リィンカーネーションダービー ‐新人トレーナーがんばる‐   作:烏賊メンコ

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ドリームシリーズに関しては独自設定全開です。


第114話:新人トレーナー、サマードリームトロフィーに挑む その1

 ライスのサマードリームトロフィーに向けて、合宿でも熱の入ったトレーニングが続く毎日。それは非常に充実した日々で、合宿に参加したウララ達以外のウマ娘の成長も顕著に感じ取れる。

 

 そんな合宿期間の最中、俺はとある問題にぶつかっていた。

 

「ライス、疲れているところ悪いが今日から君には特別なレッスンを受けてもらう」

 

 午前と午後のトレーニングが終わり、あとは自由時間となった。しかし俺はライスを運動しても問題なさそうな部屋に呼び出すと、そんなことを切り出す。

 

 部屋は旅館側にお願いして借り受けた倉庫代わりの一室である。足元が畳ではなくコンクリートでしっかりと固められた部屋で、これから激しい運動をするから2階ではなく1階の部屋をわざわざ選んだ。

 

「お、お兄さまと特別な……レッスン……!」

 

 ライスは何故か戦慄したように呟く。運動するからって理由で体操服を着てくるよう伝えてあるけど、ライスは落ち着かない様子で自分の髪をいじったり、もじもじと膝小僧を擦り合わせたりしている。

 

「ああ。これは特別で大事なことだ。なにぶん、俺も初めてでな……ライスも初めてだろうから、まずはゆっくり、少しずつやっていこうと思う」

「お、お兄さまも初めて……なの?」

「もちろんだ。さすがにこればかりは経験がなくてな……こんなタイミングで言い出す形になって、すまないと思っている。もっと早く言えば良かったんだが……」

 

 うっかりしていた、と言う他ない。まさかこんな問題が潜んでいるとは思っていなかったのだ。

 

「俺が手取り足取り教える、なんて言えれば良かったんだけど、二人で一緒に覚えていくことになる……それでもいいか?」

「う、うんっ! もちろんっ!」

 

 勢い込んで頷くライス。ウマ耳と尻尾がピンと立ち、何故か顔が真っ赤だ。もしかして熱中症かしら……でも体がきついって雰囲気じゃないな。

 

「本当はウララとキングも一緒に教えたかったんだが……さすがにいきなり3人はな」

「いきなりじゃなかったら3人同時なのっ!? ライス、ビックリだよ!?」

 

 驚きの声を上げるライス。え? さすがにいきなり3人相手は無理だぞ? とりあえずライスに覚えてもらって、後でウララやキングにも手伝ってもらうつもりではあるけど。

 

 俺はライスの反応に首を傾げつつも、足元にしゃがみ込む。一応、足元には滑り止め兼防音仕様のダンス用シートを設置しているため、座っても汚れないのだ。

 

「ほら、ライスも座りなさい」

「ら、ライス、き、緊張してきちゃった……」

「大丈夫だライス。まずは映像でお勉強だ」

「映像で!?」

 

 俺がノートパソコンを用意しながら言うと、ライスが驚愕したように目を見開く。なんだ? 最初に映像で勉強した方がわかりやすいんだぞ?

 

 そう思いながら俺は持ち込んだノートパソコンを操作し、用意していたフォルダを開く。ライスは俺の隣にちょこんと座り、すすす、と少しずつ俺に密着するように近付いてきた。

 

「こ、この映像って……その、どんなのなの? ライス、そういうの全然知らなくて……」

「ん? 普通のだぞ?」

「ライス普通がわかんないよっ」

「慣れてるからシンボリルドルフのを借りてきたんだが」

「ルドルフさんの!?」

 

 ライスは目を白黒させている。何か齟齬がある気がするけど、まあ、映像を見ればわかるだろう。そう思った俺は動画ファイルを再生した。

 

 するとそこには勝負服――ただしGⅠで着るものではなく、ドリームシリーズ用の勝負服を着たシンボリルドルフが映る。他にも勝負服姿のウマ娘が何人も映り、ここにきてライスが呆気に取られたように首を傾げた。

 

「……あの……お兄さま、これ……なに?」

「これはな……あ、始まるぞ」

 

