リィンカーネーションダービー ‐新人トレーナーがんばる‐   作:烏賊メンコ

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今度はチームキタルファの横断幕をいただきました。
ありがとうございます!


【挿絵表示】



あと申し訳ないですが、感想数が増えに増えて返信に1~2時間ほどかかるようになってきたので、更新を優先したいと思っています。
いただいた感想は非表示や運対のもの以外は全て読ませていただいていますので、これからもお気軽に感想をいただけると作者の燃料になります。

感想の中で気になったものはあとがきなどで取り上げてお答えできれば、と思っています。

※ライスの出走予定レースに弥生賞を出したり、ウララの収得賞金に関する説明が間違ってたりしたので修正しました。ご指摘ありがとうございます。


第28話:新人トレーナー、チームとして始動する

 正月を一週間ほど過ぎたその日。

 

 トレセン学園でも3学期が始まったタイミングで()()()()は明らかにされた。

 

 地方からウマ娘が――オグリキャップが移籍してきたという情報である。

 

 この情報に俺は朝から頭を抱える羽目になった。元々編入の話は聞いていたし、タイミングとしては新しい年、新しい学期に編入というのはおかしな話ではない。

 

 だが、中央から地方に移籍するウマ娘は数多くいるが、地方から中央に移籍してくるウマ娘というのは非常に稀だ。

 

 こう言ってはなんだが、中央と比べて地方のウマ娘はレベルが低い。それはウマ娘本人の才能なども関係しているのかもしれないが、中央と比べると地方は設備やトレーナーの質が大きく劣るからだ。

 そのため、地方から中央に移籍してくるウマ娘というのは滅多にいない。中央でも通じる、活躍できると判断され、なおかつスカウトされて初めて移籍が可能になるのだ。

 

 その時点で警戒対象だというのに、オグリキャップは芝もダートも両方得意で、なおかつ走れる距離は短距離が苦手だがそれ以外は全部いけるというとんでもない逸材である。

 むしろ何故中央ではなく地方のトレセンに入園したのかと不思議に思うほどだ。もしかすると地方のトレセンに入園した当時は大したことがないウマ娘だったのかもしれない。

 

 その場合は優れたトレーナーがオグリキャップを鍛えたのかもしれないが、オグリキャップがいたカサマツのトレセンに凄腕のトレーナーがいると聞いた覚えはなかった。というか、優秀なトレーナーなら中央に来ているだろう。もしかすると、地方のウマ娘を育て上げるのが趣味みたいなトレーナーなのかもしれないが。

 

(レースの多さから考えると、芝路線に進む……と思いたい……でも地方はダートレースばかりだ……こっちの環境に慣れるまではダートで出てくる可能性も……ぐぬぬ……)

 

 たとえば、芝のレースに出てきてライスと戦うというのなら俺はまったく構わない。どんな才能溢れるウマ娘だろうと、ライスが勝つと信じているからだ。

 

 しかし、ウララと戦うようなことになったら、ちょっと待ってくれと言いたくなる。ライスはウマ娘として完成しつつあり、体の筋力バランスを整えたらあとは完成度を上げていくだけなのだが、ウララは発展途上というべき段階だからだ。

 

 ライスなら勝てる。しかし、ウララだとダートで戦ってもどうなるかわからない。これはウララよりもライスを贔屓しているのではなく、()()()()()()()()()()の話だ。

 

 仮にこれが一年後の話ならば、ウララに強力なライバルが現れたと思いつつも焦らなかったに違いない。ウララならそれだけ強くなってくれると信じているからだ。だが、現状では太刀打ちできるかどうか。

 

(オグリキャップが走っているレース映像で入手できたのは数が少ない……それでも今のウララだと短距離でようやく勝ち目が見えて、マイルだと厳しすぎる……いやもう、本当になんでこんなレベルの子が地方にいたの? 実は地方って魔境だったの?)

