リィンカーネーションダービー ‐新人トレーナーがんばる‐ 作:烏賊メンコ
ウララがJBCレディスクラシックに出走した翌日。
俺は少し早起きして普段利用しているのとは別のコンビニに寄って記者を撒き、スポーツ新聞を買い漁ってからトレセン学園の壁を登攀して通勤すると、部室でコーヒーを淹れてのんびり新聞を読み始めていた。
大体のスポーツ新聞の一面は昨日のJBCシリーズの結果に関して載っている。ウララとスマートファルコン、そしてスレーインが一面に……って、ウララとスマートファルコンだけとは……二面にスレーインの記事が載ってるけど、そこは並べようや。
まあ、ウララとスマートファルコンがGⅠ4勝目、スレーインはGⅠ初勝利だから扱いが違うのかもしれない。
でもそこはスレーインの初勝利を祝って単独で一面でも良いくらいじゃ……あ、スレーイン単独で一面の記事を埋めてる新聞社もいたわ。というかこれ、月刊トゥインクルと親会社一緒じゃん。
『ハルウララ、GⅠ4勝目! 圧巻の勝利!』
『ハルウララ笑顔のジャンプ! 勝利の四本指!』
『スマートファルコン、GⅠ4勝目!』
『スマートファルコン短距離GⅠ初勝利! ハルウララに続く国内ダートGⅠ全距離制覇達成!』
『やったぜスレーイン! GⅠ初勝利!』
『ダート界の新たな星誕生! スレーインGⅠ初勝利!』
などなど、新聞によって違うけど煽り文句が飛び交っている。それぞれ写真も掲載されているけど、ゴールした瞬間だったり、ゴール後に笑顔で観客席に向かって喜びを爆発させる瞬間だったり、ウイニングライブで踊っているところだったりと、新聞によってまちまちだ。
『談合か? ハルウララとスマートファルコンが選んだレースの謎』
『短距離が得意なハルウララ、マイルへ。スマートファルコンは苦手な短距離へ』
中にはウララとスマートファルコンが出たレースがおかしくないか、なんてツッコミを入れている記事もあった。数は少ないけど、こういうのにも一定の需要があるから仕方ないか。
でもウララが読んだらまずいから、あとでシュレッダーにかけておこう。
『スマートファルコン、チャンピオンズカップと東京大賞典に出走宣言! ダートで初となるGⅠ勝利数シンボリルドルフ超えが目標か?』
『スレーイン、強気のGⅠ3勝狙いか? チャンピオンズカップと東京大賞典出走へ』
『ハルウララ、チャンピオンズカップと東京大賞典への出走は? 専門家に聞く!』
あとはスマートファルコンやスレーインが行ったチャンピオンズカップと東京大賞典への出走宣言に関しても、煽り文をつけて色々と記事が載っていた。
スマートファルコンが最初に宣言してしまったけど、スレーインも元々ウララやスマートファルコンと一緒のレースを走った上で勝ちたいと思っているみたいだし、こうして宣言しておけばJBCシリーズみたいなすれ違いはなくなるよな。
ちなみに、昨日のJBCシリーズでは平日かつダートのレースなのに30万近い人々が集まっていた。芝のGⅠレース並だな、と思ったものの、GⅠレースが3連続で行われるから見に来たいって人も多いのだ。
平日で、JBCレディスクラシックが午後4時半からスタートだからな……会社勤めの人は大体が仕事中だし、それでも30万人は多いだろう。というか多すぎでは? トゥインクルシリーズにダートの重賞を増やしても良いんじゃないかってぐらい、最近ではダートの人気が増えてる気がする。
手前味噌だがウララっていうスター選手、そしてライバルであるスマートファルコン。それにスレーイン達もいつウララやスマートファルコンに勝ってもおかしくないぐらい成長しているし、今のダート界は人気も実力もどんどん高まっている時期なのかもしれない。
それまで大して注目されていなかったスポーツでもそうだけど、人気があって目立つ選手が出てくると活気づくようなもんだろう。まあ、生まれ変わったこの世界ではウマ娘のレースが国民的娯楽だし、芝と比べれば人気がないってだけで他のスポーツ競技と比べればダートのレースも十分人気だが。
そして、ダートのレースもだが芝のレースも最近は更なる盛り上がりを見せている。
キングがGⅠ6勝目を挙げたこと。
秋のシニア三冠の2戦目であるジャパンカップに凱旋門賞ウマ娘のブロワイエが参戦を表明したこと。
――ナリタブライアンがクラシック三冠を達成したこと。
先日行われた菊花賞。そこでナリタブライアンが2着に6バ身差をつけて1着になり、クラシック三冠を達成したのだ。
後輩が育てているウマ娘であるクレイジーインラブが挑んだものの、距離適性の壁を越えてもなお、届かなかった。
ナリタブライアンは追いすがるクレイジーインラブを鬼気迫る表情で突き放し、堂々の1着を飾った。クレイジーインラブは2着で敗れたものの、元々長距離が苦手だったことを思えば大健闘と言えるだろう。
結局ナリタブライアンを止めることはできなかったが、皐月賞、日本ダービー、菊花賞の全てで2着になったクレイジーインラブの評価は上がることはあっても下がることはないと思う。
