リィンカーネーションダービー ‐新人トレーナーがんばる‐   作:烏賊メンコ

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第27話:新人トレーナー、チームを設立する

 年が明けて新年になった。

 

 結局は実家に帰ることもなく借りているアパートでのんべんだらりとしていた俺だが、実家は都内だし帰ろうと思えばいつでも帰れる。そう思って自宅でゆっくり休んで疲労を抜いた俺は、今年初となるウララやライスとの顔合わせを行っていた。

 

「新年あけましておめでとう。早速だけど、二人には重大な発表があります」

「重大な発表ー?」

「お兄さま、何かあったの?」

 

 新年ということで軽いトレーニングをしようと二人を練習用のコースに集めた俺は、ごほんと咳ばらいをする。そして重大な発表を行う――前に懐からポチ袋を取り出した。

 

「あ、その前にこれ、お年玉な。ウララは買い食いに使っても良いけど、間食の人参は一日三本までにすること。ライスは……うん、好きなものを買いなさい」

 

 新年といったらまずはお年玉だよね。有記念での賞金があるため万札を束で入れておこうかと思ったが、二人の年齢を考慮して5000円ずつである。ライスの場合、5000円などはした金にしかならんがこういうのは気持ちが大事だ。

 

「わーい! お年玉だー! ありがとトレーナー!」

「わぁ……ありがとうお兄さま。ライス、すごく嬉しい」

 

 ウララもライスも笑顔を浮かべて喜んでくれる。そんな純粋な反応をしてくれるだけで、用意した甲斐があったというものだ。

 

 そうして新年お約束のやり取りをした俺は、再度咳ばらいをする。そして、重大な発表を行うことにした。

 

「えー……この度、チームを設立することになりました。はい拍手っ!」

「わー! よくわからないけど、パチパチー!」

 

 俺がやけくそのように叫びながら自分で拍手をすると、ウララはすぐに笑顔で拍手をする。多分、反射的なもので何も考えていないと思う。でもそこが可愛いのである。

 

「チーム? お兄さま、チームってことはライスとウララちゃん以外に、新しい子がくるの?」

 

 ウララと違い、ライスはチームがどういうものか知っているのだろう。怪訝そうに――というか、ちょっと不機嫌になってる? 気のせい?

 

「新しい子なぁ……チームの設立は5人以上ってライスは知ってるんだな。でも、ま、なんだ……その辺の話は今のところ特にない。というか、俺が面倒を見切れん」

 

 俺がそう言うと、ライスはほっと安心したように息を吐く。

 

 結局は、というべきか、俺はチーム設立の話を受けることにした。メリットとデメリットを天秤にかけた結果、メリットを取ることにしたのだ。というか、発生するデメリットが基本的に俺に関係することで、メリットはウララとライスのプラス材料になるなら受けるしかない。

 

 また、さすがに現状では新しいウマ娘を担当するのは無理だと判断し、理事長にもせめて向こう一年は勘弁してほしいと頼み込んで承認してもらった。新人にチームを持たせることの困難さを理解しているからか、あっさりとOKが出たのである。

 

 既にチーム名に関しても申請しており、承認も下りている。

 

「チーム名はキタルファ……チームキタルファだ」

 

 トレセン学園に存在するチームは、その全てが星の名前から取っている。そのため俺も年末年始にベッドで寝転がりながら星の名前を検索し、これはというものを見つけ出してきたのだ。

 

「きたるふぁ? トレーナー、それってなに?」

「星の名前でな……こうま座っていう星座があるんだが、そこから採用した」

 

 キタルファはこうま座の中で一番輝く星である。ただし、チームリギルやチームスピカ、チームカノープスの名前のもとになった星は、全て一等星だ。その点、キタルファはこうま座の中で最も輝きが強いものの、四等星に分類されている。

 

 俺はトレーナーとして新米で、一等星な東条トレーナー達と比べれば様々な面で劣るだろう。だからこそわざわざ四等星から選んだのだ。

 

 俺がそう説明すると、ウララは『そうなんだー』ですんだが、ライスが頬を膨らませる。

 

「お兄さまはライスにとって一等星だよっ!」

「ありがとうな、ライス……そう言ってもらえるだけでもう、涙が出そうだ……」

 

