リィンカーネーションダービー ‐新人トレーナーがんばる‐   作:烏賊メンコ

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第49話:新人トレーナー、警戒する

 キングがチームキタルファに加わり、二週間近い時間が過ぎた。

 

 その間、ユニコーンステークスに出るウララを鍛え、宝塚記念に出るライスを鍛え、チームに加わったキングの能力をチェックし、たづなさんがいなくなったことで押し寄せてくる仕事の山に飲み込まれてと、中々に大変な日々だった。

 

「たづなさん……たすけて……タスケテ……」

 

 訂正する。現在進行形で大変である。

 

 俺はノートパソコンの前でたづなさんに助けを求める。以前ならちょっとした小声でも瞬間移動でもしたのかと疑うような速度で部室に来てくれたが、サポートを辞めたたづなさんが部室に来ることはない。

 

「ぶぇー……キングのデータをまとめたいよう……あの子思ったより体が頑丈だから、もっとギリギリまで鍛えられるメニュー組みたいよう……」

 

 嘆いても仕事が減ることはないが、俺はキーボードをぽちぽちタイピングしながら呟く。

 

 トレセン学園から各トレーナーに割り振られる仕事は色々とあるが、人事とか経理とか、そういったものはノータッチだ。そういうのはトレセン学園に雇われている事務の人達の仕事である。

 もちろん、担当しているウマ娘に関する報告資料の作成だとか、チームキタルファの経費処理だとか、練習設備の使用申請だとかは俺の仕事だ。それを他人に割り振ることはできない。

 

 それならどんな仕事が割り振られるかというと、来年度トレセン学園への入学を希望するウマ娘のチェックや、今年、中央のトレーナーライセンスを取得するために出題される問題のチェック等々、実際にトレーナーライセンスを持っている人物の目線で見なければいけないものが色々とあるのだ。

 

 来年度のウマ娘のチェックに関しては人事っぽい感じだが、トレーナー目線でどう感じるかのチェックだ。言わば書類選考――の、さらに前の段階の、入学を決めるお偉方に見せるための資料作りである。

 

 それとスカウト担当の人員が地方で見つけてきたウマ娘のチェックとかもある。中央に移籍させて問題ないか、実力はあるか等々、見ることは多い。ただしこれはトレーナー全員で見る時間的余裕はないため、たづなさんなどが()()()()()に割り振ってくる。

 

 ここでいう適当はテキトーではない。適切に当たれる人、という意味だ。

 

 あと、先日発売されたライスの各種グッズに関して、URAとの折衝だったり、ライスに振り込まれるお金のチェックだったり、製造メーカーとのやり取りだったり、地味に多岐に渡る。

 

 でもこの辺はライスのためだ……いつになるかわからんけど、引退後にライスが生活に困ることがないよう、しっかりチェックしなければ……でもライスに振り込まれるお金の額を見てると、トレセン学園のトレーナーなんて目じゃない額になってるのがなんとも言えぬ。

 

 高等部のライスがレースの賞金だけで億を超える金を稼いでいるのだ。そこにグッズの版権料が加わると……あの子、将来悪い男に騙されたりしないかしら?

 

「ぐぬぬ……よしっ! 終わり!」

 

 それでも俺は以前と比べると5割増しのスピードで仕事を終わらせると、たづなさんに送信する。なお、片付いた時間で計算しての話だ。たづなさんのサポートがなくなって以来、俺に回ってくる仕事が微妙に減っている気がするのは……多分、気のせいではあるまい。今度たづなさんを誘って飲みにでも行こうか。

 

 時間は……まだトレーニングまで2時間はあるな、ヨシッ! 夜遅くまで残業するのが駄目なら、早朝に出勤すればいいじゃない作戦成功である。

 

 ここからトレーニングまでの時間はひとまずウララ、ライス、キングのための時間だ。まずはここ二週間の資料を引っ張り出し、キングのトレーニングに関して検討していく。

 

(スタミナは一朝一夕で伸びるもんじゃない……毎日少しずつ、しっかりと負荷をかけていかないとな……でもあの子、ウララ以上に体が頑丈みたいだし……ライスレベルのトレーニングでもいける、か?)

