リィンカーネーションダービー ‐新人トレーナーがんばる‐   作:烏賊メンコ

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前回の更新で触れたキングヘイローの母親に関して、一部修正しています。
シンボリルドルフ>キングヘイローの母親ではなく、キングヘイローの母親はぶっ飛んだ戦績を持っているものの、シンボリルドルフ(メイクデビューとオープン戦込みで短距離、マイル、中距離、長距離で勝利)の方がキングヘイローの目標的に超えるべき壁として相応しい、というニュアンスが書きたかったのでそんな感じで修正しました。


第51話:新人トレーナー、宝塚記念に挑む その1

 ウララが1着という形で幕を下ろしたユニコーンステークス。

 

 ウイニングライブも大盛況で、スマートファルコンも1着のウララを立てるように、自らが極端に目立つような真似を避けてのものになった。

 

 俺は当然のようにウララを褒め倒し、ライスも大いに喜び、キングもウララの走りぶりを誇るような笑みを浮かべていた。

 

 そんな一夜が明けて、次の日のことである。

 

 部室で仕事を片づけていた俺は、昼の休憩としてコンビニで買ってきた弁当を食べつつ、昨日のユニコーンステークスに関する記事が載っている新聞に目を通していた。

 

 昨日のメインレースということもあり、新聞の一面にカラーでウララの写真が載っている。スマートファルコンと並んでゴールを駆け抜ける瞬間や、ウイニングライブで歌っているところなど、1着を獲ったウマ娘として相応しい扱いを受けている。

 

(ウララが1着……それもユニコーンステークス、GⅢとはいえ重賞で1着かぁ……)

 

 一晩経ち、こうして新聞の記事になっているのを見て、俺は強く実感する。

 

 俺のウララが重賞で勝った――それは言い様のない達成感を与えるものだ。

 

 トレーナーの名義を借り、たった一人で体を鍛え抜き、独力で菊花賞の冠をかぶったライス。

 

 元々は他者が育成し、俺が育成を引き受けてから未だレースに出ていないキング。

 

 そんな二人と違い、ウララは一から鍛え、共に歩み続けてきたウマ娘だ。唯一無二、なんて言ってしまうとライスあたりが拗ねそうだが、俺にとっては相棒であり愛バであり大切な存在だ。

 

 一から育てたウマ娘が重賞で勝った。これは胸を張って良いだろう。新人トレーナーとしてちょっとは前に進めていると思っていいかもしれない。

 

 同期の中でも俺だけが達成した――なんてことはなく、よくよく考えたら桐生院さんが育成し始めて半年ちょっとでミークをGⅢで勝たせてたわ。しかもジュニア級の内にGⅠも獲ってたわ。そう考えるとあのタッグも大概ぶっ飛んでたわ。

 

 ただまあ、ウララを誇りに思っても問題はないだろう。元々あの子は俺の誇りだが、重賞を勝ったウマ娘というのは特別だ。オープン戦を勝つだけでも大したものだが、重賞で勝つとなると数多くいるトレセン学園のウマ娘の中でもかなり()()()の有名ウマ娘になる。

 

 あの子が、ウララがそんなウマ娘になったのだ。昨晩はウララの希望で人参ハンバーグを振る舞ったあと、素直に自宅に帰って一人で祝杯を挙げたものである。

 

 ――ただ、そんな嬉しさと同時に、ほんの少しだけしこりのようなものがあった。

 

 ウララは間違いなく全力だった。本気で勝ちに行って、スマートファルコンに勝った。

 

 だがはたして、スマートファルコンはウララと同じように全力だったのか、という疑問だ。

 

 走っている姿、レース直後の疲労した姿を見れば、全力だったと判断できる。だが、昇竜ステークスで見たスマートファルコンの姿は、もっと得体の知れない怖さがあったのだが……。

 

 考えすぎかな、なんて俺は苦笑する。ウララが勝ったことに実感が湧いたと思ったが、なんだかんだでまだ夢見心地なのかもしれない。

 

 俺が新聞の記事を読んでいると、部室の扉がノックされた。今は昼休みということもあって、この時間帯に部室に来る人はいないはずなんだが……誰だ?

