リィンカーネーションダービー ‐新人トレーナーがんばる‐   作:烏賊メンコ

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第115話:新人トレーナー、サマードリームトロフィーに挑む その2

 ドリームシリーズ。

 

 それはその名が示す通り、ウマ娘ファンにとっては夢の舞台と言えるだろう。いや、出走するウマ娘にとっても、担当ウマ娘を送り出すトレーナーにとっても夢の舞台と言えるかもしれない。

 

 専用の勝負服はGⅠの時だけ着ることができるが、ドリームシリーズの場合は更に特別な勝負服を着てレースを走ることになる。

 

 デザイン自体は専用の勝負服と比べればシンプルだ。白色を基調とした短ズボンに袖なしかつへそ出しのタンクトップ。タンクトップ服の前面や服の縁部分はウマ娘によって異なる色合いになっており、ひらひらとした半透明のレースが腰回りを覆っている。

 

 ライスも事前に作ってもらったが、色は濃い青色を選んだ。ライスが好きな青薔薇色である。

 

(しかしまあ、なんというか……ウマ娘の勝負服によってはもっと大胆というか過激なのもあるけど、へそ出しに短パンって……)

 

 それを着るのがうら若き乙女達……しかも美人揃いのウマ娘っていうのがなんとも言えない。

 

(でも体付きはよくわかる……足回りや上半身の筋肉の付き具合もわかりやすいな)

 

 観客席の最前列に陣取った俺は、コースに入場してきたライス達を見ながらそんなことを思う。

 

『晴天に恵まれた真夏の東京レース場。各ウマ娘が入場してきました。これから行われるのはサマードリームトロフィーの第4レース、長距離2500メートルです。バ場状態は良の発表となっております』

『第1レースの短距離はマルゼンスキーが、第2レースのマイルはフジキセキが、第3レースの中距離はエアグルーヴが1着を獲りました。近年のドリームシリーズでは恒例となっていますが、やはりチームリギルが強いです。第4レースの長距離は一体どうなるんでしょうね』

 

 入場が始まると同時に、実況と解説の男性がそれぞれ声を発する。

 

『今回もチームリギルの一強体制か、あるいはチームリギルに土を付けるウマ娘が現れるのか。期待が膨らみますね』

『その期待を裏付けるように、URAの発表によると今回のドリームシリーズでは入場できなかった観客を含めて100万人近い人出だそうです。東京レース場の周辺は人で溢れ返っているようですね』

 

 解説の男性の発言に観客席からどよめきの声が上がる。100万人と聞くととんでもない数だ……いやでも、この世界でも東京の人口は1000万人を軽く超えてるし、10人に1人が見に来ようとしたと思えば大したことはない……いやいや、普通にとんでもないわ。いくら国民的な娯楽といっても限度があるわ。

 

 まあ、その人出から目を逸らすとして……今回のサマードリームトロフィーにおいて短距離は1400メートル、マイルは1600メートル、中距離は2000メートル、長距離は2500メートルになっている。ダートは1600メートルとほとんどのダートウマ娘にとって走りやすい距離だ。

 

 そして予想通りというべきか、これまでの3レースは全部チームリギルに所属するウマ娘が勝ったらしい。1着にならなかった子も入着以上……というか、3着には入っている。

 

(うーん……そりゃこの結果を見ればチームリギルがトレセン学園最強って言われるのもわかるなぁ……)

 

 それでいてジュニア級、クラシック級、シニア級でもGⅠで活躍するのがチームリギルである。東条さんマジ大魔王様。

 

 ウマ娘用の専用通路から入場してきたライス達はゲートには進まず、まずはホームストレッチを歩いて観客席の前に整列する。パドックでのお披露目と違い、観客全員が見られるように一人ひとり紹介していくのだ。

 

 東京レース場の芝のレースだとフルゲートなら18人。しかしドリームシリーズに進めるウマ娘が少ないからか、今回の長距離での出走メンバーは12人である。

 いや、優れた実績を残さないと出走できないし、仮に出走できたとしても衰えれば本当の意味で引退してしまうウマ娘もいるから、12人ってのは割と多い方なのかもしれない。

 

 5レース全部で12人ずつ出走したら全部で60人だが、トレセン学園全体の約3%のウマ娘しか出られないと考えると狭き門だ。一クラスから一人程度しか出走できない、と思えばその少なさがよくわかるだろう。