 百聞は一見に如かず。まずは見た方が早いだろうと俺は音量を上げる。

 

 すると、ファンファーレを模したようななんともいえない軽快な音楽が鳴り始め、映像の中のシンボリルドルフが『位置について』と言って()()が始まった。

 

「お兄さま……これは?」

「ドリームシリーズのウイニングライブの映像だ」

「ウイニングライブ」

 

 真顔になったライス。そして真顔で俺を見詰めてくるためとりあえず動画を一時停止すると、隣に座っている俺の背中をビシビシと尻尾で叩き始めた。痛くはないけど抗議したい意思は伝わってくる。

 

 そう……俺は失念していたのだ。そういえばドリームシリーズでウイニングライブに出ることになったら、どの曲を踊るのかなって。

 

 すると()()()が出てきたのである。相変わらずどんな意味をもたせてあるのかわからない、うまぴょいと連呼するあの曲だ。 

 

 なんでURAはこの曲をドリームシリーズのウイニングライブで使おうと思ったの? 事前に参考映像としてシンボリルドルフが踊っているところを見て、思わず目を丸くしちゃったよ?

 

 でも妙に記憶に残る曲ではある。感動はしないけど、確実にインパクトがある。今世で初めて聞いた時は目が点になったぐらいだ。しっかりと聞いたらその日の晩、布団に入って眠ろうと目を閉じたら頭の中で勝手に再生されるぐらいにはインパクトがある。

 

 ドリームシリーズはシニア級を卒業したウマ娘達がぶつかり合う、宝塚記念や有記念とは違った意味でお祭りみたいなもんだし、ウイニングライブで踊る曲もこういう明るいものを採用しているんだろうか。

 

 なお、歌詞や曲調もそうだけど、ダンスの振り付けもかなり独創的だ。昔はGⅠのウイニングライブでも使われていた……というか俺が今世で初めて見たシンザンのレースのウイニングライブもこの曲だったけど、ドリームシリーズに出たらこれをライスに踊ってもらうことになる。

 

 ステージに立ってセンターやその左右で踊るのは、これまでのレースと同じく3着に入ったウマ娘だけだ。しかし、ドリームシリーズの場合バックダンサー的な扱いでレースに参加した全員が踊る。

 そのため1着になった場合、2着や3着になった場合、4着以下になった場合でダンスの振り付けが変わるのだ。3着に入れなくてもステージに上がってウイニングライブを踊るあたり、シニア級までのレースとは一線を画しているんだな、なんて思ったり。

 

 普段のウイニングライブと違ってステージの作り自体別物になるらしく、曲の途中でステージに接続されたU字型の細いステージを走ったりもする。

 

「……ライス、これを踊るの?」

 

 シンボリルドルフが踊る姿を見詰めていたライスだったが、やがてぽつりと呟いた。さっきは顔が真っ赤だったけど、今は恥ずかしそうに頬を桜色に染めている。

 

「ちょ、ちょっと恥ずかしい……かも?」

 

 まあわからんでもない。これまでのレースで踊ったことがあるダンスは格好良いものが多かった。しかしこのダンスは今までとかなり毛色が違う。そのためライスが難色を示すのもわからないではない……んだが。

 

「俺なんかが踊ると大惨事だけど、ライスが踊る分には可愛いと思うんだけどなぁ」

「か、かわっ!?」

 

 ウマ娘は美人ばっかりだし、どんなダンスでも絵になると思う。恥ずかしいかもしれないけど、恥じらいながら踊るというのもそれはそれでグッとくるファンが多いんじゃないだろうか。

 

 映像ではシンボリルドルフが踊っているけど、普段の堂々とした……凛とした……威厳のある……うん、思いついたギャグをひたすら口走っている姿と比べれば様になっている。いやあれはあれで味わい深いものがあるけども。

 

 俺がそんなことを考えていると、ライスは繰り返しウイニングライブの映像を確認する。その表情は真剣で……なんでチュウするポーズを繰り返し再生してるんだろ? そのポーズというかダンスは1着になった子だけがやるやつだから、1着になるって決意表明かな?