 純粋なライスの言葉に本当に涙が出そうだ。有記念での賞金がとんでもない額だと知って連絡してきた同級生達によって凹んだメンタルが回復するぅ。

 

 まあ、さすがにそんなことは言えない。ライスの性格だと気にしそうだ。あと、二人に言えないこととしては、先輩トレーナーに何か言われても、『いや自分まだまだ未熟なんで。一等星から名前取るなんて畏れ多いっすわハハハ』とヨイショするためでもあった。

 

「でもな、ライス。キタルファは四等星だけど、こうま座の中で一番輝く星って言っただろ?」

「……? うん」

()()()……つまり、これから育つウマ娘達を一番強くしたいって思ったから採用したんだ。ウララはこれからが本番だし、ライスもまだまだ強くしたい……そしていつかは一番輝いてほしいんだよ」

 

 あとはチームとして仔馬……小さいが、これから大きく強くなっていくという願いも込めている。もっとも、チームを大きくする前に俺がチームの運営に慣れないと大きくしようがないが。

 

「っ……お兄さまっ」

 

 俺の意図を理解したライスが、嬉しそうに抱き着いてくる。俺はそれを受け止めるが、あの、ライスさん? お兄さまって呼ぶようになってからスキンシップが激しくなってませんこと? はしたないですわよ?

 

「一番かがやく……ウイニングライブでセンターに立つとか?」

 

 ウララは自分の頭を指でつつきながら首を傾げる。ウイニングライブでセンターに立つということは、レースで1着を獲るということだ。

 

「そうだな。それも一番輝いてるって言えるさ」

「レースで1着……ライスちゃんみたいに()()()()()()()()()()()()()に……」

 

 理解してくれているかいまいち読めないウララだったが、ぽつりと呟いた一言に俺は小さく目を見開く。

 

(ウララのやつ、今、レースの順位に興味を示した……よな?)

 

 ウララは未勝利戦からしばらく経つと、以前通りののほほんウララに戻ってしまった。レースで勝つというより楽しみたい、ワクワクしたいと願う以前のウララにだ。しかし、有記念で走ったライスを見て心境の変化があったらしい。

 

 それはウララ自身、気が付いていないぐらい小さな変化なのかもしれない。以前からウイニングライブで踊ってみたいとウララは言っていたが、センターで踊りたいと言ったことはなかった。

 

(やっぱり、切磋琢磨する仲間がいるってのは大きいな……ウララみたいなタイプだと、なおさら重要だわ)

 

 出走するレースの傾向や年齢が同じウマ娘同士なら、ライバル関係として張り合う方向に持っていっただろう。しかしウララとライスには中等部と高等部という違いがあり、なおかつレースの適性も全くかぶらない。

 それでもウララとライスの相性が良いため、こうして互いに良い影響を与え合っている。たまにちょっと疎外感を覚えることがあるが、仲の良い家族でも仲良し姉妹から父親が蹴り出されることはよくあることだろう……あるよね?

 

 俺がそんなことを考えていると、俺から離れたライスが心配そうに首を傾げる。

 

「でもお兄さま、ライス、チームの運営については詳しくないけど、お兄さまが大変になるんじゃないの? それはちょっと……ううん、とっても嫌だな」

「あー……心配してくれてありがとうな、ライス。でも大丈夫だ。チームが安定するまではたづなさんが指導とサポートをしてくれるから、むしろ楽になるかもしれん」

「そうなんだ。それならライス、安心……たづなさん?」

「たづなさんだ。ほら、理事長秘書の」

 

 これから世話になるというのもあるが、本人から『気軽にたづなと呼んでください』って言われたのだ。チームの面倒を見てもらう関係上、ある程度親しくしておいて損はないだろう。

 理事長の側近であるたづなさんと親しくしておけば、何かあった時にも庇ってもらえる……といいなぁ、なんて。

 

「……たづなさん?」

「たづなさん……駿川たづなさんだ。知ってる……よな?」

 

 あれ? 理事長秘書って案外知られてないのか? 生徒会長のシンボリルドルフなら全生徒に通じるだろうが、理事長やその秘書となると案外ウマ娘も気にしないのかもしれない。というか、俺たちトレーナーならともかく、ウマ娘だと知り合う機会自体ないのか。

 

