リィンカーネーションダービー ‐新人トレーナーがんばる‐ 作:烏賊メンコ
ライスが3人同着でサマードリームトロフィーを勝利した。
俺としては少々……いや、かなりすっきりしないが、1着は1着である。
長い日本のウマ娘の歴史の中でも初となる、ドリームシリーズでの3人同着。翌日のことになるが、それは新聞に載り、雑誌に載り、ニュースで取り上げられ、号外が大量にばら撒かれる珍事だった。
同期からは『お前は何か仕出かさないと死ぬ病気にかかってるのか?』なんて言われたが、やったのは俺じゃない。ライスだ。そんなライスを育てたのは俺だけども。
ウイニングライブの後にインタビューを受け、東京レース場から合宿先に戻ればさあ大変。鼻息を荒くした乙名史さんに詰め寄られ、他の記者からもライスと一緒に囲まれ、無許可の記者が旅館に侵入して手配されていた警察官に取り押さえられた。
ドリームシリーズの影響で
その後は旅館の大広間を使ってお祝いの宴会をすればライスが同期や後輩の担当ウマ娘に取り囲まれ、キラキラとした目で見られながら拍手喝采を浴びて盛大に照れるという一幕もあった。
ちなみにサマードリームトロフィーの賞金に関してだが、1着から3着までの賞金を合算し、3人で等分する形になる。1着の1億円、2着の4000万円、3着の2500万円、合計で1億6500万円を等分して一人あたり5500万円だ。
本来の1着の賞金と比べれば少ないが、十分巨額である。それだけの金額が丸々振り込まれるわけだが、俺としてはライスのウイニングライブが見られただけで満足という心境でもあった。
時折言葉にしていたことではあるが、
ライスもライスで、同着で3人が1着になったことは悔しいものの、トウカイテイオーやメジロマックイーン、そしてミホノブルボンと一緒にウイニングライブを踊れたことに関しては喜んでいた。
今夜は大いに騒いで飲み食いして、明日からの合宿をまた頑張ろう……と、思っていたんだが。
「うわぁ……」
翌日、朝から新聞をチェックして昨日の記事を読み、ホクホク顔で練習用のコースに向かった俺だったが思わずそんな言葉が口から零れた。さすがにライスは今日は軽めの調整メニューだよなぁ、なんて考えていたが、思考を吹っ飛ばすような光景が広がっていたのである。
「ふわー……人がいっぱい増えたねー……」
「当然というべきかしら?」
ウララは純粋に驚き、キングはそう言いながらも頬を引きつらせている。
昨日のサマードリームトロフィーの影響だろう。朝からこれまで以上に大量のウマ娘ファンが押し寄せてきたのだ。
練習用のコース周辺にびっしりと、物販所にも群がるようにして多くの人が……って、なんかのぼりが立ててあるな。ドリームシリーズ限定バージョン発売中? ああ、ライス含めて勝負服がドリームシリーズのやつを着せたぬいぐるみやブロマイドみたいなグッズを販売しているのか。
さすがに立ち寄る余裕はなかったが、昨日の東京レース場でも販売していたらしい。事前にURAからもそういったグッズを作りたいって連絡が来ていたし、販売されるのは知っていたけど、合宿での忙しさやドリームシリーズへ集中したいのもあって頭からすっぽりと抜けていたのだ。
見本も送られているだろうけど、あれってトレセン学園宛てに送られるから合宿中だと受け取れないんだよな……。
兎にも角にも、ドリームシリーズの影響でこれまで以上にウマ娘ファンが詰めかけているということだ。
そして、昨日のレースをテレビで見ていたからか同期や後輩が育てているウマ娘もこれまで以上に気合いが入っている。もちろんウララもキングもやる気満々だ。
ウララは次のダートのGⅠが11月前半に行われるJBCシリーズ。
キングは9月後半のスプリンターズステークスか、10月後半の秋の天皇賞か。
(スプリンターズステークスは去年も勝ってるし、2連覇を狙うのもありなんだよな……でも秋の天皇賞というか、秋のシニア三冠がスタートするし……)
