リィンカーネーションダービー ‐新人トレーナーがんばる‐   作:烏賊メンコ

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第45話:新人トレーナー、挑戦状を受け取る

 激戦をスペシャルウィークが制したことで終わりを告げた日本ダービー。

 

 本日のメインイベントが終わり、観客席から立ち上がってその場を去る者がちらほら出始める――が、彼ら、あるいは彼女らは帰るのではない。

 

 東京レース場第12レース、目黒記念。GⅠの日本ダービーには知名度や規模で劣るものの、GⅡの目黒記念が次のレースに控えているのだ。

 

 席を立った者達は、帰るのではない。これからパドックで行われるお披露目を見に行くために席を立ったのだ。

 

「いやぁ、すごかったなぁ」

「ほんとほんと。スペシャルウィークとオグリキャップ、どっちが勝ってもおかしくなかったよな」

「次は目黒記念か……日本ダービーほどじゃないけど、TMRが出るんだし、絶対見逃せないよ」

 

 パドックに向かう者達は口々に先ほどの日本ダービーやこれからの目黒記念に関して言葉にする。

 

 綺羅星の如き新星が集まった――集まり過ぎた日本ダービーも素晴らしかったが、これから行われる目黒記念にも注目しているのだろう。うんうん、ライスを応援してね?

 

(というかTMRって……トウカイテイオーとメジロマックイーンとライスシャワーの頭文字から取ったのか? その並びだとライスが一番下に感じるんだが……)

 

 ちょっと『TMR』とか発言したファンに膝詰談判してこようかな、なんて思ったけど、さすがに時間が押しているし、戦績を見ればライスが最後に来るのも仕方がない。

 

 トウカイテイオーは13戦9勝でGⅠ5勝。

 

 メジロマックイーンは20戦9勝でGⅠ3勝、GⅡ3勝。

 

 ライスは14戦6勝でGⅠ3勝、GⅡ1勝と、トウカイテイオーやメジロマックイーンと比べると戦績で一歩劣る。

 

 もちろん、トウカイテイオーやメジロマックイーンに()()()()劣っているだけで、ライスの戦績もトレセン学園全体で見れば上位に入っているだろう。また、戦績はともかく、ここ最近のライスの評判はトウカイテイオーやメジロマックイーンに劣るものではない。

 

 だからこそ『TMR』なんて三人まとめて呼称しているのだろう。それこそ、日本ダービーが終わった直後のGⅡだというのに、レース場の熱気が冷めない程度には期待されているし人気が高いのだ。

 

(大阪杯でも春の天皇賞でも三人で終盤競い合ってたしなぁ……ま、人気が出るのはいいことだ)

 

 俺は周囲の声に聞き耳を立てつつ、パドックへと辿り着いた。ライスシャワーのトレーナーです、ちょっと通してください、なんて言いながら最前列を目指していく。

 

 でも観客が多すぎて中々上手く進めない……ええいどけっ、俺はお兄さまだぞ! なんて言って押し通るわけにもいかない。

 

 しかし、俺と一緒にいるウララを見ると、驚いた顔をして避ける人が複数いた。『お兄さまだ』とか、『アレが例の……』とか聞こえるけど、くそっ、気になって仕方ないけど今は聞いてる時間がマジでねえ! あなた達にお兄さまなんて呼ばれる筋合いはなくってよ!

 

『1枠1番、ゴーイングノーブル』

 

 そう言っている間にお披露目が始まり、俺はなんとか最前列へと抜け出す。ウララは……きちんとついてきているな。ヨシッ!

 

『3枠3番、メジロマックイーン』

 

 危うくメジロマックイーンのお披露目を見逃すところだったわ。

 

 今回の目黒記念、フルゲートだと18人での出走になるが、回避したウマ娘が多くて14人での出走である。

 

 メジロマックイーンは1番人気に推されており、相変わらず堂々とした立ち姿で観客席に小さく手を振っている。

 

 調子は……良さそうだな。目黒記念は2500メートルだし、ライスにマークさせるのはメジロマックイーンでいい、か?

