リィンカーネーションダービー ‐新人トレーナーがんばる‐   作:烏賊メンコ

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以前本作におけるハルウララの勝負服に関して支援絵を送ってくださったY-SQUAREDさんから、最終話のお祝いの支援絵をいただきました。


【挿絵表示】


そして前回の更新分でいきなり出てきた挿絵は田中6号さんからいただきました。

お二人にはこの場を借りて御礼申し上げます。


最終話:新人トレーナー、がんばる

 日本ウマ娘トレーニングセンター学園――通称トレセン学園。

 

 全国津々浦々、前途有望なウマ娘が門を叩く日本でもトップクラスのウマ娘の育成機関。

 

 東京都府中市に存在するその学園は、全寮制の中高一貫校にして総生徒数が二千人弱というマンモス校である。

 

 そんなトレセン学園の一室、理事長室に三人の人影があった。

 

 季節は春。世間ではもうじき入学式が行われ、ここ、トレセン学園でも新たな生徒を迎え入れる時期だ。

 

 入学式まであと数日。その前に人事面談を済ませておこうということで、俺はトレーナー生活3年目、つまり今年度一年間の総評を理事長やたづなさんから受けていた。

 

「以上ッ! これをもって君の3年目の人事評価を終了とするっ!」

 

 そう言って手に持った扇を開き、天晴れと書かれた文字を見せる理事長。その扇、たまに文字が変わりますけどどんなギミックなんですかね? あと、いつもみたいに花丸って言って頭の上で輪っかを作ってくれてもいいんですよ?

 

 花丸を超えて天晴れって評価をもらったけど、なんか損した気分である。

 

「お疲れ様でしたトレーナーさん。今年度は……大変でしたね」

 

 言葉を選んでそう言ってくれるたづなさん。まあ、大変と言えば大変だったけど、相応に楽しかった。理事長もたづなさんもしっかりと評価してくれたし、いつものように渡されたトレーナーとしての評価、チームとしての評価は両方100点をいただいた。

 

 新年度早々新人ウマ娘がチームから2人離脱した点は減点だったけど、ウララやキングのシニア級での成績、ライスのドリームシリーズでの成績、他のトレーナーとの付き合いなどから加点があって年度を通しての評価は100点になったのだ。

 

「一から育てたハルウララさんもドリームシリーズに進みますし、これで新人トレーナーの看板は返上ですね……話していてすごく違和感がありますけど」

 

 新人トレーナーの実績じゃないですよコレ、とたづなさんが苦笑する。

 

「それじゃあ来年度からは若手トレーナーとでも名乗りましょうか?」

「実績は若手も飛び越えてますから……というか、トレーナーさんの同期の方や一部の後輩の方も既に新人どころか若手とも呼べない実績を挙げているんですよね」

「同意ッ! ライスシャワー君が有記念で勝った後、君にチームを持たせて正解だったっ! 実に良い影響を周囲に与えてくれたっ! 花丸っ!」

 

 あ、ここで花丸ポーズを見せてくれたわ。にっこり笑顔で両手を上げ、頭の上で丸を作る理事長にほっこりとする。

 

「トレーナーさんや同期の方々、それに後輩の方々の活躍は目覚ましいんですけどね……もっと上の世代のトレーナーの方々はその分、実績が落ち込み気味といいますか……誰かが勝てば多くの人が負けることになりますし、仕方ないと言えば仕方ないんですけど」

 

 だけどたづなさんは苦笑を深め、困った様子で頬に手を当てた。

 

「今年度のトゥインクルシリーズに限った話だけでも、ハルウララさんがダートのGⅠで4戦全勝、キングヘイローさんは芝のGⅠで6戦5勝……GⅡ以下のレースにも出て勝っていたらとんでもないことになっていましたね」

「出そうかとも思ったんですが、怪我の予防を優先していましたから……」

 

 特にウララなんて、ダートは重賞自体が少ないから出したら出したで文句を付ける記者もいそうだったし……まあ、それも駆け抜けてしまえば文字通り過ぎたことだ。

 

 そんなことを考える俺の顔を、たづなさんがじっと見つめてくる。一体なんだろう、と思いながら首を傾げると、たづなさんはどこか言い辛そうに口を開いた。

 