 

 複数回勝利するウマ娘を除くと、GⅠウマ娘は年間で30人ほど誕生する。今のところトゥインクルシリーズでは芝とダート含めて年間30回GⅠレースがあるからだ。

 しかし、ドリームシリーズは年に2回。つまり年に10人にしか勝者が生まれない。出走できるウマ娘がトレセン学園全体の3%、勝者は年間で0.5%しか誕生しない。複数回勝利するウマ娘がいる場合、その割合は更に下がる。

 

 ()()()()()()にこれからライスが挑むのだ。

 

『それでは各ウマ娘の紹介を行います。1枠1番、ミホノブルボン。初出走の9番人気です』

『GⅠ2勝を挙げたウマ娘がとうとうドリームシリーズに初参戦です。この子は正確なラップタイムを刻みながら逃げますからね。どんな逃げ足を見せてくれるのか楽しみですよ。長期療養から復帰して走り続けるその姿勢は素晴らしいものがあります』

 

 ウマ娘達が整列して観客達の声援が一段落すると、各ウマ娘の紹介が始まる。長期療養から復帰してシニア級に挑んでいたミホノブルボンだったが、ドリームシリーズに舞台を移して走り続けるようだ。

 

 ライスがドリームシリーズに挑むからミホノブルボンも戦いに来たんじゃないかな、なんて思うのはライス贔屓が過ぎるか。というか、ミホノブルボンで9番人気かぁ、なんて思う。

 

『3枠3番、トウカイテイオー。初出走の4番人気です』

『来ましたね……去年のシニア級を盛り上げたRTMの一人、GⅠ5勝のウマ娘です。初出走ながら4番人気というのはファンの期待の表れでしょう。最終直線でのこの子の末脚はすさまじいものがあります。好走に期待できるウマ娘ですね』

 

 トウカイテイオーは……バッチリ仕上げてきたな。半年かけた分仕上がりも良さそうだし、調子も完璧って感じだ。

 

 トウカイテイオーにとっては憧れのシンボリルドルフとの勝負でもある。気合いは十分だろう。

 

 というか、TMRがRTMって呼ばれてる……たしかにGⅠの勝利数だとその順番だけどさ。

 

『5枠6番、ライスシャワー。初出走の2番人気です』

『こちらもトウカイテイオー同様、去年のシニア級を盛り上げたRTMの一人にして筆頭! GⅠ6勝! 長距離GⅠ制覇! 春秋天皇賞連覇! 秋のシニア三冠獲得! 有記念2連覇の最強ステイヤーです!』

 

 なんか一気に解説の男性のテンションが上がった。そして観客のファン達も一気にボルテージが上がり、地鳴りのような大歓声が東京レース場に響き渡る。

 

 ライスが委縮しそうなほどの歓声だが……うん、大丈夫だな。合宿を始めて以来、毎日数千人近いファンに見守られていたからか動揺はない。

 

『6枠8番、シンボリルドルフ。1番人気です』

『ドリームシリーズの覇者にしてGⅠ7冠ウマ娘! ウマ娘史上初となる無敗のクラシック三冠達成! 有記念2連覇! 『絶対』の『皇帝』シンボリルドルフ! 堂々の1番人気です!』

 

 うーむ……人気が上位のウマ娘は扱いが違うのかな? 盛り上げるためなんだろうけど、解説の男性の気合いの入り方が違う。あるいは乙名史さんの同類やもしれぬ。

 

 シンボリルドルフはしっかりと時間をかけて体を鍛え上げてきたのだろう。去年の夏の合宿の模擬レースでライスが同着した時は、サマードリームトロフィーの後……つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 

 あの時よりも強く、精神も充実しているに違いない。だが、ライスも去年の合宿の時と比べれば成長している。骨折から復帰してしっかりと体を鍛え直したし、今のライスは去年の有記念の時に匹敵するだろう。

 

 しかしなんだ……こうして生のレースでシンボリルドルフを見るのは初めてだけど、さすがに空気が違う。堂々とした立ち居振る舞いは、普段駄洒落を思いついては即座に口走るウマ娘とは思えないほどだ。

 

「すごいな……あれが『皇帝』、あれがGⅠ7冠ウマ娘か」

 

