リィンカーネーションダービー ‐新人トレーナーがんばる‐   作:烏賊メンコ

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第107話:新人トレーナー、次の目標を立てる

 キングが前人未到の全距離GⅠ制覇を達成した翌日。

 

 昨日はレース後にキングのウイニングライブを見て、勝利者インタビューという名で全距離GⅠ制覇を達成したことに関して記者からの質問攻めを受け、疲れた体で新幹線に乗ってトレセン学園まで帰ってきた。

 

 帰ってきた時刻がまた遅くなってしまったけど、こればかりは仕方ないだろう。そして俺は家に帰ってからも興奮で寝付けず、朝方にうとうとしたものの結局目が冴えてしまってベッドから起き出した。

 

 負けた悔しさで徹夜することはあるけど、勝った嬉しさでここまで寝付きが悪いことも早々ない。

 

 そうなるともう、ベッドの上で寝転がっていても仕方ないと動き出す。朝食をささっと食べてトレセン学園に出勤する――その前に近所のコンビニに寄って、売ってある新聞を全種類手に取って会計を済ませた。

 

 スポーツ新聞以外も混ざってるけど、普段ウマ娘の記事を扱わないような新聞社でさえ昨日のキングのレースに関して記事を載せているからだ。あと、号外が無料で並べてあったためそれももらっていく。

 

「ふんふふーん……んっ?」

 

 コンビニに寄ったため、普段と違うルートで出勤する形になった俺は思わず鼻歌なんて歌いつつ歩いていたが、遠目にテレビカメラを抱えたカメラマンやマイクを持った記者がうろついているのを目視し、咄嗟に物陰に隠れた。

 

 俺の普段の通勤ルートなら間違いなく捕まっていただろう。多分、昨日のキングの件に関して突撃取材をしようと思ったのかな? 自惚れかもしれないけど、そのまま歩いていって囲まれたらどれだけ拘束されるか。

 

 一応スーツ姿だからインタビューを受けるとしても服装に問題はないだろう。ただ、昨晩の勝利者インタビューでも血走った目をした記者に囲まれたため、朝から拘束されるのはちょっと……という思いがある。

 

 スマホを確認してもトレセン学園側からインタビューの依頼が入っているって連絡はない。俺は進路を変えてトレセン学園の裏手に回るが、そちらにも記者らしき姿があった。

 

 そのためメッセージアプリを起動してたづなさんに『記者に捕まりそうなので門以外から入ってもいいですか?』なんてメッセージを送る。すると1分としない内に『どうぞ』と返事があった。

 

 たづなさんの許可が出たしいいよね、というノリで俺は高さ2メートルほどの壁を乗り越えてトレセン学園に侵入する。

 壁はそれなりに高いけど手が届くし、ジャンプして壁を蹴って手をかけて力を込めれば乗り越えられる。というか以前も何度かやったから慣れたもんだ。これは勝手なイメージだけど、チームカノープスの先輩なら物音一つ立てずに壁を乗り越えそうな気もする。

 

 そうしてトレセン学園に足を踏み入れた俺は部室を目指す。インタビューぐらい受ければ良いだろう、とも思わないでもないけど、トレセン学園の許可が出ていないインタビューを受けてぽろっと何か失言でもすれば大事だ。

 

 あと、許可が出てないインタビュアーだとインタビューに来たのか喧嘩を売りに来たのか失言を引き出しに来たのかわからない手合いがいたりする。そのため避けられるなら避けた方が安心安全だ。

 

 ただしこうなるとキングも同じような目に遭わないか心配になるが、ウマ娘の寮はトレセン学園の正面である。距離が短いし、通学するウマ娘の進路を塞ぐような真似をすればどうなるか。

 

 でもやっぱり心配だし、キングが通学する時間になったら正門に行ってみようかなぁ、なんて思っていたら、部室前に何故かキングがいた。

 