合宿の成果を確認するためにも、スプリンターズステークスに出すのも手だ。
しかし秋のシニア三冠……中距離2000メートルの秋の天皇賞、2400メートルのジャパンカップ、そして長距離2500メートルの有馬記念に備えてトレーニングさせてるし、短距離のスプリンターズステークスに出すのもなぁ、って感じだ。去年のとんでもローテーションよりはマシだろうけど、秋のシニア三冠に注力させたいという思いもある。
ウララはウララでJBCシリーズのどれかに出す前に一戦挟んでも良いけど、JBCシリーズから12月前半のチャンピオンズカップ、12月後半の東京大賞典に連続して出す可能性もある。そのためレースでの疲労を避けるためにも走らせないのもアリだろう。
(合宿で併走させまくってるし、模擬レースもさせてるしなぁ……合宿最後の〆にまた去年みたいな模擬レースができるならレース感覚も磨けるんだが……)
今年の合宿では対戦相手に困らないため、頻繁に模擬レースもやっている。そのためレース感覚が鈍ることもない。ただしウララもキングも参加メンバーの中ではトップクラスのウマ娘のため、格上との模擬レースは機会が乏しいのが現状だ。
だからこそ、去年みたいにチームリギルやチームスピカの面々と模擬レースができればなぁ、なんて思っていた。
「トレーナー君、トレーニング中にすまない。少し話をしたいのだが構わないだろうか?」
すると、なにやらシンボリルドルフが訪ねてきてそんなことを言い出した。ウマ娘ファン達は突然のシンボリルドルフの登場に大騒ぎだが、本人は気にした様子もない。
「別に構わないけど……そっちのトレーニングはどうしたんだ?」
「今日はさすがにオフだとも。昨日のレースの疲れがあるからね……っと、ライスシャワー君はトレーニングをしているのか……」
シンボリルドルフは驚いたようにライスを見るが、俺は苦笑を浮かべる。
「ライスは軽い調整メニューだよ。一人だけで旅館にいてもやることがないらしくてな」
ライスは夏休みの宿題も計画的に片付けていってるし、旅館に残ってもやることがないっていうのは本当だ。いやまあ、のんびり温泉に浸かったり、休んだりしても良いとは思うんだけど……ライスとしてはこうしてトレーニングに同行する方が気が休まるらしい。
「それで用件は?」
「ああ、そうだった。用件というのは他でもない、今年は模擬レースをどうするつもりなのか聞こうと思ってね。散歩がてらこうして君の顔を見に来たわけさ」
そう言いつつ、シンボリルドルフは威圧感のある笑みを浮かべる。
「昨日のレースでは同着だったから決着をつけたい……という私心が一つ。それと、うちのブライアンがライスシャワー君やキングヘイロー君と競ってみたいとうるさくてね。東条トレーナーからもあなたさえ良ければ、と言われている」
「ナリタブライアンが?」
ライスやキングをご指名とはお目が高い。ただ、シンボリルドルフの言葉には気になる部分があった。
「決着は次のウィンタードリームトロフィーで……なんて、簡単にいかないのはわかってるよ。でも、模擬レースでの決着で良いのかい?」
決着をつけるのなら、俺はあの大舞台で白黒つけてほしいと思う。本人達が納得できるのなら模擬レースだろうとドリームシリーズだろうと変わらないのかもしれないけど、昨日のレースを見て思った。
ドリームシリーズは……いや、シンボリルドルフやライスの走りは、きちんとした場所で見たいと。ただ、その次回があるかわからないからこそ、シンボリルドルフも決着をつけられる時につけたいんだろうなって思う。
今なら気を抜かずにトレーニングに励めば、昨日のレースと同じポテンシャルが発揮できるだろう。だが、しかしだ。
「それに、去年と同じってことは他のウマ娘も走るし、今年はこっちも大所帯だ。君と走りたいって子も多いだろうし、本番のレースみたいにはいかないよ」
