リィンカーネーションダービー ‐新人トレーナーがんばる‐ 作:烏賊メンコ
ライスが有馬記念で勝利した日の翌日。
昨日はウイニングライブが終わり、優勝のインタビューを受けた後は興奮冷めやらぬライスを宥めすかし、それでも普段とは比べ物にならないほど高いテンションで抱き着いてくるのでウララと一緒に高い高いして、それでもどうにも収まりそうになかったためライスの喜びの声をずっと聞き続け、それでもさすがに疲れているだろうからと寮に帰らせた。
本当はライスの有馬記念勝利を祝って宴会でもしたいところだったが、俺はまず、ライスを休ませたかったのである。それと同時に、もしも足や体に違和感があればすぐに俺に連絡を入れるよう言ってあった。たとえ真夜中だろうと朝方だろうと構わない。すぐに駆け付けるからと伝えて。
有馬記念でライスが終盤に見せたロングスパート。あれは今になって思い返しても素晴らしいものだったが、普段のライスならばやらない走り方である。
一晩ゆっくり休んで筋肉痛が出るぐらいなら許容範囲だが、筋や関節、骨が痛むなどの異常が出た場合、即座に病院に連れて行くつもりだった。もしも酷い場合は入院もあり得る、と俺は思っていたのだが。
「本当にどこも痛くないんだな?」
「もう……本当だよ、トレーナーさん。ライス、どこも痛くないよ」
一晩ぐっすり休んである程度回復したのか、翌日には普通に笑顔を見せるライスの姿がそこにはあった。
昨日の有馬記念での優勝、そしてその後のウイニングライブでこれまでの諸々が吹っ切れたのだろうか。それならば良いのだが、ライスはなんだかんだで我慢強いため痛みを隠している可能性もあった。
「隠しててもわかるからな? 触診した時の反応は誤魔化せないからな?」
我ながら心配性なことだとは思う。ライスがどこも痛くない、違和感もないと言うのなら信じるべきだと思う。しかし、昨日の興奮が続いていて痛みが鈍っている、もしくは数日してから痛みが出てくる可能性もあるのだ。
今日はさすがにトレーニングはしない。ライスの有馬記念をお祝いするための休みにするつもりのため、ライスは私服である。
なお、ウララはまだ来ていない。昨晩はライスと同等、あるいはそれ以上にはしゃいでいたため、寝坊しているのだ。ウララのスマホに電話したら寮の同室のキングヘイローが出て、『ウララさんはまだ寝ておりますが?』と言われた時の脱力感よ。
ついでに、キングヘイローは昨晩、ウララが寝付くまで『ライスちゃんがすごかった!』とか『有馬記念で1着になったんだよ!』だとか、繰り返し何度も話を聞かされたらしい。それを苦笑混じりに言われた俺だが、電話越しにもキングヘイローが嫌がっていないことが伝わってきた。ウララの姉かお母さんかな?
ウララが寝坊していることに関しては、休みと伝えていたため問題はない。ただ、ライスのお祝いをするべく商店街に材料を買いに行こうと思っていただけだ。ウララがいると八百屋の店主達もサービスが良いため、できれば一緒に連れて行きたいという貧乏根性が働いている俺である。
そして、俺の発言を聞いてどう思ったのか、ライスは薄っすらと笑みを浮かべた。
「ふふ……だったら、確認してみる? ライス、トレーナーさんが安心してくれるのなら、いくらでも確認してくれていいよ?」
え? なんですかその流し目。昨日勝ってからテンションおかしくない?
くすくすと笑いながら提案してくるライスに、俺は困ったように頬を掻く。
「あー……ウララはまだまだ時間がかかるみたいだし、俺とライスだけで商店街に行くか」
「うん……ウララちゃん、そんなに喜んでくれたんだ……ライス、とっても嬉しい」
俺が歩き出すと、ライスは心から喜ぶようにして微笑む。そして俺の隣に並んだかと思うと、何か言いたそうに顔を見上げた。
「えっとね、トレーナーさん、ライスね……トレーナーさんのこと、お、おに……」
「ん?」
え? なんだって? おに……鬼? 鬼!? 実は鬼って呼びたいぐらいトレーニングきつかったの!? それとも有馬記念での作戦がそんだけ酷かったの!?
