リィンカーネーションダービー ‐新人トレーナーがんばる‐ 作:烏賊メンコ
ウララが青竜ステークスで3度目となるレコード勝ちを挙げた、翌日のことである。
俺は仕事のチェックで部室に来ていたたづなさんを休憩に誘うと、私物のコーヒーメーカーで淹れたコーヒーを飲みながら、ウララの勝負服に関して話を切り出した。
「ウララさんの勝負服……ですか?」
「ええ。今の調子なら7月前半のジャパンダートダービーに出せると思っていまして……申請とかってどうすればいいんですか?」
ウマ娘にとって勝負服というのは、特別なものだ。
何故ならば、GⅠレースおよびGⅠのウイニングライブでしか着用を許されない、そのウマ娘専用の服だからだ。
2000人ものウマ娘が所属するトレセン学園だが、GⅠに出走できるウマ娘はほんの一握りである。GⅠどころかGⅡやGⅢでさえ、トレセン学園のウマ娘の中でも上位層しか出走できないのだ。
単純計算でもジュニア級、クラシック級、シニア級に700人弱ものウマ娘がいるわけだが、GⅠという大舞台だろうと出走できるウマ娘は最大で18人。レースによっては16人までしか出走できず、各世代でほんの3パーセントにも満たないウマ娘しかGⅠの舞台には立てないのだ。
もちろん、ウマ娘によっては適性距離などが異なるため、GⅠレースに毎回同じメンバーが出てくるわけではない。そのため引退するまでにGⅠレースを経験するウマ娘の数は増えるが、それでも全体の1割には届かないだろう。
今のクラシック級の芝路線などのように、同世代に強いウマ娘が二桁に届く数もいる場合は大変である。少ない枠だというのにまるで定位置のように強いウマ娘達が出走し、残った数少ない枠を大量のウマ娘達で奪い合うことになるのだ。
この場合、同世代全体の1割どころか5%にも満たない数しかGⅠに出ることができず、弱いウマ娘達は引退を余儀なくされる。
それほどまでに熾烈な戦いを潜り抜けて出走するのがGⅠのレースであり、その大舞台に出るウマ娘だけに着ることが許されるのが勝負服である。
トレセン学園指定の統一されたデザインの勝負服もあるが、それはあくまでGⅡ以下のレースのウイニングライブで着用するだけだ。
GⅠの特別感を出すためだろうが、GⅡだろうと体操服にゼッケンをつけて走る徹底ぶりは、勝負の世界の厳しさを物語ってもいる。
うちのウララはダートという選手層が薄い路線ながら、その数少ない専用の勝負服を着用できる――かもしれない、ウマ娘になったのだ。
「ハルウララさんがGⅠに……ですか……」
俺の話を聞いたたづなさんだったが、反応が微妙である。微妙といっても悪い意味ではなく、呆けたような、思わぬ話を聞いたような反応だった。
「ええ。青竜ステークスも勝って、収得賞金もダート路線のクラシック級の中じゃ上の方になりました。ここで一度、GⅠの舞台を経験させておきたいと思いまして」
「……ハルウララさん、中距離を走れましたっけ?」
「2000メートルならなんとか勝負になると思います。それ以上の距離は現状だと厳しいと思いますが……ジャパンダートダービーまでに、更にスタミナをつけさせますよ」
当然ではあるが、ユニコーンステークスに向けてのトレーニングも忘れてはいない。あくまでユニコーンステークスが先で、ジャパンダートダービーはその後の話だからだ。
「……もしかして、今からだと間に合いませんか? もしくはお金が滅茶苦茶かかるとか?」
たづなさんの反応を見た俺は、もしやと思いながら尋ねる。ウマ娘の勝負服がどのように作成されるかはわからないが、今から……一ヶ月半ほどの期間で作成できないとなると、GⅠの舞台で体操服を着て走ることになるかもしれない。いや、その場合はトレセン学園指定の勝負服だろうか。
急いで作るための特急料金が必要だというのなら、自腹を切っても良い。さすがに服の作成の特急料金で100万円とかはかからないと思うが、ウマ娘の勝負服となると相場がわからん。
