リィンカーネーションダービー ‐新人トレーナーがんばる‐ 作:烏賊メンコ
帝王賞当日。
今日は梅雨の時期らしい天気で朝から雨がぱらつき、それでいて気温も初夏らしくじわじわと上がる予報となっていた。
ウララが走る帝王賞は夜の8時過ぎの出走かつ、大井レース場は海辺で風もあるだろうからそこまで暑くはないだろう。ただし、湿気があるため蒸し蒸しとした暑さは避けられない。
もっとも、うちのウララは暑かろうが寒かろうが元気一杯だ。中身がおっちゃんの身としてはその元気の良さが眩しいぐらいである。
そんなウララだったが、今日はどこか様子がおかしい。元気がないわけではなく、普段通り笑顔も見せる。それでいて時折身震いするのだ。
額に手を当てても熱は平熱で、風邪を引いた様子もない。咳もなければ寒いというわけでもないようだ。かといって武者震いかというと、少しばかり違うようにも見える。
強いて言えば、興奮しているというのが正しいだろうか。今日行われるレースに向けて興奮し、それを抑えようとしては時折失敗してしまう……なんというかそんな感じだ。
言葉を変えてたとえるなら、闘争心が剥き出しになっている。レースに勝ちたい、ウイニングライブで踊りたいといった願望ではなく、
「ウララ、こっちにおいで」
「ん? なーにトレーナー?」
まだレースが始まるには時間がある。というかまだ午後になったばかりである。帝王賞が行われるため、今日のウララは授業を公休扱いで休んでいる。そして朝からゆっくり、少しずつウォーミングアップをさせていた。
ライスとキングもチームメイトのサポートということで、午後から公休扱いで休んで合流している。ウララと一緒に柔軟したり、雨がやんでいるタイミングで軽く併走させたりと、しっかりサポートに回ってくれていた。
そんな感じでライスとキングがサポートに回ってくれたというのに、ウララが落ち着く素振りをみせない。そのため俺はウララを手招きすると、その頭に手を乗せてわしゃわしゃと撫で回した。
「はわわっ! どしたのトレーナー?」
「んー? ウララがな、いつもより硬い表情をしてるからだよ」
そう言いつつ、俺は手をずらしてウララのウマ耳を指でこねくり回す。するとウララはわきゃーと楽しそうな声を上げた。
「レース前に緊張するのは当然だし、スマートファルコンに勝ちたいって思ってくれるのも良いさ。でも、今から気を張り詰めてたらレース前に疲れちゃうぞ?」
昔のウララのように全く緊張しない、レースを楽しむだけの頃より良いとはいえ、気を張り詰めてばかりだと気疲れしてしまう。そのため俺がリラックスするようにウララに言うと、ウララははにかむようにして微笑んだ。
「えへへ……うん、そうだねっ! なんかね、いーってなってたっ!」
そう言って眉を寄せるように顔をしかめてみせるウララ。その表情に噴き出した俺は、そのまま手を下へ移動させてウララのほっぺたを左右に引っ張った。ほー、餅みたいな感触ですな。
するとウララはくすぐったそうに笑い、尻尾をパタパタと振る。普段なら何かしら注意するキングは苦笑しながら何も言わず、ライスも微笑ましそうに俺とウララを見るだけだ。
できることはしてきたし、キングが宝塚記念で勝って上手いことバトンを渡してくれた。それならあとはしっかり準備して、ウララをレースで走らせるだけだ。
問題は、ベストコンディションかつ可能な限りウララを鍛えた今の状態でさえ、中距離でスマートファルコン相手に勝てるかどうかだが……ウララなら勝ってくれると信じている。ここまでくればウララを信じて、走っている時に応援することぐらいしかできない。
あとはうん……こうして普段より固くなっているウララをリラックスさせて、精神的にも万全な状態でレースに送り出すだけだな。
今日は天気があまりよろしくないが、交通機関に影響が出るほど荒れているわけでもない。一応早めに出発するとしても、レースの出走時刻が20時過ぎとなると夕食を取らせる時間にも注意する必要があった。
本日行われる帝王賞はシニア級のみが参加できるGⅠレースで、フルゲートなら16人でのレースになる。
芝のレースだと最近は強いウマ娘が多すぎてGⅠへの出走を回避して、GⅡやGⅢを狙うウマ娘も多かったりするんだけど、ダートの場合重賞が少ないため当然のようにフルゲートでの出走である。
事前にニュースなんかを調べた感じ、ウララとスマートファルコンの一騎打ちが注目されているようだ。
片や、GⅠ2勝のウマ娘にして現ダート界で最大の人気を誇るウマ娘。