 俺は思わずそんなことを呟く。まだ走ったところを見ていないが、嫌でもわかる。

 

 あのシンボリルドルフこそが国内最高峰。シニア級を卒業したライスでは超えられない、トゥインクルシリーズの覇者だ。

 

 GⅠの勝利数でライスが超えるには海外のGⅠに挑んで勝つって方法もあるけど、トゥインクルシリーズに限れば最早超えようがない。

 

「おじさま、GⅠ7勝ってそんなにすごいんですか?」

 

 俺の腰元に抱き着いた状態でそんなことを尋ねてくるダイヤちゃん。しかし俺はダイヤちゃんに視線を向ける余裕もなく、シンボリルドルフをじっと見つめながら答える。

 

「今のところ中央でその記録を超えたってウマ娘はいないからね……ダイヤちゃんもよく見ておくんだ。あのウマ娘こそが日本のウマ娘の()()()()()頂点といっても過言じゃない」

「ウマ娘の……頂点……」

 

 俺はそう言いつつ、手を伸ばしてダイヤちゃんの頭を優しく撫でる。この子もウマ娘として走り出す時期が来るのだろうな、なんて思いながら。

 

 だけどまあ、シンボリルドルフを頂点とは言ったけどキングなら超えられる可能性がある。現時点でGⅠ4勝を挙げているし、秋のシニア三冠を獲れればGⅠ7勝で並ぶのだ。そしてキングはまだ中等部で、今年シニア級になったばかりである。

 

「そう、頂点だ。でも勝つのはライスさ。あの子は最強のステイヤーだからね。他の誰が何人、いや何百万人、あるいは世界中の人間がシンボリルドルフの方が強いと言っても、俺はそう信じているよ」

 

 そして、GⅠの勝利数では負けていても、実力でライスが負けているとは思わない。あの子こそが最強のステイヤーだ。

 

 シンボリルドルフ? こっちはライスシャワーだ。祝福の名を冠する最強のステイヤーだ。

 

「むぅ……」

 

 俺が力説すると、ダイヤちゃんから拗ねたような声が聞こえてきた。そして俺の腰に回された両腕に力が加わり……痛い痛い。骨が軋むからやめなさい。

 

『7枠9番、メジロマックイーン。初出走の3番人気です』

『RTMの最後の一人にしてGⅠ3勝! トウカイテイオーよりも人気で勝ったのはこの子がライスシャワーと鎬を削り合うステイヤーだからでしょう! 長距離でのメジロマックイーンは強いですよ!』

 

 メジロマックイーンは紹介と共に観客席に向かって一礼する。トウカイテイオーと同様に、仕上がりも調子もばっちりって感じだ。

 

 というかスピカの先輩、ドリームシリーズにチームから2人出走するっていうのに2人とも長距離に出すとかロック過ぎる……チームリギルみたいに他の距離に1人出すって選択肢は……ない、か。俺が先輩の立場でもこうするわな。

 

 トウカイテイオーはシンボリルドルフに挑み、ライスにも勝つため。

 

 メジロマックイーンはRTMの3人で競い合うため。

 

 そう希望されたら、頷くことしかできないわ。

 

 そうしてウマ娘達の紹介が終わると、観客席に向かって一礼してからゲートへと向かい始める。東京レース場は左回りで、今回の2500メートルの場合は観客席から見て左手……第4コーナーを抜けた場所にゲートが設置されている。

 そこからスタートしてぐるりと1周走り、ホームストレッチを駆け抜けてゴールを目指す形になる。

 

 しかし、この分だとライスはこっちまで来る余裕はないか……それでもライスの様子を確認すると、ライスはじっとシンボリルドルフを見ている。今回のレースにおいて最大最強の敵だとライスも認識しているのだ。

 

 それでもライスは俺の方に視線を向けてくる……っと? なんかライスの気迫が一気に増したか? 凄味のある笑顔でこっちを見ているが……気合十分だな、ライス。これは期待できそうだ。

 

 ライスの気迫は迫力がありすぎて周囲にいたウマ娘がビクッと身を跳ねさせたほどだ。

 

 そうして各ウマ娘がゲートへ向かい、ファンファーレが鳴り響くと同時にゲートインが始まる。既に各ウマ娘の紹介が終わっているため、誘導員に従って次から次へとゲートインが進む。

 

(ライス……)

 

