リィンカーネーションダービー ‐新人トレーナーがんばる‐   作:烏賊メンコ

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第128話:新人トレーナー、決定する

 ウララが走ったチャンピオンズカップは、ウララが1着という結果で幕を閉じた。

 

 それは俺としても非常に喜ばしく、実際に嬉しくて夜は寝付けず、朝早くからスポーツ新聞を抱えて部室でくつろぐ俺である。

 

 昨日のチャンピオンズカップはウララが勝ったこともそうだけど、スレーインが2着、スマートファルコンが3着というのも世間を賑わせていた。

 

 買ってきたスポーツ新聞にも。

 

『スマートファルコン、3着で敗れる!』

『スレーイン、執念のラストスパート! スマートファルコンをかわして2着に!』

『ハルウララ残念。勝ったもののレコードブレイクならず』

 

 そんな感じでスマートファルコンが負けたことに関して……って、最後の新聞は違うわ。さすがに毎度のようにレコード勝ちしてたらドーピングでも疑われるわ。というか勝ったことを祝ってくれ。残念じゃないよ。

 

 とりあえずウララのことは横に置くとして、スマートファルコンが3着になったのはクラシック級以降初めてのはずだ。スマートファルコンが負けたことに関して、それも3着になったことに関して、現地ではざわめきが起きていたほどである。

 

 しかし、当のスマートファルコンはと言えば、負けたにも拘わらずその表情は明るかった。苦笑するような笑顔で、『うっかりやっちゃった』と言わんばかりに頭を掻いていたほどだ。

 もしかすると、ウララとレースで競い合うのが楽しみすぎてペース配分を誤ったのだろうか。いや、スマートファルコンが今更そんな初歩的なミスを犯すとは思えないが……。

 

 なんて思っていたら、レース後のインタビューで『今日のレースが楽しすぎてペース配分間違えちゃった!』とウララみたいな素直さでぶちまけたのである。これにはインタビューをしていた記者もビックリしており、()()()()と違うスマートファルコンの反応に思わず深く追求することなく引き下がったほどだ。

 

 更に、『これだけ楽しいのなら、東京大賞典はもっと楽しいよねっ☆』と年末の東京大賞典に出ることを改めて宣言するスマートファルコンによって、そちらへと意識が向けられたのも大きいだろう。

 

 スマートファルコンはメンタルが好調になったのは良いけど、そんな状態で走るのが久しぶり……というか下手すると1年ぶりぐらいか? それぐらい間が空いていたからか、ペース配分を誤ったようだ。

 

 JBCスプリントの時もメンタルが回復していたけど、ウララがいないからって怒りの全力ダッシュかまして後続のウマ娘達を千切っていたからなぁ……JBCスプリントは短距離だったし、スタミナが尽きる前にゴールしていたからチャンピオンズカップの時みたいな問題は出なかったんだろう。

 

 問題があるとすれば、負けたというのにスマートファルコンが落ち込まなかった点か。むしろ負けた直後だというのに戦意を昂らせ、次のレースが楽しみだと笑顔で言ってのける精神性。これまでのメンタルの不安定さから考えると、脅威過ぎて泣けるわ。

 

 今回は負けちゃったから、次は勝つね――そんなことを言いたげな笑顔でウララとスレーインをじっと見つめるスマートファルコンに、ウララは応えるように笑顔を浮かべ、スレーインは心底嫌そうな顔をしていた。

 

 勝った負けたでギスギスし合うよりは良いけど、負けたのに落ち込むどころかメンタルがより高揚するのは……キングみたいに負けたら発奮するってのとは似ているようで全然違うし、東京大賞典ではスマートファルコンがどんな姿を見せるか予想もつかない。

 

 チャンピオンズカップの翌日である今日から、東京大賞典が行われる日までは4週間もない。その短期間でウララを劇的に成長させることは不可能だし、できるのはチャンピオンズカップの疲労を抜いて、ほんの僅かでも良いからウララを成長させつつ調子を整えることだけだ。