 トレセン学園の制服姿で、通学用のカバンの取っ手を両手で持ち、部室の扉に背中を預けて遠くを見るようにぼんやりとした顔をしている。顔を向けている方向は……正門の方かな? 手持ち無沙汰なのか髪を指先でいじったり、手櫛で髪を整えたり、頬に手を当てながらため息を吐いたりしている。

 

 時刻は午前8時前。授業が始まるまでまだ1時間以上あるけど、どうかしたんだろうか? 何かを考えこんでいるような、憂うような、そんな表情をしている。

 

 そんなことを考えながら近付いていくと、キングのウマ耳がぴくぴくと動いた。そして遠くを見るように目を細め……横合いから歩み寄っていた俺へとバッ、と音が立つような速度で振り返る。

 

「えっ? と、トレーナー? あなた、どうしてそんな方向から……」

「お、おう。なんか驚かせたみたいですまん」

 

 もしかして俺を待っていたんだろうか? で、俺が正門の方角以外から近付いてきたから驚いた、と。

 

 俺はとりあえず部室の鍵を開け、キングを中へと通す。部室の鍵は俺かチームリーダーのライスしか持っていない。

 そうやって部室に足を踏み入れると、キングがコーヒーメーカーの方へと歩き出した。

 

「今日はコーヒーは?」

「まだ飲んでないなぁ。ここに来たら新聞を読みながら飲もうと思ってたんだ」

 

 コーヒーを飲みながらレース結果が載った新聞を読むのが俺のレース後のルーティンだ。俺の返答を聞いたキングは柔らかく微笑むと、バレンタインデー以降俺が買い込んでいるコーヒー豆を手に取った。

 

「私が淹れてあげるわ。あなたはゆっくりしていてちょうだい」

「ありがとうな、キング」

 

 キングの言葉に俺は素直に礼を言う。

 

 コーヒー豆が良いから自分で淹れても美味しいけど、キングが淹れてくれるコーヒーは格別だ。そのため俺は素直に甘え、仕事用のパソコンの電源を入れてからソファーに腰を掛けて新聞を広げる。

 するとそこには昨日の宝塚記念に関する記事が所狭しと並んでいた。スポーツ新聞は一面から三面まで、スポーツ新聞以外も一面を飾っているものが多い。

 

『キングヘイロー、宝塚記念を制す』

 

『キングヘイロー、GⅠ4勝目』

 

『キングヘイロー、全距離GⅠ制覇』

 

『キングヘイロー、世代のキングへ』

 

 そんな煽り文句がデカデカと書かれ、キングがゴールを通過した瞬間や最後にまとめてライバルをかわした瞬間、ゴール後にビワハヤヒデ達に祝福されているところやウイニングライブでの写真なんかが載っている。

 

 あとは全距離GⅠ制覇したってことで、過去に全距離重賞制覇したタケシバオーというウマ娘に関する記事を載せている新聞もあった。

 

 そうやって新聞を読みながら、キングがコーヒーミルで豆を挽く音、コーヒーサイフォンにお湯を注ぐ音、そしてコーヒーの香りなどが部室に広がっていく。

 

 ゆったりとした穏やかな時間。なんとも贅沢な気分になりながら俺は新聞をのんびりと読む。さっき記者を避けてトレセン学園の壁を乗り越えてきたのが嘘のようだ。

 

「どうぞ」

「ありがとう」

 

 キングが淹れたてのコーヒーを差し出してくれたため、コーヒーカップを受け取ってお礼を一言。そしてまずは香りを楽しむと、砂糖もミルクも入れずに火傷しない範囲でゆっくりとコーヒーを飲む。

 

「美味しい?」

「ああ、キングのコーヒーはいつ飲んでも美味いなぁ」

「ふふっ……あなたが望むのならいつでも淹れてあげるわよ」

 

 キングは口元に手を当てて小さく微笑むと、俺の隣に腰を下ろした。普段は対面のソファーに座ることが多いのに、珍しいことである。というか近い……近くない? 肩が触れ合ってるけど、こんな至近距離に座ってくるなんて本当に珍しいな。

 

「どうかしたのか?」

 

