リィンカーネーションダービー ‐新人トレーナーがんばる‐ 作:烏賊メンコ
大阪杯――それは阪神レース場で行われるGⅠレースであり、春のシニア三冠を狙うならば一つ目の冠となる重要なレースだ。
距離は右回りの2000メートル。1着賞金は1億3500万円と、有馬記念と比べれば半分以下だが賞金に関してはどうでもいい。ライスが出走条件を満たし、なおかつ出走の申請をして通ったことの方が重要だ。
そして、大阪杯に出てくるライバルウマ娘達の方が、なおさら重要だ。
(トウカイテイオーは金鯱賞で1着だったか……大阪杯のステップレースで1着を取ったあたり、こりゃ本気でくるな……メジロマックイーンも出てくるとは聞いちゃいたが、この前練習風景を偵察した感じだと、大阪杯ではメジロマックイーンよりもトウカイテイオーの方がやばい……か?)
俺は金鯱賞で走るトウカイテイオーのレース映像を部室で見ながら、内心で呟く。大きめのテレビとテレビ台、レコーダーの類は部費で購入したものだ。こういう時はチーム様々である。
金鯱賞は大阪杯と同じ2000メートルのレースで、GⅡに分類される重賞のレースだ。そして、俺が見たところトウカイテイオーは長距離も走れるタイプだが、一番得意な距離は中距離だろう。
柔軟な体のバネから繰り出される終盤の圧倒的な加速は、他では見れないレベルだ。ここ最近見た中で凄まじい加速を見せたウマ娘といえばオグリキャップだが、そんなオグリキャップよりも更に速い。
まだまだ発展途上のオグリキャップがシニア級のトウカイテイオーと比較対象になる、という時点で何かおかしい気もするが、気にしないことにする。
(既に二度骨折をしたって割に、綺麗な走り方だ……チームスピカのトレーナーの腕が良いんだろうな。それにこの子は去年の大阪杯でも1着を獲ってる。そこまでは無敗で、その次に走った春の天皇賞で5着……でもこの子は長距離はあくまで走れるってだけで、そこまで向いてる感じはしないよな)
春のシニア三冠に名乗りを上げたものの、大阪杯と宝塚記念はともかく春の天皇賞はかなり厳しいだろう。
それでも何故わざわざ去年の春の天皇賞に出走したのかといえば、その春の天皇賞で1着を獲ったメジロマックイーンとライバル関係にあるからだ。
トウカイテイオーは無敗のクラシック三冠ウマ娘を目指したものの、日本ダービーで1着になったあと故障で長期療養を余儀なくされている。一年弱の治療とリハビリ、更にトレーニングを経た復帰戦の大阪杯で1着……療養明けにGⅠに出すとかスピカのトレーナー、ロック過ぎんか?
しかも春の天皇賞で負けた後、再びの骨折で二度目の長期療養だ。この時は半年ほどで済んでいるが、今度は治るなり秋の天皇賞とずいぶんヘビーな復帰戦である。そこで7着に沈み、ジャパンカップで1着を獲ったと思えば有馬記念でライスに負けた。まあ、ライスに負けたというよりは絶不調で自滅した感じがしたが。
怪我と挫折を繰り返し、それでもなお再びレースの場に立つ気概には頭が下がる思いだ。
(だからこそ、怖い……この子はライスの天敵だ)
長距離なら確実にライスが勝つ。というか、長距離でライスに勝てるウマ娘なんていないと俺は信じている。たとえステイヤーとして高い評価を受けているメジロマックイーンが相手でも、だ。
だが、中距離――それも2000メートルという距離だと、トウカイテイオーは本当にヤバイ。過去のレース映像を見た限り、中距離ならばシンボリルドルフにすら勝てるかもしれない。いやうん、長距離ならうちのライスがシンボリルドルフ相手でも勝つけどね?
