リィンカーネーションダービー ‐新人トレーナーがんばる‐   作:烏賊メンコ

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第44話:新人トレーナー、感謝をする

 5月も終わりに差し掛かったその日。

 

 俺はウララとライスを連れて東京レース場へと足を運んでいた。今日はライスが出走する目黒記念が開催される日で、なおかつクラシック級では日本ダービーが開催される日でもある。

 

「おおう……こりゃすげえな……」

 

 東京レース場に押し寄せる人、人、人の波。ライスが出走する立場でなければ、間違いなく俺もウララも入場は無理だっただろう。

 

 東京レース場は日本に数あるレース場の中でも最大の収容人数を誇る。その数なんと20万弱と、ちょっとした地方都市の人口なら軽く上回る規模のレース場なのだ。

 

 そんな大きなレース場にも拘わらず、午前中の時点で観客席が満員になるほどの盛況ぶりである。レース場周辺では出店が建ち並び、さながらお祭りのような騒ぎになっている。なお、周囲の出店を確認してもゴルシちゃんはいない。

 

 第10レースまでは未勝利戦やオープン戦などで埋まっているが、第11レースに行われる日本ダービーはクラシック級のGⅠだ。今日ばかりはGⅡの目黒記念に出走するライスも主役とは言えないだろう。

 

 うん、日本ダービーに出走する面子がすごい子ばっかりだからね、今日ばかりは仕方ないね。

 

 今日の目黒記念にはライスだけでなく、トウカイテイオーやメジロマックイーンも出てくる。メジロパーマーやチームカノープスの面々は直近で他のレースに出ていたり、そもそも目黒記念は回避していたりと、面子的に日本ダービーより劣る面は否めないだろう。

 

 普段ならライス一人で釣りがくるだろ、と主張したくなる俺だが、今日ばかりは仕方がない。

 

 皐月賞で勝利したオグリキャップを筆頭に、スペシャルウィーク、キングちゃん、セイウンスカイ、ビワハヤヒデ、ナリタタイシン、ウイニングチケット、ハッピーミークと、芝のクラシック級ではトップクラスの面々が揃っているのだ。

 

(タイキシャトルは出てこなかったか……あの子はマイラーだしなぁ。むしろよく皐月賞に出たもんだよ)

 

 皐月賞に出た面子からタイキシャトルだけがいなくなっていたが、日本ダービーは距離的に厳しいと判断したのだろう。2400メートルとなると、ほぼ長距離みたいなもんだしな。

 

 それでも各オープン戦や重賞で上位争いをしまくっているウマ娘達が揃い、1着を目指して争うのだ。ウマ娘のレースファンならたとえ仕事があったとしても休んで見に来るに違いない。というか、テレビで生中継されるのに現地で見ようと詰めかける人が多くてマジでビビる。

 

 これだけ注目されるとなると、視聴率は一体何十パーセントになるのやら。テレビだけでなくネット中継もされるみたいだし、国民的娯楽というのが誇張表現じゃないのが理解できる。

 

「ふわぁ……なんか、すっごくワクワクするねー! わたしも走りたくなってきちゃったよー!」

 

 周囲の雰囲気に当てられたのか、ウララが尻尾をブンブンと振りながら声を上げる。それを聞いた周囲の観客は一度ウララの顔を見ると、興味をなくしたように視線を元に戻し――『!?』といわんばかりの表情で再度見た。

 

「ハルウララだ……」

「あの子がハルウララ……」

「あれがレコードブレイカー……」

 

 周囲からざわざわと呟きが聞こえてくる。どうやらウララも名前と顔が売れてきているようで、顔を見るだけで名前がわかるウマ娘ファンが増えているようだ。

 

(てか、レース場が大混雑するのがわかってても現地に駆け付ける筋金入りのウマ娘ファンが多いだろうしな……そりゃウララも知っててくれるか)

 

 担当トレーナーとしても鼻が高いってもんである。ふふん、もっとウララを褒めてくれてもいいのよ?