 だから、何かあるんだろうな、なんて思いながら尋ねる。するとキングはすぐには答えずに、ソファーとソファーの間に設置しているテーブル……その上に並べていた新聞を一つ、手に取った。

 

「私、昨日勝ったのよね……なんだか夢みたいだわ」

 

 そう言って、キングは自分が1着でゴールを通過している写真を見る。GⅠ4勝、全距離GⅠ制覇、世代のキング。そんな文字を目で追いながら、気の抜けた笑みを浮かべていた。普段は凛とした表情を浮かべるキングらしからぬ、年齢相応の笑顔だ。

 

「もしかしたら私はベッドの上で眠っていて、今は夢の中にいたりするのかしら……目が覚めたら全部幻で、あなたとの出会いもなくて、GⅠで勝つことができなかったあの頃の自分として目が覚めたり……なんて、ね」

 

 そう呟いて、キングがおかしそうに笑う。多分だけど、実感が湧いていないんだろう。GⅠ4勝もそうだけど、全距離のGⅠを制覇したという実感がないのかもしれない。

 

「夢だったら俺も困るな」

 

 だから、俺も思わず苦笑してしまった。そしてすぐ隣に座っているキングへ視線を向ける。

 

「昨日の感動を夢にしないでくれよ。嬉しかったし感動した。それこそ昨晩は全然寝付けなかったぐらいにな」

「……ええ、私もよ。疲れているはずなのに眠れなくて、どこか夢見心地で、目を瞑ってもレースで走っていた時のこと、ゴールを通過した時のこと、ウイニングライブの時のことが何度も頭の中で再生されたもの」

 

 キングはそう語り、その瞳を僅かに潤ませる。

 

「昨晩ね……寮に戻ってからお母様に電話をかけたわ。時間が遅かったから寝ているかと思ったけど、すぐに出てくれたの」

 

 ワンコールで、とキングはおかしそうに笑う。

 

 昨日はレース後に電話がかかってきたけど、ウイニングライブの準備があったからキングは「あとでかけ直すからっ!」と叫んで切ってしまった。

 

 そしてその後もウイニングライブにインタビュー、あとは公共機関を使っての移動だったため、電話は控えていたのである。

 

 キングのおふくろさん、待っている間はさぞやきもきとしたに違いない。ワンコールで電話に出たってことは、電話の前でずっと待っていたんだろう。

 

「あのお母様がね、苦笑しながらだけど褒めてくれたわ。さすがに全距離でGⅠを制覇したら認めざるを得ないって……さすが私の子だって……私を超えたわねって……褒めて……くれたわ……」

 

 そう語りながら、キングの瞳に涙が溜まっていく。そして数秒とかけずに涙が溢れ、ぽたぽたと落ち始めた。

 

 それを見た俺は懐からハンカチを取り出すと、キングの涙を拭う。ただ、その泣き顔はあまり見ないようにした。キングも見てほしくないだろう、と思ったのだ。

 

 そういえば、キングがこうして感情をはっきりと表に出すことはあまりなかったな、なんて思う。ウララやライスがいる時はなんだかんだで気丈に振る舞い、昨日もレースで勝って喜びの笑顔こそ見せたが涙は流さなかった。

 

 こうして喜びを分かち合うために朝から部室の前で待っていた、と思うのは自惚れか。いや、今日ばかりは自惚れよう。

 

「キング」

 

 俺はキングに声をかける。だって、俺も喜びたいんだ。

 

「おめでとう。さすがキングだ。やっぱり君は最高のウマ娘だよ」

「っ……」

 

 春の天皇賞の時も思ったが、全距離GⅠ制覇を達成したこの子が最高じゃなければ誰を最高と呼べば良いのか。

 

 俺にとって最強はライスで、()()()()()()はウララだ。しかし、キングは最高のウマ娘だって胸を張って言える。

 

 そんな俺の言葉をどう捉えたのか、キングが座った状態で俺の胸倉を両手で掴んできた。そしてこつん、とその頭を俺の胸板に当てる。

 

「あなただって……私にとって、最高のトレーナーよ」

 