 

「はーい、どちらさんで……ウララ?」

 

 扉を開けてみると、そこには制服姿のウララがいた。昼休みにこの子が部室に来るのは珍しい……というか、初めてである。頭部のウマ耳はへにょっとしており、尻尾も元気なく垂れている。

 

 ウララは今日は食堂で誰々とごはんを一緒に食べたとか、新しく友達が出来たとか、よく話をしてくれる。持ち前の明るさと愛嬌によって、ウララは昼休みも大抵は友達の誰かと一緒に過ごすのだが……。

 

「どうしたんだ? 何かあったのか?」

 

 俺はとりあえずウララを部室に通すと、ソファーに座る。すると、ウララは何故か俺の膝の上に座ってきた。

 

「ウララ?」

 

 俺が声をかけると、ウララはそのまま体の力を抜いて俺に背中を預けてきた。なんだ? 甘えにきたのか? でも、甘えに来たにしては雰囲気が硬いような感じがするし、普段はもっと違う甘え方をする。

 

 俺が困惑していると、ウララはぽつりと呟く。

 

「ねえトレーナー……わたし、ユニコーンステークスで勝ったんだよね?」

「勝ったぞ。それもレコード勝ちだ……何か、気になることがあるのか?」

 

 昨日、勝った直後やウイニングライブの後、それにトレセン学園に戻るまでも、ウララは大興奮といった感じだった。

 

 勝ったお祝いとして人参ハンバーグを希望されたため商店街に寄り、そこでも商店街の面々がウララを取り囲んで揉みくちゃになるような騒ぎぶりだったのである。

 

 なお、レースで疲れていたのか人参ハンバーグを食べたらうとうととし始め、寮の前まで俺がおんぶして連れて行くことになった。そこからはキングに代わってもらったが、怪我や不調というわけではなく、単純に緊張の糸が切れただけだと俺は見ている。

 

「うーん……気になること、じゃないんだけど……実感がわかないなーって。今日ね、教室に顔を出したらね、みんながおめでとーって言ってくれたの。すっごく嬉しかったんだけど、なんか、ふわーって感じ」

 

 そう言って、頭部のウマ耳をぺたんと倒すウララ。それを見た俺は、ウララの頭をわしわしと撫でる。

 

「それならそこの新聞を見るといいさ。昨日のレースについて写真付きで載ってるぞ」

「うん……」

 

 ウララは頷くが、新聞を見ることはなかった。ただ俺に背中を預け、撫でられるがままになっている。

 

(うーむ……落ち込んでるってわけでもないし、スマートファルコンに勝てたことで一気にやる気が抜けたって感じでもない……どうしたんだ?)

 

 表情が見えないため確信は持てないが、落ち込んでいるわけでもない。俺はウララのウマ耳を優しく撫でてみるが、ウララはくすぐったそうに体を震わせるだけだ。

 

(……よしっ!)

 

 俺はウララを両腕で抱き締めると、そのまま全身に力を入れてソファーから立ち上がる。あっ、ちょっときつい。変な体勢から持ち上げたから体が悲鳴をあげてる気がするっ。

 

 でも構わん、といわんばかりにウララを立たせると、気合いを入れてウララを抱き上げた。

 

「勝ったお前がその調子でどうするんだ? ほーら、たかいたかーい!」

「あわわっ! トレーナー、すっごいね!」

「だろー? 実は腕がピキピキ言ってるけどなー!」

 

 一人でウララを胴上げする俺。うーん……これ大丈夫? 午後の仕事ちゃんとできるかなぁ。全身の筋肉を使って持ち上げてるけど、明日辺り筋肉痛やもしれぬ。

 

