リィンカーネーションダービー ‐新人トレーナーがんばる‐   作:烏賊メンコ

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第112話:新人トレーナー、2度目の合宿へ赴く その1

「さあて……あと少しで夏の合宿だけど、いくつか問題点があります。まずウララ」

「はーい!」

「期末試験の結果は?」

「全教科40点から45点だったよ!」

「ならヨシッ! よく頑張ったなウララ!」

 

 トレセン学園は40点未満だと赤点で補習だ。つまりウララはセーフ。まずは大きな山場を乗り越えた。良い子だ! と俺がウララの頭を撫で回すと、ウララはほにゃっとゆるい笑顔を浮かべて尻尾を揺らす。

 

「よくないわよっ! このキングが毎晩勉強を教えていたのに赤点ギリギリだなんて……ウララさんっ! 合宿期間中は時間が空いたら勉強しなさいっ!」

 

 でもキング的には駄目だったらしい。撫でた後、笑顔でハイタッチする俺とウララを正座させて、キングがぷりぷりと怒る。

 

 ちなみにキングは平均点数が90点オーバー、ライスも90点オーバーと優等生だ。というかライス、サポート科に移って平均点数が10点近く上がっている。以前は80点超えるかどうかだったんだけどな……。

 

 俺が使ってた参考書もまだ数年前のものだから通用する部分が多いし、ライスも気に入ったのか常に持ち歩いて鼻先がつくぐらい顔を寄せて読んでいる。目が悪くなりそうだけど、あの熱心さがあれば俺もトレーナー養成校でもう少し良い成績を取れたかも、なんて思うほどだ。

 

「でもわたし、スペちゃんみたいにエンピツ転がして答えてないよ? ちゃんとキングちゃんに教わったこと、がんばって書いたよ?」

「あの子はそれで赤点だったでしょう? あと、いくら頑張っても赤点ギリギリは駄目よ。せめて50点は取りなさい」

 

 ウララはキングから教わったことを必死に覚えてテストを乗り切ったと訴える。そんなウララにキングの口元が緩みかけてるのが見えたけど、スペシャルウィークは赤点だったのか……夏の合宿、大丈夫なんだろうか?

 

 それとキング、頑張って45点のウララに最低でも50点って地味にきついような……いや、きつくないわ。ウララのためにも心を鬼にして勉強頑張らせなきゃ。だからキング、心を読んだみたいに俺に流し目送るのやめてね?

 

「それでお兄さま、他の問題点って?」

 

 ライスが話の続きを促してくる。そのため俺は一つ頷くと、夏の合宿用の()()()()()を取り出した。

 

「合宿先は去年と同じ場所だ。泊まるところも一緒だな。でも、去年と違って記者がたくさん押しかけてくる可能性が高い。あと、レースファンも押しかけてくる可能性がある」

 

 去年の今頃は……ライスっていうGⅠウマ娘がいたし、シニア級でTMRって騒がれてたけど、ウララはユニコーンステークスに勝ったぐらいでGⅠでは勝っていない。ジャパンダートダービーで3着だったから注目度は今ほどではなかった。

 

 キングもうちのチームに加わったばかりでレースはCBC賞で勝ったぐらいだ。チームキタルファが有名になったのは合宿以降、秋のGⅠシーズンで何度も勝利したからである。

 

 その結果ライスは色んな偉業を達成したし、キングは全距離のGⅠを制覇したし、ウララも先日の帝王賞で勝ったことでGⅠ3勝、トゥインクルシリーズのダートGⅠ全距離制覇、なんてことを成し遂げている。

 

 乙名史さんの忠告なしに合宿先に向かっていたら、現地で大量のマスメディアに取り囲まれてもおかしくはない状態だ。それと去年の合宿では豪華な模擬レースを開催した結果、一時期ニュースだけじゃなく色んな番組で模擬レースの映像が使われたし……レースファンも来そうだなぁ。

 

(うーん……同期も後輩も合宿するって言ってるし、固まって行動した方がいいのかな……)

 

 桐生院さんも合宿するって言ってたけど、最近はユイイツムニのトレーナーが世話を焼いている。あの人姉御肌というか、純粋な桐生院さんを構うのが楽しいというか……そのため合宿も一緒だって桐生院さんが笑顔で教えてくれた。

 というか桐生院さんが育てているミークもGⅠ2勝してるし、合宿してるって聞いたら記者に取り囲まれそうだな。桐生院さんが大量の記者を捌けるかって言われると……うん、単独行動はしちゃ駄目ですよって後でメッセージ送っとこうかな。

 

「記者に関しては……まあ、仕方ないでしょうね。私が記者の立場でもそうするでしょうし」

 