 そう呟いて、涙を流して体を震わせるキングの背中を俺は優しく、落ち着くまで何度も叩くのだった。

 

 

 

 

 

 さて、困ったことになった。キングがボロボロと泣いたことで目元が腫れ、このまま授業に送り出したんじゃあ一体何があったのかと大騒ぎになりそうである。

 

 昨日のレースの件で感動して大泣きしました、と素直に伝えたら……うーん、案外受け入れられそうだな。でも、キングは恥ずかしいのか、頬を桜色に染めながら視線を逸らしている。

 

「ご、ごめんなさい……服、汚れちゃったわね」

「ん? 全然汚れてないけど?」

 

 最後にはハンカチじゃなくて俺のスーツを濡らす勢いで泣いたキングが、恥ずかしそうに言ってくる。それを言ったらキングの背中を叩いている間、俺も泣いちゃってキングの髪に涙が落ちちゃったんだよなぁ……。

 

 キングは少しでも腫れを取ろうと部室に常備している氷で目元を冷やしている。俺はメッセージアプリを起動してウララにキングが体調不良で授業に遅れることを伝える……って、以前もこんなことをした気がするな。あの時はキングじゃなくてウララだったけど。

 

『はーい! キングちゃんをよろしくねー!』

 

 文面からも元気いっぱいな様子が伝わってくる返事を見た俺は、苦笑しながらスマホを机に置いた。

 

 キングは目元に氷嚢を当てながら視線を逸らし、それでいて時折チラチラと俺を見てくる。そんなキングの視線を受け止めつつ、俺は良い機会だからと今後の話をすることにした。

 

「改めて言うけどキング、おめでとう。これで全距離のGⅠ達成だ……で、次の目標についてなんだけど」

 

 俺がそんな話を振ると、キングは口元を緩めて苦笑を浮かべる。

 

「もう少し浸らせてくれてもいいでしょう? って、言いたいところなのだけど……そうね、私は、キングはまだまだ先に進めるもの。トレーナー、あなたにはその進むべき道を先導する権利をあげるわ」

 

 そう言って胸を張るキング。うん、涙を流して落ち着いたのか、ずいぶんと()()()なってきた。

 

 でもまあ、俺としても次の目標に関しては困るわけで。

 

「全距離のGⅠを勝ったわけだけど、勝利数で見ればGⅠ4勝だ。今のシニア級の中ではトップだけど、前年度のシニア級を見るだけでもライスが6勝、トウカイテイオーが5勝とキング以上にGⅠで勝っている子がいる」

 

 それでも全距離のGⅠで勝利したっていうのは、単にGⅠの勝利数を増やすよりもすごいことだと俺は思う。

 

 ただ、ライスの場合GⅠで6勝しているのもすごいけど、長距離GⅠ制覇、春秋天皇賞制覇、秋のシニア三冠、有記念連覇と、偉業を達成しまくっている。

 

 そんなライスと比べた場合……どうだろう? 全距離GⅠ制覇はそれだけでライスの偉業に並んでいるか、あるいは超えているような気もするが……。

 

「わかっているわ。誰も達成していない記録を達成したけど、まだまだレースは続く……夏の合宿期間を乗り越えると強くなるのは自分達だけじゃないもの」

「ああ、そうだ。それに、これからのレースはこれまで以上に厳しくなるだろうな。ライバル達はキングを目標にするだろうし、マークもきつくなる……特に今回のレース、勝ったことは嬉しいけどビワハヤヒデ達とは僅差だったしな」

 

 本音としては褒めて褒めて褒め倒したいけど、注意するべき点は注意しなければならない。勝ったからそれで全てよし、とはいかないのだ。

 

 宝塚記念で2着のビワハヤヒデにはクビ差。ビワハヤヒデ以降もハナ差、ハナ差、クビ差と1着から5着まで1バ身も開いていない。キングが最後にまとめてぶち抜いたけど、これはレースの展開次第で容易に覆る差でもある。

 

