リィンカーネーションダービー ‐新人トレーナーがんばる‐ 作:烏賊メンコ
6月末のウララとキングのレースに向けてトレーニングに励む日々がゆっくりと、しかし確実に過ぎていく。
同期から3人ほどチームを設立した者がいたり、後輩君が日本ダービーでナリタブライアンに挑んで2バ身差で負けたりと、変わらない毎日のようで何かしらの変化が起こる。
俺だってウララ達のトレーニングをするのは毎日変わらないけど、日々成長するウララ達に合わせてトレーニングメニューを練り直したり、トレセン学園から割り振られる仕事も日々変化していたり、気にすれば様々な変化が目についた。
そんなわけで日々を過ごす俺だったが、ここ最近、ちょっと気になることがある。
(キングの方はライバルが多いし、なにより故障したり復帰したりでいまいち出走メンバーが読めない……でも、ウララの方はこれはこれで……)
キングのライバルになるシニア級のウマ娘は、故障したり復帰したりが本当に多い。
故障していたグラスワンダーが宝塚記念に向けて復帰したり、繫靭帯炎を起こしてしまったオグリキャップが毎日食堂で大量に食事をしていたら何故か症状が軽くなりつつある、なんて噂話が伝わってきたり、復調したと思ったナリタタイシンが右足を骨折した上に屈腱炎を発症したりと、誰が復帰した誰が故障した、なんて情報がよく飛び込んでくる。
そういった情報を集めて今後のレースの対策を立てるのもトレーナーの仕事である。俺の場合同期や後輩から情報が回ってきたり、逆に情報を回したりしているから色々と話を聞けるが、その中に気になる情報が一つあった。
(スマートファルコン……一体何を考えているんだ?)
ここ最近、トレセン学園からほど近い場所にある駅前や公園でスマートファルコンをよく見かける、なんて情報がメッセージアプリで回ってきたのだ。
ただ見かけただけならそんな情報も回ってこないだろう。気になるのは路上ライブをしていたり、サイン会をしていたりと、目撃した同期や後輩が疑問を覚える行動を取っている点だ。
ウマドルなる存在を目指すスマートファルコンは、他のウマ娘と比べるとその行動原理が特殊である。まあ、路上ライブをやってるウマ娘ってだけで割と特殊か。
トレセン学園でも路上ライブを行うって告知していたり、自分で作ったブロマイドを配っていたり、目覚ましボイスを配布していたりと精力的に活動している。ちなみに目覚ましボイスはブロマイドの裏面にあるQRコードを読み込んでアクセスしたサイトからダウンロードできるそうだ。
そんなわけでウマドルとして人気を高めようと活動しているスマートファルコンだったが、どうにも雲行きが怪しい。
俺としてはきちんとトレーニングをして、余暇を何に使おうが人それぞれ……いやさ、ウマ娘それぞれだと思っている。探せば世の中には余暇に駄洒落を考えることでモチベーションを高める、なんてウマ娘もいるかもしれない。
ゴルシちゃんなんてトレーニング中でさえゴーイングマイウェイだしな。この前は明らかにトレーニングの時間なのに山を背景に写しながら伊勢海老捕まえた、なんて写メを送ってきたし。
そういうわけでスマートファルコンがウマドル活動をやってるのは別に構わないが、どうにもその頻度が増えているようなのだ。
これがたとえば1ヶ月に1回、路上ライブをやっているって話ならほとんどの人が気にしなかっただろう。それが2週間に1回ぐらいでも、息抜きに何かやってるなー、ぐらいで済んでいたと思う。
だが、1週間に1回、5日に1回、3日に1回と、徐々に頻度が増えてきているのだ。2月のサウジカップ以降頻度が増えているようで、あちらこちらでスマートファルコンが目撃されているらしい。
試しにインターネットで『スマートファルコン 路上ライブ』なんて打ち込んで検索すると、ウマッターやウマ娘のレースファンが開設しているホームページで話題になっていた。