新聞でも世代が違えばクレイジーインラブがクラシック三冠を獲っていたかもしれない、なんて記事が載ったほどだ。
俺の見立てではナリタブライアンっていうライバルがいるからこそ伸びている部分もあるから、クレイジーインラブがクラシック三冠を獲れるかは怪しいところだが……たらればを語っても仕方ないだろう。
そんなわけでナリタブライアンの実績が称えられると共に、そんなナリタブライアンのライバルとしてクレイジーインラブも今後が嘱望されてクラシック級も大盛り上がりなのだ。
芝のシニア級、クラシック級が盛り上がり、ダートレースも盛り上がる。それによってレース場に足を運ぶディープなウマ娘ファンも大量に増えているようだ。
いや、レース場に足を運ぶウマ娘ファンは別にディープじゃないか。普通に家族連れとかで週末にレース場に行こう、なんて家庭も多いみたいだし……ただ、最近では朝早くからレース場に行かないと入場できないことも増えているとテレビで言っていた。
以前はメインレースの直前に満員になるぐらいで、朝早くから行かないと入場できないなんてことはなかった。GⅠがメインレースの時だと昼過ぎには満員になっていたけど、今みたいに始発ダッシュをかましても入場できないことがある、なんてことはなかったんだけどな。
ただし何事にも良し悪しがあるもので、メイクデビューや未勝利戦にも注目が集まっていてウマ娘ファンが応援に駆け付けている。
それこそディープなウマ娘ファンが今は埋もれているが将来のスターウマ娘がいるかもしれない、なんて考えて応援に行くぐらいだったけど、最近は間口が広がっているようだ。
それによってこれまで以上に未勝利戦でも熱いレースが行われているし、オープン戦なんかでも大歓声が飛び交っている。
あと、これまで以上にウマ娘のグッズがよく売れているらしい。うちのチームだとウララもライスもキングも売り切れては再販され、再販されては売り切れる、なんてことを繰り返している。
ライスはシニア級を引退しているから売上が落ちたけど、サマードリームトロフィーの前に大量に製造したグッズがレース後には完売していた、なんてことをメーカーの担当者さんから説明された。電話越しに話しただけだけど、声が喜色満面って感じだからさぞ嬉しかったんだろう。
ウララもキングもグッズが売れ筋商品らしく、定期的に品切れになっては再販する、なんてことを繰り返している。特にウララのグッズはダートを主戦場とするウマ娘とは思えないほどに売れているようだ。ウララは可愛いからね、仕方ないね。
(ジャパンカップはどうなるかな……)
で、思考を切り替えた俺は、コーヒーを飲みながらそんなことを考えた。
ブロワイエが参戦を表明したこともそうだけど、元々の過熱ぶりから今度はどれだけのウマ娘ファンがレース場に詰めかけるのやら。
そんな大勢の前でキングが走ることになるけど、俺にできるのはこれまで通りキングを鍛え、メンタルを整えていくことだけだ。
(あとは……うん、インタビュー関係がどうにかならんかなぁ……)
記者もそれが仕事とはいえ、最近は出退勤の際にトレセン学園の壁を越えてばかりだ。壁に登った際、近所の人と目があった時のいたたまれなさよ……でも最近は今日も元気ねぇ、みたいな感じで流されてるし、セーフ……セーフ?
そんなこんなで、俺は新聞の記事に目を通していくのだった。
その日の放課後。
部室に来たウララの体に異常がないかをチェックした俺は、軽めのメニューだというのに今日も今日とて元気良く駆けていきそうなウララを呼び止める。
「ウララ、練習前に少し話があるんだが……スマートファルコンやスレーインはチャンピオンズカップと東京大賞典への出走を表明しているけど、ウララはどうしたい?」
ウララの返答を半ば予想しつつも、確認として尋ねる俺。
収得賞金はまったく問題ないし、望めば出られるだろう。希望さえすれば出られるというあたり本当にウララも強くなったんだなぁ、なんて思うが、それは表に出さない。褒め始めたらいくらでも褒めてあげたくなるんだ。
ウララは俺の質問にウマ耳をピンと立たせると、意気込むようにして胸の前で両こぶしを構える。
「今度こそファル子ちゃんとしょうぶしたいよー! それに、スレーインちゃん達ともいっしょに走りたいっ!」
「……やっぱりそうだよなぁ」
ウララの返答に俺は苦笑を浮かべる。ウララならそう言うだろうなって、スマートファルコンと勝負したいし、これまで何度も一緒に走ってきたスレーイン達とも競い合いたいって思うよなぁ、なんて俺は考えた。
だけどまあ、トレーナーとしては気になる部分もあるわけで。
「わかった。それならウララもチャンピオンズカップと東京大賞典へ出走するってことで進めていこう。ただ、ウララの状態によってはどちらかは回避することもありえるからな?」
