リィンカーネーションダービー ‐新人トレーナーがんばる‐   作:烏賊メンコ

33 / 145
第32話:新人トレーナー、見誤る

 3月前半の土曜日。天候は曇りで少し雨の気配がするが、天気予報によるとなんとか持ちこたえるらしい。

 

 ウララのクラシック級における2戦目として選んだ昇竜ステークス。愛知県の中京レース場で行われるこのレースにウララを出走させるべく、俺はトレセン学園が所有している車を借りてウララとライスを乗せ、朝から高速を飛ばして現地入りした。

 

 日曜日に開催されるレースならば土曜日に現地入りして一泊しても良かったのだが、ウララ達が授業を終えて放課後になってから移動し、一泊してレースに出るとなると調子が狂う恐れがある。

 そのため朝から車で移動したのだが、高速道路を走っても4時間近くかかるため新幹線でも良かったかもしれん。ただ、車の方が小回りが利くしウララがレースに出るための衣装や靴なども運ぶことを考えると、やっぱり車の方が便利だ。

 

 昇竜ステークスは第10レースで発走が14時50分からである。そのため余裕を持って昼前には到着し、ウララには名古屋名物の味噌カツを食べさせた。レースに勝つため、なんて言ったらどこからともなくシンボリルドルフが出てきそうだから言わないが。

 

「お兄さま……今回のレースは、その……」

 

 中京レース場に到着し、ウララを控室に見送ったところでライスが戸惑うように話しかけてくる。

 

「もしかして、だけど……ウララちゃんに、負けさせたい……の?」

「負けさせたいってのは少し違うな。今日のレースも……うん、勝率は3割はあると思ってるよ」

 

 東条さんの言葉を借りたわけではないが、勝率はそれぐらいだろうと俺は見ている。しかし、ライスから見ると俺の行動はおかしな点があるのだろう。それに、今までの俺ならウララが勝つと信じている、などと言っていたところだ。

 

 今回昇竜ステークスにウララを出そうと思ったのは、スマートファルコンが出てくると思ったからだ。というか、前回のヒヤシンスステークスを避けた以上、出てこざるを得ない、というべきか。

 

 スマートファルコンが昇竜ステークスまで見送った場合、次のダートのレースは4月前半の伏龍ステークスになる。スマートファルコンが芝のレースも得意とするなら話は別だが、俺が見たところスマートファルコンはウララと同じようにダート一本のウマ娘だ。

 ヒヤシンスステークスではオグリキャップが出てくるから避けるのも仕方ないとして、昇竜ステークスを見送るとさすがにレース間隔が空きすぎることになる。それは他のトレーナーも同じことを考えたのか、今回のレースはオープン戦にも拘わらず16人での出走だ。

 

 ウララは前走で3着だったため優先出走権を与えられたが、いくらダートの選手層が薄いといっても抽選で漏れたウマ娘も多くいることだろう。

 もっとも、俺と同じようにスマートファルコンが出てくると判断し、レースを見送ったトレーナーもいるだろうが。

 

(でも、レースを避けても意味はないよな……トレーナーかウマ娘、あるいはその両方の心が折れてたらその限りじゃないんだろうけど……)

 

 強いウマ娘が重賞を狙うようになってからオープン戦で戦う、という選択肢もある。どのレースに出るかはそのトレーナーとウマ娘次第で、俺が言えることは何もない。

 

 GⅠを狙わず、オープン戦で1勝できれば良い――それぐらいに考えている場合、わざわざ早期にレースに出て強豪と殴り合う必要はないのだ。

 

 ただし、これはウララにも言えることである。ただレースに出たい、レースで走りたいというだけなら、強いウマ娘が出てくる可能性が高いレースに挑む必要はない。

 

 しかし、俺としてはウララに()()()()()()()()()()()を抱かせたかった。

 

 俺が見たところの話になるが、ハルウララというウマ娘にはこれといった明確な目標がない。

 レースに出れるだけで嬉しい、速く走れると楽しい、ウイニングライブに出れるとなお嬉しい。というか、レースに関係なく走るだけでも喜んで走る子だ。

 

