リィンカーネーションダービー ‐新人トレーナーがんばる‐   作:烏賊メンコ

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昨晩の更新直後に読まれた方へ、修正のお知らせです。
昇竜ステークスで18人フルゲートとしていましたが、正しくは16人でした。
それに合わせてモブウマ娘が二人消えていますが、物語の大筋に変更はありません。


第33話:新人トレーナー、諭し、悟らされる

 ウララの昇竜ステークスが5着という結果で終わってから、三日ほど時間が過ぎた。

 

 ウララに関しては次のレースが最短でも一ヶ月後であり、チームキタルファにとっての直近のレースはライスの大阪杯になる。

 

 そのため大阪杯に向けてライスのトレーニングを重点的に行っていたのだが――。

 

(ライスは好調だけど、ウララの調子が悪いな……気が抜けてるというか、集中できてないというか……)

 

 昇竜ステークス以来、ウララの調子が目に見えて悪くなっている。普段通り明るく笑顔を絶やさないのだが、ふとした拍子に真顔になり、頭を振っては再び笑顔を浮かべてトレーニングに励んでいるのだ。

 

 普段なら調子が悪くても一晩寝れば復調するウララだが、今回は既に三日目である。怪我をしているというわけでもなく、単純にやる気が上がらないといった感じだ。

 しかし、さすがにこのままではまずい。ライスに悪影響が出かねないというのもあるが、気が抜けた状態でトレーニングを続けても怪我の元だ。それに、走る時に変な癖がついても困る。

 

「ライスはそのままトレーニングを続けててくれ。芝で2000メートルを一本、ダートで2000メートルを一本、ウッドでダッシュを5本、その次は坂路でダッシュを5本だ」

「怪我をしないよう注意して、だよね?」

「うん、そうだ……それと、ウララ。君はこっちにおいで。ちょっと話をしよう」

 

 俺はウララを呼び、手近な場所にあったベンチに誘う。ライスのトレーニングが観察できるよう、練習用のコースからなるべく離れない場所を選んだのだ。

 

「どっこいしょ、と……あ、やべぇ。今のおじさんくさかったな」

「……うん、そうだねー」

 

 俺がわざと声を出しながらベンチに座ると、ウララは俺のすぐ隣にちょこんと座る。普段なら笑って『トレーナー、おじさんくさーい!』なんて言って俺の心を抉ってくれるのだが……。

 

「どうしたんだ? 最近のウララ、元気がないぞ」

 

 俺は()()()()()()()()()ことを歯痒く思いながらも、とぼけるようにして尋ねる。ベンチに座ったウララは俺の顔を見上げるが、すぐに俯いてしまった。

 

「最近ねー、なんか、ちょっと変なんだー」

「変って言うと?」

「うん……でも、トレーナーが怒るかもしれないから言いたくない」

「…………」

 

 ウララからの拒絶に俺は絶句する。いや、絶句というか滅茶苦茶ショックだった。

 

(お、落ち着け俺……泣きそうだけど落ち着け……本当に言いたくないのなら、こうして話を振ってくること自体ないはずだ……だから本当はウララも話したい……よね? そうだよね?)

 

 人目もはばからず地面に膝を突いて慟哭したい気分だ。しかし俺はなんとか冷静に、そう、冷静に口を開く。

 

「俺がウララ相手に怒ったことがあったか? 怒らないから話してみなよ」

 

 努めて優しく言葉を吐き出す俺。目の端に涙が浮かんじゃった気がするが気のせいだ。

 

「……最近、前と比べて走るのが楽しくなくなった……ような?」

 

 だが、ウララが恐る恐る口にした言葉で、俺は冷や水を浴びせられたような気分になった。

 

(昇竜ステークスでの一件が思ったよりも効きすぎた……いや、俺が想定していたのと違う形で影響しちゃった感じ……か?)