 

「ライス、俺は君こそが最強のステイヤーだって信じている。でも、ドリームシリーズはシニア級までと比べて更に上のレベルのレースだ。2着以下になった場合の振り付けもきちんと覚えなきゃいけない……わかるな?」

 

 ライスが絶対に勝つから1着の振り付けしか覚えさせない、なんてのはライス本人にも相当なプレッシャーを与えることになるだろう。というかそれで負けたらウイニングライブで踊り切れず、他のウマ娘の迷惑になる。だからウマ娘はみんな1着以外の振り付けもきちんと覚えているのだ。

 というか、1着以外にはならないから覚えさせないとか慢心も良いところだろう。アニメや漫画で見かける死亡フラグみたいなもんだ。

 

 それでもライスなら勝ってくれる、この子こそが最強のステイヤーだと信じてはいる。しかしそれでも世の中に絶対はない。何故ならぶつかる可能性が高い相手は、()()シンボリルドルフなのだから。

 

 それに、ドリームシリーズに出てくるウマ娘は近年のウマ娘でもトップクラスの子ばかりだ。シンボリルドルフほど突出した子は滅多にいないけど、()()()()GⅠで何度も入着しているような子ばかりである。というかGⅠウマ娘がゴロゴロいる。

 あるいは重賞で複数回勝っているような子ばかりで、俺が知っているウマ娘だと……イクノディクタスが重賞で複数回勝利、ただしGⅠでの勝利はなし。それが最低ラインだったりする。

 

 最盛期と比べれば肉体面では劣るかもしれないが、半年に一度の大舞台に出るために心身を鍛え上げ、たった一度のレースで全身全霊を燃やし尽くすように駆け抜ける。

 

 全員が全員、現時点での限界を超えて最盛期並のスピードで走り、なおかつこれまで積み重ねてきた経験を活かしてバチバチにやり合うのがドリームシリーズなのだ。

 

 ちなみに1着賞金は1億円と、国内のGⅠと比べてそれほど高いわけではない。ジャパンカップや有記念が3億円だと思えばそこそこといったところだろう。

 

 ただしシニア級までと違ってウマ娘に2割、トレーナーに1割なんてこともなく、全額が振り込まれる。取り分に関してはウマ娘とトレーナーで相談して決めてね、というスタンスだ。

 

 2着から5着までは1着賞金の40%、25%、15%、10%という部分も変わらないけれど、出走奨励金や特別出走手当などがシニア級までと比べて桁違いに多い。なんと出走するだけで500万円ほどもらえる。

 

 多分、ドリームシリーズに出られるほどのウマ娘となるとこれまでURAへの()()も大きいだろうし、少しでも還元してくれてるんじゃないかなって……元々ウマ娘に渡る賞金は2割に抑えられてたけど、ドリームシリーズに出るウマ娘ってなるとライスみたいに、世間一般で言えば高校を卒業して社会人になっててもおかしくない年齢だしな。

 

 ある程度大きな額のお金を渡しても問題ないとURAが判断しているのかもしれない……いやちょっと待って、ある程度大きな額って言ったけど、普通にとんでもない巨額だわ。なんだよ1億円って。2着でも4000万円、5着でも1000万円だぞ。感覚マヒしてるわ。

 

(賞金は……まあ、全額ライスの口座に振り込むとして……いや、それはライスが遠慮するか。問答無用で全額口座に突っ込んだら同じことされそうだし、これまで通り1割って感じで……仮に着外とかなら全額突っ込もう、うん)

 

 今でもライスは十分な資産があるけど、お金ってのはないよりもあった方が良い。ライスは無駄遣いする子じゃないけど、ウマ娘としてレースを完全に引退したら収入が一気に減るだろうし、将来に備えてお金は貯めておくべきだろう。

 

 うん……現時点でライスはレースの賞金やグッズの利益で数億円規模の貯金があるからなぁ。前々から思っていたことだけど、サポーターとしてだけじゃなくお金の取り扱いや資産運用に関しても勉強させていこう。

 

 で、話を戻してドリームシリーズのウイニングライブに関してである。本当は近場にある室内練習場でも使えば良いんだろうけど、トレーニングが終わってから移動してどうこうってやるのは割と厳しい。

 

