リィンカーネーションダービー ‐新人トレーナーがんばる‐   作:烏賊メンコ

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第127話:新人トレーナー、二度目のチャンピオンズカップに挑む その2

『晴天に恵まれました中京レース場。これから始まるのは第11レース、ダート1800メートルGⅠ、チャンピオンズカップ。バ場状態は良の発表となっております』

『最強のダートウマ娘を決めるこのレースが今年もやってきました。日曜日の開催ということもあり、URAの発表によると50万近い人々が中京レース場周辺に集まっているようです』

 

 ファンファーレが中京レース場に鳴り響き、実況と解説の男性がそれぞれコメントを口にする――と、まるで存在を誇示するように中京レース場の外から歓声が上がった。

 

(多いとは思っていたけど、50万人か……とんでもないな)

 

 チャンピオンズカップは解説の男性が言った通り、ダートを主戦場とするウマ娘の中で最強を決めるレースと言っても過言ではない。

 

 ダート路線のダービーウマ娘を決めるジャパンダートダービー、ウララが勝利した帝王賞、スレーインが勝利したJBCクラシック、そして年末の東京大賞典。

 

 これらはトゥインクルシリーズにおけるダートのGⅠの中でも2000メートルと、中距離レースに該当する。つまり、中距離を走れる距離適性を持たないダートウマ娘にとっては出走するだけで不利で、たとえ他のウマ娘を圧倒する実力があっても距離適性が合わずに敗北する、なんてことがあり得るのだ。

 

 だが、今回のチャンピオンズカップはマイルの1800メートル。他のマイルのダートGⅠはJBCレディスクラシック、2月のフェブラリーステークスがあるし、JBCスプリントみたいに短距離のレースもある。

 

 しかしJBCスプリントもJBCレディスクラシックも同日に他のJBCシリーズが開催されるため、強いウマ娘が一つのレースに集まって最強を決める、なんてことは難しい。

 

 というか、ウララとスマートファルコンがすれ違いを起こしたばかりだ。だからこそ、クラシック級のウマ娘も出走できて、なおかつ12月というクラシック級のウマ娘がシニア級と大差ない実力まで育っている時期で、距離も1800メートルで距離適性が合いやすいチャンピオンズカップは、最強のダートウマ娘を決めるレースと言っても過言ではないのだ。

 

 それを示すように賞金は1億円である。フェブラリーステークスも賞金が1億円だけど、あっちはシニア級限定だ。クラシック級シニア級問わずに競い合うチャンピオンズカップは、ダート路線のウマ娘にとって文字通り()()()()()()を決めるレースである。

 

 去年クラシック級にもかかわらずチャンピオンズカップで勝利したスマートファルコンの実力や実績を見れば、それも納得だろう。帝王賞ではウララが勝ったが、今のダート界での最強ウマ娘といえばスマートファルコンだという声は大きい。

 

 そしてそんなレースだからこそ、最近のレース人気も影響して50万近い人々が押し寄せたのだろう。芝のGⅠだとたまに聞く人数だけど、ダートのレースだとURAの発表で50万人って初めてかもしれない。

 

『3枠5番、スレーイン。3番人気です』

『今年のJBCクラシックを制したウマ娘です。ダートレースのGⅠ勝利数ではスマートファルコンやハルウララに劣っていますが、実力では劣っていません。期待が持てるウマ娘です』

 

 そうやって考え事をしていると、ウマ娘達のゲートインが進んでいく。

 

 中京レース場での1800メートル走は、スタート位置がホームストレッチの中心からやや左に寄った場所になる。そのため観客達は目の前でウマ娘達がゲートインする姿を見ることができるのだ。

 

 奇数番号から一人ずつゲートに入っていく姿を見る度に、観客達のボルテージも上がっていくのが伝わってくる。なんともひりついた空気を感じるのだ。 

 

『2枠4番、スマートファルコン。1番人気です』

『1番人気はこのウマ娘に決まりました。GⅠ4勝にして去年のチャンピオンズカップの覇者ですからね。ハルウララと競いましたが今回はこの子が1番人気です。連覇を期待されてのことでしょう』

 

 そしてスマートファルコンの名前が呼ばれた瞬間、観客達のボルテージがぐぐっと上がった。帝王賞でウララに敗れて以来、雰囲気が柔らかくなったスマートファルコンの人気ぶりは元々の実力の高さもあってどんどん高まっている。

 