「い、いえ、今からなら余裕をもって間に合います。たしかにハルウララさんの戦績と収得賞金ならジャパンダートダービーにも出られるでしょうし、この場合なら経費で落ちますよ」
「そうですか……よかった」
俺はほっと安堵の息を吐く。そうなると、あとはどんな勝負服を作るかだな。ライスみたいにドレスタイプの勝負服でも似合うだろうし、逆にウララの元気いっぱいさを考えると動きやすさ重視の勝負服でも良さそうだ。
そういえば、触れようか迷って結局触れなかったけど、ライスが勝負服を着た時に身に着けている短剣はなんなんだろう……。
俺がそんなことを考えていると、たづなさんが頬に手を当て、困ったように呟く。
「ちなみに、なんですが……ハルウララさんがGⅠに出られそうなぐらい成長できた理由……いえ、育成の秘訣みたいなものってありますか?」
「ん? そんなものはないですよ。俺はウララを信じて育てた。ウララはそれに応えて育ってくれた。それだけです」
育成の秘訣なんて、トレーナー生活2年目の俺が知るはずがない。というか、そんなものがあるなら俺が知りたいぐらいだ。
「……そうですよねぇ」
たづなさんは困ったように微笑むが、何故そんな顔をするのか、俺にはよくわからなかった。
さて、その日の放課後である。
ウララに勝負服が作れることを伝え、どんな勝負服にするかデザインを決めるのはトレーニングの後のお楽しみとして、やる気が普段の5割増しなウララと、そんなウララにつられてやる気マシマシなライスを連れた俺は、練習用のコースへと足を運んでいた。
練習用のコースには何人ものウマ娘やトレーナーがいるが、中には今年度新しくトレセン学園へと入ってきた者もいる。
俺にとっては初めての後輩となるトレーナーだ。それが何人もいるが、俺に気付くと会釈をしてきたため軽く笑って手を振っておく。今度飲みにでも連れて行ってやろう。将来的にライバルになるかもしれないが、後輩は可愛がるものだ。
「っと、あれは……」
練習用のコースには、見知った顔もいた。それは桐生院さんで、ハッピーミークに準備運動をさせながらも柔らかい雰囲気で言葉を交わしている。
「あっ……こんにちはっ!」
俺に気付くと、桐生院さんがぱっと表情を輝かせた。そして挨拶をしてきたため、返事をしながらそちらへと足を向ける。
「お疲れ様です。ハッピーミークのトレーニングですか?」
「はいっ! もうすぐ日本ダービーがありますからね。今度こそミークに勝たせますよ」
そう言って桐生院さんは嬉しそうに微笑む。先日の飲み会が良い方向へと働いたのか、その表情に陰はない。
「そりゃあ楽しみですね。でも、ライバルのウマ娘達も強い子ばかりです。過信や油断は禁物ですよ?」
「もちろんです! でも、ミークなら勝ってくれると信じていますからっ」
輝くような笑顔で話す桐生院さん。うん、良い笑顔だ。これなら日本ダービーは期待できるのかもしれない。
「ハッピーミークは久しぶり。調子はどうだい?」
「お久しぶり、です。調子は……」
俺が声をかけると、ハッピーミークも薄く微笑んで答えてくれる。しかし途中で怪訝そうな顔になったかと思うと、何故か鼻をぴくぴくと動かした。そして俺の周りをぐるぐると回って……以前ライスもしてたけど、なんなの? 若い子の間で流行ってるの?
「ど、どうかした? もしかしてなんか臭う?」
「……いえ、なんでもありません」
不思議に思って尋ねたものの、ハッピーミークはなんでもないと答える。でもちょっと待ってほしい。なんでもないのなら、そのフレーメン反応しちゃった猫みたいな顔はなんなの? というか、気が付けばライスも似たような動きを桐生院さんの傍でやってるんだが。
「なんでもないのなら別に良いんだけど……ところで、その靴は?」
俺は首を傾げたものの、わざわざ強く尋ねることもないと判断して話題を変える。ハッピーミークが履いていたのは、フランスパンみたいな靴である。ちょっと浮世離れした雰囲気があるハッピーミークが履いているとなんとも可愛らしいのだが、それって走りにくくないのだろうか?
