リィンカーネーションダービー ‐新人トレーナーがんばる‐   作:烏賊メンコ

136 / 145
第126話:新人トレーナー、二度目のチャンピオンズカップに挑む その1

 キングが挑んだジャパンカップが2着で終わり、今度はウララのチャンピオンズカップが近付いてきた。

 

 去年はスマートファルコンに敗れ、スマートファルコンが宣言通り出走するなら再戦という形になる。ウララもスマートファルコンとの対戦に乗り気だし、俺としても今度こそ勝つ、という思いがあった。

 

「あー、ファル子、チャンピオンズカップの準備で大変だなー。強いライバルが出てくるのかなー。気になるなー」

 

 だからスマートファルコン、毎日部室の近くをうろつきながらこっちをチラ見して、そんなことを言わなくていいのよ? わざわざ周囲に人気がないタイミングでそんなことをしなくてもいいのよ?

 

 ちゃんと出走申請もしたし、ウララの仕上がりも調子も良好だ。スマートファルコンも人気のないタイミングを狙っているから良いけど、誰かに見られたら勘違いされそうだ。まあ、JBCシリーズの時もそれぐらい露骨にしてくれたらぶつかれたんだけどね。

 

 あと、なんでウララを高い高いしようとするんだろうか? ブロワイエといい、ウララから高い高いをしなければいけない成分でも出ているんだろうか?

 

 そんな馬鹿なことを考えつつも、きちんと出走申請をしたため3日前には出走表が届く。いつも通り出走表を受け取った俺は部室に戻ると中身を確認した。

 

 そして今度こそ、というべきか。そこにウララとスマートファルコンの名前が揃って記されていることを確認する。他にもスレーインやハートシーザー、ミニデイジーといった()()()()()()も勢揃いだ。

 

(チャンピオンズカップで決着をつける……と、言いたいところなんだけど……)

 

 チャンピオンズカップは1800メートルのマイル走で、去年はスマートファルコン、スレーインに敗れて3着になったレースだ。

 

 そしてスマートファルコンとは現時点で2勝3敗。仮に勝てても3勝3敗と五分の成績である。負ければ2勝4敗と更に引き離される。

 

 1800メートルのレースとなると、ウララもスマートファルコンもお互いに五分五分の条件……と言いたいけど実際はスマートファルコンの方がやや有利か。

 

 中距離の帝王賞でスマートファルコンに勝ったウララだけど、その本質はスプリンター。1800メートルのチャンピオンズカップ、2000メートルの東京大賞典はスマートファルコンと比べて距離適性の差がある。

 

 それでも距離適性なんてなんのその。努力と根性とライスとの併走でスタミナを鍛えてきたウララなら、十分勝負になる。

 

(ま、ライバルウマ娘達の成長次第か……)

 

 勝負にはなるが、勝敗は蓋を開けてみなければわからない。特にスマートファルコンは担当トレーナーが毎回バッチリ仕上げてくるし、以前は不安定だったメンタルも安定している。

 

 そしてそれ以上に、ウララに対する執着のような感情がなんともいえない。あの子なんでウララのことをあれほどまでに意識するんだろうか。いや、意識するって言い方だと軽く聞こえるから、やっぱり執着する、というべきか。

 

 スマートファルコンはウマドルを目指して路上ライブも続けているけど、最早路上ライブなんて規模じゃないし、担当トレーナーは相変わらずファンの先頭でピンクの法被着て応援してるし……この前はサイリウム持ったまま片手倒立してくるくる回っていた。トレーナーはウイニングライブの振り付けを教えたりもするけど、あんなダンスあったっけか。

 

 そんなわけでチャンピオンズカップへの準備は着々と進んでいる。ライスとキングもウララのトレーニングを手伝ってくれるし、併走してくれるし、仕上がりはバッチリだ。

 

(今度こそ、スマートファルコンに……)

 

 (ウララ)と勝ちたい。

 

