リィンカーネーションダービー ‐新人トレーナーがんばる‐ 作:烏賊メンコ
3着という結果で終わったライスの宝塚記念。
しかしウイニングライブは相変わらずの大盛況で、大阪杯で敗れた時は酷く落ち込んでしまったライスも、今回はそこまで落ち込むことはなかった。
メジロマックイーンが明らかに絶好調だったから負けても仕方がないと思った――などという後ろ向きな理由ではない。たとえ相手が絶好調だろうと、負ければ涙を流して悔しがるのがライスだ。
今回の場合、負けはしたがレース中に転んでしまったフリルドピーチを気遣い、怪我がないことを確認したライスの姿に、メジロマックイーンへ向ける称賛とは別の、温かい声援と拍手を向けられたのがその理由だった。
負けたことは悔しいものの、観客から向けられる温かい声援と拍手がライスを俯かせることを止めた。ライスはトウカイテイオーに続くようにしてメジロマックイーンを祝福すると、胸を張って堂々とコースを後にしたのである。
もちろん、俺も褒めた。ライスが落ち込んでいると思ったのもあるが、そりゃもう褒めて褒めて褒めまくった。
俺も負けたことは悔しい。だが、負けた直後に他者を気遣えたライスが何よりも誇らしい。それは多分、菊花賞でレースファンからブーイングライブをくらったライスだからこそ、宝塚記念という舞台でアクシデントを起こしてしまったフリルドピーチを気遣えたのだと思う。
まあ、それはそれとして、メジロマックイーンやトウカイテイオーには秋のシニア三冠で借りを返そうとライスと誓いあったが。
そうして今年の前半が終わり、後半へと突入する。
まずはキングのCBC賞がある――のだが。
「わぁ……すごいすごい! 見て見て! 勝負服だよー!」
部室の中に、これまでにないほど嬉しそうなウララの声が響く。
7月に入り、キングに続いてジャパンダートダービーに出走予定のウララだったが、先月注文した勝負服がとうとう届いたのだ。
GⅠに出走するウマ娘だけが着ることができる、そのウマ娘専用の勝負服。ライスもキングもそれぞれ勝負服を持っているが、これでチームキタルファのメンバー全員が勝負服を入手することになったのだ。
「トレーナー! さっそく着てみてもいい?」
「もちろんだ。サイズの調整……は、なんか必要ないらしいし、着心地を確認してみてくれ」
ウマ娘が着る勝負服というものは、特別なものである。着用したウマ娘の力を引き出すなんてよく言われるが、細かくチェックした体のサイズに合わせて作られているため、トレセン学園指定の統一デザインの勝負服とは何から何まで違うらしい。
もちろん、俺は勝負服を着たことなんてないためどんな風に違うのかはわからないが。
一説によると、うっかり『太り気味』になってしまったウマ娘でもきちんと着こなせる材質を使っているらしい。ただし、太り過ぎるとスカートやズボンのチャックが閉まらない、なんてことも起きるらしいが、それはかなり稀なようだ。
ウララも時折体重が微増傾向になったりするが、成長期だから仕方ない。よく食べてよく運動してよく眠ったら、筋肉もつくし体重も増えるってもんである。
そんなこんなで、ウララは届いた勝負服を早速着たわけだが。
「わぁ……可愛いよウララちゃん!」
「ええ。とてもよく似合っているわよ、ウララさん」
「…………」
手を叩いて大喜びのライスに、柔らかく微笑みながら褒めるキング。そして無言の俺。
なんで無言かって? そりゃもう、感無量ってやつだからだ。
「えへへ……ありがと、ライスちゃん、キングちゃん。トレーナー……どう、かな?」
そう言って上目遣いに見てくるウララ。
