リィンカーネーションダービー ‐新人トレーナーがんばる‐   作:烏賊メンコ

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第16話:新人トレーナー、困惑する

「昨晩、ライスシャワーさんから電話がありまして……是非ともあなたにトレーナーとして担当してほしいそうです」

「……え? なんですって?」

 

 おかしいな……突発性難聴を患ってしまったぞ。いきなりライスシャワーの担当トレーナーにならないかって逆オファーを食らった気がしたんだが、多分きっと幻聴だろう。

 

 ライスシャワーの担当トレーナーについて相談しようと思って理事長室を訪れたのに、既に逆オファーが来てるとかさすがにないはずだ。

 

「ライスシャワーさんの担当をしていた方が休職したというのは御存知ですね?」

「はい……昨日メールで回ってきた件ですよね?」

 

 冗談はさておき、確認のために尋ねると駿川さんはしっかりと頷く。

 

「悔恨ッ! 我々は彼女達を守り抜くことができなかった! 休職した彼女に関しても、痛恨の極みっ!」

 

 理事長が畳んだ扇子を圧し折らんばかりに握り締め、心底悔しそうに叫ぶ。それを見た俺は、ライスシャワーとその担当トレーナーに関してトレセン学園上層部もきちんと認識していたのだと悟る。

 

 認識してるのに、何故俺にライスシャワーの担当トレーナーに関する話が回ってくるのか。仮にライスシャワーが希望したのだとしても、止めるべきではなかろうか。

 

「そのため、我々としてはライスシャワーさんの希望を第一に考えて後任のトレーナーを選出したいと思っています」

「それで俺……いえ、私ですか? お言葉ですが、私はまだトレーナーになって半年程度の新米で、育てているウマ娘もダートのスプリンターなのでライスシャワーとはかすりもしないんですが……」

 

 ライスシャワーの希望が第一というのも、まあ、当然の話だろう。しかし、いきなり話を振られても正直言って困る。

 

「もちろん、受けるかどうかはトレーナーさん次第です。業腹ですが、ライスシャワーさんの担当となると前任の方のように要らぬ騒動に巻き込まれる危険性もありますから」

「無論ッ! 受けてくれた場合は我々も可能な限り協力すると約束しようっ! ライスシャワーへのインタビューなども、学園を通せばかなりの部分を抑えられるっ!」

 

 駿川さんはライスシャワーに同情しているのか、その表情は少し暗い。理事長は小さな体で机をバンバンと叩き、今にも怒りで口から火でも吐きそうな勢いだった。

 

(俺が、ライスシャワーのトレーナーに……?)

 

 それは魅力的な提案だった。菊花賞のレース映像で見たライスシャワーの走りは圧巻で、あのウマ娘の一助になれるのならそれはトレーナー冥利に尽きるだろうと思えたからだ。

 だが、俺には芝のレースを走るウマ娘を育成した経験がない。それどころか現在進行形でダートのスプリンターであるウララの育成に関して四苦八苦している有様だ。

 

 芝のトレーニングに関しても養成校で基本的なノウハウは習ったが、ライスシャワーは育成方針としてウララの真逆に位置するような存在である。

 

 ないとは思うが、前任のトレーナーと同様に俺の名前だけ貸して、ライスシャワーは好きにトレーニングをさせ、レースも好きに走らせる方針にしろという話だろうか。

 ライスシャワーというGⅠウマ娘を羽ばたかせるために、新人トレーナーの俺に暴走したファン向けの人身御供になれという意図があったりしないだろうか。

 

(いかん、変な疑いが……さすがにそんな真似はしない……よな? そうだよね?)

 

 ライスシャワーの後任のトレーナーに関して、できる限り腕の良いトレーナーを宛がってもらえるよう頼み込むはずが、何故か自分に白羽の矢が立って混乱している気がする。

 

 そうやって警戒と混乱を表に出す俺をどう思ったのか、駿川さんが俺に真っすぐな視線を向けた。

 

「信じ難い話なのは理解できます……ですが、我々はあなたを高く評価しています」

 

 本当だろうか? よいしょして騙そうとしてないか疑うのは俺の心が汚れているのだろうか? そこはかとなく不安になるフレーズなんだけど。騙して悪いが人身御供になってもらうとか思われてないだろうか。

 

