リィンカーネーションダービー ‐新人トレーナーがんばる‐ 作:烏賊メンコ
2着で終わったキングの大阪杯。
ほんの僅か、レース展開が違えばキングが勝っていた
大きな差で負けたというのなら、悔しさと怒りで奮起できる。しかし本当に些細な、あと一歩の差で負けたこの形容し難い悔しさ。
当のキングは、レース後に悔しさを滲ませながらも不敵に笑った。そして『負けたのなら更に上を目指して強くなれるでしょう?』と、俺の背中を叩いてくれた。
次のレースは4月後半にある春の天皇賞だ。そっちは3200メートルと、トゥインクルシリーズのGⅠレースでは最長の距離になる。
ライスもそろそろ本格的にトレーニングを再開することができるが、三ヶ月にも渡る療養で落ちた体力はどれほどのものか。まずはそれを確認し、鍛え直すところから始めなければならない。
つまり、スタミナが必要となる春の天皇賞に関しては、これまで通り俺が作ったトレーニングメニューだけでキングを鍛えていくことになるのだが……。
(スタミナは以前よりついてるし、3000メートルの菊花賞の時よりも楽に走れるだろうけど……他のライバル娘もスタミナをつけてるだろうから……)
キングのトレーニングに関してああじゃないこうじゃないと考えつつ、俺はトレセン学園へ通勤する。
季節は春。4月に入ったことで新年度を迎え、新しくウマ娘や新人のトレーナーが入ってくる時期だ。
俺も今年度で3年目。そろそろ新人トレーナーの肩書も返上する時期と言える……でもまだ一から最後まで、ウマ娘をきちんと引退まで育て上げてないしなぁ、なんて思う。
そうやって考え事をしながら歩いていると、トレセン学園の正門から入って少し進んだところに人だかりができていた。何事かと思って視線を向けてみると、そこにあったのは一つの看板である。
『チームスピカ 入部しない奴はダートに埋めるぞ』
そんな文字と共に、ダートらしき地面に頭から腰あたりまで突き刺さった4人のウマ娘のカラー写真がそこにはあった。
どうやらチームスピカへ勧誘するためのポスターらしいが、腰から下、ほぼ両足だけがダートから突き出たその光景はどう見ても某推理小説の映画のアレにしか見えない。
(いぬが……いや、この足の筋肉は……ゴルシちゃんとトウカイテイオー、メジロマックイーンにスペシャルウィークか……)
地面から突き出た尻尾の毛色から判断しても間違いないだろう。というかGⅠウマ娘が揃って何やってんだ。このポスターの発案者は誰だ。ゴルシちゃんだろうけど、スピカの先輩はゴーサイン出したのか? 相変わらずぶっ飛んでるわ。
ただ、インパクトはある。これで入部したいって思えるウマ娘がいるかは微妙なところだろうけど、少なくとも記憶には残るに違いない。
(いや待て……あの先輩がゴーサインを出したのなら、このポスターはウマ娘に響く何かがあるってことじゃないか?)
そう考えた俺はポスターをじっと見つめる。
でも駄目だ。俺の目にはゴルシちゃん達がダートに埋まっているようにしか見えない。このポスターがどんなウマ娘を求めてのものなのか、俺には皆目見当もつかなかった。というかこれ、下手したら窒息するやつじゃない?
(チームメンバーの募集か……うーん、うちも募集しなきゃいけないんだよな……)
理事長とたづなさんから無理に募集しなくても良いって言われてるけど、ウララとキングがシニア級になり、ライスはシニア級を卒業してドリームシリーズに進む。
今年のクラシック戦線に参加するウマ娘は当然チームにいないし、新人を確保しなかったらジュニア級に挑む子すらいないということになる。
一度もチームの最低人数である5人まで到達してないし、できれば2人、少なくとも1人ぐらいは新しいチームメンバーを募集するべきだろうか……。
(仕事にも慣れたし、ライスがサポートに回ってくれるようになれば手は空く……よな? 誰か良さそうな子がいたらチームに誘ってみるか?)