「ところでトレーナーさん……あと数日もないですけど、来年度……新入生に関してスカウトのご予定はどうなっていますか?」

「……あー、もうそんな時期ですもんね」

 

 たづなさんからの問いかけに俺は苦笑を浮かべてしまう。そして何か言おうと思ったものの、結局は言葉にならなかった。それでもなんとか思考を巡らせて、言葉を絞り出す。

 

「育てたいと思える子がいれば……担当をしたいと思っています」

「そう、ですか……」

 

 トレセン学園に所属するトレーナーとしては失格であろう言葉に、たづなさんはそれ以上何も言わなかった。理事長もまた、何かを言いかけたものの口を閉ざす。

 

「それでは失礼いたします」

 

 いたたまれなくなった俺は、逃げるようにして理事長室を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 理事長室を出た俺は、自販機で缶コーヒーを買って近くのベンチに腰を下ろす。そして缶コーヒーのプルタブを開けると、ぐい、と傾けてブラックコーヒーに口をつけた。

 

 うーん……やっぱり部室に戻ってコーヒーを淹れるべきだったか。でも、この風味も深みもない苦さが今は丁度良い。

 

 俺はそのまま無言でコーヒーを飲みながら、ふう、とため息を吐いた。

 

(来年度、か……)

 

 そうして考えるのは、つい先ほどたづなさんから振られた話題に関してだ。

 

 来年度になれば新入生が入ってくるし、そうなると今年も各チームや各トレーナーが担当する新入生を決め、育てていくだろう。

 

 俺もトレーナーである以上、そうするべきだ。それはわかっているが、どうにも気が乗らない。

 

 今の俺の胸の内にあるのは達成感――そう、達成感だ。

 

 ウララ、ライス、キング。

 

 この3人を育てて、共に笑い合って、レースで勝って喜んで、負けて涙を流して。

 

 トレセン学園に配属されてからの3年の月日で、色々なことがあった。本当に、色々なことがあった。

 

 その結果俺は達成感を得た……いや、その感情は()()()と言った方が正確かもしれない。

 

 特に、初めて一から育てたウララが立派に成長してくれたからだろう。ライスやキングを軽んじるつもりは微塵もないし、大事なウマ娘だけど、やっぱりウララを特別に感じてしまう気持ちがある。

 

 出会って、一緒に歩いて、笑い合って、負けて、負けて、負けて。そして勝って、負けて、勝って、負けて――勝った。

 

 その全てが俺の胸の内を満たしている。

 

 ダートを主戦場とするウマ娘で、これから先、ウララを超えるウマ娘を育てることができるか?

 

 芝を走るウマ娘で、ライスを超えるステイヤーを育てることができるか? キングみたいに全距離走れて、なおかつGⅠですら全距離制覇するようなウマ娘は?

 

 今後新入生をチームに迎え入れたとして、俺の中の基準にはどうしてもこの3人が出てきてしまうだろう。仮に担当するなら手抜きは一切するつもりはないが、ウララ達を育てた時のように全身全霊でぶつかっていけるだろうか。

 

(東条さんはすごいなぁ……)

 

 そんなことを、ふと思う。チームリギルでは毎年1人か2人担当ウマ娘を増やして、育てた子達は全員が全員、大成している。仕事と割り切って育てているわけでもなく、東条さんはたしかな愛情を持って担当ウマ娘達に接している。

 

 改めてすごい人だ、すごいトレーナーだ、なんて思った。

 

「ふぅ……」

 

 俺はため息を吐き、缶コーヒーを飲み干す。そして空き缶をゴミ箱に入れると、一つ伸びをしてから呟いた。

 

「……仕事しよう」

 

 新入生を見てみなければ何も始まらない。いや、見ても始まらないかもしれないが、割り振られた仕事はなくならないのだ。

 

 俺はとぼとぼとした足取りで部室へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 ウララが東京大賞典で勝って三ヶ月。

 

 キングの予想通りというべきか、年が明けたらURAからウララ、キングの2人に関してドリームシリーズへの移籍を打診された。トゥインクルシリーズでウララがダートのGⅠ6勝、キングはGⅠ7勝ということもあって、シニア級は卒業しろってことらしい。

 