 ある意味ウマ娘としての本能が強いとも言えるが、走りたい、速くなりたいという本能は強くとも、誰かに勝ちたいと思うことがないように見える。

 

 その点、ライスは本当の意味でウマ娘としての本能が強い。ライスにはミホノブルボンという『憧れ』にして越えたい壁があった。勝ちたいと願い、努力し、壁を越えるために自らの体が壊れかねないほどのトレーニングを行っていた。

 そしてその壁を越えたところでブーイングライブという地獄が待っていたのだが、越えたい壁を越えたからといって満足するような子ではなかった。

 

 有記念でロングスパートでメジロパーマーを差し切ったように、誰かに勝つこと、1着になることへの執念が非常に強い。

 

 ウララがレースに出るだけで喜びを見出すとすれば、ライスはレースで勝つことによって喜びを見出す。普段は気弱に見えるライスだが、レースになればすさまじい闘争心を発揮するのもその辺りに起因しているのだろう。

 

「ウララちゃんは勝ちたいって意欲が薄い……よね? お兄さまはそれを改善したいの?」

「ライスから見てもそう見えるよなぁ……」

 

 俺は小さくため息を吐く。

 

 ウララの実力はしっかりとついてきている。ヒヤシンスステークスでは3着だったが、エルコンドルパサー相手に接戦まで持ち込めたのだからそれは間違いないはずだ。オグリキャップは……連戦での疲労があったと思えば、接戦とは言い難い。

 

 そうやって実力がついてきたと思えるウララだが、たとえばライスのように()()()()()には意欲が足りない。何が何でも勝ちたいと思える意欲が、だ。

 そして困ったことに、その意欲は他人に強制されたからといって芽生えるものではないだろう。俺が誰かに勝て、勝つ意欲を持てと言っても、ウララは首を傾げるに違いない。

 

 ウララ本人が、心から勝ちたいと願わなければどうにもならないのだ。

 

 未勝利戦で負けた時は、周囲のウマ娘が何故故障してまで勝利を目指すのか疑問に思っていた。そして、俺と色々話した影響か、少しでも1着を目指してみたいと思ってくれた――と思う。

 

 そして未勝利戦で勝ち、勝つ喜びを知ってくれた。だからこそ、俺はウララがもっともっと強くなると思ったのだ。

 

 ライスが有記念で勝つ姿を見て、GⅠに出てみたいとも言った。しかし、GⅠに出るには他のウマ娘に勝利していかなければならない。

 かといってただ実力をつけたから勝ち抜けるかと言われると、オグリキャップのような壁にぶつかった時に越えられない。

 

 それに、だ。今回のレースにおいて、俺はスマートファルコンやタイキシャトルだけでなく、ウララがぶつかりそうな問題が一つ見えていた。勝率が3割とライスには言ったが、()()()()()()()()()によっては――。

 

「スマートファルコンさん、だっけ? そんなに強いの? ライス、よく知らないんだけど……」

「あー……オグリキャップみたいに異色ってわけでもないし、エルコンドルパサーみたいに有名なチームにいるわけでもないしな。そりゃ仕方ないよ」

 

 俺は思考を打ち切り、パドックに向かいながらライスと言葉を交わしていく。

 

「そうだな……俺の予測だけど、ウララにとってかなり相性が悪い。スマートファルコン自体良いウマ娘ってのもあるけどな」

 

 以前、ダート路線でウララと当たりそうな強いウマ娘に関して調べた時、スマートファルコンは今後の伸び次第だがレースでぶつかると苦戦しそうだと考えた記憶がある。

 

 それは、レース映像を研究した結果、スマートファルコンの得意とする戦法が逃げだと判断したからだ。ウララの差し足なら並のウマ娘が逃げても捉えられるが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()にどうなるか。

 しかも昇竜ステークスは短距離1400メートルだ。ウララも短距離は得意だが、逃げを得意とするウマ娘にとって1400メートルは絶好の距離だ。

 