そこでは賛否両論……レース以外でスマートファルコンに会える、近くで見られる、歌やダンスを観賞できる、なんて肯定的な意見と、ウマ娘なのに何をやっているのか、トレーニングはどうしたのか、もしかしてもうレースには出ないんじゃないのか、なんて否定的な意見が見られた。
同じトレセン学園の中で生活していればスマートファルコンがトレーニングを放り出していないことは明らかなんだけど、ウマ娘ファンからすればそれはわからない。中にはライバルになり得るウマ娘がいないからトレーニングをサボっている、なんて意見すらあった。
大抵の意見ではウララがライバルとして扱われているからそれはないって風潮だったんだけど、帝王賞などの中距離のレースだとウララでもライバルにはなり得ない、とのことらしい。だから、多少トレーニングをサボっていても勝てる、と。
あとは……サウジカップで2着になって巨額の賞金を得たことで、ウマ娘としてレースへの熱を失ったんじゃないか、という意見もあった。
だが、ライスがレースで数億円稼ぎ、なおかつグッズ販売の利益でドンと上乗せしていてもレースやトレーニングへの熱意がまったく冷めないように、巨額の賞金を得たからスマートファルコンが熱意を失ったってことはないだろう。
故障して走れなくなった、勝つことができずに諦めてしまった、レースよりも熱中する何かを見つけた……そんなパターンなら熱意を失うこともあるかもしれない。あれ? ウマドルなる存在を目指すスマートファルコンなら、レースよりも熱中しているからって理由が成り立ちそうで困るな。
いやうん、何が困るかと聞かれると俺も困るけども。ウララが負けた借りを返してないから
――そんなわけで俺は、終業後にスマートファルコンの路上ライブに足を運んだのだった。
俺が足を運んだのは、トレセン学園からほど近い場所にある公園である。以前、ウララとライスが休日に遊んで回った際、休憩に利用した公園だ。俺が警察官に職務質問を受けた場所でもある。
スマートファルコンが告知した内容によると、今日はここで路上ライブを開くらしい。
なお、ウマッターを読んだ限り路上ライブを開くにあたり、きちんと警察署で道路使用許可申請も行っているそうだ。スマートファルコンが路上ライブを開くことが広まっているのか、公園には以前見かけた移動式のクレープ屋の他に、たいやき屋やジュース屋なんかもいる。
「みんなー! 今日はライブに来てくれてありがとー☆ いつでもかわいいみんなのウマドル! ファル子ことスマートファルコンでーすっ☆ ファル子って呼んでねー!」
そうやって俺が公園に足を運ぶと、スマートファルコンのものと思しき声が聞こえてきた。その声に釣られて足を向けてみると、公園の中に人だかりができている。
(観客は……けっこういるな。ざっと数えて40……50人ぐらいか?)
路上ライブとして考えると、割と多いだろう……いや待て、これ多いのか? 名前も顔も知らない素人ミュージシャンじゃなくて、GⅠ3勝ウマ娘にしてサウジカップ2着のスマートファルコンだぞ。下手な芸能人よりよっぽど知名度があるはずなんだが……。
遠目に眺めてみると、勝負服を着たスマートファルコンがマイク片手に笑顔で挨拶をしているのが見えた。ん? あれって勝負服に似てるだけで別物か? GⅠレース以外で着用するのは駄目だって思ったのか?
というか、集まっている観客のほとんどはピンクの法被を来て頭にハチマキを巻いてて、手にはスマートファルコンのグッズを握っている。多分、通りがかった人じゃなくてスマートファルコンのファンだろうな。
仕事帰りのサラリーマンや通りがかった主婦、それに学校帰りの学生なんかも公園の近くを通りかかるけど、足を止める人はほとんどいない。むしろ怪訝そうというか、迷惑そうというか……なんでこんな場所でこんなことを? って感じの顔をしながら通り過ぎていく。
(保護者というかスマートファルコンのトレーナーは……見当たらんな)
周囲を確認してみるけど、スマートファルコンのトレーナーはいなかった。勤務時間外のことだから関与してないんだろうか?