 

 ウララもオグリキャップと同じように地方出身だが、理事長やたづなさんの話を信じるなら面接一本でトレセン学園に入園したというある意味での一芸特化だ。

 

 筆記試験が駄目で身体能力の試験も壊滅的だったウララと比べると、オグリキャップは実力だけでスカウトの目に留まっている。地方のウマ娘が実力だけでスカウトされるというのは、それだけとんでもないことなのだ。

 

(……よし、切り替えよう。今更足掻いても意味がねえわ。俺はウララを鍛えて強くするだけだ)

 

 しばらく悩んでいた俺だったが、結局はそこに行きつく。今は勝てないとしても、ウララを勝てるように鍛えるのが俺の仕事なのだ。ただし、怪我だけはしないように、だが。

 

 そんなことを考えつつ俺が向かっているのは、チームキタルファの部室である。昨日受け渡しが済み、今日から早速使用が可能となったのだ。

 

 昨日は早速机や椅子、仕事に必要な道具などを運び込み、通信環境を整え、ウララとライスが使うロッカーを設置した。必要なものがこれからどんどん増えていくだろうが、ひとまずはチームとして使用していく上で最低限の準備が整ったのである。

 

 チームキタルファの部室は他のチームの部室が建ち並ぶ一角にあり、練習用のコースからもほど近い好立地だ。自分の家というわけではないが、トレセン学園のトレーナーとしては一国一城の主みたいなもんである。

 

(まさかトレーナー生活一年目で部室がもらえるとはなぁ……評価してくれた理事長とたづなさん、そしてなによりもライスに感謝だ)

 

 そんなことを思いながら俺は部室の取っ手を捻り、扉を開ける。

 

 そう、今日この時、この場所からチームキタルファの活動が始まるのだ――!。

 

「あっ! トレーナーだー!」

 

 すると、着替え中のウララが俺に気付いて笑顔で声を上げた。俺は扉を閉めた。

 

(ふむ……取っ手に着替え中って札でも引っ掛けとくか? いや、着替え中だとわざと開けるやつが出るかも……)

 

 その前に土下座だな、うん。浮かれてノックをしなかった俺が全面的に悪い。殴られても仕方ないが、せめて顔はやめてボディにしてほしい。俺の腹筋が耐えられるか微妙なところだが、顔だとそのまま首がポキッといきかねん。

 

 そんなことを考えていると、部室の扉が開いた。出てきたのは着替え途中のウララだった。

 

「どしたのトレーナー? 鍵、開いてるよ?」

「下着姿で表に出てくるとかはしたないですわよウララさん!?」

 

 思わず間違ったオネエみたいな口調で叫ぶ俺。すると、ウララは目を丸くしてから笑う。

 

「わー! すっごいねトレーナー! キングちゃんにそっくり! キングちゃんもよくそんな感じでわたしをちゅういするんだよー」

「そっくりとかどうでもいいんだよ!? それとあとでキングちゃんにはごめんなさいしなさい! ライス! ライスさぁん! この子どうにかして!」

「お、お兄さま、ライスも、その、着替えてる最中だけ、ど……み、見たい、の?」

「待って待って待って! 違うの! そういうつもりで言ったんじゃないからこっちに来たらぬわーーっっ!!」

 

 俺は断末魔みたいな悲鳴を上げた。

 

 なんとも締まらない、チームとしてのスタートだった。

 

 

 

 

 

「着替え中は鍵をかけること。あと、衝立(ついたて)を買ってくるからそこの中で着替えること。ウララはあとでキングちゃんに謝って感謝すること。ライスはウララをちゃんと止めること。俺は今から土下座します」

 

 そう言ってウララとライスに注意をしてから、俺は部室の床に膝を突く。

 

 いくらトレーナーといっても、年頃のウマ娘の着替えに遭遇するとか切腹ものである。というか昨日の時点で衝立を設置しなかった俺のミスだ。やっぱり切腹か。いつする? 介錯しもす。

 

「えー……わたしは別に気にしないよー?」

「気にして、お願いだから」

「ら、ライスもね、恥ずかしいけど、お兄さまだったら……いいよ?」

「よくないよ?」

 

 ウララの情操教育はどうなってるんですかキングちゃん。いや、キングちゃんはウララと同室なだけだった。つまり……え? 俺の責任? 違うよね?

