リィンカーネーションダービー ‐新人トレーナーがんばる‐ 作:烏賊メンコ
ウララが端午ステークスで1着を獲ったそのすぐあとのことである。小走りでパドックまで移動した俺は、お披露目がギリギリ始まっていないことに安堵しながら観客席の最前列へと陣取った。
すると、観客席のあちらこちらから『ハルウララがレコード勝ちだってよ』とか『2着に大差つけて勝ったんだって』とか聞こえてくる。
ふふん、もっとウララを褒めて良くってよ? なんてキングちゃんみたいな感想が浮かんでくるが、表情は引き締めてパドックをじっと見つめる。
春の天皇賞は本来フルゲート18人まで出走できるのだが、今回は大阪杯でのライス、トウカイテイオー、メジロマックイーンによる三つ巴の走りが影響したのか、15人での出走になる。
俺が警戒しているのはメジロマックイーンにトウカイテイオー、イクノディクタスにマチカネタンホイザ、そしてメジロパーマーの5人だ。
この5人でも特に警戒しているのが、メジロマックイーンとメジロパーマーの2人である。メジロマックイーンは現役最強のステイヤーという呼び声も高く、去年、一昨年の春の天皇賞を2連覇している。今年は3連覇をかけて走るため、その気合いは尋常ではないだろう。
そしてメジロパーマーは有馬記念でライスと最後まで競った相手だ。有馬記念は2500メートルで今回は3200メートルのため、逃げ続けるのは困難だろう。それでも油断できる相手ではない。
あとはトウカイテイオーも特に警戒するべきなんだろうが……。
(去年の春の天皇賞のレース映像を見た限り、トウカイテイオーはそこまで脅威じゃない……いや、強いは強いけど、長距離の中でも一番距離がある春の天皇賞だと一番の脅威は……やっぱりメジロマックイーンだな)
ライスはトウカイテイオーに借りを返す気満々だったが、3200メートルもの長距離となると一番怖いのがメジロマックイーンだ。うちのライスを差し置いて現役最強のステイヤーと呼ばれるのも納得できるほど、長距離に強い。いや、最強のステイヤーはライスだけどね?
(それに、トウカイテイオーは二度の骨折で休養していた期間が長い。完治して半年も経ってないんだ……中距離までならともかく、長距離であの速度を維持するのは不可能だろう)
というか、トウカイテイオーが中距離の速度で長距離を駆けられたら本当に洒落にならん。もしも可能になっていたらチームスピカの先輩がどれだけ化け物かと現実を疑いたくなる。
あとは、パドックでの調子次第で誰をマークさせるかだが――。
『2枠3番、ライスシャワー』
そうこうしているうちに、パドックでのお披露目が始まった。
今日のライスは2枠3番と内枠での出走である。先行気質なライスには有利な位置と言えるが、第11レースということもあってコースの内側は荒れ気味である。そのためトントンで有利とはいえないかもしれない。
場内アナウンスに従って勝負服姿のライスが出てきて……あれ? 俺の上着どこいった? さっきライスに着せた……よな? あれ? ライスに着せたよね? どこかに置いてきたっけ?
ライスは2番人気に推されており、堂々と胸を張り、観客の声援に応えているが……本当に俺の上着どこにいった? ライスが控室に置いてるのかな?
『3枠5番、マチカネタンホイザ』
俺が軽くパニクっていると、チームカノープスのマチカネタンホイザが姿を見せた。
少し癖のある栗毛を肩まで伸ばし、青い帽子を斜めにかぶった可愛らしいウマ娘である。勝負服は肩が露出した形の白い長袖シャツを赤いコルセットで締め、花模様が特徴的な青いミニスカートを穿いている。
こうして生のレースで見るのは初めてである。菊花賞で3着に入ったものの、ライスのブーイングライブに巻き込まれた子だ。
5番人気と高い人気があり、その人気を裏付けるように仕上がった体をしている。
『5枠9番、メジロパーマー』
俺としては、出てきたか……といった気持である。有馬記念で共に大逃げしていたダイタクヘリオスはいないため、どうなるか予測がつかない。それでもこれまで通り大逃げするだろう。
調子はかなり良さそうで、俺は思わず眉を寄せてしまう。
(メジロマックイーンの調子次第じゃ、ライスにマークさせるのはこっちになる……か?)