しかし、中距離でトウカイテイオーが相手となると、ライスでも分が悪い。それは認めざるを得ない。
ライスを見ればわかる通り、ステイヤーといっても長距離より短い距離でも平然と走れるウマ娘は割といる。ライスも中距離は走れるし、マイルも……ちょっと苦手だが走れないこともない。
ライスと同じステイヤーのメジロマックイーンも、中距離までは走れるだろう。だが、ライスもマックイーンもステイヤー……長距離でこそ真価を発揮すると俺は見ている。
距離が変われば走り方も変わる。体力の配分も変わるしどの辺りでスパートをかけるかなどの感覚もかなり変わる。
そのへんはウララがわかりやすい例だろう。ゆっくり走るのならば中距離や長距離もいけるが、ゆっくり走って勝負になるわけがない。その反面、短距離なら全力を発揮できるし、体力がついてきたためマイルでもかなり良い走りを見せるようになってきているのだ。
トウカイテイオーは中距離一本、とまでは言わない。しかし、中距離こそが彼女の距離だ。
(有馬記念じゃあ調子が悪そうだったってのもあるし、2500メートルとはいえ長距離は長距離だ……でも、今度は違う)
俺は再度金鯱賞のレース映像を再生しつつ、思考に耽る。
(ライスにマークさせるのはトウカイテイオー……でもナイスネイチャもいるんだよな。それに有馬記念ではパッとしなかったけど、イクノディクタスは2000メートル前後だと手強そうだ。誰をマークさせるかで結果が変わりかねん……)
金鯱賞で走るトウカイテイオーの太ももやふくらはぎなどを、俺はじっと見つめる。
(映像じゃわかりにくいんだよなぁ……かといって間近で見るのも咎められるし……自主トレーニングをよくしてるみたいだし、夜中に尾行して観察……通報されるよなぁ)
遠目から偵察する程度ならば何も言われないし、俺もライスを偵察されても何も言わない。だが、至近距離からしっかり観察するのはさすがに怒られる。
そのあたり、チームを設立してからマークが厳しいのだ。良い意味でも悪い意味でも先輩方に顔が売れてしまったため、肩身が狭いことこの上ない。
かといって同期連中に頼んで偵察してもらうわけにもいかない。俺も他人のことを言えないが、今年のクラシック戦線は魔境過ぎて他のことに構う余裕がないのだ。
(最近顔を合わせられてないけど、たまに見かける桐生院さんも暗い顔してたしなぁ……ハッピーミークで入着できるかどうかってレベルみたいだし、芝はやばい……ダートもやばいのがいるけどさ)
チームキタルファの部室を得てからというもの、トレーナーの共用スペースに顔を出す機会もめっきり減ってしまった。それでも同期と話をするために足を延ばすのだが、桐生院さんとは中々会う機会がない。
同期もやばいが、俺もこれからやばい。そのため再度金鯱賞のレース映像を見ようとした時、部室の扉がノックされた。
「どうぞー」
この部室を訪れるのはたづなさんぐらいだ。そう思ってレース映像を見ながら返事をすると、「おう」と短い男の声が――?
「邪魔するぞ」
「っとぉ……チームスピカの……」
扉を開けて顔を覗かせたのは、チームスピカのトレーナーだった。
年齢は三十歳前後で、身長は180センチに届くかどうかという長身である。癖のある茶髪を後頭部でひとつ結びにし、なおかつ左側頭部を刈り上げるという独特な髪形をしている男性だ。あと、ちょっとあごに無精ひげが生えているがイケメンである。俺の敵だ。
なお、チームの部室というのはそのチームに関連する様々な情報で溢れている。そのため、チーム外のトレーナーが訪れるのはあまり推奨されない行為なのだが……。
「どうしたんです?」
ちょっと上の先輩ぐらいなら警戒するが、スピカのトレーナーぐらいになると警戒しても無駄だ。どうせライスの情報も丸裸にされているに違いない。トレセン学園でも五指に入るであろうトレーナーが相手となると、肩肘張っても仕方ないのだ。
「本当はこうやってレース前に顔を合わせるのはあまり良くないんだがなぁ……上がっても大丈夫か?」