 

 あとライス、何も良くないんだ。俺は君の兄だけど良くな……いやいや、兄じゃないよ。そんな記憶は存在しないよ。お兄さまだよ……ん? 何かおかしい……のか?

 

「えー、とにかく、これからチームキタルファとしての活動が始まります」

 

 俺は思考を打ち切ると、部室の床から立ち上がる。ウララとライスが許してくれたのもあるが、時間は有限なのだ。

 

 そして壁際に設置したホワイトボードの前に立つと、新品のペンを使って文字を書いていく。

 

「ウララは2月後半のヒヤシンスステークス、ライスは3月後半の大阪杯を目指してトレーニングをしていくぞ。ライスは調子次第だけど、3月前半の大阪城ステークスに出るのもアリだと思ってる」

 

 ヒヤシンスステークスは東京レース場で行われるダートのマイル走、1600メートル。

 

 大阪杯は阪神レース場で行われる芝の中距離、2000メートルだ。ライスの場合、マイルかつオープン戦になるが、大阪杯と同じ阪神レース場で行われる大阪城ステークスに出るのもアリだろう。

 

 距離が1800メートルと若干短めかつオープン戦で、大阪杯では内回り、大阪城ステークスでは外回りのため違いがあるが、レース場の雰囲気を掴むためにはアリな選択肢だと思っている。

 

「ライスは大阪杯、春の天皇賞、宝塚記念を当面の目標にしようと思ってる。春のシニア三冠が目標ってわけだ。ただし、春の天皇賞はともかく、大阪杯と宝塚記念はライスにとって距離が短めのレースだから、ライスの調子によっては避けるかもしれない」

 

 俺はそう言いながらホワイトボードに文字を書いていくが、ウララもライスも話の途中だからか何も言わない。

 

「ウララはヒヤシンスステークスに出たら、何度かオープン戦のチャンスがある。そこで何戦かして、6月後半のユニコーンステークス……つまり、初の重賞、GⅢのレースに挑もうと思ってる」

 

 ダートのレースは割と偏りがあるが、クラシック級かつウララの適性距離である短距離やマイルのレースが今年の前半に固まっている。

 

 全てオープン戦だが、2月後半のヒヤシンスステークスに続き、3月前半に昇竜ステークス、4月前半に伏龍ステークス、4月後半に端午ステークス、5月前半に青竜ステークス、5月後半に鳳雛ステークスと数が多い。

 

 抽選漏れすることもあるだろうが、希望すればどこかしらで出走できるだろう。そして今年の前半の最後の目標として、ユニコーンステークスだ。

 

 オープン戦に関しては、上記以外のレースもたくさんある。だが、その場合クラシック級だけでなくシニア級のウマ娘も参加できるレースばかりになるため、かなり厳しい戦いになるだろう。

 

 可能ならウララを秋のダートのGⅠ、短距離のJBCスプリントかマイルのJBCレディスクラシックに出してもみたい。だが、こちらはGⅠだけあって出走条件が厳しく、収得賞金が1億2000万円以上だ。

 

 他にも12月前半にマイルのチャンピオンズカップがあるが、こちらも出走条件は同じで収得賞金がネックである。あと、当然ながらシニア級のウマ娘も出てくるため、入賞を狙うのも厳しいかもしれない。

 

 というか、そもそもウララが収得賞金を稼いで今年中にGⅠに出ること自体、かなり厳しいのだが。

 

「とまあ、ウララの場合はまず、何度かレースに出て収得賞金を稼ぐ必要があるわけだ」

「はい! せんせー! 質問!」

 

 挙手して尋ねるウララに対し、俺も笑顔で答える。

 

「どうぞ、ウララ君」

「しゅーとくしょうきん? が稼げなかったらどうなるの?」

「うーん、良い質問ですねぇ……収得賞金が出走条件になってる重賞には出られないんだ」

「えー!? なんでー!? わたしもライスちゃんみたいにじーわんに出たいよー!」

「うん、そういう規則だからね……そういう制限がないとみんな出たいと思っちゃうからね。一応、収得賞金が足りなくても出走するウマ娘がフルゲートに満たなければ抽選で出られるかもだけど……」

