リィンカーネーションダービー ‐新人トレーナーがんばる‐   作:烏賊メンコ

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春の天皇賞で同期のウマ娘としてスプリングハッピーが出ていましたが、スプリングハッピーは短距離のGⅠスプリンターズステークスに出ていました。
そのため春の天皇賞に出ていたスプリングハッピーがステイシャーリーンに修正してあります。
両方模擬レースに参加していたウマ娘ですが、作者がうっかり間違えました。


第102話:新人トレーナー、次のレースに向けて考える

 キングが春の天皇賞に挑んだ翌日。

 

 俺はコンビニで買ってきたスポーツ新聞を広げながら、コーヒー片手に部室でのんびりとしていた。

 

『キングヘイロー、雨中の勝利』

『キングヘイロー、GⅠ3勝目』

『キングヘイロー、全距離GⅠ勝利まであと1つ』

 

 複数のスポーツ新聞を買ってきたけど、一面にはそんな見出しが載っている。春の天皇賞を獲ったことでキングは全距離重賞制覇どころか、全距離GⅠ制覇に王手だ。あとは中距離のGⅠで勝利すれば達成できるが……。

 

(チャンスは4回……宝塚記念に秋の天皇賞、エリザベス女王杯にジャパンカップか……)

 

 宝塚記念は春のシニア三冠の流れでラストのレースだし、秋の天皇賞とジャパンカップは秋のシニア三冠に含まれるレースだ。キングに何もなければ3つとも挑む予定のレースである。

 

 エリザベス女王杯に関しては11月前半に行われる。しかし秋の天皇賞は10月後半、ジャパンカップが11月後半にあることを思えば、さすがにエリザベス女王杯に挑むのは厳しいだろう。

 

 距離適性的に問題ないとはいえ、半月ごとにGⅠ3連続出走なんてキングのファンから生卵でもぶつけられそうだ。いやまあ、スプリンターズステークスから菊花賞に出るなんてやった時点で生卵が飛んできてもおかしくはなかったけども。

 

 俺は新聞を読みながらそんなことを考える。各スポーツ新聞ではキングがゴールを通過した瞬間や、ゴール後にスペシャルウィーク達と支え合っている瞬間、それにウイニングライブの写真などが載っている。

 

 キングが勝ったことに関する記事や、チームキタルファがライスから続く、去年の春の天皇賞と秋の天皇賞、そして今年の春の天皇賞と、天皇賞を3連覇していることに関しても記事が載っていた。

 

 とりあえず全部切り抜いてスクラップにしとくとして……まあ、勝ったから全てよし、とはいかない状態だったりする。

 

 レースで勝ったキングだが、顔の右半分に泥が直撃した影響がゼロではないのだ。

 

 流水で目を洗い、常備しているウマ娘用の目薬をさしてウイニングライブに挑んでなんとか無事に終えたものの、泥で炎症を起こしたのか、あるいは眼球を傷つけたのか、目が充血して治らなかったのだ。

 

 そのためウイニングライブが終わってからトレセン学園と提携している病院に飛び込み、診察してもらって点眼薬を処方してもらい、トレセン学園へと帰ってきたのが昨晩の日付が変わるギリギリの時間である。

 

 ひとまずウララ達を寮へと送り、俺も自宅へ帰ってすやぁと眠って起きたのがさっきである。今は新聞を読みつつコーヒーを飲みつつ購入したサンドイッチを朝飯代わりに詰め込んでいたりする。

 

 そうやってもぐもぐと朝食を済ませていると、部室の扉がノックされた。そして誰かと思えば、キングがゆっくりとした足取りで部室に入ってくる。

 

「おはよう、トレーナー」

「おはよう、キング」

 

 キングが挨拶をしてくるが、右目には真っ白な眼帯をつけている。もちろん中二病を発症したなんてことはなく、ファッションでつけているわけでもない。点眼薬と一緒に病院から出されたものだ。

 

「あら、朝食を今食べているのかしら?」

「起きたのがさっきでなぁ。コンビニで買ってきたんだよ」

「そう……それならコーヒーを淹れてあげましょうか?」

 

 そう言ってコーヒーメーカーの方へと足を向けるキングだが、既に飲んでいるからさすがに止める。キングが来るってわかっていたら頼んだろうけど。

 

「自分で淹れたから大丈夫だよ。それに、片目だと遠近感が狂うだろ? キングが火傷でもしたら一大事だ」

「そんなヘマはしないわよ」

 

 キングはくすっと笑う。しかし右側の視界が塞がっていると普段と勝手が違うのか、動きがちょっと危ない。

 