 

「それにあっちはライスシャワーだ……」

「目黒記念に出るんだよな……」

 

 ライスシャワーも当然のように名前と顔が売れており、ファンの中にはスマホで写真を撮る者もいるほどだ。でもちょっと待ってねそこのお兄さん。ライスの写真が欲しいなら今度発売されるブロマイドにして……え? 予約してる? グッズ類は全部予約済み? なら写真の一枚ぐらい仕方ないな! 今後ともライスを応援してね?

 

 俺は断りもなくライスの写真を撮った男性に声をかけたものの、熱心なライスのファンらしくキラキラとした笑顔でグッズの予約もしたと言われてしまった。うん、なんとも嬉しいことである。ライスも照れながらピースサインで写真を撮られていた。

 

 そうしてレース場に向かって進む俺達だったが、何故かウララやライスだけでなく、俺の方にも視線が飛んできているのを感じた。

 

「ハルウララとライスシャワーが一緒ってことは……あれがチームキタルファのトレーナーか」

「ああ……例のお兄さま……」

 

 ん? ちょっと待って。なんで道行くウマ娘ファンにお兄さまなんて呼ばれてるの? 俺が確認しようと視線を向けてみると、何故かそそくさと距離を取られてしまう。

 

「お兄さま、どうかしたの?」

「さっきから何人かにお兄さまって……いや、なんでもないよ」

 

 ライスが声をかけてきた瞬間、ざわっ、とどよめきが広がった気がする。気のせい? いや、気のせいじゃないよなぁ……世間様にどう思われているのか、確認するのが怖い俺である。

 

 まあ、さすがにその辺の人を捕まえて確認するわけにもいかない。俺はライスにこの人だかりだと合流できるか怪しいため、そのまま出走するように言い含めて控室に送り出すと、ちょうど今から始まる日本ダービーを見に行くことにした。

 

 まずはパドックでのお披露目があるのだが……。

 

「おおう……ここも人でいっぱいだな」

 

 当然のように、パドックも観客達で埋まっていた。今日は特に熱心なウマ娘ファンばかりだろうし、パドックでの様子も見たいと思うのも当然だろう。

 

 会えるならば桐生院さんに一声かけておきたかったところだが……駄目だ、人が多すぎてわからん。多分最前列付近にいると思うんだが。

 

『1枠1番、オグリキャップ』

 

 そうやって桐生院さんを探していると、パドックでのお披露目が始まった。真っ先に呼ばれたのはオグリキャップで、以前見た時と比べると、更に仕上がった体付きで姿を見せる。ただ、相変わらずぼーっとしていて調子が読めない。

 

「……オグリちゃん」

 

 ウララがオグリキャップを見ながらポツリと呟いた。その表情は真剣なものに変わっており、どこか挑むような眼差しでオグリキャップを見ている。

 

 それに気付いた俺はウララの頭に手を乗せると、小さく笑みを浮かべた。

 

「今日のところは観戦だけだ。次、オグリキャップとぶつかる機会があればその時に借りを返すぞ」

「うんっ!」

 

 俺の言葉に大きく頷くウララ。しかし、本格的にクラシック路線へと進んでいるオグリキャップが相手となると、こっちから芝路線に殴り込まないとぶつかることはないかもしれない。

 

『2枠3番、スペシャルウィーク』

 

 おっと、出たな。チームスピカの新星だ……んん?

 

 可愛らしいアイドルのような勝負服に身を包んだスペシャルウィークの姿を見た俺は、思わず眉を寄せる。調子が悪そうとか、怪我をしているとか、そういうわけではない。その逆で、仕上がりの良さに驚いたのだ。

 

(ほう……あれがスペシャルウィーク……さすがは先輩、仕上げてきたな)

 

 皐月賞ではオグリキャップに敗れて2着だったが、その走りぶりは力強く、俺がオグリキャップに勝てる可能性があると見込んでいるウマ娘の一人である。

 

『3枠5番、セイウンスカイ』

 

 白いフリフリがついた上着に、緑色の短ズボン。芦毛の髪をショートヘアにしたウマ娘である。以前レース映像を見た時はとぼけたような雰囲気があったが、今日は少し……いや、かなり硬い、か?