 

『5枠7番、ライスシャワー』

 

 今日のライスは7番での出走である。少しばかり不安そうな顔をしていたが、俺とウララが最前列にいることに気付くとぱぁっと花が咲いたような笑顔を浮かべる。

 

 すると、その表情を見た観客達から歓声が上がった。ライスが控えめに手を振ると、歓声はますます強くなる一方である。どうだいうちのライスは? 可愛いだろう?

 

『8枠13番、トウカイテイオー』

 

 俺が内心でライス自慢をしていると、今日警戒すべきウマ娘のもう一人であるトウカイテイオーが姿を見せる。

 

 調子は良いのかテイオーステップを披露しているが……。

 

(メジロマックイーンとトウカイテイオーを比べると……今日はメジロマックイーンか? 二人とも調子が良さそうだが……)

 

 俺は少しばかり判断に迷う。絶好調を10とするならば、メジロマックイーンは8から9、トウカイテイオーは7から8といったところだろうか。

 

 見誤っていなければ、メジロマックイーンの方が若干調子が良さそうだ。

 

(というか、メジロマックイーンやトウカイテイオー以上に強そうなウマ娘がいないんだよな……9番のミニキャクタスはライスとの対戦が多いから、ちょっと警戒しなきゃいかんけど……)

 

 俺はメジロマックイーンとトウカイテイオー以外にも一人、ミニキャクタスというウマ娘に視線を向けた。

 

 以前ライスが出走したGⅡの京都記念。その最終直線でライスと競った子だ。ただし、最終的に大きな差をつけてライスが勝ったが、2着に入っている。

 

(でも、メジロマックイーンやトウカイテイオーに勝てるかっていうと……)

 

 残念ながら、数段劣ると判断せざるを得ない。しかし油断はできないだろう。急激に力をつけてレースに臨んでいる可能性もあるのだ。

 

 俺は一人ひとりウマ娘の体付きや調子を確認していく。ちょっとした表情や仕草をじっと見詰め、穴が開かんばかりに観察していく。

 

(……やっぱりメジロマックイーンだな)

 

 そして最終的な結論を下す。メジロマックイーンやトウカイテイオー以外のウマ娘を全員確認してみたが、仕上がりや調子は二人に大きく劣るものだと判断した。

 

「お兄さま」

 

 パドックでのお披露目を終えたライスが俺の傍に寄ってくる。俺は柵越しにライスと向き合うと、今日のマーク相手を伝えていく。

 

「今日はメジロマックイーンの方が良いと思うんだが……ライスはどうだ?」

「ライスはマックイーンさんもテイオーさんも同じぐらいかなって思ったけど、お兄さまがそう言うのなら間違いないよね」

「……いや、間違えるからな? ただ、今日はメジロマックイーンとトウカイテイオーのどっちをマークしても、()()()()()()()()()()って思って調子が良さそうな方を選んだだけだからな?」

 

 他に有力ウマ娘がいたならば、戦法をもう少し考える必要があっただろう。しかし、今日の出走メンバーだと多分、ライスとメジロマックイーン、トウカイテイオーの競り合いにしかならんと思う。

 

 俺はそう言ってライスを送り出し――その言葉は、現実のものとなった。

 

 

 

 

 

『先ほどの日本ダービーで見たような光景が広がっております! 完全に後続を引き離したメジロマックイーン、トウカイテイオー、ライスシャワーの3人が! 互いに位置を変えながら第3コーナーへと突っ込んでいく!』

 

 目黒記念は最早、ライスとメジロマックイーン、トウカイテイオーの3人による壮絶なデッドヒートへ変貌していた。

 

 ライスもメジロマックイーンもトウカイテイオーも綺麗なスタートを切ったと思いきや、逃げウマ娘を向こう正面で早々に捉え、第3コーナーに差し掛かる頃には3人で先頭争いをしながら駆けていくようになったのだ。

