リィンカーネーションダービー ‐新人トレーナーがんばる‐   作:烏賊メンコ

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第40話:新人トレーナー、独占インタビューを受ける

 ウララの端午ステークスとライスの春の天皇賞が終わり、束の間の平穏が訪れた。

 

 ウララは次のレースが5月前半の青竜ステークスか、5月後半の鳳雛ステークスになる。

 あるいはもっと時間を空けて、シニア級が出てくることも承知で6月前半の天保山ステークスに出してみるのも手だろう。

 

 青竜ステークスはマイル走1600メートル、鳳雛ステークスがマイル走1800メートルと少しばかり距離が長い。しかし、天保山ステークスはシニア級が出てくる代わりに短距離1400メートルとウララにとって得意な距離になるのだ。

 今のウララならばシニア級が出てくるレースでも互角に競り合えるのではないか、なんて思うのはトレーナー贔屓が過ぎるだろうか。

 

 ライスが次の目標にしている宝塚記念は6月後半と2ヶ月近い時間的余裕がある。それまでに可能な限り鍛えるのは当然として、レース感覚を忘れさせないためにも5月後半にあるGⅡの目黒記念あたりに出しておきたいところだ。

 

 目黒記念は2500メートルと長距離のレースになるためメジロマックイーンが出てくるだろうし、もしかするとトウカイテイオーも出てくるかもしれないが、それはそれで宝塚記念の予行になる。

 

 俺はそんなことを考えつつも、レースの翌日にコンビニで買ってきたスポーツ新聞をチームキタルファの部室で読む。最近はレース後にゆったりとウララやライスの出たレースの記事を読むのが定番と化しているが、今日はこれまで以上に晴れやかな気分で読むことができる。

 

『チームキタルファ、端午ステークスと天皇賞春でレコード。今年度は順調な滑り出し』

 

 そんな見出しで記事が書かれている――というか1面にカラーで記事が載ってるんだが。

 

(なんで? って、ライスが勝ったのがGⅠだしなぁ。それにしては1面全部……ん? あれ? 裏面までうちの記事じゃねえか)

 

 1面にはカラー写真でライスがゴールを通過した瞬間が、2面には白黒写真だがウララがゴールを通過した瞬間が載っていた。

 

(うっわー……マジかよ……他の新聞も買ってくれば良かったな。記事が載ってるならウララとライスに見せてやりたいしなぁ……)

 

 俺が担当しているウマ娘がこうして新聞に載っているのを見ると、なんとも言い難い感情が湧いてくる。誇らしく、嬉しく、むず痒く……まあ、そんな感じだ。

 

(昨日のレースは盛り上がったもんな。特にライスの方は入着の5人で終盤競り合ってたし……んお? シンボリルドルフ以来の快挙? 何が……って、長距離3冠? 菊花賞に有記念に天皇賞春……あ、本当だ)

 

 クラシック三冠や春のシニア三冠のように正式な称号ではないが、一年間の内に長距離のGⅠ3つを全て制したのはシンボリルドルフ以来の快挙らしい。

 

 狙っていたわけではなく、気付いてすらいなかった俺である。大阪杯で負けて春のシニア三冠逃しちゃったな、ぐらいにしか考えていなかった。

 

 そこまで考えた俺はふと、気付いていなかったというか、何か忘れているような気がして首を傾げる。

 

(そういえば、何か忘れてる気がするんだよなぁ……今日何か予定があるわけでもないし、何かが足りないような……)

 

 京都に忘れ物でもしてきたのだろうか? なんというか、家に帰って荷物を片付けていたら何かが足りない気がしたんだが。でも忘れ物してたら泊ってたホテルから連絡があるだろうし、気のせいか……。

 

(というか疲れてるのかもな……昨日はレースが終わってライスのウイニングライブもやってからすぐに帰ってきたし)

 

 ライスのライブに関しては、ライスとメジロマックイーンとトウカイテイオーの3人の特色に合わせた3色のサイリウムが入り乱れる、大盛況なライブになった。ウララに泣かされた俺はそこでまた泣いた。