そうやって俺が周囲を確認していると、スマートファルコンがマイク片手に歌い出す。それと同時にダンスも披露するけど……あれはウイニングライブの時に見せるダンスじゃないな。歌も俺が知ってる、少なくともウイニングライブで使う曲じゃない。
(んー……ダンスしているところを見る限り、トレーニングで手を抜いてるってわけじゃないみたいだな)
とりあえず俺はスマートファルコンを観察する。
ミニスカートのため太ももやふくらはぎが剥き出しだが、遠目に見ただけでもしっかりと鍛えられているのがわかった。うん、相変わらず良いトモをしているな。
スマートファルコンはキレの良い動きでダンスをしているが、トレーニングをしっかり積んでいるからか体幹が揺らがず、バランス感覚もしっかりと養われているように見える。
あとは歌声の力強さからも、下半身の筋肉だけでなく上半身の筋肉もきちんと鍛えていることが窺えた。ウイニングライブでもそうだけど、歌いながら踊るっていうのは非常に疲れる。
特に鍛えていない素人が1曲本気で歌いながら踊ったら、途中で息切れを起こすぐらいにはきつい。しかしスマートファルコンは微塵も息切れを起こさず、常に笑顔で歌い、踊るのだ。
(トレーニングをしたあとだっていうのに元気だなぁ……いや、うちとは育成方針が違うだろうし、限界ギリギリまで追い込むわけじゃないのか……)
チームキタルファの場合、トレーニングをしたあとにあそこまで元気に路上ライブをすることはできないだろう。
つまりスマートファルコンのトレーナーはそこまで追い込むタイプじゃないってことだ。あるいは、追い込むタイプだけどトレーニングが終わったあとでも路上ライブを開けるスマートファルコンのスタミナがすごいのか。
俺としては他所のトレーニング事情に首を突っ込むつもりはない。それがウマ娘を使い潰す前提のハードトレーニングならさすがに口を挟むけど、ハードさなら正直うちも他所のことを言えないし……むしろ他所から首を突っ込まれそうなぐらいだし……。
あとはまあ、ウマ娘もトレーナーも結果が物を言う世界だ。ダートのGⅠで3勝しているスマートファルコンにどうこういうのは無理だろう。
これでスマートファルコンが明らかにトレーニングで手を抜いているのなら、俺としても思うところはある。だが、歌って踊るスマートファルコンの姿を確認したところ、トレーニングでも一切手を抜いていないように見えた。
そうなるとスマートファルコンは普段通りしっかりとトレーニングに励んだ上で、路上ライブまで開いているわけで……。
(うーん……スタミナがあるのもそうだけど、根性もしっかりと鍛えられてるな。相変わらず難敵だわ……)
やはり、スタミナの面ではウララを超えていると判断せざるを得ない。ウララはスタミナの伸びが頭打ちになりつつあるけど、スマートファルコンはどうだろうか? まだまだスタミナを鍛える余地があるというのなら、これまで以上に厳しいレースになるだろう。
トゥインクルシリーズで行われるダートのGⅠは最長でも2000メートル。それぐらいならウララも走り切れるけど、スマートファルコンがスタミナを鍛えに鍛えて、ツインターボよろしく最初から最後まで全速力で逃げるようになったら手に負えない。
ツインターボならエンジンが故障して逆噴射することが多いけど、スマートファルコンが逆噴射するイメージは湧かなかった。スタミナが尽きようとも根性でゴールまで逃げ続けそうな怖さがある。
まあ、そんなスマートファルコンは今、ファンを前にして笑顔と愛嬌をばら撒いているわけだが。
「いつも来てくれているみんなは知ってるよねっ☆ コーレスタイムだよっ! お返事は『ファル子』でお願いねっ!」
歌とダンスが終わったと思ったら、新しく何か始まっている。コーレスタイムってなんだろ……コードレス? いや、コーラスタイムとか? ファンと一緒に
考え事をしていた俺は、スマートファルコンが放った言葉に首を傾げながら観察を続ける。すると、スマートファルコンは笑みを深めながらファンとコーレスタイムなるものを始めた。
「ふぁるふぁるふぁるふぁるー……ハイッ☆」
『ファル子!』
「ふふっ! ありがとー! もういっかいいくよー! ふぁるふぁるふぁるふぁるー」
『ファ! ル! 子!』
「いえーい☆ ありがとー!」
「…………」
俺はスマートファルコンとファンのやり取りを無言で眺める。近くにちょうど自販機があったため、ホットの缶コーヒーを買ってプルタブを開ける……って、ミスった、部室で飲むコーヒーに舌が慣れて、缶コーヒーじゃ物足りないんだった。
(まあ、時間を潰すのには丁度いいか……)
キングがバレンタインデーにくれたコーヒー豆、俺も気に入って今では部室に常備している。そのため缶コーヒーはどうにも味がなぁ、なんて思いながらも、ちびちび飲むのには丁度良いかと思い直した。
「レッツプリティ?」
『ファ! ル! 子!』
「キラキラウマドル?」
『ファ! ル! 子!』
俺にはいまいちよくわからん世界だけど、なんとも楽しそうだ。ウイニングライブとは違う、ウマ娘とファンの距離の近さを感じ取れるやり取りだ。
(問題は、スマートファルコンが何を思って頻繁に路上ライブをやっているか、なんだけど……)
スマートファルコンがファンに向ける笑顔を見れば、まあ気にする必要もないか、なんて思えた。
実際に走るところを見たわけではないが、ダンスの動きを見ればトレーニングを欠かしていないことがわかった。そして俺にとっては、それで十分だった。
(帝王賞に出てくるかは……微妙なところ、か?)