 

 キングは距離適性の豊富さ、体の頑丈さ、そしてお嬢様でありながらド根性タイプという、素晴らしいウマ娘だ。鍛えれば鍛えるだけ伸びるし、たとえきつくとも弱音を吐かず、顔を下げることなくトレーニングを完遂する。

 

 ウララの頑丈さとライスのトレーニングに対する姿勢を足して、2で割らないような子だ。もちろん、いくら頑丈といっても限度があるため、怪我をしないよう注意しながらになるが。

 

(……いや、まだだ。焦るな俺……さすがにライスと同レベルのトレーニングは体がもたん……でもちょっとトレーニングきつくしよう)

 

 キングのトレーニングに関してちょっとばかり修正を加えつつ、同時に並列で別のことも考えていく。

 

(やっぱり今のペースじゃ10月の菊花賞は厳しいな……でも中距離だったら十分狙えるスタミナをつけられる……でも中距離はなぁ、今のクラシック級の有力ウマ娘の主戦場なんだよなぁ……)

 

 中距離から長距離はクラシック級の芝路線で大暴れしているウマ娘達の主戦場だ。しかし、短距離が得意なウマ娘は意外なほど少なく、マイルも走れないことはない、程度の距離適性の子が多かったりする。

 

 そんなことを考えつつ、俺はリモコンを手に取ってテレビをつける。そして今後キングを育てていくにあたり、それぞれ壁となりそうなウマ娘が出走しているレースを片っ端から再生していく。

 

(短距離のレースだと、案外ライバルは少ないんだよな。ミークと、あとはタイキシャトルぐらいか……でもミークがわざわざ短距離を走るとも思えんし、タイキシャトルが目下の強敵か?)

 

 ただ、タイキシャトルはマイルも得意としているため、短距離に出てくるかは五分五分だろう。

 

(短距離のレースで収得賞金を稼いで、距離が長いレースにも出していく……やっぱりスプリンターズステークスに出したいな。マイル路線は……チームリギルのエルコンドルパサー、それにそろそろ復帰が見えてきたグラスワンダーがいる。あとはオグリキャップか……)

 

 短距離が一番ライバルが少ないが、距離が延びると有力ウマ娘が続々と出てくる。特に中距離、長距離の充実ぶりがやばくて泣けるわ。

 

本当、キングの母親がどうして今の世代でデビューしたのかって言いたくなるのもわかる面子だ……キングも去年はともかく、今年に入って他のウマ娘達が本格化してくると1着を獲れなくなっている。

 

(まずは1勝だな。1勝させてキングに自分は勝てるウマ娘なんだって思い出してもらわないと……オープン戦なら高確率で勝てるだろうけど、キングがどう思うか……GⅢ……7月前半のCBC賞あたりに出してみるか?)

 

 ウララのジャパンダートダービーも7月前半にあるが、CBC賞なら第一日曜日、ジャパンダートダービーは第二水曜日のため被ることもない。

 

 そんなことを考えながら俺はテレビを見る。テレビで再生しているレース映像はマイルのGⅠ、NHKマイルカップの映像だ。

 

 今年のレース映像に映っているのは。エルコンドルパサーとタイキシャトルがバチバチに競り合っているシーンである。エルコンドルパサーはギリギリのところでタイキシャトルをかわし、1着でゴールを通過していく。

 

(さすが東条さんが鍛えるエルコンドルパサーだ……タイキシャトルも速い……)

 

 二人が先頭争いしながら他のウマ娘達を置き去りにしており、3着とは5バ身ほどの差をつけてのゴールとなった。そこにキングを放り込んでいたら……三つ巴の争いになるが、1着を獲れたかどうか。

 

 続いて俺はつい先日開催された安田記念のレース映像を再生する。こちらもマイルのGⅠだが、NHKマイルカップと違うのはクラシック級とシニア級の両方が出られるということだろう。

 

 ここでもエルコンドルパサーとタイキシャトルが出走しているが、前回のお返しと言わんばかりにタイキシャトルが競り勝ち、1着を獲っている。

 

(この二人はシニア級に混ざっても全然違和感がないな……)

 

 シニア級のウマ娘も出走していたが、エルコンドルパサーとタイキシャトルの競り合いに参戦するどころか歯が立たず、3バ身近く離れた位置で3着争いをしていた。

 

 シニア級の有力ウマ娘の多くは中距離や長距離に存在しているため仕方ないが、クラシック級のエルコンドルパサーとタイキシャトルに()()()()()()()の顔は絶望に染まっている。

 

 日本ダービーの前後ということもあってオグリキャップは出走していなかったが、芝のマイルも中々に大変だ。しかし、キングなら勝てるようになるだろう。

 

「トレーナー! こんにちは!」

「お兄さま、こんにちは」

「こんにちは。今日もよろしくお願いするわ」

 

 俺がレース映像を研究していると、ウララ達が部室に入ってきた。それぞれ挨拶をしてきたため、俺はレース映像を見ながら返事をする。

 