 

 それでもウイニングライブが終わってから京都駅まで移動して新幹線で戻ってきたわけだが、ウララとライスを寮に送り届けて、自宅に帰ったのが午後10時前である。さすがに昨晩はすぐに寝た。

 

 まあ、ウララとライスのダブルレコードでここ最近なかったほど安眠できたのだが。

 

「ん? どうぞー」

 

 俺が記事を読んでいると、部室の扉がノックされた。そのためすぐに返事をすると、たづなさんが顔を覗かせる。

 

「おはようございます、トレーナーさん。昨日はお疲れ様でした。ハルウララさんもライスシャワーさんも、素晴らしい走りでしたね」

「おはようございます、たづなさん。それとありがとうございます。俺としても大満足の結果でしたよ」

 

 ウララもライスも勝った。それもレコード勝ちとなると、それ以上に満足できる結果は存在しないだろう。というか、我ながら出来過ぎで怖いぐらいだ。これから揺り返しとかこないよね……?

 

「お二人ともレコード勝ちですからね……そんなお二人を育てたトレーナーさんに、一つお願いがあるのですが」

「……新しいチームメンバーは増やせませんよ? 特に、ウララはこれからが本番なんですから」

 

 ライスに関しては最早ステイヤーとして完成している。長距離3冠獲ったし、あとはステイヤーとしての質を維持しつつ、宝塚記念などの中距離レースでも勝てるよう仕上げていくだけだ。

 

 だが、ウララは端午ステークスでレコード勝ちしたとはいえ、クラシック級のオープン戦レベルの話である。強力なライバルもいなかった……いや、ハッピーミークがいたけど、あの子滅茶苦茶調子が悪かったしな。

 

 とりあえずクラシック級限定のダートのGⅢ、ユニコーンステークスを直近の大目標にして動く以上、まだまだ油断はできない。初の重賞なのだ。ここで新しいチームメンバーを増やしたりすると、確実に破綻する。

 

 ちなみにユニコーンステークスも宝塚記念も6月後半にあるが、開催日が一週間ズレているため特に問題はない。ウララの時はライスが、ライスの時はウララが応援に駆け付けることができる。

 

「チームメンバーはやっぱり増やせませんか?」

 

 俺が断るといつもはすぐに引き下がるたづなさんが、少しだけ困ったように言う。それを聞いた俺は思わず眉を寄せてしまった。

 

「徹夜していいです?」

「それは駄目です。ただ、現在チームメンバーを募集してないと説明しているのに、チームキタルファへの加入を申請してくる子がけっこういたんですよね」

「そうなんですか? そう言われると会ってみたい気もしますが……何人ぐらいなんです?」

 

 わざわざうちのチームに加入を申請してくるなど、物好きな子もいたものである。あれ? でも今、けっこういるって言ったよね?

 

「先週金曜日までで16人分申請がありました。今日になってもまだトレーナーが決まっていない子もいますけど、今からでもお会いになりますか?」

「……ごめんなさい。さすがに無理です……」

 

 一人か二人なら直接会ってみて、ウララやライスと相性が良ければ引き受けてもいいかな、なんてちょびっと思った。しかし二桁は無理だ。それなら最初から会わない方が良い。

 

「しかしそんなに申請がありましたか……嘘じゃないですよね?」

 

 去年はウララ以外全員スカウトお断りだったんだが。モテ期? これがモテ期なの? いや、トレーナーへの逆スカウトはモテ期と言わんだろうけど。

 

 そんな俺の発言にたづなさんは苦笑する。

 

「嘘を言ってどうするんですか? チームキタルファは活動を始めたばかりで新規メンバーの受け入れはしていない、と何度も説明しましたよ。でも、昨日のレース結果を見て更に増えそうな感じでして……」

 

 困ったようにたづなさんが言う。俺としてはトレーナーとしての手腕を認められたようで嬉しく思うが、すごいのはウララとライスなんだよなぁ。

 