「高く評価、ですか……俺は担当のウマ娘を1勝させるのに、4回もレースに出す必要があったんですが……」

 

 もっと優れたトレーナーならば、メイクデビューでウララに1着を取らせることができたのではないか。仮にメイクデビューで負けたとしても、2戦目で勝たせることができたのではないか。

 

 俺は育成を通してハルウララというウマ娘のポテンシャルを知り、今となってはあの子を心から信じている。だからこそウララの担当になったことに関しては後悔していないが、自分の育成手腕と経験が足りないことに関しては後悔しっぱなしなのだ。

 

 そんな俺が、GⅠウマ娘の育成を担当する? 出来の悪い冗談にしか聞こえない。

 

()()なんですよ、我々が評価しているポイントは」

「……どれですか?」

 

 失礼とは思ったが、さすがに意図が掴めない。そのため首を傾げながら尋ねると、駿川さんは僅かに興奮した様子で一歩前に出る。

 

「あのハルウララさんを4戦目で勝たせることができた育成手腕を、我々は高く評価しています。4戦目のレースもテレビで見ましたし、ウイニングライブに関しても見ました。そして、普段のあなた方の練習風景も何度もチェックしています。お二人の信頼関係を見ていると、新人のトレーナーさんだからと却下するのは愚かなことだと判断しました」

 

(え? 俺とウララの練習風景ってチェックされてたの? マジで?)

 

 一体どのシーンを見られてしまったのだろうか、と気になったものの、俺はそれよりも気になる部分に気付いてしまった。

 

「すみません、()()()()()()()っていうのは一体……」

 

 もしかして駿川さんにも現代の競馬知識があるのか? いや、俺の場合は競馬知識なんて呼べるもんじゃないけど、ハルウララという馬について知っているのか? でも、俺が知ってるハルウララという馬は知名度的に名馬だろうから、駿川さんの反応だとおかしい。

 

 駿川さんの言い方だと、ハルウララというウマ娘に何か問題があったように聞こえるんだが。

 

 疑問を込めて俺が尋ねると、駿川さんは理事長に向かって目配せした。それを受けた理事長はしっかりと頷き、駿川さんに一冊のファイルを持ってこさせる。続いてファイルの中から一枚の書類を取り出したかと思うと、俺へと差し出した。

 

「こちらの書類は部外秘になるため、口外はしないでください」

(そんなこと言われながら差し出されると、受け取りにくいんですが……)

 

 口に出して抗議したかったが、相手が上司ということで俺は心の中で言うに留める。そして数秒戸惑ってから書類を受け取ると、紙面に視線を落とし――。

 

「あの……気のせいですかね? このウララの入学に関する資料、面接だけでトレセン学園の試験を通ってるように見えるんですが……」

 

 そこにあったのは、ウララがトレセン学園への入園を希望した際の試験に関する結果だ。

 

 これを見ると合格基準がわかってしまうため部外秘になるのも納得だが、問題はどう見てもウララが合格基準を満たしていないことである。

 

(ま、まさか……ウララは裏口入学みたいな感じでこの学園に来たのか?)

 

 俺は今、知ってはいけない情報を知ってしまったのではないか。ウララを今から退学にされたくなければ条件を飲め、みたいな脅しなのかこれは。だったら即座に降伏するぞ俺は。

 

(いやいやいや、さすがにない……ないよな?)

 

 俺は理事長と駿川さんの意図が読めず、うかがうようにして視線を向ける。すると、駿川さんが苦笑しながら頷いた。

 

「あなたの疑問ももっともだと思います。しかし、ハルウララさんは学力と運動能力の試験では評価されませんでしたが、面接時に大きな評価を受けて合格となりました」

「承認ッ! 彼女には他のウマ娘にはない、得難い力があると判断して入園を許可したっ! 問題はないっ!」

 

 理事長が承認したのならば問題はない――のだろうか? 本当に大丈夫なのかと俺が不安に思っていると、駿川さんが苦笑を深める。

 

「ハルウララさんはこのトレセン学園でならもっと楽しく、ワクワクしたレースができると思って志望したと仰っていました」

「感激ッ! この学園をそのように思ってくれて嬉しかったっ! そして、彼女の明るさは他のウマ娘達を照らす光になると思ったのだっ!」

「それは……ウマ娘達のレースは厳しいものがありますが、ウララの明るい性格が周囲に良い影響を与えると判断した……そういうことですか?」

「正鵠ッ! その通りっ!」

 