ドリームシリーズと同じように短距離、マイル、中距離、長距離、ダートとわけて1人あたり1レースのみ出走、なんて条件を付けても人数が人数だけに大変だ。
金銭的な事情で合流が遅れていた後輩達もこっちに来たし、短期で合宿をする新人達のこともある。全部合わせると……70人近いウマ娘がいるな……。
それに昨日のレースの決着というからには、トウカイテイオーにも声をかけるのだろう。そうなるとチームスピカも参戦するわけで、距離適性的に中距離や長距離は複数回開催する必要がある。
もちろん去年みたいにチームリギル、チームスピカ、チームキタルファ、それと桐生院さんとミークだけでやるって手もあるけど……話を聞いていた同期や後輩が、『そんな楽しそうなことを独占しないよな?』とか『ウマ娘の頂点に挑ませてくださいよ』なんて目でこっちを見ている。
シンボリルドルフもそれに気付いたのか、小さく苦笑を浮かべた。
「うん……ワガママが過ぎたか。こうなると次のウィンタードリームトロフィーに向けてしっかりと調整をして、本番で勝つしかないな」
そう言って決意のこもった表情を浮かべるシンボリルドルフ。どうやらまだまだ頂点の座を譲る気はないらしい。
「いやいや、次こそはライスが単独で1着になって君に勝つよ。でも、それはそれとして模擬レースはやろうか。決着をつけるのは次のドリームシリーズでもいいけど、少しはスッキリとしておきたいだろ?」
だから俺も、笑ってそう返した。シンボリルドルフもそんな俺の言葉に好戦的な笑みを浮かべる。
「――つまり、合意と見てよろしいですねっ!? これは素晴らしいことですよっ!」
そして興奮した様子の乙名史さんが飛び込んできたのだった。
そうして、8月も終わりが近付いてくる。
あと1日で合宿も終了というタイミングで、合宿の〆となる模擬レースが開催されることとなった。
ただ、どう考えても大量のウマ娘ファンが押しかけてくるという判断のもと、たづなさんに
どうやら今年も模擬レースを行うと考えていたようで、警備員を増員したり、物販所が増えたり、きちんとした実況席が設置されたりと、大騒ぎだったのだ。
ちなみに実況席が設置されたものの、実況者までは用意してくれなかった。そのため俺とゴルシちゃんが実況席に座っている。こうして一緒に座るのは去年ぶりだね、ゴルシちゃん。
で、実況するのは良いとして、思わぬ人物……いやさ、ウマ娘も姿を見せたのである。
「こんなに楽しそうなことに呼んでくれないなんて、ファル子悲しい☆」
どこから話を聞きつけたのか、スマートファルコンが乗り込んできたのだ。俺が不思議がっていると、合宿を見に来ていたウマ娘ファンが更新しているウマッターで情報を集め、模擬レースが今日行われると判断してここまで来たらしい。
「ウララちゃんと一緒に走る機会だもんっ☆ 合宿についていくのは我慢したけど、さすがに我慢できなくなっちゃった☆」
そう言って輝くような笑顔を浮かべるスマートファルコン。しかしなんというか、目が笑っていないというか、ウララに向ける感情が尋常ではないというか……ま、まあ、ウララはスマートファルコンと走れるって聞いて喜んでいるから問題ないな。
帝王賞以来、スマートファルコンの雰囲気が変わった。それまでと比べて笑顔が自然になり、なんとも言えない威圧感が薄れたのだ。
ただし、ウララが関わると
そうして始まる模擬レース。集まったウマ娘のファンは、ゴルシちゃん曰く3万人近い数とのこと。
どうやって調べたのか聞いてみたら、ウマ娘ファンが練習用コースをぐるりと取り囲んでいるから、外周の長さから計算したらしい。
模擬レースの方は実力差があり過ぎると参考にも練習にもならないため、ジュニア級のみ、自信があるジュニア級の子とクラシック級、自信があるクラシック級の子とシニア級、シニア級以上にわけて走らせていく。去年と同じく短距離、マイル、中距離、長距離、ダートとわけて……ドリームシリーズみたいだな、なんて。
