないものの、GⅡで2勝してレコードも記録している。仮に違う年度にデビューしていたならば、間違いなくその年度で一、二を争っていたはずだ。
妹のナリタブライアンが下の世代で猛威を奮っているように、この子もまた、ナリタブライアンに劣らない実力と才能があると俺は思っている。
そして今日のビワハヤヒデは、明らかに調子が良さそうだった。仕上がりも万全……というか、また更に体が大きくなっているような……? 髪がうねるように広がってるから、そう見えるだけか?
『5枠6番、キングヘイロー』
続いて出てきたのはキングだ。それと同時に、観客からは歓声と僅かな疑問の声が上がる。
「出走表で知ってはいたけど、今度は中距離のGⅠに出てきたのか……」
「短距離とマイルのGⅠで勝ったし、高松宮記念に出ると思ったんだけどなぁ」
「でも中距離のGⅠで勝てば、全距離でのGⅠ勝利に王手だぞ? キングヘイローならやってくれるんじゃないか?」
「なんかグッズの一部が販売前に出回ってたって噂を聞いたけど、なんで?」
パドックに出てきたキングは普段通り、凛とした表情で観客席を見ている。そこにあるのは自信と決意だ。
去年、ライスが獲れなかった大阪杯を獲るという決意が表情に溢れている。
「キングちゃん……」
それを感じ取ったのか、ライスが困ったような、嬉しそうな呟きを漏らす。ライスにとって、キングは可愛い後輩で弟子みたいなものだ。今はライスが療養中で一緒に走ることができないが、キングがチームに加わって半年間、毎日のように一緒に走ってきた。
そうして成長していくキングを見ていたからこそ、ライスもゆくゆくは育成の道に進みたいと考えたのだろう。
『6枠7番、スペシャルウィーク』
続いて出てきたのは、スペシャルウィークだ。こうして生で見るのは久しぶりだが、ビワハヤヒデと同じように一回り大きくなったように感じる。身長などはほとんど変わっていないものの、雰囲気がより強く、鋭くなっているのだ。
(なんだかんだでもう、シニア級になったんだ……そりゃ強くなるし大きくもなるか)
キングもそうだが、トレセン学園に入ってあと少しで二年になる。その間トレーニングに励み、レースに挑んできたんだ。
それもスペシャルウィークはGⅠに挑み続けた、トレセン学園の中でもトップクラスのウマ娘である。なおかつ、調べた限りではスペシャルウィークはこれまで一度も故障をしていない。
(いや……キングはマイルチャンピオンシップで無理をしたからな。頑丈さじゃ向こうが上か)
頑丈さというのは、ウマ娘にとって重要な才能の一つだ。いや、あるいは最も重要な才能と言えるかもしれない。
単純な話だ。故障しなければ、その分トレーニングを積めるしレースに挑める。しかし故障が頻発すれば療養とリハビリで時間を多く取られる。
まあ、世の中には長期療養が必要になるような故障が発生したにも拘わらず、復帰戦でGⅠ勝利を搔っ攫っていくウマ娘もいるけど。というかトウカイテイオーなんだけど。やっぱりスピカの先輩ぶっ飛んでるわ。
そして、スペシャルウィークはそんなスピカの先輩が鍛え上げているウマ娘だ。
『6枠8番、セイウンスカイ』
去年の菊花賞ウマ娘にして、ワールドレコードを記録したウマ娘である。ただ、相変わらず読みにくい、とぼけた表情で観客席に向かって手を振っている。
(この子は相変わらず調子が読みにくいな……仕上がりは良さそうなんだが……)
体付きを見る限り、仕上がりは良いだろう。ただし表情からは調子が読みにくい。悪くはない、と思うんだが。
『7枠9番、アンチェンジング』
次に確認したのは同期が育てているアンチェンジングだ。背中まで真っすぐ伸びる芦毛の髪に、顔の左右に垂れる二つ結び。勝負服は……あれ? リボンマズルカに似てるな。トップスやタイツが黒色ってだけで、上着やスカートは水色でデザインがそっくりだ。同じデザイナーが作ったんだろうか?
勝負服はともかく、外見はどことなくメジロマックイーンに似ている気がしないでもない。ただ、さすがに強さの雰囲気はメジロマックイーンには及ばない。それでもアンチェンジングも重賞ウマ娘として相応しい風格がある。
(この子も仕上がりはばっちりって感じだな……タイツで足が見れないのが残念だ。リボンマズルカといい、まさかこうして観察されるのを防ぐために穿かせてるのか? カノープスの先輩みたいな手を打ってきやがる……)
『7枠10番、ツインターボ』
俺がそんなことを考えていたら、次に出てきたのが件のチームカノープスのメンバー、ツインターボである。相変わらず走るのに向いていなさそうな勝負服だが、この子、強い時は強いんだよな……。
でも最近のレースだと途中でエンジンが故障してるし、トウカイテイオーに勝ったのはフロックだったのか?