 まあ、ウララもキングも中等部だ。走ろうと思えばまだ3年はシニア級で走れるだろう。もちろんそれは引退するような故障をしなければって話だけど、しっかりとケアをしてレース間隔を空ければ大丈夫だと俺は思っている。

 

 しかし俺は大丈夫でも、他のチームやトレーナーからすると目の上のたん瘤というか……。

 

 同期達からは『ドリームシリーズに行くなよ!? フリじゃないからな!? うちの子がキングヘイローに勝つまでドリームシリーズに行くなよ!?』なんて言われた。

 

 後輩達からは『仕方ないと思いますよ? ハルウララやキングヘイローとレースで当たるってなると棄権する子が出ますって。え? 俺達ですか? 俺達が勝つまでシニア級にいてください』なんて言ってくれた。

 

 同期も後輩もライバル視バリバリでテンション上がるわ。でも、意外というべきかウララもキングもドリームシリーズへの移籍に前向きだった。

 

 ウララはスマートファルコンにもドリームシリーズへの移籍が打診されていると聞いて。

 

 キングはトゥインクルシリーズで全距離のGⅠを制覇したんだから、今度はドリームシリーズの全距離を制覇するのもアリよね、なんて言っていた。

 

 ただ、二人とも高等部でシニア級まで走ったライスと違い、まだまだ全盛期真っ盛りだ。ドリームシリーズは夏と冬に一度ずつと間が空くし、これからはドリームシリーズに出つつ、海外のレースに殴り込むのもアリだな、なんて考えている。

 

 というかウララはチャンピオンズカップで1着だったから、既にサウジカップにも出ていたりで……まあ、それは置いておこう。

 

 俺としてはウララとキングをこれまで通り育てて、海外のレースに出したり、ドリームシリーズに出したりできれば良いか、と思う気持ちがある。

 ライスもこれ以上の成長は難しいけど能力を維持できるぐらいには衰えがないし、向こう2、3年はドリームシリーズに出続けることができるだろう。

 

 だから、ウララとキングが引退する時期になれば、俺もそのままトレーナーを引退しても良いかな、なんて最近は思うようになっていた。

 

 それはまだまだ先のことで、ウララ達が大きな怪我なく走り続けていれば3年以上先の話だ。それでもウララ達が引退するのなら俺も引退して良いかと思えるぐらい、満ち足りていた。

 

 その頃になればライスもサポート科を卒業して、ライセンスを取っていればトレーナーになれる。あるいはGⅠ6勝のウマ娘として誰かのサポートにつくのも良いだろう。きっと引く手数多のはずだ。

 

 俺がトレーナーを続けていたなら俺のサポートをお願いするけど、独り立ちしてライスが育てたウマ娘を見てみたい気もする。

 

 そんな感じで、俺はここ3ヶ月ほどぐだぐだと考えていたのだ。

 

 でも、俺は自分自身のことなのに知らなかった。

 

 ――俺がトレーナーという人種に、すっかり変わっていたことを。

 

 

 

 

 

「ねえ、トレーナー……あなたは今年の新入生のスカウトに関してどうするつもりなの?」

 

 新年度になり、ウララ達の春休みも終わって始業式が行われた日のことである。

 

 この日は入学式も行われており、期待に胸を膨らませたウマ娘達がトレセン学園の門をくぐった日でもあった。

 

 部室で仕事を片付け、ウララ達を出迎えるなりキングが真っ先にそんなことを尋ねてくる。

 

「スカウトなぁ……今年も合同で模擬レースでもするか?」

 

 今年度の入部希望者はどれぐらいになるだろうか、なんてことを考えながら俺は答える。それで育てたいと思えるウマ娘がいてくれればいいけど、いなければいないで、まあいいか……なんて思った。

 

 するとその返事をどう思ったのか、キングの表情が険しいものへと変わる。一緒に部室に来たライスは気遣わしそうに俺を見て、ウララはといえば……ちょっ、ウララ? なんで俺の背中によじ登ってるの?

