リィンカーネーションダービー ‐新人トレーナーがんばる‐   作:烏賊メンコ

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第124話:新人トレーナー、キングとジャパンカップに挑む その2

『冬の気配が近付きつつある東京レース場です。これから始まるのは第11レース、芝2400メートルGⅠ、ジャパンカップ。バ場状態は良の発表となっております』

『今年もまたジャパンカップが始まりますね。今年は海外のウマ娘が出走することもあって、東京レース場は超満員となっております。URAの発表によると、今日も100万人を超える人々が集まっているそうです』

 

 ファンファーレが東京レース場に鳴り響き、実況と解説の男性がそれぞれ声を発する……って、今日も100万人ってあたりが怖い。東京レース場の外からは人の話し声がざわざわと聞こえてくるほどで、100万人を超えたと言いつつ具体的には一体どれだけの人が集まったのか。

 

 多分、URAも数えきれないから100万人以上って言ってるだけで、実際にはその倍の人がいても俺は驚かないぞ……いや、200万人いるって言われたらやっぱり驚くわ。

 

 ジャパンカップは左回りで2400メートルのため、観客席から見るとスタート地点がホームストレッチの真ん中付近からやや左に寄った場所になる。

 

 つまり観客席からはゲートインを待つウマ娘達が間近に見られるわけで、観客の中にはごついカメラを構えてシャッターを切りまくる人もいるほどだ。カメラじゃなくてもスマホを向けて写真を撮ったり、動画を撮影していると思しき人もいる。

 

 次から次へとウマ娘達がゲートインしていくが、名前を呼ばれる度に大きな歓声が東京レース場を揺らす。

 

『5枠7番、ハッピーミーク。5番人気です』

『黄金世代の一人ですが、この子は芝、ダートを問わずどんな距離だろうと安定して高い実力を発揮できるのが強味ですよ』

 

 ミークは観客席に向かってお辞儀をしてからゲートに入る。その仕草に女性からは大歓声が飛んでいく。

 

『7枠11番、ナイスネイチャ。6番人気です』

『ベテランのシニア級ウマ娘です。そろそろGⅠの冠が欲しいところですね……ですが実力が高いウマ娘なので今日のレースで初戴冠もあり得ます。好走に期待したいです』

 

 ナイスネイチャはいつも通り、苦笑するように笑いながら観客席へと手を振ってからゲートインする。

 

『8枠13番、スペシャルウィーク。3番人気です』

『パドックの様子を見ましたが、今日のスペシャルウィークは仕上がりが良いですし気合いがノッていますよ。期待が持てるのではないでしょうか?』

 

 スペシャルウィークは観客席に向かって手を振るが、普段と違って表情が固い。緊張しているのではなく、気合いが入っているからだろう。

 

『4枠6番、オグリキャップ。4番人気です』

『先週行われたマイルチャンピオンシップに出走して1着に輝いたウマ娘ですね。2週連続でレースに出てきた点が危惧されたのか、4番人気に落ち着いています』

 

 オグリキャップは観客へのアピールというより、自分自身を鼓舞するように胸の前で右手を握り締める。そして大きく深呼吸をしてからゲートへと入った。

 

『5枠8番、マチカネタンホイザ。7番人気です』

『先ほどパドックに出る前に鼻……いえ、少しアクシデントがあったようですが、なんとか出走できるようです。好走に期待しましょう』

 

 はな……まさか鼻血を出したのか? 口呼吸だけで走るのはきついだろうから、鼻血が止まらないのなら出走を見送るだろうし……とりあえず鼻血は止まったんだろう。

 

 成長期だと勝手に鼻血が出てくることもあるけど……あれは男だけだったか? まさかどこかにぶつかって鼻を打って鼻血を出したわけでもないだろうし……。

 

『7枠12番、キングヘイロー。1番人気です』

『やはりこのウマ娘が堂々の1番人気となりましたね。GⅠ6勝、『世代のキング』、全距離GⅠ制覇……今日のレースで勝てばGⅠ7勝とシンボリルドルフに並びます。それを見に来たという観客も多いでしょう』