なんて考えていたら、ツインターボがこっちを見て目を丸くしていた。いや、俺じゃなくてライスを見ている。
「あ、あれ……ライスシャワー、なんでそこにいるの? ターボ、これからレースだよ? ライスシャワーとテイオーに勝つために、トレーニングしてきたんだけど……」
「えっ……」
ライスがビックリしたような、というか予想外のことを言われたような顔になる。いやうん、俺も多分、同じ顔をしてるわ。
「はいはーい、ごめんなさいねー。今日のレースにトウカイテイオーとライスシャワーは出ないってあの子に言ってたのに、聞いてなかったみたいでさー」
と、先にお披露目を終えたナイスネイチャが近くに寄ってきてそんなことを言う。その顔が苦笑に染まっているのは、ツインターボの言動に対してだろう。
ナイスネイチャはライスに視線を向けると、その表情をどこか寂しそうなものに変える。
「でも残念。アタシもさ、テイオーやライス、それにマックイーンとまた走りたかったよ」
「ネイチャさん……」
「アタシじゃドリームシリーズに出られるかわかんないしねー。でもまっ、
そう話すナイスネイチャに、ライスは何と返せば良いかわからないみたいだ。そしてお披露目をしていたツインターボは、周囲をキョロキョロと見回してから胸を張る。
「よしっ、決めたっ! ターボ、ライスシャワーの代わりにキングヘイローに勝つ! そしたら次はライスシャワーだからねっ!」
どうやらライスの代わりにキングに目を付けたらしい。なんとも言えないツインターボの言動に、俺は苦笑を浮かべるしかなかった。
『8枠11番、マチカネタンホイザ』
更に続いて、チームカノープスから3人目の出走である。というか、GⅠに毎回のように二、三人出走させてくるカノープスの先輩の考えが読めないし怖い。あと、GⅠじゃなくても普通にメンバー全員を被らせて出したりするのが怖い。
マチカネタンホイザ自体は……うん、仕上がりは良さそうだ。ただ、調子は普通って感じだな。先ほどのツインターボの声が聞こえていたのか、慌てた様子で頭を下げている。
『8枠12番、ナリタタイシン』
最後に出てきたのはナリタタイシンだ。そしてその姿を確認した俺は、小さく眉を寄せる。
(去年の後半のレースと比べると仕上がりが良い……ただ、どこまで伸びてくるか……)
何があったのか、ナリタタイシンは持ち直したようだ。しかし仕上がり自体は良さそうに見えるものの、どこまで
何故なら、ナリタタイシンも足が隠れる勝負服を着ているからである。ただし、左足はダメージジーンズでほとんど見えないが、右足は露出しているためほぼ見える。そのためじっと見つめてみるが、片足だけの仕上がりだとなんとも見当がつけがたい。
右足の筋肉の発達から判断し、左足も相応に筋肉が発達しているのなら去年とは比べ物にならない走りを見せそうだ。ただ、本人のやる気がどこまで復調しているか次第である。
「トレーナー、ライス先輩」
そうやって出走するウマ娘を全員確認し終えると、キングが傍に近付いてくる。
「ライス先輩を真似るわけじゃないけど、今日の対戦相手は誰が一番手強そうかしら? ウララさんは……勘でいいわ」
そんな問いかけを投げられ、俺とライスは顔を見合わせた。
「パルフェちゃん!」
「オイシイパルフェはどうだろうな……1枠1番だけど……」
笑顔で手を挙げるウララに、俺は思わずツッコミを入れる。するとウララは首を傾げながら指で頭をつつく。
「うーん……なんかねー、スペちゃんとハヤヒデちゃんがこわい……かも?」
それはウララの勘か、あるいは今しがたパドックで見てそう思ったのか。
「同感だな。仮にライスがレースに出てたとして、マークさせるならその二人のどっちかだ……まあ、ライスならマークせずに先行で勝ち切るとは思うけど」
「ライスもその二人……かな? ネイチャさんも怖いけど……」
ライスがそう言うと、距離があったにも拘わらず会話が聞こえたのか、ナイスネイチャが嫌そうな顔をする。『アタシ、ライスにマークされるようなウマ娘じゃないよ』なんて言ってるけど……一昨年の有馬記念でしっかりとマークしたんだよなぁ。
「そう……それならその三人を特に警戒して走るわ」
「パルフェちゃんは?」
「……その四人を警戒して走るわ」
ウララの言葉に、仕方ないと言わんばかりに答えるキング。だが、ウララとのやり取りで肩の力が抜けたのか、柔らかく微笑んでから踵を返す。
「それじゃあ行ってくるわね」
「ああ、応援してるからな」
「がんばってね、キングちゃん!」
「キングちゃんなら勝てるからねっ!」
俺やウララ、ライスの声援に軽く右手を上げ、キングはコースへ向かうのだった。
