リィンカーネーションダービー ‐新人トレーナーがんばる‐ 作:烏賊メンコ
キングがチームキタルファに入り、初めてのレースとなったCBC賞。
シニア級のウマ娘も出走するレースだったが、結果は無事に1着となった。
キングにとっては、今年に入って初めての勝利である。久しぶりとなるセンターでのウイニングライブに、観客から送られる称賛の声と拍手。
それはキングにとっても満足のいくものだったのか、ウイニングライブでは声を張り上げて歌い、全力で踊り、最後にはレースで走り終えた直後のように息を切らしていたほどだった。
トレセン学園に帰る道中も普段と比べればテンションが高く、それでいて一時間も経つ頃には寝息をたて、張り詰めていた緊張の糸が切れたように穏やかな寝顔を見せていた。
マナーモードにしていたキングのスマホが何度か振動していたが、CBC賞の結果を知った友人からのお祝いのメッセージか――あるいは母親からの電話か。
しかしすやすやと眠るキングを起こす気にもなれず、俺はウララとライスにも騒ぎ過ぎないよう言い含めてトレセン学園へと帰ってきた。
そして、翌日のことである。
昨日トレセン学園から借りた車の返却手続きや、高速道路の料金、ウララ達の昼食代などの経費処理を終え、更に仕事を片っ端から片付けていた俺だったが、ウララ達が部室に顔を見せるなり微妙な空気が広がった。
困惑するウララとライスは普段通りだが、普段通りを装っているものの不機嫌そうな雰囲気が滲み出るキングの姿がそこにあったからだ。
「……なんだ? どうしたキング」
キングの不機嫌さを感じ取った俺は、首を傾げながら尋ねる。すると、キングは腕組みをしながらそっぽを向いた。
「別に……お母さまからの
「ああ……なるほどな。なんて言ってた?」
キングがここまで不機嫌になることといったら、それ以外ないだろう。だが、その辺りの事情を知らないウララやライスは、頭の上にクエスチョンマークが出そうな様子で首を傾げている。
「それこそいつも通りよ。強いウマ娘が出てないレースに勝ってもあなたの才能は証明されない、それ以上恥をかく前に早く諦めて帰って来なさいの一点張り……まったくもうっ!」
キングは憤懣やるかたないといった様子で大きく息を吐く。それを見た俺が苦笑を向けると、キングは数回深呼吸をしてからウララとライスに頭を下げた。
「ふぅ……ごめんなさいね、ウララさん、ライス先輩。空気を悪くしたわ」
「わたしは平気だけど……キングちゃん、だいじょぶ?」
「困ったことがあったら頼ってね? ライス、力の限りキングちゃんを鍛えるからね?」
ウララとライスの言葉にキングは嬉しそうに頷く……いや、ライスの言葉には頬を引きつらせてるな。可能な限り力になる、じゃなくて力の限り鍛えるって言ったもんな。
ライス、本当にキングを可愛がってるなぁ……いいことだわ、うん。
「の、望むところよライス先輩……ところでトレーナー! このキングのトレーナーなのだから、次のレースの目標もきちんと決めてるんでしょうね?」
キングはライスから逃げ――いやさ、話題を変えるために俺に話を振ってきた。
「次のレースの前に、夏の合宿もあるしなぁ……でもまあ、俺としては以前話した通り、キングをスプリンターズステークスに出してみたい。CBC賞の走りを見て強くそう思ったよ」
「へぇ……その理由は?」
「短距離ならシニア級の有力ウマ娘が相手でも勝てる可能性がある……いや、この言い方はいまいち合ってないな……」
俺は僅かに視線を彷徨わせたあと、確信を込めて言う。
「キングには短距離の才能があるからだ。今年は難しいかもしれないけど、来年までみっちりと鍛えたら高松宮記念もスプリンターズステークスも1着を獲れると俺は思ってる」
俺がそう言うと、キングは目を丸くする。
「……本当に、わたしがGⅠで勝てる、と? 昨日のレースを見てそう思ったの?」
「短距離なら高い確率でな。だからまずはスプリンターズステークスに出してみたい。で、短距離でGⅠを狙いつつ、マイル以上の重賞も狙っていく……うん、元々の予定通りだな」
全距離重賞制覇という目的に変わりはないが、キングなら短距離……あとはマイルまでなら重賞は重賞でもGⅠで1着を狙えるのではないか、なんて思う。
中距離や長距離に関しても、ライスがとても親身になって
元々中距離や長距離が得意なウマ娘と比べると劣るかもしれないが、ライスと一緒にトレーニングをするようになってからのウララのスタミナの伸びを思えば、キングもウララと同様に……いや、元々の適性から考えるとウララ以上に長い距離のレースで戦えるようになると俺は思っている。
