リィンカーネーションダービー ‐新人トレーナーがんばる‐   作:烏賊メンコ

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なんと、ウルト兎さんからこの作品のタイトル画像をいただきました。
ありがとうございます!


【挿絵表示】


……ところでこれできちんと表示されますかね(ハーメルン初心者)


あと感想欄でご本人からコメントいただきましたけど、



のフォントを公開されているスコープさん。
ありがとうございます! 改めてですが使用させていただきます!



第21話:新人トレーナー、インタビューを受ける

 桐生院さんのところのハッピーミークが阪神ジュベナイルフィリーズで無事、1着を獲った。これでハッピーミークもジュニア級のGⅠではあるが、立派なGⅠウマ娘の仲間入りである。

 

 なお、ハッピーミークが1着を獲ったことに貢献したと思しきライスだが、年末の中山レース場で行われる有記念の出走が本格的に決まった。

 

 本格的に、というのは有記念は他のレースと異なり、出たいからと希望しても必ず出られるレースではないからだ。

 それは抽選漏れが起きやすいだとか、獲得賞金や勝利数が関係しているのではなく、出走したいと登録したウマ娘の中からファン投票で選出される仕組みだからである。

 

 その数16名。

 

 有記念は芝の長距離レースで、距離は2500メートル。そのため長距離に向かないウマ娘やダートを主戦場とするウマ娘は選出されにくい――などということもない。

 

 有記念はいわば年末のお祭りだ。その時々の人気次第で出走ウマ娘が選出されるため、たとえ話ではあるがウララが出走登録をして、人気投票で上位に入れば出走することも可能になる。

 この選出方式は宝塚記念でも採用されており、一年間のうち前半で宝塚記念、後半で有記念と、一年に二回開催されるウマ娘ファンにとっての()()()()といえる。

 

 しかし、有記念も立派なGⅠレースである。しかもその1着賞金は3億円と、GⅠの中でもトップクラスに高い。人気投票で選出されるということは人気があるウマ娘ばかりということで、人気があるということはすなわち、それだけの実力が備わっているということでもある。

 

 有記念の二週間前から始まった出走登録――これを特別登録と呼ぶが、この特別登録においてライスは見事有記念出走の切符を手に入れた。

 

 これはつまり、ライスの自己評価とは裏腹に、ライスに高い人気があるということの証左である。やったぜ。

 

「えー! ライスちゃんいいなー! ねえねえトレーナー! わたしもありまきねん? に出たいよー! ライスちゃんと一緒に走ってみたいよー!」

 

 そして、いつも通り放課後の練習コースで、有記念にライスが出ると聞いたウララが強請るようにして俺の腕にぶら下がってきた。やったぜ……じゃない。

 

「残念だけど、今のウララだと人気と実力が足りないからなぁ……それにほら、ウララも来年になったらたくさんレースに出られるからさ……な?」

 

 そう言ってウララの頭を撫で回す俺。ウララは頬を膨らませてぷりぷりとしていたが、頭を撫でるとふにゃんと表情が柔らかくなった。

 

 ライスは年末の有記念に出るが、ウララの次のレースは来年2月の後半にある、ヒヤシンスステークスを今のところ予定している。

 

 ヒヤシンスステークスは東京レース場で行われるダート1600メートルのオープン戦だ。

 

 1600メートル――つまりはマイル走になるわけだが、先日の模擬レースでウララは芝のマイル走で中々キレの良い走りを見せていた。芝のレースであの仕上がりなら、ダートコースで1600メートルならば更にキレの良い走りを見せてくれることだろう。しかもまだまだ時間があるため、磨きをかけられるのだ。

 

 あとは個人的に、未勝利戦で勝利を挙げた東京レース場というのが良い。ゲン担ぎにもなる。というか、クラシック級になってウララが最初に出られるダートのレースがヒヤシンスステークスしかないのだが……。

 

 今年の内にプレオープン戦で1回ぐらいは出したかったが、正直なところライスの育成も引き受けてそれどころではなかった。ライスのトレーニングもそうだが、情報の精査が本当に大変だったのだ。

 

 それでもなんとか有記念に間に合い、ライスも無事に選出されたわけだが――。

 

(芝のレースって魔境過ぎない? いや、有記念がやばいのか?)