 

(うーむ……こりゃあマークどころじゃないな)

 

 レース場の熱気にあてられたのか、あるいは他のウマ娘の調子が思った以上に悪かったのか、メジロマックイーンをマークして差し切るという戦法は早々に頓挫してしまった。

 

 俺が注目している有力ウマ娘以外の中でも、特に実力があるウマ娘は目黒記念を回避して同日に開催されるオープン戦へ舵を切っていた。ライス達と競り合うぐらいなら、オープン戦で1着を狙った方が良いと判断したのかもしれない。

 

 そしてそれは、眼前のレースを見れば納得できそうな理由だった。

 

『メジロマックイーンがやや前に出ながら第4コーナーへと入っっとぉトウカイテイオーが内からメジロマックイーンをかわして先頭にって今度はライスシャワーが上がってきたぁっ!』

『大丈夫ですか? 掛かってませんか?』

 

 頻繁に入れ替わる順位に、実況も大混乱だ。解説の男性がすかさず突っ込みを入れているが、そうなるのもわかるほどにライス達は一進一退のレースを繰り広げている。

 

 実力が突出した3人のウマ娘達によるデッドヒートに、観客席の観客達も大盛り上がりである。それぞれが応援しているウマ娘の名前を叫び、他の二人より少しでも前に行けと必死に発破をかけていた。

 

『後続との差は既に7……いや、8バ身ほどか!? 後続の先頭でミニキャクタスが前を窺っているが、その位置から届くのか!?』

『1000メートルの通過タイムは58秒1とかなり速いペースでしたからね。この3人が競り合うとレコードが出ることが多いですし、最終直線でどう仕掛けるかがポイントになるでしょう』

 

 ライスもメジロマックイーンもトウカイテイオーも、お互いがお互いをライバルとして意識し合っている。それはお互いの実力も把握しているということで、先行させて距離を空けると最後の直線で()()()()()()()()()()と思っているのだろう。

 

 これが菊花賞や春の天皇賞のように、長距離レースの中でも長丁場になるならこんなに早く競い合うことはなかったはずだ。しかし、目黒記念の2500メートルはライスやメジロマックイーンにとっては走りやすい距離で、トウカイテイオーにとっては少々不利な距離である。

 

 そのため有り余るスタミナに物を言わせて封殺しにかかるライスとメジロマックイーン、そしてそれをさせまいとハイペースで勝負を仕掛けたトウカイテイオーの三つ巴の争いは、スタミナの有無によって旗色が鮮明になりつつあった。

 

『残り200の標識を通過! 先頭争いから――おおっと、トウカイテイオー限界か!? 僅かに、しかし確実に後退している! ライスシャワーとメジロマックイーンは互いに一歩も譲らない!』

 

 序盤からハイペースに進んだレースは、トウカイテイオーからスタミナを完全に奪い去っていた。だが、ライスとメジロマックイーンはここからが本番と言わんばかりにターフを蹴る足に力を込め、加速していく。

 

『残り100! ライスシャワーとメジロマックイーンの一騎打ちだ! トウカイテイオーは巻き返せないか!? 距離が2、いや、3バ身と開いていく!』

「いけえええええええぇぇっ! かわせええええええええええぇぇっ!」

「いっけー! ライスちゃああああああぁぁんっ!」

 

 ホームストレッチを駆け抜けていくライスに、俺もウララも声援を送る。残り100メートルをほんの数秒で駆け抜けていくライスとマックイーンの競り合い。軍配が上がったのは――。

 

『ライスシャワー僅かにかわしたか!? メジロマックイーン差し返せるか!? しかしもう距離が――ライスシャワー! かわしきってゴール! 勝ったのはライスシャワーです!』

 

 ライスシャワーがギリギリのところでメジロマックイーンをかわし、1着でゴールを通過した。すると、それを見届けた観客達から爆発的な歓声が上がる。ビリビリと空気を震わせ、衝撃すら伴うほどの音の圧力だ。

 

『2着はメジロマックイーン! 3着は2バ身ほど差がついてトウカイテイオー!』

 

 真っ先にゴールを駆け抜けたライスは、肩で息をしながらも笑顔を浮かべている。メジロマックイーンもトウカイテイオーも荒い息を吐きながら、少しばかり悔しそうにしながらライスへと言葉をかけている、が。

 

(ん? トウカイテイオーはともかく、メジロマックイーンは少し余力がある……か?)