「……トレーナーが買ってくれました」
そう言って、ふんす、と得意げな顔をするハッピーミーク。どうやらハッピーミークとしても以前より桐生院さんと打ち解けたようだ。
「そっか……そりゃ良かったね。可愛いし似合ってるよ」
「えっ……あ、ありがとう、ございます……」
うん、走り難さを尋ねるのは野暮だな。俺が褒めるとハッピーミークは僅かに頬を赤らめ、嬉しそうにしている。やっぱりこれで聞くのは野暮ですわ。
そもそも、ウマ娘自体専用の勝負服を着ると力がみなぎるような存在だ。フランスパンみたいな走り難そうな靴を履いても、むしろ速く走れるのかもしれない。
俺がそんなことを考えていると、不意に服の肘辺りを引っ張られた。そのためウララかライスだろうと思って振り返ると、そこには妙に近い位置に桐生院さんがいて、俺を上目遣いに見ている。
「ん? どうした……って、桐生院さんでしたか。どうしました?」
まさか桐生院さんにそんなことをされるなんて思わず――いや、そういや例の酔い潰れ事件の時、俺の家で目覚めてこんな感じの仕草してたわ。
「あの、ですね……ご迷惑でなければ、なんですが……ミークのレースが近いので、ハルウララさんやライスシャワーさんと一緒に併走させたいな、なんて思っていまして……次は日本ダービーに出そうと思うんですが」
「ああ……今月末ですもんね」
酒の席で色々と吐き出した桐生院さんだったが、クラシック三冠路線を変わらず進むつもりらしい。ただ、それは今までと違い、ハッピーミークと話し合った結果なのだろう。その瞳には強い意志が見え隠れしている。
「うーん……ウララのトレーニングにはなると思いますけど、ライスの方は……」
俺は横目でウララとライスの様子を確認する。ウララは楽しそうにハッピーミークのフランスパンみたいな靴をつついており、ライスは……なんだろう? すっぱい梅干しを食べたような顔をしているぞ。嫌なのかな?
「ライス? 以前の模擬レースみたいにちょいと胸を貸してやってほしいんだが……ハッピーミークもGⅠに2回出てるウマ娘だし、良い練習になると思うんだけど」
「……ライスは大丈夫だよ」
「本当か? 気が乗らないなら……」
「……ライスは大丈夫だよ」
あ、これ大丈夫じゃないやつだ。いやでも、ハッピーミークと走るのが嫌なんじゃなくて、別のことを嫌がっている気配がヒシヒシと……。
「えっ? 今日はミークちゃんともいっしょに走れるの? やったー! ねえねえライスちゃん! 嬉しいねっ! 今日のわたしはスーパーウララだから、二人にも負けないからねっ!」
どうしたもんかな、と思っていると、話が聞こえていたのかウララが嬉しそうに笑いながらライスに抱き着いた。するとライスは困ったようにウララを抱き留めたあと、柔らかく微笑む。
「うん、ライスも負けないよ。ミークさん、走ろ?」
「はい……」
そう話し、準備運動を始めるウララとライス。ウララが走ると聞いてもハッピーミークの表情に否定的な色はない。
以前はちょっと……うん、ちょっとというには露骨な感じだったが、ウララが相手では練習にならないと感じさせる雰囲気だったが、今は違う。競い合うべきライバルと認識しているのか、ハッピーミークは再開した準備運動を熱心にやって体をほぐしている。
(今度ハッピーミークは日本ダービーに出るのか……距離は2400メートル……うん、ライスだけでなくウララの練習にもピッタリだな)