 

 現在、年末が迫る最後の木曜日。有記念は次の日曜日。そして有記念に出走が確定したウマ娘が、マジでヤバイのだ。

 

 以前俺が洗い出したライスとぶつかる要警戒ウマ娘、その大半が出てくるのである。

 

 ダイタクヘリオス。

 

 メジロパーマー。

 

 ナイスネイチャ。

 

 イクノディクタス。

 

 そして、トウカイテイオー。

 

 誰とぶつかっても厳しいことになりそうだが、よりにもよってトウカイテイオーが出てきたのがきつい。トウカイテイオーは最後の直線ですさまじい伸びを見せるウマ娘だが、この伸びが本当にすさまじいのだ。

 

 ライスにマークさせたとして、差せるのかどうか怪しいレベルで伸びる。天皇賞秋では7着に沈んだが、やはりというべきか、予想した通りにジャパンカップでは1着をもぎ取っているのだ。

 

 他の四人も油断できないが、直近のレース成績で言えばトウカイテイオーがぶっちぎりで警戒対象だ。当然それ以外のウマ娘も有記念に出るだけあって強者ばかりだが、トウカイテイオーや俺が警戒している四人と比べると劣ると見ている。

 

 ここにメジロマックイーンやミホノブルボンが加わらなかったのは僥倖――などとは口が裂けても言えない。ミホノブルボンは足の調子が戻るどころか悪化気味で、メジロマックイーンは復調傾向にあるが完治には時間がまだかかるからだ。今度お見舞い持って訪ねてみようか……。

 

 ウマ娘はとてつもない速度で走ることから怪我をしやすいが、強いライバルの故障を微塵も喜べないのはウマ娘に対する俺の意識が変わってきているからか。仮にウララやライスがそんなことになれば、俺は気が気ではなくなるだろう。というか多分、仕事も手につかないと思う。

 

(そして有記念の出走が決まったわけだが、ライスの調子は……)

 

 俺はウララと一緒に準備運動をしているライスを見る。

 

 俺が育成を担当するようになって、一ヶ月半。全身に溜まった疲労を抜きつつ、体の歪んだ筋力バランスを少しずつ、本当に少しずつ矯正する毎日だった。

 

 その結果は、完治とは言えないがすぐに故障することもなくなったのではないか、という曖昧なものである。

 

 走るフォームも矯正できているし、体の一部に極端にかかっていた負担も分散しつつある。だが、忘れてはならないのはウマ娘が時速60キロを軽く超えて走るということだ。

 どれだけ注意を払っていても、ふとした拍子にウマ娘は怪我をする。俺はライスが将来故障する可能性が高いと思って矯正メニューを組んでいるが、仮に筋力のバランスが整えられたとしても、怪我をする時はするのだ。

 

 特に、レース終盤で相手を差しに行った時のライスの加速力はすさまじいが、その分、体にも負担がかかっているはずである。

 

 ウララは日常生活で転んで膝を擦り剥いたりするが、仮に全力で走るウマ娘がレース中に転倒でもすればそんな軽傷で済むはずがない。単純骨折はまだ軽傷な方で、複雑骨折や最悪、死に至ることすらあり得る。

 

 それならばウマ娘を走らせなければ良い、という極論が出てきそうだが、ウマ娘達は少しでも速く、誰よりも速く走りたがる。だからこそ俺達トレーナーは――少なくとも俺は担当しているウマ娘が故障する可能性を少しでも減らしてやりたいと思っている。

 

(今度の有記念……ライスに本気で走らせて大丈夫か? 8割ぐらいならライスが怪我をすることもないと思うが……本気で、全力で走っても大丈夫……か?)