「おー、お疲れさん。そんじゃあ着替えたら早速トレーニングだ」

「うん! わかったー!」

「すぐに着替えるね」

「…………」

 

 衝立の向こうへと移動して着替えを始めるウララとライス。俺は安田記念のレース映像をもう一度再生すると、スタートからゴールまでじっくりと観察していく。

 

 エルコンドルパサーは先行と差しが得意で、タイキシャトルは完全な先行タイプ。キングは先行もできるが差しが一番得意なタイプ……となると、この三人で競い合った場合、先行するエルコンドルパサーとタイキシャトルをキングが最終直線で差し切れるかどうかが勝負の分かれ目になるか。

 

(キングには天性の加速力がある……スタミナを増やせばどんどん加速していって、持ち前の根性で最高速度を維持しながら逃げや先行のウマ娘を差し切れるようになるはず……でもスタミナだけじゃまずいな。やっぱりスピードも鍛えないと……)

 

 以前利用した、神社の長い階段で足腰を鍛えるのも手だろう。あれなら根性もしっかりと鍛えられるに違いない。

 

 そんなことを考えながら、キングが安田記念に出ていた場合にどんなレース結果になったかを脳内シミュレーションする俺――だったのだが。

 

「ちょっと、トレーナー」

「ん? 少し待ってくれ、今いいところだから……なあキング、君ならこのエルコンドルパサーとタイキシャトルの二人が相手ならどのタイミングで仕掛ける? やっぱり第4コーナーの終わり付近か? それとももう少し早いタイミングで仕掛けて、ラストスパートで差し切るか?」

 

 俺は安田記念のレース映像を流しながら真剣な表情で尋ねる。興味を引かれたのか着替え途中のウララとライスも顔を覗かせたが、キングに視線を向けると、キングはにっこりと微笑んだ。

 

「トレーナーが真剣なのはいいことだと思うわ……でもまず! 女性が着替え始めたのだから席を外しなさいっ!」

「……ごめんなさい」

 

 至極ごもっともなお叱りを受けて、俺はすごすごと部室から外に出る。すると、扉越しにキングの声が響き始めた。

 

「ウララさんとライス先輩もよ! 殿方がいる傍で着替え始めるなんて、淑女失格だわ!」

「わたし、トレーナーなら気にならないよ?」

「ライスも気にしないよ?」

「そういう問題じゃないのっ! ああもうっ!」

 

 うーん……キングによる教育的指導が始まってしまった。キングがチームキタルファに加わって以来、割とよくあることだったりする。

 

 俺も最初は気にしていたものの、ウララもライスも気にしないからつい、いつの間にか慣れてしまった。だからこそ、キングの突っ込みは俺に常識を取り戻させてくれる。

 

 ただ、ウララが抱き着いてくるのは止めないし、ライスが頭を撫でてほしそうにしている時に撫でてもキングは怒らない。そのため、線引きがいまいちわからなかったりする。

 

 でもまあ、なんだ。

 

「活気が増えていいことだなぁ、うん……」

 

 3人目のメンバーが加わったチームキタルファは、思ったよりも順調に回っていたのだった。

 

 

 

 

 

 キングがチームキタルファに加わり、6月も半ばへと差し掛かった。

 

 つまり――ウララのユニコーンステークスが直前に迫っている時期である。

 

 ウララの調子は絶好調で、予定通りユニコーンステークスへの出走を決めた俺は、ユニコーンステークスの出走表が届くのを今か今かと待っていた。

 

 ユニコーンステークスは東京レース場で行われるマイル走で、フルゲートなら16人での出走になる。

 

 スマートファルコンが事前に出走を宣言したことで、回避するウマ娘もいるだろう。だが、ユニコーンステークスはクラシック級のダート路線において初めてとなる重賞だ。GⅢながら、ダート路線においては貴重な貴重な重賞である。

 

 ダートを主戦場とするウマ娘ならば、ユニコーンステークスは避けたくても避けられないだろう。避けるウマ娘がいるとすれば、重賞で戦う実力がないと判断しているウマ娘ぐらいだ。

 

 ウララやスマートファルコンがユニコーンステークスに出ると判断して、同じ時期に開催されるオープン戦へ挑むというウマ娘もいるだろう。だが、6月後半に開催されるダートのオープン戦は3つあるが、そのいずれもがシニア級のウマ娘も出られるタイプのオープン戦だ。

 

 ウララやスマートファルコンを避けてシニア級のウマ娘に挑むというのも、ウララが評価されているようで嬉しいが……。

 