 

 トレセン学園に入って4年目だし、世間でいえば高校生ぐらいなんだからさすがにしがみつくのはやめなさい、はしたないですわよ? なんて言おうと思ったんだが。

 

「ねえトレーナー……だいじょうぶ?」

「…………」

 

 その一言に、俺は動きを止めた。しかしすぐに苦笑を浮かべると、背中にしがみつくウララをおんぶする。

 

「大丈夫って……ああ、大丈夫だ。体調も良いしな」

「でもお兄さま、どこか様子がおかしい……よ?」

 

 ライスもそんなことを言ってくる。様子がおかしい、か……うーん、やっぱり長い付き合いだけあって、考えていることも自然と伝わってしまうんだろうか……。

 

「去年はダイワスカーレットさんをスカウトできなかったから、すごく落ち込んでいたじゃない。ウオッカさんやテイエムオペラオーさんもスカウトしたかったみたいだけど、早く動かないと今年の新入生で見どころのあるウマ娘は他所のチームやトレーナーにスカウトされるわよ?」

 

 そう言ってキングが一歩一歩、俺のもとへと近付いてくる。その顔は相変わらず険しくて、同時に、どこか不安そうでもあった――。

 

「あなた、まさか」

「ここが! チームキタルファの部室ですね!」

 

 ――んだけど、その空気をぶち壊すように部室の扉が大きな音を立てて開く。

 

 そこにいたのは、一人のウマ娘である。新品の制服を着ていることから、今年度の新入生なのだろう。

 

 膝裏まで伸びる真っすぐで綺麗な鹿毛。ライスみたいに大きなウマ耳を頭部に生やし、右のウマ耳にはレースの飾りを着けている。

 

 身長はキングヘイローとほとんど変わらず、それでいて起伏に富んだ体付きは恵体と言って良いだろう。扉の開け方と登場の仕方は破天荒なものだったが、その立ち居振る舞いは良いところのお嬢さんのようにも見える。

 

 というか、どう見てもダイヤちゃんだった。いや、ダイヤちゃんなんだけど、最後に会った時と比べて見違えるほどに大きくなっていた。

 

「ダイヤちゃんか……大きくなったなぁ。入学おめでとう」

「あ、あれ? おじさま? 反応が薄くないですか?」

「いや、面影あるし、ウマ娘は数ヶ月で一気に成長することがあるしなぁ……それに見間違えるような付き合いじゃないだろ?」

 

 子どもの成長は早いなぁ、なんて驚くことはあるけど、見間違えることはないわな。

 

「えっ!? ダイヤちゃんなのー!?」

「嘘でしょ……」

「ダイヤさん? 淑女がはしたない……って、本当に見違えたわね!?」

 

 ただ、ウララ達は吃驚仰天って感じだ。ライスだけはダイヤちゃんを頭から爪先まで眺めて『嘘でしょ』って繰り返し呟いているけど。嘘じゃないよ、本当だよ。

 

 俺はおんぶしていたウララを下ろし、キングとの会話を一時中断する。冷静に対応したけど、成長したダイヤちゃんと改めて向き合うとビックリするぐらい成長しているなぁ。

 

「いやぁ……本当に大きくなったなぁ。ダイヤちゃん、美人になったね」

「ま、まあ……おじさまったら……」

 

 ウマ娘に限らず、この時期の子どもの成長は早いもんである。ダイヤちゃんの場合成長し過ぎな気もするけど……とりあえず俺が褒めると、ダイヤちゃんは頬を赤く染めながら嬉しそうに尻尾をパタパタと振った。

 

 で、俺のふとももに何やら3回衝撃が走る。この感触はあれだ、尻尾ビンタだ……って、3回? え?

 

 俺が振り返ると、ウララ達が視線を逸らしているのが見えた。あれ? 今たしかに、3回衝撃があった気がしたんだけど……気のせいかな?

 

「えーっと……それで? ダイヤちゃんはどうしたんだい? 入学したから顔を見せにきてくれたのかな?」

 

 俺はとりあえずダイヤちゃんの応対をする。すると、ダイヤちゃんは赤みが残った頬を笑みの形に変えた。

 

「チームキタルファに入部しに来ました!」

 

 そう言って、入部を希望する旨が書かれた用紙を差し出してくるダイヤちゃん。記入事項はずいぶんな達筆で埋められており、あとは俺が必要事項を記入して窓口に提出すればチームキタルファへの加入が認められる正式な用紙だ。

 

「トレセン学園に入学できたら、絶対におじさまに育ててもらおうって決めてたんです!」

 