 俺はそう思った。

 

 

 

 

 

 チャンピオンズカップ当日。

 

 開催場所が愛知県の中京レース場ということで、トレセン学園から車を借り、朝から高速道路を走っての移動である。ウララ達を乗せているからもちろん安全運転だ。

 

 助手席にはライスとキングが座りたがったため、じゃんけんの結果キングが座っている。後部座席にはウララとライスが座っているが、最初は落ち込んだ様子だったライスも今はウララと話をしながらきゃっきゃとはしゃいでいる。

 

 ライスなりにウララの緊張を解こうとしているのだろう……多分。

 

 今日のウララはなんというか、非常に落ち着きがある。今はライスときゃっきゃとはしゃいでいるけど、武者震いもしていないし、何よりレース前に()()()()()というのは精神的にリラックスしているということでもある。

 

 敢えて明るく振る舞うとか、おどけてみせるとか、そういった素振りもない。純粋にリラックスして――これからのレースを心待ちにしているのだ。

 

 出会った頃からレースを楽しみにして、ワクワクする、なんて言っていたウララだけどあの時とは違う。あの頃はレースに出るだけで楽しんでいたが、今はライバル達、特にスマートファルコンと競い合うことを楽しみにしている節があった。

 

 何故なら、スマートファルコンもこれまでと違うからだ。帝王賞の時のように仕上がりは万全でも調子が最悪、なんてことはない。

 

 ある意味、今回こそがウララとスマートファルコンの()()()()かもしれない。

 

 仕上がりやら調子やらスマートファルコンのウララに対する思い入れやらから考えると、文字通り初戦になった昇竜ステークスこそが初レースと呼ぶに相応しいかもしれないけど……あの時はウララの方が、いや、()()()()()()()()仕上がっていなかったしな。

 

(というか、オープン戦の昇竜ステークスとかで走っていたウララが今ではGⅠの常連か……本当、子どもが大きくなるのは早いもんだ……)

 

 そんなことを思いつつ、俺はミラー越しにウララの顔を見る。

 

 出会った頃と比べればさすがに大人びた……うーん、大人びた……ような……昔のままのような……毎日顔を合わせているからわからんなぁ。

 

 それでもウララが成長しているのはたしかだ。出会った頃と比べてトレーニングやレースに対する向き合い方も変化したし、なによりウマ娘として強くなった。

 

(そんなウララの集大成を見せる時、か)

 

 今日のレースを走った後の状態次第だけど、東京大賞典にも出るなら今月の2回のレースがウララがこれまで積み重ねてきたトレーニングの集大成になるだろう。

 

 勝つか負けるか。それは定かじゃない。それでも悔いなく走ってほしいというのが本音だった……うん、もちろんウララが勝つし、勝ってほしいと常に思っているけどね?

 

 さて、そんなこんなで車を走らせて現地入りし、中京レース場へと向かったわけだが……。

 

「最近さ、感覚がマヒしているのかなって思うことがあるんだけどさ」

「どうしたの、急に」

 

 俺の呟きを拾ったキングが怪訝そうに視線を向けてくる。俺は運転中のためキングの方を見ることはしないけど、その代わりに前方……歩道やら空いているスペースやらに集まっているウマ娘ファン達を眺める。

 

「人、多いよな」

「ええ、多いわね」

 

 何を今更、と言わんばかりの口調でキングが答えてくれるけど、やっぱり多いよなぁ。

 

 中京レース場の収容人数は約7万5000人。東京レース場と比べれば少なく感じるけど、それでも国内だとギリギリ5本の指に入るほどの収容人数を誇る。

 

 それだというのに明らかに中京レース場から溢れたと思しき人、人、人、稀にウマ娘。今日が日曜日だっていうのもあるだろうけど、それにしたって多すぎる。

 

(そういえば、今日は他のレース場で行われるメインレースがオープン戦とかだっけ?)

