リィンカーネーションダービー ‐新人トレーナーがんばる‐   作:烏賊メンコ

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昨日の前書きで『馬』という漢字について触れたら、何人もの人がハーメルンで使える特殊なフォントについて教えてくれました。

この漢字です。すごいですねハーメルン。
記念もこれでばっちりですね。
教えてくれた皆さま、ありがとうございました。
これまでの話でも修正しました。
これで更にウマ娘の世界に浸ることができたら嬉しいです。


第20話:新人トレーナー、戦慄する

 急遽開催することになった模擬レースだが、模擬とはいえレースはレースだ。自分のウマ娘が走るとなるとワクワクする気持ちが湧いてくる。

 

 俺のところからはウララとライスの二人が参加するが、ライスにとっては有記念前の良い調整になるかもしれない。ただし、ライスはマイル走がそこまで得意ではないため、調整よりも気分転換になるか、といった塩梅だ。

 

 ウララにとっては芝のレースのため不利だろうが、フルゲートでのレースの機会は貴重である。それに、前回のレースから二ヶ月近く経ってしまったため、レースでの感覚を思い出させてやりたい。

 

 今回の模擬レースの距離は1600メートルで、阪神ジュベナイルフィリーズに合わせてある。阪神レース場とはコースの勾配が違うが、良い練習になるだろう。

 

 ウララは純粋に経験を積むために、ライスは……うん、遠目にもやる気で満ち溢れているのがわかる。7割から8割で走ってくれって言ったけど、もしかすると全力を出すかもしれん。

 だが、俺は既に7~8割の力で走るよう指示を出している。ライスが俺の言葉を聞いてくれるかどうかは、ライスの俺に対する信頼がどの程度あるかによるかもしれない。

 

 言い換えれば、ライスが俺の育成方針にどこまで納得してくれているかの指標にもなる。ライスのレースに対する執念、GⅠウマ娘としての自負、それらがどこまで大きな比重を占めているか。それがこのレースでわかることだろう。

 

 ウララと同様に、ライスとも良い関係が築けてきていると俺は思っている。それが俺の自惚れだけのことなのか、ライスが俺のことを理解してくれているのか。

 

 俺がそんなことを考えていると、練習コースに何故か実況の声が響き始めた。

 

『夕暮れが近付く冬空のもと始まります、トレセン学園芝のコースにて行われる模擬レース。その名もライスカップ。距離は1600メートル。バ場状態は良の模様です』

「え? 君、どこから出てきたの? というかスピカの子だろ君」

『アアン!? ゴルシちゃんを知らないとかトレセン学園のトレーナー失格だぞぉ! 面白そうなことやってるから実況しにきたんだよ!』

 

 気が付けば、何度か見たことがある葦毛の美人なウマ娘がマイクを用意し、実況の態勢を整えていたのである。いやこの子、本当にどこから出てきたんだ。

 

「えー……面白そうっていうなら参加するんじゃ……」

『そんなやる気はないでゴルシ』

「どっちだよゴルシちゃん」

 

 俺が思わずツッコミを入れると、自称ゴルシちゃんの目がきらりと光った。

 

『ほー……良いツッコミじゃねえかオメー。前に見た時は死んだクルルポッソみたいな目をしてると思ったが、いっちょ前にトレーナーの顔になったじゃあねーの。よし、このゴールドシップ様が実況する隣で解説役をやる権利をやろう』

「クルルポッソってなんだよ……」

『この世に存在しない何かだ! さーてお前ら準備はできてっかー? もう少しで模擬レース始めんぞー』

 

 我が物顔で仕切り始めたゴルシちゃんことゴールドシップ。俺は何とも言い難い顔になってしまうが、ウララやライス、他のウマ娘達は真剣な表情でゲートへと入り始める。

 

 そんなウマ娘達の真剣さを感じ取ったのか、ゴールドシップは一度咳ばらいをしたかと思うと、妙に聞き心地が良い声で喋り始めた。

 

『1枠1番、ヴェナバラム。1枠2番、マルチセルコール。2枠3番リボンマズルカ……』

 

 本職の実況のようにレース参加者の名前を呼んでいくゴールドシップ。というかこの子、出走表もないのによく全員の名前を知ってるな。

 

 本番のレースと違い、既にゲートに入っている全員の名前を順番に呼んでいくだけだが、それだけでもウマ娘達の()()()()()()()()()()のがわかる。

 