 俺が見たところスマートファルコンは短距離よりもマイル寄りの脚質だが、得意な距離より短くてもまとめてぶち抜けるのはライスが証明している。

 

 そしてもう一人の警戒対象、タイキシャトル。この子は先行を得意とするウマ娘で、ダートも走れるが芝のマイル路線へ進みそうだったのだが――。

 

(最近の練習風景を偵察した感じ、足に不安があるのかな……芝よりダートの方が負担が少ないと見て登録してきたか? レースに出られるあたり、故障とかじゃないみたいだが……)

 

 単純な故障や怪我ではなく、成長が間に合ってないだけという印象があった。そしてこの子に今回のレースに出てきてほしくなかった理由としては、シンプルに強いからだ。

 

 以前調べた時でさえ7戦6勝だったが、更に勝ち星を稼いで9戦8勝まで勝利数を伸ばしている。ウララと同期のウマ娘の中ではトップクラスの経験値があり、なおかつ強い。たとえるなら成長したオグリキャップみたいな子だ。いや、オグリキャップには得体の知れない怖さがあったけども。

 

 俺はライスと共にパドックの最前列を確保すると、スマートファルコンの話に戻る。

 

「俺がスマートファルコンを警戒してるのは、強いからってだけの話じゃない。なんて言ったら良いのか……あの子、滅茶苦茶化けそうな雰囲気があるんだよな」

 

 新人の勘だからアテにはならんが、と付け足して俺は笑う。

 

「戦績は今のところ6戦3勝で、ダートで2勝、芝で1勝してるんだ。その時点で警戒するけど、あの子の走りはダート向きでな。ライスは怒るかもしれないけど、ダートの短距離やマイル版のミホノブルボンレベルの逃げウマ娘になるんじゃないかって思ってる」

「……お兄さま、すごく評価してるんだね?」

 

 ライスの前でミホノブルボンレベルのウマ娘って表現してしまったが、ライスが怒る気配はなかった。でもちょっと待ってほしい、なんかライスの尻尾が俺の太ももを掴んでる。

 

「あくまで可能性の話だよ。ただ、それぐらい評価してるって話さ」

 

 そう言いつつライスの尻尾を優しく握って解くと、ライスは小さく体を震わせた。くすぐったかったのだろうか?

 

 そうこうしているうちに、パドックでのお披露目の時間になる。

 

『1枠1番、スマートファルコン』

 

 そんなアナウンスと共に、パドックに一人のウマ娘が姿を見せた――のだが。

 

「スマートファルコンでーっす! ファル子って呼んでねー!」

 

 オープン戦のため体操服姿だが、淡い栗毛をリボンでツインテールにしたウマ娘がポーズを決めながらそう叫んでいた。ウララとは違うベクトルで元気が良さそうな子である。

 

 ただ、何故かマイクを握っているんだが……アレはどこから持ってきたんだろう?

 

「お兄さま……本当にあの子なの?」

「ああ……なんか、ウマドルなる存在を目指しているらしいぞ。ウマ娘のアイドルだそうだ」

「ウマドル……」

 

 ライスは茫然としたように呟くが、俺としてはウマドルよりも気になることがあった。

 

(出走表で知っちゃいたが、1枠1番か……今回は運が悪いな)

 

 内枠有利のダート短距離において、逃げウマ娘が1枠1番というのは非常に有利な要素だ。

 

『1枠2番、タイキシャトル』

 

 続いて紹介された名前に、俺は前のめりになって注目する。

 

 スマートファルコンに続いて姿を見せたのはタイキシャトルだ。明るい栗毛をポニーテールにして、スマートファルコンとは違った意味で明るい空気を振り撒くウマ娘がパドックで観客に姿を晒している。

 

 ウマドルなる存在を目指しているスマートファルコンと違うのは、タイキシャトルの放つ空気が陽気なものだということだ。ハワイとかそっちの感じである。アメリカ生まれらしいから、そっちの気性が出ているのだろうか。

 