今でも並のウマ娘が相手なら十分勝てるだろうが、時間が経つにつれてどんどんキングは強くなっていくだろう。菊花賞に間に合うかは微妙なところだが、少なくとも勝負になるレベルまでは引き上げられると俺は考えていた。
ただ、それも夏の合宿でどこまで鍛えられるか次第、か。合宿自体初めてだし、トレセン学園の設備を使っていた方がマシだった、なんてことになる可能性もゼロじゃない。
(でもあのチームリギルも毎年合宿してるんだよな……普段と違う環境でのトレーニングって気分も変わるだろうし、やっぱり高い効果があるんだろうか……)
そんなことを考える俺だったが、キングの今後のレースや夏の合宿も大事だが、それよりも先に、もっと大事なことが控えていた。
(キングのCBC賞も終わった……次はウララのジャパンダートダービーだな)
ウララにとって初となるGⅠにして、初めて走る中距離のレースだ。スタミナに関しては鍛えられるだけ鍛えてきたつもりだが、ウララにとって中距離のレースは未知の領域である。
トレーニングでライスやキングと一緒に中距離や長距離を走らせることもあるが、それは所詮トレーニングに過ぎない。本番のレースではスタミナや精神の消耗が激しく、トレーニングでできたことが本番でできない、なんてことも珍しくないのだ。
加えて言えば、トレーニングの段階でもウララは中距離や長距離を走るにはスタミナ不足……いや、この言葉は好きではないが、
ジャパンダートダービーの2000メートルは、ウララにとって本当にギリギリ走り切れるかどうかって距離だ。マイルまで走れるようになったウララだが、さすがにマイルが走れるから中距離も、なんてわけにはいかない。
先日勝ったマイルのレース……ユニコーンステークスも、マイルの中では一番短い1600メートルだったからこそ勝てた面がある。
そして、ここ最近になって、ウララのスタミナが
以前は俺の予想を超えて成長し続けていたウララだったが、その成長力が鈍り始めているように感じるのだ。今のところは俺の予想通りの成長曲線に収まっているが、これまでの予想を超えた成長速度と比べるとブレーキがかかりつつある。
(まあ、仕方ないことではあるんだけどな……)
どんな競技でもあることだが、素人というのは玄人と比べて成長が速い。中には成長速度が一切落ちずに成長し続ける天才もいるかもしれないが、大抵の者はロールプレイングゲームのように、レベルが上がるにつれて必要とされる経験値もどんどん増えていく。
まだまだ限界と呼べるほど鍛え上げていないが、ウララがライスのようにウマ娘として
壁を越えるのか、迂回するのか、穴を開けるのか、諦めて引き返すのか。ウララがどんな道を進むかわからないが、今度行われるジャパンダートダービーはウララにとって立ちはだかる壁になるのではないか。
ただ、ウララなら案外、ひょいっと壁を越えてくれるかもしれない。中距離のスマートファルコンはユニコーンステークスの時以上に強敵で、勝ち目はかなり薄いと俺も見ているが、ウララならあるいは、と思った。
だが、この数日後、俺は頭を抱える事態に直面することになる。
ジャパンダートダービーの2日前の月曜日。
俺は放課後になる直前に届いたジャパンダートダービーの出走表を前に、腕組みをしていた。
中身はまだ確認していない。出走表が来た以上ウララのジャパンダートダービーの出走は確定したが、問題はその中身だ。
(スマートファルコンは確実に出てくる……問題は、それ以外のウマ娘だ)
エルコンドルパサーやタイキシャトルといった面子が出てくるのか。いや、タイキシャトルは中距離より長い距離は苦手そうだから、さすがに出てこないか。エルコンドルパサーも、チームリギルが夏の合宿に赴く時期のため出てくるかどうか。
――オグリキャップは、どうか。
俺は数回深呼吸をして、出走表が入った封筒を開ける。そしてもう一度だけ深呼吸をしてから出走表を取り出し、中に目を通した。
「…………来たか」
そして、小さく呟く。
ウララの名前がある。
スマートファルコンの名前もある。
オグリキャップの名前も、あった。
エルコンドルパサーとタイキシャトルの名前はない。もしかしたら、と思ったミークの名前もない。
だが、オグリキャップが参戦した。それだけで俺は頭を抱えてしまう。
(日本ダービーで2着になって以来、レースに出ていないとは思ったが……ここで出てきたか)
芝路線に舵を切ったと思ったオグリキャップが、再びダートの舞台に姿を現す。
俺はオグリキャップのトレーナーではないためその意図まではわからない。トレーナーが指示したのか、オグリキャップが望んだのか、あるいはその両方か。