『4枠7番、ハッピーミーク。4枠8番、ライスシャワー』

 

 ゲートの順番に関しては、公正にくじ引きで決めた。その結果、何の因果かライスがハッピーミークの隣である。

 

『6枠11番、ハルウララ。6枠12番アンチェンジング……』

 

 ウララは11番だ。ただし、ウララにとっては9人以外でのレース自体が未経験のため、どんなレースになることやら。

 

『……8枠18番、インペリアルタリス。各バ、ゲートイン完了――スタートしました』

 

 バタン、という音と共に開くゲート。それと同時に横一線にウマ娘達が飛び出し――あ、ウララが出遅れた。

 

『おっと11番ハルウララ、出遅れた。他のウマ娘は綺麗なスタート。最初に飛び出したのは10番ソールドアウト。1バ身離れて4番ブリッジコンプ、5番トモエナゲ、9番スプリングハッピー、15番バイパーピアース、17番ユイイツムニが追走。2バ身離れて7番ハッピーミーク、8番ライスシャワー、18番インペリアルタリスが集団を形成。そこから2バ身離れて1番ヴェラバナム、3番リボンマズルカ、16番フィールフロイデ、僅かに離れて2番マルチセルコール、14番ステイシャーリーン。6番アルベドベラドンナ、12番アンチェンジング、13番フンアーブが後方。大きく遅れてシンガリを走るのは11番ハルウララ』

 

 それぞれが得意な戦法で走り、互いに有利な位置を取ろうと駆け引きが始まる。ウララだけは出遅れて最後方だが、追い込み狙いのウマ娘達に極端に置いていかれることはなく、きちんと追走していた。

 

『さあ、最初のコーナーへと差し掛かる。先頭は相変わらず10番ソールドアウト。先頭集団は互いに位置を変えながら虎視眈々と先頭を窺っているぞ。先行組ではハッピーミークが先頭で……ふむ、なるほど。えげつねえな。その後ろでは小刻みに順位を変えながらコーナーへと突入していく。後方組はどこで仕掛けるのか』

 

 一瞬妙な呟きが入ったが、ゴールドシップの実況は大したものだった。本物のレース並にウマ娘達に気合いが入っている。

 というか、いつの間にかコース外にギャラリーが増えているんだが。ゴールドシップの実況に耳を傾けながら、それぞれ応援し始めているんだが。

 

『今回使用しているトレセン学園のコースは1周1800メートル。幅員は最大で約10メートルと少々手狭なコースだ。互いの位置取りが重要になるぞ。さあ、最初のコーナーを真っ先に抜けてきたのは10番ソールドアウト。次のコーナーに向かうための直線を駆けて行く。解説のアンちゃん、どう見る?』

『いきなりマイク向けんな……えー、1600メートルのため最初と最後の直線がやや短めとなります。最後のコーナーでどこまで前に出られるか、そして最後の直線での加速力が勝負を分けるでしょうね』

 

 ゴールドシップから突然マイクを向けられたため、レース展開を見ながら答える俺がいた。

 

『続々とコーナーを抜けて直線へと入っていきます。そろそろ誰か仕掛けるか……おっと、ここで動いたのは12番アンチェンジング! 掛かってしまったのか!? ほぼ最後方から徐々に加速を始めているぞ! ロングスパートだとしても体力が持つのか!?』

『さすがにあの位置からのロングスパートは厳しいでしょうね。まだ半分も過ぎていませんから……ですが、体力が持つのなら大したものですよ。おっと、12番に釣られたのか後方組が徐々に加速していきます。1600メートルは長いようで短い。最終コーナーに入る前から勝負をかけ始めたようですね』

『そうこうしている間に先行組もペースを速めている! 先頭を走るのは変わらず10番ソールドアウト! しかしやや苦しいか? 足が鈍ってきている!』

『怪我をしないよう注意してほしいですね……おっと、ここで5番トモエナゲが上がってきましたよ』

 

 俺はいつの間にかゴールドシップが用意したもう一つのマイクを使い、一緒に実況を始める。

 

『最初に飛ばし過ぎたかソールドアウト! ズルズルと下がっていく! 代わりに上がってきたのは5番トモエナゲ、9番スプリングハッピー! 互いに争うようにしてハナを奪ったがこのまま逃げきることができるのか!? まだまだコーナーは続いているぞ!』