 

 俺はメジロマックイーンの顔を見て、そんなことを考えた。汗を掻き、息を荒げてもいるが、ライスと比べると少し余裕があるように見える。

 

 わざと負けたわけではないだろうが、俺はそんなメジロマックイーンの表情が少しばかり気にかかった。

 

(それに、トウカイテイオーも終盤でスタミナが切れたって割に回復が早いな……以前と比べてスタミナをつけてきたか)

 

 今日のところはライスが勝ったが、宝塚記念は2200メートルと今日のレースより300メートル短い。序盤からハイペースで進み、残り200メートルでトウカイテイオーが限界を迎えたことを思えば、2200メートルという距離は――。

 

(勝ちは勝ちだが、油断はなしだ。ライスのスタミナは十分だと思ってスピードを伸ばしてたけど、並行してスタミナももう少し鍛えた方が良いか……)

 

 今回は勝てたものの、次回も勝てるという保証はないのだ。特に、中距離のトウカイテイオーは怖い。

 

(宝塚記念まであと一ヶ月……ライスをどこまで鍛えられるか……)

 

 GⅠともなれば、メジロマックイーンやトウカイテイオーの気合いのノリも違うだろう。メジロマックイーンやトウカイテイオーに肩や背中を叩かれつつ、笑顔で観客席に向かって手を振るライスを見ながら俺はそう思うのだった。

 

 

 

 

 

 そして、その日の帰り道のことである。

 

 ライスのウイニングライブも盛況に終わり、東京レース場をあとにしようとしたのだが――。

 

(……ん? あれは桐生院さんとミーク……か)

 

 俺は視界の端に見知った顔を見つけ、そちらへと視線を向ける。帰宅しようとしている人の波から外れ、物陰に桐生院さんとミークを見つけたのだ。

 

 気付いたのはほんの偶然である。いや、ミークの髪色が目立つから、偶然ってほどでもないか?

 

 桐生院さんはミークを抱き締め、涙を流していた。何か声をかけているようだが、さすがに距離があって言葉までは拾えない。

 ただ、桐生院さんの表情から察するに、ミークに謝っている……のだろう。ミークは困ったように、しかし桐生院さんにつられるようにして、目の端に涙を溜めながら桐生院さんを抱き返している。

 

「…………」

 

 皐月賞で14着だったミークが、日本ダービーでは5着と入着した。それは喜ばしいことだろうが、負けたことに変わりはない。それを桐生院さんが謝罪しているのだろうか。

 

「あっ、ミークちゃん……」

 

 俺が立ち止まって視線を向けたせいか、ウララも桐生院さんとミークに気付いた。そして二人が泣いていることに気付くと、そちらへと駆け出そうとする。

 

「駄目だよ、ウララちゃん」

 

 しかし、俺が止めるよりも先に、ライスがウララを止めていた。うん……そうだよな。偉いぞ、ライス。

 

 負けたことを悔しがる二人に、かけるべき言葉はない。これで平然と笑い合っていたのならば、俺も声をかけただろう。だが、以前のウララのように、ミークは走るだけで嬉しくて楽しいというタイプでもないのだから当然だ。

 

 特に俺は、ライスが目黒記念で勝利した直後なのだ。どの面下げて声をかけるんだって話である。

 

 負けて悔しいと涙を流せるのなら、それはきっと、これから成長していく証だ。桐生院さんとミークの二人なら、今回の敗北を糧に更に強くなっていくだろう。

 