 一芸特化とは違うのだろうが、ウララの持つ天性の明るさが評価されてのことらしい。実際に普段からウララと接している俺としても、その意見には賛同するところである。

 

 しかし、だ。

 

「つまり……あなた方はウララがレースで活躍するとは思っていなかったと?」

 

 あの子の担当トレーナーとしては見過ごせない話である。周囲へ良い影響を与えてくれそうだからと合格にしたものの、ウマ娘としては特に期待していなかったも同然だからだ。

 

「否定はできませんし、しようとも思いません……あなたがこの学園に赴任されてすぐの頃、ハルウララさんの担当トレーナーになるという申請を受けて我々が呼び出したことがありましたが、覚えていらっしゃいますか?」

「ええ……もちろんです」

 

 あの時はウララの担当から外すつもりなのだろうと反発し、無駄に虚勢を張って押し通した覚えがある。理事長からも何度も念押しするように確認されたが、今となってはその理由がよくわかった。

 

(配属されたばかりの新人トレーナーがウララを育てたいって申請してきたんだ……そりゃ止めるよな……)

 

 理事長と駿川さんの話に怒りを抱いた俺だったが、育成を始めた当初のウララの実力を思えばそれも仕方のないことだったと言える。ウマ娘を実際に育てたことがない新人トレーナーが、よりにもよってウララを選んで担当の申請をしてきたのだから。

 

「ご理解いただけましたか? あなたは新人トレーナーでありながらハルウララさんを未勝利戦とはいえレースで勝てる水準まで育て、その上でレースレコードを取らせました。それにあなたとハルウララさんの間にある信頼関係は、ウマ娘にとっては居心地が良くて羨ましいものです……んんっ、ウマ娘ならそう思うでしょう」

「そう言っていただけるのは嬉しいですが……ん?」

 

 駿川さんの言葉の終盤がおかしかった気がするが、言い間違いだろうと納得する。それと同時に、ウララを育てたことがそこまで評価されているのだと驚きもした。

 

 たしかに夏の人事評価の時も思ったより高評価だったが、ウララの入園時の情報を知っていれば納得できないこともない。

 

「請願ッ! たしかに君より優れた育成手腕を持つトレーナーは多くいるだろうっ! だが、今のライスシャワーに必要なのは君のようにウマ娘に寄り添えるトレーナーだっ! その点、君は並のトレーナーを凌駕していると評価しているっ!」

(ウマ娘に寄り添うのはトレーナーとして当然じゃあ……って、そりゃ言えないか)

 

 未勝利戦でウララが戦ってきたウマ娘達のことを思えば、口が裂けても全てのトレーナーがウマ娘に寄り添っているとは言えなかった。だが、俺よりも育成手腕があって、なおかつ俺よりもウマ娘に寄り添ってくれるトレーナーもいるはずである。

 

「その条件だと、チームスピカのトレーナーも該当しますよね。あの先輩、GⅠウマ娘を育ててますし、ウマ娘のことをしっかりと考えてくれますよ」

 

 そして、俺はすぐさま一人の先輩トレーナーの顔が思い浮かんだ。育成手腕がすごいし、担当しているウマ娘のこともしっかりと考えていると評判の先輩である。あと頑丈だ。

 

「却下ッ! チームスピカは所属メンバーのうち、複数がライスシャワーと出走レースが重なってしまうっ! さすがに許可できないっ!」

「うっ……それはさすがに駄目ですね」

 

 同じレースに二人ぐらいならまだ許容範囲だろうが、一つのレースに対して一つのチームから大量のウマ娘を出走させることはできない。チームの人数的にあり得ないだろうが、GⅠレースに一つのチームから大量に出走させて上位独占などしては他のチームにも影響が出るからだ。

 

 それならばと東条トレーナーの名前を出そうとしたが、今になって考えると、あの人とライスシャワーが性格的な意味で相性が良いかは微妙に思えた。

 

 育成手腕はトレセン学園でも一、二を争うだろうが、その分厳しいと評判の東条トレーナー。

 

 才能はトレセン学園でもトップクラスだろうが、少し話しただけでも気弱な部分が目立ったライスシャワー。

 