 

 俺はホワイトボードにペンを走らせつつ、ウララに説明していく。

 

「ウララの場合、出走したオープン戦で1着になると加算されるんだ。重賞だと2着以上でもらえる賞金の半分だな。だから……うん、正直にいうと今年中にGⅠに出るのはかなり難しい」

 

 オープン戦や出走できる重賞に片っ端から出まくって、1着を獲りまくれば可能ではある。しかし、その場合シニア級のウマ娘が出てくるオープン戦も含めて、軽く10勝はしないと届かないだろう。

 

 これが芝のレースになると重賞の数が段違いのため、GⅠに出走するための収得賞金も稼ぎやすい。もちろん、あくまで勝てればの話だ。芝のレースはダートと比べて選手層が厚いため、収得賞金を稼ぐどころか入着すらできない可能性が高い。

 

「ライスは春のシニア三冠、秋のシニア三冠を狙ってみたいけど、ライスにとって距離が短いレースが多い。だから無理に狙わず、長距離のGⅠにだけ絞るのもアリだ」

 

 ただし、ライスの場合シニア級で出走できる長距離のGⅠだけに絞ると、春の天皇賞と有記念だけになってしまう。その二つを取るだけでもGⅠの冠が3つ、有記念2連覇というすさまじい戦績になるのだが。

 

 春と秋のシニア三冠だけに拘らず、中距離の中では距離が長めの宝塚記念やエリザベス女王杯、ジャパンカップに狙いを絞るのもアリだろう。

 

「ライス、一つ確認しておきたいんだが、春と秋のシニア三冠を狙ってみるつもりはあるか? 俺と以前話したことは忘れてくれていい。君は有記念で1着を獲って……あー、()()()()()()()()も変わったと俺は思っている。だから、なんだ……無理に名声を稼ぐ必要もないと思うんだ」

 

 俺は初めて会った時のライスに、GⅠを獲りまくればミホノブルボンすら超えるウマ娘になれるんじゃないか、などと言ってしまった。また、その時のライスは菊花賞のブーイングライブでひどく落ち込んでいたため、でかい目標があれば奮起してくれるのではないか、という思いもあった。

 

 しかし、有記念でのウイニングライブと、その後のライスの様子を見ていれば吹っ切れたことが見て取れる。だから、シニア三冠といった称号を狙う必要もないだろう。

 

 もちろんライスが狙うと言うなら全力でサポートするが、距離が少し厳しいのと、大阪杯と春の天皇賞の間に1ヶ月しかないというのがネックだ。大阪杯の前に1戦挟むと、更にスケジュールが厳しくなる。

 

 俺の質問に対し、ライスは微笑みながら言った。

 

「お兄さまが走れって言うのなら、ライス、どんなレースでも走るよ?」

「ていっ」

 

 俺はライスの額にチョップを叩き込む。もちろん、叩き込むといっても痛くないよう加減したチョップだ。

 

「お、お兄さま?」

 

 ライスは俺からのチョップに酷く驚いたように目を瞬かせた。同時に、不安が湧き上がったのか目の端に涙が浮かび始める。

 

「今のライスは悪い子だった。だから叱るぞ?」

 

 俺がそう言うと、ライスはびくりと肩を震わせた。それを見た俺はチョップの形にしていた右手をライスの頭に置き、宥めるように撫でる。

 

「いいか? 俺が走れって言うから走るんじゃない。ライスが走りたいかどうかが重要なんだ。有記念の時は全力で走りたいって望んだだろ? ライスがシニア三冠を狙いたいっていうならサポートするし、走ってみたいレースがあるならそのレースだけを目指せばいい」

 

 トレーナーに強制されて走るのと、ウマ娘本人が望んで走るのとでは発揮できる実力にもやる気にも雲泥の差がある。

 