『春の暖かな陽気が心地良い阪神レース場。これから始まりますのは第11レース、芝のGⅠ2000メートル、大阪杯。バ場状態は良の発表となっております』
『本日のメインレースにして春のシニア三冠の出発点となるレースがとうとう始まりますね。去年はTMRが激突し、トウカイテイオーが勝利したレースでもあります』
ファンファーレが阪神レース場に鳴り響き、実況と解説の男性がそれぞれ言葉を交わす。
こうして大阪杯を観客席から見るのは二度目だ。だが、今年は去年以上に盛り上がっている気がする。
『3枠3番、リボンマズルカ。9番人気です』
『1月に行われた中山金杯で1着になったウマ娘ですね。強烈な差し足が特徴ですが、本日の出走メンバー相手にどこまで伸びることができるのか……注目したいと思います』
奇数番号からゲートインが始まり、リボンマズルカがゲートに入る。続いてゲートに入るのはビワハヤヒデだ。
『5枠5番、ビワハヤヒデ。4番人気です』
『黄金世代の一人が大阪杯に出てきました。ただ、他の黄金世代は故障や別のレースに出ている子が多いので今回はビワハヤヒデ含めて4人だけなんですよね……黄金世代同士の激突はワクワクしますね』
本当にそう思っているのだろう。弾むような声で解説の男性が語る。
『6枠7番、スペシャルウィーク。1番人気です』
『黄金世代の一人にして去年のダービーウマ娘です。うーん……良い仕上がりですねぇ……見てください、あのトモ。パドックでも見ましたが、調子も良さそうで期待が持てますよ』
この解説の男性、さてはスピカの先輩と同類だな?
『7枠9番、アンチェンジング。8番人気です』
『1月に行われた愛知杯で1着を獲った子ですね。この子の追い込みは相当伸びますし、期待が持てます』
重賞で勝ってはいるが、リボンマズルカといいアンチェンジングといい、同期のウマ娘の人気がやや低めだ。いや、他のウマ娘も重賞で勝ってるし、むしろ高いぐらいか?
『8枠11番、マチカネタンホイザ。7番人気です』
『チームカノープスのメンバーですが、安定した強さがあります。今回のレースは半数がシニア級に上がったばかりですし、シニア級として去年も走った身として経験の違いを見せつけたいところですね』
経験の差というのは、たしかに厄介だ。それを覆せるだけのポテンシャルがあれば話は別だけど、ないよりもあった方が当然良い。
『2枠2番、ナイスネイチャ。3番人気です』
『この子もチームカノープスのメンバーですが、マチカネタンホイザより更に安定感があるウマ娘ですね。シニア級3年目ですし、TMRとも渡り合ってきた実力者です。今日はどんなレースをするんでしょうねぇ……』
長い間シニア級で走ってきたこともあり、ナイスネイチャの人気は高い。観客席から声援が飛び、ナイスネイチャは慣れた様子で『どもー』なんて言いながらゲートに入る。
『5枠6番、キングヘイロー。2番人気です』
『黄金世代の一人ですが、中距離の日本ダービーで勝ったスペシャルウィークに1番人気を譲る形になりました。ただ、菊花賞でも3着とスタミナは十分ですし、短距離やマイルのGⅠで勝つスピードもあります。今日の優勝候補の一人ですね』
キングは紹介されると共に観客席に向かってスカートの裾を摘まみながら一礼する。その姿に大きな歓声が飛ぶが、菊花賞やマイルチャンピオンシップの時と比べればブーイングもそんなにない。
『6枠8番、セイウンスカイ。5番人気です』
『黄金世代が続きます。去年の菊花賞ウマ娘にして世界レコードを記録した逃げウマ娘です。あの走りを見せることができれば上位入賞も余裕と思われますが、どうなるのか……』
菊花賞で勝ったにも拘わらず、人気はビワハヤヒデに譲る形になっている。おそらくはジャパンカップや有馬記念で着外になったのが影響しているのだろう。それでも5番人気に推されるあたり、世界レコードという
『7枠10番、ツインターボ。6番人気です』
『チームカノープスから3人目の出走です。今日のターボエンジンはどんな調子なのか……この子はこれに尽きます』
すげえ、断言した。俺も同じ意見だけど、解説がそれで良いんだろうか……いや、観客はツインターボが出てきただけで大喜びだし、これで良いのか……。
『8枠12番、ナリタタイシン。10番人気です』
『最後はナリタタイシンですね。追い込みを得意とするウマ娘ですが、去年の後半のレースではピリッとしませんでした。しかし調子は良さそうですし、今日のレースに期待しましょう』
実況と解説の男性がそう話し、徐々に阪神レース場が静まり返っていく。
波が引くようにして音が消えていき、そして数秒の無音が訪れ――。
『各ウマ娘、ゲートイン完了。スタートしました』
バタン、という音と共にゲートが開き、今年の春のシニア三冠を目指す第一戦目がスタートしたのだった。