 案外上手くはまるかもしれないが、ライスシャワーが潰れる危険性もある。

 

 どうしたものかと俺が悩んでいると、駿川さんが柔らかい笑みを浮かべながら口を開いた。

 

「そうやって真剣に悩んでくださるあなただからこそ、我々としてもライスシャワーさんの担当をお任せできると判断したんです。昨晩、彼女を励ましてくれたんですよね?」

「それは……そうなんですけどね。偶然でもあるので……」

 

 本当に俺で良いのか? ウララの育成だけでも四苦八苦しているのに、ライスシャワーの育成まで手が回るのか? 俺がライスシャワーの未来を潰すことになるんじゃないか?

 

 俺と似たような立場のトレーナーが聞けばすぐさま飛びつくかもしれないが、俺としてはあの子を本当に育成できるのかという自信がない。

 

 そうやって悩む俺をどう思ったのか、駿川さんが今度は厳しい顔つきになる。

 

「少々厳しいことを言いますが、構いませんか?」

「……なんでしょうか?」

「では失礼をして……はっきり言いますと、この学園に配属された当初のあなたならライスシャワーさんを任せようとは思えませんでした。トレーナーとして新人であるという以上に、あなたが()()()()()()()()()()()()()()()からです。あなたがウマ娘をスカウトしようとして失敗したのも、相手はその辺りを感じ取っていたのでしょう」

 

 駿川さんの思わぬ言葉に、俺は反射的に無言で自分の顔を触る。さすがに顔の造形のことではないだろうが、厳しいというより意表を突かれる言葉だった。

 

 そんな俺をじっと見つめながら、駿川さんは言葉を続ける。

 

「ですが、ハルウララさんの育成をしているうちにあなたは変わりました。今のあなたは――きちんとトレーナーの顔付きになっています」

「…………」

 

 俺は駿川さんの言葉に驚き――脳裏にウララの笑顔が浮かぶ。

 

 もしも俺がトレーナーとして()()()()()()になったというのなら、それはきっと、ウララのおかげだからだ。

 

「だからこそ、ライスシャワーさんの要望を受け入れたいと思いました。どうか、ライスシャワーさんを助けてあげてくれませんか?」

「……その言い方は卑怯ですよ」

 

 あの子を助けてくれないかと言われたら、助けたいに決まっている。あれほどの走りを見せるウマ娘なのだ。トレーナーとして、その力を磨いてみたいという欲求が嫌でも湧いてくる。

 

「引き受ける前に、一つ条件があります」

 

 しかし、しかしだ。ライスシャワーを育ててみたいとも思うが、俺には何よりも優先するべきものがある。

 

「ウララと……私が担当しているウマ娘とライスシャワーを会わせて、その相性によっては断らせてください」

 

 ライスシャワーには申し訳ないが、俺にとって一番大切なのはウララだ。年齢も立場も違うライスシャワーと一緒に育てて悪影響が出るかもしれないと思えば、この場で決断することはできない。

 

「む……いや、承諾ッ! トレーナーとしては当然の配慮と言えるっ!」

 

 理事長は少しだけ眉を寄せたが、すぐに納得したように頷く。

 

 その言葉を以て、今回の話し合いは終了となる。だが、この時の俺は、既にライスシャワーの担当になるだろうと予感していた。

 

 まだウララとライスシャワーを会わせたわけではないが、きっと、あの二人は仲良くなるだろうと心のどこかで思っていたからだ。

 

 

 

 

 

 その日の放課後。

 

 普段通りトレーニングに来たウララを練習用のコースで出迎えた俺だったが、その隣にはライスシャワーの姿があった。

 

「あれ? ねえねえトレーナー、その子はだれ?」

 

 ウララはすぐさまライスシャワーに気付き、興味津々といった様子で駆け寄ってくる。ライスシャワーはウララと初対面なのか、俺の背中に隠れてしまった。

 

「あー……うん、実はな、ウララ、この子、ライスシャワーって言うんだが……」

 

 なんだろう? なんというか、紹介しにくい。なんて言って説明すれば良いんだろうか。色々と考えてきたはずが、いざウララを前にすると言い出しにくい。

 

 再婚相手の連れ子を実の娘に紹介する気分だろうか? いや、前世含めてそんなシチュエーションに陥ったことはないけども。

 