4月中はチームメンバーの募集だったり、チームを持たないトレーナーが担当ウマ娘を増やすために模擬レースやチームの選抜レースが行われる。うちもチームの選抜レースを開いたり、他所のレースを観戦してこれはと思うウマ娘をスカウトしても良いだろう。
(でも、ウララとキングは今年が一番大事な年だし……いやいや、そう言ってたら結局一人もスカウトせずに終わっちまう……ライスの錆落としを兼ねて新人を鍛えさせてみるのもありっちゃあり……か?)
そんなことを考えながら、俺はチームスピカの看板から目を逸らす。
だけどまあ、チームメンバーの募集をどうするかを決めるより先に、やるべきことが俺にはあった。
今は新年度――つまり、恒例の人事面談が俺を待っているのである。
「感謝ッ! 忙しい中にすまないっ!」
「お疲れ様です、トレーナーさん」
部室に荷物を置き、始業時間になったら俺は理事長室へと向かう。そしてノックして入室すると、新年度ということで俺より忙しいであろう理事長に労われてしまった。
「即行ッ! では早速、人事評価に移りたいと思うっ! たづなっ!」
「はい。それではトレーナーさん、あなたの昨年度の人事評価に関してです」
応接用のソファーを勧められ、一礼してから座った俺はたづなさんが差し出した書類を受け取る。なんだかんだで3年目。こうしたやり取りにも慣れてしまった俺がいた。
(……ん?)
だが、受け取った人事評価の書類を見た俺は目を丸くする。そしてそのまま丸くなった目を理事長へ向けると、理事長はにっこりと笑って両腕で頭の上に丸を作った。
「花丸ッ! 昨年度の評価は文句なしっ! 満点っ!」
「えっ……いや、トレーナーの評価にもビックリですけど、チームとしての評価も満点になってるんですが……」
あれ? チームメンバーが足りないから満点にはならないんじゃなかったの?
今回の人事面談に関しては、昨年度一年間の働きに関して評価がされている。
トレーナー個人としては、昨年度前半はともかく後半から終盤にかけて残業の時間が減っていることから改善の意思があり、きちんと改善に向かっているという評価で減点を食らわず、100点満点になっていた。
そしてチームを率いるトレーナーとしても100点満点になっている。今のところチームメンバーは3人だし、最大でも80点だと思っていたんだけど……。
そんな俺の疑問に、たづなさんが苦笑を浮かべる。
「トレーナーさん、昨年度一年間のチーム成績はどうでしたか?」
「えーっと……18戦13勝…‥ですね」
「負けた際の内容は?」
「2着1回、3着4回です」
答えながら、おや? と俺は思う。振り返ってみれば、なんかとんでもないことになってるぞ。
「勝率約72%、入着率100%……入着率と言いつつ、昨年度はレースに出ればウイニングライブに必ず出ていましたよね」
そう言われて、俺は記憶を探る。
ウララは昨年度、7戦5勝だ。
端午ステークスで1着。
青竜ステークスで1着。
ユニコーンステークスで1着。
ジャパンダートダービーで3着。
JBCスプリントで1着。
チャンピオンズカップで3着。
フェブラリーステークスで1着。
ライスは6戦5勝で。
天皇賞春で1着。
目黒記念で1着。
宝塚記念で3着。
秋の天皇賞で1着。
ジャパンカップで1着。
有馬記念で1着。
キングは途中加入だけど5戦3勝だ。
CBC賞で1着。
スプリンターズステークスで1着。
菊花賞で3着。
マイルチャンピオンシップで1着。
大阪杯で2着。
チームとして見ると、GⅠ8勝、GⅡ1勝、GⅢ2勝、オープン戦2勝。負けたのはGⅠで5敗だ。
(……あれ? やっぱり振り返ってみるとなんかとんでもないことになってないか?)
もっと負けてた気がするけど、昨年度じゃなくて昨年3月までの負け分だった。つまり昨年度じゃなくて、更にその前の年度の話になるのだ。
「チームメンバーが足りないのでその分を減点するとしても、さすがにこれだけの好成績を残して加点がない、というわけにもいきません」
だからチームとしても満点です、とたづなさんが微笑む。そして理事長も何やら手に持っていた扇子を広げたかと思うと、扇子の表面に『偉業』という二文字が描かれているのが見えた。
「偉業ッ! 昨年度のトレセン学園における全チームでトップの勝率っ! それに一年間の入着率100%もまさに偉業っ!」
「中にはチームメンバーが減ってしまって、1人しかいないウマ娘がメイクデビューで勝ったものの故障してそのまま引退。結果として勝率100%……なんてチームもありましたが、さすがにそれらのチームは除外しています」
待って、俺としてはそのチームの方が気になるんだけど……あとそれらってことはそういうチームが複数あるってことですよね?
