リィンカーネーションダービー ‐新人トレーナーがんばる‐ 作:烏賊メンコ
『時折ぐずつくものの、なんとか持ちこたえている曇り空の下で始まります、阪神レース場第11レース。芝の2200メートル。GⅠ、宝塚記念。バ場状態は良の発表です』
『今年前半の締め、ファンの夢を乗せたレースがとうとう始まりますね』
阪神レース場にファンファーレが鳴り響き、実況と解説の男性がそれぞれ言葉を交わす。それに合わせてホームストレッチの端――第4コーナー出口傍に設置されたゲートに、ウマ娘達が一人ひとり紹介されると共に入っていく。
『2枠2番、イクノディクタス。7番人気です』
『今日はこれまでにないほど気合いが入っていますね。好走に期待できるのではないでしょうか』
やはり解説の男性の目から見ても、イクノディクタスの好調ぶりは明らかなのだろう。イクノディクタスは淡々とゲートインするが、その瞳が燃えているように見える。
『4枠6番、メジロマックイーン。3番人気です』
『っ……と、このウマ娘も気合いが入っていますよ。今年の春のシニア三冠はトウカイテイオー、ライスシャワー、そしてこのメジロマックイーンで3着以上を争っています。大いに期待したいですね』
解説の男性が一瞬だけ困惑したような声を漏らす。それが何故なのかは、メジロマックイーンの顔を見ればわかる。
イクノディクタスと同様に淡々とゲートインしたメジロマックイーンだったが、なんというか、オーラでも放っているかのように威圧感があるのだ。これまでのレースでも仕上がった体と優れたコンディションを見せていたが、ここまでではなかった。
俺は自然と、音を立てながら唾を飲み込む。
『5枠8番、トウカイテイオー。1番人気です』
『大阪杯で1着、天皇賞春で3着、そして今回はトウカイテイオーが得意な中距離のレースです。そのため1番人気に推されたようですね。はたしてウィナーズ・サークルでテイオーステップを見ることができるのでしょうか』
1番人気ということで観客からも大歓声が上がる。トウカイテイオーは右手を上げてそれに応えたが、すぐに表情を引き締めてゲートに入った。おそらく、チームメイトでありライバルでもあるメジロマックイーンの鋭い雰囲気を感じ取ったのだろう。
『5枠9番、メジロパーマー。4番人気です』
『大逃げウマ娘が出てきました。今日もその逃げ足を炸裂させるのか、楽しみにしましょう』
メジロパーマーも落ち着いた様子だが……落ち着いているというより、やはり調子が微妙な感じか? 判断がつかないぐらい、調子が曖昧に感じる。
『8枠14番、ライスシャワー。2番人気です』
『大阪杯で3着、天皇賞春で1着のウマ娘ということもあり、2番人気に推されています。しかしこの中距離の宝塚記念で1着を獲ることができるのでしょうか。期待しましょう』
そして最後に、大外枠のライスが呼ばれる。観客席からトウカイテイオーに勝るとも劣らぬ歓声が飛び、ライスは控えめに微笑んだ顔を観客席に向けてからゲートに入る。
各ウマ娘のゲートインが完了し、阪神レース場の喧騒が徐々に、少しずつ小さくなっていく。
『あなたの夢、私の夢は叶うのか。各ウマ娘ゲートイン完了――スタートしました』
バタン、というゲートが開く音と共に、ウマ娘達が一斉にスタートを切る。
遠目にもコースの内側が荒れているのが見て取れるが、内枠のウマ娘達が出遅れた様子はない。ところどころ芝が抉れているものの、そこまで悪影響はないのか。外回りの第4コーナー出口近くからのスタートになるため、荒れ具合が大人しいだけかもしれないが。
『各ウマ娘、揃って綺麗なスタートを切りました。最初に先頭争いをするのは9番メジロパーマー、3番ブレイブリーコウ、1番フリルドピーチ。それに続いて6番メジロマックイーン、5番ミニキャクタス、8番トウカイテイオー、14番ライスシャワー、10番クスタウィ、11番カルテットアコードが集団を形成しています』