 

 キングは普段通りだ。凛とした表情で観客に向かって手を振ると、落ち着いた様子でゲートに入る。

 

「頼むぞキングヘイロー!」

「今日も勝つところを見せてくれー!」

「お前が日本の総大将だー!」

 

 観客からも様々な歓声が飛ぶ。言っていることは本当に様々だけど、応援する気持ちは一緒なんだろう。キングもそれがわかっているのか、ゲートに入った状態で小さく笑みを浮かべている。

 

『8枠14番、ブロワイエ。2番人気です』

『今年の凱旋門賞ウマ娘がジャパンカップに参戦しました。その実績が評価されたのか2番人気に推されています。キングヘイローがいなければ1番人気もあり得たでしょうね』

 

 ブロワイエは不敵な笑みを浮かべると、観客達に向かって拳を突き上げてみせる。その堂々とした姿に観客達は興奮し、ブロワイエの名前を呼ぶ人が多かった。

 

 実に映える子だ、と俺は思う。恵体というのもあるだろうけど、纏っている雰囲気が強者のソレだ。凱旋門賞ウマ娘は伊達ではない、ということだろう。

 

 そうして、東京レース場から徐々に歓声が消えていく。それは観客席だけに留まらず、東京レース場の外で盛り上がる人々も例外ではない。

 

 これまで東京レース場の外から聞こえていた歓声すら消え始めており、これから始まるレースを邪魔しないよう、()()()()()()()()()()()、湧き出る興奮を抑えているのだ。

 

 ゲートが開く前のこの数秒。そのひりついた空気を感じ取った俺は、ぺろりと唇を舐めて湿らせる。去年ライスが走ったジャパンカップ。それを今年はキングが走る。それも間違いなく去年以上の注目と話題の中での出走だ。

 

『各ウマ娘ゲートイン完了……スタートしました』

 

 バタン、という音と共にキング達がゲートから一斉に飛び出す。

 

『各ウマ娘、揃った綺麗なスタートを切りました。そして最初の先頭争いで前に出てくるのは3番ソールドアウト、10番エレクトリファイド。そんな二人に続いて6番オグリキャップ、7番ハッピーミーク、12番キングヘイロー、13番スペシャルウィーク、14番ブロワイエ、9番デュークダムポピーが先行』

『全員集中していましたね。良いスタートですよ』

『続いて1番メイクユーガスプ、11番ナイスネイチャ、8番マチカネタンホイザ。シンガリ付近には3人並んで2番アンチェンジング、4番エナジェティック、そしてシンガリでお馴染み5番オイシイパルフェ』

 

 初っ端から逃げを打っているソールドアウト、そしてシンガリ付近に控えているアンチェンジングは同期のウマ娘だ。そして先行しているデュークダムポピー、オイシイパルフェの前を走るエナジェティックはブロワイエと同様、外国のウマ娘である。

 

『各ウマ娘がホームストレッチを駆けていきます。お聞きくださいこの大歓声。スタート直後だというのに最終直線を駆けるかのような盛り上がりです』

『最近は解説をする度に心配になるんですよ。この声、ちゃんと届いてますかってね』

 

 ウマ娘達はスタート直後から最初の第1コーナーに向けて己の位置を決める駆け引きを行っており、大きな動きはない。そのためか実況と解説が軽い雑談を挟むと、観客席からは笑い声が上がったり、『ちゃんと聞こえてるぞー!』と叫ぶ人がいたりと、大盛り上がりだ。

 

 まるでお祭りのような喧騒だ。それでいて走るウマ娘達を応援する熱気が東京レース場を満たしている……いや、東京レース場の外にいる人達からも、それぞれが応援しているウマ娘の名前を呼ぶ声が聞こえてくる。

 

『ホームストレッチを駆け抜けたウマ娘達が第1コーナーへと突入していきます。先頭は変わって10番エレクトリファイド。しかしそのすぐ後ろに3番ソールドアウトが控えています。先行組はそこから1バ身後方、6番オグリキャップと7番ハッピーミークが併走するようにして3番手争い。そのすぐ後ろでは12番キングヘイロー、13番スペシャルウィーク、14番ブロワイエの上位人気3人が互いに位置を変えながら駆けていきます』