そう考えてしまうぐらい、メジロパーマーの調子は良さそうだった。人気も4番人気とかなり高い。
『6枠10番、トウカイテイオー』
その名前が読み上げられると、観客がにわかにざわつく。大阪杯の勝者にして、春のシニア三冠に必要な冠の二つ目を取りに来たウマ娘なのだから。
トウカイテイオーは観客達の前でテイオーステップを披露するが、途中で俺に気付いたのかにやっと笑う。そのため俺もにやりと笑って返した。
トウカイテイオーも調子が良さそうで、人気はメジロパーマーを超える3番人気だ。大阪杯で1着を獲ったにも拘わらず3番人気になったのは、去年の春の天皇賞で5着になったのが原因だろうか。
おそらく、ウマ娘ファンの中にもトウカイテイオーの長距離適性を疑問視する向きがあるのだろう。それでも3番人気に推されているのはさすがの一言だった。
『7枠13番、イクノディクタス』
チームカノープスから二人目の出走である。しかし……なんというか、調子はいまいちそうだ。この子もGⅠの大舞台に何度も出てくるような子なのだが、結果に結び付いていない節がある。
それをウマ娘ファンも感じているのか、15人中14番人気と評価が低い。
(今日のイクノディクタスは……うん、怖くないな)
俺はイクノディクタスからマークを外す。
『8枠14番、メジロマックイーン』
そして、その名前がアナウンスされた瞬間、パドックにいた観客達から大きな歓声が上がった。
メジロマックイーンは堂々とした足取りでパドックに姿を見せると、落ち着いた様子で観客達を見回す。メジロマックイーンがまとう雰囲気を感じ取った俺は、思わず苦笑を浮かべてしまった。
(調子は良さそうだな……うん、マークはこの子だ)
一目見た瞬間、メジロマックイーンこそがライスにとって最大の敵になるだろうと感じ取った。現役最強ステイヤーの名は伊達ではない。
次点でメジロパーマーもヤバいが、メジロマックイーンほどではない……って、マジでヤバイのはこんなウマ娘達を輩出しているメジロ家やもしれぬ。
「お兄さま」
パドックでのお披露目が終わると、ライスが柵越しに俺の傍へと寄ってくる。
ライスも今日警戒するべき相手を見定めたのだろう。静かに、しかしたしかな熱を瞳に宿している。
「ライスもわかってると思うけど……マークする相手はメジロマックイーンだ。メジロパーマーもやばいけど、メジロマックイーンの方が多分強い」
「うん……ライスも同意見。個人的にはテイオーさんをマークしたかったけど……」
そう言いつつ、トウカイテイオーへ流し目を向けるライス。トウカイテイオーはそれを感じ取ったのか、ぶるりと体を震わせて周囲を見回している。
「まとめて差し切るよ」
「ああ、その意気だ」
調子は万全で意気軒昂といった感じだ。俺はライスの頭をひと撫ですると、駆け足でレースの観客席へと向かうのだった。
『日が徐々に傾き始め、春の陽気が遠ざかり始めた京都レース場の第11レース。芝3200メートル、GⅠ、春の天皇賞。バ場状態は良の発表です』
『先ほどの端午ステークスでレースレコードが出たからか、観客席も大盛り上がりです。春のシニア三冠の中継点。春の天皇賞、まもなく発走です』
京都レース場にファンファーレの音が鳴り響き、勝負服で身を包んだウマ娘達がゲート付近に集まっていく。
『2枠3番、ライスシャワー。2番人気です』
『前走の大阪杯では3着になりましたが、トウカイテイオーやメジロマックイーンとの競り合いは素晴らしいものがありました。今回のレースは彼女の距離適性に合っているため、大いに期待が持てます』
ライスが紹介されると、観客席から大きな歓声が上がる。その声の大きさは、菊花賞でブーイングを受けたウマ娘のものとは思えないほどに大きい。
そしてマチカネタンホイザ、メジロパーマー、イクノディクタスと奇数番号ウマ娘の紹介が進み、トウカイテイオーの番がくる。
『6枠10番、トウカイテイオー。3番人気です』
『前走の大阪杯では1着になり、レコード勝ちをしました。ただ、距離適性の疑問があるのか、人気ではメジロマックイーンとライスシャワーに譲りましたね。それでも期待が持てるウマ娘です』