「トレーナーさん、昨年末の人事評価で無理にチームメンバーを増やす必要はない、というお話をしたのを覚えていますか?」
「え、ええ……もちろんです」
俺は目を白黒させながら頷く。すると、たづなさんは苦笑しながら俺が手に持っている人事評価の書類を指さした。
「チームメンバーの数は足りませんが、チームとしての実績はとんでもないことになっていますから……昨年度だけでGⅠ8勝を挙げるようなチームなので、仮に既定の最低人数である5人を一度も満たしていない、なんて批判されても実績が物を言う世界ですし問題はないと判断しました」
それで良いのだろうか……いや、理事長やたづなさんが大丈夫って言うのなら大丈夫なんだろうけど……。
「前回の人事面談でもお話しましたけど、もちろん、トレーナーさんが新しいチームメンバーを増やしたいのならこちらは止めません。むしろ大歓迎です。ただ、増やし過ぎて潰れられると困る……それがトレセン学園上層部の意向です」
間違いなく褒められている。でも、どうにも実感が湧かない。成績だけ見ればとんでもないことになってるけど、それはウララにライス、キングが頑張ってくれたからこそ達成できたことだ。
目の前のレースに向かって必死にあの子達と頑張って、振り返ってみたらなんかとんでもないことになってるなぁ、なんて。
もちろん、俺の功績がゼロである、なんてことは言わないし思わない。そこまでいくと謙遜を通り越して嫌味……いや、嫌味すら通り越してただのアホである。
ただ、俺はすごいんだ、誰にも真似できない結果を残したんだ、なんて胸を張って調子に乗れるかというと、そんなに若くない。
いやうん、胸を張るだけならできるか。ウララ達と頑張ってこれだけの成果を残したと、俺は胸を張って言える。あの子達と、いや、あの子達と一緒だからこそ、ここまでの成果を出せたんだと声を大にして叫べる。
かといって調子に乗るぐらい鼻高々になれるかというと、調子に乗った途端足をすくわれそうで怖い。驕り高ぶるぐらいなら、謙虚にウララ達と『やったぜ!』ってハイタッチしながらお祝いして笑い合いたい。
人生、上手くいくと落とし穴が待っているんじゃないか、なんて考えてしまうのは俺が悲観的なだけだろうか? 落とし穴がないか棒で地面を叩きながら進むぐらいで丁度良いと思うんだが。
俺がそんなことを考えていると、理事長がキラキラとした眼差しを向けてくる。
「確認ッ! チームメンバーを増やさなくて良いとは言ったが、君はチームメンバーを
「それは……そうですね……」
ここ最近、他所のウマ娘を見てこの子いいな、育てたいな、なんて思うことが増えてきたような気がする。ただ、それはある程度育っている状態だからそう思うのか、相性が良さそうだからそう思うのか、微妙に判別が付きづらい。
たとえば先日話をしたビワハヤヒデなんかは、是非とも育ててみたい。キングに勝った加速力を見れば、大抵のトレーナーはそう思うだろう。
あとは芝とダートを問わず走れて、なおかつ全距離走れるというぶっちぎりの才能を持つミーク。それにチームリギルのグラスワンダーも育ててみたいなって思ったし、スピカの先輩が認めてくれるならゴルシちゃんやサイレンススズカも育ててみたい。
ただやっぱり、それは
「増やしたいとは思うんですが、それって他所のチームやトレーナーが担当しているウマ娘ばっかりなんですよね」
「困窮ッ! 担当がついているウマ娘を横から掻っ攫うのはさすがに禁止っ! ……本当にダメだからな? ダメだぞ?」
「わかってます。そうなると今年度の新入生を見て、育てたいって思える子がいれば育てるかもしれません」
俺が苦笑しながら言うと、たづなさんが小さく微笑む。
「今年度入学してきた子達の中にも大成しそうな子が何人かいますからね。さすがに今のシニア級ほど大量ってわけじゃないですけど……」
「たづなさんの目利きなら間違いなさそうですね。あとはその子がうちのチームに入りたいって思ってくれるか、そして上手いこと出会えるか、ですか」
そう言いながら、俺はふと思う。