 キラキラと輝く瞳で俺を見ながらそう話すダイヤちゃん。マジか……新入生は先に部室に来たウララ達と違ってこれからの生活に関する説明なんかがあったはずだし、それが終わったらチーム加入の用紙を受け取って記入して直行してきたのか。

 

 そこまで考えた俺は、ダイヤちゃんが普段一緒にいる子の姿が見えないことに気付く。

 

「入部の件は……横に置くとして、キタちゃんは一緒じゃないのかい?」

「はい。キタちゃんはチームスピカに入るそうです。だから、私とはライバルになりますね」

 

 あらやだ、この子ったらもうチームに入った気でいるわ。でもなぁ、ダイヤちゃんか……どうしたもんかなぁ……。

 

 なんて、考えた俺だったが。

 

(ん? ダイヤちゃんの足回り、新入生にしては鍛えてあるな)

 

 俺はふと、ダイヤちゃんの足に目を向けた。新入生ということで、当然ながらジュニア級のダイヤちゃんはウマ娘としても()()だ。だが、その割には鍛えてあるように見えた。

 

「ダイヤちゃん、もしかして自主トレーニングをしているのかい?」

「はい! おじさまのところで鍛えてもらうんです。ついていけないと困るし、変な癖がつかないよう注意しながらですけど、キタちゃんと一緒に走ってました!」

「ふむ……少し足に触っても?」

「えっ……おじさま、大胆……でも、おじさまなら良い……ですよ?」

 

 思わず尋ねた俺に、ダイヤちゃんが恥ずかしそうに膝をすり合わせる。すると再び俺のふとももに3回衝撃が走ったけど、そちらに意識を向ける余裕はない。さすがに触るのは自重するけど、ダイヤちゃんの足をじっと見つめる。

 

 見た感じ、偏った鍛え方はしていない。むしろしっかりと()()()()をしているように見えた。もちろんトレセン学園に来る前の子が自主トレーニングで鍛えていたんだなって範疇に収まっているけど、しっかりと目的意識を持って鍛えているように見える。

 

(ぱっと見た感じ、スプリンターじゃないな……かといってステイヤーって感じでもない……マイルから中距離、いや、鍛えれば長距離もいけるか? 鍛え方によっては短距離も全然いけそうだ……)

 

 実際に走ったところを見たわけじゃないから断言はできないけど、距離適性はライスとキングの中間って感じかな? ステイヤーであるライス、スプリンターだけど全距離走れるキングとは違い、中距離が得意でマイルも長距離もいけるってタイプか?

 

「芝とダート、どっちが得意?」

「芝です。ダートはあまり走ったことがないですけど、苦手かなって……私としては中距離に向いてると思っているんですけど」

 

 自己判断もしっかりとしている。それでいて、チームキタルファに入った後のことを見据えてトレーニングも積んでいる、と。

 

「うちのチーム、正直に言ってトレーニングがかなり厳しいと思うけど……」

「え? GⅠをいくつも勝つようなチームですし、トレーニングが厳しいのは当然じゃないんですか?」

 

 俺の質問に対し、ダイヤちゃんは心底不思議そうな顔をして首を傾げた。その表情はあどけなく、記憶にあるダイヤちゃんのままだな、なんて思う。

 

 だが、その瞳には確固たる意志があるように見えた。俺が知り合いのトレーナーだから鍛えてほしいっていう気持ちもあるだろうけど、それ以上にしっかりと目標があるのだろう。

 

「チームに入れたとして、何か目標はあるかい?」

 

 俺は試すように尋ねる。するとダイヤちゃんはにっこりと微笑み、言った。

 

「キタちゃんに勝ちます。そしておじさまにとって、最高で最強のウマ娘になります。具体的な数字で言うと、GⅠで8勝以上を目指します」

 

 そしてまあ、なんともぶっ飛んだ目標を()()()()()()()

 

 目を見ればわかる。この子は本気でそう言っている。目だけじゃなく声色も本気だ。チームキタルファに入りたいからそう言っているんじゃない、目標があるからチームキタルファで鍛えてほしいと言っているのだ。

 

「キタちゃんに勝つっていうことは、キタちゃんを()()()()()ってことだ。キタちゃんがそれで文句を言う子だとは思わないけど、ギクシャクすることもあるかもしれない……それでも勝ちたいのかい?」