『予想通りといいますか、メジロパーマーが早速逃げ始めましたね』
『集団に続くようにして2番イクノディクタス、4番ソワールセレステ、7番グランドフィースト、13番ロングキャラバン。シンガリは2バ身離れてオイシイパルフェ』
『ホームストレッチをウマ娘達が駆けていきます。まずはこの直線、阪神の坂が出迎えますがどのようなレース展開になるのでしょうか』
ファン投票で選ばれたということもあり、観客の声援もすさまじいものがある。
阪神レース場の内回りを1周してゴールを目指す形になるが、観客席の前をウマ娘が駆けていくだけで空から降ってくる僅かな雨粒が消し飛びそうなほどに声援が放たれていく。
実際にレースを走るウマ娘達は集中しているため気にならないだろうが、観客席の最前列に陣取った俺は鼓膜が破れそうだ。というか、ウララが俺の右手を持ち上げて左耳にかぶせ、キングの左手を持ち上げて右耳にかぶせている。よほどうるさいらしい。
キングは……ウマ耳をぺたんと倒し、防御態勢ばっちりだった。
『さあ、1周目の坂をウマ娘達が駆け上がっていきます。先頭は9番メジロパーマー。僅かに遅れて1番フリルドピーチ、3番ブレイブリーコウ。フリルドピーチを除き、続くウマ娘達はそれぞれが内ラチを避けるようにして走っています』
『ところどころ抉れていますからね。内を避けてでも安全なコースを走ろうと思ったのでしょう』
第11レースにもなると、コースが荒れるのは珍しくない。だが、ここまで内ラチが荒れているのはちょっと見ないレベルだ。
『真っ先に坂を上り切ったのは9番メジロパーマーです。今日も今日とて大逃げウマ娘。単独で第1コーナーへと突入していきます。2バ身離れて1番フリルドピーチ、3番ブレイブリーコウ。そこから1バ身離れて6番メジロマックイーン。すぐ後ろに8番トウカイテイオー、14番ライスシャワーのお馴染みTMR』
第1コーナーへ突入する時点で、ライスもだいぶ前の方へと上がることができた。ただし、マークしたいメジロマックイーンとの間にトウカイテイオーが走っており、ライスを警戒するように時折牽制の動きを見せている。
『先行集団は続いて5番ミニキャクタス、10番クスタウィ、11番カルテットアコード。1バ身ほど離れて2番イクノディクタス。そこから更に1バ身離れて4番ソワールセレステ、7番グランドフィースト、13番ロングキャラバン。シンガリは大きく離れてオイシイパルフェ』
『ペースとしてはややゆっくりめでしょうか? しかし少しずつ差が付き始めていますね』
『先頭は変わらず9番メジロパーマー。第1コーナーを抜けて第2コーナーへ。今のところ静かにレースが推移しています。嵐の前の静けさか、あるいはこのまま逃げ続けるのでしょうか』
コースを走るウマ娘達は、少々走り難そうな感じだ。ダートのようにコース全体が砂地なら開き直れるが、レース続きで芝が抉れてところどころ小さな穴が空いているのは危ないだろう。
ライスは事前の指示通り、荒れているコースの内側を避けるようにして走っている。他のウマ娘達もそれは同様だ。ただ一人、1枠1番のフリルドピーチだけは地面の荒れ具合より最短距離で走ることを選んだのか、内ラチを進んでいるが……。
『ウマ娘達が第2コーナーを抜けて向こう正面へと突入していきます。先頭は変わらずメジロパーマー。快調に飛ばしています。他の逃げウマ娘との差は3バ身程度でしょうか? 普段の逃げっぷりと比べるとやや控えめか? ただいま1000メートルの標識を通過しました』
『1000メートルの通過タイムが1分2秒4とかなりゆっくりなペースですね。やはり足場の荒れ具合が気になるのでしょうか?』