片や、GⅠ3勝のウマ娘にして現ダート界で最強の実力を誇るウマ娘。
そんな煽り文句が様々なニュースで使われ、GⅠウマ娘同士が激突する帝王賞はダートのレースとは思えないほどに世間も注目しているらしい。
……やっぱり予定より早めに出ようかな。電車で移動すれば最寄りの駅から降りてすぐのところに大井レース場があるけど、今日は車で移動するから道路が渋滞してるとまずいし。
ちなみに何故車で移動するのかというと、電車で移動するとなるとちょっと……いや、正直滅茶苦茶面倒なことになるからだ。
キングが宝塚記念で勝って全距離のGⅠを制覇し、なおかつウララが帝王賞に出るとあって、ここ数日はインタビューの依頼が殺到しているのである。
URAやトレセン学園側から受けろって言われた有名なマスメディアからのインタビューには答えたが、他のテレビ局や新聞社、雑誌記者なんかは今のところ断っている。インタビューの希望者全員に対応していたらいくら時間があっても足りないからだ。
ウララの大切なレース前に何言ってんだ、という思いを何重にもオブラートに包んで断っていたのだが、それで引き下がってくれれば苦労はないわけで……やっぱりキングの全距離GⅠ制覇の影響がでかいらしい。
トレセン学園から一歩でも出ると記者が寄ってくるため、電車ではなくトレセン学園から借りた車で移動することにしたのだ。向こうさんも車で追ってくるかもしれないけど、そこまで気合いが入った記者が相手だとどうにもならない。
ここ数日は正門や裏門じゃなくてテキトーに選んだ場所から壁を乗り越えて出退勤しているけど、ご近所の人に見られると通報されそうだし、ウララのレースが終わったらインタビューを受けなければならないだろう。
中にはうちのチームに関係ない、他所のウマ娘を捕まえてウララやキングの普段の生活や、どんな子かをインタビューする記者もいたりする。そのため仲の悪い先輩方からは『お前のせいでうちのウマ娘に迷惑かかってるんだけど?』と文句を言われているしなぁ。
そんなわけで俺はトレセン学園の中でウララのコンディションをチェックすると、少々早めに夕食を取らせてから大井レース場へと車を走らせるのだった。
そして大井レース場に到着し、関係者用の駐車場に車を停めた俺は、周囲から聞こえるざわめきに目を細める。
時刻は午後7時前だが、大井レース場の周囲には多くの人々が集まっていた。
(うわぁ……今日は何万人集まったんだろうな……)
今日は平日で、世間一般では学校だったり仕事だったりあるわけで。それにもかかわらず大量の人々が大井レース場周辺に集まっているのが駐車場からでもわかった。
大井レース場は収容人数が6万人と少し。ダートのみのレース場としてはかなり大きいレース場になるけど、明らかに入場制限がかかっている。
芝のレースと比べれば不人気のダートレースにもかかわらずこれだけの人々が集まり、そんな人々が応援する中でウララが走ると思えば嬉しいやら誇らしいやら。
そんなことを考えながらウララの荷物を車から降ろしていると、何やら足音が近付いてくる。レース前に記者に捕まるのは嫌だなぁ、なんて思っていたら、ウララが『あっ』と驚いたような声を零した。
それに何事かと思って視線を向けてみると、近付いてきたのは記者ではなかった。私服姿のウマ娘が3人、こちらへと駆け寄ってきたのである。
(あれ……この子達、もしかして……)
その3人の顔を見て、俺はまさか、と思う。
「電車じゃなくて車で来ると思ったからここにいて良かったー!」
「これで電車だったら見つけられなかったね」
「スレーインも見つけられたら良かったんだけど……」
苦笑するようにして言いながら足を止めた3人に、ライスとキングが戸惑ったような顔をした。うん、ライスとキングは知らない子だから仕方ない。
というか、俺としてもまさかこの3人とこんな場所で会うことがあるとは思わなかったのだ。
「デュオちゃん……テニュアちゃん……シャッツちゃんも……」
3人の顔を見て、ウララが呆然と呟く。
そこにいたのは、かつてウララと未勝利戦で競い、故障して引退したデュオタリカーとフューダルテニュア。そしてウララが初めて勝利した未勝利戦で2着になったものの、そのまま引退したキンダーシャッツがいた。
「久しぶり、ウララちゃん」
「うわぁ……身長とかはあの頃とほとんど変わってないのに、雰囲気が違うわぁ」
「そりゃそうでしょ。なにせGⅠウマ娘よ?」
