リィンカーネーションダービー ‐新人トレーナーがんばる‐ 作:烏賊メンコ
それは暑さが本格化し始めた7月のこと。
ハルウララはメイクデビューで9着になったものの、普段通り明るく元気にトレセン学園へ通っていた。
「あっ、スペちゃんだ! それにエルちゃんも! おはよー!」
教室に向かう道すがら、ハルウララは友人である二人のウマ娘を見つけて駆け寄る。
スペちゃんことスペシャルウィーク、エルちゃんことエルコンドルパサーの二人だ。
所属しているクラスは違うものの、よく他のクラスに遊びに行くハルウララは学年中に友人がいる。そんなハルウララが駆け寄ってきたことに気付いたスペシャルウィークとエルコンドルパサーの二人は、頬を緩ませながら挨拶を交わす。
「おはようございます、ウララちゃん」
「おはようございますデス!」
スペシャルウィークはハルウララと同じように地方出身のウマ娘である。エルコンドルパサーはアメリカ生まれの帰国子女で、ハルウララに返す挨拶も片言かつハイテンションなものだった。
「そういえばウララちゃん、昨日はメイクデビューだったんですよね? どうだったんですか?」
「アタシも気になりますデース! どうだったの?」
スペシャルウィークとエルコンドルパサーの問いかけに、ハルウララは笑顔で答える。
「9着だった!」
「きゅ、9着……ですか」
「Oh……」
笑顔で嬉しそうに言われた二人は、何と言えばいいかわからずに苦笑した。しかし、ハルウララはそんな二人の反応に構わずその場で飛び跳ねる。
「うんっ! でもすっごく楽しかったー! 二人はどうだったのー?」
ハルウララは無邪気に尋ねる。その問いかけにスペシャルウィークとエルコンドルパサーは顔を見合わせたが、すぐさま苦笑したままで答えた。
「わたしはなんとか1着でした」
「アタシも1着デスよ!」
「わー! すっごいすっごーい! 二人ともすごいんだねー!」
スペシャルウィークとエルコンドルパサーの返答に、ハルウララは心底嬉しそうに褒める。友人が1着を取ったと聞いて素直に賞賛できるのはハルウララの美点だろう。それを理解しているからこそ、スペシャルウィークとエルコンドルパサーは余計な引け目は感じずにハルウララと共に歩き出す。
「ウララちゃんはどんな感じのレースだったんですか?」
「わたし? わたしはねー、途中までいい感じだったんだけど飛んできた砂が目に入っちゃったんだー。ビックリしちゃったよ!」
「ダートだと仕方ないデスからねー。でもウララなら次こそ1着デース!」
「うん! トレーナーのおかげでどんどん速くなってるからね! 次のレースが今から楽しみなんだー!」
ワクワクと尻尾を左右に振るハルウララの姿に、スペシャルウィークとエルコンドルパサーは微笑ましいものを見たように頬を緩める。
――この時のハルウララにとって、レースというものは楽しくてワクワクするものだった。
そして迎えた、7月前半の未勝利戦。ハルウララにとっては2戦目であり、メイクデビューの時のようなアクシデントもなかったのだが――。
『どうだ!? ミニデイジーどうだ!? 2番手横一線! ミニデイジーに届くか!? ミニデイジー逃げ切るか!? ワクワクリボンが並んで今――ゴール! 3着争いは団子になってシャバランケ、コンブロマイズ、ハルウララ!』
結果は5着で、しかし、ハルウララにとっては着順掲示板に自分の番号が初めて載ったレースである。
相変わらずレースは楽しくて、ワクワクした。しかし、今回のレースは他のウマ娘のマークがあり、ハルウララにとっては不思議なことに少しだけ、ほんの少しだけだが
それでも5着は5着だ。胸の内に生じた今までにない感情は、楽しさと喜びの感情が押し流してくれる。
「……ごめんな、ウララ」
だが、それだというのにハルウララのトレーナーは謝った。それが心底不思議で、ハルウララは尋ねる。
「えっ? どうしてトレーナーが謝るの?」
ハルウララにとって、トレーナーはやっぱりすごい人だった。にんじんハンバーグを作ってくれるし、どんどん自分の足を速くしてくれるし、体が疲れてきたと思えばそれを見抜いたように止めてくれる。
だからこそ、ハルウララとしてはトレーナーに謝られる理由がわからなかったのだ。