ただし、トレーニングを欠かしていないからレースにも出てくるなんて保証もないわけで。スマートファルコン以外にもダート路線をひた走るウマ娘達は強くなっているし、油断はできないんだが……やっぱり最大の強敵はスマートファルコンなわけで。
「……ん?」
そこで俺はふと、ウマ娘が駆ける足音に気付いた。割と近い……なんて思いながら振り返ると、ちょうどウマ娘専用レーンを走ってくるウマ娘の姿が見える。
あれは……ジャージ姿で走っているけど、トレセン学園の子だな。というかダートのレースで見たことがある……って、見たことあって当然だった。去年のチャンピオンズカップでウララに勝ち、スマートファルコンに敗れたスレーインだった。
背中まで伸びる真っすぐな黒鹿毛の髪と、シンボリルドルフのようにひと房だけ前髪に混じった栗毛が特徴的なウマ娘である。
スレーインは自主トレーニング中なのかウマ娘用のレーンを走っている……が、スマートファルコンが路上ライブを開いていることに気付くとその足を止めた。
「その雰囲気……あなた、トレーナーですよね」
そして何故か、俺の顔を見るなりそんなことを言ってくる。ちなみに今の俺は市販のジャージ姿で、トレーナーであることを示すものは何も身に着けていない。そのため雰囲気でトレーナーって当てられると、割とビビる。
そんな俺の反応をどう思ったのか、スレーインは確信を込めた険しい声を俺にぶつけてきた。
「スマートファルコンをあのまま放っておくんですか? それでわたしやウララちゃんに勝てるって思ってるんですか?」
「……? すまん、何か勘違いしているようだけど、俺はそのウララのトレーナーなんだが……」
多分、スマートファルコンのトレーナーだと間違われたんだろう。そう思って俺が名乗ると、スレーインは目を細めながら俺の顔を覗き込んでくる。
「あっ……ウララちゃんのトレーナーさん……というかチームキタルファのトレーナーさん……」
そして気まずそうに視線を逸らした。
「ご、ごめんなさいっ。どこかで見たことがある人だと思ったのと、ここでスマートファルコンを見ていたからてっきりスマートファルコンのトレーナーだと勘違いしましたっ!」
そう言って慌てて頭を下げるスレーイン。別に間違えたことは気にしないけど、妙に刺々しいのが気にかかる。そう思って俺が話を振ると、スレーインは気まずそうに指で頬を掻いた。
「以前から自主トレーニングをしている時にスマートファルコンを見かけるようになって……わたしはスマートファルコンに勝つために自主トレーニングをしていて、ウララちゃんもチームキタルファのゲロ吐くぐらいやばいって噂のトレーニングを頑張ってるのに、路上ライブをしているスマートファルコンがどうしても気になって……」
「女の子がゲロとか言いなさんな。というかそんな噂が立ってるんだな」
「……厳しいって評判ですよ?」
今更取り繕った言い方されてもどうしようもないなぁ。あと、吐くぐらい追い込むのは本当だから否定もしない。
「ま、俺もスマートファルコンが気になって見に来たクチでね。あとスマートファルコンを庇うわけじゃないけど、あの子はきちんとトレーニングをした上で路上ライブを開いているみたいだから責めるのはナシだ。あれはあれでモチベーションを高めている……いや、
そう言いつつ、俺はスレーインの足に視線を向ける。上はジャージでも下は短パンのため足がしっかりと確認できるが……。
「それよりスレーイン。君も自主トレーニングはほどほどにしておきなさい」
「……他所のウマ娘のトレーニングに文句を付けるんですか?」
「普段は付けないけどね。怪我しそうな子に関しては絶対止めるようにしてるんだよ」
そんな話をしつつ、俺はしゃがみ込む。
「疲労が溜まっているんだろ? 触らなくてもここまで悪化していれば見るだけでわかるよ。筋肉や関節が炎症を起こして熱を持っているだろうし、こうして足を止めたら震えている……今日はもう帰って休んだ方が良い」
俺はスレーインの足を観察しながらそう言うが、頭の中ではスレーインの担当トレーナーは誰だったか、と記憶を探る。
たしか……仲が悪いというか、敵視されている先輩だ。連絡先知らんし、同期や後輩に聞いても知っているかわからない。スピカの先輩経由で……って、スピカの先輩も割と周囲からの好悪が激しいんだよな……無理か。