そう言ってどこか嬉しそうに笑う3人。ウララはといえば、戸惑い、困惑し……花咲くように笑顔を浮かべた。
「わわっ! なになに? みんなどーしたの?」
ウララは心底嬉しそうに3人に抱き着く。すると3人は突撃してきたウララを抱き留めつつ苦笑した。
「ぶわっ!? すごいパワー!?」
「さすがGⅠウマ娘……ちょっとショック……」
「そりゃわたし達は引退して長いんだから力負けするに決まってるでしょ」
満開の笑顔で抱き着き、尻尾をブンブン振り回し、ウマ耳をピコピコと動かしまくるウララ。そんなウララの姿に俺は苦笑する。いや……気持ちはわかるけど。
「学校帰りに直行したのに入場制限かかってるなんてねぇ……」
「ビックリしたよ……今のダートってこんなに人気があるんだねー」
デュオタリカーとフューダルテニュアが苦笑しながら言う。そしてそんな二人に続き、キンダーシャッツは気の抜けた笑みを浮かべた。
「ウララちゃんを応援しに来たのよ。わたしはまあ……スレーインも応援しに来たんだけどね。あの子、わたしと一緒に引退するって言ってたのに、結局は取り消して走り続けてたから……ウララちゃんに勝ちたいって言ってね」
そう話す3人からは、レースに挑み続けるウマ娘独特の雰囲気が感じられなくなっていた。俺はそれを少しだけ寂しく思いつつも、レースを引退してトレセン学園を去ってもなお、こうしてウララの応援に来てくれたことを嬉しく思う。
「3人とも、わざわざウララのためにありがとうな」
俺がそう声をかけると、3人は何故かきょとんとした顔になる。
「……あれ? ウララちゃんのトレーナーさん、なんか雰囲気変わりました?」
「というかそんな顔でしたっけ? 造形的な意味じゃなくて雰囲気的な意味で……」
「わたし、真夏に汗だくになりながらウララちゃんと一緒に走っていたイメージが……」
「おいおい、ひどいなぁ」
成長期も過ぎてるし、この年になると顔なんてそうそう変わらんよ。そう思って苦笑を浮かべるけど、3人は一様に首を傾げている。
「と、とにかく、ウララちゃんを応援したくなっちゃったから来ちゃった! 入れなかったけどね!」
「元々テレビ越しに応援はしてたんだけど……やっぱりほら……ね?」
俺のことは横に置くことにしたのか、そう言ってデュオタリカーとフューダルテニュアが顔を見合わせ、苦笑し合う。
「迷惑になるかも、なんて思ったんだけど……ね」
「もしかしたらもう忘れられてるかも、なんて考えたけど顔を見たくてねぇ……」
「わたしも、ウララちゃんとスレーインに会いたくてね。そうしたらこっちの2人と会って……」
レース前に邪魔になるかな、とか、そもそも覚えているかな、とか、不安に思っていたらしい。しかし俺はばっちり覚えていたし、ウララも遠目に見ただけでしっかりと顔と名前を一致させていた。
ウララは一人ずつ順番に抱き着くと、ウマ耳をピクピク、尻尾をパタパタ揺らしながら微笑む。その微笑みはいつもの無邪気なものと違う、僅かながら切なさを含んだものだった。
「すごく……すっごく嬉しい……みんな、ありがとね」
心から喜んでいると伝わってくる声と微笑みに、3人は居心地悪そうに視線を逸らした。
「うう……まさか普通に覚えているだけじゃなくて、こんなに歓迎されるとは思わなかったわ」
「どうしよう……なんか走りたくなってきた」
「なんでよ。気持ちはわかるけどさ……」
ウララと3人のやり取りを見ながら、俺はほっこりとした気持ちになる。
「お兄さま、ウララちゃん、そろそろ時間が……」
っと、ライスが申し訳なさそうに声をかけてきた。余裕を持って早めに到着したけど、さすがにそろそろ移動した方が良さそうだな。
そう思ってそろそろ時間が、と声をかけようと思ったらデュオタリカー達は目をまん丸に見開いている。
「ってあああああ!? ら、ライスシャワーさん!? キングヘイローさんも!?」
「生ライスシャワーさんだ! GⅠ6勝ウマ娘!」
「き、キングヘイローさん! 全距離GⅠ制覇おめでとうございます!」
ウララには友達として接していたのに、ライスとキングが相手だと反応が全然違う。そんな反応にライスはウマ耳をピンと立たせながら驚き、キングは『もっとキングの名前を呼びなさい』と言わんばかりに胸を張っている。
「えっ? ライスシャワー?」
「キングヘイローだって?」
「あっ! ハルウララ!」
「去年ぶりやんけお兄さま!」
そしてまあ、大声で名前を呼べば周辺のウマ娘ファンも当然気付くわけで……あれ? ここ阪神レース場じゃないのになんか大阪弁で叫んでる人いない?