 ただ、育成を担当するトレーナーに関する申請は今月いっぱいのため、もう締め切りだ。ライスのように特例的に移籍することはあっても、新人のウマ娘が期限まで粘るというのは無理だろう。レースに出られなくなってしまう。

 

 一応、担当するトレーナーが見つからなくても教官と呼ばれる人にトレーニングを見てもらう制度もあるが、レースに出るには昔のライスのように名義だけでも貸してもらえるトレーナーの存在が必要だ。

 

 メイクデビューや未勝利戦に出走するだけでも数万円とはいえ収入になるため、名義を貸すトレーナーもいることはいる。しかし、俺の場合育成を担当すると手抜きは一切できないだろうから……。

 

「うーん……やっぱり無理ですねぇ。ウララとライスだけで手一杯ですし……」

「そうですよね。チーム結成から一年後……来年になればライスシャワーさんも引退を考える時期ですし、その頃になればトレーナーさんも新しいチームメンバーを増やせますか」

「…………」

 

 そんなたづなさんの言葉に、俺は思わず沈黙してしまう。そうか……そうだよな。ライスもウララも、いつかは引退する時が来るのだ。

 

 チームを率いるトレーナーとしては、毎年新しいメンバーを増やして引退するメンバーの分、ウマ娘をチームに補充することも考えなければならないのだろうが――。

 

「……チーム加入を断ったっていうのなら、何の用件だったんです?」

 

 俺は自分の考えに蓋をするように尋ねる。するとたづなさんは可愛らしく両手を合わせ、にっこりと微笑んで言った。

 

「ライスシャワーさんのグッズ販売に関してと、トレーナーさんへインタビューの依頼が4件ほど入っていまして……グッズ販売に関しては私の方である程度処理しますが、インタビューに関しては極力受けていただきたいな、と」

「……マジですか。グッズって何を販売するんです?」

「キーホルダーやぬいぐるみ、携帯ストラップにカレンダーにブロマイド……色々です。あ、もちろん売り上げの利益からロイヤリティがライスシャワーさんに振り込まれますからね」

 

 ライスのグッズ……マジか……でもGⅠ3勝したし、むしろ遅いぐらいか?

 

「そういうのって、本人の意思は……」

「どうしても嫌、というのなら拒否できますけど、グッズの生産はURAが取り仕切ってますからね。ライスシャワーさんの場合、本当はもっと早い段階でそういう話もあったのですけど……()()()()()()()ようやく話が固まりまして」

 

 あ、これ多分、菊花賞の件とか俺が育成引き受けた件とか、チームキタルファ設立の件が絡んでるやつだわ。たづなさんがどことなく言い難そうな感じだし、間違いないわ。

 

「最近のライスシャワーさんはメジロマックイーンさんやトウカイテイオーさんに並ぶぐらい人気がありますから、是非受けていただきたいのですが……」

 

 たづなさんはそう言うが、URAが取り仕切ってるとなると断るのはそれはそれで怖いか……でもURAよりライスの心情が大切だしなぁ。

 

「一応、ライス本人に確認を取ってからにしてくださいね? あ、でもこういうのって担当トレーナーが確認するんでしたっけ」

 

 今は……ちょうど休憩時間だな。俺はスマホを取り出してチャットアプリを起動すると、ライスに向かってメッセージを送る。そーれぽちっとな。

 

『ライスの人気が大爆発してグッズ販売の話が出てるんだけど、受けて問題ない? メジロマックイーンとかトウカイテイオーぐらい人気が出てるらしいよ。ぬいぐるみとかキーホルダーとかブロマイドとかを作るって話なんだけど、どう?』

 

 あれ? 普段ならすぐに返事が来るのに何もこない……メッセージ自体は読んだのか既読の文字がついてるけど。

 

 おかしいなぁ、まだ授業中だったっけ、なんて思ってたらスマホが着信音を鳴らす。ライスかな、と思ったら何故かヒシアマゾンちゃんだった。

 