『トレセン学園のコースはカーブが緩やかですからね。外に膨らまないよう注意する必要がありますが、比較的速度を出しやすいコースです。どれだけ上手くコーナーを駆けることができるのか、日頃のトレーニングの成果次第といったところでしょうか』

 

 そう話しつつ、俺の視線はライスに向けられていた。逃げウマ娘達が必死に逃げ続けているが、その後ろで徐々にハッピーミークが加速を始めており――ぴったりとライスがマークしているのが見える。

 

 そして俺は、先ほどのゴールドシップの呟きが何を意味するのかを理解した。

 

(ハッピーミークにとってはかなりのプレッシャーだろうな……というかライス、速度はともかくプレッシャーのかけ方が割と本気だろアレ)

 

 ハッピーミークを追走するライスの姿からは、普段の気弱さなど欠片も見当たらない。隙あらば差し切ると言わんばかりに瞳をギラギラと輝かせ、まるで獲物を追い詰める肉食獣のようだ。

 

 お前の後ろについているぞ、と言わんばかりに時折足音を強く響かせ、ハッピーミークが減速しようとすればライスもそれを見切ったように足を緩め、引き離そうとすれば即座に加速する。

 

 だが、ライスのフォームを見て俺は僅かに頬を緩めた。全力を出していないからか、俺が矯正中の通りにフォームを意識して走っているからだ。体の左右どちらかに負担をかけ過ぎないよう意識し、なおかつハッピーミークを追い詰めるだけの速度を出し続けている。

 

 そして、そんなライスのプレッシャーに気圧されたのだろう。ハッピーミークが()()()()()()

 

『おおっと! ここで一気に上がってきたのは7番ハッピーミーク! それを追うようにして8番ライスシャワーも加速した! 中団前方から一気に三、四、五人をごぼう抜き! このまま先頭のトモエナゲをかわせるかって言ってる間にかわしたぁっ! ハナを切ったのはハッピーミーク! ハッピーミークだ! コーナーを抜けて最後の直線に差し掛かる!』

『良い加速ですねぇ……桐生院さんのトレーニングの賜物でしょう。コーナリングも綺麗でほとんど外に膨らんでいませんよ』

 

 ハッピーミークを褒めつつも、俺の視線はライスに向けられている。ハッピーミークの走りは確かに見事だが、それが通じていないのはハッピーミーク本人が一番理解しているのだろう。

 

 汗を流し、息を切らしながらライスを振り切ろうとしているが、ハッピーミークは自身のすぐ後ろを駆ける足音が気になっているに違いない。

 

『さあ最後の直線200メートル! ハッピーミークはこのまま逃げ切ることができるのか!? 菊花賞ウマ娘、ライスシャワーが背後に迫っているぞ!』

『ハッピーミークはラストの加速も素晴らしいですね……顔を下げない勝負根性も良いです。良いなぁ……ウララは、ああ、()()()()()()()()()()ね……ん?』

 

 あれ? 何かおかしい……って言ってる間にライスが動いた。

 

『ここで上がってきたぞライスシャワー! 残り100メートルでハッピーミークに並んだ! 並んで――そのままかわしたぁっ! すごい足だライスシャワー! ハッピーミークとの距離を1バ身、2バ身と広げていくぅっ! これは決まったかぁっ!』

(よっしゃいけええええライスウウウウウウゥゥ! そのまま! そのまま……ゴオオオォォルッ!)

 

 さすがにマイクで叫ぶわけにもいかず、俺は内心だけで喝采の声を上げる。マイルは得意な距離とはいえないが、それでも余裕を持ってかわすあたりジュニア級とクラシック級の差だろう。いや、ライス自身の実力もあるだろうけど。

 

 俺が見た限り、ライスは最高速度を出していない。プレッシャーを与えてハッピーミークの焦りを誘い、俺が指示した通り8割程度の力で差し切ったのだろう。

 

 だが、ライスが見せた気迫は本気のものだった。つまり、ライスにはまだまだ上がある。それも今回はライスが得意とは言えないマイル走のため、本気となるとどこまで速くなるのか。

 

 そんなライスが本気でぶつかり合い、ようやく1着を獲れた菊花賞――GⅠレースという舞台の凄まじさを今更ながらに実感し、俺はぶるりと体を震わせる。

 

『1着は8番ライスシャワー! 2着は3バ身の差がついて7番ハッピーミーク! 続いて5バ身離れて3着に6番アルベドベラドンナ! 1バ身離れて12番アンチェンジングが4着に飛び込む! 僅かに遅れて5着は5番トモエナゲだ!』

 

 3着との差が5バ身となると、やはりハッピーミークの実力は同年代でも頭一つ抜けているのだろう。だが、ライスには勝てなかったようだ。ジュニア級相手に大人げない? 俺のウマ娘が勝ったんだから喜ぶに決まっているのである。

 

(っと、ウララは……え?)