いっそのこと今年のサマードリームトロフィーに合わせようってことで距離も合わせ、走らせていく。
『さあ競り合うようにして先頭を駆けるのはダイワスカーレットとウオッカ。後続を引き離すようにどんどん前へ駆けていく。ちょっとジュニア級詐欺な気もするけどさあきた! 上がってきたぞテイエムオペラオー! 勝つのは誰か!?』
『やっぱり良いよなぁ、ダイワスカーレット……それにウオッカも大した足ですよ。しかしそれ以上にテイエムオペラオーの仕上がりが素晴らしいですねぇ』
実況ゴルシちゃん、解説俺で模擬レースを進めていく。
『本人の強い希望で挑むのはシニア級の強豪達! しかし世代の壁は厚いか!? ナリタブライアン後方! じわじわと引き離されていく! どうしたナリタブライアン! 入着も厳しいか!? クレイジーインラブが上がってきているぞ!?』
『ゴルシちゃん、ナリタブライアンと仲悪いのかい? しかしクラシック級にしては良い仕上がりですね。並のシニア級が相手なら十分勝てる水準まで育っていますよ。まあ、今回は相手が並じゃないんですが。というか俺のキングなんですが』
『アンちゃん、キングヘイローと仲良いよな』
『うちのチームはみんな仲が良いぞ』
実力差があり過ぎるためさすがにライスは回避させたものの、希望通りナリタブライアンをキングに挑ませ。
『ここで上がってきたのはスペシャルウィーク! スペシャルウィークが上がってきた! しかしグラスワンダーも速い! 残り200メートル!』
『スペシャルウィークは以前の失敗を意識しているんでしょうね。仕掛けどころを間違えませんでしたよ。しかしその辺りはグラスワンダーの方が上手いです。それでも最終直線で競り合っている辺り、二人とも良い足していますよ』
時に真面目に実況と解説を行い。
『最終直線で競り合うのはやはりこの2人! 『砂の隼』スマートファルコンと『レコードブレイカー』ハルウララ! ダートの頂上決戦はどちらに勝利の女神が微笑むのか!?』
「いけええええええええええええぇぇぇっ! ウララアアアアアアアアアァッ!」
時に解説をお休みして全力で応援したり。
『ヒャアッ! もう我慢できねえ! 参戦だああああああああぁぁっ!』
『はい、というわけで実況は私が引き継ぎます。次のレースは皆様御存知、GⅠ7勝、『皇帝』シンボリルドルフ。GⅠ6勝、最強ステイヤーのライスシャワー。GⅠ5勝、『帝王』トウカイテイオーを始めとした優駿揃いの長距離レースです。距離は有馬記念と同じく2500メートル、バ場状態は良の模様です』
去年と同様に実況を放り投げたゴルシちゃんを見送り、最後に模擬レースという形ながらライスをシンボリルドルフやトウカイテイオー、メジロマックイーンと走らせたりもした。
ウマ娘達はお互いに競い合いながら、時に笑顔を浮かべ、時に悔しそうに表情を歪め、それでも前を向いて走っていく。
ウララもライスもキングも。
同期達が育てているウマ娘も。あるいは最近になってあちらこちらから移籍してきたウマ娘も。
後輩達が育てているウマ娘も、新人達が育てているウマ娘も。みんながみんな、夏の暑さも忘れたように元気いっぱいに走っている。
『最終直線、上がってきたのはやはりこの3人! シンボリルドルフにライスシャワー、トウカイテイオーがサマードリームトロフィーの決着をつけると言わんばかりに加速している! その後ろに続くのはメジロマックイーン! そして最後方からシンガリ一気! ゴールドシップが上がってくる! だがどうだ!? 届くのか!?』
観戦するウマ娘ファンも、記者も、走り終わったウマ娘達さえも。必死に駆けるライス達を見ながら応援の声を飛ばしている。
『大接戦でゴール! 判定は……あ、今回も駄目ですか。というわけで3人同着!』
今年の夏もやっぱり暑くて、熱くて――こうして、2度目となる合宿が幕を下ろしたのだった。