 そして何よりも、これまで見たことがあるウマ娘の中で最も恵体なのが目を引く。ゴルシちゃんが身長170センチ前後といったところだが、タイキシャトルはそれよりも数センチ背が高い。

 

「でかい……い、いたっ!? ライス!? なんで!?」

 

 この前みたいに手を抓られたし、尻尾が俺の太ももをバシバシと乱打してくる。

 

 体が大きいということは、相応に体力もあるということだ。ウマ娘の場合体が大きければレースに勝てるというわけでもないが、人間のアスリートは体格イコール才能と評される競技すら存在するほどに身長というのは大事である。

 

「むー……ライスも、大きくなるから」

「い、いや、さすがに今からはちょいとばかし無理があるんじゃいだだっ!?」

 

 拗ねるように尻尾の乱打が強くなる。しかしライスよ、さすがに今から身長が伸びるとしても数センチだと思うんだが。女の子でも150センチ台は欲しいのかしら。

 

『7枠13番、ハルウララ』

 

 そうやって俺がライスと話していると、ウララが紹介される。大外枠ほど不利ではないが、外枠に近い位置のため今回のレースではかなり不利な要素だろう。

 

 ウララは普段通り笑顔で観客に向かって手を振っている。それによって観客達も笑顔で歓声を上げていた。

 

 ウララは今のところ5戦1勝と、戦績だけ見れば優れているわけではない。しかし毎回のレースで楽しそうに走っているし、負けても笑顔で観客に手を振る。その辺りが観客に受けているのだろう。

 

 昇竜ステークスでは3番人気に推されているが、パドックを見に来るような熱心なウマ娘ファン達の人気は高いらしく、今回出走するウマ娘達の中で一番大きな声援を浴びている。

 

(ん? スマートファルコンがウララを見てるな……)

 

 何か気になることでもあったのか、スマートファルコンがウララをじっと見ている。正確に言えば、ウララの行動に応えて声援を上げている観客を意識している……のか?

 

 今回の昇竜ステークスにおいて、1番人気はタイキシャトル、2番人気がスマートファルコン、そしてウララが3番人気だ。この3人が人気を独占している状態で、4番人気以下のウマ娘達は団子状態である。

 

 はたして、人気通りの実力を発揮できるかどうかだが――。

 

『なんとか天気が持ちこたえている曇天の下、これから始まります中京レース場第10レース。ダート1400メートルのオープン戦、昇竜ステークス。バ場状態は良の発表となっています』

『今回はフルゲート16人と出走するウマ娘が非常に多いレースです。どのような結果になるか、目が離せませんね』

 

 中京レース場にファンファーレの音が鳴り響き、実況と解説の男性達が言葉を交わす。それと同時にゲートインが始まり、スマートファルコンから順番にウマ娘達がゲートへ入っていく。

 

「お兄さま、ウララちゃんに伝えた作戦は……」

「いつも通り、怪我せず頑張れ、だ。ただし、今回は注意点も伝えてある」

 

 俺がそう言うと、ライスは首を傾げた。

 

「ウララはな、2戦目……初めて出た未勝利戦で他のウマ娘から徹底的にマークされたことがあるんだ。今回は()()()()()()()()()()()と俺は考えてる」

 

 だからこそ、ウララにはそれを伝えてある。他のウマ娘達はウララを勝たせないよう立ち回るだろうから、その点に注意をしろ、と。

 

「そう、なんだ……本当にウララちゃんに負けてほしいわけじゃないんだね?」

「当然だよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()からな」

「……え?」

 

 ライスが呆然とした顔で俺を見上げてくる。その視線を受け止めた俺は、苦笑しながらライスの頭を優しく撫でた。

 

「これで本当に良いのかも、正直言ってわからん。ウララが勝つと信じているけど、今回は本当に勝ち目が薄い……だからこそウララに挑ませたいんだ」

 

 そう言って、俺はゲートに入ったウララをじっと見る。ゲートに入る前は観客席に向かって笑顔で手を振っていたが、これからレースが始まるとあって集中した顔付きになっていた。

 