 

 ライスシャワーというウマ娘と接して、俺は以前よりもトレーニングに対して慎重になってしまった気がする。極力怪我をしないよう、それでいて最大限効果があるようトレーニングを決めているつもりだが、どこかで安全ばかりを優先しているのではないかと思う気持ちもあった。

 

「ライス、調子はどうだ?」

 

 俺がそう尋ねると、ウララに背中を押されながら前屈をしていたライスが笑みを浮かべる。

 

「調子はいい……よ? ライス、トレーナーさんが気にしてた体の歪み、最近になってほんとにひどかったんだなって、わかったもん。今はだいぶ改善された……かな?」

 

 断定はできないようだが、ライス自身、体の筋力バランスが崩れていたのを自覚できるぐらいには復調しつつあるらしい。

 

 このままいけば来年の春の天皇賞ぐらいまでには完全に治り、更なるレベルアップが見込めるようになるかもしれない。だが、有記念で全力を出せばどうなるか。

 

 ライスの気質的に、有記念を軽く流すことなどできないだろう。先日行った模擬レースでさえ、胸を貸してやれと言ったのにハッピーミークを綺麗に差し切って1着を獲ったのだ。

 

 ライスのレースにかける情熱と執着心は、並のウマ娘を遥かに凌駕する。そんなライスが有記念という大舞台で全力を出さずに済ませるとは思えない。

 

(そもそも、有記念や他のGⅠで1着になってみればいいって言ったのは俺だ……ジャパンカップはさすがに回避したけど、ライスが狙えるGⅠは率先して狙ってみるべきだろうし、それでこの子をウマ娘ファンが受け入れてくれるようになれば……)

 

 有記念の出走が決まったというのに、ライスからはレースに対する忌避感が感じ取れない。菊花賞での一件でレースへ絶望感を抱いていたライスが平常心で有記念に挑めるのならば、それは歓迎するべきことだろう。

 

 あとは、ライスをどう勝たせるかだ。

 

(ライスにマークさせるのはやっぱりトウカイテイオーで……いやでも、ジャパンカップは勝ったけど最近浮き沈みが激しい感じがするしなぁ。そもそも骨折を繰り返してるし、今度の有記念は大丈夫なんだろうか……)

 

 無理をしてまた骨折、などということにならなければ良いが。しかし、トウカイテイオー以外で誰をマークさせれば良いのかと言われると、判断に困る。

 

 模擬レースでもそうだったが、ライスは1着になるであろう有力なウマ娘をマークし、最後に差し切るのを得意としている。つまり1着になりそうなウマ娘を見誤ると、そのまま一緒に沈む危険性があるのだ。

 

 ライスはすごいウマ娘だと思っているが、レースの最中に『あ、このマークしてる子、1着になれる子じゃなかったわ』みたいな感じで気付いたとしても、そこから別のウマ娘にマークを切り替えて再度狙うのは困難だろう。

 

 つまり、有記念の16人の中から、ライスを除いて確率15分の1で決め打ちする必要があるのだ。俺はその候補を絞ったわけだが、候補の中から有記念に出てくるのは5人である。

 

 単純に考えても5分の1だ。確率が20%と思えば高い気もするし、低い気もする。それならどうすればいいのか、と悩みながら頭を捻る俺だったが、結局は一つの結論に落ち着いた。

 

(有記念当日に、調子が良さそうな子の中から決めよう……)

 

 いくら実力があったとしても、レース当日にその実力を発揮できるかはわからない。体調が悪い、やる気が出ないといった理由から、1番人気のウマ娘がビリでゴールすることもあり得るのだ。ないとは思うが、やる気が出なくてゲートが開いたのにその場から動かないウマ娘すらいるかもしれない。

 

 つまり、行き当たりばったり作戦である。作戦でもなんでもないな、これ。

 

 俺にできることは、有記念当日までライスにしっかりとトレーニングをつけることだけ――なのだが。

 

 今日はともかく、明日はトレーニングを早めに切り上げる必要があった。

 

 何故ならば、ライスの有記念出走が決定したということで、記者のインタビューが予定されているのである。

 

 

 

 

 

 そして、翌日の放課後のことだった。

 

 俺としても人生初となるインタビューである。ライスは有記念に出走するウマ娘の中でも有力なウマ娘ということもあり、インタビュー用に設けられたトレセン学園の会議室は満員御礼だった。

 というか、時間をずらしてトウカイテイオーとかもインタビューを受けるからね。そりゃ満員にもなるわ。

 

「ヒュー……大人気だなぁ、ライス」

「ど、どうしよう、トレーナーさん……ライス、すごく緊張してきちゃった……」

 