ウララの勝負服は全体的に春らしい、桜色を基調としたデザインになっていた。
ノースリーブのカッターシャツに、ところどころフリルがあしらわれた前面が開いた半袖の上着。そこにこれまたフリルがあしらわれた赤いミニスカートを穿き、ふとももを隠すように少しばかり赤みがかった黒いニーソックスを穿いている。ニーソックスがずり落ちないよう、ガーターベルトがちらちら見え隠れしてもいた。
全体的なデザインとしては、キングのものに似ているだろうか。しかしところどころライスの勝負服を意識したらしく、スカートの模様が似ている。それでいて普段から頭に巻いているハチマキに、ライスの青薔薇のように淡いピンクの八重桜が一つ飾られている。
八重桜は
ウララによく似合う、可愛らしい勝負服である。
「よく……似合っているよ……」
俺は絞り出すようにして感想を口にする。なんかもう、涙が溢れそうだ。
ユニコーンステークスを勝ったこともそうだが、俺が一から育ててきたウマ娘が、ウララが、GⅠに出るからと専用の勝負服を……いかん、本当に涙が溢れそう。てかもう溢れた。涙腺が決壊した。
(娘がウェディングドレスを着た時とか、こんな気持ちになるのかもしれんな……)
GⅠという、ウマ娘にとっての晴れの舞台で着用するための勝負服だ。GⅠに出走するだけで、GⅠに勝ったわけでもないというのに、言い様のない感動があった。
「ああ……本当に、よく、似合ってる……」
「うん……ありがと、トレーナー」
俺が涙を流しながら言うと、ウララは普段と違う、大人びた表情で儚げに微笑んだ。
立派になったな、とか、大きくなったな、とか。相応しいような、相応しくないような言葉が脳裏を埋め尽くしていく。
嬉しさ、誇らしさ、言葉にできない様々な感情。それらが胸の中を満たし、俺は懐から取り出したハンカチで涙を拭う。嬉し涙が次から次へと溢れてくるが、泣いてばかりもいられない。
俺は目元をごしごしと擦ると、鼻を啜って改めてウララの勝負服を見る。
「しかし、ミニスカートにしたのか……ウララのことだから、ブルマとかにしそうなイメージがあったんだけどな」
動きやすそうだから、みたいな理由でブルマにするかと思ったが、そんなことはなかったようだ。やっぱりウララもミニスカートみたいな可愛い服装が良かったのかしら。
「ブルマ? スカートの下にはいてるよー!」
そう言ってスカートをたくし上げるウララ。スカートの下にはたしかに、赤いブルマが――って。
「はしたないわよウララさん! ちょっとトレーナー! あなたもまじまじと見ないのっ!」
「あ、はい、ごめんなさい」
ウララにはしたないぞ、と言おうとしたら、キングに先を越されたでござる。
「えへへー……はじめてかけっこした時に着てたのをイメージして作ってもらったんだー。いつまでもあの時の楽しい気持ちは忘れたくないなって思って」
ウマ娘によってはミニスカートタイプの勝負服を作る子も多いが、当然ながら下にスパッツなりアンダースコートなり穿く。ウララはわざわざブルマを選んだらしいが、動きやすいだろうし、問題はないだろう。
でも今からウララの体が急成長したらどうしよう……去年から取ってるデータ的に、体重はともかく身長やスリーサイズはほとんど成長してないから大丈夫だとは思うんだが……。
まあ、どうしてもサイズが合わないぐらい成長したら、もう一着作れば良いか。経費が下りないなら買ってあげよう。そうしよう。
「ねーねートレーナー! このかっこでトレーニングしていい?」
俺がそんなことを考えていると、ウララが目を輝かせながら聞いてくる。そのため俺は笑顔で頷いた。
