リィンカーネーションダービー ‐新人トレーナーがんばる‐   作:烏賊メンコ

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第131話:新人トレーナー、キングと有馬記念に挑む その2

『晴れ渡る冬空の下で始まります第11レース。中山レース場芝2500メートルGⅠ、有記念。バ場状態は良の発表となっております』

『今年もこのレースが開催される時期になりました。宝塚記念同様、ファン投票によって出走ウマ娘が決まる夢の祭典です。しかし人出に関しては宝塚記念を超えましたねぇ……URAの発表によると、100万人を超える人が集まっているようです。それ以上の数は正直わからない、という発表でした』

 

 ファンファーレが鳴り響き、実況と解説の男性がそれぞれ声を発する……って、URAが本当にそんな発表したの? 解説の冗談? 冗談だと思ったのか観客席からは笑い声が上がっているけど。

 

「お兄さま、お兄さま、インターネット上で流れているニュースでもすごいことになってるみたいだよ」

 

 ライスがそう言ってスマホの画面を見せてくる。どうやら報道ヘリが中山レース場の上空を飛んでいるようだが、カメラが映した地上にはびっしりと人の姿が……うん、ヘリが飛んでいる音が聞こえないぐらいだもんな。そりゃあURAもカウントするのを諦めて匙を投げるわ。

 

 そうやってガヤガヤと喧騒に包まれる観客席。そんな観客席から遠く、左回りかつ外回りで向こう正面の更に先……外回りから第3コーナーにつながるスタート位置では、ゲートインが始まる。

 

『1枠1番、クレイジーインラブ。12番人気です』

『クラシック級からこのウマ娘が選出されました。GⅠでの勝利こそありませんが、今年のクラシック三冠では全てで2着。ナリタブライアンに唯一喰らい付いているウマ娘と言っても過言ではありません。その実力はクラシック級でもトップクラスですよ』

 

 ファンの投票数ではなく、普通のレースと同様に誰が勝ちそうかって意味での人気発表である。

 

 距離はあるものの、クレイジーインラブが観客席に向かって一礼しているのが見えた。()()()()()()()()一礼……うん、嘘は言っていない。

 

『2枠3番、スペシャルウィーク。2番人気です』

『ファン投票の人気ではナリタブライアンに一歩譲りましたが、レースでの人気はこちらが上ですね。ジャパンカップでキングヘイローを破ったGⅠ2勝ウマ娘が2番人気です』

 

 スペシャルウィークは元気よく観客席に向かって手を振ると、ゲートに入っていく。その立ち居振る舞いを見る限り、やっぱりジャパンカップほどの気迫は感じ取れないが調子自体は良さそうだ。

 

『3枠5番、ツインターボ。9番人気です』

『ファン投票の人気順位とレースの人気順位は近い数字になることが多いのですが……さすがはツインターボですね。今日のターボエンジンは一体どんな仕上がりなのか、楽しみですよ。2500メートルはこの子にとってちょっと長いですからねぇ……なんとかエンジンがもってほしいです』

 

 なにがさすがなんだろうか……でも悪意は感じないし、むしろワクワクとした子どものような期待感がツインターボに向けられているように感じる。

 

 ちなみにそれは解説の男性だけでなく、観客席の観客達も似たような期待をツインターボに抱いているようだ。今日こそいけるかもしれない、でもやっぱり駄目かもしれない……そんな感じで、他に応援するウマ娘がいるとしてもツインターボのことも一緒に応援するというファンが多いのだろう。

 

『4枠7番、グラスワンダー。7番人気です』

『先ほどパドックでも見てきましたが、今日のこの子は強いですよ……あの雰囲気を見れば嫌でも期待が高まります』

 

 少し短いコメントながら、熱の入った解説の声。ツインターボへ向けたものとは異なる、解説として多くのウマ娘を見てきたことからそんな感想を抱いたのだろう。

 

 グラスワンダーは姿勢良く一礼すると、ゲートに入っていく。

 

『5枠9番、ナイスネイチャ。5番人気です』

『この子も強いですよね……ただ、GⅠの冠をそろそろ被ってほしいところです。初のGⅠ勝利が有記念……というのも良いと思いますよ』

 

 ナイスネイチャはヒラヒラと手を振り、同時に、解説のコメントに苦笑しながらゲートに入っていく。

 

