リィンカーネーションダービー ‐新人トレーナーがんばる‐   作:烏賊メンコ

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週間ランキングで5位になってました。
いつも読んでくださってありがとうございます。

今回はまた独自設定マシマシ、文章量控えめでお送りいたします。


第14話:新人トレーナー、金勘定をする

 未勝利戦での勝利から半月ほどが経ち、11月の上旬になった。

 11月にもなると朝晩が冷え込み、日中との寒暖差が大きくなる。真夏よりは過ごしやすいが、ウララが体調を崩さないよう気を配らなければいけない時期でもあった。

 

 ウララも未勝利戦で1勝したから即、上のクラスに殴り込み――とはいかない。

 

 可能な限りレースに出したいという思いがあるが、当然ながらレースが開催されなければどう足掻いても出走などできないのである。

 未勝利戦の場合は半月に一度は出走する機会があったものの、オープン戦以上になるとその年によって微妙に変わるが何月何日に開催という風に決まっている。

 

 ほとんどの場合で土日のどちらかだが、参加しようにもジュニア級は駄目でクラシック級とシニア級だけ出走可能だったり、クラシック級だけだったり、シニア級だけだったりと、年齢による制限がかかることもあった。

 また、収得賞金が一定額以上でなければ参加できないレースがあったり、人気があるレースのため抽選になって漏れてしまったり、中には人気投票で上位にならなければ参加できないレースがあったりと、様々な条件がある。

 

 その点で見ると、ウララは他のウマ娘と比べてかなり制限が厳しい。走れるコースはダートだけで、今のところ短距離のレースだけしか走っていないからだ。

 

 ダートの短距離の場合、ウララが引退するまでに参加できる可能性がある重賞のレースが非常に少ない。GⅠはJBCスプリントのみ、GⅡはまったくのゼロ、GⅢは少し増えるがそれでも根岸ステークス、プロキオンステークス、カペラステークスの3つだけだ。

 重賞以下のオープン戦やプレオープン戦は20以上と一気に増えるが、運が悪いと抽選で漏れて全く参加できない可能性がある。そのため重賞に参加させようと思っていたのにオープン戦の抽選に漏れて収得賞金額が足りず、重賞の参加資格が得られないというオチもあり得た。

 

 そのため俺はウララが出走できるレースの選択肢を増やすべく、これからはマイルを走らせることも視野に入れて調整に入るつもりだ。

 

 マイルのレースにも出走させるならば、GⅠだけでもフェブラリーステークス、JBCレディスカップ、チャンピオンズカップの3つが新たに狙える。GⅡは東海ステークスだけと相変わらず少ないが、GⅢは出走できるレースが7つも増えるのだ。

 重賞以下も含めれば、ウララが出走できるレースは一気に3倍近い数になる。それだけの数があれば狙うべきレースを取捨選択し、仮に抽選に漏れたとしても他のレースに出して収得賞金額を稼ぐという手法も取れるだろう。

 

 ただ、獲得賞金と収得賞金の違いが曲者だった。

 

 ウララはこれまでにメイクデビューと未勝利戦に3回出走しているが、2戦目の5着、3戦目の3着、そして未勝利戦での1勝と、5着以内のウマ娘に出される本賞金だけでなく、特別出走手当などももらっている。

 これらを全てひっくるめて獲得賞金と呼ぶが、出走できるレースの条件に関わるのは獲得賞金ではなく収得賞金だ。

 

 メイクデビューで1着なら600万円、未勝利戦で1着なら510万円の本賞金が出るものの、収得賞金として計算されるのは400万円である。

 また、本賞金に関しては1着が賞金額の100%、2着が40%、3着が25%、4着が15%、5着が10%もらえるが、収得賞金として計算されるのは1着になるかGⅠレースで2着以内に入った場合だけだ。

 

 そのため重賞のレースに出走するにはオープン戦やプレオープン戦で1着を何度か取り、収得賞金を稼がなければならない。

 

 桐生院さんのところのハッピーミークを例に出すと、メイクデビューで1勝、プレオープン戦のサフラン賞で1勝、10月後半に行われたアルテミスステークスで1着を取ったため合計3勝になり、12月前半に行われるGⅠレース、阪神ジュベナイルフィリーズへの参加資格を得た。