しかし出てくるとわかった以上、その理由に意味はないだろう。
オグリキャップはヒヤシンスステークスでウララが負けたウマ娘だ。そのリベンジの機会が巡ってきたと思えば燃えるものがある――が、ダートとはいえ中距離のオグリキャップが相手となると……。
(スマートファルコンだけでも難敵だってのに、オグリキャップか……ライスかキングの相手として出てきたのなら、望むところなんだが……)
俺の脳裏に、オグリキャップがヒヤシンスステークスで見せた終盤で二度伸びる差し足が思い浮かぶ。日本ダービーではスペシャルウィークが破ったが、アレはオグリキャップが仕掛けどころを少しばかり間違えたというのも大きい。
日本ダービーで負けた以上、再度仕掛けどころを間違えると思うのはさすがに楽観が過ぎるだろう。そもそも、日本ダービーの時はオグリキャップのミスよりも、スペシャルウィークの勝利への執念が強かったとも言える。
ジャパンダートダービーが行われる大井レース場は、コースが平坦で上り坂も下り坂もない。ジャパンダートダービーの2000メートルの場合、第4コーナーの出口からスタートし、外周りを1周して最終直線でゴールを目指す形になる。
中距離のレースが初めてのウララにとっては、上り坂も下り坂もないというのはスタミナの消耗が抑えられるのでありがたい話だ。だが、それは他のウマ娘達も同様である。
ウララにGⅠの舞台を体験させたいという思いから出走を目指してきたが、これは中々に厳しいレースになりそうだ。
もちろん、体験させるだけが目的ではなく、勝たせるためにトレーニングを積ませてきた。それでもスマートファルコンだけでなく、オグリキャップまでいるとなると、どうなるか……。
(ぬぅ……さすがに予想ができんぞこりゃ……)
スマートファルコンとの一騎討ちだったならば、逃げるスマートファルコンをどうやって捉えるかが課題だった。しかし、オグリキャップの差し足まで警戒する必要があるとなると、さすがに厳しいものがある。
オグリキャップの二度伸びる差し足に関しては、一度ウララも経験している。そのため面食らうことはないだろうが、日本ダービーからこれまでで、オグリキャップがどれほど仕上がっているか。
キングの時も思ったが、全ては蓋を開けてみなければわからない。案外、スマートファルコンもオグリキャップも調子が悪くて、ウララがあっさり勝つなんてこともありえるのだ。
その逆も、ありえるわけだが。
(俺にできるのは、レース当日までウララの調子を維持することだけか……)
初めて勝負服を着て挑むGⅠということもあり、ウララは絶好調だ。ただし、レースまでに劇的に身体能力を高めるようなことはできない。そんな方法があれば是非とも知りたい。
それでも、ウララならきっと諦めずに挑む。だから俺は、そんなウララを信じるだけだった。
そして迎えた、ジャパンダートダービーの当日。
大井レース場は東京の品川区にあるため、移動時間に関しては特に問題はない。当然ながら前泊する必要もなく、精々が天候や交通機関の異常に気を付ける必要がある程度だ。
ただ、問題はレースの開催時間である。
ジャパンダートダービーは今日の大井レース場で行われるレースの内、第11レースになる。GⅠのためメインレースになるのだが、出走予定時間が20時5分と夜になるのだ。
ウララはこれまで夜間のレースに出たことがない。というか、ライスやキングもそうだ。そのため俺はウララの調子に注意しつつ、トレセン学園で体をほぐさせ、早めの夕食を取らせてから現地へと向かった。
ジャパンダートダービーが夜間のレースということもあり、トレセン学園に申請してナイター設備を使ってのトレーニングも積んではいる。しかし、それは他のウマ娘も同じだろう。
有利ではないが、不利でもない。条件としてはイーブンな、当たり前のことをしただけである。
そうして到着した大井レース場は、水曜の夜間にも拘わらず多くの人で賑わっていた。大井レース場の収容人数は6万2000人だが、明らかにそれを超える人々がレース場に押しかけている。
大井レース場に入れなくても、少しでも近くでレースの熱を感じたいのだろう。大井レース場周辺ではスマホへ視線を落とし、レースの中継を見ている人々が数えきれないほどいた。
いや、うん……知ってはいたけど、ウマ娘のレースが国民的娯楽っていうのを肌で感じるわ。ここまで注目されるレースに自分が育てているウマ娘が出るとなると、嬉しいような誇らしいような緊張するような、複雑な気分である。