「あわわわっ! ご、ごめんなさい! ついビックリして!」
「くっ……ここはわたし達に任せて先に行って!」
「なにその死亡フラグみたいなセリフ……」
デュオタリカー達は慌てた様子で謝ってくるが、俺としては思わず噴き出してしまう。そしてウララを見てみれば、ウララも楽しそうに笑っていた。
「それじゃあ行ってくるね!」
そしてウララはデュオタリカー達に笑顔で手を振る。すると、デュオタリカー達も笑顔を浮かべた。
「頑張ってね! ここから応援してるから!」
「あたし達、あの
デュオタリカーとフューダルテニュアはそう言い放ち、キンダーシャッツだけは苦笑を浮かべる。
「わたしがウララちゃんより順位良かったの、メイクデビューの時だけだから勝ったって言い難いわね……うん。わたしは
「――うんっ!」
それぞれの応援の言葉に、ウララは元気いっぱいに返事をするのだった。
大井レース場へと入場し、ウララを控室に送る。そしてライスとキングを連れてパドックへ向かう俺だったが、やっぱり今日も観客が多い。
レース場のキャパシティ的に宝塚記念の時ほど観客は入っていないが、レース場の規模が小さいことからこの前と大して差がない。むしろパドックを見に来る客が多くてぎゅうぎゅう詰めだ。
ダートのレースは芝のレースと比べて人気がない。それは今でも変わらないことだが、芝のレースと比べて人気がないだけでどんどん人気が増していってる、というのが最近の風潮だ。
ダートレースが主流になっている国はともかく、日本だと芝のレースと比べて人気が劣るのは仕方ないだろう。ローカルシリーズはダートばかりだが、トゥインクルシリーズはレースの少なさ、重賞の少なさが影響しているのか、ダートを主戦場にして走るというウマ娘が少ないのである。
毎年トレセン学園に入ってくるウマ娘達の多くが芝のレースを主戦場とし、ダート方面へ進むのはウララのように芝のコースを走るのが苦手な子ばかり。
それでいてダートのレースを頑張って走り続け、いざGⅠ含む重賞に出ようと思ったら、ミークやオグリキャップのように芝もダートも両方走れて、なおかつ足も速い芝を主戦場とするウマ娘が出てきて上位を独占される。
以前は割とそういうことも珍しくなかったらしい。というか、ウララもそれでオグリキャップに負けたりしてるしな……。
しかし、である。ここ最近はウララやスマートファルコンのようにダート一本で走り続け、芝を走っているのにダートにも出てくるオグリキャップなどの強豪を退け、GⅠを獲り合っては熱戦を繰り広げるなどダートレースも盛り上げられるウマ娘が複数いるのだ。
どんなスポーツだろうと、スター選手の有無は非常に大きい。前世でも野球のルールは知らないけどイチローは知っているって人は身近なところにもいた。
この世界では国民的な娯楽であるウマ娘のレースで、人気が低いとはいえダートのGⅠレースで複数回勝ち、世間からもライバル関係と見られているウララとスマートファルコン。その二人が揃って走るとなると、やっぱり相応に人が集まるらしい。
そういえばウララの人気といえばグッズメーカーの担当者さんからも、売れ過ぎて生産工場がヤバいと連絡があった。まあ、嬉しい悲鳴ってやつだろうから笑って流したけど。
「今日はハルウララとスマートファルコン、どっちが勝つと思う?」
「そうだなぁ……」
だからこそ、というべきか。そこいらあちこちに、今日の帝王賞に関して予想を話し合うウマ娘ファンが多くいる。
「勝つのはスマートファルコン、でも勝ってほしいのはハルウララ……かな?」
「何が言いたいかわからないけどよくわかるわ」
どっちだよ、と俺は思わず内心でツッコミを入れる。でもまあ、聞き耳を立てると実力的な評価ではやっぱりスマートファルコンの方が上のようだ。
過去の対戦成績も4戦1勝3敗だしな……あと、スマートファルコンはオグリキャップやタイキシャトルにも勝っているし、妥当といえば妥当だろう。
しかしウララに勝ってほしい、なんて望んでくれるファンもいるのは俺としても嬉しかった。
そうやって周囲の会話を聞きながらパドックの最前列へ移動すると、ウマ娘達の紹介が始まる。
『2枠4番、ハルウララ』
今日のウララは2枠4番での出走だ。内枠に近いスタート位置だし、外枠と比べると運が良いと言えるだろう。
可愛らしい勝負服に身を包み、普段通り笑顔を……?