 GⅠレースに初めて挑んだ時も緊張したが、トレーナー生活3年目でドリームシリーズに初めて挑むとあってさすがに緊張する。

 ただまあ、初めて挑んだGⅠが有記念っていうのも大概おかしかっただろう。そう思えば力が入った肩から少しずつ力を抜くことができた。

 

 見れば、ウララもキングも真剣な表情でライスを見詰めている。ウマ娘にとって国内最高峰のレースがこれから始まるのだ。一瞬たりとも目を離すことはできない。

 

 ウマ娘達が続々とゲートインしていく。それを見た観客達は大きな歓声を上げそうになるが、これからレースが始まればいくらでも歓声を上げることができる。そう考えたように少しずつ、激情を抑え込むようにして歓声が小さくなっていく。

 

 それでも20万近い人間が一カ所に集まっているのだ。僅かな衣擦れの音も、人が増えれば大きな音となる。

 

 真夏の日差しが降り注ぎ、汗が頬を伝い落ちる。遠くから蝉の鳴き声が聞こえ、真夏の空気が東京レース場を満たしていく。

 

 そしてゲートインが完了し――サマードリームトロフィーが始まった。

 

 

 

 

 

『各ウマ娘ゲートイン完了……スタートしました』

 

 バタン、という音と共にウマ娘達がゲートから一斉に飛び出していく。さすがはドリームシリーズに出てくるウマ娘というべきだろう。出遅れは一切なく、それぞれが綺麗なスタートを切った。

 

『最初に飛び出したのは1番ミホノブルボン。競うように5番アイゼンテンツァー。続いて2番リバイバルリリック、3番トウカイテイオー、6番ライスシャワー、8番シンボリルドルフ、9番メジロマックイーン、10番グリードホロウ。そこから僅かに離れて4番ツールジボワール、7番ワルツステップ、11番フリルドグレープ。シンガリに12番ポーラーディッパー』

『ミホノブルボンは好位置からのスタートということもあってスムーズに前に出ましたね』

 

 眼前のレースはサマードリームトロフィーでも第4レース。つまり普段ライスが走っている第11レースと比べると内ラチも大して荒れておらず、1枠1番のミホノブルボンはスタートと同時に苦も無く前へと駆けていく。

 

(さすがはドリームシリーズ……全員が全員、()()()()()()な)

 

 スタートの技術、スタート直後の位置取り、周囲の状況。それらを勘案して走る彼女達は、逃げウマ娘のミホノブルボンとアイゼンテンツァーを除いて内枠に近い順に前へと駆けていく。

 

 ライスの足とスタート技術なら早々に3番手につけるかと思ったが、シンボリルドルフ以外のウマ娘はスピードやスタミナではライスに劣っていても経験と技術を駆使して駆けている。

 

 状況判断、周囲への牽制やフェイント、それらを呼吸するのと同じレベルで行う彼女達は、まさしくドリームシリーズに出るに相応しいウマ娘なのだ。

 

『さあ、ホームストレッチをウマ娘達が駆けていきます。先頭のミホノブルボンが加速して後続を引き離そうとしています。しかしその後ろにピッタリついたのは5番アイゼンテンツァー』

『序盤から良い位置につきましたね。逃げながらもスリップストリームでスタミナの消耗を抑えるつもりなんでしょう』

 

 ふむ、と俺は小さく呟く。視線を向けてみると、小柄なライスはともかくとして出走しているウマ娘の中では大柄なシンボリルドルフの背後にもウマ娘が控えているのが見えた。

 

『先頭のミホノブルボンが第1コーナーへと突入していきます。その背後にはぴったりとアイゼンテンツァーが追走。3バ身ほど離れて2番リバイバルリリック、3番トウカイテイオー、6番ライスシャワーが競っています。8番シンボリルドルフ、その背後に10番グリードホロウ、9番メジロマックイーンは少し下がったか。そこから1バ身離れて4番ツールジボワール、11番フリルドグレープ、7番ワルツステップ。2バ身離れてシンガリに12番ポーラーディッパー』

 

 800メートルほど走って先頭のミホノブルボンからシンガリまでは……大体7バ身ってところか。ツインターボほどの逃げっぷりはないけど、ミホノブルボンもかなり飛ばしているな……いや、背後にぴったりとつかれたから飛ばさざるを得ないのか?