(こっちはスマートファルコンとの真っ向勝負だからな……喜んでる場合じゃねえ……)

 

 ウララが初めて出られる重賞ということもあって、避けるつもりは毛頭ない。ダートを主戦場とするクラシック級のウマ娘の中ではトップクラスの収得賞金を稼いでいるため、ウララが出走を希望すれば弾かれる可能性は限りなく低いだろう。

 

 それはスマートファルコンも同様だ。また、月刊トゥインクルでのスマートファルコンのコメントを()()()()()()()()()は仕方ない。真っ向勝負だ。

 

(キングが加入したおかげで、ウララの調子も絶好調だしな……いや、あの子は大抵絶好調か。誤算は、キングがトレーニングで疲れ果てて、ウララがキングを風呂に入れる側に回ったことぐらいか)

 

 今まで助けてもらった分、わたしが助けるんだー、なんて宣言していたウララの笑顔が眩しかった。キングは恥ずかしそうにしていたが、どことなく嬉しそうに見えたため嫌がってはいないだろう。

 

 部室でそんなウララとキングのやり取りを聞いたライスが、自分のぬいぐるみを無言でそっと二人の間に差し込んでいたのは……うん、可愛らしかった。多分、二人一緒に眠る時はせめて、自分のぬいぐるみも一緒のベッドで眠ってほしいという意思表示だろう。

 

 そんなわけで、チームメイト同士の仲は良好である。ライスとキングの関係も、思ったより良い。

 

 ライスはメジロマックイーンと並んで現役最強のステイヤーとも評されるウマ娘だからか、キングは尊敬の念を持って接している。ライスもライスで、先輩と呼んで慕ってくれる上に長距離も走れるキングが可愛いのか、併走で徹底的に扱いて足腰が立たなくなるぐらい()()()()()くれる。うん、仲が良いのは素晴らしいことである。

 

 キングにとっては短距離やマイルではウララが、中距離や長距離ではライスが競り合ってくれるため、トレーニングに不足はないだろう。

 

 ウララも仲が良い上に短距離やマイルで競ってくれるキングがチームに入ったことで、練習に幅を持たせることができるようになった。ただ、キングはダートでウララほど走れないため、ウララが芝のコースでキングと併走する必要があるのだけは難点だが。

 

 ライスも中距離や長距離のトレーニングで競り合ってくれる相手が出来て、嬉しそうである。現状だと実力差があるが、キングが持ち前の根性を発揮して必死に喰らい付こうとするため、ライスはニコニコと笑顔で……うん、繰り返しになるが、可愛がってくれる。

 

 トレーニングの時以外だと、ライスとキング、どっちが年上なのかとたまに悩んでしまうこともあるが。

 

 そんなわけで、トレーニングも順調なのだが――。

 

「お、きたかな?」

 

 コンコン、と部室の扉がノックされた。たづなさんがユニコーンステークスの出走表を持ってきてくれたのだろう……あれ?

 

(いやいや、何言ってんだ俺……たづなさんのサポートはなくなったんだぞ? 自分で取りに行かないと……)

 

 チームキタルファを設立して以来、たづなさんが仕事のチェックついでに出走表を持ってきてくれていたため、うっかりしていた。自分で受け取りにいかないといけないんだよな……気付かない内に、たづなさんがいないと駄目な体になっていた――?

 

「はーい、どちらさんですか?」

 

 俺はそんなことを考えながら、扉を開ける。たづなさんじゃないとしたら、誰が来たのか、と思ったんだが……。

 

「君は……」

「こんにちは! ウララちゃん、いますか?」

 

 そこには何故か、スマートファルコンが立っていた。トレセン学園の制服を着たスマートファルコンはにっこりと笑顔を浮かべ、明るい雰囲気を放ちながら尋ねてくる。

 

「あっ、ウララちゃんのトレーナーさんっ! ()()()()()()()()初めてですねっ! 私、トキメキ☆ウマドルのスマートファルコンです! ファル子って呼んでくださいね?」

 

 そう言って可愛らしいポーズを取るスマートファルコン。

 

 折り曲げた両腕を胸の前で構え、僅かに首を傾げながら上目遣いで俺を見つめてくる。ウマ娘のアイドルを目指すだけあり、その仕草は中々堂に入ったものだ。

 

「初めまして、スマートファルコンさん。チームキタルファのトレーナーです」

「もうっ! ノリが悪い人ですねっ、ファル子かなしいっ」

 

 そう言って泣き真似をするスマートファルコン。その仕草もずいぶんと洗練されたもので、なるほど、ウマドルなる存在を目指すだけのことはある。

 