「う、ううん。なんでもないっ。さ、商店街いこ?」
「あ、ああ……」
ライスは何故か照れた様子で俯き、俺は密かにショックを受けるのだった。
その後、ライスの歩き方から今のところ体に問題がないことを確認した俺は、ライスを連れて商店街に向かった。
お祝いされるライスの希望で人参ハンバーグを作るべく、材料を購入しようと思ったのだ。
「おお、ライスちゃんじゃないか!」
「ライスちゃん、昨日はおめでとう」
「有馬記念で1着なんてすごいじゃない!」
すると、すぐさま商店街の面々が寄ってくる。そして挨拶もそこそこにライスを囲むと、口々にお祝いの言葉をライスに向けた。
「えへへ……ライス、頑張ったよ」
心からの祝福の言葉に、ライスは嬉しそうにはにかむ。有馬記念で1着を獲ったのだからもっと堂々としても良さそうなものだが、控えめに笑うだけなのはライスの性格の表れだろう。
これでライスが『わたしが有馬記念を獲ったのよ! ひれ伏しなさい愚民共!』とか言い出したら即座に病院に連れて行くけどね。レースの後遺症でそんな症状が出たら、俺はもう、どうすりゃいいかわからん。
「おやトレーナーの兄ちゃん。今日はウララちゃんは一緒じゃないのかい?」
「どうも。いやぁ、ウララはルームメイト相手に昨日のライスの走りぶりを話し続けて夜更ししちゃったみたいで……まだ寝てたんで、先に買い物を済ませようかと思いましてね」
「はっはっは、ウララちゃんらしい。ライスちゃんが有馬記念を獲ったお祝いだ。安くするんでたくさん買って行ってくれよ」
いくら安くするといっても、たくさん買えばそれなりの値段になる。しかし、いくら節約したいといってもお祝いでケチり過ぎるのもどうかと思った。
(ウララもライスもたくさん食べるから、自腹で買うと金がなぁ……チームを設立してれば予算を使えるけど……ま、いいか。冬のボーナスも出たしな……ん? なにか忘れてるような……)
一瞬疑問が頭を過ぎったが、大したことではないだろうと思い直す。
チームを結成していればチーム用の活動費がトレセン学園から割り振られるが、基本的にチームは5人以上いなければ認めてもらえないため作りようがない。
中にはチームカノープスのように5人未満でもチームとして認められているチームがあるが、チームカノープスはトレセン学園でも上澄みも良いところだ。
この前の有馬記念でもチームから二人出走しているあたり、チームリギルやチームスピカには劣るとしても、トレセン学園に存在するチームの中では上から数えた方が早い――というか、十本の指に入るのではなかろうか。
そもそも、チーム云々といっても今の俺に5人以上の育成が可能とは思えない。ウララとライスだけで手一杯である。有馬記念が終わったことでライスの方はひと段落したが、年が明ければウララはクラシック級、ライスはシニア級のウマ娘として様々なレースに出るのだ。
(チームのことを考える度に思うけど、やっぱり東条トレーナーは言い方悪いけど化け物だよなぁ……人数が多いだけじゃなく、育ててるウマ娘全員を勝たせてるんだから)
担当するウマ娘が増えると、一人ひとりに割ける時間は当然減る。俺の場合はライスがウマ娘としてある程度完成しており、なおかつトレーニングではなく怪我の予防を重視したためそこまで大変ではない。今のところは、という但し書きがつくが。
(ライスも少しずつ体の筋力バランスが整ってきてるし、ここからは体のケアだけじゃなくライスを
一度情報を集めて精査したといっても、相手も成長するのだ。継続的に情報を集めなければ思わぬところで足をすくわれかねない。
商店街の人々に祝福されるライスを見ながら、俺はそんなことを考えるのだった。
「お、に……トレーナーさん、本当に大丈夫?」
商店街で買い物をした帰り道、俺よりも重たい荷物を抱えたライスにそんなことを言われる。さっきから何か言いかけているが、何を言おうとしてるの? それだと『鬼トレーナーさん』って聞こえるよ?