 

『先頭のミホノブルボンが第2コーナーを抜けて向こう正面へと差し掛かります。1000メートルを通過してタイムは1分0秒ジャスト。少し早いペースでしょうか』

『ミホノブルボンは正確にラップタイムを刻んでいますね。まだ中盤ですが、初出走でこの落ち着きぶりは大したものですよ』

 

 ある程度飛ばしながらも、ミホノブルボンは正確にラップタイムを刻みながら走っているようだ。解説の男性の言う通り、初出走のドリームシリーズであの走りを実行できるのは大した度胸だろう。

 

(いや……ライスもだけど、ミホノブルボン達もGⅠで何度も走ってきたんだ。あのぐらいの度胸は当たり前、か)

 

 何十万という観客を前にしても平然と普段通りに走るのは、ドリームシリーズに出てくるウマ娘にとっては()()()()と言えるのかもしれない。

 

 観客達はコースを走るウマ娘達の姿に大興奮しており、各々がウマ娘の名前を必死に叫んだり、応援の声を飛ばしたりしている。

 

『ウマ娘達が向こう正面を駆けていきます。先頭は変わらず1番ミホノブルボン。しかし先ほどまではシンガリまで7バ身から8バ身ほどありましたが、6バ身ほどに距離が縮まっていますね』

『いくらウマ娘でも走りながら後続の全員を確認することはできませんからね……既に各ウマ娘が仕掛けてきていますよ』

 

 観客席から見ていると、実況の男性が言う通りハナからシンガリまでの距離がじわじわと縮まってきているのが見える。追い込みを狙うウマ娘でさえ少しでも前へと駆けている……いや、あるいは実力が近いからか?

 

 ドリームシリーズは一年に2回。つまりクラシック級やシニア級の時のように今回のレースが終わっても一ヶ月後に別のレースがある、なんてこともない。

 

 半年かけて鍛え上げてきた集大成を見せるのが今日この時で――もしかするとそれは、ウマ娘として最後のレースになるかもしれないのだ。

 

 だからこそ、出走するウマ娘全員の勝利への熱が、渇望が違う。

 

 トゥインクルシリーズのウマ娘が勝利への意欲が弱いというわけではない。ドリームシリーズのウマ娘の勝利にかける意欲が段違いなのだ。

 

 トゥインクルシリーズのウマ娘達も、下手するとレース中の故障などで引退することはあり得る。だが、ドリームシリーズに出るウマ娘達は常に引退と背中合わせなのだ。

 

 年齢的に、ウマ娘としての最盛期はどんどん遠ざかっていく。ずっとドリームシリーズで走り続けているシンボリルドルフやチームリギルのメンバーが特異なだけで、普通のウマ娘ならドリームシリーズで何年も走り続けるのは困難だろう。

 

 この一戦こそが全て。

 

 この一戦で全てを出し切る。

 

 走り続けていればまた半年後にチャンスがある?

 

 ――()()()()()()()()()()()()と全身全霊を尽くすからこそ、見る者を魅了するのだ。

 

 トゥインクルシリーズのウマ娘も、目の前のレースが最後の一戦になるかもしれないという覚悟を持って走っている子が多いだろう。しかし、ドリームシリーズに出る子はそれが顕著で、より切実なのだ。

 

『ミホノブルボン、先頭のままで第3コーナーを駆けていきます。残り1000の標識を今通過しました。このまま逃げの態勢を維持したいところでしょう』

『シニア級から上がってきたばかりとは思えない冷静さですよ。この会場の空気に呑まれる子が毎回出るんですけどねぇ』

 

 そう語る解説の言葉に、俺は小さく眉を寄せた。たしかに人数と熱気はすさまじいものがあるが、満員になったレース場で走るというのはトゥインクルシリーズのGⅠで何度も経験したことだろう。

 

 何を今更、と思い――俺は納得する。

 

(そうか……そうだよなぁ……)

 

 トゥインクルシリーズと比べてウマ娘が必死だが、応援する観客も必死なのだ。

 

 ここまで何年も、もしかするとジュニア級の頃からずっと応援し続けてきたであろうウマ娘の、最後になるかもしれないレースなのだ。

 

「いけええええええええええええぇぇぇっ! 頑張れえええええええええええええぇぇっ!」

 