「八百長の相談なら即たづなさんが飛んできますよ?」
「んなおっかねぇ真似しねえって……」
そう言いつつ、スピカのトレーナーが部室に入ってくる。扉もしっかりと閉めると、俺に向かって真っすぐな視線を向けてきた。
「お前さんにゃあ以前、うちのテイオーが世話になったからな。電話で礼を言ったが、改めて話をしとこうと思ったんだ」
そう言うなり、スピカのトレーナーは俺に向かって頭を下げた。
「あの時は助かった。テイオーのやつ、自主トレーニングをするのは良いけど準備運動はしっかりしろって言ってあったんだがな……焦りがあっておざなりになってたみたいだ。後でしこたま怒っといた」
「あー……あの件ですか。しかし今になって出す話ですか?」
直接顔を合わせるのなら、もっと早くても良いと思うのだが。俺はもっと早く来るべきでは、なんて意味ではなく、純粋な疑問としてぶつけた。すると、スピカのトレーナーは苦笑を浮かべる。
「おいおい、あの時はお前さん、チームを設立したばっかりで大変だっただろ? そんな状況で押しかけるってのも気が引けるし、今ならタイミング的にも俺とお前さんが会うとは誰も思わないだろうさ」
「大阪杯でぶつかる敵同士、ですからね……チームスピカと真っ向勝負することになるなんて、新人にゃ荷が重いですわ。というかそっちは二人出すとかズルくないです?」
「そう思うんならお前さんもチームのメンバー増やせばいいだろ?」
「チームのメンバーを増やしたからって、増やしたメンバーをGⅠに出せるとは限らないでしょうに……こっちはウララとライスの二人で手一杯ですよ」
さらっと言ってのけるが、この人も東条さんとは別の意味でやばいな。なんというか、雰囲気がその辺のトレーナーとは別物だ。
スピカのトレーナー――先輩は懐から棒付きキャンディーを取り出すと咥え、俺が見ていた金鯱賞のレース映像へ視線を向ける。
「この前のテイオーのレースか。お前さんから見たうちのテイオーはどんな感じだ?」
「それ、普通聞きます? うちに欲しいぐらいです」
「やらねえよ……というかお前、ハルウララとライスシャワーの二人で手一杯って言ったじゃねえか」
「手が一杯ですけど、背負ってでも欲しい逸材ですね。中距離なら現役世代でトップクラスでしょう?」
俺は素直に答える。怪我をしやすそうなウマ娘だが、それを補って余りある実力があり、潜在能力があるのだ。
ただ、この子はあまり俺と相性が良くない気もする。あくまでただの勘だが。
「ゴールドシップはどうだ? アイツなら」
「え? ゴルシちゃん移籍してくれるんですか? 是非ください!」
「……アイツと話してそんなリアクションしたトレーナー、お前さんが初めてかもしれん。だがこっちも冗談だ。アイツは絶対に渡さねえよ」
ゴルシちゃんならライスと仲が良いし、なんだかんだでウララの面倒も見てくれそうだ。そういう意味では、チームキタルファに是非ともほしいウマ娘である。
先輩の顔と声色から、手放す気は欠片もないだろうが。
「で、本題だ……うちのテイオーもマックイーンも、調子は万全だ。特にテイオーは有馬記念の時みたいな不様は晒すもんかって気合十分でな。お前さんのところのライスシャワーが出てくるって聞いて、怪我させないようにトレーニング積ませるのが大変なぐらいなんだぜ?」
「……何故、それを俺に?」
当日どんな調子になっているかわからないが、現状の調子の良し悪しでさえ大きな情報だ。そのためそれを明かす理由がわからない。実は不調でブラフという可能性もあるが、先輩の顔を見る限り盤外戦術を仕掛けてくるタイプには見えなかった。
「なあに、新人相手に大人げないかもしれんが宣戦布告ってやつだ……俺は全力でテイオーとマックイーンをライスシャワーに勝たせる。その宣言だ」
「そういうの、嫌いじゃないですよ……でも、勝つのは俺のライスです」
真っ向から宣戦布告を行われ、俺もそれに応じるように答える。すると、先輩は笑って俺に背中を向けた。