 

 ウララは俺が本当に怒らないかを気にするように、ちらちらと見てくる。しかし俺に怒る気持ちなど欠片もなく、むしろ申し訳なさを覚えながら原因を尋ねることにした。

 

「その原因はわかるのか?」

「うーん……この前、ファル子ちゃんに負けたから……ううん、オグリちゃんに負けてから……かも?」

 

 ウララ自身、自分の状態がよく理解できていないのだろう。首を傾げながら話すウララの姿に、俺は密かに唇を噛む。

 

(ウララはオグリキャップに負けた時も普段通りに見えたが……やっぱり、思うところがあったんだな)

 

 それほどまでに、オグリキャップの走りはすさまじかった。そして先日の昇竜ステークスで負けたことも、大きく影響しているのだろう。

 

 ただ、負けて悔しく思ったのではなく、走ることが楽しく感じなくなったというのなら、これは大きな問題だ。ウララは自分の感情に整理がついていないようだが、下手するとこのままやる気を失いかねない。

 

「そう、か……」

「うん……」

 

 俺が言葉を探しながら呟けば、ウララは小さく頷きながら言う。こういう時にどんな言葉をかければ良いのか、すぐさま思い浮かばないのはトレーナーとして経験不足だからか。()()()()()()()()を想定していなかった以上、経験不足という言葉では済まされないが。

 

(負けたからなにくそとやる気を出してくれる、なんて簡単には考えていなかったけど、こうきたか……なんて言ったら正解なんだ?)

 

 そう思考した俺は、いや待て、と頭を振る。

 

(正解なんてないんだよな……今までは負けてもここまで調子を崩さなかったウララが、初めてこんなところを見せてるんだ。これをどう活かすかだぞ、俺……)

 

 ――こうなるとわかっていてお前をレースに出したんだ、と伝える?

 

 それはさすがに悪手だろう。勝てると思って送り出したのではなく、負けることを期待して送り出したと思われればどうなるか。スマートファルコンの逃げ足は本当に予想外だったが、俺も勝ち目があると思って送り出したという部分は譲れない。

 

 ――運が悪かったのさ、と慰める?

 

 たしかにレースには運が絡む部分もあるが、これもナシだ。そんなものは一時的な慰めにしかならん。いや、どれだけ練習を重ねても運が悪ければ負けるとなると、下手すりゃ余計にやる気を失う。

 

 ――相手が強くてウララが弱かったから負けたんだ、と奮起を促す?

 

 それでウララがやる気を出してくれるとは思えない。ライスはこう伝えると奮起しそうだが、ウララはそういったタイプじゃない。

 

 いくつかの案が頭の中で浮かんでは消え、浮かんでは消えと繰り返す。何を言えば一番ウララに響くか――と考えたところで俺は思考を全て放り投げた。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()と思ったからだ。

 

「なあ、ウララ……ウララは将来、どんなウマ娘になりたいんだ?」

 

 俺はライスがコースを走る姿を眺めつつ、そんなことを尋ねる。

 

「しょうらい?」

「ああ。レースで楽しく走りたい、ワクワクしたいってのはよく聞くんだが、ウララには目標があるのかなって思ってさ」

 

 本当は、もっと早いうちにこういう話をしておくべきだっただろう。そもそもこんなことは担当を引き受けた直後にでも確認するべきことだ。

 

 だが、俺はそれをしてこなかった。ウララの育成を始めた当初はそんなことを考える頭もなくて、ちょっとはまともになったと思った頃にはウララを()()()()()()()()()になっていたからだ。

 

「レースで勝ちたいっていうのも聞いたことがあるし、ウイニングライブで踊ってみたいってのも聞いた。ライスが有記念に出た時はウララもGⅠに出たいって言ってたよな? 今はどうだ? どんな風に思ってるんだ?」

 

 咎めるではなく、純粋な疑問として俺は尋ねる。ベンチに背中を預け、足を組んで、まるで日常の延長のように。

 

「そういえば昔……いや、昔ってほど昔じゃないな。ウララが未勝利戦で勝てなかった時、俺はウララに1着を取らせたいって言っただろ? 未勝利戦でウララが勝ってそれを達成したわけだが、そういやあの時の()()()()()をきちんと聞いてなかったよな」

「……答え?」

「ああ……未勝利戦で1着になった時、どんな気持ちになったんだ?」

 