 ただ、アルテミスステークスはGⅢで普通は出走できないのだが、参加資格がジュニア級に限るためハッピーミークが出走でき、3バ身の差をつけて1着になったようだ。

 

 余談ではあるが、アルテミスステークスの1着賞金は2900万円である。サフラン賞は1000万円で、さっき触れたメイクデビューが600万円。つまり、ハッピーミークは3戦3勝で4500万円を超える賞金を稼いだのだ。

 

 阪神ジュベナイルフィリーズで1着になれば6500万円もの賞金になる。これまでの賞金と足せば1億1000万円という巨額になるのだ。

 

 収得賞金は出走したレースのクラスによって変わるが、仮に阪神ジュベナイルフィリーズで1着になれずとも大半の重賞に出走できるだけの収得賞金をハッピーミークは稼いでいた。さすがは名門トレーナーが育てているウマ娘である。

 

 ただし、さすがにそれほど高額になる賞金が丸々ハッピーミークに贈られるわけではない。賞金の7割がトレセン学園に、2割がウマ娘に、残った1割がトレーナーに分配されるのだ。

 

 トレセン学園に分配される額が大きいように思えるが、ウマ娘の生活費や学費、学園やトレーニング設備の維持管理代、ウマ娘の育成に使用した物品の経費、そしてトレーナーに支払う給料など、トレセン学園の金銭的負担はかなり大きい。

 それらを考えれば2割がウマ娘に、1割がトレーナーに支払われるというのはかなり大きな比率なのではないかと俺は思う。

 

 中等部のハッピーミークが本賞金だけで既に900万円も手にしているのだ。桐生院さんにも450万円が振り込まれているのだろうが、いくらトレセン学園のトレーナーが高給取りといっても無視できる金額ではない。

 

 それを思えば、トレーナーの多くが複数のウマ娘を担当しようとするのも当然だろう。世の中金が全てとは言わないが、金で解決できることは多いのである。なるべく多くのウマ娘を担当して多くのレースに出し、少しでも金を稼ぎたいと思うトレーナーがいてもおかしくはないのだ。

 

 かくいう俺も、ウララが未勝利戦で勝ったことから本賞金の1割、51万円が臨時ボーナスとして入った。トレセン学園は給料日が25日だが、ウララが勝ったことを喜ぶばかりで賞金が頭から抜けていた俺は、給与明細を見て腰が抜けんばかりに驚いたものである。

 ウララが2戦目で5着に入った時は数万円で、3戦目で3着に入った時は10万ちょっと。それがいきなり手取りで倍以上に跳ね上がった給与明細を見た俺は、さすがに頬が緩んでしまった。こうして臨時ボーナスという形でウララが頑張った結果を実感する程度には()()な人間なのだ。

 

 しかしチームリギルの東条トレーナーの顔が頭に思い浮かび、すぐさま冷静になる。チームに所属しているウマ娘が重賞で1着を掻っ攫いまくっている彼女は、はたしてどれほどの臨時ボーナスが入っているのか。興味はあるが怖い話である。

 ようやくウララに未勝利戦を勝たせることができた俺からすると、東条トレーナーの化け物ぶりが本当にやばい。十人以上を同時に育成しているというのに、そのほとんどがGⅠウマ娘というぶっ飛び具合だ。

 

 中には伝説の7冠ウマ娘、シンボリルドルフも含んでいるあたり本当にやばい。もっと形容するための言葉があるだろうが、語彙が消滅するぐらいやばい。俺がトレーナーとしてスライム程度だとすると、東条トレーナーは大魔王かってぐらいにやばいのだ。俺なんて鼻息一つで消滅しそうである。

 

 そんな東条トレーナーの手腕は例外としても、やはり複数のウマ娘を同時並行で育成してレースに出すトレーナーがほとんどだ。

 

 一人のウマ娘だけを担当して育て上げようとしている者など、スカウトしても見向きもされなかった俺や、実家が名門で金持ちと思しき桐生院さんのような変わり種だけである。

 担当ウマ娘が一人だけということは、それだけそのウマ娘に愛情と時間と手間暇をかけられるということでもある。これは複数のウマ娘を育てるトレーナーにはない利点だろうと俺は思うが、東条トレーナーというぶっ飛んだ存在がいるためやっぱり負け惜しみかもしれない。大魔王マジでやばい。

 

(来年の新入生は一人ぐらいスカウトに応じてくれると良いんだけどなぁ……未勝利戦だけど担当ウマ娘を勝たせたし、ウララならまだまだ強くなってくれるだろうから俺のトレーナーとしての実績も……いや待て、やっぱり新入生はいらなくね? このままウララ一人でよくね?)