 

 キングは12月最後の日曜日に有記念が控えているし、ウララの調整と並行してトレーニングを施していかなければならない。

 

 今年の年末を乗り切ればまとまった休養時間も取れるだろう。怪我をさせず、可能な限り鍛えてレースに送り出さなければ……。

 

(キングの有記念、ウララの東京大賞典が終われば新しい年がまたやってくるな……来年、か)

 

 来年の事を言えば鬼が笑うだろうし、今は今年の、目先のレースのことを考えておくべきだろう。

 

 キングが出走予定の有記念に関しては特別登録も済ませているし、URAのホームページで行われているファン投票では断トツの1位だ。まあ、現状でGⅠ6勝のキングがファン投票で落ちるなら、誰が通るんだって逆に興味が湧く話ではある。

 

 今のところ、キング以外にもシニア級からはスペシャルウィーク、グラスワンダー、オグリキャップ、ナイスネイチャ、マチカネタンホイザ、ツインターボ、ミークがファン投票で上位に入っている。

 

 難敵揃いだけど、中でも結局は秋の天皇賞やジャパンカップには出てこなかったグラスワンダーが満を持しての出走予定だ。それに直近でキングが負けたスペシャルウィーク、オグリキャップも当然侮れない。

 

 そして、クラシック級からもナリタブライアンやクレイジーインラブが出走を表明しており、ファン投票でも上位……というか、ナリタブライアンなんて今のところスペシャルウィークを抑えて2位になっている。クレイジーインラブは当落線上にいるけどどうなるか。

 

 あくまでファンが誰に出走してほしいかの人気投票のため、実力よりも人気が高い方が通りやすくはある。現に、ツインターボも人気投票で4位から6位をいったりきたりしてるし、オイシイパルフェも一桁台の人気を保っている。

 

 そんなわけで有記念はクラシック級込みで難敵揃い。ダートはウララやスマートファルコン、スレーイン以外GⅠウマ娘がいないのに、芝は半数近くがGⅠウマ娘だ。特に、ナリタブライアンはクラシック三冠を達成している。クラシック級といっても油断できる相手ではないだろう。

 

 URAのホームページをパソコンで確認しながら、俺はそんなことを考える。同時に、投票できるウマ娘の名前を上から下まで確認して思わずため息を吐いてしまった。

 

(故障から復帰している子は……いない、か)

 

 セイウンスカイ、ビワハヤヒデ、ウイニングチケットの名前はない。春先に故障したナリタタイシンの名前もない。

 

(結局、オグリキャップを繫靭帯炎から復帰させた手法は公開せず、か……仕方ないけど……)

 

 オグリキャップの担当トレーナー側は以前と変わらず、『トレーニングをせずに安静にして、たくさん食事をさせて温泉に浸からせたら自然と治った』としか言っていない。

 

 これは他のトレーナー達の暴走を危惧したたづなさんや理事長まで巻き込んだ上での()()()()になるが、それを信じている者は少ない。ちなみに俺は本当かもしれない、と半信半疑……いやさ、7割方信じるようになった。

 

 理由は単純で、たくさん食べさせて湯治させたら治りました、なんて疑ってくれと言わんばかりの方法を公開するぐらいなら、治った理由はわからないと口を閉ざした方が賢明だからだ。

 

 他のトレーナー達を混乱させて自陣営を有利に導くための嘘かとも思ったけど、効果があるのは極々僅か……ベテランのトレーナーほどそんなことで治るなら苦労はしない! と激怒している。

 

 食事をたくさんさせて太らせる、長期間安静にさせて身体能力を落とす。()()()()()()()()()だと判断しているトレーナーが多いのだ。

 