 俺はインタビュー会場を覗き込み、思わず口笛を吹く。有記念に出走できるぐらい人気があるウマ娘の中でも、ライスはトウカイテイオー並に注目を浴びている。

 

 それは実力もそうだが、菊花賞での件があるからだろう。わざわざトレセン学園に招いてのインタビューになるため、()()()()は紛れ込んでいないとは思うのだが。

 

 ちなみに俺はインタビューということでネクタイを締めてスーツを着込み、ライスは黒いドレス風の勝負服を身に纏っている。ところでライスさん? その腰に下げた短剣は何? 以前レース映像で見た時は走りに注目していて気付かなかったけど、それって本物じゃないよね?

 

 俺が内心で戦々恐々としつつもライスを見ると、ライスの表情が強張っているのがわかった。ミホノブルボンのファンからブーイングライブをされたこともそうだが、菊花賞の後、ライスのことを叩くマスコミが多少とはいえいたからだ。

 

 もちろん、そんなマスコミばかりではない。しかし、ゼロではなかったのも事実である。

 

 中にはライスの以前のトレーナーを待ち伏せし、菊花賞でライスが勝ったことでミホノブルボンのファンの夢を破壊したことや、ライスとは別に出場させていたウマ娘が惨敗したことに関して根掘り葉掘り聞き出そうとした者もいたと聞く。

 

 ライスにとって、有記念でのファンの反応もそうだが、こういった場での記者の反応もプレッシャーになることだろう。

 

「緊張しちゃったか、ライス……実はな、俺に作戦があるんだ」

「さ、作戦?」

 

 というわけで、俺はインタビューの場を利用することにした。

 

「なあに、作戦といっても大したことじゃあないさ。いいか、ライス? 君はな、何を聞かれても頑張ります、とか、一生懸命走ります、なんて答えていればいい。あとは俺がどうにかする」

「え、ええ? そ、それでいいの? ライスはともかく、トレーナーさんが大変な気が……」

「ライスのためにする苦労なら別に大変じゃないしなぁ……それに、いいか? ライス、君は可愛い。小柄でまるでお人形さんみたいな感じだ。レース以外だと儚げな雰囲気で、写真写りも良いだろう」

「……え?」

 

 何を言われたかわからない、といった様子で目を丸くするライス。しかし、考えてみてほしい。

 

 ライスのような子が緊張した様子で『がんばりますっ!』とか『一生懸命走りますっ!』とかコメントしているところ見て、なんだコイツ気に食わねえ! なんて思う人は滅多にいないはずだ。

 

 むしろ微笑ましいと思う人が大半だろう。菊花賞の一件でライスに否定的な人も、二ヶ月近い時間、怒りを持続させている人は稀なはずだ。というかそこまで怒りを持続させられる人はそれだけミホノブルボンのファンだったというだけで、俺としてはむしろすごいと思う。

 

 そんなわけで俺は、せっかくのインタビューの場ということで、少しでもライスの印象を好転させたいと思ったわけである。

 

 ライスを見てあざといとか、どうしても攻撃したいと思う者もいるだろう。だが、ウマ娘というのは容姿端麗でアイドル顔負けの魅力を持つ。

 

 この前ライスとウララを買い物に行かせた時のお巡りさんではないが、可愛いと思ったもの、すごいと思ったものを攻撃するのは難しいことではないか。いや、うん、この前のお巡りさんみたいな反応はちょっとまずいやもしれん。

 

「というわけでライス、今回に限っては君はじっとしているだけで世間の評判を回復できる可能性が高い。君はそれだけ魅力的だし、レースでの走りもすごいんだ。椅子に座っていかにも緊張してますって感じで……お、そうそう、そんな感じで顔が赤いとばっちりだな」

 

 いつの間にかライスの顔が赤くなっていたが、さすがはGⅠウマ娘。演技もばっちりらしい。

 

「よし、それじゃあ行くぞ」

「う、うんっ!」

 

 時間が来たため俺はライスと一緒にインタビュー会場に足を踏み入れる。それと同時に大量のカメラがこっちを向いてフラッシュを焚く……って眩しいっ。

 