5月後半にライスが出走予定の目黒記念は2500メートルだし、ハッピーミークを交えての練習も悪くない。ウララには少々距離が長くなるが、スタミナをつけるには良いトレーニングになるだろう。
「突然の話になってしまい、ごめんなさい……でも、ミークを鍛えるのにうってつけだと思ってしまって……」
俺がウララとライスの準備運動を眺めていると、桐生院さんが申し訳なさそうに言ってくる。気のせいか、以前より半歩ほど距離が近い気がしたが……まあ、誤差だろう。
「ハッピーミークのためになると思ったんでしょう? トレーナーにとっちゃあそれが一番大事ですよ。こちらとしても、普段と違うトレーニングは良い刺激になりますからね」
だから気にしないでください、と締め括ると、桐生院さんは嬉しそうにはにかんだ。
「ありがとうございます。あなたにはお世話になってばかりで……どうやってお礼をすれば良いのかもわからなくなっちゃいますね」
「お礼が欲しくてやってるわけじゃないんで、気にしなくていいですよ。でも……そうだなぁ……」
俺は何かあるかな、と思考を巡らせる。しかし大した案も思い浮かばず、ハッピーミークを見ながら笑みを浮かべた。
「ハッピーミークが日本ダービーで1着を獲るところを見せてくれれば、それが一番のお礼ですかね。楽しみにしてますよ」
それが難しいことは、俺もよく理解している。日本ダービーに出るであろうウマ娘達の実力を思えば、今のハッピーミークでは良くて入着といったところだろうか。
オグリキャップやスペシャルウィーク、キングちゃんは難敵だ。特に俺としては、皐月賞ではオグリキャップに敗れたもののスペシャルウィークが気にかかる。
あの子はこれから更に強くなると思わせる雰囲気があるし、何より育てているのがチームスピカのトレーナーだ。日本ダービーでは皐月賞の借りを返そうと必死になるだろう。
他にもビワハヤヒデやナリタタイシン、ウイニングチケットにセイウンスカイ等々。いつ考えてもクラシック級の芝路線が魔境過ぎて苦笑すら出ない。
ダートもスマートファルコンが嫌になるけど、なんて思っていた俺だったが、桐生院さんからの反応がなかった。そのため視線を向けてみると、どこかぼーっとした様子で俺を見ている。
「桐生院さん?」
「っ……な、なんですか? いえ、そうっ! 1着でミークがダービーでしたね!」
「大丈夫? なんかバグってません?」
ちょっと言語中枢がバグってるんだが、本当に大丈夫? 俺が心配そうな視線を向けると、桐生院さんはブンブンと音が出そうな速度で首を縦に振る。いきなりそんな激しい動きをしたからか、顔が赤いけど……この子本当に大丈夫?
「お兄さまっ! 準備運動終わったよっ!」
俺が心配していると、俺と桐生院さんの間にライスが滑り込んできた。って、なんでそんな狭いところにわざわざ飛び込んできたの? 滑り込んできたっていうか、最早俺に抱き着くレベルで密着してるんだけど。
「おう、そうか。それじゃあウララとハッピーミークと……」
「……わたしのことは、ミーク、でいいです」
「ん? わかったよミーク。それじゃあ軽めにコースを1周して、足腰に異常がなければ3人で併走だ。芝で3本、ダートで3本、あとは様子を見ながらウッドと坂路を……こっちもとりあえず3本でいいか。桐生院さん、それでいいかな?」
俺が話を振ると、桐生院さんは我に返ったのか何度も頷く。本当に大丈夫かな、この子……あとライス、そんな『むー……』なんて言いながら抱き着いてこないで。はしたないですわよ?