 

『3枠6番、キングヘイロー』

 

 次に出てきたのはキングちゃんだ。緑色を基調としたドレスのような勝負服で身を包み、凛とした立ち姿で真っすぐ前を見詰めている。

 

「わー! キングちゃんだ! キングちゃーん!」

 

 ウララは大喜びで声を上げた。両手をブンブンと振って自分の存在をアピールすると、キングちゃんもそれに気付いたのか驚いたような視線を向けてくる。

 

 そしてウララの隣に立っていた俺とも目が合うが、僅かに驚いたように目を見開いたかと思うと、スカートの裾を摘まんで見事なカーテシーを決める。

 

 その仕草に観客達からも声援が上がり、俺は思わず笑みを浮かべてしまった。するとキングちゃんは悪戯っ子のようにウインクをし、ついでに小さく舌を出してくる。

 

(キングちゃんか……担当トレーナーがいなけりゃ、たとえ仕事地獄になろうともスカウトしてたなぁ……)

 

 キングちゃんの顔を見た俺は、思わずそんなことを思ってしまう。目が合って、ピンときたのだ。あの子はきっと、()()()()()滅茶苦茶相性が良い、と。向こうもそう思ってくれたらトレーナー冥利に尽きるというものだが……。

 

「縁がなかった、か……」

 

 思わず、ポツリと呟いてしまった。願わくば、今回のレースで良い結果を出してほしいものである。

 

『4枠8番、ビワハヤヒデ』

 

 続いて注目したのはビワハヤヒデだが、生で見るとずいぶんと恵体なウマ娘だった。癖っ毛の芦毛を腰まで伸ばし、黒色とピンクが基調になっている勝負服を――って、なんであの子ふとももの上部分が丸見えなの? おっちゃん、目のやり場に困るんだけど。

 

 ただ、この子もかなり強いウマ娘だ。良い体をしている。

 

『5枠10番、ハッピーミーク』

 

 次に俺が見たのは、ミークである。水色のベストとプリーツスカート、更には膝丈まである白いロングコートを身に纏っている。ミークの雰囲気に合った、可愛らしい勝負服だ。

 

「ミークちゃん、どう?」

「調子はかなり良さそうだな……さすが桐生院さんだ」

 

 あれなら良い勝負になるのではないか。そう思えるぐらい、仕上がりが良い。

 

『6枠12番、ウイニングチケット』

 

 次に注目したのは、ウイニングチケットである。黒毛のショートカットかつ、元気が良さそうなウマ娘なのだが……ビワハヤヒデといい、なんで勝負服の側面にスリットが入ってるんだろうか?

 いや、スリットってレベルじゃなく、普通に横から腹部が丸見えだし、スポーツタイプのものとはいえタンクトップ……いやうん、ぶっちゃけるとブラにしか見えないものが見えるんだが。

 

(うーん……若い女の子の感性はわからんなぁ……)

 

 最近、ライス相手にもよく思うことではある。しかし、ビワハヤヒデといいウイニングチケットといい、肌を出し過ぎではないだろうか? 年頃の娘さんがはしたないですわよ?

 

『7枠13番、ナリタタイシン』

 

 俺が注目しているウマ娘のうち、最後の一人が出てきた。小柄な栗毛のウマ娘で、胸の下で絞った黄色いシャツに左足だけ長いダメージジーンズ、そして腰元には赤いチェック柄のシャツを巻き付けている。

 

 ビワハヤヒデやウイニングチケットよりはマシ……マシ? おへそが出てるけど……お腹を冷やさなければいいんだが。

 

 調子は……悪くはないが、良くもなさそうといった感じか。

 

 そうやってウララと一緒にパドックでのお披露目を見ていた俺は、観客席へと移動し始める人の流れに乗ってその場を後にしたのだった。

 

 

 

 

 

 そして始まった、日本ダービーこと東京優駿。

 

 数あるウマ娘のレースの中でも、特別視される一番の大舞台だ。ウマ娘のレースといえば日本ダービーと言っても過言ではないほど、日本中のウマ娘ファン達が熱狂するレースである。

 

 人気あるウマ娘が投票で選ばれて出走するため、お祭り騒ぎになる宝塚記念や有記念も大概だが、日本ダービーはそれらを上回る。

 