 

 キングは外枠での出走だったが、既に前方で上位争いを繰り広げている。逃げウマの2人は良いペースで逃げているが……先行組の足が速い。大きな差を空けさせずにがっちりと後ろに喰らい付いている。

 

『先頭からシンガリまでは約7バ身ほど。先頭の10番エレクトリファイド、真横に並んだ3番ソールドアウトを嫌がるように更に加速していますが、ソールドアウトも加速して差が広がる様子がありません』

『今のところかなりのハイペースに見えますね。逃げウマ娘にとっては真後ろに先行組が張り付いていますし、もっと逃げたいところでしょう。しかし飛ばし過ぎると後半がもたず、といった状態かと思われます』

 

 キング含めた先行組がエレクトリファイドとソールドアウトのすぐ後ろを駆けているけど、アレは多分、狙ってやってることじゃない。ツインターボならスタミナ配分を気にせずもっと先に逃げているだろうけど、GⅠに出てきている逃げウマ娘だというのに先行組から逃げ切れないのだ。

 

 ツインターボの場合エンジンが故障して逆噴射する可能性が高いからなんとも言えないけど、逃げウマ娘が逃げ切れずにピッタリ後ろに張り付かれるというのは相当なプレッシャーのはずだ。

 

『バチバチと火花を散らすような3番手、5番手争い。その2バ身後方には11番ナイスネイチャが上がってきています。じわじわと上がって9番デュークダムポピーに並ぼうかというところ』

『前に上がっているウマ娘達の影に隠れて密かに上がってきていますね。ナイスネイチャはああいった走りが強みですよ』

『先頭のエレクトリファイドが第2コーナーを抜けて向こう正面へと突入していきます。その隣には変わらずソールドアウト。第2コーナーから続く緩い下り坂を駆けていきます』

 

 ウマ娘達が向こう正面へ差し掛かると、観客席からの声がより大きくなる。距離がある向こう正面へと声援が届くよう、観客達が必死に声を張り上げているのだ。

 

『1000メートルを通過してタイムは……59秒丁度ですか』

『かなり速いペースですよ。先日の秋の天皇賞よりコンマ1秒ですが速いです。ジャパンカップの方が距離があるため、ペースが速まるとそれだけ後半が辛くなりがちですが、優駿揃いですからね。もっとペースが上がる可能性すらありますよ』

 

 1000メートルを通過したが、キングは相変わらずスペシャルウィークやブロワイエと互いに牽制し合いながら走っている。そのすぐ前ではオグリキャップとミークが併走するようにして競い合っているが……その()()()()の結果逃げウマ娘に追いつく速度になっている、と見るべきか。

 

 向こう正面を走っているため表情をしっかりと見ることはできない。だが、キングはまだまだ余裕があり、スペシャルウィークやブロワイエもそれは同様といった感じだ。逃げウマ娘に追いつきつつあるけど、それでいて後半に向けて足を溜めているのだろう。

 

 逃げウマ娘に追いつく速度で走りながら足を溜めているとか、割合おかしな話である。だが、東京レース場は長い下り坂が多い。そのためスタミナを温存しつつもスピードが出るのだろう。

 

 ただ、途中で距離が短い急な坂もあるため、その辺りで各ウマ娘に差が付きそうだが……。

 

『向こう正面、緩い下り坂が終わって登り坂へと差し掛かります。先頭のエレクトリファイド、僅かに失速したか。その隙を突くようにしてソールドアウトが再び先頭に立ちます。しかし更にその後ろ、オグリキャップとハッピーミークが迫っています』

『飛ばし続けた分、登り坂になって負担が大きく感じたんでしょうね。ただ、ソールドアウトはスピードを落としていませんし良い根性をしていますよ。その後ろのオグリキャップ達は……スピードを落とすどころか加速していますけど……』

 