 俺はそれを言葉にして聞いたことはない。嬉しかった、楽しかったという言葉はいくらでも聞いたし、ウイニングライブで踊るウララの姿を見れば、わざわざ言葉にして聞くこともないと思ったからだ。

 

 初めてのウイニングライブで踊るウララは、それほどまでに雄弁に、心からの笑みを浮かべていたのだから。

 

「すごく……うん、すっごく楽しかった」

 

 当時のことを思い出したのだろう。ウララは表情を綻ばせ、口元を笑みの形に変えている。

 

「その時と比べて、今はどんな気持ちだ?」

「楽しくない……ううん、なんだかね、胸の辺りが苦しいの。こうね、ぐるぐるーって、うずをまいてるみたいな感じ?」

 

 ウララにとって最も楽しかったであろう瞬間と、現実(いま)の落差。それを自覚させようとする俺に対し、ウララは自分の胸に手を当てながら不思議そうな顔をしている。

 続いて自分の左右のこめかみ付近を指でつつくと、渋いものでも飲んでしまったかのように表情を歪める。

 

「あと、頭がいーってなるの! こう、いーって!」

「ぶふっ……へ、変な顔になってるぞウララ……」

 

 思わず吹き出すほどの変顔を披露するウララに、俺は笑みを浮かべてしまう。

 

 それと同時に俺は、ああ、なんだ、と心中でため息を吐いた。

 

(やっぱり俺は、トレーナーの才能がないのかもしれんなぁ……)

 

 ウララのことをしっかりと理解したつもりだった。お互いに信頼し合えていると、知らないものはないんだと、そんな馬鹿なことを考えていた。

 

 ――だってほら、あのウララがこんな感情を抱いていたなんて、気付かなかったんだから。

 

「ウララ、それはな……悔しいっていうんだ」

「……くやしい?」

 

 俺の言葉を聞き、ウララはきょとんとした顔になる。初めてそんな言葉を聞いたとでも言わんばかりに、目を大きく見開いている。

 

「多分だけどな……俺がよく感じていることだし、そんなに間違ってないと思うぞ」

「くやしい……トレーナーもそうなの?」

「おうよ。ウララが負けたら悔しいし悲しい。勝たせてやれなかったことに滅茶苦茶腹が立つし自分が嫌になる。もっと上手くやれたんじゃないか、もっと上手く育ててやれたんじゃないかってな」

 

 自らの力不足でウララが負けたと思った時など、腸が煮えくり返って体の内側から茹で上がりそうなほどだ。

 

 おどけるように話す俺だが、自然と握ってしまった右拳がギシギシと音を立てている。机を殴って負った怪我は治ったが、今度はベンチを殴ってしまいそうだ。

 

「くやしい……くやしい……」

 

 俺の話を聞いたウララは、繰り返すようにして呟く。そしてふと、得心したような声色で言った。

 

「そっか……わたし、くやしいんだ」

 

 ポツリと小さく、しかしたしかな響きが込められた言葉だった。俺がその言葉に頷きを返す――と、ウララの瞳に涙が滲んでいるのが見えた。

 

「ウララ……」

「えっ? あ、あれ? おかしいなー……なんか、涙が出てきちゃった」

 

 えへへ、と笑いつつ涙を拭うウララ。頭部のウマ耳はしおれたように前に倒れ、尻尾も力なくベンチに垂れている。

 

 そんなウララの様子に、俺は慰めるように頭に手を伸ばし――ぐっと握り締めて、横によけた。

 

「俺はな、ウララ。お前から以前楽しんでレースを走りたい、ワクワクするようなレースがしたいって聞いて、それでも良いと思ってたんだ。負けても笑顔で楽しかったって言えるなら、それもウララらしいって思ってな」

 

 撫でる代わりに、俺は言葉をかける。今必要なのは、慰めよりも言葉だと思ったからだ。

 

「でもな、普段一生懸命トレーニングをしているウララを見て、()()()()じゃ我慢できなくなったんだ。1着になってほしい、勝ってほしい……今みたいな悔しい思いはさせたくない、悲しい思いなんてさせたくないってな」

「……うん」

「でも、俺が願うだけじゃ無理なんだ。ウララが勝ちたいって思わないと、勝てない相手がいる」

 