 実際のところ、チームカノープスで最初にGⅠで勝つとすればナイスネイチャではないだろうか。そう思えるぐらい安定して高い実力を発揮する子だ。

 

 まあ、マイルか中距離の短い距離……2000メートルぐらいのGⅠレースならツインターボが逃げ切ってナイスネイチャよりも先に勝つかもしれないが。

 

『6枠11番、ナリタブライアン。3番人気です』

『今年のクラシック三冠ウマ娘が有記念に姿を現しました。ファンの人気投票では2番人気、そしてレース本番では3番人気と高い期待を背負っての出走です』

 

 ナリタブライアンは堂々とした佇まいでゲートへと入っていく。遠目に見ても気合満々といった様子だ。その落ち着きぶりはあと一週間もすればシニア級になるとはいえ、現状ではクラシック級のウマ娘のものじゃない。

 

 自分自身の実力に対する自信と、強いウマ娘達と競い合えることへの喜びがナリタブライアンの中にあるんだろう、なんて思う。

 

『8枠15番、オイシイパルフェ。10番人気です』

『ある意味ツインターボの同類であり、ある意味ツインターボと対を成す追い込みウマ娘ですね。熱心なファンが多いことでも有名なウマ娘ですよ。いやぁ、今日のレースではどんな走りを見せてくれるんでしょうねぇ』

 

 ツインターボの時といい、オイシイパルフェの時といい、この解説の男性、浪漫のある走りをするウマ娘が好きなのかな? 解説のコメントに込められた熱が違う気がする。

 

『2枠2番、ハッピーミーク。6番人気です』

『短距離、マイルのGⅠを制していますからね。ここで長距離のGⅠで勝てばキングヘイロー以降初となる、全距離GⅠ制覇に王手がかかります。期待したいですね』

 

 奇数番号のゲートインが終わり、続いて偶数番号のウマ娘が紹介されていく。ミークは小動物みたいな動きで観客席に向かって頭を下げると、ゲートに入っていく。そのちょこちょことした動きに女性ファンから歓声が上がっている。

 

『3枠4番、マチカネタンホイザ。8番人気です』

『ジャパンカップでは少々アクシデントがあったようですが、今回は無事……じゃあないみたいですね。大丈夫でしょうか……』

 

 解説の男性が心配そうに言うが、マチカネタンホイザは萎びた雰囲気を漏らしながらゲートに入っていく。本当に大丈夫? 怪我とか故障じゃなく、単純に体調が悪いだけ? でもカノープスの先輩が止めないってことは走れる体調だってことだろうし……。

 

『4枠6番、キングヘイロー。1番人気です』

『ファン投票でも1番人気、そしてレースでも堂々の1番人気です。GⅠ6勝、『世代のキング』がチームメイトのライスシャワー超えに挑みます』

 

 キングに関するコメントと同時に、観客席から大きな歓声が上がる。キングはその声援を受けて観客席に向かって手を振ると、ゲートに入っていく。

 

 うん……落ち着いているし、大丈夫だな。ゲートに入ったキングと目が合うと、キングは柔らかく微笑み、続いて耳カバーにそっと触れたのが見えた。その手付きは大切なものに触れるように優しく、柔らかい。

 

 そして俺の視界に、濃い青色の耳カバーに包まれたウマ耳がにゅっと差し込まれる。視線を向けてみると、ライスがウマ耳をピコピコと動かして一生懸命何かをアピールしていた。触れってことかな?

 

『5枠8番、オグリキャップ。4番人気です』

『繫靭帯炎を患っていたという情報が出回っていましたが、奇跡の復活を果たしました。秋の天皇賞、ジャパンカップでも非常に素晴らしい走りを見せていましたね。今日のレースにも期待が持てるウマ娘ですよ』

 

 オグリキャップは右拳を握り締め、気合いが入った面持ちでゲートへと入っていく。マイルチャンピオンシップでも1着を獲っていたし、秋の天皇賞やジャパンカップでも良い走りだったからな……本当に繫靭帯炎が完治していると考えて良いだろう。

 

 そして、ウマ娘達が全員ゲートへと入る。それに続いて徐々にざわめきが収まり始め、波が引くようにして喧騒が消えていく。

 