「どう諭せばいいのか、ウララみたいな性格の子になんて言えば響くのか、全然思いつかなかった。だから、俺はウララがレースの中で自ら掴んでくれることを祈ってる……トレーナー失格だけどな」

 

 東条さんなら、ほんの数回の言葉で担当しているウマ娘に悟らせることができるのかもしれない。だが、俺は俺だ。東条さんじゃない。俺がウララにとって良しと思える行動を取って、あの子を導いていくしかないのだ。

 

 そうやってライスと話しているうちに、バタン、というゲートが開く音と共に昇竜ステークスがスタートする。

 

『各ウマ娘、揃ったスタートを切りました。真っ先にハナに立ったのは1番スマートファルコン。2番タイキシャトルも良いスタートでそれに続く』

『スタートで出遅れない限り、ダートの内枠は逃げウマ娘にとって非常に有利ですからね。これまでのレース通り、素晴らしい逃げっぷりを見せてくれるのでしょうか』

『先頭に立ったのは1番スマートファルコン、3番インディゴシュシュが2番手に上がって追走。15番ハードコントロール、12番デュンナもそれに続く。2番タイキシャトルは少し下がって5番手の位置。そこから1バ身離れて4番クンバカルナ、5番スペインジェラート、9番ショーティショット、11番カーキシュシュ、8番クラヴァット、7番プリスティンソングが先団を形成』

 

 予想通りというべきか、実力通りというべきか。綺麗なスタートを切ったスマートファルコンが先頭に立ち、どんどん後続との距離を空けていく。

 

『先団からやや離れて6番ストレートバレット、10番コロッセオファイト、13番ハルウララ、14番コンプロマイズ、2バ身離れたシンガリには16番オグレッセ』

 

 中京レース場は向こう正面から第4コーナーの出口にかけて、600メートルの距離で高低差3メートルほどの下り坂になっている。そこを抜ければ最終直線400メートルが待っているが、最初の200メートルで今度は高低差2メートルの坂を駆けあがっていくことになる。

 

 つまりは、だ。

 

『おっと、先頭のスマートファルコン、どんどん後続との距離を離していきます。2番手との距離は現在4バ身ほどでしょうか』

『非常に速いペースですね。3番のインディゴシュシュも逃げを選択したのでしょうが、距離が開く一方ですよ』

『ハナからシンガリまでの距離はおよそ8バ身。向こう正面、残り1000メートルの標識を通過しました』

『もしかするとスマートファルコンは掛かっているのかもしれまんんっ!? スマートファルコン、更に加速していますね。下り坂を利用して後続を更に引き離すつもりでしょうか?』

 

 実況と解説が困惑するほどの、スマートファルコンの大逃げ。観客席からもどよめきの声が上がっているが、スマートファルコンは一切速度を落とすことなく第3コーナーへと突入していく。

 

「あの速度で曲がり切れ……るのかよ……とんでもない子だな」

 

 さすがに曲がれんだろう、と思った俺だが、スマートファルコンは遠心力で僅かに外へと膨らみながらも速度を維持し、コーナーを駆け抜けていく。

 

 スピードもそうだが、高速でコーナーを駆けられる足腰の強さが凄まじい。ヒヤシンスステークスでオグリキャップとの対戦を避けたと思ったが、あの走りぶりを見る限り、オグリキャップですらスマートファルコンを捉え切れないのではないか。

 

『先頭はスマートファルコンの一人旅! 2番手にタイキシャトルが上がってきているがその差は何バ身だ!? 既に10バ身近い差がある! インディゴシュシュ、ハードコントロール、デュンナも懸命に追っているが差が縮まっていない! 更に後ろでは今ようやく集団で第4コーナーへ突入したばかり! 3番人気のハルウララはシンガリから数えて3番目の位置だ!』

『あれは掛かって……は、いませんね。本当にすごい足ですよ。タイムは……今のタイムだとレコードペースです』

『先頭のスマートファルコン、一足先に第4コーナーを抜けて最終直線へと到達! 残り400メートルの標識を通過した! このまま逃げ切るのか!? しかしタイキシャトルが上がってきているぞ!?』