 

 俺はトレーナー用の共用スペースで今日の業務日報を作成しながら、ふと、そんなことを考える。

 

 二度目の人生ではあるが、ウララを育成し、ウララが頑張っているところを見ると、金や名声は正直そこまで必要ないかなと思えてしまう。

 それよりもウララのようなウマ娘を育てて、レースで1着を取らせて、ウイニングライブをセンターで踊るところが見られれば満足だ。先日の未勝利戦で見たウララのウイニングライブは、そう思えるだけの価値があったのだ。

 

 それでついでに臨時ボーナスが入れば言うことなしである。使える金が多くて困ることはないが、少なければ困ることが多いのだ。

 

 ここでいう使える金というのは、俺自身の遊興費などではない。今回の臨時ボーナスも素直に嬉しかった。嬉しかったのだが――。

 

(半分……いや、七割はウララの育成用の資金に回すか……)

 

 悲しいかな、新人トレーナーかつチームを結成していない俺にトレセン学園から割り振られる予算は少なく、ウララに満足のいくトレーニングをさせるには自腹を切る必要があるのだ。そのため、何かあった時のための育成資金としてある程度プールしておこうと俺は考えている。

 

 一口にウマ娘の育成といっても、そこには多額の金がかかる。

 

 担当するウマ娘の衣服代に靴代、靴に打ち込む蹄鉄代、食堂以外での飲食代。レースの際には移動費や宿泊費が必要だし、仮にウマ娘が怪我をすれば治療費もかかる。気が早いし今はまだ必要ないが、ウララがGⅠに出られるぐらい強くなれれば特注の勝負服も作る必要があった。

 

 それらを割り振られた予算から捻出し、時には経費として申請し、それでも足りなければ自腹を切るのだ。かかった費用も大抵は経費で落ちるのだが、たとえば靴は1ヵ月で1足までとか、実績が乏しいウマ娘やトレーナーには合宿の費用が出なかったりと、制限がある。

 もちろん、自腹を切るのは強制ではない。トレーナーの中には割り振られた予算内で全ての出費を賄い、自身の金は一切出さないという者もいる。先輩トレーナーの中には自分のチームのウマ娘に好きなだけ飲み食いをさせたら給料が2ヶ月分近く吹き飛んだ人もいるらしいが、トレーナーの中では割とよくある笑い話だ。

 

 ただし、家庭を持っているトレーナーなどはその辺りの金銭感覚がシビアである。ウマ娘の育成は仕事と割り切り、自身の生活を優先するためウマ娘の育成に自分の金を割くことをしないのだ。

 

 それでも中には自腹を切ってウマ娘の育成に金をかける既婚のトレーナーもいるようだが、奥さんからウマ娘と家族のどちらが大切なのかと詰められた者もいると聞く。ウマ娘は見目麗しい者ばかりのため、浮気を疑われて刃傷沙汰に発展しかけた家庭もあるようだ。

 

 これらの事情もあり、金が絡むからこそ芽が出ないウマ娘を早々に見限るトレーナーがいるという側面もあるのだが、こればかりはトレーナーのスタンスによるだろう。

 その点、俺は独り身でウララしか担当していない。そのため誰にはばかることもなく、手持ちの金をウララの育成に注ぎ込むことができる。それによってウララが強くなれば、オープン戦や重賞で入着して更に高額の賞金が入ってくる可能性が高まるのだ。

 

 つまり、俺にとってもウララにとってもWin-Winである。ウララにねだられたらお菓子を買ってあげたり、人参を買ってあげたり、人参ハンバーグを作ってあげたりもするが、それも将来への投資なのだ。

 

 ちなみにレースで入着したウマ娘向けに支払われる金銭に関しては、将来を見越して貯蓄させるのが一般的である。どれだけ強いウマ娘だろうといつかは引退の時が来るし、望む望まざるに関わらず突然の怪我で引退せざるを得ないこともあるからだ。

 金があれば引退した後の身の振り方を選ぶことができる。そのため稼いだ金はそのウマ娘用の口座に放り込み、浪費させないのもトレーナーの仕事と言えた。だから俺がウララのおねだりに応えてしまうのも、仕方のないことなのである。