 そんなことを思いつつ、俺はウララを床に下ろした。そしてウララを真っすぐに見つめ、笑いかける。

 

「お前は俺の自慢だよ、ウララ。あのスマートファルコンによくぞ勝った……ああ、本当に……よく勝ってくれたなぁ」

 

 笑いかけたけど、改めてお礼を言うと、ああ、駄目だ。視界が涙でにじむ。俺は涙を誤魔化すようにウララの頭に両手を乗せ、こんにゃろー、と撫で回す。

 

「わきゃー! トレーナー、くすぐったいよー!」

「はっはっは! 勝ったお前がそんな顔をしてるからだよ!」

 

 ウララはくすぐったそうに笑っているが、それまで力なく垂れていた尻尾が左右にブンブンと振られ始めた。それを確認した俺は、撫でるのを止めてウララを見る。

 

「昨日、ウララはスマートファルコンに勝った。それは間違いない。でも、これで1勝1敗だ。昨日勝っただけで、勝ち越したわけじゃないからな。その点は油断しちゃいけないぞ」

「うん……うんっ! そうだね! よーし! やるぞー!」

 

 ウララは俺の言葉を聞いて、拳を突き上げる。うんうん、元気があるのはいいことだ。ウララはやっぱり元気でなくっちゃな。

 

「ところでウララ、昼休みがあと半分ぐらいしかないけど……昼飯は?」

「わわっ! そうだったー! それじゃね、トレーナー! わたしごはん食べてくる!」

 

 ウララはそう言って部室から出て行く――その直前で、振り返った。

 

「ありがとねっ、トレーナー!」

「……ああ。昼からの授業も頑張るんだぞ」

 

 はーい、という返事を残し、ウララが走り去る。俺はウララが開けっぱなしにしていた扉を閉めると、仕事用の机に放り出していた新聞へ視線を向けた。

 

 ――ハルウララとスマートファルコン、次はジャパンダートダービーの舞台で激突か!?

 

 そんな煽り文がでかでかと載っているのを見た俺は、顔に手を当てながら深々と息を吐くのだった。

 

 

 

 

 

 その日の夕方。

 

 放課後になってウララやライス、キングが部室に顔を出すと、俺は三人が着替え終わってからホワイトボードの前に立つ。

 

「えー、昨日はウララがユニコーンステークスで勝ったわけだが……今週末、ライスが宝塚記念に出る予定だ。場所は阪神レース場で距離は2200メートル。ここまではいいな?」

 

 俺が話を振ったのは、チームキタルファに加わって日が浅いキングだ。キングは当然と言わんばかりに腕組みをしながら頷く。

 

「宝塚記念は春のシニア三冠の終着点だ。大阪杯はトウカイテイオーが、春の天皇賞はライスが1着を獲った。距離が中距離ってことで、今回も多くの強敵が出走するだろう」

 

 そう言いつつ、俺は出走しそうなウマ娘の名前を書いていく。

 

 メジロマックイーンとトウカイテイオーは確実に出てくるだろう。あとはチームカノープスから誰が出てくるか……ナイスネイチャもイクノディクタスもマチカネタンホイザも、みんな中距離を走れるからなぁ。

 

「チームスピカの二人、チームカノープスの三人、あとはメジロパーマーか……」

 

 これが一年前だったならば、ダイタクヘリオスも警戒対象だっただろう。だが、ダイタクヘリオスは去年の有記念以降、レースに顔を出していない。故障というわけでもなさそうだが、引退を考えているのか。

 

「全員出てくるかはわからん。他に宝塚記念に出てくる可能性があるのは……」

 

 うーん、ゴルシちゃんとか出てきたらどうしよう。あの子、割と長いことチームスピカにいるみたいだし、シニア級のレースに出てきてもおかしくないんだよな。でも最近レースに出たって話は聞かないし……あの子が出てきたら真っ先にマークさせるかもしれん。

 