 ウマ娘達もスタートが近付いているのを感じ取ったのだろう。ゲートの中でそれぞれ前傾姿勢を取る。

 

『各ウマ娘、ゲートイン完了……スタートしました』

 

 そして、バタン、という音と共にゲートが開き、有記念がスタートした。

 

『各ウマ娘、揃った綺麗なスタート。そして真っ先に飛び出していったのはやっぱりこのウマ娘、5番ツインターボ。今日もターボエンジンが唸りを上げています。それに続いたのは14番ソールドアウト。そこから2番ハッピーミーク、3番スペシャルウィーク、1番クレイジーインラブ、6番キングヘイロー、7番グラスワンダー、8番オグリキャップ、11番ナリタブライアン』

『良いスタートです。全員集中していましたねぇ』

『続いて9番ナイスネイチャ、12番フラワーネット、13番ツールジボワール、4番マチカネタンホイザ。シンガリ付近に10番アンチェンジング、いつもお馴染み15番オイシイパルフェ』

 

 スタートと同時に、観客席からも盛大な歓声が上がる。いや、観客席だけじゃない。中山レース場の外からも大きな歓声が聞こえる。外からの歓声は中山レース場を囲むようにして360度、全ての方向から聞こえた。

 

 その熱気が、冬だというのに夏場かと思うほどに中山レース場を熱くする。

 

『先頭のツインターボ、第4コーナーを回ってホームストレッチへと突入してきます。逃げウマ娘の14番ソールドアウトを2バ身、いや、3バ身も引き離す猛スピードです』

『相変わらずスタートから全力全開って感じですね。あの勢いだと後半で逆噴射をしそうな気もしますが……だがそれがいい』

 

 実に楽しそうに解説する男性。周りに視線を向けて見ると、うんうん、と頷いている観客が何人もいる。

 

『先頭は変わらず5番ツインターボ。4バ身離れて14番ソールドアウト。そこから2バ身ほど離れて3番スペシャルウィーク、2番ハッピーミーク、6番キングヘイロー、1番クレイジーインラブ、7番グラスワンダー、8番オグリキャップ、11番ナリタブライアンが集団を形成しています』

『中山のホームストレッチは途中から第1コーナーの終わりにかけて登り坂になっていますが、これをどんなペース配分で越えていくかが中盤以降の鍵になるでしょうね』

『先行集団から僅かに離れて9番ナイスネイチャ、12番フラワーネット、4番マチカネタンホイザ、13番ツールジボワール。シンガリ付近に10番アンチェンジング、15番オイシイパルフェ。先頭のツインターボからシンガリのオイシイパルフェまでは約12バ身から13バ身ほどでしょうか。縦に伸びつつあります』

 

 レースはまだ中盤にも届いていないが、ツインターボの逃げっぷりがすさまじくてどんどん差が広がっている。その逃げ足はやっぱりスマートファルコンに並ぶか、それ以上か。いや、後先考えずに爆走している分、途中までの逃げ足はツインターボの方が上だな。毎回レースであれだけのペースで走るのに故障もほとんどないあたり、頑丈な子でもある。

 

『ツインターボ、登り坂を気にせず駆け上がっていきます。ターボエンジンが唸りを上げて絶好調です。ホームストレッチを抜けて第1コーナーへ突入していきます』

『うーん、今日のターボエンジンはトルクが違いますねぇ。見てください、登り坂かつカーブでもほとんど減速していませんよ』

 

 しみじみとトルクが違いますねぇ、なんて言い放つ解説に、歓声に混じって笑い声が上がる。ツインターボが走るといつもこんな感じだが、ファンに愛されているんだなぁ、なんて伝わってくる。

 

 そんなツインターボに引っ張られるようにしてウマ娘達が駆け、全員がホームストレッチを抜けて第1コーナーに差し掛かるのが見えた。

 

 キングはツインターボの逃げ足を見ても落ち着いた様子だ。前を走るスペシャルウィークやミーク、すぐ後ろを走るクレイジーインラブ達と互いの位置を小刻みに入れ替えながら走っていく。

 

 キング達は互いに目線や僅かな動きで牽制し、フェイントを入れ、走るコースを限定し、己が少しでも有利になるようにと駆け引きを行っている。

 