 俺は、俺にできる限りの力でウララを鍛えてきたし、これからも鍛えていく。だが、オグリキャップやエルコンドルパサー、スマートファルコンやタイキシャトルのようなウマ娘が相手となると、()()()()()を超えられるかはウララの思い次第だろう。

 

「ウララと他の子の違いはそこだと俺は思ってる。有記念でライスが見せた走りみたいに、負けたくないって強い思いが最後の最後で勝敗をわけるんだ」

「……うん。でもわたし、そんな気持ち持ったことないよ……」

 

 ウララは怒られることを怖がる子供のように、視線を自分の膝へと落とす。その姿は、そこまで強い思いを持ったことがないことを恥じるようでもあった。

 

「なら、()()()()()()()()()さ」

「……これから?」

 

 特に迷うこともなく答えた俺に、ウララは不思議そうな顔をする。

 

「そうだ、これからだ。ウララはこれまでも楽しく走りたい、レースで勝ってみたい、ウイニングライブに出てみたい、GⅠに出てみたいって思っただろ? そこに、負けたくない、勝ちたいって思いを加えればいいのさ」

「むぅ……それだけでいいの?」

「まずはそれだけでいいよ。で、負けたくない、勝ちたいって思えるようになったらきっと、今度は何に対してそう思うのかが見えてくる……と、思う」

 

 俺は最後に曖昧なぼかし方をしてしまう。ここは断言するところだっただろうが、ウララの場合それで本当に見えてくるのかという懸念があった。

 

「思う、なの?」

「うん、思う、なんだ。俺はウマ娘じゃなくてトレーナーだからな。情けないことに、ウララがそう思ってくれるかわからない……俺の気持ちとしては、次にレースでぶつかったらオグリキャップに勝たせるとか、スマートファルコンが相手でも勝たせるとか、色々あるんだけどなぁ」

 

 本当は、上手いことウララが()()()()()()()に導くのが俺の役目なのだろう。しかし、ウララみたいなタイプのウマ娘のやる気はどうやれば引き出せるのか、今の俺にはわからないのだ。

 

 ウララが悔しいと思えるようになっただけでも、大きな前進である。可能ならば、確固たる目標をウララに持たせてやりたいのだが。

 

(俺が何か目標を設定して、それに向かって頑張らせてみるか? いや、せっかくの機会なんだ。もっと話そう)

 

 あのウマ娘に勝て、このレースで1着を取れ、みたいな感じで目標を決めれば案外ハマるのかもしれない。だが、こういうのはウララ本人の意思が大事だろう。

 

「目標なんて言葉に当てはめなくて良いんだけど、ウララは何かしたいことはないか? たとえば……あー、スマートファルコンはウマドルになる、なんて考えてるみたいだけど」

 

 ウマドルってのが何なのかいまいちわからないが、昇竜ステークスでの振る舞いを見るとそれっぽい言動を心がけているのがわかる。

 

 ウララは俺の言葉に悩む素振りを見せたが、ふと、その視線を遠くに向けた。俺もそれに釣られて視線を向けると、そこにはトレーニングに励むライスの姿がある。

 

「ライスちゃんみたいに、勝負服を着てレースに出たい……かな」

「勝負服、か……うん、いいんじゃないか」

 

 ウマ娘にとって勝負服は特別な衣装だ。勝負服を着用できるのはGⅠレースのみと規定されており、そうである以上、GⅠレースに出走できるほどの実力と実績を持たない場合は着ることはおろか自分用の勝負服を作ることすらできない。

 

 勝負服を着てGⅠレースに出て、1着を獲ってウイニングライブのセンターを務める。それはウマ娘にとって一つの到達点、目標となり得るものだろう。

 

 GⅠレース以外では共通のウイニングライブ用の衣装を着ることになるが、専用の勝負服を身に纏って歌い、踊れるとあらば死に物狂いでレースに挑むウマ娘も多く出るほどだ。

 

 ウララの場合、勝負服を着てレースに出たいという思いを口にしてくれた。だからこそ、俺は尋ねる。

 