 あと、何気にツインターボがやばかった。仮にバ場状態がもう少し良ければ、最後までスタミナが足りていたかもしれない。というか最後に失速したけどそのままゴールして6着だったしな。

 相変わらずビックリ箱みたいな子だ。今のところうちのウマ娘とレースでぶつかった時はエンスト起こしてばっかりだけど、去年のオールカマーでトウカイテイオーに勝ったあのレースがどうしてもちらついてしまう。

 

 オールカマーの一つ前のレースでも逃げ切ったし、同じことがまた起きないとも限らないって厄介過ぎるわ。

 

 まあ、ツインターボのことは横に置いておくとして、だ。

 

「レースが終わったばかりだけど、次の目標を立てないとな……秋のシニア三冠狙うか? 全部勝ったらGⅠの勝利数でシンボリルドルフに並ぶぞ」

「並ぶだけで、超えたことにはならないのよね……あと、これからのレースはこれまで以上に厳しくなるって言ったのは誰だったかしら?」

 

 冗談半分、本気半分で話を振ってみると笑顔で突っ込まれる。

 

 ここまで来て秋のシニア三冠を避けるという選択肢はない。そうなると、()()()()を狙うかどうかが問題だ。

 

 捕らぬ狸の皮算用だが、去年勝利したスプリンターズステークスにもう一度出て1勝、秋のシニア三冠が獲れればGⅠ8勝とシンボリルドルフを超えられる。

 ただ、思っただけで達成できれば苦労はしない。エリザベス女王杯やマイルチャンピオンシップも挟んで勝てればGⅠ10勝ととんでもないことになるけど、3ヶ月ちょっとでGⅠ6戦とか頭おかしいってレベルじゃないしな。

 

 キングのファンに生卵どころか石を投げられそうだ。キングのおふくろさんに豪速球を叩きつけられそう。その場合俺はきっと死ぬ。ウマ娘が全力で投げる石とか、俺の頭がパーンと破裂してもおかしくない。

 

「でも……そうね。私にとって、目標は身近なところにあるわ。ライス先輩っていう、身近で大きな目標が……ね」

 

 俺がキングの目標に関して思案していると、キングが真剣な表情を浮かべながら呟く。

 

 たしかにキングにとってライスは身近な目標だろう。身近で、それでいて大きな壁だ。普段のトレーニングでもそれを痛感しているに違いない。

 

 骨折で長期療養を挟んだライスだが、故障から復帰して3ヶ月近く経った今の状態で長距離を走ればキングでも勝てないだろう。最強ステイヤーは伊達じゃないのだ。

 

(というか、あんなに小さな体であれだけのスタミナがあるっていうのもすごい話だよな……)

 

 キングも以前と比べればスタミナがついたけど、ライスと比べればさすがに劣る。キングのスタミナが少ないというより、ライスのスタミナが並外れて多いのだ。あとはスピードや根性もほぼ互角だし、レース経験ではライスの方が上である。中距離なら勝ち目があるけど、長距離だとやっぱりライスが上だ。

 

「うん……ライス先輩を超える、か……私にとって、全距離GⅠ制覇よりもきつい目標かもしれないわね」

 

 だが、キングはどこか嬉しそうに笑った。キングはライスを尊敬しているし、そんなライスを超えるという目標はキングにとって大きなものなのだろう。

 

 ただし問題があるとすれば、何をすればライスを超えたことになるのかという点だろうけど……。

 

「これは大きな目標だわ……私、ライス先輩が相手でも()()()負けたくないことがあるもの」

 

 キングはどこか楽しそうに笑っている。ライスのGⅠ6勝に並ぶだけでも大変だろうに、その顔には笑みを浮かべていた。

 

 キングは目標が高ければ高いほど燃える性格のウマ娘だ。そんなキングにとって、ライスを超えるというのは十分燃えるに足る目標らしい。

 

 気合いが入った様子で大きく頷いたキングは、手鏡を取り出して目元の腫れがどうなっているかを確認する。泣き止んだ直後と比べれば多少マシになっており、それを確認したキングは笑顔でソファーから立ち上がった。

 