「GⅠ5勝目を頼むぞファル子ー!」

「ファル子おおおおおおおおおおおぉぉっ!」

「君こそが最強のダートウマ娘だああああああぁぁっ!」

 

 声を張り上げて必死にスマートファルコンを応援するファン達。そんなファン達の声援にスマートファルコンは小さく目を見開き、そして下唇を噛んだかと思うと数秒かけて満面の笑みを浮かべる。

 

「ファル子、がんばるねっ!」

 

 よく通る声でそう叫び、ポーズを決めてからゲートに入るスマートファルコン。そんなスマートファルコンの声と仕草に、観客達が更なる声援を送る。

 

(あーあ……まったく、ただでさえ強敵だってのに……)

 

 心中でそんなことを思いつつも、俺は口の端が吊り上がるのを感じた。続いて、ゲートに入ったスマートファルコンを見て思う。

 

(良い顔をするようになったじゃないか)

 

 本当、困ったもんだ。ただでさえメンタル面が不調でもウララが勝てるかどうか怪しいっていうのに、体の仕上がりもメンタルもバッチリとは。

 

「あら……あなた、ずいぶんと楽しそうね? スマートファルコンはウララさんのライバルでしょう?」

「ははは、その通りだよキング。でも、ウララのトレーナーとしては頭が痛いけど、トレセン学園に勤務するトレーナーとしてはウマ娘の成長が嬉しいのさ」

 

 まあ、アレを純粋に成長と言って良いのかはわからない。なんかウララに()()だし。

 

「あ、あ、あな……あ……お兄さま」

「ん? どうした?」

「ううん、呼んでみただけ」

 

 俺がキングと言葉を交わしていると、ライスに呼ばれた。そのため視線を向けてみるが、ライスは頬を膨らませたままそっぽを向く。

 

『5枠10番、ハルウララ。2番人気です』

 

 なんだいなんだい、何を拗ねてんだい、とライスの頬を指で突いて空気を抜いていると、ウララの名前が呼ばれた。

 

「ハルウララアアアアアアアアァァッ!」

「今日も見に来たよハルウララアアアァァッ!」

「ウ・ラ・ラ! ウ・ラ・ラ!」

 

 スマートファルコンに勝るとも劣らない歓声が観客席から飛んだ。ウララはそんな歓声に満面の笑みを浮かべると、ぴょんぴょんとその場で跳ねる。ああもう、短いスカートでそんなに跳ねちゃって……はしたないですわよ?

 

 でもまあ、そんなウララの仕草に観客達は大喜びだ。特にご年配の方々はほっこりとした顔でウララを見ている。

 

 ウララはそんな観客達の反応にもう一度笑みを浮かべ、ゲートへと入った。

 

(良い切り替えだな……)

 

 そして、ゲートに入ったウララの表情が真剣なものへと変わる。それまで浮かべていた無邪気な笑顔が一変し、GⅠ4勝を挙げたダート界でも屈指のウマ娘としての真剣な表情へと変わったのだ。

 

 そんなウララの切り替わりに、観客達の一部から「あぁ……」とため息を吐くような、熱っぽい痺れたような感嘆の声が上がる。それまでウララを応援していた人達とは毛色が違うというか、乙名史さんみたいな空気を感じるというか……ウララのファン層も多様化して良いことだと思おう。

 

 チャンピオンズカップはフルゲート16人。芝のレースと違い、コースが多少抉れてもレースの合間の整備で大体元通りになるため内ラチが極端に荒れているということもない。

 

 そう考えるとスマートファルコンの4番、スレーインの5番と比べ、ウララの10番は少しばかり不利に思えるが……チャンピオンズカップのスタート位置はホームストレッチの左側と言ったが、登り坂の途中である。

 

 それに加えて左回りで第1コーナーまでそれなりに距離があるため、ウララのダッシュ力を考えると思うほど不利ってわけでもない。もっとも、スマートファルコンが相手だと僅かな不利でもとんでもなくでかいから、どう転ぶか読めない。

 

 だけど、夏の合宿によって……いや、帝王賞でスマートファルコンに勝ってから、俺の予想を超えて更に成長していったウララを信じている。

 

『各ウマ娘、ゲートイン完了……スタートしました』

 

 中京レース場に沈黙が満ち、バタン、というゲートが開く音と共にチャンピオンズカップが始まった。

 