「右目はどうだ? 少しは腫れが引いたか?」

「処方された点眼薬をさして一晩寝たら、少しは腫れが引いたわ。でも、まだ違和感があるのよね」

「どれどれ……」

 

 俺は立ち上がってキングの前に立つと、そっと手を伸ばして眼帯を取る。そしてキングの両頬に手を添え、覗き込むようにしてキングの右目をじっと見た。

 

「ふむ……たしかにまだ腫れてるな」

 

 キングの頬に添えた親指で下まぶたを軽く引き、目の様子を確認する。昨日よりはマシだけど、充血が引いていない。診断したお医者さん曰く、目に入った雑菌で炎症を起こしているという話だったがまだ治るのに時間がかかりそうだ。

 

「眼球に傷がついてなかったのが幸いだったな。いくら注意しててもどうしようもないってこともあるだろうけど、これぐらいで済んで良かったよ」

 

 白目の部分が赤く充血しているけど、キングのルビーみたいな瞳は綺麗なままだ。最悪、泥に混じった砂で眼球を傷つけていたら視界に大きな悪影響があっただろうが……本当に、この程度で済んで良かった。

 

 そうやって俺がキングの瞳をじっと見つめていると、キングは大きなため息を吐いた。

 

「心配してくれるのは嬉しいけど……あなたはもう……ほら、また距離が近いわよ」

「ん? ああ、すまん」

 

 息がかかるぐらいの距離で見つめ合う形になってしまい、俺は素直に謝罪する。つい先日、キングに注意されたばかりだからな……でも心配だし……ちょっとぐらいならセーフでは?

 

「今、ちょっとぐらいなら大丈夫じゃないか、なんて思わなかった?」

 

 そう言って眼帯をつけながら、左目だけでジト目を向けてくるキング。気のせいでなければ、その頬が赤く色付いている。

 

「思いました」

「素直でよろしい。まったくもう……おばかなんだから」

 

 ふふっ、とおかしそうに笑うキング。しかし部室の壁に掛けられた時計を確認すると、踵を返して扉へと向かう。

 

「それじゃあ教室に行くわ。あなたもお仕事頑張ってね」

「ああ。キングも勉強頑張ってな……教室まで送らなくて大丈夫か?」

「平気よ。じゃあ……またあとで、ね」

 

 最後に柔らかく微笑んで、キングが部室から出て行く。その前に、俺はその背中に向かって声をかけた。

 

「キング。昨日、レースを見ながら思ったんだが……君が俺を最高のトレーナーだって言ってくれたように、俺も君を最高のウマ娘だと思ってるからな」

「っ……ウララさんもライス先輩も最高……でしょう? おばか」

 

 キングは振り返らず、そのまま部室を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 そして放課後。

 

 昨日のレースに関する経費処理やら今日の分の仕事やらを片づけた俺は、部室を訪れたウララ達を出迎えていた。

 

 昨日のレースが火を点けたのか、ウララもライスも気合十分といった様子である。そりゃまあ、昨日のキングの走りを見たら火が点くよなって気持ちだ。俺も火が点いている。

 

「キング、目の調子はどうだ?」

 

 朝に続いて再度確認する俺。ほんの半日で劇的に回復するとは思わなかったが、気になるものは気になるのだ。

 

 質問しつつキングの傍に寄った俺は、朝と同じようにキングの眼帯を外す。するとキングが僅かに、しかしたしかに俺が見やすいよう、顎を持ち上げるようにして顔を上げてくれたため、キングの両頬に手を添えて顔を近付け――。

 

「ん? ライス、どうした?」

 

 なんかこう、にゅっと音が立ちそうな感じで俺とキングの間にライスが滑り込んできた。

 

「ら、ライスも気になるなぁって! キングちゃん大丈夫かなぁって!」

 

 そう言って俺とキングの顔の間に、自身の大きいウマ耳を差し込んでくるライス。どうやらライスもキングの右目の状態が気になるようだ。

 

 でもライス、俺の方を向いててもキングの右目を確認することはできないぞ? なんか俺の顔の前に丁度ライスのウマ耳があるし……俺がちょっと顔を左にずらすと、ライスの右耳がぴこっと倒れて俺の顔の前に移動してくる。逆に右に顔をずらすと、ライスの左耳がぴこっと倒れて再び俺の顔の前に移動してきた。なにこれ可愛い。

 

「ライスちゃん、何してるのー?」

「ウララさんは気にしなくていいわ。あなたはそのままでいてちょうだい」

 

 不思議そうな顔をするウララと、そんなウララに優しく声をかけるキング。

 

 結局、キングの右目は完治まであと数日はかかりそうだった。

 

 

 

 

 

 そんなこんなでキングの右目をチェックした俺は、トレーニング前にウララ達を部室のホワイトボード前に集める。

 