 距離があるし、俺が実際に競って走っているわけじゃないからその全てに気付くことはできない。それでもキングの些細な仕草から、すさまじい速度で走りながらも周囲のウマ娘とバチバチにやり合っているのが伝わってくる。

 

『先頭のツインターボが第1コーナーを抜けて第2コーナーを駆けていきます。1000メートルを通過してタイムは58秒9となっています』

『長距離でこのタイムはかなりハイペースですね。問題はこのペースがどこまでもつかですよ』

 

 ツインターボの走りを見ていつも思うことだけど、なんともぶっ飛んだ逃げ足だ。これで長距離を逃げ切れるスタミナが備わっていたら、ツインターボはウマ娘史に名前を残す名バになっていただろう。

 

 重賞で勝利している今の時点でもウマ娘史に名前が残るだろうけど、これでスタミナが備わったらとんでもないことになっていたはずだ。もっとも、仮にウマ娘史に残らなくても、ファンの記憶にはしっかりと残っているだろうが。

 

『5番ツインターボ、先頭のまま下り坂を駆け降りるようにして向こう正面へと突入します。残り1000の標識が見えてきました。2番手は変わらず14番ソールドアウト。約5バ身差。その後ろでは2バ身ほど離れて3番スペシャルウィーク、6番キングヘイロー、2番ハッピーミーク、7番グラスワンダー、8番オグリキャップ、11番ナリタブライアン、1番クレイジーインラブによる熾烈な3番手争いが行われています』

 

 効果音でたとえるならバチバチどころかゴリゴリの競い合いだ。ただ、競い合っているキング達は全員が全員、どことなく楽しそうに駆けているように見える。

 

 ウマ娘ファンによる投票によって選出され、大勢のファンの前で走り、強いライバル達と鎬を削り合うのだ。

 

 ウマ娘達はレースに出るために毎日厳しいトレーニングに励む。トレセン学園に入学できるだけでも全国の同世代のウマ娘の中でエリートと言えるだろうし、そこから更に何年もかけて己を鍛え、ライバルと競い合い、引退する者達を見送りながら駆け続けるのだ。

 

 その全てが、この日この時この瞬間のためにあると言っても過言ではないだろう。ファンの声援を一身に受け、勝つ喜びを味わうため、負ける悔しさを味わわないために全身全霊を尽くす。

 

 ()()()()()()()姿()が見られるからこそ、ファンもここまで昂るのだ。喉が嗄れようとも必死に声を張り上げ、その背中を少しでも押そうと奮起する。ウマ娘達もそんなファンの声援に力をみなぎらせ、先頭でゴールを駆け抜けようと必死になる。

 

 ――楽しいか、キング。

 

 心中でそう問いかければ、楽しいわ、という言葉が返ってきた気がした。

 

『先頭のツインターボが向こう正面、残り800の標識を通過して第3コーナーへと差し掛かります。大幅なリードを残したまま1700メートルを駆け抜けたツインターボ。このまま独走態勢に入るのか、それとも他のウマ娘が巻き返すのか』

『ターボエンジンの燃料がどれほど残っているか未知数ですが、他のウマ娘にとってはそろそろ仕掛けどころですよ。このまま逃げ切られるほど甘い舞台ではありませんからね』

『他のウマ娘達も向こう正面を抜けて第3コーナーへと突入していく。全員が残り800を通過して……さあきたぞ! ここで動いたのはやはりというべきかこのウマ娘! 15番オイシイパルフェがシンガリから一気に加速を始めている!』

 

 今回は残り800メートルで仕掛けてきたか、というのが俺の感想だった。オイシイパルフェがカーブにもかかわらずグングン加速して前にいるウマ娘を抜き始めたのを見て、ふむ、と一つ頷く。

 

(第3コーナーから最終直線のゴール前まではほぼ平坦なコースだ……一番負担を抑えて仕掛けられるのはそこしかないだろうさ)

 

 あとはゴール前にある100メートルで高低差3メートル弱の坂をどう攻略するかが鍵だろう。そしてそれは、オイシイパルフェだけでなく他のウマ娘にとっても共通する。

 

『シンガリから上がってきたオイシイパルフェが次から次へとウマ娘をかわしていく! しかし他のウマ娘達も加速を始めている! オイシイパルフェ、7人かわして中団に食い込んだがどうだ!? 更にかわせるか!?』

 