 日が暮れてもウマ娘ファンが出歩いているし、トレセン学園から取材許可が出ていない記者があちらこちらにいるからだ。ウマ娘ファンが出歩いている理由は単純で、連日お祭りのように出店が建ち並んでいるからである。

 

 あとは移動時間やら利用申請の手続きやらも考えると、旅館でやってもいいかなって……ある程度覚えたら室内練習場を利用して、ウララ達にも手伝ってもらってしっかりと仕上げるつもりだけども。

 

 そんなわけで、合宿でのトレーニングに加えてウイニングライブに関する練習も加わり、日々が過ぎていくのだった。

 

 

 

 

 

 そして迎えた、サマードリームトロフィー当日。

 

 開催場所は国内にあるレース場の中でも最大の収容人数を誇る東京レース場だ。約20万人もの収容人数を誇るが、ここ最近のウマ娘ファンの動向を考えると多分到底足りないんじゃないかなって……。

 

 8月前半は東京レース場で目ぼしいレースもない。重賞どころかオープン戦すらない。というか、7月から9月にかけて東京レース場で開催されるのは未勝利戦ぐらいしかない。その辺りも東京レース場で開催される理由だろう、なんて思う。

 

 ここ数日ライスは少しずつトレーニングメニューを軽いものにして、疲労を抜きつつ体を仕上げる作業に追われていた。ウイニングライブのダンスもばっちりである。

 

 ウララとキングも同行するが、今日ばかりは完全なオフだ……あれ? レース観戦ってオフで良いのかな? まあ、走らないしオフで良いな、うん。

 

 ちなみに同期や後輩達も良い機会だからと今日はオフにするつもりらしい。たまには休みを入れて羽を伸ばさないとウマ娘達ももたないしな。中には応援に行こうか? って言ってくれた同期や後輩もいたけど、来てくれても入場できないだろうから気持ちだけありがたく受け取っておいた。

 

 普段のレースと違って出走時刻が違うため、朝から車を走らせて東京レース場へと移動してきたけど人出がとんでもないのだ。車に備え付けてあるラジオをつけてみると、始発で来ても入場できなかった人が多い、なんて恐ろしいことを言っている。

 

 通常だと未勝利戦が何レースも続き、メインレースの第11レースまでかなり時間がかかる。そのため朝から入場して未勝利戦やオープン戦を全部見て、メインレースも見て、最後に第12レースまできっちり見て帰るっていうのは筋金入りのウマ娘ファンだけだろう。

 だが、今日東京レース場で行われるのはドリームシリーズである。未勝利戦などはなく、シニア級を卒業したトップクラスのウマ娘達が短距離、マイル、中距離、長距離、ダートの5レースを走るのだ。

 

 トレセン学園全体で見ても一握り……いや、()()()()()程度のウマ娘しか出ることができないレースとなると、ファンの気合いの入り方もすさまじいものがある。

 

 具体的には、ラジオのニュース番組では入場できた人にインタビューをしているが、前日から並ぶのは当たり前、早い人は三日前から並ぶという狂気的なコメントが返ってきたらしい。

 

 東京レース場周辺に住んでいる人が夜のうちに集まってくるため、住んでいる場所が遠ければ遠いほど現地で見ることが困難になっていく。

 

 しかしそれでも、だ。たとえ入場できずに生でレースを見ることができなくとも、少しでも近くでレースの熱に触れたいというウマ娘ファンも多い。というか、多すぎる。

 

 東京レース場に近付くにつれて、歩道に大量の歩行者がいるのが目につくようになっていく。その歩行者達が向いている先にあるのは東京レース場だ。

 歩行者達は既に入場を諦めているのだろう。焦った様子もなく、道路に誰一人としてはみ出ることなく粛々と歩道を歩いている。

 

 ちなみに、ではあるが。東京レース場の周辺には神社やお寺が多かったりする。中にはかなりの敷地面積を誇る寺社もあるわけだが、この時期になると大量の参拝客が訪れるようだ。

 

 ……うん、入場できず、東京レース場周辺は人が多すぎてきついって人が訪れるらしい。寺社側も境内にでかいテレビを設置して、ウマ娘ファンと一緒に盛り上がるようだ。寺社がそれで良いのかと思ったけど、神様や仏様も一緒に見て楽しんでいるだろうって判断らしい。