 ライスにとっても、最後のレースになるかもしれない。そう悟った俺は、それまでよりも更に大きな声で叫ぶ。第3コーナーから第4コーナーへと突入し、ホームストレッチに向かって駆けてくるライスへと必死に声をかける。

 

 俺の見立てでは、ライスはまだ数年は走れる。心身のケアに努めて、半年に一度のレースに合わせて体を鍛えて調子を整えて……それでもいつか、限界が訪れるのだ。

 

 ()()は今ではない――かも、しれない。考えたくもないことだが、一秒後にライスが転倒してそれでライスシャワーというウマ娘の競技人生が終わることもあり得るのだ。

 

 それはトゥインクルシリーズで散々痛感してきた。無理をして限界を超えて故障して、引退するウマ娘も見てきた。

 

 だが、どんなに頑丈で元気なウマ娘がいたとしても、いずれは衰えてレースで勝てなくなる日が訪れる。それからも走り続けることはできるだろうけど、最盛期のようにはいかない。

 

『さあ、各ウマ娘がホームストレッチに戻ってきた! 先頭は変わらずミホノブルボいやっ! 変わった! 背後にぴったりとついていたアイゼンテンツァーが前へと出てきた! このまま逃げってミホノブルボンが差し返した! すごい根性だ!』

『大したスタミナと根性ですよ。一度抜かれるとそこで気持ちが折れる子も多いんですけどね。しかし……やっぱり来ましたか』

『ここできた! 中団に控えていたシンボリルドルフが! 『皇帝』が! 一気に加速して上がってくる!』

 

 トゥインクルシリーズという第一線は退いた。しかし、ドリームシリーズという夢の舞台で走り続け、今もなお凄まじい走りを見せるシンボリルドルフ。

 

 そんな彼女が先頭目指して突っ込んでいくのを見て、俺は思わず口元を緩めていた。

 

(なんだ、良い顔するじゃあないか)

 

 普段は生徒会長として頑張って、それでいて駄洒落を頻繁に口走る子だと思っていたが。やっぱり、ウマ娘としてはすごい子なんだ。

 

(勝つのはライスだけどな)

 

 最終直線。一気に加速したのはシンボリルドルフだけじゃない。ライス、トウカイテイオー、メジロマックイーンもスピードを上げて前へと上がっていく。そして一度差し返したミホノブルボンも、更に加速して逃げ切ろうと粘る。

 

『上がってきたぞRTM! ここでもやはりこの3人が強いのか!? しかし相手はシンボリルドルフ! そして逃げ続けているミホノブルボン! 直線は残り200を切った!』

『他のウマ娘達も続々と加速しています! 勝者は誰になるのか!?』

 

 実況と解説の男性がそれぞれ席から身を乗り出すようにして叫んでいる。そして俺も、柵から身を乗り出すようにして叫ぶ。

 

「勝てえええええええええええぇぇっ! ライスウウウウウウゥゥッ! お前が最強だああああああああああああぁぁっ!」

 

 拳を握り、振り回すようにして叫ぶ。シンボリルドルフが相手だろうとライスが勝つ。そう信じているが叫ばずにはいられない。あの子の、ライスの最後の晴れ舞台になるかもしれないと思えば、喉が枯れようが裂けようが、叫ばずにはいられないのだ。

 

『シンボリルドルフとライスシャワー、それにトウカイテイオーが並んだ! ミホノブルボンはまだ粘る! ねばいやかわされた! 更にメジロマックイーンも突っ込んでくる! もう100! いや50もない! 先頭3人並んだ! 並んで今ゴール!』

 

 ライスがゴールを通過していく。しかしその隣にはシンボリルドルフとトウカイテイオーが並んでいた。体勢は全員が全員、似たような感じで有利不利はなさそうだが……。

 

『んんっ!? 写真判定です! 着順掲示板の1着から3着の間に『写真』の文字が光りました!』

『最後は誰が1着かわかりませんでしたからね……』

 

 写真判定という言葉に、レース場がざわめく。4着はクビ差でメジロマックイーン、5着は1バ身差でミホノブルボンだと表示されているが……。

 

「勝ったのはシンボリルドルフだよ」

「いや、トウカイテイオーだって」

「ライスシャワーが勝ったに決まってるだろ」

 

 観客達は口々に語り合う。しかしその視線は着順掲示板に固定されており、20万近い人々が一斉に、一心に着順掲示板を見つめる光景はすさまじいものがあるだろう。

 

「トレーナー……ライスちゃん、勝ったよね?」

「わたしもそう願っているわ。でも、判定がどうなるか……」

「おじさま……」

 

 ウララもキングも着順掲示板を見つめながら呟き、ダイヤちゃんも着順掲示板を見つめている。俺もそれは同様で、着順掲示板を見つめているが……長い。

 

(かなり長いな……判定が難しいのか?)