「おー……すっごいねー……」
で、ウララはというと、周囲の熱気を感じて少しだけ呆然としている。ただしウマ耳や尻尾が小刻みに震えており、ベストパフォーマンスを発揮するためか体が武者震いを起こしていた。
調子は絶好調で、なおかつユニコーンステークスや未勝利戦で初めて勝った時のように気合いのノリも良い。あとはどんなレースになるか、だが。
俺はウララの頭に手を置き、軽く笑う。
「これだけ多くの人が、ウララが走るジャパンダートダービーを楽しみにしてるんだ……ワクワクしてこないか?」
「うんっ! ワクワクしてきたよー!」
俺の言葉に興奮した様子で拳を突き上げるウララ。うん、武者震いはしていても精神状態は普段通りだ。これからGⅠのレースに出るっていうのに、必要以上に気負ってもいない。
「それじゃあトレーナー! わたし着替えてくるねっ!」
「おう、パドックで待ってるからな」
控室に向かうウララを見送り、俺はライスやキングと一緒にパドックへ向かう。ただ、どうにも一歩一歩踏みしめるようにして歩いてしまう。酒に酔ったように、ちょっとふわふわと足元が覚束ない感じがするのだ。
GⅠのレースに関しては、ライスがこれまで何度も出走してきたため初めてではない。だが、ウララにとって初めてのGⅠということもあり、俺はウララ以上に緊張しているのかもしれない。
だが、ここから俺にできることはほとんどない。パドックで他のウマ娘の調子を確認して、あとはレースに向かうウララに注意を促すだけだ。
(ウララにはワクワクしてこないか、なんて聞いたけど、笑顔で頷けるあの子はやっぱすげえわ……)
レースに限らず、本番で緊張して実力を発揮できない、なんてのはよくあることだ。その点、GⅠという舞台でも本当に楽しそうに、ワクワクとした様子で準備に取りかかれるウララの精神力は他のウマ娘と比べても頭一つ抜けているだろう。
そんなこんなで、俺は色々と考えながらパドックに向かったわけだが――。
「……おい、アレ……」
「……本当だ……」
こっちを見ながらひそひそ話をしている観客がちらほらといるんだが……何事? 以前もこんな感じで遠巻きに見られたよね?
俺達がパドックの最前列を目指そうとすると、進路上の人が何かに気付いたみたいに横によけてくれるんだけど……なんで? 本当になんで?
俺は首を傾げつつも、道を譲ってくれるのならありがたい、なんて思いながらパドックの最前列に出る。
ライスとキングも不思議そうな顔をして俺についてくるが、まあ、ライスは有名なウマ娘だしな。キングもクラシック級の中じゃトップクラスの実力だし、知られててもおかしくはないか。
でも二人ともトレセン学園の制服姿だから、レースで勝負服姿や体操服姿を見慣れている人ほどすぐには気付けなさそうなもんだが……。
そんなことをちょっとだけ疑問に思いつつ、俺はパドックへ視線を向ける。
今日のジャパンダートダービーは、事前に配布された出走表ではフルゲート16人のレースになる。ウララにスマートファルコン、そしてオグリキャップ以外にも、クラシック級だけが出走できるGⅠということで上限いっぱいまでウマ娘が出てきたのだ。
ただ、今日のレースの枠番に関しては、運が良いような、悪いような、微妙なところである。
『1枠2番、スマートファルコン』
そうこうしているうちに、パドックでのお披露目が始まった。
今日のスマートファルコンは内枠での出走である。スマートファルコンにとっても初めてのGⅠで、パドックに姿を見せたファルコンは当然ながら専用の勝負服を身に纏っていた。
スマートファルコンの勝負服は全体的に黒色と白色とピンクが印象的な、アイドルっぽい服装である。
頭部のツインテールをピンクと黒色のひし形模様のリボンで留め、白い襟付きシャツをピンクのコルセットで締め、体の前面にはこれまたピンクのリボンが縦に並んでいる。
腰回りは白いフリフリのミニスカートと、その上にピンクと黒色のひし形模様のひらひらが追加で重ねられていた。靴下もピンクに白いフリル、靴も黒色白色ピンクの三色が混ざった配色になっている。
左のふとももに何故か白いフリル付きのガーターリングをつけているが……なんだろうな、アレ。
「大井レース場のみんなー! こんばんわー! ファル子だよー☆」
勝負服姿のスマートファルコンは、普段にもましてウマドルらしい笑顔とポーズでパドックの観客へと声をかける。
これからウマ娘のレースが行われるというより、アイドルのコンサートでも始まるのかと錯覚しそうな格好と掛け声だった。