 

 最近のダート人気を反映してか、あるいは他のレース場で行われるレースに重賞以上のものがないからか、中京レース場に向かって人が続々と歩いていく。

 

 本当に増えたもんだ、なんて俺は思う。ここ最近は芝もダートも問わずウマ娘のレース人気が高まりすぎだ。芝のレースは元々人気が高かったけど、ダートのレースもここまで人が集まると最早現実感がない。

 

 運転しながら歩道を歩くウマ娘ファン達を見て、ふと実感が湧いたのだ。本当に人が多いな、なんて。

 

 そして、明らかに中京レース場が満員で入れないとわかっていても、彼ら、彼女らは中京レース場を目指して歩いていく。少しでも近くでレースの熱を感じ取りたいと思っているのだろう。

 

 その気持ちはわからないでもないけど、ここまで来ると他のウマ娘ファン達と集まって騒ぐのも一つの楽しみになっているんじゃないか、などと思った。

 

 人の飛び出しなんかに注意しつつ、俺は関係者用の駐車スペースに車を停める。そして車からウララ達と一緒に降りるとウマ娘ファンの人達が気付いたのか、ざわっとした空気が流れた。

 

 しかしレース前ということも関係しているのか、無理に近付いてこようとはしない。どこの出版社かわからないけど、精々記者が近付いてくるぐらいだ。

 

「――あは☆」

 

 で、多分だけどインタビューしようとした記者より先に、そんな声が響いた。振り返ってみると、俺達と同じように車から降りてきたスマートファルコンがそこにいた。俺達が到着するまで、車の中で待っていたんだろう。

 

「ファル子、嬉しいなぁ……やっとウララちゃんと競い合えるんだもん。すごく、嬉しい」

 

 そう言って笑顔を浮かべるスマートファルコンだけど……ちょいと凄味がありすぎやしませんかねぇ。

 

 近付いてきていた記者が回れ右をして距離を取るぐらいには迫力がある笑顔だ。ただ、距離を取ったあと記者はカメラを向けて写真を撮り始めたけど。

 

 そんなスマートファルコンの気迫をどう感じたのか、ウララはにぱっと笑顔を浮かべた。

 

「わたしも嬉しいよー! でもね、ファル子ちゃん。そんないーってこわい顔するんじゃなくて、笑顔で勝負しよ?」

 

 どうやらウララから見ると笑顔には見えないらしい。スマートファルコンはそんなウララの言葉を聞いて顔に笑みを深めると、口の端を吊り上げて心底楽しそうに笑う。

 

「うん……そうだね、ウララちゃん! ファル子、すっごく楽しみにしてたんだ! だから、楽しんで競い合って、()()()()勝たせてもらうね☆」

 

 最後に何やら決めポーズっぽい格好をすると、勝利宣言を行うスマートファルコン。それを聞いたウララは笑顔で頷いた。

 

「うんっ! わたしもね、楽しんで走って()()()()勝つからねっ!」

 

 そう言ってお互いに勝つと宣言するウララとスマートファルコン。その向こうではまた通りすがったスレーインがすごい顔をして……ないな。

 

「じゃあ、2人が意識し合っているところを抜かせてもらうから」

「あっ! スレーインちゃん!」

 

 おっと、わたしも混ぜろと言わんばかりにスレーインも勝利宣言だ。ただし、ウララは嬉しそうにウマ耳を立て、尻尾を揺らしているが。

 

 ウララが差し、スマートファルコンが逃げ、スレーインが追い込みと、ウララとスマートファルコンが意識し合っている隙を突けばたしかに勝機があるだろうけど……わざわざこうして言いに来たあたり、周囲のライバルも見ろっていうスレーインからの抗議かな?