 登り坂に差しかかったが、キングは減速することなく駆け上がっていく。そしてスペシャルウィークやブロワイエもそれは同様で、苦も無くすいすいと坂を駆け上がるのが見えた。

 

(やっぱりブロワイエは良い走りをしているな……大したパワーだ)

 

 さすがは凱旋門賞ウマ娘だと、俺は素直にそう思う。しかしパワーも根性もキングは負けていない。むしろブロワイエを引き離すようにして前に出始めている。

 

(でも、君はやっぱり伸びてくるんだな……スペシャルウィーク)

 

 ブロワイエと違い、スペシャルウィークはキングに平然とついていく。キングが加速すればその分加速し、距離があってもわかるほどにギラギラとした闘争心を振り撒きながら駆けていく。

 

 そして距離が開くことを嫌ったのか、ブロワイエも加速してキングとスペシャルウィークを追う。

 

『先頭のソールドアウトが第3コーナーへと突入していきます。そして今、残り1000の標識を通過しました。2番手はエレクトリファイド……いや、オグリキャップに替わりました。3番手はハッピーミーク。エレクトリファイドはズルズルと後退していきます』

『あれは後退というより、周囲のペースについていけなくなっただけですかね……エレクトリファイドも良いペースで走ってはいるのですが……』

『各ウマ娘、続々と第3コーナーを駆けていきます。ここからが勝負所で……って動いた! ここで上がってきたのは5番オイシイパルフェ! 秋の天皇賞ではシンガリのままゴールしたオイシイパルフェが今! 加速を始めています!』

『今回はどうでしょうねぇ……』

 

 実況が興奮したように叫び、解説が懐疑的な声を漏らす。東京レース場の緩いカーブを利用するようにして加速したオイシイパルフェがシンガリから一気に上がってくるのが見えたが、仕掛けるのが少し早いような気もする。

 

『一気に6、7、8人とかわしたオイシイパルフェがブロワイエの後ろに迫る! そしてそのまま外から……かわしたぁっ!』

「いけえええええええパルフェエエエエエエッ!」

「今日こそ勝ってくれえええええええぇぇっ!」

「凱旋門賞ウマ娘に勝てえええええぇっ!」

 

 オイシイパルフェの走りぶりに、観客席にいたオイシイパルフェのファンも大盛り上がりだ。蹴立てるようにして椅子から立ち上がり、拳を突き上げてオイシイパルフェを応援する者があちらこちらに見受けられる。

 

 うーん……オイシイパルフェのこの人気ぶりはツインターボに通じるものがあるなぁ、なんて思った。というかかわされたブロワイエが少しだけ驚いたように目を見開いている。オイシイパルフェがこういう走りをするっていう情報を持っていたとしても、実際にレース中に体験するのは別ってことだろう。

 

 オイシイパルフェはそのままキングとスペシャルウィークもかわして前に出るが、キングもスペシャルウィークも動揺した素振りも見せずに駆けていく。オイシイパルフェはそのままオグリキャップとミークもかわして2番手まで上がるが、オグリキャップとミークも驚いた様子は見せない。

 

『シンガリから一気に上がっていたオイシイパルフェ、先頭を捉えることができるのか!? ソールドアウト懸命に逃げていく! 後ろから迫るオイシイパルフェから逃げていく! ここにきて更に逃げ足を伸ばすソールドアウト! オイシイパルフェかわしきれないか!?』

『ゴールまでまだ距離がありますからね。ここでかわして最後までもつのか、というのもあります』

『先頭のソールドアウトが第4コーナーを抜けて最終直線へと差しかかる! オイシイパルフェがすぐ後ろに迫っているが先頭は譲らないと言わんばかりに粘る粘る! 差が縮まらない! 最終直線約500メートルを駆け抜けた先の勝者は誰になるのか!?』

 

 オイシイパルフェがソールドアウトと競っている……が、その後ろで、最終直線に入った各ウマ娘が一斉に加速を始めたのが見えた。

 

『さあ来た! 最終直線で一気に上がってきたのはやっぱりこの子キングヘイロー! それに続いてブロワイエも上がってくる! スペシャルウィークもすさまじい加速だ! 前を走るオグリキャップとハッピーミークも加速してオイシイパルフェの背中を追う!』