 だが、そうやって悩む俺よりもライスシャワーに対する興味が勝ったのだろう。ウララは嬉しそうな笑顔を浮かべると、ライスシャワーの傍に駆け寄ってその手を取る。

 

「ライスシャワー……それじゃあライスちゃんだね! わたし、ハルウララ! ウララって呼んでね!」

「う、うん……えっと、よろしく、ウララちゃん」

「えっへへー……友達が増えたよトレーナー! やったねー!」

 

 そう言って俺にピースサインを向けてくるウララ。ウララにとってはお互いに名前で呼び合えば友達なのだろう。その純粋さが中身おじさんの身としては眩しい。

 

「それでそれで? ライスちゃんはどーしてここにいるの? ミークちゃんみたいに今日のれんしゅー相手?」

 

 ライスシャワーも練習用のジャージ姿のため、ハッピーミークのように競う相手だと思ったのか。

 

 俺は苦笑を浮かべると、ウララに対してライスシャワーの事情をかいつまんで話す。

 

 菊花賞で1着を取ったG1ウマ娘であること、今はトレーナーがいないこと、菊花賞で1着を取ったことが原因で不当な扱いを受けたこと。

 

 それらをウララにもわかりやすいよう、簡潔に伝えていく。その間、ライスシャワーは無言で俯いていた。ウララがどんな反応をするかわからず、怖がっているのだろう。

 

 だが、それは無用の心配だ。このあとウララがどんな反応をするかを予測するのは容易で、物が地面に落下するぐらい自明である。

 

「えー!? そんなのひどいよー! どうにかしてよトレーナー! ライスちゃんがかわいそうだよ!」

 

 ウララは目に涙を溜めながら、俺のジャージを引っ張ってくる。ライスシャワーの境遇を聞いて本気で悲しんでいるのだろう。

 

「俺もどうにかしたいと思っているし、ライスシャワーを担当してくれないかと理事長や駿川さんからも言われているんだ」

「そうなの?」

 

 俺は苦笑を浮かべると、膝を折ってウララと目線の高さを合わせた。そして確認の意思を込めて尋ねる。

 

「でも、ライスシャワーを担当するとこれまでよりウララの育成に割ける時間が短くなる。それでも大丈夫か?」

 

 ライスシャワーを悪く言いたいわけではないが、ライスシャワーの担当をするということはそういうことだ。どう足掻いても、どう頑張ってもウララの育成に割ける時間が短くなってしまう。その分トレーニングの質を高めるつもりだが、どこまでやれるかは現時点では不透明だ。

 

「え? 全然大丈夫だよ?」

 

 だが、俺の問いかけを受けたウララは不思議そうに首を傾げた。その反応が予想外だった俺が目を見開くと、ウララは満面の笑みを浮かべる。

 

「だってトレーナーはすっごいもん! だから大丈夫!」

 

 そこにあったのは、俺に対する無垢な信頼だった。俺ならできると、ウララは断言する。

 

「それに、ライスちゃんと一緒にトレーニングができるならきっと楽しいよ!」

 

 続いてウララが口にしたのは、ウララがこれまでずっと言葉にしてきたことだった。

 

 楽しみたい、ワクワクしたいというウララの原点。しかし、()()が出会った当初と比べてやや変化してきているのを俺も知っている。

 ウララ自身気付いていないのか、気付いていてなお、それらを含めて楽しもうとしているのか。

 

 ウララがライスシャワーと接する内にどんな影響を受け、どんな影響を与えるのか。それは実際に共に過ごさせてみなければわからないだろう。

 

 ――と、まあ、なんだ。色々と理由を探してみたけれど、あとはどうやら俺の決断と、今後の努力次第らしい。

 

 ウララとライスシャワーを同時に育てて、強くしていく。その難易度はウララ一人の時と比べて2倍どころか2乗にもなるかもしれない。

 だが、しかしだ。

 

「あ、あの……やっぱりライス、迷惑かけちゃうから……」

 

 俺が悩む姿を見て遠慮の気持ちが出てしまったのか、ライスシャワーが悲しそうに俯いてしまう。そんなライスシャワーを見た俺は、思わずため息を吐いてしまった。

 