「さっきのレースな、俺がもっと対策を練ってればウララを勝たせてやれたんだ……だから、謝らなきゃいけないんだよ」
「むー……そうなの? よくわかんないけど、全然だいじょーぶ! だってすっごく楽しかったもん!」
トレーナーに謝ってほしくなくて、ハルウララは笑顔でそう言った。するとトレーナーは少しだけ悲しそうに笑って、色々な話をする。
「俺はな、ウララ。お前が強くなって、1着を取って、ウイニングライブでセンターになってはしゃぐ姿が見たいんだよ。入着したからって満足させたくない、1着を取らせてやりたい……そう思ってるんだ」
「ウイニングライブ……うんっ! わたしも出てみたい! すっごく楽しそー!」
ウイニングライブに関しては、ハルウララも話には聞いたことがあった。授業で習った気がするし、友人から聞いた気もする。ただ、レースで3着以上に入ったウマ娘だけができる特別なステージだということは知っていた。
だからこそ、ウイニングライブに出てみたいとハルウララは思った。そしてオモチャをねだるようにトレーナーへと訴える。
――ほんの僅かに感じていた楽しくないという気持ちは、既に消えていたのだった。
それからというもの、次のレースまで期間が空くということでハルウララはトレーナー指導のもと真夏の猛特訓に励んだ。
トレーナーと一緒に走って負けたり、イメージトレーニングをしようとして失敗したり、見事な瓦割りを披露するウマ娘から逃げたりといった
「ウマ娘が人間相手に走って負けるなんて、恥ずかしくないの?」
ハルウララが少しばかり棘のある口調でそんなことを言われたのは、トレーナーとの駆けっこで負けた次の日のことである。
相手はハルウララと同じくダートを主戦場とするウマ娘で、先日のレースで一緒に走った間柄だったが、そんなウマ娘の言葉にハルウララはぱっと表情を輝かせた。
「そーなの? でもね、トレーナーは足がすっごく速いんだよ! ビューンって走ってくの! 10回やって10回とも負けちゃったけど、すっごく楽しかったんだー!」
でも短距離走なら負けないもんねー、とハルウララは胸を張って言う。そしてそこからはハルウララのトレーナー自慢が始まった。
きちんとした走り方を教えてくれた、コーナーの曲がり方を教えてくれた、どの位置でスパートをかければ良いか教えてくれた、体力をつけてくれた、以前より走るのがもっと楽しくなった、等々。
ハルウララが笑顔で語っていると、話しかけてきたウマ娘は何かに気付いたように視線を逸らし、その場から立ち去る。ハルウララがそれを不思議に思っていると、聞き慣れた足音に気付いて表情を輝かせた。
「あっ! トレーナーだ!」
「時間がギリギリになってすまないってぬおおぉっ!?」
ハルウララが笑顔で突撃すると、トレーナーは慌てた様子で受け止める。そして困ったように、柔らかく笑うのを見るとハルウララは胸がぽかぽかした。
夏は暑くて、トレーニングは大変で。それでもハルウララが頑張って乗り越えていけたのは、少しずつ自分が速くなっていると実感できたからだ。それと同時に、トレーナーが少しでも自分を強くしようと
普段と同じコースで練習してばかりでは気が滅入るだろうからと、トレセン学園の外でもトレーニングができる場所を見つけてきてくれた。
暑いばかりでは辛いだろうからと、自腹で市民プールに連れて行ってくれた。
バ場が悪い状態でも走れるようにと、雨が降っているにも拘わらず一緒にコースでトレーニングに励んでくれた。
ハルウララにとって、トレーナーと一緒に行うトレーニングは楽しかった。きついと思うことも多々あったが、楽しいと思えたからこそ乗り越えられた部分が大きい。
そして迎えた、三度目のレース。普段はレース直前に声をかけることがないトレーナーが、真剣な顔で指示を出した。
「9番のカスタネットリズムと5番のフューダルテニュア、それと4番のデュオタリカーには注意して走るんだ。雰囲気が少しおかしいから、ラフプレーを仕掛けてくるかもしれないぞ。併走されたりすぐ後ろにつかれたら注意だ。あと、いつも通り飛んでくる砂に注意するように」
耳の傍で囁くようにして出された指示に、ハルウララはくすぐったいと思いながらも頷く。ハルウララからすれば注意を促されたウマ娘は『楽しくなさそう』という印象を覚えた程度だったが、トレーナーが言うからにはそうした方が良いのだと思った。