 今回は記者によるインタビューということで、さすがにウララはいない――なんてことはなく、大人しくしているという条件を付けて部屋の隅で椅子に座っている。ウララがインタビューを受けることがあるとしてもまだ先だろうが、こういう場の雰囲気を味わわせておきたいのだ。

 

 そもそも、会議室の外には有記念に興味津々なウマ娘達が満員電車並に押し寄せてインタビューを見ているような有様である。

 

 俺はライスと並んで椅子に座る。この場に来ている記者は……あー、何人? 少なくとも五十人を超えているように思える。ゴルシちゃんなら一瞬で人数を数えてくれそうだが、この場にはいないので無理だ。

 

 それぞれがどこぞのテレビ局や出版社の代表として来ているのだろう。カメラを構える者、質問事項をまとめてきたのかメモ用紙を持つ者、ボイスレコーダーを持つ者、様々である。

 

(てか、カメラ回ってるじゃねえか……え? これってテレビで流れるの? もしかして生放送?)

 

 そんなの聞いてないよ、と俺は頭を抱えたくなる。実際のところは多分、話を聞いていたけど緊張して聞こえてなかっただけだろうけど。

 

 無駄な足搔きだとわかっていたが、俺はキリッとした表情を浮かべた。俺としても初めての場だからね、仕方ない。

 

 インタビューといっても、有記念に対する意気込みを語ったり、記者からの質問に答えるだけだ。なあに、平気平気。さすがにトレセン学園の中でトレーナーに喧嘩売ってくる記者はいないだろ――などと思っていた時期が、俺にもありました。

 

 最初は有記念に出走することに関して、ファン投票で選ばれた以上出来る限り頑張りますとか、可能な限り良い結果を出したいですとか、優等生な返答をしていたのだ。

 

 ライスは俺の作戦通り、記者の質問に対して『あ、有記念に出られて光栄ですっ』とか『い、一生懸命がんばりますっ』とか言っている。

 

 そのためそれ以外の質問に関してはトレーナーである俺が答えてばかりだったが、有記念での目標に関して聞かれたため、1着を目指したいとだけ答えておいた。

 

 だが、今日詰めかけた記者の中には、ゴシップ記者も混じっていたらしい。ある意味()()()()な質問が終わったあと、手を挙げて不意に発言してきた者がいたのだ。 

 

「まずは有記念での出走が決まり、おめでとうございます。しかし、世間からはミホノブルボンのクラシック三冠を見たかったという声もありますが?」

「そうなんですね」

 

 お前、しかしの前と後で全然つながってないだろ、という突っ込みを堪えて俺は言った。何故ここでミホノブルボンが出てくるんだよと声を大にして尋ねたい気分だ。

 だが、そんな俺とは違い、ライスにとっては辛い質問だったのだろう。目を向けずともライスの体が震えたのがわかったため、俺は記者に気付かれないよう注意しつつ、そっとライスの手を握る。

 

 ――だからライス、そんなに不安そうにするな。

 

「……?」

「……?」

 

 相手がそれだけか? という顔をしたので、俺もそれだけだが、という顔をしながら首を傾げる。

 

「それだけ、ですか?」

「え? 何がですか?」

 

 不満そうな記者の質問に、俺はすっとぼけた顔で答えた。すると、その記者は勢い込んで質問を重ねる。

 

「ミホノブルボンは無敗かつクラシック三冠がかかっていたんですよ? それを阻止したことに関して何か言うことはないんですか? ミホノブルボンがどれだけの大記録を打ち立てようとしていたか、理解できないんですか?」

 

 視界の端で、この場の責任者ということでインタビューを見守っていた駿川さんが薄っすらと怖い笑顔を浮かべているのが見えた。しかし、俺の視線に気付いた駿川さんは何故かウインクをしたかと思うと、右手をピストルの形に変えたシュートサインを俺に見せる。

 

 そのサインにつられて視線を動かしてみると、他の記者達が不愉快そうな顔で質問者を見ていることに気付いた。ここは有記念に出走するウマ娘をインタビューする場であり、それ以外の質問など邪魔なだけだと思っているのかもしれない。

 

 というか駿川さん、理事長も言ってたけどライスのことは守ってくれるって……などと思った俺だったが、何故こんな記者がこの場にいるのかを理解した。

 