『各ウマ娘、揃って綺麗なスタートを切りました。最初にハナを切ったのはやっぱりこのウマ娘、4番スマートファルコン。それに続いたのは2番ハートシーザー、6番ドラグーンスピア。更にその後ろ、8番ミニデイジー、3番プリスティンソング、9番クンバカルナ、10番ハルウララ、11番ゴールドシュシュ、16番ユニゾンフラッグ』

『全員集中していましたね。良いスタートですよ』

『続いて1番アストレアノーチェ、12番フラハラウ、14番アニマアムニス、15番ミニロータス。シンガリ付近に控える形で5番スレーイン、7番ムシャムシャ、13番ハートスコーチャー』

 

 ウララだけでなく、全員が綺麗なスタートを切った。しかしウララはスタート直後にもかかわらず先行のウマ娘達に紛れるようにして前の方へと駆けていく。

 

 自分が得意な脚質を間違える初歩的なミス――なんてことは当然あり得ない。()()()()()()()スマートファルコンには勝てないという、これまでの経験がそうさせているのだろう。

 

 なるべく前の位置に上がって、早いタイミングで仕掛け、最後にスマートファルコンを捉える。とんでもない逃げ足を発揮するスマートファルコンが相手となると、最初から全力で挑まなければ容易く逃げ切られてしまうのだ。

 

『4番スマートファルコン、加速してどんどん後続を引き離していきます。ホームストレッチを駆け抜けて第1コーナーへ突入。この時点で他の逃げウマ娘からも2バ身から3バ身ほどリードを取っています』

『いつ見てもまるでツインターボみたいな逃げ足ですねぇ。ツインターボと違うのは逆噴射を期待できず、他のウマ娘にとっては脅威でしかないという点でしょうか』

 

 解説の男性の言葉に、俺は小さく頷く。逆噴射しない、最後まで逃げ続けるスマートファルコンは逃げウマ娘として脅威過ぎる。解説の男性はツインターボを例に出したけど、ツインターボは逆噴射する分、いつ、どんなレースでもとんでもないことをやってくれそうな期待感があるが、スマートファルコンは期待感とか関係なしに容赦なく逃げ切る。

 

 トゥインクルシリーズのダートのGⅠは最長で2000メートルのため、スマートファルコンにとってはスタミナを増やせば増やしただけ、全力で逃げられる距離が延びるという状況だ。

 

 足を溜める必要もなく、最初から最後までスパートをかけたように逃げ続けるのがスマートファルコンだ。それに勝つのは決して容易ではない。

 

 それでも、だ。

 

『スマートファルコンが第1コーナーから第2コーナーへと駆けていきます。後続との差は既に4バ身から5バ身ほど。現時点でシンガリまでの距離が10バ身以上開いています』

『いやぁ、いつ見てもとんでもない逃げ足ですねぇ。10バ身以上って……まだ600メートルも走ってないんですけど……』

 

 解説の男性が呆れたように言うが、それぐらいスマートファルコンの逃げ足はとんでもない。

 

(仕上がりもメンタルもバッチリだと、ここまでの走りを見せるとは……)

 

 解説の男性がツインターボの名前を出すのもわかるような逃げ足だ。今のスマートファルコンの走りは後先考えず、スタミナが尽きるまでひたすら加速し続けるロケットのようなものである。

 

 ()()()そんな走りをしても最後までもたない。いくらウマ娘の身体能力が人間とは桁違いといっても、スタートからゴールまで全力疾走するような走りでは到底スタミナがもたないのだ。

 

 もちろんスマートファルコンも、そしてツインターボも、言葉通り最初から最後まで、スタートからゴールまで全力疾走し続けているわけではない。要所要所でスピードを緩めて足を溜めたり、呼吸を整えたりしている。

 

 その継ぎ目継ぎ目が綺麗に隠されているからこそ、スマートファルコンの走りは最初から最後まで全力疾走に見えるのだ……逆噴射してるし、ツインターボだけは本当に最初から最後まで全力疾走している可能性もゼロじゃないけど。

 

『先頭のスマートファルコン、快足を飛ばして向こう正面へと突入。あと200メートルも走ればホームストレッチまでずっと下り坂が続きますがどうでしょうか。このまま逃げ続けることができるのでしょうか』

『下り坂といっても高低差が3メートルぐらいですからね。それも600メートル近くあるため、勾配としては緩やかなものでしょう。緩やかな分、飛ばしやすいと言えば飛ばしやすいですけどね』

 