「俺を頼ってくれるのは嬉しいけど、依存はしちゃ駄目だ。なるべく気を付けるけど俺も間違ったことを言うだろうし、そういう時は遠慮なく言ってほしいんだよ。わかるか?」

「……うん。ごめんなさい、お兄さま。ライス、間違ってた」

 

 俺の言葉を聞いたライスは真剣な表情になって頷く。そのため俺はウララとライスを交互に見つつ、話をまとめていく。

 

「俺が立てた目標も、あくまで仮のものだ。ウララやライスの調子によっては避けるレースもあるだろうし、調子が良い時に1戦挟んでみようかって話にもなるかもしれない。二人に戦ってみたい相手ができて、そのウマ娘が出そうなレースに出てみようってことになるかもしれない」

 

 ウララは収得賞金の関係上、なるべく予定通りレースに出てほしいという思いもある。しかし、ウララと違ってライスは出たいレースを選べる立場だ。重賞だろうがオープン戦だろうが、ライスが望まないレースに出すつもりはない。

 

(理事長とかには新しいチームとして実績を、なんて望まれるかもしれないけど、その時は頭を下げて勘弁してもらおう……勘弁してくれないかもしれないけど……)

 

 ライスが挑戦してみたいというのなら、短距離のGⅠに挑んでみても良い。なんならダート路線だろうとライスが望むのなら挑ませてやりたい。

 

(というか、選択肢でGⅠのレースがポンポン出てくるあたり本当にやばいな……あくまでライスがすごいのであって、俺のトレーナーとしての実力はウララの結果次第か……)

 

 トレーナー1年目でGⅠがどうとか言えるのも、こんな選り好みみたいな発言ができるのも、ライスがいるからだ。だからこそ、俺はライスが望むように走ってもらいたい。

 

 トレーナー1年目でいきなりGⅠに絡むことができるのは、同期でいえば桐生院さんぐらいである。しかし桐生院さんは自身の力でハッピーミークを育て、GⅠを取らせている。

 もしも俺がライスと出会わなければ、今頃どんなトレーナー生活を送っていたか。少なくともチームを設立するなんて話はなかっただろうし、ウララにどうやって2勝目を挙げさせるか悩んでいたに違いない。

 

 当然ながら、そんなことは口には出せないだろう。出したが最後、ライスが絶対に泣く。

 

 俺は話を終えると、黙って話を聞いていたウララとライスの頭に手を乗せ、優しく撫でていく。

 

「……当面の目標はこんな感じだ。これからも怪我には気を付けて、少しずつ強くなっていこうな」

「わかったよトレーナー!」

「うん……ライスも頑張るね、お兄さま」

 

 二人の返答を聞いて、俺は微笑みを浮かべる。

 

 チームキタルファ、改めて出発だ。

 

 

 

 

 

 ――なんて思っていたのが、一時間ほど前のことである。

 

 ウララとライスのトレーニングを始めた俺は、思わぬ相手から声をかけられて困惑していた。

 

「すまない、少し話をする時間をもらえるだろうか?」

 

 そんな言葉をかけてきたのは、このトレセン学園において最も知名度を誇るであろうウマ娘――生徒会長のシンボリルドルフである。

 

 腰まで届く綺麗な栗毛に、前髪に混ざった三日月型の白い髪。表情は自信に溢れ、ただ立っているだけだというのにすさまじい存在感があるウマ娘だ。

 

 『皇帝』とも呼ばれる彼女は既に一線を退いているが、チームリギルに所属して無敗でのクラシック三冠制覇、その後ジャパンカップでは3着になるがその年の有記念で1着。シニア級では春の天皇賞、ジャパンカップ、有記念での2連覇と、GⅠレースにおいて7回の勝利を挙げた通称七冠ウマ娘だ。

 

 生涯戦績は16戦13勝。負けたレースもジャパンカップで3着、秋の天皇賞で2着、そして当時はGⅠだったアメリカのサンルイレイステークスで6着の3回のみ。

 