「ハルウララがんば――」
「応援して――」
ウララの勝負服姿を見た観客が声を張り上げようとして、動きを止める。
(ウララ……マジか……)
勝負服を身に纏ったからか、あるいは先ほどのデュオタリカー達の会話が影響したのか。今のウララは息を呑むような存在感があった。
先日の宝塚記念を走った時のキングに勝るとも劣らない雰囲気を身に纏い、それでいて普段通り笑顔を浮かべるウララ。だが、身に纏った雰囲気が雰囲気だけに、普段の無邪気な笑顔とは異なる少女と女性の狭間を行き交うような不思議な魅力がある。
そんなウララの雰囲気に観客が息を呑むが、当のウララは観客が固まったことで目をパチパチさせながら首を傾げた。そんなウララの
『あ……と、失礼しました。3枠5番、スレーイン』
ウララに続いて出てくるのはスレーインだ。ただし案内の男性もウララの雰囲気に呑まれていたのか、慌てた様子でスレーインの名前を呼んでいた。
スレーインは……調子が良さそうだし、体の仕上がりも良さそうだ。以前会った時は少し過労が心配だったけど、疲労も抜いて備えてきたらしい。
スレーインは俺に気付いたのか、小さく笑みを浮かべて挑むような顔で見てくる。ははは、君の相手は俺じゃなくてウララだよ。
『5枠9番、スマートファルコン』
パドックでのお披露目が進み、とうとうスマートファルコンの番が来た。
スマートファルコンはアイドルが着そうな可愛らしい、いつもの勝負服姿である。そしていつものように笑顔を浮かべ、いつものように観客へ声を響かせる……と、思っていたんだが。
何かを言おうと口元が動き、しかし、何も言うことなく閉ざされる。それでいて表情は笑顔のため、それを見ていた観客達からは戸惑いの声が上がった。
「す、スマートファルコンは大丈夫……なのか?」
「調子が悪いとか……」
「いつもと様子が違い過ぎて反応し辛いな……」
いつもなら『ファル子って呼んでねー!』みたいな感じで声を上げているところだろうが、今日は大人しい。
(調子自体は悪くなさそうなんだけどな……体の仕上がりは……バッチリ、か)
スマートファルコンもウララと同様に、強い存在感がある。しかし違和感があるからか観客達の反応はまちまちだ。
そして俺は、スマートファルコンの足回りを確認して一つ頷く。
中距離の帝王賞に向けて担当のトレーナーもばっちり仕上げてきたんだろうな、なんて思う。一目見てそれが伝わってくるぐらい、スマートファルコンの仕上がりは完璧だった。
少なくとも、体の仕上がりは完璧だった。
「トレーナー」
ウララがパドックの柵越しに俺の傍へと近付いてくる。表情は既に真剣だ。
「ウララ……今日のスマートファルコンは強いぞ」
「うん」
俺の言葉に頷き、ウララはスマートファルコンの方へと視線を向けた。するとスマートファルコンもこちらを見ていたため、ウララと視線がぶつかる。
ウララとスマートファルコンは無言で視線を交わし合った。そこにどんな感情が込められているのか、俺にはその全てを読み取ることはできない。
それでもスマートファルコンが先に視線を外すと、引きつるような笑顔を浮かべてパドックから引き揚げていく。
スマートファルコンと5度目の対戦――帝王賞の幕が上がる。