解説の言葉を聞き、俺はふむ、と首を捻る。
解説の男性の言う通り、1000メートルの通過タイムがかなりゆっくりだ。メジロパーマーが先頭を逃げているが、これまでのレースと比べてもかなり遅めのペースである。
後半のために足を温存しているのか、足場が悪いのか、それとも今日の調子ではこれが全力なのか。
それでも向こう正面の直線を過ぎ、第3コーナーに入ればそこから緩やかだが下り坂になる。勝負は第4コーナーから最終直線になるだろう。
『メジロパーマーに引っ張られるようにしてウマ娘達が駆けていきます。ハナからシンガリまでは10……いや、8バ身程度でしょうか。やや詰まったレース展開になりつつあります』
『それでもここからが勝負でしょうね。誰が仕掛けるのか、注目です』
『先頭は依然としてメジロパーマー。しかし1番フリルドピーチが内からやや上がってきている。その差は2バ身もありません。続くようにしてブレイブリーコウ。その1バ身後ろにメジロマックイーン、トウカイテイオー、ライスシャワー、ミニキャクタス。そしてイクノディクタスがやや前に上がってきています』
残り1000メートルの標識を通過すると、少しずつレースが動き始める。全体的に前へ前へと上がっていっているが……あれは上がったというより、メジロパーマーの足が鈍ってきているのか。
『向こう正面を抜けて第3コーナーへ。もうじき緩やかな下り坂に差し掛かります。メジロパーマーは少し苦しいか? 後続との距離がじわじわとなくなってきている。その代わりにフリルドピーチ、ブレイブリーコウが足を速めている』
『ここからが勝負所です』
『動いたのは逃げウマ娘だけではありません。メジロマックイーンも上がってきている。フリルドピーチ、ブレイブリーコウに続いて前へ前へと上がってきている。それにつられてトウカイテイオー、ライスシャワーも上がってきている』
ウマ娘達がホームストレッチにどんどん近付いてくる。足場が悪い中、コーナーで少しずつ加速して前へと上がろうとしている。
『メジロマックイーンがブレイブリーコウに並んでかわした! そのままフリルドピーチを捉えにかかる! 第3コーナーで前に上がっていくぞメジロマックイーン! トウカイテイオーとライスシャワーもそれを追う!』
『来ましたねTMR。後続はどうでしょうか? ミニキャクタスとイクノディクタスが上がってきていますよ』
『メジロマックイーンがフリルドピーチをかわしながら第3コーナーを抜けていく! トウカイテイオーとライスシャワーもそれに続き――』
第3コーナーを抜けるかどうか、というタイミングだった。俺は思わず前のめりになり、あっ、と声を漏らす。
『おおっと転んだ! アクシデント発生だ! 第4コーナー手前でアクシデント発生!』
『曲がり損ね……いえ、荒れたコースに足を取られたようですね。転んだのは……』
コーナーでの転倒に、観客席からも悲鳴のような声が上がる。それを聞きながらも俺は、思わず叫んでいた。
「前を見ろライスッ!」
そう叫ぶが、遅い。ライスはかわそうとしていたフリルドピーチが転倒した瞬間、反射的にそっちを見てしまっていた。それはライスの前を走っていたトウカイテイオーも同様で、驚いたように目を見開いている。
ライスもトウカイテイオーもレースに集中していたが、自分達のすぐ斜め前を走っていたウマ娘がいきなり転倒すればさすがに視線を奪われてしまう。フリルドピーチは勢いに乗っていたため芝と泥を撒き散らしつつ、地面をバウンドするように転がった。
その間に、
ライスが気を取られていたのはほんの数瞬。それでも差が開いたことに気付いたライスがすぐさま加速し、トウカイテイオーをかわして前へと出る。
トウカイテイオーも負けじと加速して抜き返そうとするが、ライスは2バ身ほど離れてしまったメジロマックイーンに追い付こうと更に加速した。