というか、スマートファルコンやスレーインも本当にチャンピオンズカップと東京大賞典の両方に出てこれるんだろうか……よっぽど状態が悪くない限り出てきそうだけど、場合によっては向こうも回避することがありそうなんだが。
いや、さすがにその場合は何か言ってくるだろう。つまり、俺としては可能な限りウララが2戦連続で走れるようにしつつも、無理なら無理とブレーキをかける必要がある。
「え? でもトレーナーならバッチリ仕上げてくれるでしょ?」
――そう思っていた。
ウララは不思議そうな顔で、俺がきちんとレースに出られるよう調整してくれるだろう、と言ってくる。どちらか片方にしか出られないなんて、そんなことはあり得ないと言うのだ。
その信頼は嬉しい。俺としても可能な限りウララの希望に沿えるよう、しっかりと調整していくつもりだ。だけど何事にもイレギュラーな事態は発生するから……なんて言っても不思議そうに首を傾げる構えだぞこの子……。
(ま、仕方ないか……ウララのお願いなんだ)
しっかりと叶えられるよう頑張るとしよう。ただまあ、ウララもだけどキングもレースが控えているからな。ライスもウィンタードリームトロフィーが控えているけど、ウララやキングと比べればまだまだ先だし……。
ウララは直近の目標がチャンピオンズカップで、更に年末の東京大賞典への出走を見据えて調整していく。能力を高めるっていうのもあるけど、それ以上に調子を崩さないよう注意してトレーニングを施していかなければならない。
(今度こそスマートファルコンも本気かつ全力だろうしな)
精神的な不調は最早ないだろう。むしろウララが絡むと絶好調すぎて、どこまでぶっ飛んだポテンシャルを発揮するか不明だ。
肉体面に関しては、スマートファルコンのトレーナーがばっちり仕上げてくるはずである。というかスマートファルコンがチャンピオンズカップと東京大賞典への出走を表明しても、トレーナーがあとになって止めたって話も聞かない。
あのトレーナーならスマートファルコンをしっかりと止めて……いや、むしろ背中を押しそうだな。つまりスマートファルコンは全力全開ってわけだ。
だからまあ、ウララに関してはチャンピオンズカップと東京大賞典までにどこまで鍛え上げられるかが鍵だろう。
そしてキングの方はと言えば、だ。
先日屈腱炎だと判明したビワハヤヒデ、ウイニングチケット、セイウンスカイは長期療養でジャパンカップには出られないだろう。
いや、出ようと思えば出られるだろうが、それは最早選手生命と引き換えだ。長期療養に努めていればいつかは治る
俺は担当トレーナーじゃないからなんとも言えないけど、屈腱炎はそれほどまでにウマ娘にとって厳しい症状なのだ。完治の可能性を捨て、日常生活すら送れなくなる危険性を飲み込んだ上で、走れて一回。それも途中で限界を迎えて走れなくなる危険性があるほどだ。
だからトレーナーも止めるし、そもそも屈腱炎だとわかっているウマ娘をレースで走らせるほどURAも馬鹿じゃない。オグリキャップのように完治したのなら話は別だが、故障しているウマ娘を走らせてしまえば世間からのバッシングもすさまじいことになるだろう。
そう考えると繫靭帯炎が完治して走っているオグリキャップが本当におかしいんだが……いや本当、どうやってあの子を治したんだろう?
逸れそうになる思考を元に戻して考えてみると、ジャパンカップにおけるキングのライバルは数が減ってしまったというのが実情だ。
故障したビワハヤヒデ、ウイニングチケット、セイウンスカイ。あとはナリタタイシンも長期療養に入ったまま復帰していない。
ジャパンカップに出てきそうなのはスペシャルウィーク、グラスワンダー、オグリキャップ、ミーク、ナイスネイチャ、マチカネタンホイザ……ツインターボはどうだろうか。ジャパンカップの2400メートルは距離が長いかな?
あとは海外勢のブロワイエが本当に出てくるのか、だ。
ブロワイエの情報を調べたところ、マイルも走れる中距離向きのウマ娘って感じである。今のところ8戦7勝で、凱旋門賞含めてGⅠ3勝、GⅠで2着が1回と勢いのあるウマ娘だ。
デビューからの年数で考えると、日本で言えばクラシック級だろう。実績や実力で考えると……ナリタブライアンが近いんだろうか。でも凱旋門賞で勝ってるし、現状のブロワイエは更に格上と考えるべきか。
(まあ、ブロワイエもだけど、それ以上にスペシャルウィークがな……)
秋の天皇賞で見せた走りと気迫。そしてキングに負けてから見せた悔しがる表情と、距離があっても感じ取れた熱意。
復帰してからオグリキャップも調子が良いし、ジャパンカップはこれまで以上に油断できないだろう。
(できれば帝王賞の時みたいに、勝ってチャンピオンズカップに出るウララへバトンを渡してほしいが……どうなるかねぇ)
ウララの時も思ったことだが、俺にできるのはキングの調子を整えてしっかりとレースに出すことだけだ。
俺はそう考えて、目の前のトレーニングに集中するのだった。