そんなスマートファルコンの自己紹介に、観客からも歓声が上がる。ダートを主戦場とするクラシック級のウマ娘達にとって、初となる勝負服のお披露目なのだ。
勝負服を着ているウマ娘は誇らしげだが、それを見る観客は大喜びである。
(調子は……かなり良さそうだな。体の仕上がりも良い……こりゃ自滅は期待できんな)
どう見ても不調には見えないスマートファルコンの姿に、俺は思わず苦笑してしまう。対戦するウマ娘の不調を願うようでは、トレーナー失格だろう。いくらスマートファルコンが難敵だとしても、それに勝てるよう可能な限りウララを鍛えてきたのだ。だから、あとはウララを信じるだけである。
『2枠3番、ハルウララ』
スマートファルコンに続いてパドックに姿を見せたのは、ウララだった。
先日完成した勝負服の、初となる観客達へのお披露目である。ウララはちょっとだけ恥ずかしそうに、それでいて誇らしそうに姿を見せると、観客席に向かって軽くウインクをした。
「――――」
普段のウララが見せないような仕草。そして初めて見る勝負服姿に、観客達から声という声が消えた。
「――――!」
観客達からの反応がないことにウララが首を傾げた次の瞬間、大歓声が爆発する。なんかもう、誰がどう叫んでいるのかも聞き取れないレベルでの大歓声だ。
パドックにいたウララがビクッと体を震わせ、俺の両隣にいたライスとキングが尻尾をはねさせるほどの大歓声である。
「おおおおおおおおおおおおおぉぉっ!?」
「か、かわ――尊――ヒョワァアアアアアアア――」
「おいおいおい……マジかよ……予想外の方向できたな……」
「ああいう服も似合うってか可愛い……」
ウララは自分に向けられる褒め言葉の数々、驚きの声に、照れたように手を振る。そして先にお披露目を済ませていたスマートファルコンの元へ足を向け、笑顔で声をかけ始めた。
そんなウララに答えるスマートファルコンも笑顔である。その笑顔には何の含みもないように見える……が、ウララの姿を見て楽しげに、嬉しそうに笑うのは何故なのか。
『2枠4番、オグリキャップ』
続いて名前を呼ばれたのは、オグリキャップだ。
これが運が良くて、同時に悪いと思った理由である。ウララは2枠3番と内枠に入ったが、その左右をスマートファルコンとオグリキャップに挟まれたのだ。
トレーニングならまだしも、本番のレースで有力ウマ娘に左右を挟まれてのスタートはさすがに初めてである。
ウララが気負ったり、気を取られたりしなければ良いのだが――?
(んん? オグリキャップは……普段通りぼーっとしてるように見えるけど、アレは……調子があまり良くないのか?)
俺はふと気付く。オグリキャップはパドックだろうとゲートインした直後だろうと、レースが実際に始まるまではぼーっとしていることが多い。そのためおかしいとは思わなかったのだが、普段にもましてぼーっとしているように見えるのだ。
ただ、普段接する機会がないためアレが素なのか、本当に調子が悪いのかまではわからない。体付きを見る限り、日本ダービーの時よりも仕上がっているように見えるのだが。
「……っ?」
オグリキャップを観察していた俺だったが、言い様のない悪寒……いや、違和感のようなものを捉えた。そして気の向くままに視線を向けると、そこにいたのはスマートファルコンである。
(なんだ? オグリキャップを見ている……けど……)
それまでウララと笑顔で話していたスマートファルコンが、笑顔のままオグリキャップを見ていた。しかし、ウララに向けるものとは
(スマートファルコンもオグリキャップを警戒している……って感じじゃないな。いや、警戒はしてるんだろうけど、あれはむしろ……)
敵視している、だろうか? ウマドル目指して笑顔を絶やさないスマートファルコンが、笑顔の裏に
それを至近距離で感じ取ったのか、ウララも困惑したような顔でスマートファルコンを見ている。
(……元々簡単にいくとは思ってなかったけど、今回のレースも一筋縄じゃいかないな)
パドックでの様子を確認した俺は、近付いてきたウララに普段通り『怪我せず、楽しんで勝ってこい』という指示を出しつつ、そんなことを思うのだった。
というわけで、この作品におけるハルウララの勝負服の支援絵をいただきました!
Y-SQUAREDさん、ありがとうございます!
この感謝の言葉を前書きではなく後書きに書いたのは、支援絵をいただいたこととそのクオリティの高さにビックリした(してほしい)からです。
ちょうどパドックでのお披露目のシーンを書いていたタイミングだったので、差し込みました。
リンクのみ表示の方は是非是非ご覧になってください。ビックリすること請け合いですよ……?