 

 俺は喜ぶ心をなんとか抑えてウララへと視線を向けた。マイル走ではあるが1600メートルならウララの体力ももつ。しかし、出遅れた上に芝のレースなのだ。

 

 最後尾を走っていると思ったが、ウララの姿がない。

 

『さあ、残ったウマ娘達もゴール目指してひた走る! ここで一際目立つ加速を見せたのは11番ハルウララ! ハルウララだ! シンガリからグングン上がってくるぞ! しかし残った全員がラストスパート! どこまで伸びるか!?』

 

 ウララは最後の直線を駆けていた。他のウマ娘達と一緒に横一列になって、それでも駆けていた。

 

『大接戦! ドゴーン! 今、最後の一団がゴール! えーっと……10着から3番2番11番10番17番18番16番1番13番の順番でゴール! それぞれハナハナハナハナハナクビハナハナ差だぁ!』

「すごいなゴルシちゃん!?」

 

 ウララしか見ていなかったのもあるが、そこまで正確に着順がわかるとかこの子やっぱり只者じゃないわ……って、11番のウララが12着? 芝のレースで? 出遅れたのに? 出遅れてなかったらこれ、入着は無理でも7~8着ぐらいになってたんじゃないか?

 

 これ以上距離が延びると体力がもつか怪しいところだが、もしかすると芝のレースでも短距離なら入着ぐらいは狙えるのかもしれない。いや、同期連中との模擬レースでこの結果だから、さすがにそれは厳しいか?

 

 そうやってあれこれと考えていた俺だったが、体は勝手に動いていた。まずは1着を取ったライスのもとへ駆け寄ると、すぐさま体調のチェックに移る。

 

「よくやったライス! やっぱりすごいな君は! 1着おめでとう!」

 

 うん、チェックに移る前に、俺はライスを褒めまくった。チェックも大事だけど褒めるのも大事だし、褒めたいんだ。いっそ抱き上げたいぐらいだが、衆目があるためさすがに自重する。

 

 すると、ライスははにかむようにして微笑んだ。

 

「ありがと、トレーナーさん。ライス、頑張ったよ? トレーナーさんのおかげで、前と比べて少しずつ走りやすくなってる気がするの」

 

 さすがのライスも疲れて……あれ? この子、さすがに汗は掻いてるけど疲れてるように見えない……というか、大して息切れもしてないぞ。 

 

 ライスの様子を確認した俺は密かに戦慄する。軽く体をチェックしてみたが、普段のトレーニングと大差ない状態だ。やはり、全力で走ったわけではないようだ。

 

 俺が思っていたよりも、ライスシャワーというウマ娘が持つポテンシャルは高いのかもしれない。

 

「レース前の様子から、もしかしたら全力で走るかもしれないって思っちまったよ……ライス、俺は君のことを見誤っていたみたいだ。すまない」

 

 俺が頭を下げると、ライスはきょとんとした顔になった。しかし、すぐに微笑んで頷く。

 

「ライス、トレーナーさんとウララちゃんに悪い子だって思われたくないよ……また、()()()()されちゃうから、ね?」

「他人に聞かれると誤解されそうだからやめてね? ほんと、お願い…」

 

 レース直後なのに冗談を飛ばす余裕すらあるらしい。それでもどこか満足そうに見えるのは、全力は出せずとも1着を獲れたからか。

 

「はぁ……はぁ……ライス、シャワーさん……すごかった、です……これが、GⅠウマ娘……」

 

 そんなライスとは対照的に、ハッピーミークは息も絶え絶えといった様子だった。普段は物静かな様子を見せるハッピーミークが、膝に突いた両腕で自分の体を支えながら荒い息を吐いている。

 