――そして、その指示が正しかったことを後になって知った。
逃げも先行もいない、不規則なレース。先頭に立ったハルウララはゴール目指して楽しくダートコースを駆けて行く。
本番のレースで走る先に誰の姿もないというのは、初めての経験だった。体は絶好調で、駆ける足に不安もない。ハルウララはトレーナーから教わった通りの走りで先頭を駆け続ける。
このまま1着でゴールまでいけるかもしれないと、ハルウララは思った。だが、そんな考えを正すようにコースの雰囲気が変わる。
最初はそれが何なのか、ハルウララはわからなかった。しかし背後から迫る足音とプレッシャーに、後続が追い上げてきているのだと悟る。
『さあ、ハルウララに率いられ、3人のウマ娘も最終直線に――?』
もう少しでコーナーを抜けて最終直線に入るタイミングで、ハルウララは後方からのプレッシャーが減ったのを感じ取った。そして、それと同時に重たい何かが激しい音を立てながら転がるのを、ウマ娘の鋭敏な聴覚が捉える。
この時、ハルウララはその音に反応してしまった。レースの最中で、1着のままゴールを通過できたかもしれないというのに、思わず振り返ってしまったのだ。
「――――! ――――! ――――――――!」
ハルウララの耳に、トレーナーの声が聞こえた気がした。観客の声が大きくて詳しくは聞き取れなかったが、ハルウララがトレーナーの声を聞き逃すことはない。だが、その声は距離があるため届くには遅すぎた。
振り返った先にあったのは、以前一緒に走ったことがあるカスタネットリズムが地面を転がる姿。ただ転んだだけでなく、速度が乗った状態での転倒だ。まるで車にでも撥ねられたかのように地面をバウンドしていくその姿を、ハルウララはしっかりと見てしまった。
『フューダルテニュア前に出る! デュオタリカーとハルウララは厳しいか!? いや、デュオタリカーが差し返す! ハルウララも懸命に前に出る! どうだ!? 誰が前に出る!? 誰が1着の栄誉を掴むのか!?』
それでもレースは続く。トレーナーに鍛えられたハルウララの体は、意識が後方に逸れていてもしっかりと前に向かって進んでいた。
だが、意識が逸れた分、その速度は僅かに落ちていた。
隣に並ばれたフューダルテニュアとデュオタリカーに抜かれ、差し返そうとしても届かない。ハルウララはそれでも両足に力を込めて駆けるが、あと一歩、僅かなところで届かなかった。
――そして、ゴールした先でフューダルテニュアとデュオタリカーがもつれるようにして転倒した。
ハルウララがそれを避けられたのは、半ば反射的なものだった。トレーナーから警戒するように言われていたことから、体が咄嗟に動いてくれたのだ。
「……どうして?」
ただ、その疑問の声は、ハルウララが心底から抱いたことで漏れたものだった。
3戦目のレースの翌日。
ハルウララは朝から――正確に言えば昨日のレースの直後から、頭の中で疑問が浮かんでいた。
食事中も、授業中も、トレーニングに向かう時でさえ、一つの疑問が頭を占拠していたのだ。
その結果、トレーニングにも拘わらず制服姿でトレーナーと合流してしまったが、トレーナーは苦笑するだけで怒らなかった。むしろ納得したようにベンチへと誘い、話を聞いてくれた。
「昨日のレース、どうだった?」
「えっとねー……楽しかったけど、楽しくなかった?」
トレーナーの質問に対する答えとしては、この一言に尽きる。
普段は何着だろうと楽しいレースが、途中から楽しくなくなってしまったのだ。
「でもね、リズムちゃんが転んじゃって、大変だーって……その後もテニュアちゃんとデュオちゃんが転んじゃったから……」
その理由は、一緒に走ったウマ娘がレース中に怪我をしてしまったからである。それも突発的なものではなく、明らかに
ハルウララからすれば、そこまでする理由がわからない。ハルウララにも1着になりたいという思いがあるが、レースというものは走れるだけでも楽しく、ワクワクするものだからだ。
「ねえ、トレーナー……みんなが
だからこそ、ハルウララは自身のトレーナーに聞いた。きっとトレーナーなら教えてくれるだろうし、何かしらの答えを持っているだろうと判断してのことである。