「おハナさんが気にしていたのもわかる気がするぜ……それじゃあ、大阪杯で会おうや。今回の話はテイオーの件の借りとは別の話だからな」
そう言って先輩は部室から去っていく。
「おハナさんって……誰だ?」
しかし、その言葉を聞いた俺は首を傾げたのだった。
そして、とうとう訪れた大阪杯当日。空はあいにくの空模様だが、雨は降っても小降りといった感じである。ダートのレースならば砂地が重くなっていたかもしれないが、芝ならば良から稍重といった塩梅だろう。
阪神レース場は兵庫県宝塚市にあり、さすがに東京から車で日帰りするのは難しいと判断した俺は、ウララとライスを連れて前日から現地入りした。
大阪杯は土曜日に行われるということで、金曜日に授業を終えたウララとライスを連れて新幹線に乗り、一泊してからレースに出る形を取ったのだ。
大阪杯は阪神レース場の第11レースで出走時間が15時45分と、少々遅めの時間である。そのため当日に行っても良かったのだが、車で7時間前後、新幹線でも4時間弱と、帰りのことまで考えるとかなり厳しいため素直に前泊することにしたのだ。
ホテルにチェックインできたのは日が暮れてからになったが、豪華な夕飯を食べて温泉にゆっくり浸かり、一晩ぐっすりと眠ったことでライスの調子は絶好調である。近所の道路を軽く走らせてみたが体におかしなところもなく、万全の体調で大阪杯に挑めるというものだ。
そうやって訪れた阪神レース場。そこにはGⅠレースが開催されるとあって、多くの観客が詰めかけていた。最大収容人数は8万人だが、既に満員になっているらしい。
もっとも、俺はライスが出走するため問題なく入れる。ウララもチームキタルファのメンバーということで大丈夫だ。
俺は控室に向かうライスを見送った後、ウララを連れてパドックに向かう。今日のレースではトウカイテイオーをマークさせる予定だが、有馬記念の時のようにパドックでしっかりとチェックしておこうと思ったのだ。
さすがに有馬記念の時のように、露骨に調子を崩しているということはあるまい。チームスピカの先輩も、調子が良いと言っていたのだから。
ウララと言葉を交わしながらパドックで待っていると、とうとうお披露目が始まる。俺が今日のレースで注目しているライスのライバルは4人で、それ以外に関してはそこまで注目していない――が、一応全員チェックしてしまうのはトレーナーの性だろう。
『3枠5番、ナイスネイチャ』
今回のナイスネイチャは……調子が良さそうだな。有馬記念の時も調子が良かったけど、今回も同じぐらい……いや、有馬記念の時より少し元気がない、か?
これまでの戦績から4番人気に推されており、観客の声にも堂々と応えている。
『5枠9番、ライスシャワー』
今日もライスは絶好調だ。人気こそ3番人気と1番は取れなかったが、ライスが姿を見せるとパドックにまで押しかけていた観客達から声援が上がる。ライスはそれに笑顔で応えるが……うん、良い笑顔だ。
『6枠11番、イクノディクタス』
ナイスネイチャといい、この子も調子が良さそうだ。気合十分といった顔付きをしており、トウカイテイオーやメジロマックイーンの調子次第ではライスにマークさせる子を変えることも検討しなければならないだろう。
『7枠13番、メジロマックイーン』
メジロマックイーンの名前が呼ばれ、勝負服姿のウマ娘がパドックに姿を見せる。
背中まで伸びた芦毛は綺麗な艶があり、その顔立ちは可愛いと美人が両立したような非常に整ったものだ。白を基調としたベストと短ズボン、腰回りはパレオのようにひらひらとした薄青色の布地で覆われているが、側面から見ればドレスの一種にも見える。
メジロマックイーンはチームスピカに所属する名門メジロ家出身のウマ娘で、ライスと最もぶつかる可能性が高いステイヤーだと考えているウマ娘だ。
故障によって長期療養を余儀なくされていたが、ようやく復帰したと思えばGⅠの大阪杯が復帰レースという吹っ飛び具合。やはり、チームスピカのトレーナーはロック過ぎるのではなかろうか?