「勝ちます。キタちゃんは親友ですけど、ライバルですから」

「トレーニングがきつくて、辞めたくなることがあるかもしれないよ?」

「その時は慰めてください。そうしたら私、もっと頑張れますしもっと強くなりますから」

 

 答える言葉によどみがない。どこか甘えるような雰囲気があるけど、それはそれとして瞳が爛々と輝いている。

 

(うーん……良いな。すごく良い)

 

 きついトレーニング? 望むところだ! なんて雰囲気を感じる。ウマ娘として強くなりたい、ライバルに勝ちたい、レースに勝ちたいとその瞳が語っている。

 

 満足感という名前の湿気で濡れていたやる気の芯に、火が点いた気がした。そして沸々とやる気が湧き始める。

 

(育てるならまずは中距離で……早い段階でマイルや長距離も走れるようにしたいな。そのためにはスタミナとスピード……根性は実際にどれぐらいあるか、一度追い込んでみないとわからないけど……)

 

 スタミナはライスと併走していれば鍛えられるし、スピードはキングと併走していれば鍛えられる。根性に関してもウララがいる。いや、ウララだけでなく、根性に関していえばうちの子達は全員素晴らしいものがあるのだ。

 

 俺だけでなく、ウララ達にも一緒に鍛えてもらう。そうすればダイヤちゃんは一体どこまで伸びるか。

 

 俺がそんなことを考えていると、部室の入口に影が差す。

 

「あの、すみません……こちら、チームキタルファの部室で合っていますよね?」

 

 そんな言葉と共に顔を覗かせるのは、見知らぬウマ娘だった。制服が新品だからこの子も新入生だろうけど、ダイヤちゃんと違って完全に初対面である。

 

 身長はダイヤちゃんとほとんど変わらないが、外見や雰囲気はまったくの別物だ。

 

 黒みがかった鹿毛を背中まで伸ばし、顔立ちは整っているもののどこか冷たい印象がある。それでいて俺を見る瞳が怯えているというか、躊躇しているというか……なんだろう、本当に記憶にないから初対面のはずなんだけど、なんでそんなに怯えられているんだろう。

 

「あー……君は? 新入生だよね?」

「は、はい……その、アタシはメジロドーベルという者でして。チームキタルファに入りたいと……」

 

 そう言いつつ、警戒するような足取りで部室に入ってくるメジロドーベル。というか、メジロ? メジロマックイーンの親戚か妹かな?

 

「君は」

「ひっ!?」

 

 メジロマックイーンと関係があるのかな、なんて尋ねようと一歩近づいたら、短い悲鳴を上げながらバックステップで後ろに下がられた。うん……ちょっとショック……。

 

 だが、メジロドーベルは自分がどんな反応をしたか気付いたのだろう。慌てた様子で口を開く。

 

「ご、ごめんなさい! 実はアタシ、男性が苦手で……」

「……え? それは……入部を希望するチームを間違えているんじゃ……」

 

 男性が苦手……男性恐怖症? それなのにうちのチームへの入部を希望するの? 間違ってない? それとも俺を女性と間違えてる……なんてことがあるなら怯えんわな。でもこの子、男性恐怖症っていうより、緊張しているだけにも見えるけど……。

 

 でも、男性が苦手となると指導にも困る。筋肉の付き具合をチェックしたり、触診したら一発アウトだろう。反射的に蹴られでもしたら俺は死ぬ。ライスに任せるって手もあるけど、さすがにライスはまだまだ未熟だ。

 

 しかし、だ。おそらくはメジロマックイーンに関係がある子なんだろうけど、ちょっとした動きからでもダイヤちゃんと同じように鍛えられているのがわかる。いや、ダイヤちゃんよりも更に鍛えてある……か?