 オイシイパルフェの追い込みはすさまじい。それによって先頭とまではいかずとも、2番手3番手まで上がることも珍しくない。

 

 だが、今日のレースは揃いも揃って優駿ばかりだ。オイシイパルフェのロングスパートをきっかけに、各自が加速して仕掛け始めている。

 

『先頭のツインターボを追ってウマ娘達が加速する! ツインターボは残り600の標識を通過した! それに続いて各ウマ娘が標識を通過……ここで動いたのは6番キングヘイロー7番グラスワンダー8番オグリキャップ! 先頭目指して更に加速している! それに僅かに遅れて3番スペシャルウィーク、11番ナリタブライアンも加速している!』

『残り600で勝負を仕掛けましたか。オイシイパルフェは……伸びてきていますね』

 

 キングが動くと同時に、他のウマ娘達も動いた。その中でも俺が注目したのはグラスワンダーである。

 

 何百メートルと離れているものの、その雰囲気が一変したのが伝わってきたのだ。気迫がすごいというべきか、殺気がみなぎっているというべきか……なんともピリピリとした空気を放ちつつ、キングと並ぶようにして先頭目指して駆けている。

 

(アレが本気のグラスワンダーか……)

 

 ジャパンカップの時のスペシャルウィークに匹敵するか、あるいは上回るか。多分、実力的な意味ではスペシャルウィークと互角と呼べる水準までは届かないかもしれない。だが、実力以上にその気迫がすさまじいのだ。

 

 何が何でも勝つ。絶対に勝つ。ギラギラと光を放ちそうな瞳がそう叫んでいる。それを感じ取ったのは俺だけではなかったのか、観客の一部が不自然に声を途切れさせていた。

 

 並のウマ娘だったらその気迫に呑まれているだろう。下手すると足をもつれさせてそのまま転倒してもおかしくない。それほどの気迫で――。

 

『そしてやっぱり上がってきた! 上がってきたぞキングヘイロー! 『世代のキング』が! ぐんぐん前へと上がっていく! 残り400の標識を通過! あと少しで最終直線!』

 

 キングは当然、並のウマ娘ではない。

 

 たしかにグラスワンダーは大したウマ娘だが、キングは常日頃から()()()()()()に追い立てられてきたのだ。いくらグラスワンダーの気迫が凄まじくても、GⅠを6度制したライスには及ばない。

 

 ――むしろ、その気迫がキングに火を点けるだろう。

 

『先頭のツインターボ、逃げ続けたままで最終直線へと突入! 中山の直線は短いぞ! 後ろの子達は間に合うのか!?』

『これは……今日のターボエンジンはもつと言うのでしょうか?』

 

 中山の最終直線は約310メートル。すなわちツインターボは既に2200メートルを駆けているのに逆噴射していない。今にも逆噴射しそうなほど必死に荒い呼吸をしながらも、懸命に逃げ続けている。

 

 だが、そんなツインターボの背後にキングが迫りつつあるのが見えた。

 

「いっけええええええええええええええええええぇぇっ!」

「キングちゃあああああああああああああんっ!」

「が、がんばれえええぇぇっ!」

 

 俺はシンプルに叫ぶ。拳を突き上げ、キングの背中を押すように声の限り叫ぶ。ウララもライスも、拳を突き上げながら必死に叫ぶ。

 

『キングヘイローが上がってきた! キングヘイローが上がってきた! キングヘイローがソールドアウトをかわして2番手に! しかしそのすぐ傍にはグラスワンダーがいる! 今日のグラスワンダーは怖いぞ! グラスワンダーが『世代のキング』を仕留めようと駆けてくる! 更にその後方! 上がってきたのはオグリキャップとナリタブライアンだ!』

 

 実況の声に更なる熱が宿る。そしてそれに釣られるように、観客達の歓声も大きなものへと変わっていく。

 

 ドドドド、とウマ娘達が駆ける音が響く。観客達の歓声が、中山レース場の外に集ったファン達の歓声が、冬とは思えないほどの熱を伴ってレース場を満たしていく。

 

『ツインターボ必死に逃げる! ターボが逃げる! しかし残り200でここからが本番だ! 中山の直線にはここから坂がある! 急勾配の坂が! 終盤に疲労したウマ娘達を出迎える!』

 