 

 序盤から今に至るまで、先頭までの距離は大して開いていない。ほんの2バ身から3バ身の間にソールドアウト、オイシイパルフェ、オグリキャップ、ミーク、キング、ブロワイエ、スペシャルウィークの7人が走っているのだ。

 

 そして、最終直線ということもあってキングが一気にギアを上げる。コースの芝と土を後方に吹き飛ばす勢いで駆け、瞬く間にトップスピードまで加速する。

 

『キングヘイローがとんでもない足で上がっていく! だが、周囲も独走を許さない! オグリキャップ、ハッピーミーク、ブロワイエ、スペシャルウィークもすさまじい足だ! ぐんぐん伸びる! 残り400を切って突入した坂道もお構いなし!』

『ですが今日のオイシイパルフェも良い足で……あ』

『おっとどうしたオイシイパルフェ! とうとうエンジンが焼き付いたか!? やはり残り1000でのロングスパートは無理があったのか!? ここまで逃げ続けたソールドアウトの背中が遠くなっていく!』

 

 あああ、と観客席から声が上がる。しかしその声に押されたように、オイシイパルフェは必死の形相で駆けていく。

 

 だが、背後から一気にキング達が抜き去った。坂道で減速したオイシイパルフェをかわし、そのまま先頭のソールドアウトもまとめて抜き去る。

 

『ここで先頭に立ったのはオグリキャップゥッ! その隣にはハッピーミークが追走! しかし更にその後ろから上がってきたキングヘイローが二人に並んだ! 更に更に! ブロワイエ、スペシャルウィークも並ぶっ!』

 

 残り300メートル。

 

 その時点でキングは3番手に立った。しかしオグリキャップ達とはほとんど差がなく、ここからが本当の勝負だろう。

 

「いっけええええええええええええええええぇぇっ! キングウウウウウウウウウゥゥッ!」

「キングちゃああああああああんっ! がんばれえええええええええええぇぇっ!」

「そこからだよキングちゃん!」

 

 俺とウララが必死に叫び、ライスも出せる限りの声でキングを応援する。最終直線、観客席から見て左から右へと駆けていくキングを見ながら、声を張り上げる。

 

 最早東京レース場に詰めかけたウマ娘ファン達のボルテージは最高潮で、東京レース場の外から放たれる歓声もレース場全体をビリビリと震わせる。そのあまりの振動に、窓という窓が全て砕け散るんじゃないか、なんて思えるほどだ。

 

『やはり最後に競うのはこのウマ娘達か!? 『世代のキング』と『黄金世代』! そして海外からの挑戦者ブロワイエ! だが後方からナイスネイチャも上がってきている! 今6番手だ! しかし先頭集団からまだ2バ身距離があるがどうだ!?』

『観――声――これ――ない――』

 

 声を張り上げる実況の声は聞こえた。だが、解説の声は途切れ途切れにしか聞こえない。

 

 残り200メートル。

 

 先頭を駆ける集団から、キングとオグリキャップ、スペシャルウィークが僅かに前へと抜け出していく。歯を食いしばったミークが懸命に追い、ブロワイエは必死に足を動かしながらもその表情には驚愕の色が広がりつつあった。

 

『秋の天皇賞の焼き直しか!? 最終直線! 並んだ並んだこの3人! キングヘイロースペシャルウィークオグリキャップが横並びだ! 並んだ3人が駆けていく!』

『――も――ブロ――は――――だ――すね』

 

 残り100メートル。

 

 先頭を駆ける3人は完全に横並びだ。そんな3人との間に1バ身近く差が開きながらも、ミークとブロワイエが必死に駆けていく。

 

「勝てええええええぇぇっ! いけっ! キングッ! 勝てえええええええええぇぇっ!」

「がんばれえええええええええぇぇっ! キングちゃん! がんばれえええええぇぇっ!」

 

 俺は柵を叩きながらウララと一緒に必死に叫ぶ。ライスも叫んでいるけど、周囲の歓声が大きすぎてよく聞こえない。

 