 ウララにお説教をしていたキングは、大量の記者が詰めかけると聞いても当然のものとして受け入れている。キングの場合、母親も有名ウマ娘だったしなぁ……あと最近、外に出ると初の全距離GⅠ制覇を達成したウマ娘ってことで記者に取り囲まれるし。

 

 ちなみにキングは記者への対応が上手な子だ。手慣れているのもあるけど、堂々としているから記者側も質問がまともになりやすい。あと胸張って高笑いしたりするから、写真写りが良くて好評だったりする。

 

 ウララは……うん、インタビューに来た記者がほっこりとした顔で質問して、ウララの返答を聞いて目尻を下げて更にほっこりとした顔になるから問題ない。中には失言を引き出そうとするタイプの記者もいるけど、そういう時はウララは『?』と首を傾げるだけだ。ウララは賢いなぁ。

 

 ライスは引っ込み思案な性格がある程度改善しているけど、インタビューはあまり得意ではない。昔ブーイングライブを喰らったことがあったし、ミホノブルボンの無敗のクラシック三冠を阻止したことを今でも引っ張る記者がいたりするからなぁ。

 

「で、だ……対策というか、保険のために何人か知り合いの記者が同行する予定でな」

「知り合いの記者?」

 

 俺の言葉に、キングがピクリと眉を動かす。

 

「乙名史さんとか、他にも何度かみんなが会ったことがある記者だよ」

「元気いっぱいな人だよね!」

「乙名史さんならライス、安心かな……」

「ああ……あの人……」

 

 ウララは笑顔で喜び、ライスは一昨年の有記念のインタビューで助けられたことから好印象、キングだけは遠い目をしている。

 

「キングって乙名史さん苦手なのか?」

 

 キングの反応が気になったため尋ねると、キングはそっと視線を逸らした。

 

「そういうわけじゃないわ。()()()()でもないし、なんだかんだで仕事はきっちりしているし……ただ、ウララさんの情操教育に悪いんじゃないかって思っただけよ」

 

 そりゃあの人はウマ娘じゃないからライバルにはならないだろうけど……あとキング? ウララの情操教育を心配してくれるのは嬉しいけど、ウララは君と同年齢だからね? たしかにウララとキングを比べたら、ウララはちょっと子どもっぽいところがあるけども。

 

「あとは他の注意点……って言うほど注意点じゃないけど、ライスのサマードリームトロフィーが迫ってるからな。ウララもキングも、出来る限り協力してやってほしい」

 

 サマードリームトロフィーは8月前半に行われる。ちょうど合宿の中盤に差し掛かるかどうかってタイミングで、真夏の時期はGⅠがないから秋のGⅠシーズンまでの()()()なんだろうな、なんて思ったり。

 

 ライスは今年に入ってレースに出ていないから、レースへの欲求が強まっている。3月ぐらいまでは骨折の影響でトレーニングが制限されていた分、その思いは非常に強い。

 

(あとはサマードリームトロフィーに向けて、ライスが集中できる環境を作れるかどうかだけど……)

 

 乙名史さんのタレコミもとい噂話がなぁ……さすがに泊まっている旅館に連日押しかけられたら面倒だし。記者が客として泊っていたら、旅館側も止めるのに難儀するだろうし。

 

 ウマ娘のレースファンに関しては、なんだかんだで()()()()()()人が多いからな。多少の写真撮影とかは仕方ないかもだけど、ウマ娘のトレーニングの邪魔になると思ったら控えてくれる……と、思いたい。

 

(……よし、たづなさんに相談しよう)

 

 困った時は頼れる上司に相談だ。俺はそう決断した。

 

 

 

 

 

「では、トレーナーさんの同期の方や後輩の方で宿泊する旅館の部屋を埋めましょうか。こちらとしても都合が良い……いえ、好意的な記者の方に連絡して残っている部屋も埋めるということで」

 

 そしてまあ、なんとも簡単に解決策を講じてくれた。

 

 合宿について大事な話があるんですが、と内線で電話をかけたら3分とかけずに部室にきて話を聞いてくれたのである。うちの部室から理事長室まではけっこう距離があるんだけど……まあ、たづなさんだしな。

 

「それ、大丈夫ですか? 旅館側もトレセン学園と提携しているからって理由で宿泊費をだいぶ抑えてくれていたと聞きましたが……」

 

 掃除や洗濯なんかを自分達で引き受ける代わりに、宿泊費を()()()()()()()()()って話だったと思うんだけど……旅館側としては利益が減って大変じゃないだろうか?