 多くのウマ娘がこの舞台に立つことを夢見て、そして夢を見たまま出走する機会すらなく過ぎ去っていく夢の晴れ舞台。

 

 その大レースは、東京レース場に集まった20万人近い観客を熱狂の渦へと叩き込んでいた。

 

 日本ダービーは観客にも見えやすい、芝のコースのホームストレッチからのスタートになる。ウマ娘達がゲートに入り、紹介されていく度に怒号のような歓声がレース場を震わせた。

 

 これまでの戦績に因るものか、1番人気はオグリキャップだ。1枠1番ということもあって真っ先に紹介されたが、オグリキャップは観客の声援に特に反応することなくゲートに入った。他の有力ウマ娘達は程度の差こそあれ、落ち着いた様子でゲートへ入っていく。

 

 それ以外の、抽選で当選したことで出走できることになったウマ娘達は、どこか落ち着きがない。それもそうだろう。GⅠという大舞台もそうだが、20万人もの観客に見守られる中でのレースなのだ。

 

 中にはGⅡやGⅢに出たことがある子もいるだろうが、観客席で観戦している俺でさえ、思わず緊張しそうなほどの熱気がレース場を満たしている。

 

 5月も末ということで、気温も中々に高い。30℃まではいっていないようだが、それでも今日は良い天気で日差しが強い。俺はバッグからスポーツドリンクを取り出すとウララに手渡し、自分の分も一口飲む。

 

(これからの時期はトレーニングもだけど、レース前の体調管理にも気を付けないとな……)

 

 この暑さもあるため、ライスに合流しなくて良いと伝えたのだ。控室ならば涼しいため、レース前に体調を崩すこともないだろう。

 

 俺はそんなことを考えながら、日本ダービーを眺めていたのだが――。

 

『ああっと! ハナに立っていたセイウンスカイがここで捕まった! かわしたのは1番人気のオグリキャップだ!』

 

 レースは有力ウマ娘達による、バチバチと火花が散りそうな展開へと変わりつつあった。

 

 スタートと同時にハナを切り、そのまま逃げ続けたセイウンスカイ。しかし、この大舞台で緊張したのかペース配分を誤り、左回りの第3コーナーでオグリキャップに捕まったのだ。

 

『先頭に立ったのはオグリキャップ! しかし3番スペシャルウィーク、6番キングヘイロー、8番ビワハヤヒデ、10番ハッピーミーク、12番ウイニングチケットも上がってきている! おっと、ここでシンガリにいた13番ナリタタイシンもスパートをかけ始めているぞ!』

『残り800メートルといったところですが、仕掛けるには少々早いようにも思えますね。各ウマ娘、スタミナがもつのでしょうか?』

 

 シンガリにいたナリタタイシンを除き、先行している集団とそれ以外のウマ娘達の間には既に5バ身以上の差がついている。しかしオグリキャップを筆頭に、後方のことなど微塵も気にした様子もなく互いに抜き合いながらどんどん加速していく。

 

『さあ、第4コーナーを回って最終直線へ! 先頭は変わらずオグリキャップ! 2番手のスペシャルウィークとの差は2バ身! 1バ身離れた位置で3番手争いをするのはキングヘイローにビワハヤヒデ、ハッピーミークにウイニングチケットの四人! しかし後方から一気にナリタタイシンが上がってきているぞ!?』

『直線は約500メートル、しかしここから坂がありますからね。誰がどのタイミングで仕掛けて抜け出すのか。注目したいと思います』

『先頭のオグリキャップ達が……の歓声……ご……』

 

 クラシック級の優駿達がコーナーを抜けてホームストレッチに突入してきた瞬間、実況や解説の男性の声が途切れ途切れになるほどの大歓声が観客達から上がる。

 

 俺は大歓声が上がる前にウララの頭部に両手を置き、ウマ耳を覆う。しかしウララはそんな俺の行動にも気付いていないように、じっとオグリキャップ達を見つめていた。

 

『残り400で坂へと差し掛かったぁっ! 先頭は相変わらずオグリ――いや、ここできたぞスペシャルウィーク! 坂道を駆け上りながら一気にオグリキャップとの距離を詰めていく! 1バ身! 体半分! そして今、並んだぁっ!』