「おう、いいぞ。勝負服を着た状態で走ったらどう違うのか確認したいしな」
「わーい! えへへ……あとねあとね、このかっこで寝たりもしたいなー! 遊びにもいきたい!」
ウマ娘の力を引き出すとはいうが、さすがに劇的にタイムが縮まったりはしないだろう。それでも勝負服という特別な衣装を身に纏うことで、普段よりやる気が出て良いタイムが出る可能性はある。
その辺りの差異はチェックしておきたいところだ。まあ、ライスやキングの普段のタイムと、レースでのタイムを比較すれば極端な差はないと見ているが。
「確認はいいけど、あまり頻繁に着ていたら破れるかもしれないわよ? それに、トレーニングで汚して肝心のレースで着られなかった、なんてことがないようにしないといけないわ」
ウララの喜びぶりを見て笑っていたキングが、軽く注意を促す。トレーニングで汚してレースで着られない……いやいやそんな馬鹿な、なんて思ったが、ウララだとありそうで困る。
「えー! 破れちゃやだよ! ねえトレーナー! どうにかならない?」
「ふむ……」
勝負服はウマ娘が着用するということもあり、かなり頑丈に作られている。しかしキングの言う通り、頻繁に着用していたら破れる可能性もゼロではない。
体が大きくなってどうしてもサイズが合わなくなったとか、レース中に破損した、とかなら作り直す時に経費で落ちるんだったか。でもさすがに普段からトレーニングで着用していて破損した、なんてことになると駄目だったはず……。
でもウララのキラキラとした瞳を見ていると、財布の紐が緩くなってしまう。いやしかし、他のウマ娘達は基本的にレースの時にしか着ないようにしてるし、あまり甘やかすのも……うん、そうだな。
「安心しろ、ウララ。もし破れたら俺が自腹で買ってあげるからな」
「ほんとっ!?」
「ああ。俺の給料の3ヶ月分……とまではいかないけど、それぐらいなら出してやるさ」
ウララやライスがレースで稼いでくれた賞金もあるから、そのくらい余裕である。だがまあ、欲しいから買い与えるってのは、時と場合によるわけで。
「でもな? その勝負服を着たくても着れない子だっているし、GⅠっていう特別なレースに出る時だけ着用が許される特別な服でもあるんだ。普段から着ていたら特別感がなくなるし、着たくても着れない子達が見たらどう思う?」
そう言いつつ、俺は膝を折ってウララと目線の高さを合わせる。
「勝負服、着られて嬉しいよな? 俺も滅茶苦茶嬉しい。でも、体が大きくなって着られなくなったとか、あってほしくないけどレース中に転んで破けてしまったとか、そういう
今日のところは着心地を確認するためにも勝負服姿でトレーニングをさせるつもりだが、普段から着るのはさすがに駄目だろう。ライスやキングのように自前の勝負服を持っているウマ娘なら苦笑で済ませるだろうが、GⅠに出られないウマ娘達からすればどう見えるか。
ウララは持ち前の明るさと人懐こさで友人も多い。しかし、さすがに常日頃から勝負服を着ていたら、どうしても隔意を抱く子が出てきてしまうだろう。
自分も専用の勝負服を着られるぐらい強くなるんだ! なんて発奮する子もいるだろうが、そんな子ばかりではないのだ。
まあ、たまにトレーニングで着るぐらいなら目くじらを立てる必要もないだろうが、普段着のように着用されるとさすがに周囲の反応が気になる。ウララは周囲に敵を大量に作るタイプではないが、余計な敵対を避けられるならそうするべきだろう。
「うーん……そっかー」
ウララはしょんぼりとした様子でウマ耳を倒し、尻尾をへにょりと垂れさせる。しかしすぐに笑顔を浮かべると、力強く頷いた。
「でも、そうだよね! 勝負服だもん!