『スマートファルコンはここからの坂道を駆け上がる足が残っているのかが問題ですね。タイキシャトルに差される可能性も……』

 

 解説の男性が思わず沈黙する。とんでもないハイペースで駆けてきたはずのスマートファルコンが、勢いもそのままに坂路を駆け上がっていく姿が見えたからだ。

 

 俺はウララの位置を確認するが、まだ第4コーナーの半ばを過ぎたばかりだ。加速して前に上がろうとしているが、前方を逃げや先行のウマ娘達に塞がれ、思うように加速できていない。

 

 自分がブロックされていることを悟ったのだろう。ウララはわざとコーナーを大きく曲がり、前方を塞ぐウマ娘がいなくなった瞬間に加速する。

 

『タイキシャトルが懸命にスマートファルコンを追う! おっと、ここできたぞハルウララ! 後方から一気に3……5人のウマ娘をごぼう抜きにした! すごい加速だ!』

『ハルウララの加速は驚異的の一言ですね。ただ、コーナーを大きく曲がった分、位置が厳しいです』

 

 解説の男性の言う通りだった。今回のレースは逃げや先行を選択したウマ娘が多く、ウララは出遅れこそなかったものの、選択した位置が悪かった。

 

 スマートファルコンに引っ張られるように加速した先頭集団は、5人ほどまとめて追い越したウララよりも更に先にいる。

 

 坂路を駆け上がるのはウララにとって得意分野だ。しかし、スマートファルコンは遠い。そんなスマートファルコンを追うタイキシャトルも、ウララからは遠かった。

 

(それに、さすがにオープン戦は出ているウマ娘の経験値が違うな……()()()()()()()か)

 

 進路妨害と取られるほど露骨ではないが、ウララをブロックするように動いているウマ娘が3人ほどいる。ウララの差し足を警戒してのことだろう。

 

 その程度なら、今のウララは容赦なくかわせる足がある。ただし、ブロックするウマ娘達もそれを妨げるような動きを見せていた。

 

『スマートファルコン逃げる! それを追うタイキシャトル届くか! 届くのか!? 距離はまだ5バ身から6バ身程度離れているぞ! 少しずつ距離を縮めているがもう先がない! 既に200を切って100メートルも残っていない! これは決まりだ! 決まりでしょう! スマートファルコンが今――逃げ切って1着でゴール!』

『タイキシャトルの追い上げもすごかったですが、あと一歩及びませんでしたね』

『そして今、3バ身差でタイキシャトルがゴールだ! 3着争いはどうだ? 最後のウイニングライブのチケットを掴むのは――3番インディゴシュシュだ! タイキシャトルと約5バ身差で3着にインディゴシュシュ! 4着は2バ身離れて5番スペインジェラート! そして1バ身離れてハルウララが飛び込んできた!』

『ハルウララは後方から一気に8人ほどかわしましたが、位置取りがまずかったですね』

 

 俺はゴールを駆け抜け、観客席に向かって手を振るウララを見詰める。

 

「見誤った、な……ああ、これは俺のミスだ……」

 

 何がスマートファルコンを変えたのかはわからないが、以前映像で見た走りとは別物だった。勝率が3割など大言壮語も良いところだろう。

 

 俺が今回のレースで考えていたウララに関する懸念は、三つ。

 

 確実に逃げるであろうスマートファルコンを捉えるためにウララがどう動くか。

 

 終盤に競ってくるであろうタイキシャトルをどうかわすか。

 

 そして、序盤にブロックしてくるであろうウマ娘達にどう対処するか。

 

 それらの懸念と今のウララの実力から、3着に入れるかどうかだと俺は思っていた。しかし、ふたを開けてみれば5着と入着こそしたものの、6着だったウマ娘との差も1バ身程度しかない。

 

 ラストスパートで一気に順位を上げたため、あと200メートルもあれば3着にはなれたかもしれない。しかし結果が変わることはなく、スマートファルコンの逃げ足によって支配された今回のレースでは届かなかった。