ウララは俺がトレーナーになりたてで誰も担当ウマ娘になってくれない時に、偶然出会ったのがきっかけだ。
ライスは夜更けに偶然、曲がり角でぶつかったのがきっかけだ。
キングは雨の降る夜更けに無理な自主トレーニングをしていることに偶然気付いたのがきっかけだ。
我ながら、偶然出会ったウマ娘を担当にしているばかりである。そうなるとまた偶然の出会いに期待するか、あるいは自分から動くか。いや、期待してたら偶然の出会いじゃないのか。そうなると自分から動いた方が良さそうな気もする。
(というか、前途有望そうなウマ娘ならすぐにトレーナーから声がかかるよな……とりあえず模擬レースとか他所のチームの選抜レースは覗きに行くか……)
チームキタルファとして選抜レースを開催してもいいんだけど、選抜レースを開催したものの誰一人チームに入れませんでした、なんてことになったら選抜レースに出てくれた子達に申し訳ない。
逆に育てたい子が何人も見つかるかもしれないけど、それはそれで俺がパンクする。一人か、多くて二人。それが今の俺の限界値だろう。まあ、仮に見つかったとしても、ウララ達との相性なんかも考慮すると即断はできないが。
チームリギルの東条さんみたいに、選抜レースで勝ち抜いたウマ娘を自分との相性関係なく育てる、みたいなことができればいいんだろうけど、俺は東条さんほど育成ノウハウがない。
相性が悪いウマ娘だと……どうだろう。俺はきちんと育てることができるんだろうか? 昔ならいざ知らず、今ならよっぽど癖が強い子じゃない限り育てられる……と思いたい。
「仮にチームに新しいメンバーを入れるとしても、無理はしないでくださいね? 約束ですよ?」
最後はどこか心配そうなたづなさんのその言葉で、人事面談が終わるのだった。
なお、余談ではあるが昨年度の実績に合わせて給料も上がっていた。やったぜ。
そんなこんなで、放課後のウララ達のトレーニングに他所の模擬レースや選抜レースをチェックする、なんて作業が加わった俺である。
ようやく復帰できたライスに無茶しない程度にウララとキングの簡単な指導を任せつつ、時間を見つけてはあちらこちらの練習用コースに足を運ぶ。
ウララの次のレースは帝王賞の場合、まだまだ時間がある。しかしキングの春の天皇賞は4月後半のため、トレーニングで手を抜くわけにもいかない。
それでも新しくチームに誘いたい子がいるかもしれない、という思いから俺は時間を作って見て回っているんだけど――。
「あ、あのっ! チームキタルファのトレーナーさんですよね! チームキタルファならどんなウマ娘でも
「その、わたしそんなに足が速くないんですけど、チームキタルファなら強くしてくれるって……」
「チームキタルファでは選抜レースはしてないんですか!?」
行く先々で、そんな感じで新入生のウマ娘に声をかけられる。一体どんな噂が流れているのか、チームキタルファなら
チームスピカに倣って、チーム勧誘のポスターでも作ろうかと思ってたけどいらないやもしれぬ。
『アットホームなチームです!』とか『昨年度のチーム実績は入着率100%!』とか『チームの先輩が優しく指導します!』みたいな謳い文句を書いたポスターを作れば……なんて考えたけど、このブラック企業の香り漂う謳い文句よ……嘘はついてないけど。チームの先輩が
とりあえず今のところはお引き取り願って、俺はたくさんのトレーナーやウマ娘達が集まっている場所を目指した。毎年のように大人気、チームリギルの選抜レースである。
(うわぁ……さすが東条さん。ひいふうみいよ……軽く50人超えてるな)
トレセン学園最強のチームということもあり、選抜レースの希望者が大量に整列して東条さんに向かって自己紹介やら将来の目標やらを語っている。
昨年度の実績で言えば多分うちが勝ってるけど、チームキタルファはぽっと出のチームだ。あのシンボリルドルフを抱えたチームリギルに入部したいって子は多いだろう。
(ふむふむ……チームリギルへの加入を希望するだけあって、気合いが入ってる子が多いな)