トウカイテイオーは軽くステップを踏むと、ゲートに入っていく。その際ちらりとライスを見たが、ライスは精神を集中しているのか、それに気付いた様子がない。
『8枠14番、メジロマックイーン。1番人気です』
『このレースの大本命……っと、すごい声援ですね』
解説の男性が思わず零すほどの大きな声援が、京都レース場を満たす。それはライスに向けられた声援よりも大きく、京都レース場全体を揺らしそうなほどだ。
『春の天皇賞を2連覇し、3連覇がかかるこのレース。しかしGⅠ3勝目を狙うライスシャワー、そしてGⅠ6勝目を狙うトウカイテイオーもいます。大阪杯の時のようにこの二人と競うのか、それとも他のウマ娘が飛び出してくるのでしょうか?』
歓声が収まり始めたタイミングで解説の男性がそう話すと、再び観客席から大歓声が上がる。それは今からのレースを期待するもので、俺としてもワクワクした気持ちが抑えきれない――のだが。
(少し騒ぎすぎじゃないか? 普段よりゲートに入ってからの時間が長引いてるが……)
俺は腕時計を確認しつつ、ライスの様子を見る。ライスは驚くほど冷静に、観客の声援など聞こえていないように待機しているが、他のウマ娘の中には頭部のウマ耳を押さえている者もいる。
ウマ娘は優れた身体能力を持つが、五感――特に聴覚が優れている。嗅覚なども人間より優れているが、この大歓声はウマ娘達にとってかなり辛いだろう。
「うー……とれぇなぁ……みみ……」
合流したウララも、涙目で自分のウマ耳を押さえていた。そのため俺はウララの背後に回ると、ウララの頭に両手を乗せて耳を塞ぐ。すると安心したように背中を預けてきたため、そのまま発走まで待つことにした。
本当は先ほどのレースでレコード勝ちをしたことを褒めちぎりたいが、さすがにライスのレース前ということで自重する。このまま頭を撫で回して、だっこして、高い高いして、いっそ胴上げでもしたいが自重する。
『レースが始まりますので、お静かにお願いいたします』
さすがに度が過ぎていると思ったのだろう。場内アナウンスで注意が促される。するとようやく歓声が収まり始め、ゲートインから3分ほど経ってから出走の準備が整った。
『各ウマ娘、ゲートイン完了――スタートしました』
バタン、とゲートが開く音と共に、春の天皇賞がスタートする。
『さあ、各ウマ娘、一斉に綺麗なスタートを切りました。ハナを切ったのは2番ザンバーハ、9番メジロパーマーがすぐ後ろに続く。6番フリルドピーチがそれを追走。14番メジロマックイーン、3番ライスシャワー、1番カルテットアコード、10番トウカイテイオー、5番マチカネタンホイザ、11番サコッシュ、8番クピドズシュート、12番ミニキャクタスが塊となって先行しています』
『逃げと先行のウマ娘が多いですね。長丁場のためどのようなレース展開になるのか注目です』
『先行組から2バ身離れて7番グランドフィースト、13番イクノディクタス、15番シンバルリズム。シンガリは4番オイシイパルフェ』
スタートで出遅れたウマ娘はいない。それぞれが綺麗なスタートを切り、思い思いの位置取りをしながらターフを駆けていく。
京都レース場で行われる春の天皇賞は、向こう正面の半ばからスタートして外周りでコースを1周半してゴールを目指す形になる。
向こう正面の半ばからスタートするということは、いきなり淀の坂を駆け上がる必要がある、ということだ。
『先頭は替わって9番メジロパーマー。淀の坂をするするっと登りながら先頭を奪いました。しかしレースは始まったばかり。一体誰が最初に仕掛けていくのでしょうか』
『春の天皇賞は長丁場になりますからね。仕掛けどころを間違うと後半に残すべきスタミナがなくなるかもしれませんよ』
ライスはメジロマックイーンの後ろについた状態で5番手と、非常に良い位置にいる。たしかに春の天皇賞は勝ち時計が3分18秒前後と長丁場になるが、ライスならばメジロマックイーンにプレッシャーを与えつつ足を温存できるだろう。
(トウカイテイオーは……ライスの後ろにいるけど、あれじゃあマークが成立してないな)