 

 既に数分経っている。現代の写真判定はすさまじい精度のため、ここまで長引くことは稀なんだが……。

 

 まさか、と思った瞬間だった。

 

 着順掲示板が一瞬点灯したかと思うと、()()()()()()()結果が映し出される。

 

『1着は3番トウカイテイオー! 2着は6番ライス……あっ、し、失礼いたしました』

 

 実況の男性が興奮したように叫んだかと思いきや、即座に鎮火して言葉を濁す。

 

『これは……驚きましたね……』

 

 解説の男性の顔は、直に見なくてもわかる。きっとポカンとしているだろうと思う。だって俺も、口を大きく開けたからだ。

 

『――同着! 同着です! 3番トウカイテイオー、6番ライスシャワー、8番シンボリルドルフ! 3人が同着で1着! 3人とも1着の表示です! 長いドリームシリーズの歴史の中で初! 3人が1着!』

 

 そんな実況の言葉に東京レース場は一瞬静まり返り――そして驚きと大歓声が爆発したのだった。

 

 

 

 

 

 それから10分ほど経過し、ようやく事態が沈静化した。

 

 東京レース場が倒壊するんじゃないかって不安に思うほどの声がレース場()()から響き、山彦のようにあちらこちらから反響して何重にも響くという即席音響兵器と化した東京レース場。

 

 ちなみに巨大スクリーンにゴール通過時の写真が表示されたけど、たしかに綺麗に同着していた。2人が同着するのはたまにあるけど、3人が同着するのは珍事も良いところである。

 

 この場合3人全員が1着扱いになり、4着以降は着順通りになる。そうなると、困ることがあるんだけどな……。

 

「そういえばおじさま、ウイニングライブはどうなるんですか?」

 

 俺の腰にくっついたままのダイヤちゃんが尋ねてくる。その質問を聞いた俺は思わず苦笑すると、その視線をコースへと向けた。するとコースの内側からステージがせり上がり、配置についたライス達の姿が見えてくる。

 

「3人が1着だからね……ああなったみたいだ」

 

 普通なら1着がセンターで、2着と3着がその左右で踊る。しかし1着が3人となると無理なわけで……()()()()()()()、そしてその左右に4着になったメジロマックイーンと5着になったミホノブルボンがいた。

 

 1着の3人はそのまま1着の振り付けを、4着のメジロマックイーンが2着の振り付けを、5着のミホノブルボンが3着の振り付けで踊るという形である。

 

 なお、1着の3人は踊りながらお互いの位置を変えて、全員が均等に()()()()()()()ようにする。

 

 何故こうなったかというと、ダンスの振り付けが問題だった。曲によっては1着が3人でもそのまま踊れるのだが、今回の曲の場合、1着のウマ娘にのみ許されたポーズがいくつかあったりする。

 

 そのため1着の3人の内2人に2着や3着の振り付けで踊らせるわけにはいかないのだ。

 

(でも、この曲だからなぁ……)

 

 練習の時に散々聞いたイントロが流れ始め、各ウマ娘達が踊り出す。そしてライスとトウカイテイオー、シンボリルドルフが綺麗にハモリながら歌い始めた。

 

 何度聞いてもインパクトがある曲だ。しかし、それ以上の感想は――。

 

「あっ……」

 

 だが、歌いながら踊るライスと目が合って、俺は思わず声を漏らす。

 

 ライスは一生懸命歌い、踊っている。これでもかと気持ちを込めて、必死に。

 

 初めてこの曲を聞いた時は、なんでこんな曲にしたのかなんて思った。だけど、ああ……なるほど。そうか、()()()()()とストンと胸に落ちた。

 

 明るくて、激しくて、しんみりするような曲ではないというのに。

 

「君の愛バが、か……」

 

 そう呟いた俺は、目から溢れた涙が頬を伝っていくのを感じたのだった。


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