 

 誰に向けたものかわからない言い訳をしつつ、俺は今日の分の業務日報をパソコンで書き上げた。

 

 先日の未勝利戦での勝利から一週間ほど、俺はウララに対して軽めの調整メニューで育成を施していた。未勝利戦で見せたウララの走りは素晴らしいと今でも思うが、普段以上の走りをしたため体のどこかしらに負担がかかっていると判断したのだ。

 

 ウララは他のウマ娘と比べると体が頑丈だと俺は思っているが、頑丈だからといって怪我をしないわけではない。また、頑丈ではあっても他のウマ娘より小柄なため、体力の少なさにも気を配る必要があった。

 そうしてウララの体に異常がないことを確認するのに一週間。そこから一週間かけて徐々にトレーニングの負荷を上げていったが、特に問題がないと判断したことを業務日報にまとめてある。

 

 ウララの場合、短距離でレースに出すなら12月前半に行われるプレオープン戦の寒椿賞か来年の1月前半に行われるオープン戦のジャニュアリーステークス、マイルでレースに出すなら今年は育成に当てようと思っているため、時間をかけて確認と調整が可能だった。

 

 ただし、マイルに出すならばこれまで以上にスタミナの強化が必須となる。

 

 ウララがこれまで走ったことがあるレースで一番長い距離は東京レース場での1300メートルだ。これがマイルになると最低でも1600メートル、長いレースだと1900メートルというパターンもある。

 福島レースでは1150メートルだったため、マイルで1900メートルなどを走るとなると単純に考えて2倍弱も走る距離が延びるのだ。これで単純にスタミナを2倍つければそれで解決するかというと、当然ながらそんなことはあり得ない。

 

 距離が延びれば延びた分、レース展開も変わる。スパートを仕掛ける位置も変わるし、走る時間が長くなるということはそれだけ他のウマ娘との駆け引きも増えるということだ。

 体力的にも精神的にも消耗が激しくなるため、スタミナの強化は必須。それでいてレース中に体力を必要以上消費しないよう()()()()()練習も必要で、これまで少ない割合でやっていた練習メニューを増やしたり、新たに取り入れたりする必要がある。

 

 これからウララが戦う相手は全員が全員、最低でもメイクデビューや未勝利戦で勝利したことがあるウマ娘ばかりなのだ。レースによっては1勝どころか2勝、3勝としたウマ娘や、重賞で勝ったことがあるウマ娘とぶつかる可能性もある。

 

 だが、先日の未勝利戦でウララが見せたレコード勝ちの走り。あれがマイルでも出せれば十分に戦っていけるというのが俺の見立てだった。

 

(だけどこれからの相手は()()()()を知っているウマ娘ばかりだ……普段のトレーニングもそうだけど、ウララ自身の意識も重要なんだよな……)

 

 何がなんでも勝つ、再びウイニングライブに出る、他のウマ娘に負けたくない。そういった意識がこれまで以上に重要になると俺は思っている。

 

「……ん?」

 

 作成した業務日報を理事長宛てに送信しようとしたところ、メーラーが新たなメールの受信を表示した。宛て先はトレセン学園に在籍するトレーナー全員になっていたため、何か連絡事項が回ってきたのかと俺はメールを開く。

 

 メールの送り主は名前は聞き覚えがあるものの、顔は即座には思い出せない程度の付き合いしかない先輩トレーナーである。有名なチームを率いているわけでもないため、普段同期と話をしている時も話題に挙がらないような先輩だ。

 

 メールの内容を端的に言えば、一身上の都合により休職するとのことだった。その先輩トレーナーは女性のため、もしかすると()()()()などの慶事があったのかもしれない。

 

 数日もしたらお祝いを贈るからと女性トレーナー一同からカンパの呼びかけがあるかもしれんなぁ、なんて思いながら俺は業務日報を送信する。ウララのトレーニングを終えてから業務日報を作成し始めたため、外を見てみると既に日が落ちて真っ暗になっていた。

 

 俺はパソコンの電源を落とすと、共用スペースにいた他のトレーナー達に帰宅の挨拶をしてから部屋を出る。トレーナーになった当初はきっちりとスーツを着込んで出退勤していたが、今では横着してジャージ姿だ。