「さて……キングは次のレースが宝塚記念だ。ただ目が治ってないし、昨日のレースの疲労もある。さすがに今日は軽いトレーニングメニューにするからな」

「ええ。それは仕方ないわね」

 

 宝塚記念は6月後半に行われる。有記念と同様にファン投票で出走するウマ娘が決まるけど、キングなら出走登録をすれば確実に出走できるだろう。

 

「で……ウララは次のレースが帝王賞だ。あと2ヶ月あるけど、あと2ヶ月しかないとも言える。しっかり準備をしていくぞ」

「うんっ! 昨日のね、キングちゃんのレースを見てね、すっごくすっごーくワクワクが止まらないんだー! 今日のウララはスーパーウララなんだよー!」

 

 うん、ウララは絶好調である。スーパーウララと言ってるけど、別に髪が逆立って金髪になったりはしていないしスパークもしてない。

 

 宝塚記念が6月最後の日曜日で、帝王賞はその3日後……平日の水曜日に大井レース場で行われる。できるなら、キングが宝塚記念で勝ってそのバトンをウララに渡してくれれば良いが……。

 

(そろそろ故障から復帰してくるウマ娘もいるし、一筋縄じゃいかないよな)

 

 芝はそろそろグラスワンダーやウイニングチケットが復帰してきそうだし、仮に宝塚記念でキングが勝ってウララにバトンを渡せたとしても、帝王賞にはスマートファルコンが出てくるだろう。

 

 ウララはフェブラリーステークス以降レースに出ていないが、スマートファルコンも特にレースに出たと聞かない。トレーニングをしつつ、時折路上ライブをしてファンと交流を深めているらしいが……まあ、余暇に何をするかは人それぞれだろう。

 

 そしてキングの宝塚記念だけど、もしかすると、なんだが。

 

(ナリタブライアンが出てくるかもな……)

 

 キングの記事目的で勝ったスポーツ新聞に、ナリタブライアンに関する記事も載っていたのだ。

 

 チームリギルに所属するナリタブライアンは、今のクラシック級にライバルになり得るウマ娘がいないこともあって大暴れ中である。

 

 昨年の12月に朝日杯フューチュリティステークスで1着を獲り、今年に入ってからはGⅢの共同通信杯、GⅡのスプリングステークスで勝ち、4月前半の皐月賞でレコード勝ちを収めていた。

 

 今年に入って無敗かつ、クラシック三冠の出発点である皐月賞でぶっちぎりの1着である。去年は黄金世代で大乱闘状態だったし、今年は本当にクラシック三冠ウマ娘が誕生するかもしれん。

 

 一応、対抗ウマ娘として後輩君のところのウマ娘が頑張ってるけど、皐月賞では2着とナリタブライアンを止めきれていない。GⅢのきさらぎ賞やGⅡの弥生賞で1着を獲っているから後輩君のウマ娘は決して弱くない……というか強いんだが、ナリタブライアンがそれ以上に強すぎるのだ。

 

 それが影響してか、今年のクラシック級はクラシック三冠ではなくトリプルティアラ路線に向かうウマ娘が多い。そして出走希望のウマ娘が多すぎてあぶれる子が続出している状態だ。なんか最近、似たようなことがあったなぁ、なんて他人事のように思う。

 

 レース映像を確認したが、ナリタブライアンは芝のマイルから長距離まで走れて先行や差しを得意とするウマ娘だ。姉妹というだけあって、ビワハヤヒデと距離適性や脚質が似ている。

 

 今のクラシック級の中ではぶっちぎりの才能があり、その才能がチームリギルで磨かれるという鬼に金棒状態だ。

 

 今年のクラシック級だけが出られるGⅠで、なおかつナリタブライアンが得意としている距離なら全部勝ってもおかしくはない。資質だけで見ればシンボリルドルフ並のウマ娘と言える。

 

 そんな比較に出したシンボリルドルフや、エアグルーヴさんやマルゼンスキーなんかと常日頃一緒にトレーニングして才能が研磨されるって、他のチームやトレーナーにとっては脅威でしかない。

 

 俺? なんで去年、新しいチームメンバーをスカウトしていなかったのかってちょっと後悔中だ。スカウトしていた場合、ナリタブライアンとバチバチにやり合えただろうに……まあ、その場合はその子の育成に手を取られて、ウララとライスが今ほどの成績を残していなかったかもしれないしな。

 あと、下手したらキングの育成を引き継ぐことができなかったかもしれないし……うん、やっぱり去年はチームメンバーを増やさなくて正解だったわ。

 

 そんなことを考えつつ、俺はホワイトボードにペンを走らせていく。

 