『転倒したのは1番のフリルドピーチです! 大丈夫でしょうか……』
『コースの内側を走っていたのが彼女だけというのが幸いしましたね。後続のウマ娘達にぶつかられることもなく、っと、立ち上がって走り始めました。どうやら無事なようです』
僅かな減速、僅かに逸れた意識。いくらライスといえど、自分がかわそうとした相手が転倒すればそちらへ視線が向くのも仕方がないことではある。数秒とかけずに立ち直り、トウカイテイオーをかわしたのは褒めるべきことだろう。
――だが、今日のメジロマックイーン相手にこれは痛い。
『メジロパーマーが逃げる! メジロマックイーンが追う! 第4コーナーを駆けながらメジロパーマーが粘っています! しかしまだ先が長い! 残り400の標識を通過したばかりだ!』
『ライスシャワーとトウカイテイオーも上がってきていますね。メジロパーマーはどこまで粘れるのか……あっ、捕まりました』
『メジロマックイーンがメジロパーマーをかわした! そしてそのまま最後の直線へ! 僅かに遅れてライスシャワーとトウカイテイオーもメジロパーマーをかわす! もうきついかメジロパーマー! ズルズルと後ろに下がっていく!』
フリルドピーチの転倒で上がっていた悲鳴が、ホームストレッチに駆け込んできたウマ娘達の姿で一気に色を変える。椅子に座っていた観客達もそれぞれ立ち上がり始め、声援を送っていく。
残り400メートルでメジロマックイーンとの差はおよそ3バ身。先ほどのアクシデントが痛いが、取り戻せない差ではない。それはライスも、そしてトウカイテイオーもわかっているのだろう。直線に入るなり、グン、と速度を上げていく。
『やはり揃ったTMR! シニア級の主役はこの3人なのか!? ハナを切るメジロマックイーンを追って! ライスシャワーとトウカイテイオーが駆けていく!』
『この3人による最後の競り合いもシニア級の風物詩になりつつありますね。今日は誰が勝つのか……おや?』
『だが来た! 来たぞ! 上がってきた! ここで上がってきたぞイクノディクタス! TMRの争いに、わたしも混ぜろと言わんばかりに突っ込んできた! そんなイクノディクタスを追ってミニキャクタスも駆けてくる!』
最後の直線は、残り200メートルの辺りまで緩やかな坂が続いている。そのため差しウマ娘であるイクノディクタスが、一気に上がってくるのが見えた。
だが、阪神レース場の直線は
『残り200を通過! メジロマックイーンは一足先に最後の坂へ! 1バ身遅れてライスシャワーとトウカイテイオーも坂路へ挑む! 更に更に! 2バ身離れた位置まで上がっているぞイクノディクタス! そのすぐ後ろにはミニキャクタスが迫っている!』
ライスにメジロマックイーン、トウカイテイオーの3人。世間でTMRなどと呼ばれている面子だけでなく、イクノディクタスがギラついた眼光を振り撒きながら坂路へ突っ込んでいく。
「いけえええええええええええぇぇぇっ! あと少し! かわせええええええええええええぇぇっ!」
「あとちょっとだよライスちゃああああんっ!」
「頑張って! ライス先輩!」
怒号のような歓声に負けじと声を張り上げる。そんな俺と一緒にウララとキングも声を張り上げ、精一杯の声援をライスへと送る。
『ライスシャワーかわせるか!? トウカイテイオーも迫っている! イクノディクタスも迫っている! ミニキャクタスも迫って――限界か!? 差が開き始めている!』
「いけえええええぇっ! いけっ! いけえええええええええええええぇぇっ!」
コースと観客席を隔てる柵をバンバンと連打しつつ、俺は必死に叫ぶ。
スタミナは十分にもつ! それならあとはメジロマックイーンをかわすだけだ! だから、いけ、いけ!