「理事長秘書だし、書類仕事とかもばっちりだと思うんだ。何かあればすぐに相談できるってのは心強いしな」

「……ライス、お兄さまのお仕事手伝うよ?」

 

 俺がたづなさんに関して説明していると、ライスがそんなことを言い出す。俺はそれに目を丸くしたが、すぐに笑みを浮かべた。

 

「その気持ちは嬉しいけど、ライスもウララも、怪我なくしっかりとトレーニングに励んでくれた方が俺は嬉しいよ」

 

 そう言ってライスの頭を撫でつつ、俺はウララに視線を向ける。

 

「仕上がり次第だけど、ライスは次のGⅠが大阪杯……その前に1戦挟むかもしれないけどな。ウララはオープン戦のヒヤシンスステークスだ。ライスには苦労をかけるけど、自分の調整をしつつウララの調整も手伝ってくれると助かる……GⅠクラスの相手とぶつかるかもしれないからな」

 

 ウララとぶつかる可能性があると警戒しているウマ娘達は、俺の目が節穴でなければかなりの強敵だ。現時点では買いかぶりかもしれないが、GⅠクラスのウマ娘にも勝るとも劣らぬ――というか、GⅠに出るウマ娘の中でもトップクラスの才能があると思う。

 

 だが、強敵とわかっているのなら普段の練習の時点で強敵と競わせればいい。

 

 芝とダートの違いはあるが、ライスは文句なしのGⅠクラス――それも菊花賞と有記念を制したGⅠ二つの冠を持つウマ娘だ。

 

 普段からライスとトレーニングをしているウララだが、これからはより競わせる方向でのトレーニングも重要になってくるだろう。ライスに負担をかける形になるのは申し訳ないが、ウララと一緒にトレーニングするとライスの調子も上がるため、あとは俺がライスのケアを頑張ればいい。

 

 ライスはライスで次回出走予定のGⅠレースが大阪杯だ。これは春シニア三冠を目指すなら出発点になるもので、大阪杯、天皇賞春、宝塚記念の3つのレースを制すれば春シニア三冠ウマ娘だ。

 

 ライスの場合、それら3つのレースを制すれば5つのGⅠの冠をかぶることになる。だが、春シニア三冠出発点の大阪杯は中距離、それも2000メートルとライスの距離適性から考えるとやや短い距離である。短距離やマイルと比べれば得意な距離だが、2000メートルは中距離のレースの中でも最短だ。

 

 大阪杯が2000メートル、天皇賞春が3200メートル、宝塚記念が2200メートルと、天皇賞春はともかく、他のレースに出すことも考えるとライスの最高速度を鍛える必要があるだろう。

 

 最高速度という点では、ダートに限るがウララも中々のものになっている。ライスにとっても良いトレーニングになるはずだ。ダートでの練習は足腰を鍛えられるしな。大阪杯の前に仕上がりを確認するためにも一度レースに出しておくのもありだ。

 

 そこまで考えた俺は、懐を漁って鍵を一つ取り出した。

 

「そうそう、あと二、三日もすれば部室が使えるようになるんだけど、先に合鍵を渡しておくな。チームのリーダーはライス、君だ。この合鍵はなくさないように。ウララ、あまりないと思うけど、俺が部室に顔を出せない時はライスに連絡を取って開けてもらってくれ」

 

 本当はウララの分も合鍵を用意しようと思ったのだが、うん、まあ、なんだ。ライスは大丈夫だろうが、ウララの場合気付いたら鍵を落としてそうで怖いのだ。

 

 部室があればこれまでのようにトレーナー用の共用スペースで仕事をする必要もなくなるし、パソコンや資料を置いておける。盗むやつはいないと思いたいが、万が一に備えて戸締りはしっかりしておかなければならない。

 

「合鍵……うんっ! ライス、大事にするね?」

 

 俺が合鍵を渡すと、それまで僅かに感じ取れていたライスの不機嫌さが一気に霧散した。それどころか心底嬉しそうに、大事なものを扱うように、合鍵をそっと胸に抱き寄せる。

 

「鍵は俺とライス、あとたづなさんが持つことになるから、ウララはもし俺やライスと連絡がつかなかったり、開けられない状況だったらたづなさんに開けてもらってくれ。いいな?」

「はーい!」

「…………」

 

 おかしい、元気よく返事をしたウララはともかく、ライスの機嫌が再び急降下した気配がするぞ。というか抗議するように無言で俺に抱き着こうとするのはやめなさい。はしたないですわよ?