 たづなさんに一言断ってから電話に出る――と、すぐに責め立てるような声が飛んでくる。

 

『おいアンタ! ライスシャワーのやつが泣いてるが何をしやがった! ことと場合によっちゃあこのヒシアマ姐さんが容赦しねえぞ!』

「えー……いきなりすぎるよヒシアマゾンちゃん。というかライスが泣いてるって……どんな感じで泣いてる?」

『ああ? そりゃあ……なんか……嬉しそうに泣いてます……』

 

 ライスが泣きそうな理由が思い浮かばず尋ねてみると、ヒシアマゾンちゃんは途端にクールダウンして敬語で答える。あー、嬉し泣きとなると……。

 

「今ね、ライスのグッズ販売に関してメッセージ送ったんだよ。人気大爆発でメジロマックイーンとかトウカイテイオーみたいに人気出てるよって。泣いてるっていうのなら嬉し泣きだと思うけど……書き方ミスったなぁ」

『あー……うん、アタシも何も確認せずに責めて悪かったね。ごめんよ。グッズ販売に関してか……とりあえずライスシャワーを慰めてから返信させるよ』

「お願いね、ヒシアマゾンちゃん」

 

 よし、思わぬイレギュラーがあったけどヒシアマゾンちゃんに任せておけば大丈夫だな。ちょっと喧嘩っ早いけど、自分が悪いと思えば素直に謝れる良い子だし、何より世話焼きで度量が広い子だ。

 

「とりあえず後でライスからの返事を聞いてからってことで……それと、えー……インタビューでしたっけ? 俺に?」

 

 ライスのグッズ販売に関しては横に置いて、もう一つの案件に関して尋ねる。ライスがGⅠに出る前はインタビューを受けることがあるけど、そういうのとは違うだろう。 

 

「インタビューに関してはトレーナーさんが慣れていないということで、まずは1社だけでも受けていただければと思っています……どうですか?」

 

 上目遣いで尋ねてくるたづなさん。たしかにたづなさんのおかげで業務もそこまで立て込んでないし、インタビューを受けるぐらいは問題ない、のだが。

 

「ちなみに、その1社はどこの出版社……新聞社? なんですか?」

 

 俺がそう尋ねると、たづなさんはにっこりと微笑んだ。

 

「月刊トゥインクルです」

 

 

 

 

 

 月刊トゥインクル――その名の通り毎月刊行され、ウマ娘の取材記事やレースに特化した雑誌である。

 

 発行部数も多く、毎月月刊トゥインクルを購読しているウマ娘やトレーナーも多い。俺も一応購読している。

 

 今回のインタビューに関しては申請があった出版社の中から理事長やたづなさんがOKを出せるものを選んだ。というか、俺が慣れてないからまずは1社だけという話だったが、4社中3社はゴシップまがいの記事を頻繁に掲載する小規模出版社で、たづなさん曰くまともなのが1社しかいなかった、という事情もあるらしい。

 

 そんなわけで俺は話を受けた翌日にはインタビューがあると聞いたわけだが――。

 

「失礼いたします。チームキタルファのトレーナーさんですね。私、月刊トゥインクルで記者をしております。乙名史悦子と申します」

 

 たづなさんに案内されてチームキタルファの部室を訪れた女性記者は、にこやかな笑顔と共にそんな挨拶をしてきた。

 

 白いパンツルックのスーツ姿で、綺麗な黒髪とウマ娘並に美人な顔立ちが印象的な女性である。というかこの人……。

 

「ああ……どなたがインタビューに来るのかと思えば乙名史さんでしたか。お久しぶりですね」

 

 俺がそう言うと、乙名史さんは目をぱちくりとさせる。

 

「覚えていらっしゃるんですか?」

「そりゃあ覚えていますよ。有記念の時はお世話になりましたしね」

 

 乙名史さんは初対面ではない。こうしてしっかりと顔を合わせて話をするのは初めてだが、ライスが有記念に出る際、インタビュー会場でライスに批判的な記者に思い切り噛みついていたため俺も覚えていた。

 

 というか、何が逆鱗に触れたのかヒートアップし続けて最後には退場させられたから、嫌でも覚えている。

 

(たづなさん? 4社中まともなのは1社だけだったって言いましたけど、この人は本当に大丈夫? 比較的まともとかそういうオチじゃない?)