トウカイテイオーの動きを見た俺はそう判断する。というか、大阪杯の時みたいにトウカイテイオーがライスをマークする素振りを見せているものの、ライスは
ライスはトウカイテイオーとメジロマックイーンの二人ならば、どちらかというとトウカイテイオーを意識していた。しかし、ウララの走りがライスの中のスイッチを入れたのか、いざレースが始まると指示通りにメジロマックイーンをマークしている。
『淀の坂を抜け、第3コーナーから第4コーナーへと入っていきます。先頭は9番メジロパーマー。後続との距離をぐんぐん離していきます。2番手との距離はおよそ5バ身から6バ身といったところでしょうか』
『去年の有馬記念で見せた大逃げを彷彿とさせる走りですね。ただ、今回は3200メートルです。最初に飛ばし過ぎてもスタミナがもたないでしょう』
『2番ザンバーハ、6番フリルドピーチがメジロパーマーを追いますが距離が縮まりません。そのすぐ後ろの14番メジロマックイーン、3番ライスシャワーは位置が変わらず、10番トウカイテイオーが1つ上がって6番手、1番カルテットアコード、5番マチカネタンホイザ、12番ミニキャクタス、11番サコッシュ、8番クピドズシュートの順。少し離れて13番イクノディクタス、7番グランドフィースト、15番シンバルリズム。シンガリは4番オイシイパルフェと縦に長い展開です』
ウマ娘達が第4コーナーを抜け、ホームストレッチへと突入してくる。京都レース場の外周りは淀の坂を除けばほぼ平坦なコースだ。ここから再度淀の坂を登るまでの間に、どう動くか……。
『1000メートルを通過しました。先頭は相変わらずメジロパーマーです。後続は細かく位置を変えながら追走していますが、逃げに逃げているメジロパーマー、既に2番手との間に10バ身以上差をつけています』
『1000メートル通過でタイムは……58秒4!? これはかなりのハイペースですね。メジロパーマーは掛かって……いえ、落ち着いて走っているように見えます。はたして最後までスタミナがもつのでしょうか?』
12万人もの観客が、ホームストレッチを駆けていくウマ娘達に大歓声を上げる。それもそのはず、現在単独でトップを走っているメジロパーマーは有馬記念を彷彿とさせる逃げっぷりを披露していた。
(焦るなよ、ライス。あのペースじゃ最後まではもたん……今はメジロマックイーンをマークし続けるんだ)
俺はそう思いつつライスを見る――が、思わず頬を引きつらせてしまった。
メジロマックイーンのすぐ後ろについたライスだが、すさまじい威圧感を放ちながらメジロマックイーンを牽制しているのだ。それを感じ取っているのか、メジロマックイーンはひどく走り難そうである。
『メジロパーマーがホームストレッチから第1コーナーへと突入しました。後続に大きな変化はありません。14番メジロマックイーン、3番ライスシャワー、10番トウカイテイオーがやや位置を上げてきたでしょうか?』
『さすがにメジロパーマーもこのまま逃げ切るということはないでしょうが、可能な限り距離を詰めておきたいのでしょうね。その3人は第4コーナーから最終直線にかけて強いウマ娘達です。最終直線までにどこまで距離を詰められるかが勝利の分かれ目となるのではないでしょうか』
『ハナのメジロパーマーからシンガリのオイシイパルフェまで20バ身近く離れていますね。ここから届かせることができるのでしょうか』
『レースもまだ中盤戦に入ったばかりです。メジロパーマーのスタミナがもつのか、後続が追いつくのか、目が離せません』
これが大阪杯や宝塚記念ならば、距離的にもメジロパーマーが独走状態で逃げ切っていたかもしれない。しかし、春の天皇賞はまだ、半分も過ぎていない。
『メジロパーマーが第2コーナーを抜けて向こう正面へと差し掛かります。前半のタイムは1分34秒1……』
『すごいタイムですねぇ……このペースが最後までもてばレコードを10秒近く縮めることになりますよ』
実況と解説の男性がそう話しているが、今のペースがもつのならレースレコードもコースレコードも超えて、ワールドレコードすら余裕で塗り替えることになる。