『坂を越えてなお! メジロマックイーンが粘る! 粘っていやこれは引き離している……引き離している!? ほんの僅か、しかしたしかに! メジロマックイーンが後続を引き離していく!』
「っ!」
『残り100もない! メジロマックイーンが伸びる! これはすごい足だ! すごい足だぞメジロマックイーン! じわじわと後続を引き離していく! 1バ身! いや2バ身!』
勢いに乗り切ったメジロマックイーンが、すさまじい速度でターフを駆けていく。ライスはそれを懸命に追うが、もう、距離が――。
『そして今! メジロマックイーンがゴール! 最後に凄まじい末脚を見せたぞメジロマックイーン! 1着はメジロマックイーンだ! 2着には横並びになったライスシャワーとトウカイテイオー! そしてイクノディクタスが飛び込むがやや不利か!?』
ライスは、届かなかった。それを見た俺は、言葉をなくしてその場に膝を突く。
途中のアクシデントがなければ――いや、それでも最後のあの末脚を捉え切れたかどうか。それにレースにはアクシデントが付き物だ。俺はのろのろと顔を上げると、転んだフリルドピーチへ視線を向ける。
派手に転がったが……ところどころ擦り剥いて泥まみれになっているが、動きを見る限り骨を折ったり、筋を切ったりといった重傷は負っていないようだ。そのことに俺は安堵の息を吐く。
単独で内ラチを走ったのは、
『着順が確定いたしました。1着、6番メジロマックイーン。勝ち時計は2分15秒3。2着、2バ身差で8番トウカイテイオー。3着、ハナ差で14番ライスシャワー。4着、ハナ差で2番イクノディクタス。5着、3バ身差でミニキャクタスです』
『これでTMRはそれぞれが春のシニア三冠で一つずつ冠をかぶりましたね。ただ、イクノディクタスの追い上げも素晴らしいものがありました。これからのシニア戦線が非常に楽しみですよ』
『観客席からは1着を獲ったメジロマックイーンに拍手と声援が送られています。2着になったトウカイテイオーがそんなメジロマックイーンを抱き締めていますね。おや? 3着になったライスシャワーがフリルドピーチの元へと……』
『あれは……どうやらフリルドピーチに怪我がないかを確認しているようですね。派手に転んでいたため気になったのでしょう』
実況の声につられて再度フリルドピーチを見てみると、たしかにライスが膝や足の様子を確認しているのが見えた。そしてライスはほっと安堵したように何事か声をかけている。
『大きな怪我がなくてよかった』、だろうか? それを聞いたフリルドピーチは目を見開き、大粒の涙を流しながらライスに頭を下げている。それは感謝か、あるいはアクシデントに関する謝罪か。
ライスも3着で負けた悔しさがあるだろうが、それを表に出すことなく、優しく声をかけているのが印象的だった。
俺はゆっくりと立ち上がると、膝についた泥と雨水を手で払う。育てているウマ娘が負ける度に感じるこの悔しさは、一向に慣れる気がしない。だが、ライスは決して諦めず、最後まで恥じないレースをしたのだ。
(ライスを慰めるのに、俺が暗い顔してちゃあの子も遠慮しちまうよな……)
そう思って俺は頭を振り、背後へ視線を向け――そこには何故か、平手を振りかぶるキングの姿があった。
「
そうは言うが、キングもどこか悔しそうな顔でライスを見ている。ウララもウマ耳をぺたんと倒し、ライスをじっと見ている。
(どんなに強いウマ娘だろうと、勝ちもすれば負けもする、か。問題は、負けた後どうするか、だよな……)
解説の男性が語った通り、これでライス、メジロマックイーン、トウカイテイオーはそれぞれシニアでGⅠを一つずつ獲った。次にぶつかるのは――秋のシニア三冠か。
10月後半に行われる秋の天皇賞。
11月後半に行われるジャパンカップ。
そして、12月後半に行われる有馬記念。
合間にGⅡやGⅢに出走することもあるかもしれないが、ライスがメジロマックイーンやトウカイテイオーとGⅠの冠を奪い合う機会は、また巡ってくる。
(次はキングのレース、そしてウララの初のGⅠ……それが終わったら真夏がくる、か……)
強くなるライバル達に負けないよう、負けた相手に今度こそ勝てるよう、ウララもライスもキングも、更に強くしていかなければならない。
遠目に、微笑んでメジロマックイーンを祝福しているライスの目尻に涙が光っているのを見た俺は、強くそう思うのだった。
こうして、宝塚記念の幕が下りる。
そしてそれはチームキタルファにとって今年の前半が過ぎ去ったということであり、これからすぐに、今年の後半が始まるということでもある。
――夏が来る。
とても暑く、熱い夏が。