 俺は有力ウマ娘ではないが、ここ最近実績を上げているウマ娘の名前をサラサラと書いていく。チームスピカやチームカノープスの面々と比べれば()()()()()が、それでも油断できるわけではない。

 

「……というわけで、面子的にも油断はできない。次の日曜にレースがあるけど、それまで可能な限りライスを鍛えるつもりだ。キングは併走相手を頼む」

「わかったわ。私もライス先輩が相手なら学ぶことばかりだし……ところで、クラシック級から宝塚記念に出るウマ娘はいないのかしら?」

「うーん……収得賞金のラインが高いしなぁ。でもファン投票で出走するウマ娘が決まるし、誰かしら出てくる可能性はあるな」

 

 日本ダービーから一ヶ月近く経つし、クラシック級だけが出られる次のGⅠは10月後半の秋華賞や菊花賞になる。ファン投票のため、スペシャルウィークやオグリキャップが出走を希望すれば通りそうな気もするが……。

 

「まあ、可能性があるってだけで、出てくることはないと思うな」

「それは何故?」

「簡単な話だ……出ても勝てん。仮にスペシャルウィークやオグリキャップが出てきても、ライスが確実に勝つ」

 

 俺はそう断言する。スペシャルウィークやオグリキャップは驚異的な実力を持つウマ娘だが、あくまでクラシック級のウマ娘だ。

 

 たとえ話だが一年前、クラシック級のライスが宝塚記念に出て勝てるのかって話である。去年の宝塚記念で1着を獲ったのはメジロパーマーだ。既にシニア級になっていた彼女にクラシック級のライスが勝てるかと言われれば、イエスとは言えない。

 

 一年という差をひっくり返すウマ娘もいるが……というか去年の有記念で1着になったライスがまさにそうだが、トレセン学園に入って一年ちょっとのウマ娘が宝塚記念で勝つのは厳しいと言わざるを得ない。

 

 特に、今年はライスだけでなくメジロマックイーンやトウカイテイオーが確実に出てくるのだ。経験を積ませるために出走させよう、なんて考えるトレーナーもいるかもしれないが、高確率で自信が圧し折られると思う。

 

「というかキング、君は今の段階で中距離レースでライスに勝てるかい? 俺の見立てじゃスペシャルウィークもオグリキャップも、君と似たレベルのウマ娘だ。君が勝てないと思うのなら、他のクラシック級のウマ娘は誰もライスに勝てんよ」

「……納得したわ」

 

 そう言って不機嫌そうに顔を逸らすキングだが、ウマ耳がぴくぴくと動き、尻尾もパタパタと揺れている。

 

 もっと経験とトレーニングを積んでから挑める有記念なら話は別だが、現時点のクラシック級ウマ娘が宝塚記念に出てきても怖くはないのだ。

 

 そう……怖いのはやはり、メジロマックイーンやトウカイテイオーといった難敵である。長距離ならライスが勝つと断言するところだが、中距離の2200メートルとなると少々分が悪い。

 

 もちろんメジロマックイーンやトウカイテイオーの仕上がり次第だが、チームスピカのあの先輩が調整をしくじるとは思えん。去年の有記念の時のトウカイテイオーは除くが。

 

「と、いうわけで! 今日も気合いを入れてトレーニングに励むぞ! さっき言った通り、ライスとキングは併走だ! ウララはレースが終わったばかりだから軽めのメニューだ。ただし、体の調子次第じゃ二人がラストスパートを駆ける時に併走してもらおうかな」

「はーい!」

「わかったよ、お兄さま」

「今日もライス先輩と併走……実力が伸びるのは実感できるけど……いいえっ。愚痴はなしよ!」

 

 ド根性を発揮するキングが少しだけ及び腰になりかけたが、すぐに自分自身を鼓舞する。うんうん、いいことだ。ほら、ライスもニコニコ笑顔でキングを見ているぞ。

 