 

「それは大丈夫です。元々抑えていただいていた分の宿泊費はトレセン学園側で補填していましたし、旅館側としても長期間部屋が満室でお客に困らないというのは助かる話だと思いますよ? 近隣の宿泊施設や食事処にも今年の夏はお客が多そうだ、という情報を流しておけば商機を活かすでしょうしね」

 

 にっこり笑顔でそう断言するたづなさん。そういえば安い分、補填するって話は去年聞いた気がする。しかしトレセン学園と合宿先の宿泊施設との関係を暴露してくれたけど、俺は何も聞かなかったよ、うん。

 

「あとは関係者以外立ち入り禁止、入館できる記者も許可証を持っている方以外は禁止……そういう形にすれば大丈夫かと」

「……許可証をもらえない記者が突撃した場合は?」

「その記者が所属している出版社なりテレビ局なりが、トレセン学園全体から出禁になりますね。どこにも所属していないフリーの方の場合、訴訟を検討することになると思います」

 

 たづなさんは笑顔でそう語る。ふふふ……怖い。

 

「トレーナーさん達も、トレセン学園のウマ娘達も、少しでも強くなることだけを考えてくださればそれで良いんです。合宿中とはいえ多少はお仕事をしてもらわないといけませんけど、()()()()()()()を解決するのが我々の役目ですから」

 

 面倒な記者の対応を些事と言い切れるたづなさんを見て、俺はこの人だけは敵に回すまいと誓った。

 

「それに、記者関係の対応に関してはトレーナーさんの同期の方々からも相談を受けていまして……トレーナーになって3年目でチームを設立したり、重賞で勝ったりしていますからね。記者の注目度が高いようです」

「そうなんですね……」

 

 たづなさん曰く、チームキタルファほどじゃないけど同期の面々も記者の突撃インタビューを何度も受けているらしい。ミークやユイイツムニはGⅠウマ娘だし、特にインタビュー攻勢が激しいようだ。

 

「他のチームも合宿をしていますし、視察という形で現地に何度か足を運ぶと思います。ですが何か問題があればすぐに連絡してください。走って駆け付けますから」

「走って……ああ、たづなさんジョークですか。今日も良い切れ味してますねぇ」

 

 トレセン学園からは距離があるし、さすがに走って来られる距離じゃない。俺の反応を見て冗談で空気を軽くしようとしてくれたんだろう。

 

「……ええ、たづなジョークです」

 

 僅かに間を置いて微笑むたづなさんだった。

 

 

 

 

 

 そんなこんなで、合宿先での面倒事もなんとかなりそうである。それに安堵していた俺だったが、スマホがメッセージの着信音を鳴らしたため確認すると、複数の同期からグループチャットでメッセージが飛んできた。

 

 一体何の用件かな、と思ったら合宿に関する相談だった。

 

『合宿先の設備に関して現地で説明お願いしまーす』

『あと一緒に練習させてくだせー』

『模擬レースおなしゃーす』

 

 あれ? これって相談でいいのかな? なんか面倒事というか、現地での取りまとめをとりあえず俺に投げとこう、みたいな魂胆じゃない? とりあえず後で現地の資料を送っとこう。

 

『遠慮って言葉知ってる?』

『エンリョ? ニホンゴワカラナイ』

『実際に現地で合宿したことがある同僚がいるんだから聞くのは当然では?』

『遠慮して自分のところのウマ娘が強くなる機会を減らすトレーナーっているの?』

 

 うーん、一部ネタに走ってるけど正論が混ざってる……というか、同期のウマ娘達と一緒にトレーニングできるなら俺としても助かるんだよなぁ。

 

 昔ならいざ知らず、今ならライスが相手でも良い機会だと言わんばかりに挑む子達ばっかりだし。むしろ今ここで超えさせてもらう! ぐらいのノリでぶつかってくるし。

 

 実力的にもミークやユイイツムニといったGⅠウマ娘、他のウマ娘も重賞で勝っているレベルの子が多いし、重賞で勝ってなくても入着は何度もしているって子も多い。というか、最低でもオープン戦は制してるって子ばっかりだ。

 

 ドリームシリーズでライスとぶつかる子はさすがにまだいないし、ぶつかる可能性があるキングが相手がいると燃える子だし、同僚と合同合宿も悪くない。

 

 あとは数人後輩達が合宿する予定だし、何なら数日ぐらいの短期合宿ってことで他の後輩や新人達を誘ってみるのもいいかもしれない。

 

 で、夏の合宿で強くなったら、秋のシーズンは恨みっこなしで盛大に殴り合おうって話だ。ライスに関してはレースから長期間遠ざかっているし、重賞以上で走るウマ娘をフルゲートで突っ込んで競わせればレース勘も取り戻せるだろう。

 

 芝を主戦場としているウマ娘はライスとキングに競わせて、数が少ないけど後輩達が育てているダートのウマ娘はウララと競わせて……うん、いくら合宿といってもトレーニングだけじゃ物足りないし飽きるもんな。模擬レースも追加すれば良い感じに仕上げられるだろう。