 

『着順が確定いたしました。1着1番スマートファっと!? スマートファルコン! レースレコードです! レコードの文字が表示されています!』

『従来のレコードから0秒6縮めていますね……あと落ち着いてください』

『っ、し、失礼いたしました。1着は1番スマートファルコンがレコード勝ち。2着は3バ身差で2番タイキシャトル。3着は5バ身差でインディゴシュシュ。4着は2バ身差でスペインジェラート。5着は1バ身差でハルウララ』

『バ身差で見ればタイキシャトルもレコードペースでしたね。逃げや先行組がスマートファルコンに引っ張られ、速いレース展開になったのも要因でしょう。その分、後続がレースに乗り切れなかったようです』

 

 俺はスマートファルコンの逃げ足を、本当に見誤っていたようだ。良バ場のダートコースでレコードを出すなど容易なことではない。それを成したスマートファルコンは、大歓声を上げる観客席に向かって何やらポーズを取り、笑顔を振り撒いている。

 

「応援ありがとー! みんなのおかげでファル子、1着になれたよー!」

 

 よく通る声でそう叫ぶスマートファルコン。その声を聞いた観客達は、より大きな声援でスマートファルコンを称賛する。

 

 そんなスマートファルコンにタイキシャトルが声をかけたかと思うと、サムズアップして肩を叩き、最後には右手をピストルの形にして笑う。おそらく、レコード勝ちしたことを称賛しているのだろう。

 

 ウララは肩で息をしていたが、そんなスマートファルコンとタイキシャトルのやり取りを見詰め、最後には着順掲示板をじっと見ていた。

 

 普段はレースで負けても笑顔を振り撒くはずのウララが、戸惑うようにして着順掲示板を見つめている。

 

「……俺は、トレーナーの才能がないのかもなぁ」

 

 思わず漏れた呟きが、風に乗って消えていく。ライスも俺が何かを呟いたのは聞こえたのだろうが、内容はわからなかったのか怪訝そうな顔をしていた。

 

 それでも才能がないならないなりに、必死に足掻くだけだ。俺にできること、ウララのためにしてやれることはなんでもやる。そうしてあの子を鍛え、育てていくしかない。

 

 だが、ガラにもなくウララをレースで諭そうとした結果がコレだ。俺の予想ではもう少しウララにとって()()()()()になると思っていたが、スマートファルコンの成長を見抜けなかった。それによって予想したレース展開と異なり、ウララの足が届かなかった。

 

 レースに絶対はないというが、なるほど、今回のようなパターンでも絶対はないらしい。

 

 スマートファルコンの逃げ足と、16人という大人数でのレース。この二つでウララに悔しいという思いを芽生えさせたかったが、どう転ぶか。

 

 俺としてはウララが必死に追ってスマートファルコンに逃げ切られるか、タイキシャトルにかわされるかのどちらかだと思っていた――が、まあ、なんというか、たづなさんにも語った通り、慢心していたのだろう。

 

 スマートファルコンに勝てる可能性は低いと思ったが、ヒヤシンスステークスでのウララの走りを見て、3着にはなれると思っていた。

 

 大人数でのレースは、去年ライスやハッピーミーク達を交えて行った18人での模擬レースぐらいしか経験がない。あの時はスタートで出遅れたが、今回は出遅れることなくスタートを切れた。

 しかも、模擬レースは芝のマイル走だったが今回はウララの得意なダートコースで短距離である。だからこそ、他のウマ娘達もウララをブロックするように動いたのだろう。

 

 16人中5着と考えれば悪い結果ではない。後方から一気に8人まとめてごぼう抜きした姿を見れば、ウララが俺の予想を超えて育ってきているのも明白だ。ブロックされた際に即座に進路を変えたのも、以前の経験が活きている証拠だろう。

 

(少しでも良い……勝ちたいと思える何かを掴んでくれ、ウララ……)

 

 ウララの右手が小さな拳を作っているのを見ながら、俺はそう願うのだった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。