 間違いなく歴代のウマ娘でも最強の名を争う存在だ。一目見ただけでも、ウマ娘として完成されているのだと感じ取れる。端的に言うとヤバイ。ライスなら勝てるって思ってるけど、ちょっと自信が揺らぎそうだ。いや、ライスなら勝てるぞ、うん。

 

 その後ろには黒色の髪を肩の辺りで切り揃えた、これまた美人なウマ娘が立っている。こちらもシンボリルドルフ同様に存在感があるが、シンボリルドルフと比べてやや怜悧な印象があった。

 

 シンボリルドルフと同様に、チームリギルに所属する『女帝』エアグルーヴだ。生徒会の副会長でもある。

 

 エアグルーヴはGⅠレースの優駿牝ことオークス、秋の天皇賞、大阪杯で3勝したウマ娘である。シンボリルドルフには劣るだろうが、トレセン学園全体で見ればトップクラスの実力者だ。

 

 ウララとライスにダートコースを走らせていると、そんな二人組にいきなり声をかけられたわけだが……。

 

「シンボリルドルフだ。生徒会長をやっている……ふふ、君には一度会ってみたかったんだ」

「……と、仰いますと?」

 

 シンボリルドルフに会ってみたいと言われるようなことをした覚えはないんだが。というかこうして言葉を交わすこと自体初めてである。

 

「君が担当しているライスシャワー……彼女が有記念で勝った時に見せたポーズを見てな……」

 

 何を言われるのか、と俺は唾を飲み込む。あのシンボリルドルフがわざわざ声をかけてくるのだ。きっと重大な話に違いない。

 

「わたしの真似はいかんと()()に思ってだな」

「生徒会長がそんなギャグを言ったら()()()じゃないか」

「…………」

 

 やばい、いきなり良い笑顔でギャグをかまされたから思わず返しちゃったけど、エアグルーヴに射殺さんばかりの目付きで睨まれたぞ。やめろ、そんな目で見ても俺は悦ばない。でも美人のウマ娘に凄まれると悦ばないけど迫力があって怖い。

 

 それとシンボリルドルフさん? あなたは何故そんなキラキラとした目でこっちを見ているんですか?

 

「ふふふっ……そうだな、本当は遺憾に思っているわけじゃないから、誤解を招くようなことを言ってはいかんな。うむ、これはいかんいかん」

 

 シンボリルドルフは七冠ウマ娘ではなく売れない芸人だった――?

 

「会長、そこまでにしてください。彼が困惑しています」

「ああ、それはいかん……冗談だ。だからそんなに怒らないでくれエアグルーヴ」

 

 大丈夫? この子本当に生徒会長なの? エアグルーヴさんにそう尋ねたいけど、尋ねたらそれはそれで睨まれそうだ。

 

「今日この場に来たのは、新しく設立されたチームの視察をしようと思ったんだ。理事長やたづなさんの承認があるとはいっても、新人のトレーナーがチームを設立するなんて滅多にあることではないのでね」

 

 シンボリルドルフがそう言うと、エアグルーヴさんはため息を吐いてから俺を見る。

 

「突然の訪問になったことは謝罪する。普段の様子を確認したかったのだ」

「別に構いませんが……新人のチームって言ったらそりゃあ心配になりますよね」

 

 俺だって他人がそんな状況だったら何事かと思うだろう。問題は他人じゃなくて俺がそんな状況にあることなんだけどね。

 

 エアグルーヴさんは俺の言葉をどう捉えたのか、鋭い眼光を俺に送ってくる。

 

「所属メンバーはライスシャワーとハルウララの二人のみ……理事長の承認がある以上とやかく言わんが、トレーナーとしての職責を全うすることを期待している」

「微力を尽くします」

 

 シンボリルドルフはウマ娘としてヤバいが、エアグルーヴさんは怖い。こっちの方が生徒会長っぽいと思ってしまう。

 

「そう脅すな、エアグルーヴ。有記念でのライスシャワーの走りを見ただろう? 彼女にあれだけの走りをさせるトレーナーだ。心配はいらないだろうし、そんなに居丈高に言われては彼も遺憾に思っていかん……ふふっ」

 

 エアグルーヴを宥めていたシンボリルドルフだったが、先ほどまでの話を思い出したのか一人で笑っている。それを聞いたエアグルーヴはげんなりとした顔付きになると、俺に向かって小さく頭を下げた。

 

「……失礼した。非礼を謝罪する」

「それは構わないんですが……大丈夫? きつくない?」

 

 思わず敬語を崩して尋ねる俺。いやもう、本当にこの子大丈夫? そのうち脳の血管切れたりしない?