 

「おお……この時期になると夜はけっこう冷えるな……」

 

 そして思わずそんなことを呟いた。日中はそれなりに気温が上がるが、日が暮れるとストンと気温が落ちる。11月でさえこの気候なら、今年の冬はかなり寒くなるかもしれない。

 

 俺はスマートフォンを取り出し、ウララに対して風呂でしっかり体を温めて、寝る時も温かくして寝るようインスタントメッセージを送る。するとすぐさま返事が来た。

 

『わかったー! それならキングちゃんと一緒に寝るね! ぽっかぽかだよー!』

「誰だよキングちゃん……王様なのにちゃん付けなのか……」

 

 そう呟いたものの、ウララと寮の同室で友人だというキングヘイローのことだろうと苦笑する。仲が良いのはいいことだ。

 

 俺はスマホをズボンのポケットに入れると、今晩の夕食はどうしようかと思考を飛ばす。ウララに言った手前、俺が体調を崩していては話にならない。ここは栄養があって体も温まる一人鍋なんてどうだろうか――などと考えていたのがまずかったのか。

 

 トレセン学園の校舎の曲がり角を通った途端、俺はかなり速い速度で足音が近付いてくることに遅れて気付いた。

 その走り方からウマ娘だと反射的に悟った俺だったが、回避するには近く、相手側も気付いていないのか真っすぐ突っ込んでくる。

 

 だが、普段から突撃してくるウララを受け止めている俺の体は自然と腰を落とし、華麗に相手を受け止める。

 

「ごっふぅっ!?」

 

 なんてことはなく、受け止めたものの勢いに負けて物の見事に押し倒された。それでも頭を打たないよう受け身を取れたのは、普段のウララとのコミュニケーションの賜物だろう。足元はアスファルトのため、受け身を取っても滅茶苦茶痛かったが。

 

「いっつつ……こら! 気付くのが遅れた俺も悪かったけど、こんなところで怪我したらどうするつもりだ!?」

 

 俺は突っ込んできたウマ娘に対して注意をする。レースやトレーニングで怪我に注意するのは当然だが、日常生活で怪我をしてレースに出られなくなったらウマ娘として悲しすぎると思ったのだ。

 

 俺が受け止めたウマ娘は、ウララほどではないが小柄な子である。外側にはねる形の癖っ毛ながら夜に溶けそうなほど綺麗な黒髪に、ピンと伸びた頭部の黒いウマ耳。尻尾の色も黒くて長い。

 トレセン学園の生徒であることを証明する制服と、頭に斜めにかぶった帽子。帽子には何故か青い薔薇が刺さっているが、花に詳しくない俺からしても見事な薔薇だった。

 

 そのウマ娘は俺の言葉に目を白黒させていたが、自分が他所のトレーナーを轢いたことに気付いたのだろう。()()()()()()()()()()()を、更に真っ青なものへ変える。

 

「あぅ……ご、ごめ……なさっ……やっぱり、ライスはだめな子なんだ……みんなに迷惑をかけるんだ……ひ、ぐ……うっ……」

 

 何やらぶつぶつと呟くウマ娘。俺はその様子に尋常ではないものを感じたが、まずは体を起こしてウマ娘を立たせる。

 

「まったく……ほら、怪我はないか? 足は大丈夫か?」

 

 俺はそのウマ娘の足を確認するが、出血などは見当たらない。真っすぐ立てることからねん挫などもしていないだろう。

 

 そう判断して顔を上げ、俺はぎょっとした。そのウマ娘は伸ばした前髪が右目を隠す形になっているが、見えた左目は泣き腫らしたのか真っ赤で、そして今、新たに大量の涙を目から溢れさせていたからだ。

 

「ちょっ!? え!? なんで!? や、やっぱりどこか痛いのか!? どこかぶつけたのか!? と、とりあえず保健室に行くぞ! 動けるか!?」

 

 どこのウマ娘かはわからないが、しゃくりを上げながら涙を流している子を放置するわけにもいかない。外見的に、ウララと同じ中等部の子だろう。怪我がないにせよ、ここまで外が暗くなっていては寮の前まで送った方が良さそうな幼さである。

 

 何があったのかは知らないが、まずは居残りトレーニングをするウマ娘のために夜遅くまで利用できる保健室まで連れて行こう、と俺は思うのだった。


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