 もちろん繫靭帯炎の治療法であって、屈腱炎の治療法ではない。それでも共にウマ娘の選手生命を即座に絶つほど厄介な症状であり、そんな繫靭帯炎から回復したオグリキャップの治療法はどんなトレーナーでも喉から手が出るほど欲しいのだ。

 

 ただ、オグリキャップの担当トレーナー側が何度も同じ主張を繰り返すことから、言っていることが事実か、あるいはオグリキャップが繫靭帯炎から回復できる特異な体質だった、もしくはその両方という可能性もあるなぁ、なんて俺は思った。

 

 そして、オグリキャップだけの特異体質だったら他のウマ娘の治療には役に立たないし、意味はほとんどないな、とも。

 

 そんなわけで、オグリキャップの復活を巡って一部のトレーナー達が六平さんやサブトレーナーに土下座するという光景は、たづなさんと理事長からの公式発表をもってなくなった。

 

 その代わり、繫靭帯炎の治療方法を求めていたトレーナー達が、それぞれ故障している担当ウマ娘に『駄目だった』と泣きながら謝罪する光景が見られるようにもなったが……それらの光景が展開されながらも従来の主張を繰り返していたため、オグリキャップの担当トレーナー側が言っていることは真実だと思うようになったトレーナーが少しとはいえ増えたのは皮肉だろうか。

 

 オグリキャップも、『食堂でお腹いっぱい食べて、温泉に繰り返し浸かっていたらいつの間にか治っていた』と主張している。多分、六平さんやサブトレーナーが責められているような現状に居ても立っても居られなくなったのだろう。

 

 しかしそれがベテランになればなるほど納得できる治療方法じゃないのが、事態を混乱させるわけで。特に繫靭帯炎や屈腱炎で担当ウマ娘が引退しているトレーナーほど、その反応は顕著だった。

 

 さすがに治療方法を教えろと暴力行為に訴える者はいなかったものの、普段は付き合いのない先輩が俺や同期、後輩達にも『何か良い治療方法を知らないか?』と聞いて回ったほどである。

 

 付き合いがないだけで普段から敵対的な相手でもなかったため、何も治療方法を知らなかったのが悔やまれるばかりだ。オグリキャップの治療方法とあわせて、可能な限り安静にしつつしっかりと栄養を摂らせ、湯治など体に良いことを定期的にさせながら時間をかけるしかない、とは答えたが、どれほど効果があるかは不明だ。

 

 仮にオグリキャップの治療方法が正しいとしても、()()()()()()()()()()()()()食事をしなければならない、となると厳しいだろう。直接見たわけじゃないけど、噂話やウララ達の話によるとオグリキャップは食欲がすさまじいらしい。

 

 ウマ娘は成人男性の俺と比べても何倍も食べるけど、そんなウマ娘の更に何倍も食べるようなのだ。オグリキャップと同じだけ食べて、その栄養を全部体が吸収して、あとはのんびり温泉に浸かっていればたしかに大体の病気は治りそうだが……。

 

(たくさん食べて、その食べたものを栄養として体が全て吸収すれば、か……案外それが答えかもなぁ)

 

 そんなことを考えつつ、俺は開いていた有記念のファン投票のページを閉じる。

 

 仮にビワハヤヒデ達の屈腱炎が治っても、有記念に出てくるのは不可能だろう。それでもキングには多くのライバルがいるが……同時に、多くのライバルが引退しつつあることがどうにも物悲しかった。

 

 

 

 

 

 そうして、有記念や東京大賞典に備えてウララ達にトレーニングを施す日々が過ぎていく。

 

 ファン投票の数から考えてキングの有記念への出走は当確、ウララは収得賞金の関係上、出走を望めば東京大賞典には問題なく出られる。あとはきちんと出走の手続きを済ませればそれで大丈夫だ。

 

 そうやってウララ達を鍛えつつレースへの準備を整えていた俺だったが、日が暮れてトレーニングも終わり、部室で今日の分の日報をまとめながらふと、気付いた。

 