 

 俺はそんな気持ちを込めて立ち合いのたづなさんを見る。するとにっこり笑顔を返された。本当に大丈夫なんですかねぇ……。

 

 有記念のインタビューで接した短い時間でも、ちょっと……いや、かなり奇矯な方ではないかと思うのですが? たづなさん、俺がじっと見つめると笑顔で視線を逸らすのはなんでですか?

 

「本日はよろしくお願いいたします。新進気鋭のチームキタルファのトレーナーさんに独占インタビューができると聞き、楽しみにしていたんです!」

「は、はあ……よろしくお願いします」

 

 いつまでもたづなさんを見ていても仕方ない。俺は乙名史さんに椅子を勧め、インタビューを受け始める。

 

「先日の端午ステークス、天皇賞春ではハルウララさんとライスシャワーさんが素晴らしい走りを見せてくれましたね。担当トレーナーとしてはどういうお気持ちでしたか?」

「それはもう、言葉にできないぐらい嬉しかったですよ。あの子たちの苦労が報われた……トレーナーとしてこれ以上の喜びはありません」

 

 だが、予想に反してインタビュー自体はまともなものだった。

 

 先日のレースのことから始まり、これまでのレースで印象的だった出来事、ウララやライスに関する思い出、二人の同世代で注目しているウマ娘が誰かなど、こう言っては失礼だろうが、本当にまともな質問ばかりだ。

 

 ちなみに、これまでのレースで印象的だった出来事ではウララの初勝利と、ライスが有記念で勝って青色に染まったウイニングライブをできたことを挙げた。

 

 同世代で注目している相手はウララはダート限定でスマートファルコン、ライスはトウカイテイオーとメジロマックイーン、それとメジロパーマーとナイスネイチャを挙げた。

 

 本当はウララのライバルとしてオグリキャップなども挙げたかったが、それを言うと『オグリキャップみたいに芝路線に殴り込むんですね!?』なんて反応が返ってきそうだったので自重した。

 

「では次の質問ですが……ライスシャワーさんがトレーナーさんのことを『おにいさま』と呼んでいるそうですが、本当ですか?」

「嘘か本当かで問われたら本当ですけど……その質問に何の意味が?」

「実はライスシャワーさんとご兄妹である、ということは?」

 

 おっと、質問に答えることなく踏み込んできましたよこのお嬢さん。というか、本当になんでそんな質問が来るんだろうか。

 

「兄妹ではないですね。ライスからの希望で好きなように呼ばせているんですが……」

 

 兄妹じゃないけど別に問題はないだろう。ライスがそう望んだというのもあるが、俺はお兄さまだぞ。いや待て、お兄さまってなんだ。俺はライスの兄ではない……でもお兄さまだ。やっぱり問題はないな、うん。

 

 何かおかしいんだけど何もおかしくないよなぁ、なんて思っていると、乙名史さんがプルプルと震えていることに気付く。さすがに担当ウマ娘の希望とはいえお兄さまと呼ばせるのはまずい……いや、俺はお兄さまだから問題ないのでは?

 

「――素晴らしいですっ!」

 

 え? 何が?

 

「担当ウマ娘が希望することならたとえ世間から後ろ指をさされそうなことでも受け入れる……それがトレーナーとしての秘訣なのですね!」

「いや、違うと思いますけど?」

「どんなことだろうと受け入れればウマ娘は安心し信頼する……そうして紡がれた絆が長距離GⅠ3冠へとつながったんですね! 素晴らしいですっ!」

「聞いて。ねえ、聞いて?」

 

 なんか、プルプルを超えてブルブルと震え、白目を剥きそうな顔で身を縮こまらせるその姿を見ると、俺としては思わざるを得ない。

 

(たづなさん? この人、本当にまともなんですか? これ大丈夫? 次回の月刊トゥインクルで変なこと書かれない?)