 約100メートルの距離で、高低差3メートル近い坂を一気に駆け上がる必要がある。駆け上がってもまだ100メートル残っているが、この坂こそが正念場だ。

 

『ツインターボが懸命に坂道を登っていく! そのすぐ後ろ! 2バ身もない! キングヘイローが、『世代のキング』が迫っている! その隣にはグラスワンダー! 更に1バ身後方の位置までオグリキャップとナリタブライアンが上がってきている! その後ろにはオイシイパルフェ! オイシイパルフェがすぐ後ろに迫っている!?』

『ハッピーミークとナイスネイチャも上がってきていますね。他のウマ娘達も一気に前へと上がってきていますよ』

『ツインターボこのまま逃げき……れないっ! とうとう力尽きたかツインターボ! ガクンと減速逆噴射あああぁぁっ! その隙を突くようにしてキングヘイローが先頭に立った! だが安心できない! グラスワンダーが! ナリタブライアンが! オグリキャップが上がってきている!』

 

 キングが先頭に立った。そして坂道を駆け上がっていくが、そのすぐ隣を駆けるグラスワンダーとの差はほとんどない。

 

 オグリキャップとナリタブライアンもすぐ後ろにまで迫っている。その差は1バ身もなく、下手を打つとかわされてしまいそうだ。

 

「キングウウウウウウゥゥッ! ()()()()いって、勝てええええええええええぇぇっ!」

 

 逆に言えば――()()()()()()()()()かわされないぐらいキングが強い。

 

『坂道を登り切ってあと100メートル! キングヘイロー先頭! キングヘイロー先頭だ! しかしゴールはくぐってみなければわからない! グラスワンダーも加速しているぞ! キングヘイローこのまま差をキープして……いや広がっている!? グラスワンダーよりも更に速い! なんて足だ! なんてウマ娘だキングヘイロー!』

 

 キングの後ろには、オグリキャップとナリタブライアンが迫っているが……もう、届かんよ。

 

『キングヘイロー! 1バ身の差をつけたままでゴール! GⅠ7勝達成! 2着にグラスワンダー! 3着にオグリキャップとナリタブライアンが並ぶようにして飛び込んでくる! 5着争いはナイスネイチャとオイシイパルフェ、ハッピーミークの三つ巴だ!』

「――――――――!!」

 

 俺は声にならない絶叫を空に向かって上げる。

 

 キングはゴールを駆け抜けると徐々に減速し、そして自分より先に誰も進んでいないことを確認するように周囲を見回した。

 

 次から次へと他のウマ娘達もゴールを通過していく。そして数分とかからない内に着順掲示板が点灯した。

 

『着順が確定いたしました。1着6番、キングヘイロー。勝ち時計は2分30秒7。2着7番、1バ身差でグラスワンダー。3着11番、クビ差でナリタブライアン。4着8番、クビ差でオグリキャップ。5着9番、1バ身差でナイスネイチャ』

 

 着順掲示板を見て、実況の男性の言葉を聞いて、キングは空を見上げるようにして顔を上げる。

 

「あーあ……ライス、キングちゃんに追い越されちゃった」

 

 キングの姿を見て、ライスがぽつりと呟いた。ただしそれは嬉しそうで、誇らしそうで――少しだけ、悔しそうな声色だった。

 

『キングヘイロー! GⅠ7勝でチームメイトのライスシャワーを超え、シンボリルドルフに並びました! 『世代のキング』がまた一つ伝説を打ち立てた!』

 

 そんな実況の声に、観客席から爆発したかのような大歓声が上がった。キングは空を見上げたまま動かず、そんなキングの背中をグラスワンダーがポン、と叩いて何事かを告げる。するとキングはゆっくりと顔を観客席に向け、涙をこらえるように唇を引き結んだ。

 

 そして、キングは己のGⅠでの勝利数を誇るように右手を開いて掲げ、左手はピースサインにして掲げる。そんなキングの名前を叫ぶようにして、中山レース場の外からも大歓声が沸き上がった。

 

 観客席に向かってGⅠ7勝を誇るキングの姿を見た俺は、先ほどのキングを真似るように空を見上げる。そしてそのまま澄み渡るような青空を眺めて、ああ、と呟いた。

 

 ――キングと初めて出会った時とは異なり、冬空は雲一つなく、キングを祝福するように晴れていたのだった。


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