「ハッピーミークさんもすごかった……よ? でも、途中で焦っちゃったのは失敗だったね」

「さすがに、あれは……焦ります……ずっと、後ろにつかれてて……足音がすごく大きく、聞こえて……」

「ごめんなさい、ハッピーミークさん。でも、これで少しでもGⅠの空気を感じてくれたなら、ライス、嬉しい。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のはごめんなさい、だけど」

「すごく、感じ取れました……」

 

 GⅠはGⅠでも、ジュニア級ではなくクラシック三冠の一冠がかかるGⅠレベルの重圧をジュニア級のウマ娘に与えた子がいた。というか俺のウマ娘だった。しかも、ライスの言葉を聞いた限り俺が考えた通りに全力ではなかったらしい。

 

 やりすぎじゃないかと思った俺だったが、ハッピーミークは体を震わせながらも瞳に闘志を燃やしている。どうやら心が折れることなど微塵もなく、むしろ発奮することにつながったようだ。

 

 さすがは桐生院さんが育てているウマ娘というべきか。いいなぁ、育ててみたいなぁ、という欲が湧いてくるのは、俺もトレーナーという人種になりつつあるからだろうか。

 

 もちろん、今の俺ではウララとライスの二人だけでも過積載状態だ。いいな、とは思っても、実際に新しいウマ娘を育成することはできないだろう。多分、やったら徹夜では済まなくなるし、ウララとライスの育成も不十分になってしまう。

 

 俺がそうやってライスやハッピーミークと話をしていると、息を切らせたウララが駆け寄ってくる。

 

「ふぅ……ふぅ……あー、楽しかったー! トレーナー、見ててくれた?」

「もちろん。芝のレースで12着なら大したもんだよ。でも、最初の出遅れがなければもっと良かったかな」

「えへへー……スタートダッシュしようと思ったら足が滑っちゃった!」

 

 ウララはあっけらかんと言うが、最後の差し足は見事な加速力だった。本当に、スタートで出遅れたのが悔やまれる。

 

「でもね、最後の直線はばびゅーんって走れてすっごく楽しかったよ!」

「そうだろうなぁ……最後の直線は100点満点だ!」

「わーい! 100点だー!」

 

 俺がそう言って頭を撫でると、ウララは満面の笑顔を浮かべて尻尾をブンブンと振り回す。実に楽しそうで、嬉しそうで、俺としても撫で甲斐があるというものだった。

 

(でもまあ、模擬レースとはいえ負けたことを悔しがってほしいって思うのは贅沢か……いや、ウララは想定以上の走りを見せてくれたしな。そこまで求めるのは贅沢だ)

 

 そんなことを思いながら横目で周囲を確認してみると、最後の直線でウララに抜かれた子達が悔しそうにしているのが見えた。それと同時に、どこかキラキラとした目でライスを見るウマ娘の姿もある。それも複数だ。

 

「ら、ライスシャワーさん! 今の走り、とってもすごかったです!」

「菊花賞ウマ娘と走れるって聞いて喜んで参加しましたけど、いやー、レベルの違いがよくわかりましたわ。GⅠで勝てる人ってすごいんですねぇ。あ、遅れましたけど、菊花賞での1着おめでとうございます!」

「ミークちゃんもだけど、気付いた瞬間には抜かれてるんだもん……へこむわぁ……でも、すごかった……」

 

 ライスを取り囲み、目を輝かせながら詰め寄るウマ娘達。そこにはレースに負けた悔しさもあったが、それ以上にライスの走りを直接体験した興奮が垣間見えた。

 

「あわわ……と、トレーナーさん、ウララちゃん、助けてぇ……」

 

 ライスはレースでの雰囲気をどこにやってしまったのか、取り囲むウマ娘達に気圧されたように俺とウララに助けを求める。しかし、俺としてはその光景は喜ばしいものだった。

 

 一緒に走ったウマ娘としては、ライスのすごさがよくわかるのだろう。相手が元々年上かつ格上で、一つとはいえGⅠの冠を被っているのだ。

 自分の今の実力を把握し、これからにつなげようという強い意志が透けて見えるようだ。それと同時に、ウマ娘として自分よりも速い者を、勝者を称賛するその心構えが俺には嬉しかった。

 

(みんなしっかりとウマ娘を育ててるんだな……俺も負けてられねぇわ)

 