「あと、ウララはスタミナ面で二人に劣るからな。無理はしないこと。ただ、可能な限りついていけ」
「限界ギリギリまで、だよね?」
「そうだ。今日もへとへとになるまで……いや、あとで勝負服のデザインを検討するからな。少し軽めに……」
俺がそう言うと、ウララは真剣な表情へと変わる。
「勝負服のデザインは、おうちで考えてくるね。ファル子ちゃんに勝つためにも、トレーニングはできる限りしないと……せっかくミークちゃんが一緒にいるんだから、いつもよりがんばってトレーニングするよー!」
その言葉に、俺ははっとした。勝負服はたしかに大事だが、トレーニングできる時間は限られている。それならば可能な限り鍛えるのが俺の仕事なのだ。
「ああ……そうだな。でも無理は禁物だ。それはそれとして立てなくなるまでしごくけど、無理は駄目だからな?」
「うんっ! 動けなくなったらトレーナーが寮まで連れてってね?」
「任せろ。おんぶして運んでやるさ」
うん、無理は禁物だ。でも、徹底的に鍛える。ウララもこれだけやる気になっているんだ。怪我をしない程度に、指一本動かせなくなるレベルで走らせよう。
あとでまたキングちゃんから苦情の電話が来るかもしれんけどな。
俺はウララとそんな言葉を交わし、トレーニングを開始するのだった。
なお、俺とウララの会話を聞いたライスがどことなく羨ましそうな顔をしていたが……いざトレーニングが始まると、レース本番のようにミークとバチバチにやり合いながら走る姿がそこにはあった。
かつての模擬レースのようにミークを威圧し、ミークもそれに負けず少しでもライスを引き離そうと走る。
ウララはそんな二人を追いかけるようにして走り、ライスとミークが互いに競り合っている隙をついて二人を追い抜いたりと、非常に実りあるトレーニングになったのだった。
そんなこんなで、トレーニングに精を出す日々が過ぎていく。
鳳雛ステークスに出走したスマートファルコンがレコード勝ちし、ウイニングライブでユニコーンステークスへの出走を宣言したり、練習用のコースでよく顔を合わせるようになった桐生院さんとミークを交えて何度かトレーニングをしたりと、慌ただしくも充実した日々が過ぎていく。
そんな中、もうそろそろライスの目黒記念の出走に関して申し込みをしないとな、なんて思いながら仕事を片づけていた俺のもとに、たづなさんが何やら段ボール箱を抱えてやってきた。
「お疲れ様です、たづなさん。それは一体……」
「これは以前お話していたライスさんのグッズですね。ひとまず形になったので、見本をお持ちしました」
グッズってそんなに早くできるもんなの? なんて考えるが、この早さを見る限り、やっぱり菊花賞の件でごたついていただけで裏ではこっそり話が進んでいたのではないか。
まあ、俺も社会人だし、その辺りの裏事情があったとしてもツッコんだりはしない。そんなことよりも、ライスのグッズに関して興味が引かれた。
「どれどれ……おおっ! 色々ありますね!」
たづなさんが運んできた段ボールは大きく、部室の扉をギリギリ通れるかどうかという巨大さだった。試しに段ボールを持ち上げてみると、かなり重たい。
「……あれ? たづなさん、よくこんなに重たいものを運んでこれましたね? 言ってくれれば取りに行ったのに……」
「これぐらいなら片手……いえいえ、これもわたしのお仕事ですから」
そう言ってにっこり微笑むたづなさん。しかし片手? ああ、秘書業の片手間に運んできてくれたのか。相変わらずの仕事人ぶりだ。
俺はウキウキとしながら段ボールを開け、中身を確認していく。するとデフォルメしたライスのぬいぐるみが目についた。大きさは複数あり、一番大きなもので30センチ程度、小さなものは10センチ程度でボールチェーンがついている。
「へー……こっちの小さいのはクレーンゲームの景品とかですかね? 勝負服バージョンにトレセン学園の制服バージョン……おっ、私服バージョンもあるんですか」
てっきり一種類かと思ったが、以前ウララと一緒にお出かけした時に着ていた服を着ているバージョンもある。他にもキーホルダーや携帯ストラップ、ライスがこれまで走ったレースの写真を使ったカレンダーやブロマイドなど、品目も多い。
「うーむ……こうして見ると、ライスの人気が出てるんだなって実感できますね」
菊花賞でブーイングライブをくらったライスだが、ここ最近ではトウカイテイオーやメジロマックイーンに勝るとも劣らない人気が出ている。こうやってグッズがすぐに作られたのも、その辺りが影響しているのだろう。