 

「……これも、生徒会副会長としての役目だ」

 

 それは副会長とか関係ないと思う。俺がエアグルーヴさんを労わるように声をかけていると、シンボリルドルフがウララとライスの走る姿をじっと見つめていることに気付く。

 

「ふむ……ライスシャワーは復調したどころか、更に速くなっているな……それにハルウララ……彼女も入園時の成績からは信じられないような走りぶりだ」

「二人とも全力で走ってないのに、わかるんですか?」

「わかるとも。良い動きだ……彼女達のことをよく考え、よく信頼し、よく育てているのがわかる。理事長やたづなさんが君にチームを持たせたのも納得だ」

 

 少し見ただけだというのに、ウララとライスの実力を見切ったというのか。あるいは、これが七冠ウマ娘と呼ばれるシンボリルドルフの実力なのか。

 

「あれ? かいちょーだ! どうしたの?」

「……何か用、ですか?」

 

 そうやって俺がシンボリルドルフやエアグルーヴさんと話していると、コースを一周してきたウララとライスが駆け寄ってくる。

 

 ウララは無邪気にシンボリルドルフへ声をかけ、ライスはシンボリルドルフとエアグルーヴさんの両方を見ながら困惑と警戒の視線を向けた。

 

「やあ、練習中にすまない。新しく設立されたチームに関して、少しばかり視察をしたいと思ったんだ」

「別に咎めるものでもないから、気を楽にしてトレーニングを続けてほしい」

 

 シンボリルドルフとエアグルーヴさんは微笑みながらそう答える。ウララは元気に『はーい!』と返事をしたが、ライスは相手が相手だけに、警戒を崩さない。

 

「ライスもトレーニングを続けてくれ。大丈夫、シンボリルドルフもエアグルーヴさんも、生徒会として必要なことをしに来ただけだよ」

「そうだとも。我々のことは置き物とでも思ってほしい」

「何故会長は呼び捨てで私はさん付けなんだ……」

 

 7冠ウマ娘の置き物とか無視したくてもできないと思うんだ。それとエアグルーヴさん、君はなんとなくさん付けしないといけない気がしたんだ。

 

「お兄さまがそう言うのなら……ライス、練習に戻るね」

 

 ライスは俺の言葉で納得したのか、ウララと共に練習に戻る。すると、シンボリルドルフが俺を見てドヤ顔を浮かべた。

 

「ふむ……担当ウマ娘にお兄さまと呼ばせる……それはさすがにいかんのではないか?」

「君のそのギャグの方が如何(いかん)ともし難いと俺は思うよ……」

 

 思わずそう突っ込んだ俺と、目を瞑り疲れたように首を振るエアグルーヴさんの姿がそこにはあったのだった。

 

 なお、ライスのお兄さま呼びに関しては、ライスがそう望んだからと説明したら納得してくれた。ウマ娘によってはトレーナーを様々な呼び方で呼ぶらしいので、その一環だと納得したようである。

 

 

 

 

 

 さて、そんなシンボリルドルフとエアグルーヴさんの襲来から三日ほど過ぎた日のことである。

 

 今日も今日とてウララとライスのトレーニングを行っていた俺だったが、遠目にとあるウマ娘の姿を捉えてトレーニングを中断する。

 

(あの葦毛の子……レース映像で見たな。オグリキャップか)

 

 俺が見かけたのは、先日トレセン学園に移籍してきたオグリキャップである。

 

 ずいぶんと年季の入ったボロボロのジャージを身に着け、ダートコースの傍で準備運動をしている。

 

 腰まで届きそうな長い葦毛に、頭につけた髪飾り。身長は160センチ台の後半といったところで、ウララやライスと比べると大柄なウマ娘だ。

 

 表情は……なんというか、掴みどころがない。ぼーっとしているような、それでいて強い意志も感じる……ような?