「これぐらいはなぁ……ライスの方が重たい荷物抱えてるし、そっちも持とうか?」
肉に野菜に米に調味料。商店街の人々がサービスしてくれるからついつい買ってしまったが、トレセン学園まで地味に距離があるため両腕が辛い。しかし全部をライスに持たせるわけにもいかず、俺は10kgの米を抱えてえっちらおっちら歩いていた。
「ところでライス、さっきから何か言いかけてないか? 言いたいことがあれば聞くけど?」
トレーナーさんのトレーニング、本当は嫌だったの……とか言われたら米と一緒に地面に倒れる自信がある。だが、ライスの様子を窺う限りそういった内容ではないはずだ。一心同体とは言わんが、ライスとはかなりの割合で心が通じ合っている――と思いたい俺である。
しかし、そう自負する俺ではあったが、今日ばかりはライスが何を言いたいのかわからない。もともとレース以外では自己アピールが乏しい子とはいえ、今日のライスは何かを言いかけては恥ずかしそうに目を逸らす、といった動作を繰り返していた。
何か言い難い内容なのだろうか。ライスと会う前に鏡でチェックして、おかしなところはないと確認してきたんだが。もしも顔がおかしいと言われたら後でむせび泣くが。
そうやってライスと歩いていると、前方からウララが駆けてくるのが見えた。普段私服として着ているオーバーオールを身に纏ったウララは、俺とライスを見ると猛ダッシュで近付いてくる。
「わわわっ! ごめんねトレーナー! ライスちゃん! 寝坊しちゃったー! キングちゃんにね、ライスちゃんがすごかったんだよってお話してたら寝るの遅くなっちゃったの!」
俺とライスの前で急ブレーキをかけたウララは、その場でぴょんぴょんと跳ねる。寝坊はいただけないが、まあ、ウララだからなぁ、と俺は思ってしまう。もともと怒ることはなかっただろうが、ライスはウララの言葉が嬉しかったのか心からの笑顔を浮かべていた。
「昨日のレースはすごかったからなぁ……今日は休みって言ってたし、構わんさ。メシはまだか? あと一時間もしたら昼だし、それまで我慢できるか?」
「にんじんだけ食べてきたよー! だからだいじょぶ!」
それは大丈夫なんだろうか、などと思いながら俺はウララやライスと一緒にトレセン学園に戻る。そして調理室を借りると、早速、人参ハンバーグの作成に取りかかったのだが――。
「ちわー。三河屋でーす」
「あーらサブちゃ……って、なに言わせんだよゴルシちゃん。ん? なんだその格好」
調理室の扉がガラッと開いたかと思うと、何故かゴルシちゃんが姿を見せた。調理室は誰でも使えるためおかしくはないのだが、ゴルシちゃんの格好はおかしかった。
頑丈そうな長袖に長ズボン、上着代わりに羽織った救命胴衣。肩にはでかいクーラーボックスを担ぎ、背中には釣竿を背負っているのだ。頭には『大漁』と書かれた帽子を被り、サングラスも装備している。いや、本当にこの子の格好はなんだろうか。
「おうライス。昨日はおめっとさん。ゴルシちゃんがお祝い持ってきてやったぞー」
俺の疑問をスルーしたゴルシちゃんはライスに声をかけると、調理台にクーラーボックスを置いた。ズン、と重たい音がしたため、中身がかなり詰まっていそうである。
「ご、ゴールドシップさん……ありがとう。ライス、有馬記念で勝ったよ?」
「おー、見てた見てた。良いロングスパートだったな。ま、アタシにゃ負けるけどな」
「……ライス、ゴールドシップさんが相手でも、負けないよ?」
「ばっかおめー。やる気が出た時のゴルシちゃんはすごいんだぞ? やる気出ないとゲートから出たくなくなるけどな」
それはウマ娘としてどうなんだろうか。我が物顔で調理室に入ってきたゴルシちゃんは、ライスに声をかけると、親しげな様子で言葉を交わす。
まあ、俺が知らないだけでウララもライスもそれぞれ親交があるしな。ゴルシちゃんはハッピーミーク強化事変ならぬ模擬レースでも顔を出してくれたし、ライスと親しいんだろう。
「ウイニングライブも良かったじゃねえの。楽しかったか?」
「……うん。最高だったよ」
「おう、そりゃ良かったな。ってーことで、ほれ、お祝いの鯛だ」
そう言いつつゴルシちゃんがクーラーボックスから取り出したのは、二匹の鯛だった。片方は20センチ程度だが、もう片方は30センチを超えている。
「めでたい時に食うやつだから
「なんか生徒会長以外に被害がいきそうだからやめとけって……」