「俺はウマ娘じゃないから、死んでもレースで1着を取りたいって気持ちはわからんよ……ただ、ウララに
だが、トレーナーにもわからないことがあるらしい。ハルウララが首を傾げていると、トレーナーはぽつぽつと話をしていく。
正直なところ、ハルウララにとってトレーナーの話は半分もわからなかった。それは話を理解していないという意味ではなく、トレーナーが何を伝えたいのかわからなかったのだ。
「いつか1着を取れたら、どんな気持ちになったか俺に教えてくれよ」
だが、それでも。微笑みながら告げられたその言葉が、ハルウララも
「うーん……やっぱり、よくわかんないや」
ハルウララは言う。よくわからないと、理解できないと。しかしそれでも、確かに伝わったものがあった。
「……でもね。トレーナーがわたしのことを想ってくれてるのは、よくわかったよ」
普段からトレーナーはハルウララのことを思い、筋道を立てたトレーニングを施してきた。怪我をしないように、それでいて可能な限り速く、少しでも長く走れるように。
しかしこの時、ハルウララが感じたのはそういった類のものとは違っていた。たしかにこれまでと変わらないように思える言葉だったが、ハルウララの目にはトレーナーが
それをハルウララは不思議に思う。トレーナーはこれまで数えきれないほど言葉を交わしてきた相手だというのに、今となっては薄皮一枚隔てたような奇妙な距離感があったように思えるのだ。
それは物理的な距離ではない。精神的な、心と心がつながったかのような、不思議な感覚だった。
多分きっと、この時になって初めてハルウララというウマ娘と新人トレーナーが
「だからわたし――すっごく、すっごーく! がんばろーって思ったよ!」
レースに対する意気込みは、きっと変わらない。レースは楽しくて、ワクワクするものだからだ。それでもハルウララの胸の中には、これまでにない感情がふつふつと芽生えていた。
そして迎えた4回目のレースにして、3回目の未勝利戦。
その日、ハルウララはこれまでにない不思議な感覚を味わっていた。
これまで経験してきた三度のレースと同様に、ハルウララはワクワクしていた。しかし、それと同時に胸が高鳴るようにドキドキもする。耳が勝手にピクピクと動き、尻尾もパタパタと動いてしまう。
これから走るレースが楽しみだという気持ちに嘘偽りはない。ただ、奇妙な高揚感が全身を満たしているのもたしかだった。
今すぐ走り出したい。レースに出たい。ダートコースを駆けたい――その先の景色が見たい。
ハルウララはトレーナーから教わった方法で体の震えを抑えつつ、レースが始まる時を今か今かと待つ。
レースが、ゲートが開かれて駆け出すのが、ここまで待ち遠しく思ったことは今までに一度もない。ハルウララはそれが不思議だったが、嫌いな感覚ではなかった。
レース用の体操服に着替え、パドックでお披露目をして、ゲートに入り、出走の時を待つ。すると収まったはずの震えがぶり返し、ハルウララは何度も深呼吸を繰り返した。全身に力を入れては抜き、少しでも震えを抑えようとする。
ファンファーレの音、実況や解説の声、観客の歓声。その全てがどこか遠くに聞こえて、ハルウララはスタートの体勢を取る。
――不思議と、震えは収まっていた。
ゲートが開き、それと同時にハルウララは飛び出す。
――それはトレーナーに教わった通りのスタートだった。
直線を駆け、コーナーへと突入する。
――それもトレーナーに教わった通りの走り方だった。
ハルウララは駆けながら自分の位置を確認する。普段通り差しで走ったつもりだったが、いつの間にか先行組にしっかりと食い込んでいた。
少し速いかな、と思った。そして、このまま行こうとハルウララは思った。
調子は良い。これまでにないほどに、調子が良い。体が熱くて、手足は羽のように軽くて、地面を蹴りつける度にどんどん前へと進んで行く。
普段ならコーナーでは外側に膨らまないよう減速しながら走るが、ハルウララはほとんど減速しなかった。自分はそれができると、それが可能なようにトレーナーが鍛えてくれたと、本能が叫んでいたからだ。
コーナーを抜けて最終直線。前方に坂道が見えてきた時、既に前を走るウマ娘はいなかった。