 

 

 

 

 

 その日の晩、ウララとライスのトレーニングを行い、新しく引き渡される部室の備品の発注などを行っていた俺は、仕事がひと段落したのを見計らって帰宅することにした。

 

 日は既に落ちていて、冬特有の寒さが身に染みる。それでも新年らしいどこか清々しい空気を満喫しながらトレセン学園の正門を出た、のだが。

 

「うーん、はちみー飲みたいなぁ……でも夜だからやってないんだよなぁ」

(ん? はち……八味? 一味とか七味の親戚?)

 

 なんか奇妙な単語が聞こえたため、そんなことを考える俺。

 俺が視線を向けた先には、寮の正門前で準備運動をする一人のウマ娘の姿があった。それが誰かを確認した俺は、思わず声に出してしまう。

 

「トウカイテイオーじゃないか」

 

 そこにいたのは、先日の有記念でライスと戦ったトウカイテイオーだった。あの時はかなりの不調だったが、今のトウカイテイオーはだいぶ持ち直しているように見える。

 

 ウララやライスほどではないが、ウマ娘の中では小柄で身長は150センチといったところか。少々お転婆そうな元気っ子といった印象で、腰まで届きそうな栗毛をポニーテールにしている。

 トレセン学園のジャージ姿で準備運動をしているが、これから自主トレーニングでもするつもりなのだろうか?

 

「え? なにおじさん、ボクのファン? 悪いけどボク、今から自主トレの時間なんだよねー」

 

 俺の顔をチラリと見たトウカイテイオーはそう言うと、準備運動を続ける。

 

「ファンってわけじゃないけど、おっちゃんはトレセン学園のトレーナーでな。今夜は冷えるし、準備運動はしっかりするんだぞ? あと、寮の門限までにはきちんと帰ること」

 

 普段のトレーニングが終わったあとも、自主トレーニングに励むウマ娘というのは割と多い。ウララはトレーニングの時間内に可能な限り負荷を与えているし、ライスは体のこともあって現状では自主トレーニングを禁止しているが、他のウマ娘がやる分には止めるつもりなどなかった。

 

「へへん、大丈夫だよー! 走ってるうちに体があったまるからね!」

 

 その言葉に、俺はピクリと眉を動かす。

 

 ゴルシちゃんが言っていた通り、有記念の時と比べればトウカイテイオーの表情が明るくなっている。ライスに有記念で負けたことが、何かしらの影響を与えているのかもしれない。

 

 しかし、だ。トウカイテイオーが準備運動をする姿を見た俺は、その場で足を止めて尋ねる。

 

「……自主トレの準備運動はいつもどれぐらいするんだ?」

「え? んーと……三分ぐらい? 屈伸でしょ? アキレス腱を伸ばすでしょ? あとは軽く前屈とかやって……って、なんだよおじさん。ボクのこと偵察に来たの?」

 

 俺の質問に素直に答えていたトウカイテイオーだったが、途中から何かに気付いたように表情を変える。まるで威嚇する子猫のような顔になったが、俺は気にしない。

 

「全然足りんぞ。せめてその3倍……10分は準備運動をしろ。歩くぐらいなら問題ないけど、その程度の準備運動で走ったら怪我するぞ」

 

 チームスピカのトレーナーは担当しているウマ娘に数々のレースで1着を取らせている凄腕だ。その練習方法までは知らないが、自主トレーニングに関する指導はしてないんだろうか?

 

 いや、チームリギルの対抗バとも言われるチームのトレーナーである。おそらく、指導はしているがトウカイテイオーがそれを守っていない可能性の方が高い。

 

 そう思ってよくよく顔を見てみると、やる気を取り戻しているが焦りの感情が見える。

 

「むぅ……うるさいなぁ。おじさんには関係ないでしょ?」

「おっちゃんはトレセン学園のトレーナーだから関係あるんだよなぁ……それに、他所のトレーナーが担当しているウマ娘でも、()()()()()()()()()()を放置するのはトレーナー失格だよ」

 

 俺が怪我をしそうと言った途端、トウカイテイオーの体が僅かに震えた。

 