 多分だが、駿川さんもこの場を利用しているのだろう。事前に俺に話をしなかったのは、俺が気付くと思ったからか、あるいは自然な反応を見せるためか。

 さすがにないと思うが、この記者自体駿川さんの仕込みってことはないよね? あからさまに騒がせて、他の記者にライスへの同情を向けさせようとしてないよね? この場を利用してライスの風評を少しでも好転させようとしている俺が言えたことじゃないかもしれないけども。

 

 そう考えた俺だったが、とりあえず駿川さんからのゴーサインが出ているので質問へ返答することにした。 

 

「ああ……もしかして菊花賞の結果にご不満がおありで? おかしいですね、レース結果に関してURAから問題があるという通達は来ていませんし、ミホノブルボンの陣営からも特に抗議などは届いていないのですが」

 

 何か問題でも? と言わんばかりの態度で答える俺。

 

「ファンの期待を裏切ったことに対して何か言うことはないのですか!?」

「……? うちのライスならファンの期待に応えて1着を取ったじゃないですか。それの何が問題なんですか?」

「ライスシャワーのファンではありません! 世間の声を無視して! ミホノブルボンの偉大な記録を阻止したことについて! 何か弁明がないのかと尋ねているのです!」

 

 口角泡を飛ばす勢いで、問い詰めるように叫ぶ記者。駿川さん、やっぱりこの記者仕込みじゃないんですか、などと思いながら視線を向けると、顔の前で手を振っている駿川さんの顔があった。

 

 すると、そんな俺の反応をどう思ったのか、不意に一人の女性記者が立ち上がる。もみあげ付近から真っすぐ伸びた黒髪が胸の付近まで垂れているのと、白いパンツルックのスーツが印象的な女性である。

 

「月間トゥインクルの乙名史です。ファンの期待を裏切ったというのなら、それはミホノブルボンさんに尋ねてみるべきではないのですか? もっとも、菊花賞の直後にインタビューした際、そのようなことは一言たりとも仰ってはいませんでしたが」

 

 俺としては見覚えがない女性記者だったが、なんというか、妙な圧力を感じる人である。好奇心旺盛そうな瞳にメラメラと炎を宿し、先ほどから言葉をぶつけてくる記者に対して噛みつくように発言した。美人というのもあるが、圧力がすごいのである。

 

「そもそも、ウマ娘のレースは結果が全てです。私も一人のファンとしてミホノブルボンさんの無敗のクラシック三冠は見たかったですが、それを可能だと思えるミホノブルボンさんを破ったライスシャワーさんは賞賛こそされても、非難されるのは間違っていると思いますが?」

「し、しかし、ファンの声が……」

「ファンの声に耳を傾けるのも記者として当然でしょう。しかし、まずは数々のライバル達に勝ち、1着という栄誉を手に入れたウマ娘を称賛する……それこそがウマ娘ファンとして正しい姿ではないですか!? 少なくとも私はそう思いますが!」

 

 記者として、というよりも一人のウマ娘ファンとして憤っていると思しき女性――乙名史記者。

 

 俺の隣に座っていたライスはその言葉に目を見開き、僅かに瞳を潤ませる。それに気付いた俺は小さく微笑むと、ライスの手を握っていた左手を移動させてその頭を撫でた。

 

「ああいう人もいるんだよ、ライス」

 

 俺がそう小声でささやくと、ライスは小さく頷いた。それに笑みを深めた俺はライスの頭から手を離し、両手を打ち合わせて注目を集める。

 

「そちらの記者さん……乙名史さんでしたか? 彼女の仰る通り、ミホノブルボンは素晴らしいウマ娘です。無敗でクラシック三冠を狙えるウマ娘というのは、滅多に現れるものではありません。彼女のクラシック三冠を見たいと思うファンが多くいるのも、当然のことでしょう」

 

 俺がそう言うと、乙名史さんは口を閉ざして椅子に座る。インタビューの対象が話し始めたということで、聞く姿勢を見せているのだろう。

 

「しかし、そんな彼女に勝ちたい、レースで勝ちたい、GⅠという大舞台で勝ちたい、そして()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と思うウマ娘も、たくさんいます」

 