ここ2年で春の天皇賞を2連覇しており、今回の大阪杯だけでなく春の天皇賞などにも確実に出てくるだろう。
(長期間休養していたとは思えんな……見事な仕上がりだ。さすがは名門メジロ家のウマ娘ってところか)
凛とした立ち姿で観客達を見回しているが、他のウマ娘にはない華がある。その表情には自信と覇気が満ちており、俺の中でメジロマックイーンをマークさせるべきか、という迷いが生まれた。
なにせ、故障で長期離脱していたにも拘わらず人気投票はライスを上回る2位なのだ。観客の素人目から見ても、メジロマックイーンのすごさが理解できるのだろう。
『8枠15番、トウカイテイオー』
ライスにマークさせる相手を変更するかどうかは、このウマ娘次第だ。有馬記念のような有様ならばメジロマックイーンにマークを切り替えるが……。
(先輩の言った通り、調子が良さそうだな……こりゃあ難敵だ)
トウカイテイオーの顔を見た俺は、苦笑するように内心で呟く。
以前自主トレーニングをしていた際に話をしたが、その時と違って引き締まった表情をしている。体調も万全なのか、観客に向かってテイオーステップと呼ばれる独特の動きを披露しているほどだ。
昨年の大阪杯の覇者だからか、人気投票は堂々の1位である。
(当初の予定通り、トウカイテイオーで問題ない……か? メジロマックイーンも難敵だろうし、ナイスネイチャもイクノディクタスも調子が良さそうだぞ……)
俺はここにきて悩んでしまう。有馬記念の時は各ウマ娘の調子の良し悪しが割とバラバラだったため決断できたが、今回は注意しているウマ娘全員の調子が良さそうなのだ。
それでも、敢えて選ぶならトウカイテイオーかメジロマックイーンの二択になるのだろうが。
「……ん?」
俺が悩んでいると、次のウマ娘に場所を譲ったトウカイテイオーが視線を向けているのに気付く。そして気合十分といった顔付きで、俺に向かって人差し指を突き出した。こら、人を指さすんじゃありません。
「トレーナー? テイオーちゃん、こっちを見て指さしてるよー?」
「人を指さしたら失礼だから、ウララは真似しないようにな? でもまあ、なんとも気合いの入った顔で……」
俺は思わず苦笑してしまう。スピカのトレーナーがしこたま怒っといたって言ってたからその件か、あるいはレースに出れば勝つのは俺のライスだと宣言したからか。
もう三ヶ月近く経つ上にほんの僅かな時間の邂逅だったが、しっかりと覚えているらしい。
(そういえば、先輩は全力で勝たせるって言ってたよな。そうなるとライス対策に何かしら作戦を立ててる可能性もあるか?)
さすがにメジロマックイーンとトウカイテイオーが組んでライスを潰しにくるようなことはないだろう。というか、GⅠの舞台でそんな真似をしてたらナイスネイチャを始めとした他のウマ娘達に負けかねない。
まさかライスを1着にさせないためだけに自爆するような真似はしないはずだ。となると、実力で勝ちに来るのだろうがどうなるか。
(ライスが1着になりそうなウマ娘をマークして差すってのは、向こうもわかってるはず。有馬記念ではマークを切り替えてからのロングスパートで勝ったけど、今回は2000メートルだ……仕掛けどころが難しいぞ……)
有馬記念の2500メートルと大阪杯の2000メートル。高々500メートルの差と思うかもしれないが、500メートルも違えば戦い方も大きく変わる。
(あの負けん気の強さから考えると、わざとマークさせてから最後の直線でライスと勝負するかもしれんが……参ったな……)
トウカイテイオーだけを意識していては、メジロマックイーンに一人勝ちさせてしまう可能性もある。そこまで考えた俺は、ライスがパドックの柵の傍まで近づいてきていることに気付いた。
「お兄さま、作戦に変更は?」
「……今日のトウカイテイオー、どう思う?」
ライスからかけられた言葉に、俺は小声で尋ねる。すると、ライスは真剣な表情で頷いた。
「有馬記念の時と違って、今日のテイオーさんは怖いよ。でも、マックイーンさんも怖い、かな」
「だよな……」
ライスでさえも、どちらをマークするべきか判断できないらしい。あるいは、マークに意識を割くよりも真っ向勝負するという手もあるが、マークして差し切るのがライスの力が一番発揮される戦法だ。
そこまで考えた俺は、相手が取りそうな戦法に思い至った。
「予定通りトウカイテイオーをマークしてもらうけど、もしかしたら、なんだが……逆に相手の方からライスをマークしてくるかもしれない」
「テイオーさんが……ライスを?」
「ああ。メジロマックイーンにナイスネイチャ、イクノディクタスと強いウマ娘が多いけど、メジロマックイーン以外は有馬記念で全員に勝ってるからな。トウカイテイオーとしても無視はできないはずだ」
マークしようとした相手からマークされる。それによってライスが崩れるとまでは向こうも考えないだろうが、集中を妨げられるのは確かだ。
「さすがにわざとスタートで出遅れてマークするなんて露骨な真似はしないと思う。ただ、トウカイテイオーにマークされたらライスはマークをメジロマックイーンに切り替えてくれ。あの子も先行タイプのウマ娘だ。前の方につけていれば、最後の直線での勝負になる」
有馬記念の時も行ったが、途中でマークを切り替えるというのは本来容易ではない。だが、ライスならばできると信じているし、実際に有馬記念でやってくれたのだ。
「うん、任せてお兄さま」
だから俺にできるのは、笑顔で頷いたライスを信じることだけである。
――そして、大阪杯の幕が上がった。