「別に……怪我なんてしないよ。勝ちたい相手がいるし、怪我なんてしてる暇はないんだ」

「だったら準備運動と整理運動はしっかりしときな。通りすがりのおっちゃんの言うことなんて聞いてられないかもしれないけど、君みたいな才能あるウマ娘が怪我で潰れたらもったいないからな」

 

 俺がそう言うと、今にも駆け出しそうだったトウカイテイオーは不満そうな顔をしながらも再び屈伸などを始める。意外と素直な子のようだ。

 

 俺は目を離したら準備運動をやめるかもしれないと思い、足を止めたままトウカイテイオーに話しかける。

 

「君が勝ちたいウマ娘っていうと……メジロマックイーン?」

「そうだよ、マックイーン……それと、ライスシャワーに勝ちたい」

「へぇ、ライス……シャワーに」

 

 有記念で負けたからか、ゴルシちゃんが言っていたように勝利後にファンに向けて行ったパフォーマンスが影響したのか、トウカイテイオーはライスをロックオンしたようだ。

 

「だったら怪我なんてしてる暇はないぞ。あの子は怪我なんてさせないし、これからどんどん強くなるからな。有記念みたいな走り方してたら、これから先、ずっと勝てやしない」

 

 ライスには準備運動や整理運動を徹底させているし、体の歪んだ筋力バランスも整いつつある。ウマ娘は走る速度の関係上、レース中に故障が発生するのはどう足掻いても避けられないことがあるが、トレーニングの段階で怪我を予防するのは可能なのだ。

 

「むむ……ボクだってこれからもっと強くなるもんね! マックイーンにも勝つし、ライスシャワーにも勝ってみせるよ!」

「ははは、それならなおさら怪我しないようにしないとな。でも……」

 

 俺はトウカイテイオーの言葉に笑うと、最後には真剣な顔をする。

 

「レースで勝つのはおっちゃんの……俺のライスだ」

 

 トウカイテイオーが相手だろうと、ライスに勝たせてみせる。あの子ならトウカイテイオーだけでなく、メジロマックイーンにも勝ってくれるだろう。

 

 俺の言葉を聞いたトウカイテイオーはぽかんとした顔になったが、俺がライスのトレーナーだと気付いたのだろう。顔を真っ赤にして叫ぶ。

 

「やっぱり偵察じゃん! それにボクの自主トレを邪魔しにきたんだなっ!?」

「ははははは! 邪魔するぐらいなら怪我しそうなウマ娘は放っておくぞ明智くぅん」

「明智君って誰さ!? ボクはトウカイテイオーだよ!」

 

 ムキになって叫ぶトウカイテイオーに笑いかけた俺は、軽く手を振ってその場を後にする。背後からはトウカイテイオーが叫ぶ声が聞こえたが、追いかけてくる様子はない。なんだかんだで準備運動を続けるのだろう。うん、やっぱり素直な良い子だ。

 

 俺はトウカイテイオーの声が聞こえなくなると、懐からスマホを取り出す。そしてインスタントメッセージを送り合うアプリを起動すると、グループチャットを開いた。

 

 年末年始の飲み会を行った際、ついでに同期の男連中をチャットのグループにまとめて取り込んであるのだ。ちょっとした連絡や相談に便利なのである。あと、近い年齢の男ばっかりなんで暇つぶしの雑談にもよく使う。そーれ、ぽちっとな。

 

『チームスピカのトレーナーの連絡先知ってる人いるー?』

『スピカのトレーナー? 知らんぞー』

『俺も』

『俺知ってるわ。どしたん?』

 

 お、知ってる奴がいたわ。最悪、たづなさんに連絡しようと思ってたけどラッキー。

 

『スピカ担当のウマ娘と偶然会ったんだけど、準備運動足りなくてなんか怪我しそうな感じだったから一応連絡しとこうかなって。今その子に準備運動するよう伝えて実際にやってたけど、注意してもらおうと思った次第』

『なんか怪我しそう、でわかるの怖いわ』

『でも怪我はやばいよなー。うちの子たちも準備運動と整理運動はしっかりさせてるわ。とりあえず向こうの許可取らずに連絡先渡すのマナー違反だし、こっちから連絡入れてお前の方に回してもらうな』

『オナシャス』

『今度昼飯でも奢れよ』

『いいけど値段は手加減してクレメンス』

 