 昨日ウララが勝ち、そしてライスもレース前ということもあって、今日からしばらくはトレーニングに熱が入るのだった。

 

 ……その分、キングは充実した様子ながらも疲労困憊といった有様だったが。

 

 

 

 

 

 そうしてトレーニングに精を出す日々が過ぎ、宝塚記念の開催日が近付いてくる。

 

 俺はライスの特別登録を行い、ファン投票によって出走が決まったことを確認し、出走表も受け取ったのだが――。

 

(ん? メジロマックイーンとトウカイテイオーは予想通りだけど、チームカノープスはイクノディクタスだけか。他に気になるのは……メジロパーマーだな)

 

 調子が上がらなかったのか、それとも宝塚記念を避けたのか、ナイスネイチャとマチカネタンホイザの名前はない。あの二人なら出走を希望すれば確実にファン投票で選ばれただろうから、出走自体希望しなかったのか。

 

 その代わりイクノディクタスが出てきているが、あの子は割と調子の高低差が激しいからな……メジロパーマーは有記念の時のような大逃げをされると、メジロマックイーンやトウカイテイオーと競っている間に単独で逃げ切るかもしれない。

 

 また、事前の予想通り、クラシック級のウマ娘は宝塚記念を避けたようだ。これから秋のGⅠに向けて、夏場の過酷な環境で徹底的に鍛え上げるのだろう。

 

(夏と言えば、チームを設立したし今年の夏は合宿をしても良いかもな……キングをCBC賞に出して、ウララのジャパンダートダービーが終わってからになるけど……)

 

 まずは目先のレースを乗り越えていかなければならない。ライスの宝塚記念だけでなく、7月前半にはキングとウララのレースも控えているのだ。

 

 ただ、宝塚記念の出バ表を見た俺は眉を寄せる。

 

(フルゲート18人のレースなのに、出走するウマ娘が14人……しかもライスは大外枠か。イクノディクタスが2枠2番、メジロマックイーンが4枠6番、トウカイテイオーが5枠8番、メジロパーマーが5枠9番……ウララの時と違い、今回は運が悪いか? いや、宝塚記念は第11レースだし、状況によってはコースが荒れて有利……か?)

 

 ライスとメジロマックイーン、トウカイテイオーの三つ巴が予想されていたからか、GⅠのレースなのに回避したウマ娘が多かったようだ。その上、ライスのスタート位置が他の有力ウマ娘と比べて少しきつい。

 

 こればかりは運が絡むため仕方がないが……スタートはホームストレッチの直線からになるため、第1コーナーに差し掛かるまでになんとか内を取らせるしかないだろう。いや、ライスのスタミナを思えば、大外からコーナーに突っ込むなんて芸当も可能だ。

 

 全ては当日のライバル達の状態と、あとは天候とバ場状態次第だった。

 

 

 

 

 

 そして、宝塚記念当日。

 

 俺はチームキタルファの面々を連れて前日に現地入りし、一泊してから阪神レース場を目指していた。

 

 宝塚記念は第11レースで、出走時間が15時40分と遅めの時間である。そのため朝一に出発しても良かったのだが、梅雨が明けていないため安全を考慮して前日入りしたのだ。

 

 当日天候が大荒れして新幹線が運休になり、高速道路も使えない、なんて事態になったら目も当てられない。今の時期だと予防が大事なのだ。転ばぬ先の杖である。

 

 さて、そんなこんなで阪神レース場を訪れた俺達は、いつものようにライスを送り出し、パドックへと向かう。まずはライバルウマ娘を観察しなければ勝負の土俵に立てないのだ。

 

 何かしら重賞が行われていれば俺だけ早めにレース場に来てチェックしても良かったが、今日は宝塚記念以外に重賞がない。そのためライスの体をほぐさせて調子を確認したあと、余裕を持って阪神レース場に到着したのだが……。

 