 

 大歓声に負けじと実況が声を張り上げる。スペシャルウィークは大歓声に背中を押されるようにオグリキャップに並び、かわそうとしている。

 

 だが、そこでオグリキャップの雰囲気が一変した。姿勢が低くなり、ターフを蹴りつける足に力がこもり、グン、と一気に前へ駆け出していく。

 

 既に一度スパートをかけた状態から、()()()()()オグリキャップの足。それは何度見ても驚異的かつ脅威的で、並んだスペシャルウィークを一気に引き離し――。

 

「ウララ、スペシャルウィークをよく見ておけ」

 

 俺はウララのウマ耳に顔を寄せ、そっと囁く。

 

 オグリキャップの二度伸びるあの足を見てもなお、スペシャルウィークは絶望していない。それどころか負けじと蹴り足に力を込め、オグリキャップに追いすがっていく。

 

『オグリキャップがスペシャルウィークをかわし――きれないっ!? スペシャルウィーク! 伸びたオグリキャップを追いかけ更に速度を増した! その後方からはウイニングチケットとハッピーミークが伸びてきている! 距離は残り200! ゴールまで残り200! スペシャルウィークは届くのか!? それともオグリキャップが押し切るのか!? あるいは後続が差し切るのか!?』

 

 ――ああ、いいなぁ。

 

 必死にオグリキャップに喰らい付くスペシャルウィークの走る姿を見て、俺は思わず内心だけで呟く。

 

 オグリキャップとスペシャルウィーク、どちらが勝つかわからない一進一退の攻防。それを目の当たりにした観客達は既に総立ちで、目の前のレースを食い入るように見つめながら喉を嗄らさんばかりに声を張り上げて声援を飛ばしている。

 

 この熱、この空気、これこそがウマ娘のレースの醍醐味だ。テレビの前で見るだけでは味わえない、血を沸き立たせるような白熱のレース。

 

『残り100を切った! 先頭は……どっちだ!? オグリキャップとスペシャルウィーク、互いに一歩も譲らず駆けていくぅっ! 後続はどうだ!? 3番手は――ウイニングチケットが僅かに先行か!? 並ぶハッピーミーク苦しいか!? キングヘイローとビワハヤヒデ、ナリタタイシンも差を詰めてきている!』

 

 100メートルなど、全速力のウマ娘ならば5秒とかからない。実況の声が響くと同時に、既にゴール間近まで迫る影が二つあった。

 

『そして今! オグリキャップとスペシャルウィークが並んでゴール! これはどっちだ!? 体勢はスペシャルウィークが有利か!?』

 

 並んでゴールしたオグリキャップとスペシャルウィークは、互いに減速してから足を止めると肩で息をする。その額からは大粒の汗が流れ、顎を伝ってターフへと滴り落ちていく。

 

『3番手争いはウイニングチケット! これは文句なし! 4着はビワハヤヒデ! 5着はナリタタイシンとハッピーミークが横並び! これもどちらが勝ったかわかりませんっ!?』

 

 残念ながら、ミークは3着争いから脱落していた。しかしそれでも最後まで必死に走り、入着を争っている。

 

 そんなミークに続く形でキングちゃんがゴールした。中盤までハナを切っていたセイウンスカイは……オグリと競った影響か、スタミナを使い果たしてズルズルと後退し、後方のウマ娘達に混ざってゴールする。

 

 俺はチラ、と着順掲示板を見た。既に3着がウイニングチケット、4着がビワハヤヒデで確定しているが、着順掲示板には『写真』の文字が光っている。

 

「と、トレーナー、スペちゃんとオグリちゃん、どっちが勝ったの?」

 

 ウララが不安そうに俺を見上げてくる。ウララにとってスペシャルウィークは友達で、オグリキャップは以前負けた相手だ。気になるのだろう。

 

 俺はそんなウララの頭を撫でながら、その視線をゴール先のスペシャルウィークとオグリキャップへ向けた。

 