 

 そんなわけで大量の人波に圧倒されつつ、関係者用の駐車場に車を停める。一般客用の駐車場は満杯だが、関係者用の駐車場は綺麗に空けてあるあたりウマ娘ファンってすごいなって思う。まあ、車を停められなかったら出走予定のウマ娘に迷惑がかかるって思えば当然なのかもしれない。

 

 それでもウマ娘に対する思いが強すぎるからこそ、ライスの菊花賞の時みたいにブーイングライブが発生したりするんだろう。あるいは、現地に詰めかけるほどのファンだからこそウマ娘に対して紳士的なのかもしれん。ライスへのブーイングライブは紳士的じゃなかったけど。

 

 そんなこんなで人混みを掻き分けるようにして東京レース場に入場し、控室へとライスを送り届けた俺はパドックに向かう……ってのがいつものパターンだけど、今回は違う。

 

 パドックでお披露目すると普段以上に観客が押し寄せて危険だということで、ドリームシリーズではお披露目もコースで行うのだ。

 昔は他のレースと同じようにパドックでやっていたみたいだけど、観客席とパドックを往復する際に迷子になる子どもが大量に出たり、重大な事故につながりかねないってことでパドックでのお披露目がなしになったのだ。

 

 そのためライスを控室に送ると、そのまま観客席に向かう。出走するウマ娘の調子は観客席からチェックし、ライスにはゲートイン前に伝える予定ではあるが……。

 

「あっ! やっと見つけたっ!」

 

 なんて考え事をしていたら、背後から聞き覚えのある声が聞こえた。そして背中に感じる衝撃に、俺は足を踏ん張ってギリギリのところで耐える。

 

「お久しぶりですっ! おじさまっ!」

「ダイヤちゃん……人違いだったらどうするんだい?」

 

 肩越しに振り返ってみると、そこには笑顔で見上げるダイヤちゃんの姿があった。相変わらずのお嬢様っぽい私服で、ウマ耳がご機嫌そうにピクピクと動き、尻尾も盛大に揺れている。

 

「おじさまを間違えるなんてあり得ないですよっ!」

 

 笑顔でそう断言するダイヤちゃんだけど、勘違いは誰にでもあり得るからなぁ。背中に抱き着いて振り返ったら別人だった、なんてことがなければ良いけど。

 

「だ、ダイヤちゃーん……どこー……」

「あっ! キタちゃんこっちー!」

 

 遠くから聞こえてきたのはキタちゃんの声である。ダイヤちゃんが声を上げながら手を振ると、キタちゃんが人混みから姿を現した。

 

「もう、いきなり駆け出して……って、ああ……やっぱりおじちゃんがいたかぁ……」

 

 げんなり……ではなく、なんというか諦めたような顔と口調で呟くキタちゃん。キタちゃんの背後へ視線を向けてみると、キタちゃんのお父さんも苦笑しながら近付いてくる。

 

 ダイヤちゃんやキタちゃんとレース場で会うことは案外少なかったりする。その理由は単純で、二人が小学生だからだ。

 

 保護者同伴だとしても遠出をするには限度があり、行けるとしたら東京レース場ぐらいだろう。親御さんも休日に必ず予定が空いているとも限らず、こうしてレース場で会うのは久しぶりだ。

 

 まあ、レース場で会うのが久しぶりなだけで、ダイヤちゃんからはメッセージアプリで連絡がよく来るし、バレンタインデーの時のように遊びに来たりもするが。

 

「今日はよく入場できたねぇ」

「始発の電車に乗って、駅に着いたら走ってきました!」

 

 なるほど、いくら人が多いと言ってもウマ娘のダッシュ力に勝てる人間はいない。割とギリギリだったがなんとか入場できたらしい。ただまあ、キタちゃんのお父さんは大変だったようだけど。

 

「おじさま、今日はパドックには行かないんですよね? 一緒にレース、見れますか?」

 

 ダイヤちゃんがキラキラとした目で俺を見上げながら聞いてくる。そのため俺は苦笑しながら頷くと、観客席へと向かうのだった。


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