 コースの下り坂といっても階段の上り下りのように膝や足腰に大きな負担がかかることはない。走り続けているウララ達からすればきついだろうけど、100メートルの距離で何メートルも駆け上がれ、なんて厳しいコースではないのだ。

 

『スマートファルコンが下り坂に差し掛かります。向こう正面のちょうど中間付近、残り1000メートルの標識を今、通過しました』

『いや、本当に良い走りですね。これは早々にスマートファルコンで決まりかもしれません。彼女の走りは何度も見てきましたけど、一体何があったのか、とんでもない走りですよ』

 

 実況や解説は基本的に公平な形で話をするものだ。それだというのに解説の男性の目にはスマートファルコンがこのまま勝つ可能性が見えてるらしい。

 

 たしかに、スマートファルコンはそう思わせるだけのウマ娘だ。メンタルを持ち直した現状、ダート界での最強ウマ娘は彼女かもしれない。

 

 ――ウララさえいなければ、だが。

 

『スマートファルコン、1000メートルを通過しました。通過タイムは58秒2……今日のバ場状態は良でしたよね?』

『バ場状態が重だったらまだ理解できるんですけどね……芝のレース並にタイムが出ていますね』

『スマートファルコン、このまま逃げ切るのか――いや! それはこのウマ娘が許しません! 1000メートルを通過して残り800の標識を今過ぎました! 先頭のスマートファルコンは第3コーナーを駆けていきます。そして動いたのはハルウララ! じわりじわりと4番手の位置まで上がってきていたハルウララがここにきて更に加速しています!』

 

 逃げウマ娘を除き、先行ウマ娘達の先頭に躍り出ていたウララが残り800のタイミングで仕掛けた。

 

 第3コーナーに突入したばかりだというのに加速し、遠心力で外側へと膨らみそうになるのを力で捻じ伏せながらウララが駆けていく。

 

 遠心力を抑え込む分、本当はコーナーでは極力加速しない方がいいんだが……逃げウマ娘すら置き去りにして走るスマートファルコンの方が()()()()()()()()()コーナーを大きく迂回する羽目になる。

 

 いくらスマートファルコンといっても、物理法則まで無視できるわけじゃない。遠心力で自ら吹き飛ばないよう注意しつつも可能な限りスピードを出しているけど、減速したスマートファルコンを追って加速したウララがどんどん距離を詰めていく。

 

『ハルウララ、外から回って2番ハートシーザー、6番ドラグーンスピアをかわしたぁっ! 残るは先頭のスマートファルコン! しかしその差は約5バ身とかなり大きい!』

『やっぱりこの2人の一騎打ちになりますか……いや、3人ですね』

『今のダート界はスマートファルコンとハルウララの2人だけじゃない! それを証明するようにシンガリ付近、GⅠウマ娘のスレーインが加速し始めている!』

 

 やっぱり、他のトレーナーやウマ娘も考えることは一緒なんだろう。スマートファルコンに勝つにはなるべく早い段階で仕掛けるしかない。

 

 ウララは4番手に上がった状態でスパートを。

 

 スレーインはシンガリ付近から800メートル近いロングスパートを。

 

 それはシンプルで、()()()()()スマートファルコンも動いたのかもしれない。

 

『ハルウララとスレーインが加速して……っ!? す、スマートファルコンも加速している!? 更に伸びている!? ハルウララがじわじわと追い上げているが差が中々縮まらないっ! なんだこの逃げ足は!?』

『嘘でしょう……いや、相変わらず度肝を抜いてくるウマ娘ですね……』

 

 第4コーナーを回って、スマートファルコンがホームストレッチへと突入してくる。先頭を駆け続けて疲労も溜まっているはずだというのに、その顔は笑っていた。

 

『す、スマートファルコン、笑顔です! 余裕の笑顔でホームストレッチに突入してきます! 残り400の標識を通過! ここからは登り坂だ!』

 

 なんとも、ビックリ箱のような子だ。あんなに楽しそうな笑顔で走れるようになったのか、という思いが俺の胸中を過ぎる。ちょっとギラついている気もするけど、以前と比べたら雲泥の差だ。

 

 きっと、今のスマートファルコンにとってはウララ達と走るのが楽しくて仕方がないんだろう。勝敗は二の次とまでは言わないけど、勝敗とか賞金とか、そういったしがらみを無視して走っているように見える。

 

 いや、勝敗に関しては無視していないか。ウララに勝ちたいっていう思いで走っているのは、間違いないだろうから。

 