 

「ま、間違ってない……いや、間違ってないです……アタシの目標を叶えるには、このチームが一番だと思ったから……」

「と、いうと?」

 

 どうやら何かしらの目標があってこの部室を訪れたらしい。あと、敬語に慣れてないっぽいから好きに喋っていいよ、なんて促すとメジロドーベルは数秒戸惑ってから頷いた。

 

「春の天皇賞、秋の天皇賞……この二つのレースを制覇、ううん、連覇したい……走れる限り、最低でもこの2つのレースは何度も勝ちたい……そのためには、実際に担当ウマ娘を連覇させたこのチームが一番適していると思って、その……」

 

 そう言って不安そうに俺を見てくるメジロドーベル。というかこの子、すごいこと言ったな。最低でもGⅠの春の天皇賞と秋の天皇賞で勝ちたいって……いやまあ、ダイヤちゃんよりは小さい目標と言えるけど、十分でかい目標だ。

 

「たしかにライスとキングが二人とも勝ったけど……ちなみに、最低でもってことは他のレースでも勝ちたいってことで良いんだよね?」

「……優先するのは、その2つのレース。でも、他のレースでも勝ちたい……マックイーンよりも強くなりたいし、メジロ家の悲願はアタシが叶えてみせる……」

 

 そう話すメジロドーベルだが、その声色にはたしかな決意が込められていた。

 

(うーん……ダイヤちゃんはまだしも、こっちの子はどうだろうな……)

 

 さすがに男性が苦手って子を育てるのは難易度が高そうだ。ぱっと見た感じ、素質は高そうだし厳しいトレーニングだろうとやりきりそうな雰囲気があるけど……。

 

「ウララ達はどう思う……って、なに? どうした?」

 

 ダイヤちゃんはなんとなく、どんなに厳しいトレーニングでもついてきてくれる感じがする。しかしメジロドーベルに関しては判断ができず、ウララ達の意見も聞きたいと思った。

 

 だから振り返って話を振ったんだけど、ウララとライスはニコニコと笑い、キングはどこか安堵した様子で微笑んでいる。

 

「トレーナー、楽しそうだなーって!」

「うん。お兄さま、さっきまでと違って生き生きしてる」

「目が全然違うわよ。まったくもう、心配させて……おばか」

 

 ウララ達にそう言われ、俺はあー、と呻くような声を漏らす。

 

 本当に現金なことに、育ててみたいと思えるウマ娘が目の前にひょいと現れ、しかも向こうから育ててほしいと飛び込んできてくれただけで俺のテンションはうなぎのぼりで、やる気もメラメラと燃えている。

 

 そんな俺を見てウララ達は笑っているのだ。楽しそうに、どこか安心したように。()()に気付いた俺は、良い歳した大人が何をやっているんだと恥ずかしくなる。

 

 そして恥ずかしくなったついでに、自分の本心へ意識を向けた。

 

(正直に言って、メジロドーベルも育ててみたくはある……男性が苦手なのに、目標を達成するためなら男性トレーナーのチームだろうと入ろうとする姿勢が良い……幸い、うちはライスがいるし、ウララとキングも後輩の面倒は見てくれるだろうしな)

 

 ライスはサポーターやトレーナーとしては未熟だが、それでもチームキタルファのやり方は熟知している。ウララもキングも面倒見が良いし、特にキングならメジロドーベルも打ち解けやすいんじゃないだろうか。

 

 ダイヤちゃんは以前からの知り合いだし、ウララ達も問題はないだろう。

 

 距離適性がダイヤちゃんとメジロドーベルで被りそうな点はちょっと問題だけど……メジロドーベルはダイヤちゃんと違ってマイラーっぽい。正確には短距離から中距離ぐらいまで走れそうな筋肉の付き方をしている。

 

 この辺りも今後チェックしていって誤差を確認しないといけないけど、天皇賞を目指すならメジロドーベルは中距離から長距離も走れるようにならないとな。

 

 そこまで考えて、俺は苦笑する。既に育てる気満々で、頭の中でトレーニング計画を練っている自分に気付いたのだ。

 

 俺はこほん、と咳ばらいをする。そしてダイヤちゃんとメジロドーベルへ視線を向けた。

 

「俺としては二人を育てる方向で進めたいと思う。ただ、まだ入学してすぐだからね。まずは二週間ほど仮入部って形にしてもいいかな?」

「仮入部……ですか?」

「そう、仮入部。とりあえず短くて三日、長くて一週間ぐらいで二人の身体能力とか癖とか把握するから、そこから実際にうちのチームのトレーニングを体験してもらおうと思う。それでついていけそうなら本当に入部ってことで」

 

 去年もこうしていれば良かったんじゃないか、なんて思わないでもない。だが、メジロドーベルも段階を踏んでいけばどうにかなりそうな気がするのだ。

 