「……ふぅ……そうですね。もう今日は帰ります」
どうやって連絡取ろうかな、と思っていたらスレーインはあっさりと引き下がった。そのあまりのあっさりぶりに、休養を勧めた俺の方が面食らう。
「そうした方が良い……んだけど、よく話を聞いてくれたね」
「帝王賞まであと1ヶ月もないですからね。ここで故障したら意味がないですし、今度こそ1着を獲ってウララちゃんにきちんと勝ちたいですから……それに、本心から心配してくれているっていうのが伝わってきましたから」
スレーインはそう言って微笑む。その笑顔を見た俺は、首を傾げながら自分の顔を手で撫でた。
「……そんな顔してた?」
「顔というか、雰囲気がそんな感じでしたよ」
「えぇ……さっき雰囲気でトレーナーって言われたし、何か出てたりするのかな……?」
よくわからないけど、スレーインが納得してくれたのならそれで良い。
「トレセン学園の寮に戻るんだろう? 一人で帰れるかい? きついなら送っていくけど……」
なんなら背負って寮まで連れて行くけど、なんて伝えると、スレーインは苦笑を浮かべる。
「歩く分には全然平気なので……それじゃあ失礼しますね。ウララちゃんにもよろしくお伝えください」
そう言って折り目正しく一礼し、スレーインが去っていく。最初に声をかけてきた時の険しい雰囲気は消えているけど……。
(スマートファルコンの路上ライブに関して、良くは思ってないみたいだな……)
スマートファルコンに負けた子からすれば、やはり思うところがあるのだろう。俺も理性では割り切ったものの、ちょっとだけむっとする部分があるし……なんて、思っていたら背後から足音が聞こえた。
「――こんばんは」
明るい、朗らかな声による挨拶。それが誰の声かを悟った俺は、内心でため息を吐きながら振り返る。
「こんばんは、スマートファルコン」
「こんばんは、ウララちゃんのトレーナーさん」
振り返った先にはスマートファルコンが立っていた。路上ライブはいつの間にか終わっていたのか、ファン達も解散の態勢に入っている。
「もしかして、ウララちゃんのトレーナーさんもファル子の路上ライブを見に来てくれたの? ファル子、嬉しいなっ☆」
「うん、見に来たんだよ。いやぁ、中々大したもんだねぇ。スマートファルコンがウマドルって名乗るのもわかる気がするよ」
俺がそう言うと、スマートファルコンの眉がピクリと一瞬動く。そして笑顔で首を傾げると、目を薄く開いて俺をじっと見つめた。
「ねえ、ウララちゃんのトレーナーさん」
「なんだい、スマートファルコン」
「あなたは――どうしてわたしをファル子って呼んでくれないの?」
スマートファルコンは笑顔だ。首を傾げながら、笑顔で尋ねてくる。
「そりゃ簡単だ。俺にとって君は
ウララに限らず、俺が担当しているウマ娘のライバルは基本的にあだ名なんかで呼ぶことはない。ウララ達がお互いに呼び合う分には構わないけど、俺としては強敵にしてウララ達のライバルなのだ。なんとなく、俺まであだ名で呼ぶのは
唯一の例外はミークぐらいだ。夏の合宿で一緒にトレーニングしたり、ウララの育成を始めた当初から併走してもらったりと、付き合いも長い。ライバルではあるけど、多少なり面倒を見ているからなぁ……。
そんなわけで、俺としてはスマートファルコンはスマートファルコンでしかない。ウマドルという在り方に関しては止めるつもりもないけど、それ以前にウララのライバルだと思っているのだ。
しかし仮に、スマートファルコンがウマ娘ではなくウマドルとしての在り方を優先するというのなら、その時はファル子と呼ぶと思う。
俺はスマートファルコンと視線をぶつけ合う。しかしこちらから視線を外すと、スマートファルコンに背中を向けた。
「歌とダンス、すごかったよ。でもあれだけ体を動かしたのなら整理運動もきちんとしとくこと。あとは……次のレース、俺もウララも楽しみにしているからな」
具体的に帝王賞で戦おう、とは言わない。それでも今の時期、ウララとスマートファルコンがぶつかるならそこしかないだろう。
俺はスマートファルコンの返答を待たずに歩いていく。
背後のスマートファルコンからの返答は――なかった。