たしかにメジロパーマーはすさまじい逃げ足を見せているが、レースは途中のタイムで勝敗が決まるのではない。真っ先にゴールを通過した者が勝つのだ。
そんな俺の考えを肯定するように、淀の坂へと差し掛かったメジロパーマーの足が徐々に鈍っていく。序盤から飛ばし続けたのだ。急勾配の坂路はメジロパーマーにとってすさまじい負担となるのだろう。
『相変わらず先頭を走るメジロパーマー、さすがに淀の坂は、心臓破りの坂はきついか!? ペースが落ちています! しかし懸命に坂を駆け上がっていく!』
だが、メジロパーマーはたしかにペースを落としたものの、必死の形相で淀の坂を駆け上がっていく。それを見た俺は、思わず呟いていた。
「良い根性だ……大したウマ娘だな」
逃げという戦法に誇りを持っているのだろう。メジロパーマーはたしかに走るペースを落としたものの、俺が予想したものよりも速いペースで淀の坂を駆け上がっていく。
『残り1000メートルの標識を通過……ここで動いたのはメジロマックイーンだ! メジロマックイーンが速度を上げて2番ザンバーハ、6番フリルドピーチをかわした! しかしそのすぐ後ろにはライスシャワーがぴったりと張り付いている! トウカイテイオーも上がってきたぞ!?』
『大阪杯で三つ巴の戦いをした三人が動きましたね。残り1000メートルと勝負を仕掛けるには早いですが、メジロパーマーの逃げ足を警戒したのでしょう』
2周目の淀の坂ということもあり、メジロマックイーンもトウカイテイオーも疲労を滲ませている。だが、ライスだけはこれまで通りの表情でメジロマックイーンをマークし続けている。
『メジロパーマーが第3コーナーから第4コーナーへと差し掛かる! しかし後続との距離は6……いや、5バ身まで縮まっているぞ! 現役最強のステイヤーが! 漆黒のステイヤーが! GⅠ5勝のウマ娘が! メジロパーマーを捉えようと加速している!』
『ここからホームストレッチまでは下り坂が続きます。メジロパーマーはどこまで逃げ切れるか……ん? メジロパーマーも加速しました! まだ足が残っていたようです!』
本当に、メジロパーマーは良い根性をしている。さすがはGⅠの舞台に出てくるウマ娘だ。トレセン学園には、本当に素晴らしいウマ娘が揃っている――が。
――俺のライスの方が、すごいウマ娘だ。
『ここで更に動いたのはライスシャワー! ライスシャワーだ! 第4コーナーを抜けて残り400の標識を通過した瞬間! 一気に加速してメジロマックイーンをかわした! 先頭を駆けるメジロパーマーを射程に捉えて今! 漆黒のステイヤーが加速していく!』
『勝負を仕掛けてきましたね! メジロマックイーンとトウカイテイオーも加速しています!』
第4コーナーを抜け、残すはホームストレッチの最終直線400メートル。そこで勝負を仕掛けたライスが一気に加速し、メジロパーマーまであと2バ身というところまで迫る。
「いっっけええええええええええええぇぇぇぇぇっ! ライスウウウウウウウウウゥゥッ!」
「あとちょっとだよライスちゃあああぁぁんっ!」
俺はウララと一緒に叫ぶ。観客席の観客達も徐々に立ち上がり始めており、思い思いの声援を投げかけていく。
『メジロパーマー粘る! パーマー粘る! しかしライスシャワーが迫っている! そしてライスシャワーのすぐ後ろにはメジロマックイーンとトウカイテイオーも迫っている! メジロパーマーとライスシャワーは1バ身! ライスシャワーとメジロマックイーン、トウカイテイオーとの間にも1バ身! 距離はまだ300メートル残っている!』
『大阪杯に続き、今回も最終直線での競り合いになりました! しかしここには大阪杯にはいなかったメジロパーマーがいます! おおっと!? そしてトウカイテイオーのすぐ後ろ! すぐ後ろに迫っているのはマチカネタンホイザです! 外から上がってきましたマチカネタンホイザ!』
『お聞きくださいこの大歓声! 京都レース場が地鳴りを起こしたように揺れています! 観客は総立ちだ! 総立ちになってレースの行方を見守っている! 他のウマ娘はどうだ!? 上がってこれないか!? 先頭争いの5人から5バ身以上離れている!』