 本当は駄目だった時のことも説明するべきなんだろうけど……なんでだろうか? 何故か、2人とも大丈夫な気がしたのだ。

 

「はい! 私は何がなんでもついていきますけど、おじさまがそうしたいのならそうしましょう!」

「……アタシも、今日本当に入部してもいいんだけど……そうしたいならそうして」

 

 二人とも承諾してくれる。前向きというか、ダイヤちゃんなんか前のめりというか。

 

「それじゃあ、そういう形で進めよう。ああ、そうだ。仮とはいえ二人ともうちのチームに入ったってことで、呼びやすいように呼ばせてもらうけど構わないかな?」

 

 俺がそう言うと、ダイヤちゃんは笑顔で頷く。しかしメジロドーベルはどこか嫌そうな顔をしていた。

 

「君のことはなんて呼べばいい? ドーベル?」

 

 そのため俺が尋ねると、メジロドーベルは目を伏せる。

 

「……アタシ、その名前好きじゃなくて……」

「そっか……じゃあ、ベルって呼ぶか。日本語なら鈴だし、可愛いだろ?」

 

 俺としては良い名前だと思うけど、本人が嫌だと言うなら仕方ない。そのため短くした名前で呼ぶことを提案すると、メジロドーベル――ベルは恥ずかしそうに視線を彷徨わせる。

 

「そ、そんな名前で呼ばれたことないから新鮮、かも……うん、それならいい、かな」

「おじさまおじさまっ! 私のことはなんて呼んでくれるんですか?」

「んー……シンプルにそのままダイヤで良いかなって思うんだけど」

 

 ちゃんを取っただけだけど、キングも似たような感じだったしなぁ。

 

 そんなことを考えていると、ダイヤちゃん……いや、ダイヤは嬉しそうに頷く。

 

「はいっ! それでお願いします! これで()()()()()()()に立てました!」

「ん? 入学したその時点からスタートだよ?」

 

 とりあえず今日から身体能力のチェックを始めちゃうか。そうすれば他のトレーナーやチームよりも先んじて育成を始めることができる。

 

 そう考えながら、俺は頭の中で今後のダイヤとベルのトレーニングメニュー、ウララ達が出走するレースまでの期間と調整のためのトレーニングメニューなどを片っ端から考えていく。

 

 やる気という名の燃料がどんどん放り込まれているのを感じる。先ほどまではウララ達に合わせて引退するのもいいかな、なんて考えていたのが嘘みたいだ。

 

「えへへっ……トレーナー!」

 

 そうやって考え事をしていたら、なにやらウララが背中に飛びついてきた。俺はなんとかそれを受け止めつつも、何事かと思う。最近飛びついてくること多いなぁ、なんて思いつつウララに意識を向けると、ウララの嬉しそうな声が響いた。

 

「やっぱり、トレーナーは()()()()()がいいよっ!」

 

 その一言に、俺は思わず苦笑を浮かべてしまう。いやもう本当に、この子には助けられてばかりだ。

 

「そっか……よーし、それじゃあ切り替えていくか! チームキタルファ、いくぞー!」

「おー!」

「お、おー」

「ふふっ……おー」

 

 気合いを入れて拳を突き上げると、ウララは元気よく、ライスは恥ずかしそうに、キングは微笑みながら拳を突き上げてくれた。

 

「おー! です!」

「お、お……ぉー……」

 

 ダイヤも元気よく拳を突き上げ、ベルは顔を真っ赤にしながら俯いている。

 

 たづなさんに報告をしたら、さっそくトレーニングに取りかかろう。

 

 やるべきこと、やりたいことが一気に増えたのだ。ぐだぐだしていた分、これから取り返さなければなるまい。

 

 

 

 

 

 こうして、チームキタルファに新たなメンバーが2人加わった。

 

 以前からの知り合いで、どことなく押しが強いサトノダイヤモンド。

 

 男性が苦手だけど、メジロ家の悲願を叶えようと足掻くメジロドーベル。

 

 この2人をチームに加えた俺は、これまで以上に大変なトレーナー生活を送ることになるのだけど……それは未来の話だ。

 

 ――新人トレーナーを卒業した俺は、これからもトレーナーとして頑張っていくのである。

 

 


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