「違うんだよなぁ……昨晩も言ったけど、君はすごいウマ娘なんだよ。だから、迷惑をかけるのはこっちの方なんだ。()()()()()()()()()()()()かもしれない……だから怖い」

 

 理事長や駿川さんは評価してくれたけど、いきなりGⅠウマ娘の育成を任されるなど何の冗談かと思う。

 

 たとえるなら、田舎の草野球チームに現役メジャーリーガーが何故か移籍してきたようなものだ。ちなみに監督は俺である。棚ぼたどころの騒ぎじゃない。

 

 そんな俺の言葉を悪い方向に捉えたのか、ライスシャワーの顔がますます俯いてしまう。それを見たウララが俺の背中に飛びつき、首に両腕を回してぶら下がる。

 

「えー!? やだよトレーナー! ライスちゃんも一緒がいいー!」

「声がでかいってか首に両腕回したままぶら下がっ!?」

 

 きゅっと気道が締まりかけて俺は慌ててタップした。そして軽くむせてからウララの頭を掴むと、ぐりぐりと撫で回す。

 

「話してる最中だから大人しくしなさいって……んで、ライスシャワー」

 

 ライスシャワーは俺とウララのやりとりをどこか羨ましそうに見ていた。その表情に気付いてしまった俺は、ああ、駄目だわ、と思いながら言う。

 

「俺はトレーナーとして働き出して半年程度の新人だ。このウララしか育ててないし、芝のステイヤーの育成に関しては教科書以上のことはわからん。というかぶっちゃけるとGⅠウマ娘の君に教わることの方が多いと思う」

 

 ライスシャワーは現役のステイヤーにして、菊花の冠を被るウマ娘だ。トレセン学園でも指折りの、偉大なウマ娘だ。

 

 それでも、目の前にいるのは得られたはずの栄誉が不当に失われ、悲しみに暮れるウマ娘だ。

 

「そんな駆け出しトレーナーで良ければ、一緒にやっていこう」

 

 ライスシャワーの方から来たオファーだが、俺は選択権を渡すように右手を差し出す。一緒に歩んでいくならこの手を取ってくれ、と言わんばかりに。

 

「今ならわたしもいるよー! お得だよー!」

「ちょ、ウララお前、それは八百屋の売り文句……」

 

 そして俺の気持ちを理解したのか、それまで抗議するように俺の服を掴んでいたウララが笑顔で右手を差し出した。

 

「……ほんと、に……いいの? ライス……迷惑をかけちゃうよ?」

 

 ライスシャワーは俺とウララが差し出した手を見て、視線をさまよわせる。逆オファーを仕掛けたものの、実際にいざ受け入れられると尻込みしてしまったのか。

 

「迷惑とかそんなもんは知らん。さっきも言ったがどうせ俺とウララも迷惑かけるしな。いいかライスシャワー、君がするのは簡単なことだ。俺とウララの手を取るか、取らないか。この二択だ」

 

 ここでこちらから押し切るのは、多分簡単なんだと思う。だが、俺はそうしなかった。

 

 迷惑をかけるとか、不幸になるとかライスシャワーは言っているが、そんなものはネガティブな気分になれば誰でも似たようなことを言う。ライスシャワーの心の傷は常人の比じゃないんだろうが、だからこそ、この選択はライスシャワーにとっての第一歩になると俺は思った。

 

 自分で選ぶってのは、それだけ大切で大きいんだから。

 

「…………」

 

 ライスシャワーは無言で俺とウララの顔を見た。そして、震える右手をゆっくりと持ち上げ、おそるおそる俺の手を取る。

 

「これからよろしく、ライスシャワー」

「っ……うん……うんっ!」

 

 俺が笑うと、ライスシャワーは目の端に涙を溜めながら頷いた。

 

「やったー! これからよろしくね、ライスちゃん!」

 

 続いて、ウララが笑顔でライスシャワーに抱き着く。頬ずりでもしそうな勢いで抱き着いたウララに対し、ライスシャワーは困惑しつつも嬉しそうに笑った。

 

 そんなウララとライスシャワーのやり取りを眺めながら、俺はライスシャワーが握った右手をそっと拳の形に変える。

 

(GⅠウマ娘の育成、か……)

 

 自分がどこまでできるかはわからない。だが、それでも可能な限りライスシャワーの力になれたら、と俺は思うのだった。

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