「おおう……こりゃまた、すごいな」

「わー……人がいっぱいだねー!」

「はぐれたら迷子になりそうだわ。ウララさん、手を出しなさい。つないであげるわ」

「わーい! ありがと、キングちゃん!」

 

 宝塚記念があるということで、阪神レース場は人、人、人の大賑わいだった。人が多いというのもあるが、阪神レース場は収容人数が東京レース場の半分以下、9万人ちょっとというのも関係しているだろう。

 

 あちこちから『入れへんのか?』やら『なんでや!』という声が聞こえてくるほどだ。熱気がすごい。

 

 俺はトレーナーライセンスを提示してレース場に入る。ウララとキングも俺についてくると――。

 

「あっ、ハルウララや!」

「嘘やろ? 今日ハルウララが出るレースないやんけ……ホンマやっ!?」

「おおっ! 生ハルウララや!」

 

 あかん! 大阪府民に囲まれてもうた! いや、関西弁話してるだけで、大阪の人かわからんけども。阪神レース場は兵庫にあるから兵庫県民かもしれないけども。

 

「ユニコーンステークスで1着おめでとうな!」

「ちっこいのにすごいなぁ君!」

「一枚写真撮らせてぇな! そっちのおかあちゃんと一緒でええから!」

「誰がウララさんの母親ですって!? 私はキング! キングヘイローよ!」

 

 うーむ……勢いもだが、熱と圧力がすごい……キングでさえちょっと押され気味である。

 

「はーい、ごめんなさいねー。今からうちのライスシャワーがパドックに出てくるから、通してくださいねー」

 

 でも押し通る。ウララの左手を掴み、キングと一緒に強行突破だ。

 

「はっ? 誰やアンちゃん」

「アンちゃんやなくてお兄さまやんけ」

「なんで知ってんねん」

 

 あ、いかん。つい突っ込み入れちまった。あと関西弁の人と話すと自分も関西弁になるのは気のせい? というか最近、ウマ娘レースファンからの認知度が高い……高くない? やっぱり犯人は月刊トゥインクルもとい乙名史さんとかか?

 

 そんなことを考えつつ、俺はスマホを向けられたためウララやキングと一緒に写真に収まる。はい、チーズ、と。これで解放してね? 急いでるからね?

 

 俺がそう言って通してもらうと、後ろから『ライスシャワーを応援してるで!』という声が聞こえてきたため、右手を突き上げて応えた。

 

「……ユニコーンステークスの時といい、なんであなたの方が知名度が高いのかしら?」

 

 パドックが近付いてくると、キングがそんなことを聞いてくる。間にウララを挟み、俺がウララの左手を握り、キングがウララの右手を握った状態だ。ウララはファンからの言葉が嬉しかったのか、ご機嫌である。

 

「この前月刊トゥインクルで取り上げられたから、かなぁ……」

 

 ウマ娘ほどではないが、トレーナーも有名になればそれなりに知られたりはする。

 

 チームリギルの東条さんなんて有名人だし、チームスピカの先輩なんて、レース場で有望なウマ娘を見つけてトモの発達具合を確認しようとふとももを撫で回し、ウマ娘に顔面を蹴り飛ばされても通報されないぐらいにはトレーナーとして有名だ。

 

 いや、先輩の方は有名ってのもちょっと違うか? ちなみにスペシャルウィークは上京するなり先輩にふとももを撫で回され、後ろ蹴りを食らわせたことがあるらしい。先輩は鼻血で済んだらしいが、あの人も大概頑丈である。

 

 そんな会話をしつつ、俺達はようやくパドックに到着した。土地柄なのかパドックまで詰めかけてウマ娘の様子を見ようとする観客が多く、俺はトレーナーであることを告げながらなんとか最前列へと移動していく。

 

『2枠2番、イクノディクタス』

 

 そうしていると、パドックでのお披露目が始まってしまった。俺はギリギリ間に合ったことに安堵しつつ、パドックを見たのだが――。

 