 俺は新人トレーナーで、自分が育成しているウマ娘にウイニングライブを経験させてやれたのはたった一度だ。だが、だからこそ、ウイニングライブというものがウマ娘にとってどれだけ大切なことなのかわかる。

 

「彼女達ウマ娘はレースで走るために、レースで勝つために、必死に努力をしています。勝負は時の運とも言いますが、その運を引き寄せられるだけの努力をしているんです」

 

 同着で複数のウマ娘が1着になることもあり得るが、基本的にレースで1着になれるウマ娘は一人だけだ。そして、ウマ娘達はその1着を目指して常日頃から死に物狂いでトレーニングを積むのである。

 

「菊花賞では勝利の女神がライスシャワーに微笑んでくれました。ですが、それはこの子が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()です。ミホノブルボンのファンが落胆する気持ちもわからないではないですが、レースに出るウマ娘はみんな1着を目指しているんです。ファンの方々は、どうかそれを理解してあげてください」

「レースに出るウマ娘達は全員1着を目指している……それはつまり、そちらのライスシャワーさんが負けることも当然あり得てしまうわけですが、その点に関しては何かありますか?」

 

 俺の話を聞いていた乙名史さんが尋ねてくるが、その質問に対する俺の答えは一つだ。

 

「この子は素晴らしいウマ娘です。ですが、それでも負けることは十分あり得るでしょう。その時はこの子ではなく、トレーナーである私の育成が下手なのだと考えていただきたい。それと同時に、この子に勝ったウマ娘がすごいのだと称えてあげてください」

 

 僅か二ヶ月足らずの担当でしかないが、ライスの才能はトレセン学園でもトップクラスだと俺は確信している。そんな子が負けるのなら、それはやはりトレーナーの責任だろう。

 

 勝負は時の運だと俺は言ったが、その運を引き寄せられる水準まで育てられるかはトレーナーの手腕にかかっているといっても過言ではない。ライスのレースやトレーニングに対する熱意を知っている俺としては、この子で勝てなければトレーナーライセンスを返上するべきではないか、とまで思えるほどだ。

 

 そんなことをするとライスがまた自分のせいだと落ち込んでしまうし、悪い子だと言い出してしまうためできないが、独力で菊花賞を制したライスはそれだけすごいウマ娘なのだ。

 

「――素晴らしいですっ!!」

「っ!?」

 

 話を聞いていた乙名史さんが立ち上がりながら叫び、俺はびくりと体を震わせる。乙名史さんは体をぶるぶると震わせ、手に持った万年筆を今にも握り潰しそうな様子で瞳を爛々と輝かせた。

 

「そうっ! それこそがウマ娘のレースの素晴らしさっ! トレーナーと一緒に極限まで努力したウマ娘達による手に汗握るレースっ! 我々ファンが見たいのはそういうレースなのですっ!」

 

 何が琴線に触れたのか、さっき俺とライスを援護してくれた人がやべえ人になった。思わず駿川さんに視線を向けるが、何故か諦めたように首を横に振っている。

 

 その後、乙名史さんはインタビュー会場から退場させられるまでヒートアップし続けていたが、そのおかげというべきか、これ以降記者たちからライスへの批判的な質問や意見は全く出なくなったのだった。

 

 

 

 

 

「すごい人だった……」

「ライス、ビックリしちゃった……」

「インタビューってすっごいんだねー! わたしもいつか、ああいうふうにインタビューしてもらうぞー!」

 

 インタビューが終わった俺は、ウララやライスと一緒にインタビュー会場を後にした。

 

 俺とライスは乙名史さんのテンションに少しばかり引いていたが、ウララ的には乙名史さんの反応はアリだったらしい。それでも乙名史さんのおかげで割と平穏無事にインタビューが終わったな、などと考えていた俺だったが、前方に立ちふさがる人影に気付いて眉を寄せた。

 

「君は……」

「突然のことで、失礼だと理解しています。しかし、こちらの要望を聞いていただけないでしょうか?」

 

 そこにいたのは、先ほどのインタビューでも話に出たミホノブルボンで。

 

「私は、ライスさんとの会話を希望します」

 

 ライスと一対一で話をしたいと、ミホノブルボンは言うのだった。


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