会ったことないけど、トレセン学園の生徒会長といえばシンボリルドルフだぜ? そんな駄洒落にもなってない言葉を聞いたら怒って、それを周囲が止める羽目になって大変そうじゃないか。
「しかし立派な鯛だな……朝から釣ってきたのか?」
「見りゃわかんだろ?」
俺が尋ねると、ゴルシちゃんは俗にいうドヤ顔をする。以前のマイク実況といい、釣りも得意とはなんとも多芸なウマ娘なことだ。
「築地で買ってきた」
「わかるかよ」
お前魚をクーラーボックスに入れてきたら釣ってきたと思うだろ。しかも釣り竿まで背負いやがって……。
俺が突っ込みを入れていると、ゴルシちゃんはクーラーボックスから何故か人参を取り出す。
「こっちは釣ってきたやつ。さっき釣ったから鮮度ばっちり」
「どう見ても人参なんだけど?」
いくらウマ娘なんて存在がいるといっても、海で人参が釣れるわけないだろ。
「
「知らねえんだよなぁ……」
ダメだ、自由過ぎるぞこのウマ娘。でもライスをお祝いに来たというのなら追い出せないジレンマ。
俺が呆れていると、ゴルシちゃんは手慣れた様子でエプロンを身に着け、鯛の調理を始める。既に下処理はしてあったのか、小さいの方の鯛にどこからともなく取り出した塩をまぶし、オーブンに放り込んだ。ウララはそんなゴルシちゃんの手際に興味津々で、ワクワクした様子で尻尾を振っている。
「というかゴルシちゃん、ライスを祝いに来てくれたのは嬉しいんだけど、チームの方は良いのか? トレーニングは?」
俺がそんな疑問をぶつけると、ゴルシちゃんはどこからともなく刺身包丁を取り出し、大きい方の鯛をさばき始める。というかその刺身包丁、どこから出したんだ。
「今日は自主休暇ってか、昨日ライスのウイニングライブに行ったらテイオーが拗ねちゃってさー。ゴルシちゃんとしちゃあ、テイオーがあんなだせえ走りするもんだから、発破かけるためにもライスを応援したってだけなのにな。とりあえず、ほとぼり冷めるまでうろついとこうかなって」
そんな話をしつつ、鯛を三枚に下ろすゴルシちゃん。手際が見事で驚きたいところなんだが、俺としては話の内容の方が気になってしまった。
「……トウカイテイオーは、一体何があったんだ?」
「あん? べっつにー……怪我で三冠取れなかったのと、無敗じゃなくなったのと、うちのマックイーンが怪我してるのとで目標見失ってんじゃね? やっぱやる気が大事だよやる気がー」
それ『別に』って言える内容じゃないよ……ライスが気にするかと思って視線を向けてみると、ライスは納得したように頷いていた。
「だ、だからテイオーさん、あんな感じだったんだ……全然怖くなかったもん」
「たとえやる気満々でも、あん時のライスに勝てたかは微妙だったとゴルシちゃんは思うけどなー。どうせテイオーが元気だったらマークしてただろ?」
「見透かされてんなぁ……ま、その通りだ。たとえトウカイテイオーが元気でやる気も十分だったとしても、うちのライスが勝っただろうさ」
俺が胸を張って断言すると、ゴルシちゃんは何故か苦笑を浮かべた。
「へーへー、ごちそうさん。でもまあ、昨日のライスのパフォーマンスが効いたみたいでさ。ちょっとはマシな顔になってたから、その礼も兼ねて鯛を持ってきたわけ。今は拗ねてるけど、もうちょいしたら復活するんじゃねえかな」
そう言って笑うゴルシちゃん。自由過ぎるように見えるが、なんだかんだでこの子は仲間や友人を大切にしているのだろう。
「ほい、活け造り」
「さりげなくすごいことするな、ゴルシちゃん」
良い話だな、と思っていたらいつの間にか大きな皿の上に鯛の活け造りが完成していた。というか、鯛だけじゃなくてスライスした人参も一緒に並べてあるんだが。
「んじゃ、そういうわけで帰るわ。ライス、本当におめでとさん。あとウララ、オーブンはまだ開けんなよー。タイマー切れたら食べ頃だからな」
ゴルシちゃんは言いたいことを言って満足したのか、調理器具を片付けていく。それを見た俺は何を言えば良いかと思ったが、ため息を一つ吐いてから口を開いた。
「ありがとうな、ゴルシちゃん。あと、トウカイテイオーには無理をせず、怪我に注意するよう伝えといてくれるか?」
「あいよー。ライスのトレーナーのニイちゃんが、お前が復活してもうちのライスには勝てないって言ってたって伝えとくわ」
「俺そこまで言ってないよな!? いや、うちのライスが勝つけどさ!」
俺が思わずそう叫ぶと、ゴルシちゃんはシシシと笑いながら去っていく。本当に自由だな、あの子。でも、ライスを祝ってくれたのは本心だろう……うん、多分。