 楽しくて、はしゃいで、()()()()()()()走って。負けたくないからとウララ達が仕掛けたタイミングでスマートファルコンも仕掛けた。そして――登り坂でがくんと減速した。

 

 スマートファルコンの笑顔が僅かに引きつる。しかしそれでも観客席から放たれる歓声が背を押したように、気合いを入れ直したように、再度加速を始める。

 

 スマートファルコンが減速した理由は単純だ。駆けるだけでもパワーがいるダートで、それも柔らかくて余計にパワーがいる良バ場のダートでスタートから全力で逃げ続けたのだ。限界は来るし、僅かにでも砂地に足を取られたら疲れを自覚する。

 

 以前、俺もウララと一緒に走り回っていたからよくわかる。疲れに疲れた状態でダートの登り坂となると、体にかかる負担はとんでもないことになるのだ。

 

 だが、スマートファルコンも以前のままじゃない。驚くべきことに、疲労困憊のはずだというのに登り坂を駆け上がっていく。

 

 その速度は先ほどまでと比べれば落ちているが、懸命に、必死に駆け上がるスマートファルコンの姿は()()()()にはないものだった。

 

『がくっとスピードが落ちたスマートファルコン! 再加速して再び逃げ始める! しかしその後ろに迫ってきているのはハルウララ! ハルウララだ! 更にその後ろ! シンガリ付近から伸びてきたスレーインが迫っている!』

『あのペースで逃げ続けたんですから減速も当然……なんですが、なんであのスピードでまた逃げ始めているんですかね……』

 

 スマートファルコンは砂地を蹴りつけるようにして、必死に登り坂を駆け上がっていく。そんなスマートファルコンを追うウララは、再び縮まりにくくなった距離に驚いているような顔をした。だが、ウララはそれでこそ、と言わんばかりに笑みを浮かべて加速する。

 

『来た! 来たぞハルウララ! 登り坂もなんのその! ぐんぐん駆け上がってスマートファルコンまであと2バ身! ゴールまでの距離は残り200メートル!』

「いけええええええええぇぇっ! ウララアアアアアアアアアァッ!」

 

 俺は登り坂を駆け上がったウララに向かって叫ぶ。あとはほとんど平坦なコースだ。スマートファルコンは疲労が溜まっているだろうけど、それはウララも同じである。ここからはスタミナがどれだけ残っているかと、どれだけ根性があるかだ。

 

「がんばれっ! ウララちゃん! あとちょっと!」

「がんばりなさいウララさん!」

 

 ライスとキングも応援の声を飛ばす。他の観客達もそれぞれ応援するウマ娘に向かって声援を飛ばす。

 

 中京レース場全体が振動し、下手するとダートの砂も振動で坂道を滑り落ちていきそうなほどだ。

 

『あと僅か! あと僅かだ! ゴールまであと僅か! そしてスマートファルコンとハルウララの差もあと僅か! 並んだ! 今! ハルウララが並んだ! ゴールは目前! あと30メートルもない! ハルウララが僅かにかわしっ!? 更にスレーインも突っ込んできた! そして今、ゴール!』

 

 どよどよ、と観客席からどよめきの声が上がる。

 

 ウララとスマートファルコンが競い合うようにしてゴールへ飛び込もうとした瞬間、更にスレーインも飛び込んできたからだ。

 

 ただ……。

 

(体勢はウララが有利……か?)

 

 そう見えたが、はたしてどうなるか。

 

 ゴールを通過したウララ達は3人とも疲労困憊といった様子で荒く息をしており、そのまま座り込んでしまいそうなほどだ。

 

 それでも呼吸を整えながらじっと着順掲示板を見つめており、他のウマ娘達がゴールしていくにつれて観客席からも声援が消え始める。

 

 誰が勝ったのか……それを確認するために口を閉ざし、息を呑み、じっと着順掲示板を見つめた。

 

 『写真』の文字もないし、『審議』の文字もない。最後の一人がゴールを通過すると、数十秒としない内に着順掲示板が点灯した。

 

『着順が確定いたしました。1着10番、ハルウララ。勝ち時計は1分49秒1。2着5番、ハナ差でスレーイン。3着4番、ハナ差でスマートファルコン。4着2番、2バ身差でハートシーザー。5着8番、1バ身差でミニデイジー』

 

 その結果に、中京レース場が大きく揺れるのだった。


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