もう少し駄々をこねるかな、と思っていたが、ウララは納得したようだった。それを見た俺は、こういう部分も成長してきてるのかな、なんて密かに思う。
「ただ、今日は好きなだけ着ていいからな? 寝る時はさすがに脱いでほしいけど……」
届いたばかりの勝負服の着心地を確認しているだけなら、周囲も何も気にしないだろう、多分。というか、さすがにそれで文句が出てきたらこちらとしても困る。
「うんっ! よーし! 今日のトレーニングはいっつも以上にがんばるぞー!」
ウララは俺の言葉に笑顔で頷くと、そう宣言して部室を飛び出していくのだった。
なお、気合いを入れすぎて疲れ果て、寮までおんぶして連れて行くことになったのは……まあ、ご愛敬というやつである。
そんなウララの勝負服が届いた日から数日後。
俺は当初の予定通り出走を申請したキングのCBC賞に関して、届いた出走表を部室で開封しようとしていた。
出走表が届いた以上、キングの出走に関しては問題ない。問題は、どこの有力ウマ娘が、どれぐらいレースに参加するかだ。
CBC賞は中京レース場で行われる芝の短距離走、1200メートルのレースである。直近で行われるレースのうち、キングにとって最も適性が合っていると思ったレースだ。
ただし、懸念が一つある。CBC賞はクラシック級だけでなくシニア級のウマ娘も出走できるレースのため、クラシック級の有力ウマ娘がいなくても一年以上先輩のウマ娘とぶつかる可能性が高いということだ。
7月前半という期間で見れば、クラシック級限定でラジオNikkei賞という選択肢もあった。こちらは福島レース場で行われるマイル走1800メートルだが、クラシック級限定である。そのためラジオNikkei賞でも良かったのだが……。
(キングはマイルの重賞で既に1着を獲ってるしなぁ……それに、CBC賞を逃すと短距離の重賞の選択肢が……)
芝のレースならば短距離の重賞は色々とある。直近だとCBC賞以外にも、距離1000メートルにして直線コースを走るアイビスサマーダッシュが7月後半に、8月後半には北九州記念やキーンランドカップがある。
だが、アイビスサマーダッシュの直線1000メートルでの競い合いというのもピンとこず、北九州記念は小倉レース場、キーンランドカップは札幌レース場と、開催場所が遠いのがネックだった。
あと、キングのCBC賞とウララのジャパンダートダービーが終われば真夏の合宿で集中的に鍛える予定のため、合間にレースを挟むというのもタイミングが悪い。
そんなわけで、キングをCBC賞に出そうと思ったわけだが――。
(んー……フルゲートいっぱいまで出走ウマ娘がいるのはいいとして、クラシック級もシニア級も有力ウマ娘はいない……か)
出走表を確認した俺は、そんなことを考える。タイミング的に出てくるウマ娘はいないと思っていたが、俺が警戒しているウマ娘が誰一人として出走していないのを見て内心だけで安堵した。
仮にライバルウマ娘が出るとしたら中距離の七夕賞とか函館記念とかあるしね。そっちに出るよね。というか、秋の重賞ラッシュに備えてそれぞれ徹底的にトレーニングをしている時期だしね。
俺もキングをレースに出そうと思ったのは、今年に入って1勝もしてないという部分を解消したかったからだしね。
それでなんでわざわざシニア級が出てくるCBC賞を選んだかというと、キングならシニア級だろうと勝てる実力があると判断しているからだ。
ただ、同世代にはキングと同じようにシニア級のウマ娘が相手でも勝てる子がちらほらいるし、今のところスタミナの改善ができていないため、中距離の七夕賞や函館記念でぶつかってしまうとかなり厳しい。
そのためCBC賞を選んだわけだが、あとは実際にレースを走り、キングが勝てるかどうかだ。
今年に入って1勝もしていない――気丈に振る舞っているが、この点がキングの心中に深く根付いている可能性が高い。かといってオープン戦では、キングも心から納得して自分が強いウマ娘だと、一流だと認めてくれないかもしれない。
ライバルになり得るウマ娘は出ていないが、シニア級のウマ娘が多く出ている重賞で勝つ。丁度良い塩梅ではないか、と俺は見ていた。
問題は、キングが1着を獲れるかどうかだが、こればかりは蓋を開けてみなければわからない。
ライスやメジロマックイーン、トウカイテイオー、チームカノープスの面々、メジロパーマーといった、シニア級の中でもトップクラスのウマ娘相手でなければキングなら勝てると思っているが、はたしてどうなるか。