 

 それに、何かあった時に人が多いと助かることもあるだろうしな……そんな考えのもと、合宿のプランを練り直す俺だった。

 

 

 

 

 

 そして合宿当日。

 

 大人数で移動するのならってことでトレセン学園から大型バスを運転手付きで借り、ウマ娘達は大型バス、トレーナーは車の運転をできるやつが運転手を務めて分乗って形になった。

 

「先輩、運転免許持ってたんすね」

「普通免許と大型自動二輪は持ってるぞー。中型とか大型とかは年齢制限があったから取ってないけどな」

 

 ハンドル握ってさあ発進。たまには運転しないと腕が錆びるからね。でも当然ながら安全運転だ。

 

 そうやってトレセン学園から出発進行……と、おや? 何やら路駐してた複数の車が後ろについてきてるぞ。乗ってるのは……あれはどこの記者だろうなぁ。

 

 偶然行き先が一緒である、なんて思えるはずもない。どうやら気合いの入った記者がついてくるようだ。バックミラー越しに見える顔に見覚えはないし、本当、どこの記者だろうか。

 

(うーん……さすがにこの車だと振り切れんなぁ)

 

 一瞬撒こうかと考えたものの、他のトレーナーが運転している車もいるしウララ達が乗った大型バスもいる。ここは大人しくついてこさせるしかないだろう。

 

 そう思った俺は後ろの車を意識せずに運転に集中する。そうして車を走らせて1時間と少し。去年も利用した場所が近付いてきたんだが……。

 

「なんか車や観光客が多くないっすか? 先輩、去年もこんな感じだったんですか?」

「去年はそこまで人出もなかったんだけど……こりゃ予想以上だなぁ」

 

 記者が多いとは思ったし、ウマ娘ファンも多いかなとは思った。しかし予想以上……軽く10倍は予想を超えてきたわ。

 

 この近辺でこんなに大きなお祭りってあったかな? なんて思うほどの人出だ。うん、お祭りがあるとは聞いてない。となるとこの人だかりはトレセン学園の合宿を見に来たってことで間違いないだろう。

 

 なんかちょっとした広さの空き地があれば出店が並んでるし、公園なんかも出店で溢れている。有料無料問わず駐車場は全部埋まっているし、思わずこの辺って有名な観光名所でもあったかな? 今年は海水浴が人気なのかな? なんて現実逃避をしたくなった。

 

 まだ合宿が始まっていないにも拘わらず大盛況な様子で、これで合宿が始まればどうなるんだろうな、と不安に思う。

 

(とりあえずたづなさんに後で連絡を……いや、こういうのは早い方がいいな)

 

 俺は同僚にたづなさんへの報告を頼むと、混んでいる道路で万が一にでも事故がないよう慎重に車を走らせていく。

 

「先輩……この人達って何人ぐらい集まってるんですかね?」

「軽く千人超えてるぞ。他の場所がどうなってるかわからないけど、下手したら一万人超えてるかもな」

「……そんなにいってます?」

「超えてほしくないけどなー」

 

 親子連れは子どもが道路に飛び出さないようしっかり手をつないでいるし、道路にもほとんどゴミが落ちていない。それでも事故る時は事故るから、慎重に慎重に……。

 

「先輩、後ろから歓声が聞こえるんですけど」

 

 そりゃあ最低でもオープン戦で勝ってる有名なウマ娘達がバスに乗ってるからね、仕方ないね。

 

(なんというか……プロ野球の球団が春先にキャンプする時の気持ちがよくわかるな)

 

 今世だとウマ娘のレースの方が集客力がすごいから、プロ野球のキャンプよりやばいかもしれん。

 

 時折後ろを確認してみると、ウララ達が乗ったバスに向かって手を振る人々の姿が見えた。中にはスマホを向けて写真を撮っている人もいるけど、車の通行を邪魔したり、行く手を塞いだりする人はいないようだ。

 

「これって練習になりますかね?」

「逆に考えるんだ。多くの人に見守られながらトレーニングをしていたら、本番のレースでも緊張しなくなるってな」

「……なるほど。そう考えるとこの人だかりはありっちゃありですね。プレッシャーをはねのけるトレーニングになりますし、観客の声に惑わされず集中するトレーニングにもなりますよ」

 

 後輩のそんな声に、同乗していた同僚達はうんうん、と頷いている。そうだぞ、何事も考え方を変えればウマ娘を鍛えるための要素になってくれるんだぞ。

 

 ただ、去年とは違った形の合宿になるんだろうなぁ、なんてことを俺は思うのだった。


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