(んん? イクノディクタス、今までにないぐらい調子が良さそうだな……)

 

 勝負服姿で出てきたイクノディクタスを見た俺は、内心でそんなことを思う。

 

 これまで何度もイクノディクタスを見てきたが、過去最高と言えるぐらい表情に覇気がみなぎっている。なんというか、()()()()()()()()な雰囲気があるのだ。

 

 こういう状態のウマ娘は、本当に強い。

 

『4枠6番、メジロマックイーン』

 

 俺が注目するウマ娘の中で次に姿を現したのは、メジロマックイーンだ。そしてその姿を見て――思わず絶句した。

 

(これ、は……マジか……)

 

 過去最高に調子が良さそうだと思ったイクノディクタスさえも、更に超えている。メジロマックイーンはただ静かにパドックに姿を見せただけだ。

 

 それだけだというのに、一瞬パドックが静まり返った。そして数秒と経たない内に大きな声援が上がる。

 

 イクノディクタスをライスにマークさせようと思ったが、メジロマックイーンの姿を見てすぐに翻意する。

 

『5枠8番、トウカイテイオー』

 

 トウカイテイオーは……調子は悪くなさそうだけど、絶好調ってわけじゃなさそうだな。というか、メジロマックイーンがやばすぎる。

 

 トウカイテイオーも悪くないんだが、トウカイテイオーよりイクノディクタスの方が調子が良さそうで、そんなイクノディクタスよりも更にメジロマックイーンの方が調子が良さそうなのだ。

 

『5枠9番、メジロパーマー』

 

 続いて出てきたメジロパーマーの姿に、俺は小さく眉を寄せる。

 

(今日のメジロパーマーは……微妙、か? ちょっと元気がない感じがするが……)

 

 不調というほどではないが、調子は高く見積もっても普通といったところだろう。

 

『8枠14番、ライスシャワー』

 

 最後に出てきたのはライスだ。観客席に向かって笑顔で手を振って声援に応える――と、何かに気付いたようにその視線をメジロマックイーンへと向けた。そして驚いたように大きく目を見開く。

 

「……お兄さま」

 

 今日はライスが一番最後ということで、長く喋っている時間はない。それでもライスが何を言おうとしているのか、そして俺が何を言おうとしているのか、お互いに通じたように頷き合う。

 

「今日はメジロマックイーンだ。イクノディクタスも調子が良さそうなんだが……メジロマックイーンの方が更に怖い」

「うん……ライスも同感」

 

 そう言って、ライスは小さく身を震わせる。それは緊張によるものではなく、武者震いによるものだ。

 

「第11レースだからバ場状態が良の発表だろうと、内は荒れているかもしれん。足を取られないよう、気を付けて走るんだ」

「わかった。それじゃあお兄さま、ウララちゃん、キングちゃん……ライス、行ってくるね」

 

 普段と比べれば言葉少なげに、ライスが背を向けて去っていく。それを見送るなり、キングが止めていた息を吐くようにして言う。

 

「普段のトレーニングで知っていたつもりだけど……ライス先輩、すごい気迫ね。それにメジロマックイーン先輩も……クラシック級のウマ娘が出ても絶対に負けないって言った理由がわかったわ」

「あそこまで調子が良さそうで気合いもノってるウマ娘が毎年出てくるとは限らないけどな……」

 

 メジロマックイーンやイクノディクタスの調子の良さに目が奪われそうになるが、中距離のレースならトウカイテイオーも怖い相手だ。メジロパーマーは……今日の調子だとそこまで怖くない、か。

 

 

 

 そして、宝塚記念の幕が上がる。

 

 宝塚記念と有記念の年に2回。

 

 ウマ娘のレースファンの夢を乗せて走る舞台が、始まろうとしていた。




Q.ダイタクヘリオス、安田記念に出てないの?
A.シニア級(ライス関係)はアニメ2期がベースなのでダイタクヘリオスは引退の時期なのです。
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