 幸いと言っていいのかわからないが、同期連中はそれぞれ愛情と信念を持ってウマ娘を育てているようだ。そんな同期連中と比べ、俺は偶々ライスと出会い、担当になれたことで今回の模擬レースで1着が取れた。

 

 それはライスが優れているのであって、俺の功績ではない。俺が一から育てているウララは、芝のレースかつスタートで出遅れたのもあるが同期が育てているウマ娘の多くに負けている。

 

 勝って兜の緒を締めよ、ということわざもある。全力を出すことなく勝利したライスは偉いしすごいし後で改めて褒め倒すが、ジュニア級のウマ娘に勝つのはライスにとって当然のことだろう。

 

 それに、ライスの走り方に問題がなくなりつつあったとしても、ライスの走り自体に問題がないわけではない。

 

 今回の模擬レースもそうだが、菊花賞でのレースでも同様に、ライスは1着になりそうなウマ娘をマークして走り、最後の直線で差し切って勝つ。

 

 菊花賞では無敗でクラシック三冠に王手をかけたミホノブルボンという、大本命がいた。マークするなら彼女以外にいないと断言できる実力者である。

 

 今回の模擬レースも、ハッピーミークという同世代の中では頭一つ抜けた実力のウマ娘がいた。だからこそ、俺もライスに聞かれた時は即答できたのだ。

 

 つまり、これからライスが出走していくレースでは、()()()()()()()()()()()()()が非常に重要になっていく。そしてそれは、実際に走るライスもそうだが、トレーナーである俺がどこまでライバルのウマ娘の情報を集め、分析できるかが鍵になるだろう。

 

 少々――いやもう、正直にぶっちゃけるとかなりのプレッシャーである。ライスという素晴らしいウマ娘を勝たせられるかどうかがかかっているのだから。

 

 それに加えてウララの方も手を抜けないとなると、なるほど、今更になって中央のトレーナーが高給取りの理由がわかった。そりゃ高い給料払われるし、人手不足にもなるわ。

 

 そこまで考えた俺は、現実から目を逸らすようにその視線を遠くへ向けた。先ほどまで一緒に実況と解説をやっていたゴールドシップがどこに行ったのか、気になったのである。

 すると、ゴールドシップはレースを見て満足したのか背中を向けて歩き去っていくところだった。しかし、俺の視線に気付いたのか、振り返ることなく左手を持ち上げて一点を指さす。

 

(……ん? あれは……)

 

 釣られた俺が視線を移動させてみると、模擬レースを観戦していたギャラリー達の中に見覚えのあるウマ娘の姿があった気がした。ウマ娘なのにどこかメカメカしい髪飾りをつけたあの子は――。

 

「ねーねートレーナー! 次は何するのー? もう一回レースする? 今度はダートでしない?」

 

 ウララに袖を引かれ、俺は視線を戻す。そこにはワクワクと瞳を輝かせるウララの笑顔があったが、俺は先ほどから荒い息を吐いているハッピーミークへ視線を向けた。

 

「ごめん、なさい……きょ、今日は、ちょっと……」

「えー……でも、そっか! 無理しちゃだめだもんね!」

 

 ウララは少しだけ残念そうにしたが、すぐに笑顔になって頷く。偉いぞウララ。

 

 その後、同期達にも声をかけてみたが、さすがにダートだと結果が見えているとのことで拒否されたのだった。

 

 

 

 

 

 後日、阪神ジュベナイルフィリーズに出走し、見事に1着を獲ったハッピーミークはインタビューの場でこんな質問を受けることになる。

 

「初めて挑むGⅠでしたが、緊張はありませんでしたか?」

 

 その質問を受けたハッピーミークは、小さく微笑みながら答えるのだった。

 

「――ものすごく強い人と、緊張感のあるレースをしたことがありますから」




どこかに入れようとして入れられなかったネタ

今日のミーク

桐生院「ミーク! ミーク! 聞いてください! なんと、菊花賞で1着を獲ったライスシャワーさんが模擬レースに付き合ってくれることになったんです!」
ミーク「すごい……何日後、ですか? しっかり調整しなきゃ――」
桐生院「今 か ら で す !」
ミーク「」


ライス「ライスね、トレーナーさんやウララちゃんに悪い子だって思われたくないの」
ミーク「そうなんですね」
ライス「だから、トレーナーさんの言う通り8割ぐらいの力で走ろうって――でも()()()()()()()()本気で勝ちにいくね?」
ミーク「」

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