そういえば昔、ウララもチームリギルの選抜レースに参加したことがあったんだっけ? 結果はぶっちぎりのビリだったらしいけど、選抜レースで負けたからこそ俺が出会える機会があった、なんて思うと不思議な気持ちになる。
「あ、先輩。お疲れ様です」
「おーっす。お疲れ様」
とりあえず近くにいた後輩君のところに歩いていくと、すぐに挨拶をしてくれた。そのため返事をすると、その隣に並ぶ。
「先輩もチームリギルの選抜レース見に来たんですか?」
「おう。チームメンバーに誘いたいって思える子がいるかもしれないって思ってな」
「うぇ……俺が目を付けた子、取らないでくださいよ? というか先輩、自分のところで選抜レースやればいいじゃないっすか。先輩のチームなら希望者が何十人って集まるでしょ?」
「集まってくれても一人も取らない、なんてオチになりそうでなぁ……こうして他所の選抜レースや模擬レースを見ることにしたんだ」
そう言いつつ、俺は整列しているウマ娘達を見る。まだ走る前のため何とも言えないが、トレセン学園に入ったばかりのジュニア級のウマ娘ということで全体的に幼いというか体付きが細いというか。
「……ん?」
ただ、整列しているウマ娘の中に一人、気になる子がいた。
(なんだあの子……明らかに雰囲気が違うぞ。新入生の中にクラシック級間近の子が混ざってるような感じがするけど……)
ぱっと見、キングとあまり変わらない身長に細めの体。少し癖のある明るい栗毛を肩にかからない程度に伸ばし、頭に何故か王冠らしきものを乗っけている。
「なあ、あの頭に王冠みたいなの乗せてる子、名前は?」
「え? さっき自己紹介してましたけど……たしかテイエムオペラオーって名前でしたよ?」
ふむ……テイエムオペラオーか。もしも選抜レースで負けたり、東条さんの目に留まらなかったら声をかけてみたいな。
なんて、思っていたら。
「それでは選抜レースの結果を発表します。当チームへ加入させるウマ娘は……テイエムオペラオー」
俺がいいな、と思ったテイエムオペラオーはあっさりと選抜レースに勝ち、そのままチームリギルへ加入したのだった。
後日のことである。
チームリギルに加入したテイエムオペラオーに匹敵するウマ娘、あるいは現状では劣っていても将来的に匹敵しそうなウマ娘、もしくは実力や才能はともかくうちのトレーニングでもへこたれずについてきてくれそうなウマ娘を探すべく、俺はトレセン学園のあちらこちらに足を運んでいた。
そして、見つけた。
「んんっ? ちょ、君! 少しいいかい?」
「あん? 誰か知らねえけど、俺に何か用か?」
俺が声をかけたのは、鹿毛をショートにしたウマ娘である。右目を隠すように伸びた前髪が、一部だけ白く染まったウマ娘だ。
声をかけた反応は怪訝な……というにはちょっと攻撃的な感じがする。しかしテイエムオペラオーに似てどこかボーイッシュな感じがするそのウマ娘は、明らかに同世代のウマ娘と比べて頭一つ以上抜けている雰囲気があった。
「君、担当のトレーナーはいるかい? 良ければうちのチームに」
「ああ、そういう話か。ワリィな、俺はもうチームに入ってんだ」
「入って……欲しかったなぁ……」
話をぶった切るようにして答えるウマ娘に、俺は大きく肩を落とす。マジか……レースでも見かけない子だったんだけど、既にチームに入ってたのか……。
「ち、ちなみに、どこのチームか聞いても?」
「あん? チームスピカだけど?」
うぁ……チームスピカか……先輩に世話になってる手前、なんとかうちに来て、なんて言えねえ……。
「そっか……それなら仕方ない……ちなみに、チームスピカに入った理由を聞いてもいいかい?」
答えてくれるかな、なんて思いながら尋ねると、意外なことにそのウマ娘は笑顔で答えてくれた。
「滅茶苦茶カッコいい募集ポスターがあっただろ? アレを見てビビッときたんだよ。チームスピカこそが俺が入るチームだってな」
「…………」
その返答に、俺は無言になった。マジか……あのポスターが決め手か。
そうやって呆然としている俺に手を振り、そのウマ娘は去っていった。
さらに、後日のことである。