 あまりにも歓声が大きすぎて、地面が揺れている気さえする。それほどの大歓声を向けられるに足るレースが、目の前で繰り広げられるのだ。

 

 残り50メートル。

 

 3人の競り合いで最初に遅れを取ったのは、オグリキャップだった。それはほんの僅かな、しかし最終直線での競い合いにおいては大きな、些細な動きの乱れ。

 

 怪我をしたわけでもない。荒れたターフに足を取られたわけでもない。ただ、本当に少しだけフォームが乱れた。

 

 マイルチャンピオンシップで走った疲労が出たのか、あるいは集中力が途切れたのか。()()()()()が相手なら取り返しのつくミスで――キングとスペシャルウィークが相手では致命的なミスだった。

 

 残り30メートル。

 

 ほんの僅か、クビ差程度に遅れたオグリキャップを気にする余裕もなくキングはスペシャルウィークと競い合う。どちらが前に出るか、どちらが先にゴールを通過するか。

 

 競り合って、競り合って、競り合って。

 

 キングとスペシャルウィークの走りは互角だった。だからこそ、勝敗をわけたのはきっと――()()()()()()()()()()()()()()()だった。

 

『キングヘイローとスペシャルウィークが並んで今! ゴール! 体勢はスペシャルウィークがやや有利か!? そして僅かに遅れてオグリキャップ! 1バ身離れてブロワイエ! 続いてナイスネイチャとハッピーミークが並んで飛び込んでくる!』

「っ!?」

 

 どうだ、と俺は自問する。勝ったのはキングか、スペシャルウィークか。実況の言う通りスペシャルウィークがやや有利だったか? いや、キングか?

 

 次から次へとウマ娘達がゴールを駆け抜けていく。そしてゴールの先で荒い息を吐くキングの姿を、その表情を見た俺は、ああ、と悟った。

 

『着順が確定いたしました。1着13番、スペシャルウィーク。勝ち時計は2分22秒5。2着12番、ハナ差でキングヘイロー。3着6番、クビ差でオグリキャップ。4着14番、1バ身差でブロワイエ。5着11番、ハナ差でナイスネイチャ』

 

(――負けたか)

 

 東京レース場の内外から、これまで以上の大歓声が上がる。それはスペシャルウィークの名前を呼ぶ声だったり、キングヘイローが敗れたことを嘆く声だったり、様々だ。

 

 最後の最後。ほんの僅かな一歩の差。いや、一歩どころか爪先一つ分ぐらいの差かもしれないが、スペシャルウィークが()()()ように見えた。

 

『――――! ――!』

『――! ――――! ――――!』

 

 実況と解説が必死に何か言っているが、歓声が大きすぎてよく聞こえない。

 

「あーあ……キングヘイローが7冠達成するところが見られると思ったんだけどな……」

「キングヘイローが負けるなんてな……」

「シンボリルドルフ超えはお預けかぁ……」

 

 ただ、近くの観客達の嘆く声は聞こえた。一瞬非難する声かと思ったが、心底残念がっているように聞こえる。

 

 遠くからは少し、ブーイングが聞こえるが……ブーイングを飛ばすぐらいなら、拍手をするなりやることがあるだろうに。

 

 俺は大きく息を吐くと、キングへ視線を向ける。キングは息を整えながら険しい表情で着順掲示板を見つめていたが、やがてウマ耳をピクピクと動かすと、ため息を吐いて近くのスペシャルウィークへと歩み寄った。

 

 スペシャルウィークは遠目に見ても消耗しきった様子で、コースに転がって息を整えている。キングが声をかけても首を横に振るばかりで、それを見たキングの口元が僅かに動くのが見えた。

 

 そしてスペシャルウィークの腕を掴んだかと思うと、肩を貸して起き上がらせる。続いて観客席に向き直らせ、何事かと口にした。

 

 するとスペシャルウィークは数回深呼吸をして、ニッと笑みを浮かべ――自身の勝利を誇るように、拳を突き上げるのだった。


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