俺はひとまず鯛の活け造りを冷蔵庫に入れると、ウララとライス用の人参ハンバーグの調理に取りかかるのだった。
そうして始まったライスの有馬記念勝利のお祝いだったが、特に問題もなく過ぎていく。改めて祝われることでライスが嬉し泣きをしてしまったが、悪いことではないだろう。
なお、ゴルシちゃんが作った鯛の塩釜焼きと活け造りは滅茶苦茶美味かった。それが妙な敗北感を俺に与えたのは内緒である。
「しかし有馬記念で1着か……こうしてネットでもニュースになってるし、一晩経ってようやく実感が湧いてきた気もするな」
ウララやライスと比べれば食が細い俺は、一足先に食事を終えてニュースサイトから昨日の有馬記念に関する記事を見つけ出す。
そこにはライスがゴールを駆け抜ける瞬間や、観客席に向かってピースサインを掲げる姿、ウイニングライブの写真、そのあと行われたインタビューで俺と二人並んだ状態で撮られた写真などが掲載されていた。
うん、こうしてニュースって形で見ると、ライスが有馬記念を勝ったのだという実感が今更になって湧いてくる。
元々菊花賞で勝ったウマ娘ということで他のトレーナーやウマ娘からは警戒されていただろうが、有馬記念まで獲ったことでその警戒は桁違いに強まっただろう。
それでも、ゴルシちゃんに語った通りライスなら勝てる。俺はそんなライスを支える。それだけだ。
そこまで考えた俺は、ライスが有馬記念で勝ったお祝いが食事だけというのも寂しいかな、などと思った。何せ2回目のGⅠ勝利である。プレゼントとか用意した方が良かっただろうか。
「ライス、有馬記念で勝ったお祝いになにか欲しいものはあるか?」
俺がそう尋ねるとライスは目を丸くし、しかし一瞬目を光らせて――いや、気のせいかな? 目の錯覚だわ、うん。
「ほ、欲しいものはあんまりない……けど、お願いしたいことはある、よ?」
ライスは何故か頬を赤く染め、もじもじと指を突き合わせる。それを見た俺は首を傾げたが、お願いとはなんだろう、と思いながら答えた。
「俺にできることならなんでもいいぞ。何をお願いしたいんだ?」
気分は数日遅れのサンタクロースである。ふふ、このトレーナーサンタがなんでも願いを叶えて進ぜよう。
俺がそんなことを考えていると、ライスは目を輝かせながら、言った。
「そ、それなら、トレーナーさんのこと……お兄さまって呼ばせてほしいなって……」
「…………?」
お兄さま? え? お兄さまナンデ? さっきのゴルシちゃんのニイちゃん発言が琴線に触れたの? というか、お願いが呼び方の変更? 本当にそれで良いのか? ちょっと無欲すぎやしませんか?
そうやって俺が盛大にバグっていると、人参ハンバーグを頬張っていたウララが口の物を噴き出しそうな勢いで驚く。
「ええっ!? トレーナー、ライスちゃんのお兄ちゃんだったの!? わたし知らなかったよー!」
「そんなうちの両親が修羅場になりそうな事実はない……ないよな?」
え? あとで母さんか父さんに確認した方がいい? 俺が知らないだけでウマ娘の妹がいたの? 『俺の妹を名乗るウマ娘がいるんだけど』って尋ねたら――うん、尋ねた方が修羅場になるね間違いない。
困惑する俺と、人参ハンバーグをもぐもぐ食べるウララ。そしてもじもじライス。
どう答えればいいか迷った俺だが、ライスが期待のこもった目で俺を見ていることに気付き、そのまま頷く。
「いや……ライスがそう呼びたいのなら別にいいけどさ」
脳裏に一瞬、『担当ウマ娘にお兄さまと呼ばせる事案が発生』などという言葉が浮かんだが、ライスは高等部だし、俺は一応世間的には新米トレーナーで若いし、年齢的にはセーフだろう、うん。
だが、ライスとしては本当にそんな願いで良かったのだろう。
「それじゃあそう呼ばせてもらうね……お兄さまっ!」
俺が驚くほどに幸せそうな笑顔を浮かべ、そう言うのだった。
ライスの祝勝会を終え、後片付けを済ませた俺は、今日ばかりは仕事もオフだと家に帰る。そして家に着いたところでスマホが震えたため、懐から取り出して画面を見た。
「……ん? 駿川さんからメール?」
電話ではなくメールでの連絡とは珍しいな、と思いながら俺はメールを開く。電話ではなくこういったやり取りの証拠が残る連絡手段を使うってことは、それなりに重要な連絡なのだろうか。
そんなことを考えていた俺は、メールの件名を確認するなり目を見開くこととなる。
――チーム設立のご相談。
俺は、そんな文言と共に、明日出勤したらすぐに理事長室へ顔を出してほしい、という内容のメールを受け取ったのだった。