 ただ、そういった()()()()()とは裏腹に、初めて間近で見ることができたスマートファルコンの姿に俺は強い警戒を抱いていた。

 

 可愛らしいポーズを取るスマートファルコンだが、狙ってのものなのか、短いスカートとニーソックスの間の俗に言う絶対領域を見るだけでもわかる。

 

(レースで走るところを見たことがあるし、ウララが勝てなかった相手だ……レース映像で何百回と見たが、こいつは強敵だぞ……)

 

 もっと全体的に足を見ることができれば、と思うほどに仕上がりが良いふとももだ。また、ポーズを変える際の動きもブレがなく、優れた体幹と筋力バランスが備わっていることが窺える。

 

「そんなに熱い視線で見られたら、ファル子困っちゃうなっ。おさわりは禁止だぞっ☆」

「トレーナーとしちゃあ、後学のために是非とも確認してみたいところではあるんだが……それで? ご用件は? ファイティングファルコンさん」

「ファル子の用件はぁ――って、名前が違うよっ! それ戦闘機だよっ!」

「失礼、噛みました。ファイティングポーズさん」

「ファイティングに寄せないでっ! 絶対わざとだよね? もー、ファル子、困っちゃうっ!」

 

 そう言って握りこぶしを自分の頭にこつん、と当て、てへぺろ、と舌を見せるスマートファルコン。

 

 ううむ……この子、多分かなりやばいぞ。ウマ娘としての能力もそうだけど、雰囲気がなんというかやばい。ちょっとした仕草も洗練されていて、それでいて()()()()()()ことを意識している。

 

 ゴルシちゃんとミホノブルボンの逃げ足を足して割らずに進化させた、みたいな……。

 

 わざと名前を間違えて動揺を誘ってみたけど、この子の目、じっと俺を見詰めてるんだよなぁ……。

 

「それで? うちのウララとライバル関係にある君が、こうしてうちの部室を訪れるってのはあまりよろしくないんだけどね」

「もうっ、堅いことは言いっこなしだよっ☆ ファル子はウララちゃんとお話したかっただけなんだからっ」

「はっはっは。それなら学園の中で話しかければいいだろ? それで、本題は?」 

「今度のユニコーンステークス、一緒にがんばろうねって伝えたかっただけだよっ☆ あとはぁ――」

 

 そう言いながら、スマートファルコンはにっこりと微笑む。

 

「ジャパンダートダービーでも戦えたら、ファル子嬉しいなって思って」

「さあて……ウララだと距離の問題があるからねぇ。ご期待に添えるかどうか、わからんねぇ……」

 

 俺はとぼけるように顎を撫でながら首を傾げてみるが、スマートファルコンはウマドルらしい可愛らしい笑みを浮かべた。俺の目には、目が笑っていないように見えたが。

 

「そうなんだっ☆ それじゃあね、ウララちゃんのトレーナーさん! 今度会った時は、ちゃんとファル子って呼んでね?」

 

 スマートファルコンは俺に向かって手を振ると、スキップをするようにして去っていく。その足取りは軽いが、ウララがジャパンダートダービーに出ることを確認しにきたのだろうか? 確認したとして、あの子に何の利益があるのか……ただ、俺が思ったことは、だ。

 

(可能な限りウララを鍛えてきたが……あの子が相手となると、かなり厳しいレースになりそうだ)

 

 当然ではあるが、スマートファルコンも己を鍛え上げてレースに挑むだろう。

 

 最近のウララの仕上がりから考えて、勝率は五分五分のところまで引き上げられたと思っていたのだが……。

 

「あっ! トレーナーだー! そんなところでどうしたの?」

 

 俺が部室の扉の前で思考を巡らせていると、ウララ達がやってきた。俺は不思議そうな顔をしているウララ達に向かって首を横に振ると、なんとか笑みを浮かべる。

 

「いや……ウララのレース前だから、しっかり鍛えないといけないと思ってな。俺は今からユニコーンステークスの出走表をもらってくるから、みんなは着替えておいてくれ」

 

 俺はそう言って、部室を後にした。そしてすぐにユニコーンステークスの出走表を受け取り、内容を確認する。

 

 1枠2番、ハルウララ。

 

 7枠14番、スマートファルコン。

 

 二人のスタート位置を確認した俺は、運はあると思った。ただし、勝てるかどうかはわからない。こればかりは蓋を開けてみなければわからないのだ。

 

 ――そして、ユニコーンステークスの開催日がやってくる。


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