 

「お兄さま、あの子がオグリキャップさんなの?」

「ああ……レース映像で見た通りだ。あの子がオグリキャップで間違いないだろう」

 

 しっかりと準備運動をしているオグリキャップだが、相変わらずぼーっとした様子で覇気が感じられない。レース映像で見たオグリキャップと視線の先にいるオグリキャップは少々……いや、ぶっちゃけると別人に思える。

 

 俺たちがいつも使用している練習用のコースでオグリキャップを見かけたのは初めてだが、普段は別のコースで練習しているのだろうか? 俺と同じように移籍してきたオグリキャップが気になるのか、遠巻きに観察しているトレーナーやウマ娘の姿がいくつもある。

 

(芝じゃなくてダートで走ろうとしているな……まずは地方のコースと同じ、ダートで体を慣らそうとしているのか?)

 

 そうだとすれば、どれほどの走りを見せるのか。俺はウララを近くに招き寄せ、オグリキャップへ視線を向ける。

 

「いいか、ウララ。もしかすると……もしかするとなんだが、今後あの子とレースで競うことがあるかもしれない。だから、その走り方を今のうちに見ておくんだ」

「わかったよトレーナー! オグリキャップ……オグリちゃんをしっかり見とくね!」

 

 ウララは元気よく返事をすると、身を乗り出すようにしてオグリキャップを注視する。俺はそんなウララの姿に苦笑すると、オグリキャップがどんな走りをするのか見守ることにした。

 

 あくまで練習でしかなく、本気で走るということはないだろう。それでも、ある程度の実力はわかるはずだ。

 

(俺が見たレース映像だと、差しが強いウマ娘だ……その点はウララと一緒だけど、問題は身体能力が段違いってことだな……)

 

 終盤、一気にウマ娘をごぼう抜きして1着になる姿は典型的な差しウマ娘のものだった。その速度は驚異の一言で、地方のウマ娘が相手だと()()()()()()()()()()()()()()()姿が記憶に残っている。

 

 できれば直近のレースの映像も見たかったが、ほとんど出回っていない上にカサマツには伝手がない。理事長やたづなさんも、トレセン学園の生徒が出ているレースは全て見ているらしいが、地方のレースはさすがに見ていないとのことだった。

 

 オグリキャップは体を慣らすように、ゆっくりとダートコースを走り出す。その足取りはなんというか、気迫がない。ぼてっ、ぼてっ、と効果音が鳴りそうなゆっくりとしたものだ。まさかお腹が空いてるとかそんなわけでもないだろうが、のんびりとしたペースである。

 

 オグリキャップはそのままダートコースを一周すると、少しばかり足を止める。そしてコースの調子を確かめるように二度、三度と砂地を蹴りつけ――その姿が消えた。

 

 ダートコースの砂がまとめて後方へ吹き飛ぶような、すさまじい蹴り足。それによって加速したオグリキャップの体は瞬く間にコースを駆けていく。

 

「……葦毛の……怪物、か」

 

 その走りぶりを見た俺は、自然とそんな言葉を呟いていたのだった。

 

 

 




いただいた感想で気になったものがあったので以下でお答えします。

Q.オグリキャップはクラシック路線に出られるの?

A.作中で年代は明言してませんけどGⅠの大阪杯が存在する(2017年にGⅠに昇格)のでクラシック追加登録も同様に存在します。でもその辺ファジーです。

Q.つまり……どういうことだってばよ?

A.オグリキャップがクラシック路線で大暴れする可能性が高くて、なおかつクラシック路線に出るためにオープン戦で賞金を稼ごうと大暴れする可能性が非常に高いです。たまにダートに顔を出しつつも、今年のクラシック路線はオグリキャップとBNWとハッピーミークが殴り合う魔境になります。

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