 まあ、だからこそ、目黒記念でライスが勝っても宝塚記念に向けて油断したり、少しはトレーニングを軽くしようと思ったりできないわけだが。

 

「行くぞ、ウララ」

「……うん」

 

 俺の言葉を聞き、ウララが戻ってくる。俺は良い子だ、と言わんばかりにウララの頭をひと撫ですると、その視線をライスへと向けた。

 

「さあて、今日はライスが勝ったお祝いだ。何を食べたい?」

 

 俺が雰囲気を明るくするように尋ねると、ライスがキラキラとした瞳を向けてくる。

 

「ライス、お兄さまの人参ハンバーグが食べたいなっ!」

「よーし、それなら帰りに商店街に寄っていくか。材料を買って帰らないとな!」

「えっ? トレーナーのにんじんハンバーグ? やったー!」

 

 ウララも大喜びでその場で飛び跳ねる。ご機嫌ぶりを示すように、ウララもライスも尻尾がパタパタと大きく揺れていた。

 

(……これからですよ、桐生院さん)

 

 俺は最後に桐生院さんへ視線を向けると、両腕にぶら下がってくるウララとライスを連れて東京レース場を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 目黒記念が終わり、月が変わって6月である。

 

 盛大に盛り上がった日本ダービーのレース映像はその日の夜のニュースにも取り上げられ、ダービーを制したスペシャルウィークは一躍時の人ならぬ時のウマ娘となった。

 

 それは以前乙名史さんがインタビューをしてきた雑誌、月刊トゥインクルでも同様だ。インタビューの謝礼の一部として送られてきた月刊トゥインクル6月号でも、表紙にスペシャルウィークが日本ダービーでゴールを通過した瞬間の写真が使われているほどである。

 

 ギリギリまで待ってから印刷にかけたのだろう。表紙から10ページ程、日本ダービーに出走したウマ娘の情報やレースでの写真が掲載され、最後の4ページがスペシャルウィークに関する情報で占められている。

 

 レース後のインタビュー内容なども掲載されているが、この分だと今月のスペシャルウィークはインタビューなどで大変かもしれない。

 

「今月なのにスペシャルウィーク……うーん、いまいちか」

 

 ギャグにもならない言葉を呟きつつ、俺は月刊トゥインクルのページをめくっていく。

 

 今は仕事の合間の軽い休憩時間だ。ウララとライスにも月刊トゥインクルを渡すつもりだが、一応内容をチェックしてから渡そうと思ったのである。あれ? これって休憩……いや、仕事じゃないから休憩だな、うん。

 

 ――トレセン学園の新チーム、チームキタルファに迫る。

 

 そんな見出しで雑誌の真ん中付近に、センターカラーでチームキタルファの記事があった。さすがに日本ダービーを制したスペシャルウィークと比べると扱いが軽いが、それでも新チームにしては中々良い扱いと言えるだろう。

 

 カラーのページに載っているのは、ウララとライスの顔写真やレースでの写真である。ウララは先日の端午ステークスや青竜ステークスの写真が使われ、ライスは去年の有記念や今年の春の天皇賞の写真が載っていた。

 

 うーん、さすがプロの撮った写真である。良い仕事してますねぇ……。

 

 ウララとライスの現時点での戦績も載っているが、ウララが8戦3勝3レコード、ライスが先日の目黒記念の勝利を含めて15戦7勝2レコード、チームキタルファが設立されてからのチーム戦績は8戦5勝で3レコード、なんて情報も載っている。

 

 あと、でかでかと入着率100%! なんて煽り文も載っているんだが……原稿ではなく月刊誌という形で読むと、嬉しいやら気恥ずかしいやら複雑な心境である。

 

 ページをめくると俺が乙名史さんからインタビューを受けた内容を使い、一問一答の形で記事が作られていた。

 

 うん……ギリギリのところで原稿を差し替えて変な記事になってやしないかとちょっと不安だったけど、以前確認した通りの内容だ。

 