「さて……そろそろ行くわね。話ができて良かったわ」

「ああ。いってらっしゃい、『世代のキング』」

 

 俺はそう言ってキングを見送ろうとする。しかしキングはきょとんとした顔になると、数秒してから小さく噴き出した。

 

「ふふっ……あなたにそう呼ばれると、なんだかくすぐったいわね」

 

 口元に手を当てながら、くすくすと笑うキング。

 

「『世代のキング』って呼ばれ方も悪くないと思うわ。でも、それ以上に……」

 

 だが不意に、キングはそれまでと違う種類の笑みを浮かべた。悪戯っぽく、それでいてどこか大人びた流し目を俺に向けてくる。

 

「私は、()()()()()()()よ」

 

 そう言って艶っぽく微笑んで、キングは教室へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 そんなことが朝からあったものの、放課後になれば普段通りなのがキングである。というか、キングが宝塚記念で勝ったからゆっくり気を抜いてお祝いしよう、なんて言えない状態だ。

 

 宝塚記念があった昨日は日曜日。その翌日である今日は月曜日。そして明後日水曜日はウララが出走予定の帝王賞の日だからだ。

 

 手続きはちゃんとしているし、出走表も届いた。あと人事面談が行われる時期でもあるんだけど、さすがにウララの帝王賞が終わるまでは待ってもらっている。

 

 やろうと思えばできるんだけど、理事長やたづなさんは直近にGⅠレースがあると向こうから人事面談の日程を延ばすか聞いてくれる。今の時期はうちだけでなく他のチームやトレーナーも各種レースで大変だし、担当ウマ娘のレースに集中できるようにって配慮だ。

 

 そういったわけで俺はウララの帝王賞に集中できる。帝王賞が終われば夏の合宿と……あとはライスのサマードリームトロフィーがあるぐらいだ。

 

 それでもまずは目の前の帝王賞である。俺は届いた出走表を開封して内容を確認する。

 

 帝王賞はシニア級のみ出走できるダートのGⅠで、フルゲート16人。場所はお馴染みの大井レース場で発走時刻は第11レースのため午後8時5分からだ。

 

 今日を含めてもトレーニング期間はほとんど残っていない。昨日の宝塚記念にウララを連れて行ったことからわかるように、既に疲労を抜いて当日に備える時期に差し掛かっている。

 

 今日もウララには軽いトレーニングメニューをこなしてもらい、疲労を抜きつつ最終調整を行う予定だ。そんなことを考えながら確認した出走表には、ウララだけでなくスマートファルコンの名前もきちんと記されている。

 

 昨日の宝塚記念でのキングの走りを見たことが影響しているのか、ウララの気合いのノリが普段と比べても更に良い。あとはこのテンションを維持しつつ、当日のレースを迎えさせるだけだ。

 

 ただまあ、俺としては危惧することがあったりする。

 

(スマートファルコンがどんな調子で出てくるか……)

 

 俺の脳裏に浮かんだのは、先日、路上ライブを見に行った際に話をしたスマートファルコンの顔だ。

 

 どんなに調子が悪かろうと、中距離のレースではウララの勝ち目は薄い。これはウララを低く見ているとか、スマートファルコンを高く見ているとか、そういう話ではない。シンボリルドルフが相手でもダートの短距離やマイルならウララが確実に勝つように、適性の差が響いているのだ。

 

 ライスと走るようになって、ウララはスタミナが増えたし走れる距離も伸びた。キングがチームに加わったことで、その影響はより顕著になった。

 

 しかしそれでも元々マイルから中距離の適性が高いスマートファルコンが相手だと、どうしても劣る。多少の距離適性なら努力と根性で覆せるだろうが、元々高い適性を持つ上に努力をしているスマートファルコンが相手だと厳しいものがあるのだ。

 

 それでも俺は、天真爛漫を絵に描いたようなウララの笑顔を脳裏に思い浮かべて笑みを浮かべた。

 

 あの子ならきっと勝ってくれる。そう信じられる。

 

 ――そして、帝王賞の当日がやってくる。

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