「そういえば、もうすぐクリスマスか……」

 

 この世界にはウマ娘がいて、三女神という信仰対象? も存在する。それなのに当然のようにクリスマスがあるし、正月には初詣に行くし、御盆もあるし、結婚式は神前式か教会式かで意見が割れるし、前世で知る宗教観と大差がない。

 

 生まれたのが日本だから、というのも理由かもしれないけど……前世の日本の宗教観に三女神を付け足しただけ、といった感じだ。かといって海外でも三女神は普通に知られているし、トレセン学園にいる外国出身のウマ娘の中には三女神像を見てスリーゴッデスと呼ぶ者もいる。

 

「えっ! クリスマス!? トレーナー、何かするの!?」

 

 そして俺の呟きが聞こえたのか、更衣室の扉がバーン、と開いてウララが飛び出してきた。以前たづなさんや理事長に申請した通り、外から見えないよう壁と扉を設置してきちんと更衣室らしい形になっている……んだけどウララ? 着替えている途中で出てきたら意味ないよ? はしたないですわよ?

 

「んー……何かするってわけじゃないんだけど、そういえばクリスマスだなってなー」

 

 そう言いつつ俺はウララから視線を逸らして壁に掛けられたカレンダーを見る。

 

 今年のクリスマスは有記念の2日前だ。有記念が27日の日曜日、東京大賞典は29日の火曜日となっている。つまりクリスマス当日は金曜日で、クリスマスイブが木曜日だ。

 

「ねえねえトレーナー! わたしね、クリスマスパーティーやってみたいなー!」

「クリスマスパーティー?」

 

 そうやって曜日を確認していると、ウララがそんな提案をしてくる。

 

 去年は……ライスが有記念に出走する直前だったし、一昨年もライスの有記念があった。そういえばクリスマスらしいクリスマスを過ごしていないな、なんて思う。

 

 キングが出走する有記念の2日前……いや、こういう場合はクリスマスイブにパーティをした方が良いのかな? その場合3日前だから、キングは軽いメニューで調整をするタイミングだし、ウララも少しずつ疲労を抜いているタイミングだ。

 

 そう考えると、レースの前の息抜きに丁度良いといえば丁度良い、か。

 

「クリスマスパーティーか……うん、いいな。それじゃあクリスマスパーティー、やるか。ウララは何か食べたいものはあるか?」

「トレーナーが作ったにんじんハンバーグ!」

「ターキーとかケーキとかじゃないんだ……作ってほしいって言うのなら作るけどさ」

 

 クリスマスパーティで食べるものってターキーやケーキってイメージがあったんだけど……まあ、全部作ればいいか。いや、さすがにターキーやケーキまで用意するのはきついから、商店街に注文しとこう。今から間に合うかはわからないけども。

 

「たーきー?」

「七面鳥……ニワトリの色違いみたいな鳥をローストして食べるんだよ。ウマ娘なら丸々一羽食べきれるかな……?」

 

 食べさせ過ぎて太ってしまうとまずいから、一羽でいいかな。人参ハンバーグを作って、ケーキまで用意したらかなりのボリュームになる。

 

 とりあえず俺一人だったら間違いなく食べきれない量になるだろう。でもウマ娘であるウララ達にとっては丁度良い量かもしれないな。

 

「あら、クリスマスパーティーをやるの?」

「クリスマスパーティー……ライス、最近やってなかったよ」

 

 更衣室から出てきたキングとライスは……表情を見る限り乗り気だ。レース前で集中するべき時期とはいえ、息抜きする重要性も知っているからな。

 

「よし……それじゃあ決定! クリスマスイブはパーティーだ!」

「おー!」

「お、おー!」

「ふふ……おー、なんてね」

 

 俺の言葉にウララが元気よくジャンプして、ライスはそんなウララに続いてジャンプする。キングはウララとライスを見て微笑み、そんなウララ達を見て俺も微笑むのだった。

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