「ハルウララさんも重賞に出ていないウマ娘の中ではトップクラスに人気がありますし、早い段階でこういうグッズを作る話が出るかもしれませんね」
「本当ですか? もしもそうなら全部のグッズを買わないといけませんね」
こうして見本をもらえるかもしれないが、それはそれ、これはこれだ。とりあえず観賞用と保存用、あとは両親に送る用として3つずつ買わねばなるまい。
俺がそうやって受け取ったグッズの出来を確認していると、放課後を迎えたウララとライスが部室へと来る。そして俺が机に並べた各種グッズを見て、目を輝かせた。
「わー! なにこれ! ちっちゃいライスちゃんがいっぱいだー!」
「わぁ……お兄さま、これが以前言ってたグッズ?」
ウララは大喜びでライスの30センチ人形を抱き締め、その場で高い高いを始める。ライスは恥ずかしそうにしながらも嬉しそうに、全てのグッズを順番に確認していく。
「な、なんか、照れるね? ライス、こんなにたくさんのグッズが作ってもらえるなんて思ってなかったよ」
「ライスが頑張ってきたことの証明だな。どれぐらい売れるかはわからないけど……いや、きっとたくさんのファンが買ってくれるな」
そう言って俺は笑う。ライスは自身を模したぬいぐるみを目を潤ませながら抱き締め、何度も頷いている。
「これもらっていいの?」
「おう。俺たち宛ての見本だからな。数は……うん。全種類持っていっていいぞ」
「やったー! それじゃあ、今夜はライスちゃんのお人形さんと一緒に寝るねー!」
ウララは心底嬉しそうに人形を抱き締めている。そんなウララの様子にライスも嬉しそうで、俺も頬を緩ませながら一番大きな人形を手に取った。
「俺も全種類もらって帰るとして……自宅のどこに飾るかなぁ。いっそ専用の棚でも買うかぁ。そうだ、ウララみたいに一緒に寝てもいいな」
もちろん、冗談だ。いや、専用の棚を買うのは本気だが、さすがに良い歳したおっさんがぬいぐるみと一緒に寝るのはアウトだろう。そういうのはウララみたいな子だから許されるのである。
だから冗談、だったのだが――次の瞬間には、俺の手からライスのぬいぐるみが消えていた。
「あ、あれ? あの……ライス、さん?」
俺の手からぬいぐるみを奪い取ったのはライスである。ライスはぬいぐるみを抱き締めながら、頬を膨らませていた。
「やっぱりだめ。ウララちゃんはいいけど、お兄さまはライスのお人形さんと一緒に寝ちゃだめ」
「えぇ……いや、一緒に寝るのは冗談だからな? 自宅に飾るのは本当だけどさ」
俺は急にプリプリとし始めたライスに一生懸命説明するが、大きいぬいぐるみだけはどうしても渡してもらえなかった。この年頃の女の子の考えはよくわからんでござる。
「じゃあ、俺の仕事机に飾るのは? それならいいだろ?」
部室で使用する机は必要なものだけを置いているので、少々殺風景だ。そのため俺が提案すると、ライスは笑顔になる。
「うんっ。それならいいよ」
「よかった……手持ち無沙汰な時に撫でたりするのに良さそうなんだよな」
「やっぱりだめ」
「なん……だと……」
しかし再びの拒絶を食らい、俺は愕然とする。え? 普通に飾る分にはいい? そっかぁ……撫でちゃ駄目かぁ……ライスのセーフとアウトの境目がよくわからんなぁ。
「ねえねえトレーナー! わたしもこういうグッズ? って作ってもらえるの?」
「ウララは人気があるからな。レースで更に人気になれば、早い段階で作ってもらえるってたづなさんも言ってたよ」
グッズを運んできてくれたたづなさんは、他の仕事があるとのことで既に退室している。そのため聞いた話を伝えると、ウララは目を輝かせた。
「ほんとっ!? よーし、がんばるぞー!」
「うん、頑張ってくれるのはいいけど、勝負服をどんな風にするかを決めるのが先だからな?」
まずはウララの希望が第一ということで、どのような服にするかを宿題のようにして考えさせている。昨晩もキングちゃんから電話があったが、机を前にしてうんうん唸っていて少しうるさかったようだ。ごめんよ、キングちゃん。
「えーっとねー……うん、まだ決まってないや! ライスちゃんみたいな勝負服もかっくいーけど、もうちょっとかんがえてみたいの!」
「まだ考える時間はあるけど、今月末までにある程度形にしてくれよ?」
「はーい!」
元気よく返事をするウララ。そんなウララの様子にライスは微笑み、俺も笑う。
さあて、今日もまた、トレーニングに励むとしますか。
そして訪れた、5月末。
ライスが出走する目黒記念は東京レース場の第12レースだが、奇しくも、第11レースはクラシック三冠の中継点、日本ダービーこと東京優駿が開催される。
――その日は、5月とは思えないほどに、