 

 ただまあ、スマートファルコンはどうかわからないけど、ウララはスマートファルコンを一番意識しているだけで、スレーイン達のことも当然のようにライバルだと思っている。

 

 だから油断もないし、侮るなんてことも微塵もない。いつだって全力で挑むのがウララだ。

 

 本当、スマートファルコンがその辺りどう考えているのかは謎だけど……スマートファルコンのトレーナーは満足そうに頷いているから問題はないのだろう。

 

「よし」

 

 前も言ってたけど、本当に『よし』って思っているかは謎だった。

 

 

 

 

 

 そして、いつも通りウララを控室まで送り、パドックの最前列に陣取った俺は始まったお披露目に目を細めていた。

 

『2枠4番、スマートファルコン』

 

 その名前が呼ばれると、パドックに詰めかけていたウマ娘ファン達からも感嘆の声が上がる。

 

「スマートファルコンだ……」

「見ろよ、あのトモ……良い具合に発達してるな」

「ああ……さすがファル子だ」

 

 そんな言葉を聞きながら、俺はトモだけでなく全身の筋肉をチェックする。トモの発達を見るのも良いけど、一部の筋肉だけでなく全身の筋力バランスをしっかり見ないと走りの予想ができない。

 

(うーん……いつ見ても良い仕上がりだな。調子も上々、と……)

 

 今のスマートファルコンには以前にはなかった溌溂とした雰囲気がある。ウララとは若干違うけど、明るい笑顔を浮かべてポーズを決めるその姿には親しみやすさが増えていた。

 

『3枠5番、スレーイン』

 

 スレーインも良い仕上がりである。先ほど話をした感じから、調子が良いことも窺えた。

 

(……一皮剥けたな)

 

 JBCクラシックで勝ったからだろうか。スレーインが持つ雰囲気が強者としてのものに変わっている。GⅠウマ娘と呼ばれるに足る実力と雰囲気が備わっているのだ。

 

『5枠10番、ハルウララ』

 

 そしてウララの名前が呼ばれると、ウマ娘ファン達から一斉に歓声が飛ぶ。ウララはそんな歓声に応えるようにその場でぴょんぴょんと飛び跳ねるが、GⅠウマ娘らしからぬ天真爛漫さに俺は苦笑するしかない。

 

 仮にウララのことを全く知らないままで彼女を見たら、はたしてどう思うんだろうか、なんてことを戯言のように思う。

 

 GⅠらしからぬ、とは言ったけど、ウララが持つ雰囲気も強者のものだ。今日のために鍛え上げてきたウララの体はきちんと仕上がっているし、これから行われるレースに適度な緊張感を持って挑めるだけの経験も積んでいる。

 

「トレーナー」

 

 お披露目を終えたウララがパドックの柵越しに俺の傍へと近付いてくる。

 

 先ほどまであった浮ついた雰囲気は消え、レースを前にした真剣さが徐々に覗きつつあった。

 

「スマートファルコンもスレーインも、仕上がりはバッチリだし調子も良さそうだ。でも、それはこっちも同じこと。あとはこれまで積んできたトレーニングと、どれだけ勝ちたいかっていう気持ちの差が勝敗をわけるだろうな」

 

 俺がそう言うと、キングが苦笑を浮かべながら口を開く。

 

「そうよ、ウララさん。私の件で学んだトレーナーが言うんだから間違いないわ」

「いや、()()は前々から学んでたけどね……」

 

 キングの苦笑に俺も苦笑を返す。自分で言い出せる辺り、キングは本当にメンタル強いな。すると、今度はライスが口を開いた。

 

「ウララちゃん、こうして望んだ相手と望んだレースで競える機会は滅多にないんだからね? だから悔いなく楽しんで走って、そして勝ってきて……ライス、お兄さまやキングちゃんと一緒に応援してるから」

 

 そう言って手を伸ばし、ウララの頭をポンポン、と叩くライス。ウララはそんなライスの行動に小さく目を見開くと、満面の笑みを浮かべる。

 

「うんっ! よーしっ! がんばるぞー!」

 

 そしてウララは、気合満々といった様子で拳を突き上げるのだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。