「せっかく勝負服を着るんなら、ウイニングライブはどうするんだ? 出たくないのか?」

「……出たい……うん、出たいよー!」

 

 俺が尋ねると、ウララはまだ見ぬ勝負服を着てウイニングライブを行う自分を想像したのだろう。しおれていたウマ耳がピンと立ち、尻尾も元気を取り戻して左右に振られる。

 

 ウララはレースに勝ってみたいと言うが、具体的にどんなレースで勝ちたいかまでは言うことがない。そこがウララの弱いところだと俺は思っていたのだが――。

 

「GⅠで勝ってウイニングライブを踊るとなると、オグリキャップやスマートファルコンみたいなウマ娘に勝つ必要があるぞ。そもそも、まずはオープン戦や出走条件が緩い重賞で勝っていく必要がある。それでも挑むのか?」

「むむっ……うーん……うーん……」

 

 俺がそう問うと、ウララは何故か思案気な顔付きになる。頭を人差し指でつつきながら体を左右に揺らしたかと思うと、最後には笑顔を浮かべた。

 

「うんっ! だって、トレーナーと一緒なら未勝利戦の時みたいに勝てるもん!」

「――――」

 

 眩しいほどの笑顔と共にかけられた言葉に、俺は絶句する。そこにあったのは、思わず頬を引きつらせかねないほどに無垢な信頼だった。

 

 俺と一緒なら勝てると、俺が勝たせてくれると信じ切った、そんな笑顔だった。

 

(トレーナーになって一年未満のやつに、オープン戦やジュニア級のGⅠならまだしも、重賞で勝ち抜いてなおかつクラシック級やシニア級のGⅠで勝たせろ? 笑顔でとんでもない難題を投げつけてくるなぁおい)

 

 俺は心中で独白しながら、ウララの顔を見る。一心に答えを待つ、ウララの顔を。

 

(本当、この子は……俺の愛バは……まったく……()()()()()()()()

 

 俺はウララが目標を持たないウマ娘と言ったが、俺もまた、怪我をさせずにレースで勝たせるなんて目標しかなかった。ウララがGⅠに出てみたいと言うから上を目指していた部分がないとは、けっして言えない。

 

 だが、そうだ、そうだとも。ここまでウマ娘の、ウララの輝きに魅せられたんだ。どうせならオープン戦なんかじゃない、もっと上の――GⅠの舞台でウララを勝たせてやりたい。

 

 ライスを有記念で勝たせたのとはわけが違う。いくらダートの選手層が薄いと言っても、現状ではウララより優れているウマ娘が何人もいる。

 

 そんな相手を蹴散らして、ウララにGⅠで勝たせてセンターで躍らせる?

 

 そいつはなんとも最高じゃないか。ウララのトレーナーとして、これ以上の目標はないだろう。

 

 ――だってよ、俺はハルウララのトレーナーなんだぜ?

 

 ウララに目標を持たせるはずが、気が付けば俺の中にも目標が芽生えていた。ウララの言葉と態度が、俺の中のどこか深いところにあったスイッチを、ものの見事に押していた。

 

 これまでと同じように、ウララにもライスにも絶対に怪我はさせない。その上で、より上を目指す。

 

「なら次だ、ウララ……次は絶対に勝つぞ。誰が相手でもだ」

「おー! 次は絶対負けないもんねー! よーし! さっそく練習だー!」

 

 俺がベンチから立ち上がると、ウララも勢いよくベンチから立ち上がった。そして、俺と並んで歩き出す。ウララにさっきまでの不調の気配はなく、俺の中にあった煩悶とした気持ちも、いつの間にか消えていた。

 

 そして進む先で、そんな俺とウララの姿を見て、ライスが柔らかく微笑んでいるのが見えたのだった。

 

 

 

 

 

 そうして俺たちが迎えたのは、4月前半の伏龍ステークス――では、ない。

 

 トウカイテイオーが、メジロマックイーンが、ナイスネイチャが、イクノディクタスが出走する大阪杯。

 

 阪神レース場で行われる芝2000メートル。シニア級になったライスが今年初めて挑むことになるGⅠレースの時が、刻一刻と近付いてきていたのだった。


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