 

 俺がそんな気持ちを込めてたづなさんをじっと見ると、たづなさんの口元が動く。え? 出版する前に原稿はチェックするから大丈夫? ほんとぉ?

 

「では次の質問ですっ! チームキタルファという名前にはどんな思いが込められているのですか!? 個人的な性癖ですか!?」

「性癖てアンタ……」

 

 あ、礼儀放り捨ててアンタって呼んじゃった。でも乙名史さんは全然気にした素振りも見せない。

 

「キタルファ……こうま座の星ですよね!? 小さなウマ娘が好みなんですか!? チームキタルファに所属するには身長制限があるんですか!?」

「たづなさん、この人やっぱり駄目じゃないです? 他の3社の方がマシだったのでは?」

 

 ゴシップ記者の方がまだ対処しやすいよ? でも厄介なのは、こっちを貶めようって気持ちが微塵も感じられなくて、純粋に疑問としてぶつけてくるところだろう。

 

「所属するウマ娘に身長制限を設けた覚えはないですねぇ……私はトレーナーとして新米なので、リギルやスピカ、カノープスのトレーナーと並んで一等星から取るというのも憚られまして。こうま座から取ったのは、実力的に未熟なウマ娘でも強く、大きく育てていければと思ったからです」

 

 とりあえずツッコミどころを軽く流して、キタルファという星の名前を選んだ理由を説明した。すると、乙名史さんは局所的な地震にでも遭遇しているかのように体をブルブル震わせる。

 

「――素晴らしいですっ!」

「ひっ……」

 

 口角泡を飛ばす勢いで叫ぶ乙名史さん。そんな乙名史さんの勢いに俺はちょっとだけ悲鳴を上げる。なまじ美人というのもあって、迫力と圧がやばいのだ。

 

 乙名史さんは取り出した手帳にペン先を突き刺す勢いで何やら書き始める。

 

「たとえ弱いウマ娘だろうと見捨てず信じ抜き! 己の手で育て上げて勝利の栄冠を抱かせる! トレーナーとはかくあるべし! そうですね駿川さん!」

「仰る通りかと」

「素晴らしい……素晴らしいですっ! 担当するウマ娘のためなら! いや! 担当していないウマ娘だろうと助けて救って導いて粉骨砕身で突き進む! たとえ火の中水の中! 己を顧みずに献身すると! 素晴らしいトレーナーさんですね!」

「仰る通りかと」

「たづなさん? 本当は面倒になってませんか?」

 

 どうやったら乙名史さんが止まってくれるんだろう。え? 無理? そんなー。

 

 というかウララとライス以外のウマ娘まで助けるとか無理に決まってるでしょうに。そこまでやったら確実にパンクする自信があるわ。

 

「なるほど! たしかに! ハルウララさんの経歴を調べてみましたが納得できます! 地元でのウマ娘としての評価は最底辺だったというのに、そんなハルウララさんを中央で勝たせ! あまつさえレコードまで出させる! 素晴らしいっ! 有言実行ですよ!」

「ウララを初めて勝たせた頃にそんなことを言ったことはなくてですね……あの、本当に聞いてくれません? これってインタビューですよね?」

 

 インタビューってなんだろう? もしや世の中の捏造記事はこうして作られていくのだろうか……。

 

「これは素晴らしい記事になりますよっ! 原稿が完成したら送付いたしますので、その際はよろしくお願いいたしますっ!」

「あ、はい……」

 

 そう言って嵐のように去っていく乙名史さん。俺はそんな乙名史さんを呆然と見送ることしかできないのだった。

 