「えー、話をまとめるとだ……6月最後の日曜日にキングが宝塚記念に出る。で、その3日後にウララが帝王賞に出る……わけなんだが」

 

 俺は右手に持ったペンをくるくると指先で回す。キングが出る宝塚記念のファン投票はまだ開始すらしていないけど、キングなら出走を希望すれば確実に出られるだろう。そうなると、とりあえず決めるべきはウララのレースだ。

 

「あと2ヶ月近くあるわけだが、キングはともかくとして……ウララはレースに出たいか?」

 

 フェブラリーステークスから帝王賞の間にダートのGⅠレースはなく、重賞でさえ今からだと5月後半に行われるGⅢ、平安ステークスしかない。ちなみに1900メートルと、トゥインクルシリーズでは中々見ない距離のレースである。

 

 当面の目標が帝王賞ってだけで、ウララが出たいならGⅢだろうがオープン戦だろうが出て良いと思っている。オープン戦ならそれなりに数があるし、今のウララならスマートファルコンとぶつからない限り大抵のウマ娘に勝てるだろう。

 

 キングの方は昨日春の天皇賞があったし、無理してレースに出す必要もない。一応、GⅢの新潟大賞典とか鳴尾記念なんかが中距離の重賞レースだから出しても良いけど、宝塚記念に集中した方が良いんじゃないか、なんて思う。

 

 そんなキングと違い、ウララは2月以降レースに出てないのが気になるかな……なんて思うのだが、大阪杯では注意するべきウマ娘にオイシイパルフェの名前を挙げたし、レースになれば独特の勘を発揮して走るのがウララだ。

 

 レース感覚が鈍るかもだけど……同期や後輩や新人達に声をかけたら集まってくれないかな……また模擬レースでもやってレース感覚を磨かせても良い。

 

 そう思っての問いかけに、ウララはむむむ、と眉を寄せた。

 

「うーんっとねー……出たい気もするけど、()()()()を考えてファル子ちゃんに勝てるのかなーって……」

 

 そう答えるウララに、それもそうだよなぁ、なんて思う。

 

 オープン戦とはいえレースに意識を割くか、このまま帝王賞だけを見据えてトレーニングに没頭させるか。幸いライスも復帰してるし、あと2ヶ月あればウララを更に鍛え上げることもできるだろう。

 

 キングの宝塚記念もあるため、どちらかというとウララをキングとライスのトレーニングに混ぜて鍛える形になるが……。

 

(それで鍛え上げても、スマートファルコンに届くかどうかがな……)

 

 ウララだけでなく、スマートファルコンも成長するのだ。()()()()()()()()()()()が相手となると、他のレースに出るのは寄り道になりかねない。

 

 帝王賞は中距離2000メートルのため、ウララのスタミナを可能な限り鍛えなければならないのだ。

 

(でも、ウララのスタミナの成長はそろそろ頭打ち、と……まだ伸びるけど、トレーニング量に反して伸びが弱いんだよな)

 

 問題は、以前から感じていたウララの成長の鈍化が顕著になってきたことか。特にスタミナはこれ以上伸ばすのはきついかもしれない。その反面、スピードとパワーはまだまだ伸びそうな感じがするし、根性は標準装備だし。

 

「ウララは……このままトレーニングをした方が良いな。ライス、出来る限り手伝ってくれるか?」

「うんっ! 任せてお兄さま! ライス、ウララちゃんもキングちゃんもしっかりと鍛えるからねっ!」

 

 俺が話を振ると、ライスは笑顔で大きく頷く。ウララやキングを鍛えることで、自分の鈍った体も鍛え上げていくつもりなのだろう。

 

 そんなウララ達に俺ができることは日々のトレーニングと、少しでも情報を集めて分析することぐらいだ。

 

 宝塚記念や帝王賞まであと2ヶ月。それが過ぎればまた夏が来る。そうすれば今度は、ライスが初めて出走する予定のサマードリームトロフィーもあるだろう。

 

 チームキタルファとして2度目の夏合宿なんかもあるタイミングだろうけど……その頃にはライスも完全復活しているはずだ。

 

 次のGⅠまで残り2ヶ月。何事もなく無事に、そして少しでもウララ達を強くしていこうと俺は思った。

 

 

 

 

 

 しかし5月前半。

 

 思わぬ事件が起きた。いや、事件というか、ある意味めでたいことなんだが。

 

「やったあああああああぁぁぁっ! わたしのユイイツムニは最強おおおおおぉっ!」

 

 1600メートルのGⅠレース、ヴィクトリアマイルにおいて、同期が育てているウマ娘が桐生院さんのミークを破って1着を獲得したのだった。


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