先日会ったウマ娘――あとになってウオッカという名前だと知ったけど、テイエムオペラオーに続きウオッカみたいなウマ娘がいるのなら、たづなさんの言う通り今年は複数の前途有望なウマ娘がいると俺は思った。
昨年度はナリタブライアン以外めぼしい子がいなかったけど、現時点で2人である。それなら3人目がいてもおかしくはないだろう、なんて思いながら俺はトレセン学園のあちらこちらを彷徨い歩いていた――んだが。
「――――」
正面から歩いてくる
走るところを見たわけではない、言葉を交わしたわけでもない。それだというのに、歩いてくるその姿を見ただけでウオッカの言葉を借りるならビビッとくるものがある。
長い栗毛の髪を青い髪留めでツインテールにして、なおかつ頭にはティアラをつけたウマ娘だ。身長は160センチと少し。ずいぶんと発育が良く、身長と合わせて考えれば高等部のウマ娘……じゃ、ないな。顔立ちがどこか幼いし、中等部の子だ。
俺の視線に気付いたのか、そのウマ娘は怪訝そうな顔をする。
「……何かご用ですか?」
しかしすぐに柔らかい笑みを浮かべると、丁寧な態度で尋ねてきた。だが、その雰囲気にはどこか壁がある。
「君は……中等部の子かい?」
「はい。今年度トレセン学園に入学したダイワスカーレットです。そういうあなたは……トレーナーの方ですよね?」
確認するように尋ねてくるウマ娘――ダイワスカーレット。その問いかけに頷いた俺は、性急だと思いながらも口を開く。
「ダイワスカーレットか……君はどこかのチームに入っていたり、担当トレーナーがいたりは」
「チームスピカに所属していますけど……それがどうかしましたか?」
「しない……といいなって……思ったんだけど……なぁ……」
先日のウオッカに続き、今年度二人目のチームスピカの新人さんに行き会ってしまった俺がいた。
(マジか……ウオッカもだけど、この子もチームスピカか……育ててみたいんだけど……マジかぁ……)
チームリギルのテイエムオペラオーに、チームスピカのウオッカとダイワスカーレット。これは、と思った子が全員他所のチームに入ったと聞き、俺は落胆する。
俺としては特に、ダイワスカーレットを逃したのが精神的にきつい。あくまで勘でしかないけど、この子は滅茶苦茶相性が良さそうだな、なんて一目見て思ったのだ。
うちのチームで言えば、キングに似たタイプだ。あるいは、相性だけで言えばキングすら超えるかもしれない。
遠目に見ただけのテイエムオペラオー、それと話したのはほんの僅かなウオッカとダイワスカーレット。この3人ならダイワスカーレットがぶっちぎりで相性が良さそうで、次にウオッカ、そしてテイエムオペラオーはなんとなく相性が微妙かもしれない、なんて思う。
俺は一度だけ深呼吸をすると、返ってくる言葉を半ば予想しつつも声をかける。
「一応、聞いておきたいんだけど……他所のチームに移籍するつもりってある?」
「……それってもしかして、アタシが一度入るって決めたチームをすぐに辞めるようなウマ娘に見える……そう言いたいんですか?」
「いや、全然。そう思ったのならごめん。謝罪する」
ああくそ、予想通りの返答だ。ウオッカの時は聞かなかったけど、この子は育ててみたいって欲望がビシバシ刺激される。
でも、スピカの先輩が育てるのならこの子は確実に強くなるだろう。そう確信できるだけに、俺は引き下がる。
「最後にできれば聞かせてほしいんだけど……チームスピカに入った理由ってあるのかな?」
ただ、最後にこれだけは聞いておこうと思った。すると、ダイワスカーレットは少しだけ虚を突かれたように目を瞬かせる。
「えっ? それはあのポスターが……いえ、なんでもありません。それでは失礼します」
壁のある態度で一礼したダイワスカーレットが、俺に背中を向けて去っていく。その背中を見送った俺は、とぼとぼと人気のない場所に移動した。
(そっか……やっぱりあの募集ポスターには、俺にはわからないけどダイワスカーレットやウオッカを惹き付ける何かがあったのか……)
そして、久しぶりに両手両膝を地面に突いて項垂れながらそんなことを思ったのだった。