 同期が相手ということもあって、砕けた文面を送る俺。時と場合と相手によるけど、男同士だと軽いやり取りの方が距離が近く感じるタイプもいるのである。

 

 そうして歩きながら待つこと数分。見知らぬ番号から電話がかかってきたためすぐさま応答する。

 

『あ、どうも。チームキタルファのトレーナーです』

『チームスピカのトレーナーだ……それで? うちのウマ娘で怪我しそうなやつがいるって?』

 

 これで全く知らない人だったら誰だよ、と反応しそうな取り方をしたものの、相手はチームスピカのトレーナーだった。そのため俺はすぐさま用件を話す。

 

『ええ。トウカイテイオーです。余計なお世話かなとも思ったんですが、自主トレを始めるタイミングで会いましてね? 短い準備運動だけで走ろうとしてたんで、そこを注意したんですよ。先輩にも一応報告をと思いまして』

『いや、ありがとよ。アイツここ最近やる気になっててなぁ……というか、チームキタルファ? そんなチーム聞いた覚えが……あ、さっき連絡が回ってきたけど、ライスシャワーがいるチームか?』

『ええ。チームキタルファをよろしく、です』

 

 俺がそう言うと、電話越しに相手は驚いたようだった。そして数秒もしないうちにからかうような口調になる。

 

『ライバルに塩を送るなんて、ずいぶんと余裕じゃあないか。俺もその度胸を見習いたいもんだ』

『トウカイテイオーはうちのライスのライバルですけど、ウマ娘が怪我しそうなのを放っておくのはトレーナー失格では?』

『……それもそう、だな。明日しっかりと確認して、注意しとくよ。貸しにしといてくれ』

 

 スピカのトレーナーは何か思うところがあったのか、穏やかな声色になった。そのため俺も穏やかに応じ、電話を切る。あ、この電話番号は登録しとこう。

 

「ふぅ……」

 

 そしてため息を一つ吐く。真冬の夜は寒く、吐いた息が白く染まって流れていく。

 

 今後のライスの勝率を上げることを考えるのなら、トウカイテイオーを放置しておくべきだったのかもしれない。故障で強力なライバルが減れば、その分ライスが勝つ可能性が高まるのだ。

 

 しかし、以前調べたことだがトウカイテイオーは既に二度骨折している。そのどちらとも治って走れるようになったが、三度目がないとは限らない。仮にその三度目が起きたら、どうなるか。

 

(ま、俺が気にしなくてもトウカイテイオーが骨折することはなかったかもしれないけどな……)

 

 トウカイテイオーからすれば、見知らぬおっちゃんがいきなり話しかけてきてちょっかい出されたようなものだ。それでもトウカイテイオーが怪我に関して意識を高めてくれるのなら、それでいい。

 

 レース映像で見たが、トウカイテイオーは体のすさまじい柔軟性を利用し、爆発的な加速を見せるウマ娘だ。その分、関節や足にかかる負担は相当なものになるはずである。

 

 気合いを入れて持ち直してくれたのはいいが、気合いを入れた結果故障したのではこちらの寝覚めが悪くなる。そう、それだけのことだ。別にトウカイテイオーの心配なんてしてないのだ。うん、嘘である。

 

(それに、何度戦ってもライスが勝つ……勝たせてみせる)

 

 慢心でも過信でもない。ライスならトウカイテイオーだろうとメジロマックイーンだろうと、きっと勝ってくれる。俺はそう信じているし、そうなるようライスを鍛え、支えていくつもりだ。

 

 そのためにも、明日からのトレーニングではよりいっそう怪我に注意しつつ、鍛えていかなければならない。それもウララと一緒に、可能な限り強く、だ。

 

「よーし、帰ったらレース映像の見直しをするかー」

 

 とりあえず、できることを少しずつだ。そう思いながら、俺は自宅へと帰るのだった。

 

 

 

 

 

 そしてその三日後、トレセン学園の年末年始の冬期休暇が終わったタイミングで、俺は()()()()()を知って頭を抱えることとなる。

 

(地方から中央にくると聞いちゃいたが、年が明けたら早速か……もっと先なら良かったんだけどなぁ)

 

 ――それは、オグリキャップがトレセン学園に移籍してきたという情報だった。


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