 これまでのレースで印象深かった出来事や、普段からウララやライスのトレーニングで心がけていること、ライスにお兄さまと呼ばれていること、注目しているウマ娘、今後の目標に関してなど、おかしな部分は何もない。

 

 ウララの目標はユニコーンステークスで、ライスの目標は宝塚記念。インタビューを受けた際の情報をもとにそう記載されているが、ちょっとタイミングが違えばウララの目標に関してはジャパンダートダービーと記載されていたのだろうか。

 

 というか、俺の経歴に関しても記載してあるが、トレセン学園に入って1年目でチーム設立って部分、何も知らない人が見れば誤植だと思うんじゃなかろうか。白黒ながら顔写真も掲載されており、なんともまあ冴えない青年の面が載っている。うん、俺の顔なんだけどね。写真は一番写りが良いものを選んだんだけどね。悲しいね。

 

「……うん?」

 

 チームキタルファのページを読み終わると、次のページにはスマートファルコンの記事が載っていた。そのため内容を確認していくと、鳳雛ステークスのウイニングライブでユニコーンステークスへの出走を宣言した真意とは? みたいな感じで取り上げられている。

 

 そこには笑顔のスマートファルコンの写真が掲載されており、コメントも寄せられていた。

 

「ふむ……芝のレースと比べて人気で劣るダートのレースを少しでも盛り上げるために、か。こいつはなんとも……」

 

 俺は思わず苦笑してしまう。ダートのレースが芝のレースに人気で劣るというのは……まあ、否定できない。適性面での問題もあるが、選手層が薄いのが大きく影響しているからだ。

 

 花形になり得る選手の有無も大きいだろう。現状のクラシック級のダートで花形とも顔とも言える選手は多くない。()()()()()()()()()()()()ウマ娘となると数が増えるが、今のところダート一本で走っているウマ娘だとスマートファルコンと、あとは手前味噌だがウララぐらいか。

 

 ページをめくっていくと、俺がダートではスマートファルコンを意識していると発言したからか、スマートファルコン側にも誰を意識しているかインタビューしている。

 

 そこにはアイドルのように明るい、それでいてどこか()()()()()()笑顔を浮かべるスマートファルコンの写真と共に、質問への答えが載っていた。

 

『ハルウララちゃんでーす。私と一緒にダートを盛り上げようね?』

 

 記事を作ったライターが原因なのか、それともスマートファルコンが発言した内容をそのまま記載したのか、軽く感じる回答である。

 

 しかし、ユニコーンステークスへの出走を宣言したことと合わせれば、これは多分。

 

「挑発……じゃ、ないなぁ。挑戦状か? 以前のレースで勝ったのは向こうだろうに……こんな宣言しなくても、怪我しない限りウララは出るっての」

 

 ウララは昇竜ステークスでスマートファルコンに敗れ、それをきっかけとして悔しさを知った。それを思えば、格上なのは向こうの方だ。しかし、スマートファルコンはウララを意識していると言う。

 

(お互いレコードを出し合っているしなぁ……こっちだけが一方的に意識してるわけじゃないってのは、ま、なんだ……燃えるな)

 

 ライスとミホノブルボン、メジロマックイーンとトウカイテイオーほど、強烈なライバル関係とは言えないだろう。だが、ウララに勝ったスマートファルコンが、ウララのことを意識しているというのは俺としては非常に大きい。

 

 言い方は悪いが……面白れぇ、やってやろうじゃねえか! みたいな?

 

 実際にレースをするのはウララだが、俺も指導に熱が入るってもんである。

 

(ウララの勝負服の素案も提出済みだし、7月半ばのジャパンダートダービーよりも今月下旬のユニコーンステークスの方が大事だ……スマートファルコンが確実に出てくるっていうのなら、今度こそウララが負けた借りを熨斗つけて返さないとな)

 

 俺は強くそう思いながら、月刊トゥインクルを閉じるのだった。


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