 なお、後日送られてきた原稿は意外にもまともな内容で、いまいち釈然としない俺だった。

 

 

 

 

 

 そして、そんなインタビューが行われた後日。金曜日の朝のことである。

 

 俺はトレーナー用の共用スペースに足を運ぶと、目的の人物を見つけてそちらへ歩み寄った。

 

「どうも、お疲れ様です」

「あっ……ど、どうも……」

 

 俺が声をかけたのは、桐生院さんである。一瞬表情を輝かせたものの、すぐに俯いて視線を彷徨わせている。

 

「な、なにかご用ですか?」

「何かって……この前言ったじゃないですか。週末ですし、今晩飲みにいきません? もちろん俺が奢りますよ」

 

 幸い、懐は温かい……いや、温かさを超えて財布を溶かしそうな勢いだが、それは良い。横に置いておこう。

 

 端午ステークスと春の天皇賞の賞金が振り込まれていることを忘れて、通帳を記帳した時に目玉が飛び出すかと思ったが、金はないよりあった方が良いのだ。うん。

 

「ええっ!? こ、今晩ですか!?」

 

 桐生院さんは魂消(たまげ)るような叫び声を上げる。それに何事かと同期達が目を向けてくるが、俺がおちょこを持つ仕草を見せると納得したように仕事に戻った。

 

「今晩ですけど、駄目ですか? 何か用事があります?」

「い、いえ……ですが、そういうのって一ヶ月ぐらい前から決めるものでは?」

「……それは忘年会とかじゃないですかね」

 

 忘年会の幹事なら一ヶ月ぐらい前から店を予約して、人数を決めて、と色々しなければならない。年末は同じことを考える人が多いから、直前で決めようとするともれなく大惨事になる。

 だが、今回は仕事帰りに飲みに行って、桐生院さんの愚痴を吐き出させるだけだ。俺も成人してるし、桐生院さんも成人している。飲みに行くのに問題はない。

 

「しかしですね、わたし、今日はドレスコードを満たせるような服を持ってきていないので……」

「んなもんはいりませんよ。行くのは近くの商店街の飲み屋ですし、ドレスコードなんてないです」

 

 ん? もしかしてこれは、ドレスコードが必要なぐらいお高い店に連れていけという催促か? それとも、ドレスコードが必要な店ぐらいしか行ったことがないとか?

 

(そういや実家はトレーナーの名門だったな……でも桐生院さんも年頃の娘さんだし、飲み屋はともかくとしてカラオケとかボーリング場とか、遊び場にも行ってる……よな?)

 

 まさかね、なんて思いながら俺は桐生院さんと話を続ける。

 

「予約とかは……」

「いつも利用してる店なんで、こっちでしときますよ。話がしやすいように個室を借りるようにしときますね」

 

 桐生院さんも愚痴を吐くのに周囲の目があっては辛いだろう。そう思って俺が言うと、桐生院さんは目をぱちくりとさせる。あと、なんかちょっと頬が赤くなったような?

 

「こ、個室……ですか……」

「ええ。あ、都合が悪いのなら今日じゃなくて大丈夫ですからね? 来週とかでも……」

「い、いえ! 大丈夫です!」

 

 俺が予定を確認しようとすると、桐生院さんは勢いよく頷いた。そんな桐生院さんの様子に苦笑した俺は、共用スペースにいる同期連中に視線を向ける。

 

「一対一が話しにくいのなら、何人か声かけますよ? 数が少ないですけど、女性も呼びますか?」

 

 同期の中には桐生院さんだけでなく、他にも女性のトレーナーがいる。数としては男女比7:3ぐらいだが、奢りで飲みに誘えば来てくれるだろう……って、視線向けたら頭の上でバツ印を出された。今日は何か用事があるらしい。

 

「だ、大丈夫です……ふ、二人きりでお願いします」

「わかりました。それじゃあ仕事が終わったら合流しましょう」

 

 こうして、俺と桐生院さんの二人きりでの飲み会が決まったのだった。

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