残り距離は200メートル。しかしライスシャワーはメジロパーマーのすぐ隣に並んだが、メジロパーマーは足を残していたのかまだかわせない。すぐ後ろにはメジロマックイーンが迫っていて――。
「ライスッ! お前がぁっ! 最強のステイヤーだあああああああああああぁぁぁっ!」
俺はコースと観客席を隔てる柵を殴りながら叫ぶ。
そうだ、そうだとも。俺のライスこそが、最強のステイヤーだ。長距離において、最強のウマ娘なのだ。
そんな思いを込めて叫んだ俺の声は、はたしてライスに届いたのか。
『ライスシャワー! 更に加速した!? メジロパーマーを完全にかわした!? すぐ後ろではメジロマックイーンとトウカイテイオーも加速している――が、距離を離していく! 離していくぅっ!? ライスシャワー! 完全に抜け出した! 抜け出したぞライスシャワー!』
ライスの足が、更に伸びる。大阪杯で競り合ったメジロマックイーンとトウカイテイオーを置き去りにするように、一歩一歩、ぐんぐん加速していく。
『メジロマックイーンとトウカイテイオーも追っている! マチカネタンホイザも上がってきた! メジロパーマーは限界か!? これ以上は伸びないか!? すさまじい足だライスシャワー! 漆黒のステイヤーが! 今、先頭で――ゴール!』
「よっしゃああああああああああああぁぁぁっ!」
「やったああああああああああああぁぁっ!」
1着でゴールを通過したライスの姿に、俺は拳を突き上げて叫ぶ。ウララも両手を上げてぴょんぴょんと跳ね、最後には俺の背中によじ登る。
「やったよトレーナー! ライスちゃん! 1着だよー!」
「ああ! そしてお前も1着だぞウララァッ!」
俺は背中によじ登ってきたウララを前に移動させると、両脇に手を差し込んでそのまま高く持ち上げる。周りの観客がぎょっとした顔で俺たちを見てくるが、俺が持ち上げているのがウララだと気付くと何故か拍手をしてくる。
『1着はライスシャワー! 2着はメジロマックイーン! 3着はトウカイテイオーとマチカネタンホイザが並んでいたためわかりません! 5着はメジロパーマー!』
『ライスシャワーは最後にすさまじい足を見せましたね……メジロマックイーンも伸びましたが、最後の一伸びが足りませんでした』
『着順掲示板が今、点灯して……おおっとレコードだ! 端午ステークスに続いてレースレコードが出ました!』
そんな実況の声に、俺は抱き上げたウララを肩車しながら着順掲示板を見る。するとそこには、たしかにレコードの文字が光っていた。
『着順が確定いたしました。1着ライスシャワー、勝ち時計は3分15秒8でレコード勝ち。2着2バ身差でメジロマックイーン。3着1バ身差でトウカイテイオー。4着ハナ差でマチカネタンホイザ。5着2バ身差でメジロパーマーです』
実況の声を聞いた俺は、ゴールを駆け抜けたライスへと視線を移す。するとライスは肩で息をしていたものの、大きく息を吸って胸を張り、観客席に向かって右手を突き上げた。
そして右手をピースサインにしたかと思うと、GⅠレース3勝目を示すように薬指を立てる。
それを見た観客から更に巨大な声援が――ちょっ、肩車してるウララの鼓膜がヤバイ。
俺は慌ててウララを下ろすと、頭部のウマ耳を両手で押さえながらウララが着地した。
観客の声の中には「メジロマックイーンの3連覇が――」とか「余計な――」みたいな叫び声も聞こえたが……ライスの勝利を称える声が大きすぎて、ほとんど掠れている。
ライスもその叫び声が聞こえたのだろうが、笑顔でスルーしてメジロマックイーンと握手を交わし、ついでにトウカイテイオーには三本指を向けている。ふんすっ、って感じで右手を突き出すライスが可愛い。
そんなライスを見ていた俺の腕をウララが引っ張ったかと思うと、満面の笑みを浮かべて、言った。
「――やっぱり、トレーナーと一緒なら勝てたね!」
心底嬉しそうに微笑むウララ。その言葉を聞いた俺は、急激に視界が滲むのを感じる。
「ああもう……お前達は俺を何回泣かせれば気が済むんだよぉ……」
俺はそう言って、涙を流すところを見られないようにウララを抱き締めたのだった。