ハルウララは少しだけ混乱した。差すつもりで走っていたというのに、前に誰もいない。今回のレースは逃げや先行を選んだウマ娘がいたはずだというのに、誰もいない。
反射的に
だからこそ、ハルウララは走った。必死に、一生懸命に地面を蹴りつけ、坂道を登っていく。
後ろを振り返る余裕はなかった。誰かが転んでいたり、すぐ後ろに誰かがいるかもしれないからだ。
他のウマ娘が走る音は聞こえない。観客の声援が大きくて、ハルウララの耳には届かない。
「いけえええええええええええぇぇっ! ウララあああああああああああぁぁっ!」
それだというのに、トレーナーの声はしっかりと聞こえた。距離があって、観客の声援で掻き消されているはずだというのに、トレーナーの声だけは不思議としっかり聞こえたのだ。
「――ありがと」
必死の形相で自分を応援するトレーナーの姿に、ハルウララは一つ言葉を零す。
「いけええええぇぇっ! いけええええええええええぇぇっ!」
続いて届いたトレーナーの声援が、ハルウララというウマ娘にとっての起爆剤だった。
これまでにないハイペースでかけてきた足は疲労が溜まり、肺も苦しくなってきた。それだというのに体に力がみなぎり、地面を蹴る足に大きな力が宿る。
坂道を駆け上がり、最後の直線を走る。いつ、誰かに追い抜かされるかわからない。だからこそ最後まで全力で駆け抜け――気が付けば、ゴールを通過していた。
ハルウララは周囲を見回すが、他のウマ娘の姿はない。トレーナーの方へ視線を向けてみれば、メイクデビューの時のようにトレーナーはハルウララを見ていなかった。
だが、トレーナーが目元を手で覆い、涙を拭っていることに気付いたハルウララはそこでようやく理解する。
――自分が、1着を取ったのだと。
レース前とは違う、腹の底から湧き上がるような興奮と震え。楽しさともワクワクとも違う、涙が溢れ出しそうな歓喜。
「~~~っ! やったぁ!」
ハルウララは拳を震わせながら突き上げ、その場で飛び跳ねる。
「はぁ……はぁ……やったよトレーナー! わたし勝った! 勝ったよー!」
そして真っ先にトレーナーのもとへと駆けた。喜んでくれるかな、褒めてくれるかな、なんて、ハルウララは自然と思っていた。
「ああっ! 見てたぞウララ! でも怪我はないか!? 大丈夫か!?」
トレーナーがしたのは褒めることではなく、怪我の心配だった。だからこそ、ハルウララはピースサインで応える。
「もちろん! ケガしちゃったらトレーナーに怒られるもんね!」
1着になったこと以上に、ハルウララが無事であることを喜ぶ。そんなトレーナーの姿に、ハルウララも他のウマ娘のことが気になってしまった。
自分は怪我の一つもないが、他のウマ娘はそうとは限らない。そんな心配から既にゴールしているウマ娘達のところに行くと、ハルウララは複数の涙と苦笑に出迎えられた。
「あーあ……さすがにレコードで勝たれたら文句も言えないよ」
「本当にねぇ……うん、踏ん切りがついたかな」
2着、3着になったウマ娘の言葉。レコードという言葉が意味するものはハルウララにはわからなかったが、ウマ娘の言葉に込められた感情だけはわかった。
「あなたはこれからも頑張ってね、応援してる」
「レコードホルダーと一緒に踊るウイニングライブかー……最後に良い思い出だわ」
晴れ晴れとしているようで、確かに残った悔恨。それでも勝者を称えて背中を叩いてくるウマ娘達に対してできることは、ハルウララ自身にとっても初となるウイニングライブを盛大に盛り上げることだけだった。
ハルウララにとって初めてとなるウイニングライブは、盛況のうちに終わった。
楽しくて、ワクワクして、涙が溢れそうなほど嬉しくて。トレーナーは実際に涙を流していたけれど、それすらもハルウララにとっては嬉しかった。
だが、ここが終着点ではない。ハルウララは次のステージに進むための切符を手に入れたのだ。
それでも、トレーナーと一緒なら大丈夫だとハルウララは思った。今日のような、いや、今日以上に楽しくてワクワクするレースがいくつも待っているのだと、そう思った。
再び1着を取れるかはわからないが、ウイニングライブでセンターに立って歌い、踊ることがウマ娘にとってどれだけ幸福かも知ることができた。
そう――ハルウララは、ウマ娘にとっての幸福を