(シニア級が出てくる中距離以上のレースだとまだ厳しいかもしれないけど、短距離なら問題はないはずだ)
俺はここ一ヶ月余りのキングの姿を思い返し、そう思うのだった。
そしてCBC賞当日。
朝からトレセン学園が貸し出す車を運転し、高速を飛ばして愛知県まで赴いた俺達は、中京レース場で行われるキングのレースを応援していたわけだが――。
『ここで上がってきたぞキングヘイロー! クラシック級からの刺客が! 最終直線で牙を剥いた! 一人、いや二人! どんどんかわしていく! これが本当にクラシック級の走りか!?』
俺の予想は半分当たり、半分外れていた。
「……勝った、かな?」
「うん」
俺の小さな呟きを拾い、ライスが頷く。ウララは目を輝かせ、柵にかぶりつくようにしてキングのレースを見つめており、尻尾がブンブンと振られていた。
シニア級も出てくる重賞、GⅢ。俺が普段から警戒している有力ウマ娘は一人も出ていないが、シニア級が相手となるとキングでも苦戦を強いられると思っていたのだが……。
蓋を開けてみれば、キングは差しウマ娘として理想的な走りを見せ、これまた理想的な位置で勝負を仕掛け、そして最後の直線で一気に5人抜きして先頭に躍り出ていた。
『残り100で完全に抜け出した! それでもキングヘイローが加速していく! すごい走りだ!』
実況が興奮したように叫び、レース場を訪れていた観客達もキングが見せる走りに大歓声を上げている。
『後続のウマ娘は届か――ない! キングヘイロー! かわしきってそのままゴール! 2番手に3バ身ほどの差をつけ、今年最初の勝利を飾りました!』
ゴールを通過したキングは少しずつ減速すると、最後には足を止めて自身の周囲を見回す。まるで自分が1着で勝ったことを確認するような動きだったが、観客が褒め称えるようにして自分の名前を呼んでいることに気付いたのか、一気に表情を輝かせた。
そんなキングを見ながら、俺は思わず頭を掻いてしまう。
(これまでキングが走ってきたレースは、全てマイルや中距離……一番長い距離で日本ダービーの2400メートルだけど、
俺はキングに一番合っている適性距離は短距離で、距離が延びれば延びた分適性が落ちると考えていた。それでも長距離でもしっかりと走れるあたり本当にすごい子なのだが、逆に、適性がしっかりと噛み合う短距離で見せたキングの走りは……。
(あの子、短距離だとすさまじく強いし、これからもっと強くなりそうだな……短距離に絞れば、か……)
経験が浅い新人トレーナーに過ぎない俺だが、キングをスプリンターとして育てた場合、一体どこまで伸びるのか見当もつかないほどの才能があるように思えた。
芝のレースの中でも短距離は選手層が薄めというのもあり、キングを徹底的にスプリンターとして鍛えれば短距離のGⅠを全て勝つのも夢ではないだろう。全てのGⅠといっても、トゥインクルシリーズではスプリンターズステークスと高松宮記念しかないが。
短距離に限れば、GⅡやGⅢ含めて重賞で大量の勝ち星を得られるに違いない。距離が短ければ短いほど強いとなると、本当にライスとは対照的なウマ娘だ。
出会った頃のウララのように、まともに走れるのがダートの短距離だけ、なんてパターンでもない。キングはスプリンターとしてずば抜けた才能を持ちつつ、マイル、中距離、長距離も走れるという、本当に優れた才能を持っているのだ。
キングは短距離が一番得意だと思いつつ、ここまで突き抜けた才能があるとは思っていなかった。トレーニングでも短距離が一番才能があると思っていたが、実際にレースで走らせてみて確信できたのだ。
――全距離の重賞を狙うよりも、短距離に専念させた方が大成するかもしれない。
そんな誘惑が、俺の脳裏に過ぎる。キングならばスプリンターとして、日本のGⅠどころか海外のGⅠすら獲れるかもしれない。それぐらいにキングのスプリンターとしての才能が輝いて見えた。
しかし、だ。
(問題は、キングがどう望むのか……だよな)
脳裏に浮かんだ誘惑を、苦笑一つで洗い流す。
結論を出すにはまだ早い。マイルや中距離、長距離でも結果を残せるポテンシャルがキングにはあるのだ。
(どんなウマ娘だろうと、トレーナーの育成次第でもある、か……)
薄く笑って堂々とした立ち姿で観客の声援に応えるキングを見ながら、俺はそう思うのだった。