「勝ったのは――スペシャルウィークだ」

『着順が確定いたしました。1着は3番、スペシャルウィーク。2着はハナ差で1番、オグリキャップ。3着は2バ身差で12番、ウイニングチケット。4着は1バ身差で8番、ビワハヤヒデ。5着は1バ身差で10番、ハッピーミークです』

 

 実況の着順発表に、東京レース場に詰めかけた20万人の観客から爆発的な歓声が上がる。その瞬間俺はウララのウマ耳を両手で押さえつつ、スペシャルウィークとオグリキャップの様子を確認した。

 

 スペシャルウィークは自身が勝ったことが信じられないように左右を何度も見ていたが、観客がスペシャルウィークの名前を連呼し始めたことで実感が湧いたのか、最後には涙を浮かべつつも笑顔で観客に向かって手を振り始める。

 

 オグリキャップは相変わらずぼーっと……いや、アレは呆然としてるな。着順掲示板に視線を向け、自身の順位を確認している。

 

『やりましたスペシャルウィーク! 皐月賞で敗北したオグリキャップに、日本ダービーで借りを返しました!』

『最後の競り合いは手に汗握るものがありましたねぇ。オグリキャップはこれで中央に移籍してからの無敗での連勝が5でストップですか……無敗のクラシック三冠ウマ娘が誕生するかと思いましたが、去年のミホノブルボンといい、やはりクラシック三冠というのは難しいようです』

 

 興奮する実況と、なんとか平静を保ちながらコメントする解説の男性。俺はそんな二人の言葉を聞きながら、スペシャルウィークに拍手を送る。

 

 次はライスのレースがあるためパドックに向かいたいが、この激戦を制したスペシャルウィークに拍手の一つも送らずに背を向けるのはさすがに失礼というものだ。

 

 そして、それと同時に俺はスペシャルウィークに感謝をしていた。

 

(オグリキャップは仕掛けるのが早かった……せめて第4コーナーを抜けるまで待っていれば、最後の競り合いで抜け出せただろうに)

 

 いや、あるいはそれでもスペシャルウィークが勝っていたか。今になってたらればを語っても仕方がない。そして、俺は押さえていたウララのウマ耳に顔を近づけて言う。

 

「見たか、ウララ……オグリキャップでも負けるんだ。あのオグリキャップが相手だろうと、勝てる子は勝てる。侮れっていうわけじゃねえ。()()()()()()()()()()()()()()()んだ」

 

 スペシャルウィークの走りは、それを教えてくれた。俺はそれに感謝したい。

 

 あのシンボリルドルフでさえ、3度の敗北を経験しているのだ。絶対に勝てない相手など存在せず、それならば、()()()()()()()()()()を見つけるのが俺の仕事だろう。

 

 もっとも、勝てない相手はいないと言ったが、そこには当然のように相応の努力が必要になる。一年前のウララをオグリキャップに勝たせろと言われたら、俺は辞表を叩きつける自信がある。

 

(そうだ……オグリキャップだろうとスマートファルコンだろうと、ウララなら勝てる。いや、勝てるようにする……俺とウララならできる)

 

 後先考えず、故障すら恐れずに限界を超えた走りをさせれば現時点でも1勝はできるかもしれない。だが、1度勝利しただけでウマ娘としての評価が全て決まるわけではないのだ。

 

 もちろん、最初の1勝が難しいわけだが。

 

 そして、それはウララやライスだけに当てはまるわけじゃない。他のウマ娘もどんどん強くなっていくのだ。今までは勝てた相手に、急に勝てなくなることもあるかもしれない。

 

 負けさせないよう、追い付かせないように担当ウマ娘を鍛えていくのもトレーナーの仕事だろう。

 

「うん……見ててね、トレーナー。わたしもオグリちゃんに負けない、強いウマ娘になるから」

 

 俺の言葉に頷くウララ。それを聞いた俺は笑みを浮かべると、ウララの頭をひと撫でする。

 

「おうよ。んじゃ、次はライスのレースだ。パドックに行くぞ」

「うんっ!」

 

 俺は最後にもう一度だけ観客席へ手を振るスペシャルウィーク、着順掲示板を見詰めたまま動かないオグリキャップへ視線を向けると、ウララを連れてその場を後にするのだった。

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